カメラを抱え、ホテルのまわりをウロウロしていると、またキッチンからいい匂いが漂ってきた。
食欲は写欲に勝るのか?
いい匂いを一度でも嗅いでしまうと、撮影の集中力はもう続かない。
パトロール中の番犬が餌の準備をしている飼い主の姿を見つけたときのように、僕は撮影のことを忘れ、しっぽを振ってキッチンへと向かう。






湧いたお湯の蒸気がうっすらと漂うキッチンにはレモンの香りが広がっていた。
ちょうどチャシーがカボチャのジャムとグリーントマトのジャムを作っているところだった。
庭でとれたグリーントマト。味はちょうどピーマンとトマトを足して2で割ったようで複雑だが、これがジャムになるとそれはそれは、素晴らしいらしい。
料理好きなら誰でも、自分にとってバイブルとなるような料理の本を1、2冊は持っていることだろう。
僕はオーストラリアに移住する直前に買った集英社「クッキング基本大百科」という分厚い本を繰り返し繰り返し使っている。まあ、クックパッドのお世話になることも多いが。
チャシーにとっての一冊は「KITCHEN GARDEN COMPANION」という本らしい。
料理だけでなく、土の掘り起こし方から、野菜やハーブの育て方まで事細かに解説してあり、なおかつ写真が素晴らしい。
日本とオーストラリアでは料理の本のコンセプトがまったく違う。(一般的に)
日本の料理の本は野菜の切り方からフライパンの上でどうやって小麦粉を炒めるかということまで、しっかりと写真が掲載され、実用書に徹底しているところがいい。こういう心使いは実に助かる。

オーストラリアで売れる料理の本はどちらかと言えばオシャレな写真集だ。
きれいなガーデン、登場する素敵な人たち、雰囲気たっぷりのキッチンとアンティークな調理器具。写真のクオリティが高く、料理に興味がない人でもページをめくるだけで楽しめそうだ。
なので、誕生日やクリスマスのプレゼントとしても料理の本は人気が高い。
確かに、チャシーのキッチンに居ると、目にするものすべてがフォトジェニックに見える。
料理の写真から徐々に写真にハマる人も多いが、その気持もよくわかる。
あいにく僕にはそのセンスがないので、そっち方面のフォトグラファーにはなれないが。





ふとダイニングテーブルの方へ目をやると、ジュリアンとスコットの二人がモバイルフォンを見つめ、難しい顔をしている。
二人ともバリバリの経営者なので、ちょっとした時間を利用してスタッフから送られる報告書や、仕入の状況などの確認をインターネットを利用して行うのだ。
タスマニアだけでなく、オーストラリアの農場などではインターネットがとても重要な役割を占めている。
ひとつ、ひとつの農場が半端な広さでない分、インターネットを利用したサービスに頼らざるをえない状況が出てくるのだ。
子供たちが学校の授業を家に居ながらインターネットで受けたり、医者の診察や、時には難しい手術を都会にいる先生がインターネットを通して指示を出し行われることもある。
日本のようにどこでも携帯電話が使えるような国でないので、インターネットの回線が行き届かないところは衛星で回線をつなく。
とにかく、国策としてそういう事を進めているので、パソコンに強い農家のおじさんやおばさんも多い。
一見無縁に見えるが、ジュリアンのホテル経営もインターネットなしでは語れない。
パソコンはもちろんだが、スマートフォンが登場してから随分仕事がしやすくなったようだ。
自分たちの生き方が頭にしっかりと描けていれば、何処に住むかはもはや問題でない時代のようだ。


ジュリアンがキッチンへ戻り、チャシーの手伝いをしはじめると、窓の外に綺麗な光が差し込んでいることに気づき、僕はカメラを抱え、慌ててそとに飛び出した。



再びキッチンへ戻るとパンプキンジャム(カボチャのジャム)は用意してあった空き瓶に詰められ、スイートポテト(サツマイモ)の料理も完成間近だった。
すでに出来上がっているサラダはロースとパンプキン、日本人の名前に似たネーミングのイタリアンチーズを焼いた物(そのときは絶対に忘れられない名前だと思ったが、忘れた)、カラメルを絡めたクルミ、そして、昼間にガーデンからチャシーが採ってきたレタスが混ぜ合わさった絶妙な一品。
そして昨夜のマグロ、スイートポテトにMojoというコリアンダーのソースをかけた一品。
ちょっと遅めの美味しい昼食を堪能した後、名残り惜しみながらホテルを後にし、ホバートへ向かった。








番外編へとつづく (To be continued)
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