rikijiさんとセルフポートレイト




随分昔の話だが、僕は一度だけ、かなり本気でセルフポートレイトを撮ったことがある。

突然の病気、緊急入院、緊急手術、全てが冬の石狩浜に押し寄せる冷たい大波のように僕にぶつかっては砕け、自分のおかれた状況を客観的に見つめる余裕などなかった。
手術の後少し経ってから、自分の人生に起きたこの出来事を大事件として捉えることに成功しかけたが、放射線治療がはじまると忌々しい吐き気に日々苛まれ、この事件を深く考えるのは一旦中止した。
灰色の空の下を病院に向かっててくてく歩きながら考えたことなど今はもう何も覚えていないが、地下鉄の中や道ばたで何かの匂いを嗅ぐたび口に手を当て吐き気を抑えていたことはよく覚えている。
僕の身体には油性マジックペンでペルーのナスカの地上絵のような線が書かれ、放射線を浴びるその線の内側は毛深い体質で悩む女性にお勧めしたいくらい体毛が綺麗に抜け落ちていた。

そんな線が書かれたセクシーな身体を鏡で見つめながら、僕はこの人生の記念碑をポジティブな形で残さなければいけないと思った。
ちょうど写真を学ぶためアメリカに行く準備をしていた時だったので、僕が思いつく方法は写真しかなく、自分で自分を見つめるセルフポートレイトという表現方法がピッタリだと思った。

僕の病気に打ちひしがれていたのは僕だけじゃない、家族だ。
二人の子供を持つ今、あの時、僕の両親がどんな心境だったか痛いほどわかる。
深刻な時ほど場違いなバカをやりたがる人種がいるが、僕も間違いなくその一人だ。
僕がセルフポートレイトを撮る場所は、以前父の入浴ヌードを撮ったあの場所以外考えられなかった。
僕は三脚にモノクロフィルムを詰め込んだニコンFM2をセットし、そのあとスッポンポンになり、茶色のカーボーイハットと茶色の革製の手袋を身に付けた。
このシンプルなコスチュームで浴室から出て来るところをまるで誰かに撮られ驚いたかのように、片足を上げ、片手で股間を隠し、もう片方の手でカーボーイハットのつばをもちセルフタイマーのシャッターがおりるのを待った。
家族をはじめ、僕の身近な人たちはこの写真を見て大いに笑った。
久しぶりの笑いだった。

このセルフポートレイトのことを思い出したのはrikijiさんの素晴らしいセルフポートレイトを見たからだ。
写真が持つ力を見せつけられる一枚だった。
以前ブログで書いたことがあるが、どんなに完璧な構図、露出、瞬間であっても「So what? Photo」(で、だから何なの?的写真)が僕は嫌いだ。
逆にどんな安いカメラで撮ろうが、露出が酷かろうが、一枚から無限のストーリーがこぼれ落ちる写真に出会うとたまらなく嬉しくなり、写真の偉大さを改めて思い知る。
rikijiさんのあの一枚は仮に僕がrikijiさんを知らなかったとしても、テキストがなかったとしても、間違いなく心が揺さぶられる一枚だ。

声をかけてくれたフォトブラちゃんから「花の写真」と厳しくいわれ、花の写真などほとんどない僕は困り果てたが、それでも数少ない花の写真から一枚と今日のテキストに出て来た父の写真を一枚心を込めてrikijiさんに送りたい。
2枚とも以前ブログにアップしたことがあるかもしれないが、僕が大切にしている写真だ。




あの時のセルフポートレイトが今どこにあるのか思い出せないが、そのかわり長い間忘れていた大切ことを思い出した。
あの時ドクターに「諦めてください」と言われたいくつかのことが、今実現している。
医者のいうことは必ずしも絶対じゃないし、健康な人も病気を持つ人も明日はどうなるか誰にも分からない。
rikijiさん、希望を持って命の明かりを一日でも長く灯し続けましょう!

知っている曲はまだ全て出し切っていないでしょ!











































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# by somashiona | 2009-11-20 17:37 | 人・ストーリー | Trackback(1) | Comments(9)

篠山紀信とスペンサー・チュニックとシーシェパード





篠山紀信さんが公共の場でヌードを撮ったということで家宅捜索されたようだ。
許可を取らずゲリラ的に撮影を行ったようだが、線路や墓場などのロケーションも含まれていたようで、突っ込まれる要素が色々とあったようだ。
家宅捜索の後どうなるのか、その結果に関心がある。






僕がLAに住んでいた頃、ニューヨークのフォトグラファー、スペンサー・チュニックがストリートでゲリラ的にヌード撮影を行い逮捕されるシーンをニュースでたびたび見た。
ワゴン車の中で彼とアシスタント、そしてバスローブだけを身にまとったヌードの男女3〜4人がビジネス街の一角で周りの様子をうかがう。
そしてポリスがいないと「よし、いくぞ!Go, go, go!」というかけ声と共にモデルはフルヌードになり皆がワゴン車の外に飛び出す。
スペンサーはペンタッス6x7を手持ちで撮影するのだが、2、3枚でヤメとけばいいものを、フォトグラファーの悲しい性(さが)ゆえにあれも、これもとやりだしてしまう。
周辺を歩くスーツ姿の人たちは目が点になり、そのうちひゅ〜ひゅ〜と口笛を鳴らすものや、彼らに声援を送るものもでてくるが、そのあとにポリスがあきれ顔でやって来て、御用となる。
確か彼はこの撮影方法で5回ほど逮捕されている。
しかし、そんな彼も今ではマスヌードフォト(そんな言葉があるかどうかはわからない)の先駆者でありアメリカを代表するフォトグラファーの一人として人びとから尊敬されている。
世界各国のアイコン的ロケーションで何千人、時には何万人ものフルヌードの人たちを集め、壮大なマスヌード写真を撮るのだ。
このマスヌードをはじめた当初、彼は自分のポートフォリオを持って街に繰り出し、道ゆく人たちに写真を見せ、こんな写真を撮りたいので何月何日の何時にここに来てヌードになって欲しいと人びとにお願いしていた。
彼は、そう、こつこつと自分のやりたいことを積み上げていった。






話はまったく変わるが、クジラの問題を追いかけるとシーシェパードの話題に必ずぶち当たる。(話が変わりすぎ)
シーシェパードについて僕が最も驚くのは、僕の周りのほとんどの常識人たち(政治家、ジャーナリスト、教師、警察官、大工さん、医師、八百屋さんなどなど)たちがシーシェパードの行為に賛同しているということだ。
彼らが僕に言う決め台詞はこうだ。

「マナブ、反対、反対って叫んでいても物事は変わらないんだよ。本当に何かを変えるということは、すなわち戦うっていうことなんだ。それがどんな手段であってもね。そしてそれによって何かが変わり、それを人びとが認めたとき、その新たな変化が常識となるんだ」

この感覚、たぶん日本人には理解できない感覚だと思う。
なぜなら、この感覚が日本人の細胞にはないからだ。
一番近い感覚を持つのは坂本龍馬の時代を生きた一部の日本人かもしれない。
しかし、考えてみると海外のほとんどの国の歴史はこういう行動によって変えられてきた。
人びとは信念の為に戦い、多くの犠牲を払ってもそれを貫くことによって何かが変わると細胞の深い部分で信じているところがある。
じゃあ、法律は何のためにあるんだ!信念のために他の人間を傷つけてもいいのか!お前の考えはテロリストだ!インテリジェンスに欠ける!そんなの民主主義に反する!と僕を含めた多くの日本人は怒るだろう。
でも、これは理屈じゃないのだ。






The end justifies the means.
《諺》結果は手段を正当化する/結果良ければうそも良し/うそも方便

このフレーズ、日本に住んでいた時は「嘘も方便」と理解していた。
でも海外に長く住み、色々な国の人たちの考え方に接するうちに「嘘も方便」などという軽い言葉ではないのだと悟った。
今は直訳の「目的は手段を正当化する」が一番近い感覚だと思う。






篠山紀信 → マスヌード → シーシェパード → 明治維新 → 理屈じゃない → 目的は手段を正当化する






この理論展開を冷静に眺めると、自分が大学で論文を書くような仕事についていないことにホッとせざるを得ない。
















































































上の2点はスペンサー・チュニックの作品














僕が大好きなオーストラリアの放送局SBSのニュースで扱われたスペンサー・チュニック
















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# by somashiona | 2009-11-16 08:06 | デジタル | Trackback | Comments(36)

相原さん、フォトキナへの道 最終回




一連の撮影を終え、僕たちは再びブルームへ戻った。
いよいよ満月の夜だ。
まだ外が明るが月への階段を撮るためベストポジションを確保し、三脚3本に3台のカメラをセットし、暗くなるのを相原さんと僕はじっと待つ。
本格的なカメラを3台も海に向けて並べ、おまけに首からも数台のカメラをぶら下げている僕たちはハッキリ言って目立つ。
変わった人間を見ても驚かないオージーたちが、記者会見でもはじまるのでは、と僕たちの周りに集まってくる。
相原さんは本気モードに入っているので(金剛力士様)半径3メートル以内に近寄った多くのオージーたちは本能で危険を察知し、それ以上は距離を詰めないが、なかにはやはり空気の読めないおばさんなどがいて、大胆にも三脚の上のカメラに触り、ファインダーを覗こうとする。
すると相原さん思いっきり日本語で「だめだー、触らないで!」と吠える。
日本語の分からないおばさんには黒い顔をした国籍不明の大男が「ダァ〜ッ、ダダダー、デェー!!!」と吠えているようにしか聞こえないだろが、それでも恐ろしいには変わりなく、すぐに尻尾を巻いて逃げていく。
しかし、そんなふうに周りの人間を追い払っているのにも限界があった。
月への階段が海面に出来る時間になる頃にはこんな小さな街のどこから人が湧き出て来るのか、辺り一面が東京の朝の地下鉄ホーム並みの人だかりになった。
僕は周りの人がカメラや三脚に触れないよう人間ポプラ並木になっていたが、それでも防げない邪魔者もいる。
(人だらけの空間で3本も三脚を立て、怖い顔をしている僕と相原さんこそが周りの観光客にとってはたまらなく迷惑な邪魔者に違いないが、、、)
ティーンエイジャーの男子が撮影中の三脚に触りはじめた。
それに気づいた相原さんは今にもその子に殴り掛かりそうな勢いだったので、僕がその子にキツく注意した。
僕に何か言い返そうと思ったその男の子、相原さんの殺気に気づき、すぐに相原さんに背を向け、地面に体育の座り方で座った。
一人の少年が危なく一命を取りとめた瞬間だ。

人ごみの中で相原さんは美しい月への階段をものにした。
この瞬間、今回の撮影の95%は終了したと言っていいだろう。
ブルームのレンタカー屋で遅ればせながらランドクルーザーを手に入れ、(ニッサンを返す時は新車と思えるくらいピカピカに磨いた。もちろん舗装以外の道を走ったことがバレないように)さらに撮影を行い、再びパースへ戻った。
僕たちはパースから北へ250kmのピナクルズへ向かった。
ここが今回の撮影の最終地点。
ここも不思議な場所だった。
砂丘のような場所にニョキニョキと突き出た岩、と思ったらこれは木の化石らしい。
ここにUFOが着陸しても違和感のない風景だ。
僕は毎日宇宙人みたいな人と寝起きを共にしていたのでどんな生命体と遭遇してももう驚きはしなかったろうけど。

朝から晩まで2日間ここで撮影をした。
僕もここが最後だったので少しだけコンデジでピナクルズの風景を撮った。
太陽が完全に沈みきったとき、「これで撮影は全て終了です」と相原さんがいい僕たちは固く握手をした。
このとき、胸に込み上げるものがあったが、それは皆さんも理解してくれるだろう。
僕ですら全力を出し切ったと思えたのだから、このときの相原さんの気持ちはかなりの満足感があったのでは。
それとも、現像のあがりを見るまではやはり達成感のようなものは沸き上がらないのか?
このときはやり遂げたことがただ、ただ嬉しくて相原さんの立場でものを考える余裕はなかった。

写真を撮るにはもうわずかしか残されていない光で僕と相原さんは一緒に記念撮影をし、その夜は二人だけの打ち上げディナーということで豪勢にロブスターを食べた。
もちろん、僕たちにとってそれは格別の味だった。

この時の写真がたくさん使われたドイツでのフォトキナは大成功だった。
これが相原さんの写真家としてのキャリアに特別な意味をもたらしたのは間違いないだろう。
僕も貴重な経験をさせてもらった。
相原さんには心から感謝したい。

皆さん、こういうプロセスを経て相原写真は写真展で飾られ、写真集に収められるのです。
なので彼のプリントと対面する時は3回お辞儀してから見るようにしましょう。


今回の「相原さん、フォトキナへの道」シリーズをアップしたのは、どSの人たちからのアリソンの話を書けと脅されたからというのも理由の一つではあるが、僕としては相原さんの長年の夢が実現した写真絵本「ちいさないのち」に捧げるエントリーだ。
この本には僕の名前も記されていると相原さんに言われた。
嬉しい話だ。


5話からなる長い話に付き合ってくれてありがとう!
「タスマニアで生きる人たち」しばらくノンビリ更新に戻ります。
アリソンの顔は皆さん一人一人の想像力におまかせします。(笑)

















眼だけで敵を打ち倒すことが出るのは極真空手の創始者マス大山と相原さんだけ
押忍!













インド洋の朝
海の色、空の色、光、空気、インド洋には全てにおいてうっすらとオブラートで包まれたような柔らかさがある













写真だけ見せられて、ここは火星ですと言われたら、納得しちゃいそう













僕は何も悪いことやってません、本当です、信じてください
悪いのは相原さんの人相です













これが木だったって、どういうこと?
こんなふうに木が化石化して残るのはとても珍しいことらしい













完全に入っちゃっている時の相原さん













キムタクや渡辺謙が演技でする撮影のカッコよさとは次元が違うだろ!
どうだ、全世界の女性たちよ、男の本当のカッコよさに気づくのだ!
どうだ!













撮っても、撮ってもキリがないほど被写体があるピナクルズだが、撮るべき時間帯は一日の中でもほんの数十分だ
もちろんその一番美味しい時間帯は必死で相原さんのアシストをしているので、僕は撮れないけど













どうだ、惚れたか!どうだぁ〜〜〜〜!













この夕日を見たとき、ああ、ついに全てが終わってしまうのか、と思った
身も心もヘロヘロだったが、写真を愛する僕にとって最高の現場にいつまでもどっぷりと漬かっていたいという気持ちが少し僕を切ない思いにさせた













ピナクルズにさようなら、西オーストラリアにさようならだ













打ち上げのディナーで食べた海の幸
第一話の飛行機から撮った写真が2006年7月9日
そしてこの写真が2006年7月24日
あっという間だった












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(冗談です。心の綺麗な方、真に受けないでください)

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# by somashiona | 2009-11-10 15:22 | 人・ストーリー | Trackback | Comments(46)

相原さん、フォトキナへの道 第四話





この大撮影会についていこうと思った最大の理由は西オーストラリア北東部キンバリーにある地球最後の秘境バングル・バングルへ陸路で行けるからだ。
地球最後の秘境と呼ばれるのは1982年にはじめて西洋人がこの地に入り発見されたため。
27年前までアボリジニ以外の誰もこの地に足を踏み入れたことがないって、どんな場所さ?といつも憧れていた。
観光ならセスナやヘリで行くか、もしくはベテランのドライバーズガイド運転するが大きな4WDで連れて行ってもらうしか手はない。
自分たちで運転してそこまで行くのは本当にちょっとした冒険なのだ。


今までいろんな場所へ行ったがバングル・バングルのような不思議な場所には一度も行ったことがない。
ここはもう別の惑星だ。
蜂の巣のような横縞の線が入ったドーム型の山々が延々と続く。
ここでこの山の色と形をしたバングルバングル・ブラジャーを売ったら女性たちの間で人気が出るに違いないと真面目に相原さんに言ってみたが、軽く流された。
地面はまるでアントニ・ガウディが石膏を固めて作ったかのような不思議な灰色の波模様。
そこにはたくさんの溝があって、その深さは1メートルから深いところでは2メートルくらいあるだろうか。
もし落ちてしまったら大変なことになる。
機材は救出するだろうけど、僕は見殺しにされるにきまってる。
暑いし、体力使いたくないし。
地面がこんなふうになっているのは、実はここ、雨季には濁流が流れる川底だかららしい。
ガウディの力ではなく、水の力でこんな凄い川底になったのだ。
ということは、僕が歩いている今も、もし雨が降ったら、ここにいきなり濁流が押し寄せるのかと思い怖くなったが、乾季にそれはあり得ないと相原さんが僕を落ち着かせてくれた。
この猿の惑星のようなバングル・バングルを重い三脚や機材一式を背負って何時間も歩いていると脳みそが溶けていく。
早朝はまだいいが、昼頃にもなるとフライパンの上を歩いているようだ。
相原さんの写真の凄さは、普通こんなことまでして写真撮らないよなぁ〜ということをして、マシンガンのようにシャッターを切り、その中から選りすぐりの一枚を手に入れているところだ。
僕ならカメラ一台にズームレンズを付け、さらに三脚も軽めのものを選び、それでも現場に着いたら過酷な環境に尻込みし、ルックアウト(見晴らし台)から数枚撮って、さっさとエアコンの効いたホテルの部屋に戻るだろう。
これはやはり選ばれた者が行う儀式なのだ。


この旅のハイライトはたぶんヘリコプターからのバングル・バングル空撮だったにちがいない。
先日ヘリのパイロットと相原さんは綿密な打ち合わせをした。
いいパイロットに当たらないといい写真が撮れないらしい。
僕は生まれてはじめて乗るヘリコプターにもう子供のようにウキウキしていた。
空撮の日、僕たちは朝4時に起きた。
朝5時、まだ空が暗いうちから飛び、上空で日の出を撮るのだ。
なんて贅沢な話だろう。
贅沢といえば、空撮のためヘリをチャーターするコストはかなり贅沢。
マシンガンのように撮り、このコストに見合う写真をものにしなければいけない。
ただでさえも冷え込むアウトバックの朝、ヘリのドアから(開けっ放し)身体半分乗り出し撮影するとき思考能力はゼロだ。
ピントのリングが知らぬ間に動くことがないよう無限大にしたままテープで固定し、ペンタの645にフィルムを入れる僕もブロニー未使用フィルムと35mmフィルムを感度別にウェストバックへ入れ、露光したフィルムもすぐに別のウェストバックへ入れる。
冷たい強風が機内に巻き込むためフィルムが風で吹き飛ばされないよう確実にウェストバックの中へ入れないとダメなのだ。
パイロット、相原さんそして僕の3人がそれぞれ頭にヘッドフォンを付けている。
ヘリコプターがたてる凄まじいエンジン音と機内に吹き込む強風のなかでもお互いの会話が聞こえるように。
相原さんがパイロットに細かい指示を出す。
「3時の方向へいって」「あの山の少し上でホバリング(空中で停止すること)して」などと。
気持ちを落ち着かせるため僕は映画「地獄の黙示録」のヘリコプターのシーンで使われていたワーグナーのあの音楽を口づさむ。
するとパイロットは笑ったが相原さんの顔はマグネチュード8.3度級の金剛力士顔になっていた。
朝日が射してからのことはほとんど覚えていない。
僕はただただ必死だった。
大急ぎでフィルムを詰め込み、相原さんの手に渡し、露光したフィルムをウェストバックに入れ、その作業を何度も繰り返した。
相原さんがどのレベルの金剛力士顔をしていたかも全然覚えていない。
あれほど楽しみにしていたバングルバングルの上空からの景色も撮影が終わるまでほとんど見なかった。
アリソンのダイナマイトボディのこともさすがにこの時ばかりは頭をよぎらなかった。





















バングルバングルといえばこの茶色の奇岩
浸食による3億6千万年の地層の顔
相原さんが撮るのはそのポートレイト













こんな中を重い機材を背負って歩く
朝は指先がかじかむほど寒く、昼間はベーコン&エッグになりそうなくらい暑い
もちろん相原さんがベーコンで僕がエッグ













バングルバングルといえば茶色の奇岩なのだけど、僕にはこの川底の記憶の方が強い
こんな地面の上を今まで歩いたことがなかったことと、重い機材を背負ってこの地面をジィ〜と見つめながら一日に何時間も歩き続けたからに違いない













こんな凄い景色の中にいるのに、周りの景色を撮る気力もなく、ひたすら歩く時の自分の影を撮る













インディージョーンズの映画に出てきそうな岩の隙間を歩いていくと半洞窟のような空間がある
こげそうなくらい暑い日中でもそこはエアコンが入っているようにひんやりと涼しい
昼寝には絶好の場所だ
ここには観光客が数人いた
人の大きさが分かるだろうか?













誰だ、こんなところにコンクリートでオブジェを作った奴は、と思ったら犯人はアリだった
こんな蟻塚がいたるところにたくさんある













頭が暑さのため朦朧とし、どちらが影でどちらが本物なのか見分けがつかない













こんな草原の中をどうやってアボリジニたちは歩いてきたのだろう?
僕なら3日でお陀仏だ
綺麗だけど、こわい













同じ場所でも時間によってその印象は刻一刻と変化する
自然が与える色の前ではフォトショップなど虚しくなるばかり
本当に美しいものを見たとき、それをいかにそのまま伝えれるかが最大の課題になる
自分が感じた感動をそのまま伝えること、簡単なようで難しい













この写真、僕には自慢の一枚だ
何が自慢かって、この写真を撮った時何かイヤな予感がした
そして夢中で撮影ポジションを探す相原さんのところまで近寄ると、この位置から全くわからなかったが、相原さんが乗っている岩の2メートル後ろが断崖絶壁になっていたのだ
「相原さん危ないからさがらないで!」この旅で一番大きな声を僕は張り上げた
そう、相原作品を今後も見ることが出来るのは僕のおかげなの、わかる?
マナブッチ〜のくせに〜、とか言わないように













いい写真が撮れているかどうか、それは相原さんの顔を見ていれば分かる
これ、という被写体、これはものになる、という獲物を見つけた時の相原さんはライオンが静かに獲物との距離を詰めているときの状態に近い
透明で静かな空気がそこに流れるのだ
金剛力士は求めているとき
見つけると仏陀













さて、皆さんならこの場をどう切り取るか?













そして、撮れた時の顔は、、、う〜ん、上手い言葉が見つからない、、、
この瞬間何を撮ったかは「ここ」を見てねぇ〜













空撮の前日、パイロットと綿密な打ち合わせを行なう
英語力、世界で仕事をするには必須だ
もし日本人にもっと英語力があれば、世界中で日本の素晴らしい才能ともっと頻繁に巡り会うことが出来るだろう
特に音楽
ヴァージンレコードのリチャード・ブランソンの伝記で「どんなに素晴らしい音楽であっても、それが英語で唄われていなければ、世界では通用しない」というようなことが書かれていたのを思い出す













ヘリコプターの上からコンデジで撮った唯一の写真










次はいよいよ最終回!
愛のポチッをわすれないでねぇ〜!












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# by somashiona | 2009-11-09 07:24 | 人・ストーリー | Trackback | Comments(24)

相原さん、フォトキナへの道 第三話




そんな過酷な毎日を送っていると移動中の車内での会話は限りなくお下品になる。
写真の話など絶対にしたくないし、政治、社会、など難しい話は一切ゴメンだ。
とにかく、撮影をしていないときいかにリラックスするかが肝心。


ある夜、どうしても肉が食べたくてカンガルーや牛ではなく人間のいる最寄りの(何百キロも離れている)街までわざわざ出かけ、パブでステーキを食べることになった。
たしかホテルの中にあるパブだったと思う。
そのホテルにいた受付嬢、顔は眼鏡をかけた地味で真面目な女子学生風、なのに身体はプレイボーイマガジンに出てくるダイナマイトボディのセクシーウーマンだった。
年は20代のまだ前半だろうか。
肉を食べにきた僕は正当な理由もなく「あのぉ、お名前はなんと言うのですか?」と思わず訊ねてしまった。
彼女は色白のそばかすがある頬を少しだけピンクに染めて「アリソンよ」と答えた。
どうやら過酷なアウトドアライフが続くと男は肉食獣になるらしい。
細胞の中のずっと奥にあるマンモスを追いかける男の遺伝子が永い眠りから目覚めるのかもしれない。
草食系男子はアウトバックへ出て肉を食べよう。
相原さんと僕、話すべきことは他にもたくさんあったはずだけど、肉を食べている間中アリソンの話で盛り上がった。
名前以外なにも彼女のことを知らないのに。
受付でもう一度アリソンに会い、さよならを言ってから、僕たちはテントに戻った。
その夜、僕と相原さんがテントを張った場所には僕たちのテント以外にも小さなテントが朝まで二つ立っていたはずだ。


アリソンと出会って以来、移動の車の中では僕たちは、というか僕は、いつもアリソンの話をした。
この辺の土地に住む荒っぽいオージーガールのイメージからかけ離れた雰囲気を持つ彼女、カラスの群れの中のカナリア、砂漠に咲く一輪の花、なにか事情があってこんな場末のアウトバックのホテルで働いているに違いない、、、今冷静に考えるとどこにでもいそうな極々普通の女子なのに、あまりにも普通じゃない日々が続いていたためかアリソンのイメージは悪い風邪にかかったときの扁桃腺のように赤く、痛みを伴って膨らんでいくばかりだった。
人間、過酷な状況に追いつめられると、きっとすがるものが必要になるのだ。
それが神や思想じゃないのは、実際に存在するものをいつも追いかけるフォトグラファーの性(さが)、誰もそれを責めてはいけない。
アリソンと出会った翌日から、彼女の隠された過去、秘密、男性関係、裏の仕事、太腿の内側に小さく彫られたバラのタトゥー、僕は休みなくアリソンについて想像を膨らまし、車の中で話しまくっていた。
名前以外なにも彼女のことを知らないのに。
なんせ、毎日車での移動距離がハンパじゃないのだ。
何百キロも信号や対向車のない直線が続づく真っ赤な大地を眺め続けるよりは、僕のアリソンの話を聞く方が相原さんも気が楽だったのだろう。
アリソンが働く(エリア北海道より大きい)を離れる最後の夜、もう一度アリソンホテルのアリソンステーキハウスで肉を食べようということになった。
毎日、毎日あまりにもアリソンのことを話し続けていた僕は彼女の顔を見るなり、おろおろ、おどおどしてしまった。
すると何を思ったのか、相原さんは突然アリソンに写真を撮ってもいいかと訊ねた。
どうして私の写真を撮るの、とでも言いたげなアリソンが戸惑いながらも、いいわよ、と答えると、じゃあ、マナブさんも一緒に、と相原さんがいい、その時僕は年甲斐もなく顔から火が出るくらい赤面した。
それを見た相原さんは僕のうろたえように大笑いし、僕の顔を見るたび今でもアリソンさん元気などと言う。(どS)
という訳で、僕はアリソンの手を握ることもなくこのエリアを去り、僕と相原さんはアウトバックの中へさらに深く入っていった。


舗装道路を走る快適さはしばらく味わえないだろうと、自分に言い聞かせ、アフリカのサバンナのような、火星のような、エリアに突入した。
4WDの車の性能は本当のオフロードを走らないかぎり分からない。
こんなところ車で走ってもいいのだろうか、と不安になる道の連続だ。
スピードは出ているが、常に路面の状況に注意し運転していないといつ何が起こるか分からない。
順調に進んでいたと思えば突然目の前が川になり、その中を突き進まないといけない。
車の中に水が浸水しそうなくらい深い水の中を僕は運転したことがない。
一度、助手席の窓から水が入ってきそうな川を渡っているとき「ワニだ!」と相原さんが叫び、僕は驚いて飛び上がったため車の天井に頭をぶつけた。
オーストラリアではクロコダイルに人が襲われる事故が度々ある。
サメの被害よりも多いかもしれない。
クロコダイルに襲われると死体を見つけるのがとても困難だ。(餌を隠すから)
「どこ、え、どこ、どこ???」糞暑い中急いで助手席の窓を閉めながら相原さんの顔を見ると、嬉しそうな顔をして笑っていた。
(JUSA=Japan Ultra Sadist Associationタスマニア親善大使。ちなみに会長は馳さん、副会長はburg氏)
(どS被害者友の会の会長はコンすけ君)
今回の旅、アウトバックでの車の運転はほとんど相原さんにお任せした。
ハンドルがとられる柔らかい砂地や水の中のアクセリングは熟練者でなければ事故に繋がる。

荒涼とした大草原の中を順調に進んだ僕たち、心にも余裕が出て来た。
見晴らしのいい大きな丘の上を登りきり、その頂上で記念写真を撮ろうということになった。
車のエンジンを消し、数分間記念撮影大会をしながらはしゃぎ、それから車に戻りイグニッションキーを回したが、エンジンがうんともすんとも言わない。
ちなみに車の中はバッテリーの充電器だらけ、それらは全てシガーソケット(車の中のタバコの火をつけるライター)からの充電だ。
どうやら車のエンジンを止めている間車のバッテリーを充電器たちが使い果たしてしまったようだ。
こんな荒野の真ん中で車が動かなくなったら撮影が出来ないどころか死につながる。
この時の相原さんの顔、僕が今まで見た中で冗談抜きで一番引きつっていた。
たまたま一台車が通りかかった、その車をとめ、ジャンプコードを持っているか聞いてみたがダメ。
幸運なことにそのドライバーは車のメカニックらしく、とても車に詳しかった。
不幸なことは僕たちのニッサンがオートマチック車だということだ。
やはり何かあった時はマニュアルの車の方がどうにかなる手段がある。
学生の頃バイクや車でなんども経験した押しがけ(車を押してある程度スピードが出たらギアを2速くらいに入れエンジンをかける)のテクニックはオートマチック車ではできない。
彼からのアドバイスは車のギアをニュートラルに入れ、この丘をひたすら下ること。
運が良ければその間バッテリーがチャージされ、エンジンがかかるだろうと、信じていいのか悪いのかわからないような案を出してくれた。
かからなかったらどうするの?と聞いたらもうダメだなと笑う。
笑い事じゃない。
僕らは車に乗り込み、彼らは車が坂を下り出すまで後ろから押してくれた。
車が坂を下り出した。
彼らは面倒に巻き込まれたくないからか、僕らとは反対方向の道を砂埃を立て去っていった。薄情者!
車が坂を降りている途中の僕たちの顔を写真で撮っていたら傑作だったろう。
おしっこ漏らした子供が泣きそうになって濡れたシーツを見つめているような顔だったに違いない。
坂を降りている途中、ハンドルを握る相原さんが祈りのため眼をつぶらないことに僕は気持ちを集中することにした。
たぶん、坂を下りきるのに5分もかかっていなかったと思う。
止まった車のハンドルに相原さんはおでこを乗せ、眼をつぶり、おねがいします、と3回言ってからイグニッションキーを回した。
ぶる、ぶる、ぶる〜ん、エンジンがかかった。
僕と相原さんには声を出して喜ぶ気力などもうなかった。
ふぅ〜っと深い溜息をもらし、ただただ頭を左右に振るだけで精一杯だった。





















こんな生活が続くなかでにギネスにありつけると顔はこうなります、というCMを作ると売り上げに貢献するだろう













キャンプの間は粗食だが、レストランでは取り憑かれたように肉を食べた
その量もハンパじゃないが、それでもペロリと平らげてしまう僕たち













アリソンの話を聞く相原さんはこんな顔
この表情から話の内容がバレてしまいそう
18歳未満禁止です













こんなに暑くて乾いているのに、どこから水はやって来るの?
運転していると何度も大量の水たまりや川に行く手を遮られる













テレビなどで車が川を渡る場面を見ても何とも思わないが、自分の乗っている車がそれをやる時はかなり緊張する
エンストすれば喉の乾きに苦しみながら死を待つかもしれないからだ













日本中どこを走ったってこんなに人里から離れた場所を走ることはないだろう
電柱も道路標識も、人の手を感じさせるものがどこにもない













この色こそオーストラリア
タスマニアではお目にかかれない真っ赤な大地には感動する
このときはいていたソックスは何度も洗った今でもまだ赤い













車で川を渡る時は予めその深さを誰かがチェックしなければいけない
言われてみればそうだが、言われないと気がつかないようなことの一つ
そういう些細なことが実はアウトドアではものを言う
こういうことは経験値を積んだ人しかわからない













この写真の直後、バッテリーがあがってしまった
丘の上で良かった













撮影旅行の間、僕がビックリしたのは相原さんがクライアントに電話をする回数の多さ
相原さんに仕事を託している担当者としては進捗状況が気になるところだろう
アーティストだけどビジネスマン、写真を仕事にしている人はこのバランス感覚がもっとも要求されるのだ
日本ボディビルダー選手権に出ようと思っている相原さんの美しい肉体













どうしてこの写真が大切なのか、もう皆さんは分かってくれるだろう













テント生活が続くと、朝や夜も暖かくて、アリやダニもいなくて、ふかふかのベッドがある空間がどんなにありがたいか
そんな環境にありつけた時は、ひたすら寝る













ひたすら寝て、翌日の戦いに備える


















つづく
















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# by somashiona | 2009-11-07 08:06 | 人・ストーリー | Trackback | Comments(34)

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