愛の老練者









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友人の家に行くと彼のお父さんがダイニングテーブルで紅茶を飲んでいた。
白髪の気の良さそうなおじいちゃんだ。
ヨーロッパ旅行で2ヶ月ほど家を空ける間、大切に育てている植物に水をあげて欲しいと僕の友人である彼の息子にお願いし、この日は家の鍵を渡しに来たらしい。
「どこに行くのですか?」と訊ねると「スイスなんだ」と嬉しそうな顔で答える。
「奥さんと行くのですか?」と「いやパートナーと」といい彼はもっと嬉しそうな顔をした。
「スイスははじめてですか?」と聞くと「いやぁ、わしはスイスからの移民だよ。旅行中のオーストラリア娘に惚れてね。追いかけてこの国まで来ちまったんだよ」と言って彼は面白い話を僕に聞かせてくれた。






彼は奥さんを脳出血で亡くしている。
息子である僕の友人がまだ20歳そこそこの頃だ。
冬の夜、いつも通りの質素な夕食を済まし、いつも通りに彼はテレビのスイッチをつけてソファーに座り、いつも通り奥さんは編み物を持ってソファーの横に置いてあるロッキングチェアーに座った。
テレビの画面から流れているのは以前観た覚えがある古い映画だ。
彼はこのとき、ほとんど上の空で映画を眺めていた。
翌朝友人と一緒に行く釣りのことを考えていたのだ。
少し時間が過ぎてから「今夜は少し早めに寝ることにするよ」といって彼はソファーから立ち上がったが奥さんは何も言わない。
照明を落とした部屋の中、目を閉じた奥さんの顔はテレビ画面の光を受けて青や緑に染まっていた。
彼は奥さんを揺り動かしたが、その時はすでに昏睡状態だったらしい。
奥さんはその夜病院で息を引き取った。
奥さんの最後の言葉は「今夜は冷えるわね」だった。
彼は「お前を心から愛している」と最後に言えなかったことをとても残念に思った。






彼の心の暗闇は意外と早く消え去ったが、重い曇り空はしばらく続いた。
やがて素敵な女性と出会い再び健康的な青空が彼の心に広がった。
しかしタスマニアの天候のようにその青空は長くは続かなかった。
幸せの絶頂の中で新しい恋人は乳がんと診断され、二人の戦いが始まった。
今度は「お前を心から愛している」と何度も言うチャンスがあったが、それと同じくらい彼の隣でやっと眠りについた恋人に気づかれぬよう枕を顔に押し付けて何度も泣いた。
そして彼はまた愛する人を失った。






もうすぐ70歳になる彼は数ヶ月前に新しい恋を見つけた。
心機一転、二人で住む家を見つけ、新しい家具を買い、スイス旅行に行く。
「わしはね、今とても幸せなんだよ」とまるではじめて恋を知ったティーンエイジャーのような顔で僕に言う。
そして「なあ君、人生は一度きりさ、一人の人生より分かち合う人生の方が素晴らしいにきまってるさ。傷つくこと、失うことを恐れちゃ、本当の幸せなんて手に入らないのだよ」と古代ギリシャのアゴラで愛の真理を説く賢者の顔で僕に言う。








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by somashiona | 2009-05-31 18:27 | 人・ストーリー

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