文章読本と写真テクニック本




世の中には文章読本と呼ばれるものがたくさん出ている。
(この話をはじめるのは本棚にあった「日本語練習帳」という本が何かの拍子で床に落ちたから)
いわゆる文章の達人たちがどうすればいい文章を書けるようになるか懇切丁寧に教えてくれる、そういう類いの本だ。
僕は文章を書くのがとても苦手で(と同時に書けることにいつも憧れて)この手の本を過去に4、5冊読んだ。
しかし正直言って、僕の頭の中にためになる教訓や具体的な技法は何も残っていない。
これは一体どういうことだろう?
仕事柄プロのライターや雑誌の編集者からメールをもらうことがよくあるが、彼らの書いた短いメール読み僕はいつも唸ってしまう。
上手い、上手すぎるのだ。
文章を書くのは誰でも出来ること、しかしプロサッカー選手が練習の時に見せるボールさばき、プロの料理人が僕のキッチンで見せる包丁さばき、またはプロの絵描きが子供たち相手にささっと描いて上げる動物の絵を見た時の驚きのように、文章を書くことを仕事にしている人が見せる仕事でない文章に僕はいつも感動する。
この人たちからもらったメールや手紙の方が文章読本よりも数倍頭に残る具体的テクニックが含まれている。

写真のテクニック本も過去に数えきれないくらい読んだ。
で、本から学んだテクニックがどれくらいあるかというと実は?マークだ。
本で学んだことで頭に残っていることなど全然ない。
ではどうやって写真のテクニックを身に着けたかのか?
僕の場合、度重なる失敗の教訓と思い描くものを撮れるようになるためのたくさんの実験、そして極々たまにだが他のプロのフォトグラファーがやっていることを見て目から鱗が落ちた瞬間だろう。
結局は自分のテクニックは苦しみながらも自分の中から生まれるものであり、そこから出て来たテクニックがその人のオリジナリティ溢れる作風になると思う。

それでもこの手の本がたくさん出版され、またたくさん読まれるのはなぜか?
たぶんそれが読み物として面白いからだと思うが、秘密はそれだけではない気がする。

以前小説家馳星周さんのブログで彼は面白いことを言っていた。


父ちゃん、笑ってたよ。写真家は優しいって。父ちゃんは、父ちゃんの知り合いが「小説書きたいんだけど」って相談しに来たら、「小説をなめるなよ」って頭に来ちゃうんだって。でも、写真家はだれでも、なんでも優しく教えてくれるんだってさ。
(馳さん、テキストの無断使用許してね)


いや、これを言っていたのはワルテルだけど、とにかくとてもいいとこを突いている話だ。

写真家は自分が苦労して身に着けたテクニックを1つでも聞かれると、たとえ相手の目がもう勘弁してと訴えていても、100くらい教えてしまう。
正確に言うと「教えてしまう」ではなく「自慢してしまう」だ。
言いたくて、言いたくて仕方がないのだ。
しかし、相手が同業者だと突然貝のように口を閉ざす。
写真テクニック本はいわばアマチュア写真家に向けた自慢話のストーリーなのかもしれない。
馳さんは小説を書きたいという人に「小説をなめるなよ」と怒るかもしれないけど、もし誰かの下手な文章を見れば一言いいたい気持ちを抑えきれなくなるだろう。
世の中にたくさんある文章読本も自慢話を土台にしたお説教本だという可能性がある。

それでも僕たちが飽きもせずそういう本を繰り返し買うのは、人間、何かすがるものがないと自信を持って生きていけないということなのか?








(とテキストを書き終え、話がまったくまとまっていないことに気がつく。文章読本読まなくっちゃ!)










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Kingston Beach, Tasmania






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by somashiona | 2009-06-01 21:45 |

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