スナップ:シドニーの夜、孤独な男たち 前編





マルディグラの前夜、シドニーの夜は乾いていた。



24時間営業のガソリンスタンドの中からアクシャイは外を歩く人たちを見るともなく眺めていた。生まれ故郷のデリーの街を出てから9年、彼はずっとこのスタンドで働き続けている。
先祖代々続いている染め物家業をどうしても継ぎたくなかった。
家の中はどこを見渡しても赤、青、黄色の原色で埋め尽くされ、テーブルやテレビの上にはいつでも微量の顔料の粉がうっすらと被さっている、そんな生活が嫌いだった。
自分の肺の中をその色たちが染めていくイメージに子供の頃から彼は怯えていた。
父や兄たちの爪の先や乾いた手の皺にいつも沈殿している青黒い色を見るたびこの家を早く出なければ、と思った。


ガソリンスタンドのカウンターにもたれ、アクシャイは自分の手を見た。
爪の先や乾いた手の皺にはすでに洗っても落ちないオイルやガソリンが染み付いている。
チョコレートやガムそしてタバコの鮮やかなパッケージの色たちは、いつもでも彼を許そうとしなかった。












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30年前、はじめてゲイ、レズビアンの仲間たちと自分たちの自由と権利を求めて街をパレードしたときアダムは二十歳だった。
世間からの好奇のまなざし、蔑み、差別に晒されるたび、声を上げ続ければやがて自分たちも受け入れられる社会がやって来ると信じていた。
この三十年の間で彼が死ぬほど愛した男は2人だけ。
ポールとクリスだ。
ポールとは5年共に生活したが10歳年下の男に横取りされた。
自分を取り戻すまでさんざん無茶したが、やがてクリスに出会い安定した生活を手に入れた。
兄弟は自分がゲイであることに気がついているかも知れないが、敬虔なカソリックの信者である両親にはついに本当のことを言えぬ間に他界された。
クリスとは20年共に生活したが3年前に彼はこの世を去った。エイズだった。
今のアダムにはゲイやレズビアンの権利などもうどうでもよかった。
男も女も、友人たちも兄弟も、誰も彼の心の深い隙間を埋められなかった。
毎年マルディグラのパレードにクリスと参加した。
飛び散るクリスの汗とあの人懐っこい笑顔が、ただただ恋しいとアダムは思った。












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優秀な成績でケンブリッジに入学したエドワードの未来は光り輝いていると誰もが思った。
両親や兄弟たちだけでなく、一族のほとんどがエリートと呼ばれるクラスで生まれ育ったエドワードは自分も大学を出た後は彼らと同じような人生を歩むのだと信じて疑わなかった。
大学一年目の夏休み、彼はオーストラリアに向けて一人旅だった。
ヒッチハイクとキャンピングを繰り返しながら地図も持たず旅する彼は灼熱のアウトバックで道に迷ってしまった。
暑さと見渡すかぎり真っ赤な大地のせいで方向感覚をなくし、持っていた水が底をついてしまった。
凄まじい脱水症状で歩くことも出来ず、木の影で横たわっていたときアボリジニたちが現れた。
それから3年、エドワードはアボリジニの部族の一員として彼らとともに暮らした。
所有という観念がないアボリジニたちはエドワードに全てを与えてくれた。
いつだってイギリスに帰り、大学に戻ることができる状態だったが、エドワードにとってアボリジニたちとの毎日はあまりにも新鮮な驚きに満ちあふれ、半年もしないうちに今まで培った自分の価値観がもう信じられなくなった。
アボリジニたちの村を出たとき、エドワードは自分にも世の中にも未来にも何も期待しない人間になっていた。経済活動、社会での地位、名誉、自尊心までもどうだっていいと思う人間になっていた。

イングランドには戻らず彼はシドニーで暮らすようになった。
ビデオショップの店員をしている。
イングランドを出て以来、親も友人たちも、彼を知る一切の人間とまったく連絡をとっていない。
ビデオショップのバイトが終わったある夜、彼はふらりと古本屋に入った。
学生時代、経済学の本は死ぬほど読んでいたが文学にはまったく興味がなかった。
たまたま入った古本屋で手にしたのがドストエフスキーの「罪と罰」。
それ以来、彼が信じ、無条件で入り込めることが出来るのは文学の世界だけとなった。
古本屋の片隅に腰を下ろせば、いつだってエドワードは果てしない宇宙を彷徨うことが出来た。












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ニューオリンズ出身のボブは自転車に乗れるようになるより早く、ギターを弾いていた。
ガキの頃から金を稼ぐ方法といえば盗みと音楽しか彼には思いつかなかった。
ダチの誘いで新しく出来たばかりの青臭いギャングの一団からドラッグを横取りしたのが運のつき、それが地元マフィアが仕切る高額なヤクだとは思いもよらなかった。
ボブはマフィアたちにすぐにとっ捕まった。
7、8人の熊みたいにでかい黒人たちにキャバレーの地下へ引きずられ、眼が開かず、口の中は血の味しかしないほどのリンチにあった後、指を切り落とされるか、ニューオリンズを出て行くか選べと言われた。
ギターを弾けなくなったら生きていけないし、ニューオリンズ以外はアメリカとは呼べない、とボブは思った。

そのままシドニーに渡り25年が過ぎた。
食べるためならどんな音楽でもやったが、自分のために鳴らすギターはやはりリズム&ブルースだ。
本物のリズム&ブルースをオリビア・ニュートンジョンとACDCのオージーには理解できっこないと分かってはいたが、それでもギターケースを広げて通りでギターを鳴らせば、ほんのひと時ではあるが、故郷のニューオリンズに思いを馳せることが出来きた。












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by somashiona | 2009-10-12 11:50 | 人・ストーリー

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