スナップ:シドニーの夜、孤独な男たち 後編





オーストラリアに移住して7年になるがメキシコのグアナファトで生まれ育ったカルロスはどこかこの国に馴染めないでいる。
語学の問題は比較的早い段階でクリアーした。
彼の英語が仕事や毎日の生活の支障になることはほとんどない。
オーストラリアの食が合わないという訳でもない。
故郷のスタンドで食べれるようなタコスやブリートと同じ味とは言いがたいが、それでもマルチカルチュアルなここシドニーでは食べたい時にいつだってそこそこのメキシコ料理を楽しむことが出来る。
彼は内気な男だ。
仲間たちと大声で冗談を言い合ったり、パブで積極的に女性に声をかけたりという、同世代の男たちが当たり前のようにとる行動を彼にはどうしてもとることが出来ないのだ。
彼の欲望のほとんどはインターネットの中の虚構の世界で解消される。
それが真の満足でないとわかっているが、真の満足へたどり着くまでのプロセスを考えると重い腰が上がらないのだ。

イライラやもやもやが限界に達し爆発しそうになったある夜、彼は数百ドルをポケットに突っ込み、街へ繰り出した。
女を買おうと思ったのだ。
女性との経験はあるが、女を買った経験は彼にはない。
仕事の行き帰り、売春宿の前を毎日彼は通る。
そこへ行こうとはじめから彼は決めていた。
そこしか知らない。
中に入ると年配の女性が彼を大広間のような場所へ通した。
濃い化粧と微かなわきがのような匂いがその女からする。
大広間のソファーには7、8人の女がいたが誰一人話をしている者はなかった。
煙草を吸ったり、爪を磨いたり、雑誌を見たり、女たちはそんなことをしていたがカルロスが大広間に入っているのに気がつくと皆一瞬作り笑いを浮かべ、そして彼が被スパニッシュ系だったからがどうかは分からないが、その笑みはすぐに消え去った。
カルロスはサウスアメリカ系だと思える一番小柄な女を選んだ。
その女はプリシラと名乗ったが、本名であるはずがない。
生乾きのバスタオルのような匂いのする部屋で1時間過ごしたが、彼は出来なかった。
女があからさまにシラケた顔をして「でも、お金はちゃんと払ってちょうだいね」と言った。

カルロスは失望して自分の小さなアパートに戻った。
突然の空腹感に襲われた彼はチリビーンスの缶を開けて食べた。
落ち込むと彼はいつだってビデオを見る。
子供の頃から好きだったメキシカンプロレス、ルチャリブレのビデオだ。
覆面レスラーたちが悪役レスラーを叩きのめすたびに彼の憂鬱な気持ちは晴れていく。
本棚の片隅でほこりをかぶっているブルーの覆面のことをカルロスはふと思い出した。
そのマスクを手に取り、彼はバスルームへ向かった。
オレンジの裸電球の下、カルロスはマスクをかぶった。
バスルームの壁には大きめの鏡がはめ込まれてある。
彼はマスクをかぶった自分の姿を見た。
ブルーのシャツ、ジーンズを脱ぎ、ボクサーパンツ一枚の姿で鏡の前でファイティングポーズをとってみた。
ボクサーパンツも脱ぎ捨て、再度鏡に映る自分を見た。
筋肉がついているわけではないが、太っても痩せてもいず、その肉体は見ようによってはセクシーと言えなくもなかった。
プリシラの尾てい骨に掘ってあったスコーピオンのタトゥーと陰毛が剃られ露になった性器を彼は思い出した。
脱ぎ捨てた服をもう一度着て、ブルーの覆面を手に再びあの売春宿へ向かった。

その夜以来、カルロスは仕事の後、毎晩のようにブルーのマスクをかぶり街を歩く。
そうしている時の彼は自信に満ちあふれていた。
彼のマスク姿を見て振り返る人びとに「オラ!」「ケパーソー!」と笑顔を振りまいた。
マスクの下の笑顔を不気味に思う人たちもいたが、彼には怖いものなど何もなかった。












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ジョセフとハナは共にチェコ、プラハの出身だ。
オーストラリア移住後、ジョセフは配管工として、そしてハナはパン屋で長い間働いた。
二人には子供がいなかったが、そのせいもあってかいつでも恋人同士のように仲が良かった。
ジョセフにとってハナは一日の終わりに心置きなく母国語で話をしてから眠りたい唯一の相手であり、ハナにとってジョセフはもし生まれ変わって人生をやり直せるならもう一度結婚したい唯一の相手だった。
二人の共通の夢はジョセフがリタイヤした後に家を売り払い、キャンピングカーを購入してオーストラリア中を旅しながらのんびりとした生活をすることだった。
その夢のため、二人はできるだけ贅沢を避け、こつこつとお金を貯めた。

5年前、ハナが突然この世を去った。
何の前触れもなく。
ジョセフは仕事を辞めた。
ハナのいない人生に働く意味など見いだせなかったからだ。
毎日が淡々と過ぎていった。
もともと友人、知人が少なかったジョセフ、親兄弟、親類がいないこの国で彼はどうしようもなく孤独だったが、その状況に気がつく気力さえジョセフにはもうなかった。
無意識のうちに母国語でひとりごちるようになった。
それと同時に記憶の多くが抜け落ちるようになった。
はじめは今日が何曜日か思い出せず、しだいに朝食べたもの、今読んでいる本、自宅の電話番号などが次々と記憶から消えていった。
ジョセフは最初この状況を楽しんだ。
そう、彼は苦しみをぬぐい去りたかったのだ。
過去の記憶は全て苦しみに繋がる。
ジョセフにとって失っていく記憶は心を軽くする最善の処方箋だった。
しかしある日、彼は全てを知りつくしているハナの手が自分の手を握る様子を想像しようとし、それが出来ないことに恐怖を覚えた。
ハナの記憶だけは失いたくなかった。
それだけが生きる糧だ。
やっとドクターに会う決心がつき、彼はアルツハイマーだと診断された。
彼は焦った。
どう手を打つべきか彼には分からない。
彼の状況を知ったコミュニティーが無償で彼を介護するとジョセフに言ったが、彼はその申し出を断った。
スーパーで買い物をした後、自分の家にどう帰っていいのかわからなくなり、ジョセフは両手に買い物袋を下げたまま道ばたで子供のように泣いた。
その夜、ジョセフは決心した、旅に出ようと。
ハナの想い出がまだ心にあるうちに、ハナを胸の中に連れて旅に出ようと。
簡単な荷物と貯金通帳を持ってジョセフは長距離夜行バスを待った。












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イタリアからオーストラリアへロベルトが移住したのは彼が28歳の時だった。
プロのサッカープレヤーとしてオーストラリアのチームで戦うというオファーを聞いたとき、これが自分のキャリアに花を咲かせる最後のチャンスだと思った。
最初のシーズンはまずまずの成績を収め、次のシーズンで実力を最大限に発揮しようと思った矢先、彼は交通事故に巻き込まれた。
右足を複雑骨折した彼はプロとしてサッカーをプレーするどころか、普通に歩行することすら難しい人生を送ることになった。
故郷に錦を飾って帰ることを心に誓った彼のプライドが、シドニーに彼をとどめ続けた。
異国に地で英語もままならず、サッカー以外のことを何も知らなかった彼は職を転々とした。
若い頃から人びとの注目を浴び続け、自信に満ちた人生を送ってきた彼にとってオーストラリアでの毎日は屈辱以外の何ものでもなかった。
サッカーにまつわる仕事のオファーは最初の数年間、たくさんあった。
プロチームの指導、スポーツ番組の解説、しかし彼にとって自分が出来ないサッカーとかかわることは苦しみ以外の何ものでもない。
彼はサッカーと繋がりのあることには二度と近づかなかった。
失意の日々がどんどん過ぎていった。
彼の引き締まったアスリートとしての肉体は徐々に崩れ、腹の周りには脂肪がつき、髪の毛が抜けはじめた。
彼はすっかり年をとってしまった。

そんなある日、彼はマリアに出会った。
値段は安いが母親のスパゲディーの味を思い出させるイタリアンレストランでたまたま相席したのが彼女だった。
お互いイタリア人だと分かった途端、二人は食べるのも忘れ、母国語で語らい、笑った。
長い間本気で笑うことを忘れていたロベルトの口から次々にジョークが飛び出るのに彼本人が驚いていた。
マリアは化粧が濃く、年齢不詳だったが、濡れた唇が魅力的だった。
ロベルトは彼女がどれくらい彼の心をとらえているのか言えずにいたが、マリアはロベルトが魅力的だと言った、男らしくてセクシーだと言った。
この瞬間、ロベルトは今までの人生の中で味わったことのない極上の喜びを感じた。
過去、チームが優勝を果たし、シャンペーンをかけあったあの喜びを遥かにしのいでいた。
ロベルトはマリアにまた会いたいと告げた。
もっとマリアのことを知りたいと彼女に言った。
彼女に運命を感じる、と勇気を出して心のままを伝えた。
この出会いが運命的なものなら、私たちは再びここで会えるはず、とマリアは言った。
ロベルトもその時はそう思った。

あの夜以来、何度このレストランに来て、同じ席でマリアを待ったのか、彼にはもう思い出せない。
マリアの姿を二度と見ることはなかった。
それでもロベルトは彼女を待ち続けた。












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シドニーに住む孤独な男たちは夜になると動き出す。
昼間は孤独を忘れることができても、闇の重さには敵わない。
孤独な男たちの視線は常に人びとの姿を追いかける。
街の中を動き回る見ず知らずの人たちをほとんど無意識に追いかける。
家族連れ、恋人たち、仲間たちと共に笑い合う人びとの姿を見るたび、自分だけがこの世界と繋がっていないのだと感じる。
かかわり合う人びとの数と比例し、孤独な男たちの悲しみは深まっていく。












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ー おわり ー















今回は新しい試みをしてみた。
今年のシドニー・マルディグラの前夜に撮ったスナップショットから写真を選び、それにそれぞれ物語を付けてみようと思ったのだ。
僕の好きなキョータちゃんのブログで書かれていた小説がたまらなくおもしろく、完全に感化されてしまったのが原因だ。(小説はすでにブログから消えている)
一枚目の写真が18:53にはじまり、最後が20:56。
この2時間の間にかき集めたイメージの中から「移民」と「孤独」というマルティカルチュアルなシドニーならではのテーマを与え写真を選び、話を作り上げた。
深く考えず、感覚的に短い時間で一気にやってしまったからかもしれないが、自分の頭の中からほぼ同じパターンのストーリーしか生まれてこないことに驚いた。
誰かの人生を考えたとき、起こりえる孤独として、このパターンしか頭に浮かばないとはちょっと情けない。
もっと多くの人と話をして自分の幅を広げなければと思った。
もちろん、書くためじゃなく、撮るために。
書くのはまったくの素人だが、それでも薄々感じていることは撮る作業と限りなく似ているということだ。
こう言うとあのドSの小説家から「小説をなめんなよー!」と怒られそうだが、、、。
もう一つの驚きは、話を作り上げるのが楽しく、気持ちいいということ。
これは結構病みつきになりそう。
これからもちょくちょく挑戦してみたい。
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by somashiona | 2009-10-13 06:21 | 人・ストーリー

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