相原さん、フォトキナへの道 第三話




そんな過酷な毎日を送っていると移動中の車内での会話は限りなくお下品になる。
写真の話など絶対にしたくないし、政治、社会、など難しい話は一切ゴメンだ。
とにかく、撮影をしていないときいかにリラックスするかが肝心。


ある夜、どうしても肉が食べたくてカンガルーや牛ではなく人間のいる最寄りの(何百キロも離れている)街までわざわざ出かけ、パブでステーキを食べることになった。
たしかホテルの中にあるパブだったと思う。
そのホテルにいた受付嬢、顔は眼鏡をかけた地味で真面目な女子学生風、なのに身体はプレイボーイマガジンに出てくるダイナマイトボディのセクシーウーマンだった。
年は20代のまだ前半だろうか。
肉を食べにきた僕は正当な理由もなく「あのぉ、お名前はなんと言うのですか?」と思わず訊ねてしまった。
彼女は色白のそばかすがある頬を少しだけピンクに染めて「アリソンよ」と答えた。
どうやら過酷なアウトドアライフが続くと男は肉食獣になるらしい。
細胞の中のずっと奥にあるマンモスを追いかける男の遺伝子が永い眠りから目覚めるのかもしれない。
草食系男子はアウトバックへ出て肉を食べよう。
相原さんと僕、話すべきことは他にもたくさんあったはずだけど、肉を食べている間中アリソンの話で盛り上がった。
名前以外なにも彼女のことを知らないのに。
受付でもう一度アリソンに会い、さよならを言ってから、僕たちはテントに戻った。
その夜、僕と相原さんがテントを張った場所には僕たちのテント以外にも小さなテントが朝まで二つ立っていたはずだ。


アリソンと出会って以来、移動の車の中では僕たちは、というか僕は、いつもアリソンの話をした。
この辺の土地に住む荒っぽいオージーガールのイメージからかけ離れた雰囲気を持つ彼女、カラスの群れの中のカナリア、砂漠に咲く一輪の花、なにか事情があってこんな場末のアウトバックのホテルで働いているに違いない、、、今冷静に考えるとどこにでもいそうな極々普通の女子なのに、あまりにも普通じゃない日々が続いていたためかアリソンのイメージは悪い風邪にかかったときの扁桃腺のように赤く、痛みを伴って膨らんでいくばかりだった。
人間、過酷な状況に追いつめられると、きっとすがるものが必要になるのだ。
それが神や思想じゃないのは、実際に存在するものをいつも追いかけるフォトグラファーの性(さが)、誰もそれを責めてはいけない。
アリソンと出会った翌日から、彼女の隠された過去、秘密、男性関係、裏の仕事、太腿の内側に小さく彫られたバラのタトゥー、僕は休みなくアリソンについて想像を膨らまし、車の中で話しまくっていた。
名前以外なにも彼女のことを知らないのに。
なんせ、毎日車での移動距離がハンパじゃないのだ。
何百キロも信号や対向車のない直線が続づく真っ赤な大地を眺め続けるよりは、僕のアリソンの話を聞く方が相原さんも気が楽だったのだろう。
アリソンが働く(エリア北海道より大きい)を離れる最後の夜、もう一度アリソンホテルのアリソンステーキハウスで肉を食べようということになった。
毎日、毎日あまりにもアリソンのことを話し続けていた僕は彼女の顔を見るなり、おろおろ、おどおどしてしまった。
すると何を思ったのか、相原さんは突然アリソンに写真を撮ってもいいかと訊ねた。
どうして私の写真を撮るの、とでも言いたげなアリソンが戸惑いながらも、いいわよ、と答えると、じゃあ、マナブさんも一緒に、と相原さんがいい、その時僕は年甲斐もなく顔から火が出るくらい赤面した。
それを見た相原さんは僕のうろたえように大笑いし、僕の顔を見るたび今でもアリソンさん元気などと言う。(どS)
という訳で、僕はアリソンの手を握ることもなくこのエリアを去り、僕と相原さんはアウトバックの中へさらに深く入っていった。


舗装道路を走る快適さはしばらく味わえないだろうと、自分に言い聞かせ、アフリカのサバンナのような、火星のような、エリアに突入した。
4WDの車の性能は本当のオフロードを走らないかぎり分からない。
こんなところ車で走ってもいいのだろうか、と不安になる道の連続だ。
スピードは出ているが、常に路面の状況に注意し運転していないといつ何が起こるか分からない。
順調に進んでいたと思えば突然目の前が川になり、その中を突き進まないといけない。
車の中に水が浸水しそうなくらい深い水の中を僕は運転したことがない。
一度、助手席の窓から水が入ってきそうな川を渡っているとき「ワニだ!」と相原さんが叫び、僕は驚いて飛び上がったため車の天井に頭をぶつけた。
オーストラリアではクロコダイルに人が襲われる事故が度々ある。
サメの被害よりも多いかもしれない。
クロコダイルに襲われると死体を見つけるのがとても困難だ。(餌を隠すから)
「どこ、え、どこ、どこ???」糞暑い中急いで助手席の窓を閉めながら相原さんの顔を見ると、嬉しそうな顔をして笑っていた。
(JUSA=Japan Ultra Sadist Associationタスマニア親善大使。ちなみに会長は馳さん、副会長はburg氏)
(どS被害者友の会の会長はコンすけ君)
今回の旅、アウトバックでの車の運転はほとんど相原さんにお任せした。
ハンドルがとられる柔らかい砂地や水の中のアクセリングは熟練者でなければ事故に繋がる。

荒涼とした大草原の中を順調に進んだ僕たち、心にも余裕が出て来た。
見晴らしのいい大きな丘の上を登りきり、その頂上で記念写真を撮ろうということになった。
車のエンジンを消し、数分間記念撮影大会をしながらはしゃぎ、それから車に戻りイグニッションキーを回したが、エンジンがうんともすんとも言わない。
ちなみに車の中はバッテリーの充電器だらけ、それらは全てシガーソケット(車の中のタバコの火をつけるライター)からの充電だ。
どうやら車のエンジンを止めている間車のバッテリーを充電器たちが使い果たしてしまったようだ。
こんな荒野の真ん中で車が動かなくなったら撮影が出来ないどころか死につながる。
この時の相原さんの顔、僕が今まで見た中で冗談抜きで一番引きつっていた。
たまたま一台車が通りかかった、その車をとめ、ジャンプコードを持っているか聞いてみたがダメ。
幸運なことにそのドライバーは車のメカニックらしく、とても車に詳しかった。
不幸なことは僕たちのニッサンがオートマチック車だということだ。
やはり何かあった時はマニュアルの車の方がどうにかなる手段がある。
学生の頃バイクや車でなんども経験した押しがけ(車を押してある程度スピードが出たらギアを2速くらいに入れエンジンをかける)のテクニックはオートマチック車ではできない。
彼からのアドバイスは車のギアをニュートラルに入れ、この丘をひたすら下ること。
運が良ければその間バッテリーがチャージされ、エンジンがかかるだろうと、信じていいのか悪いのかわからないような案を出してくれた。
かからなかったらどうするの?と聞いたらもうダメだなと笑う。
笑い事じゃない。
僕らは車に乗り込み、彼らは車が坂を下り出すまで後ろから押してくれた。
車が坂を下り出した。
彼らは面倒に巻き込まれたくないからか、僕らとは反対方向の道を砂埃を立て去っていった。薄情者!
車が坂を降りている途中の僕たちの顔を写真で撮っていたら傑作だったろう。
おしっこ漏らした子供が泣きそうになって濡れたシーツを見つめているような顔だったに違いない。
坂を降りている途中、ハンドルを握る相原さんが祈りのため眼をつぶらないことに僕は気持ちを集中することにした。
たぶん、坂を下りきるのに5分もかかっていなかったと思う。
止まった車のハンドルに相原さんはおでこを乗せ、眼をつぶり、おねがいします、と3回言ってからイグニッションキーを回した。
ぶる、ぶる、ぶる〜ん、エンジンがかかった。
僕と相原さんには声を出して喜ぶ気力などもうなかった。
ふぅ〜っと深い溜息をもらし、ただただ頭を左右に振るだけで精一杯だった。
















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こんな生活が続くなかでにギネスにありつけると顔はこうなります、というCMを作ると売り上げに貢献するだろう








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キャンプの間は粗食だが、レストランでは取り憑かれたように肉を食べた
その量もハンパじゃないが、それでもペロリと平らげてしまう僕たち








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アリソンの話を聞く相原さんはこんな顔
この表情から話の内容がバレてしまいそう
18歳未満禁止です








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こんなに暑くて乾いているのに、どこから水はやって来るの?
運転していると何度も大量の水たまりや川に行く手を遮られる








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テレビなどで車が川を渡る場面を見ても何とも思わないが、自分の乗っている車がそれをやる時はかなり緊張する
エンストすれば喉の乾きに苦しみながら死を待つかもしれないからだ








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日本中どこを走ったってこんなに人里から離れた場所を走ることはないだろう
電柱も道路標識も、人の手を感じさせるものがどこにもない








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この色こそオーストラリア
タスマニアではお目にかかれない真っ赤な大地には感動する
このときはいていたソックスは何度も洗った今でもまだ赤い








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車で川を渡る時は予めその深さを誰かがチェックしなければいけない
言われてみればそうだが、言われないと気がつかないようなことの一つ
そういう些細なことが実はアウトドアではものを言う
こういうことは経験値を積んだ人しかわからない








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この写真の直後、バッテリーがあがってしまった
丘の上で良かった








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撮影旅行の間、僕がビックリしたのは相原さんがクライアントに電話をする回数の多さ
相原さんに仕事を託している担当者としては進捗状況が気になるところだろう
アーティストだけどビジネスマン、写真を仕事にしている人はこのバランス感覚がもっとも要求されるのだ
日本ボディビルダー選手権に出ようと思っている相原さんの美しい肉体








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どうしてこの写真が大切なのか、もう皆さんは分かってくれるだろう








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テント生活が続くと、朝や夜も暖かくて、アリやダニもいなくて、ふかふかのベッドがある空間がどんなにありがたいか
そんな環境にありつけた時は、ひたすら寝る








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ひたすら寝て、翌日の戦いに備える


















つづく
















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by somashiona | 2009-11-07 08:06 | 人・ストーリー

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