rikijiさんとセルフポートレイト




随分昔の話だが、僕は一度だけ、かなり本気でセルフポートレイトを撮ったことがある。

突然の病気、緊急入院、緊急手術、全てが冬の石狩浜に押し寄せる冷たい大波のように僕にぶつかっては砕け、自分のおかれた状況を客観的に見つめる余裕などなかった。
手術の後少し経ってから、自分の人生に起きたこの出来事を大事件として捉えることに成功しかけたが、放射線治療がはじまると忌々しい吐き気に日々苛まれ、この事件を深く考えるのは一旦中止した。
灰色の空の下を病院に向かっててくてく歩きながら考えたことなど今はもう何も覚えていないが、地下鉄の中や道ばたで何かの匂いを嗅ぐたび口に手を当て吐き気を抑えていたことはよく覚えている。
僕の身体には油性マジックペンでペルーのナスカの地上絵のような線が書かれ、放射線を浴びるその線の内側は毛深い体質で悩む女性にお勧めしたいくらい体毛が綺麗に抜け落ちていた。

そんな線が書かれたセクシーな身体を鏡で見つめながら、僕はこの人生の記念碑をポジティブな形で残さなければいけないと思った。
ちょうど写真を学ぶためアメリカに行く準備をしていた時だったので、僕が思いつく方法は写真しかなく、自分で自分を見つめるセルフポートレイトという表現方法がピッタリだと思った。

僕の病気に打ちひしがれていたのは僕だけじゃない、家族だ。
二人の子供を持つ今、あの時、僕の両親がどんな心境だったか痛いほどわかる。
深刻な時ほど場違いなバカをやりたがる人種がいるが、僕も間違いなくその一人だ。
僕がセルフポートレイトを撮る場所は、以前父の入浴ヌードを撮ったあの場所以外考えられなかった。
僕は三脚にモノクロフィルムを詰め込んだニコンFM2をセットし、そのあとスッポンポンになり、茶色のカーボーイハットと茶色の革製の手袋を身に付けた。
このシンプルなコスチュームで浴室から出て来るところをまるで誰かに撮られ驚いたかのように、片足を上げ、片手で股間を隠し、もう片方の手でカーボーイハットのつばをもちセルフタイマーのシャッターがおりるのを待った。
家族をはじめ、僕の身近な人たちはこの写真を見て大いに笑った。
久しぶりの笑いだった。

このセルフポートレイトのことを思い出したのはrikijiさんの素晴らしいセルフポートレイトを見たからだ。
写真が持つ力を見せつけられる一枚だった。
以前ブログで書いたことがあるが、どんなに完璧な構図、露出、瞬間であっても「So what? Photo」(で、だから何なの?的写真)が僕は嫌いだ。
逆にどんな安いカメラで撮ろうが、露出が酷かろうが、一枚から無限のストーリーがこぼれ落ちる写真に出会うとたまらなく嬉しくなり、写真の偉大さを改めて思い知る。
rikijiさんのあの一枚は仮に僕がrikijiさんを知らなかったとしても、テキストがなかったとしても、間違いなく心が揺さぶられる一枚だ。

声をかけてくれたフォトブラちゃんから「花の写真」と厳しくいわれ、花の写真などほとんどない僕は困り果てたが、それでも数少ない花の写真から一枚と今日のテキストに出て来た父の写真を一枚心を込めてrikijiさんに送りたい。
2枚とも以前ブログにアップしたことがあるかもしれないが、僕が大切にしている写真だ。




あの時のセルフポートレイトが今どこにあるのか思い出せないが、そのかわり長い間忘れていた大切ことを思い出した。
あの時ドクターに「諦めてください」と言われたいくつかのことが、今実現している。
医者のいうことは必ずしも絶対じゃないし、健康な人も病気を持つ人も明日はどうなるか誰にも分からない。
rikijiさん、希望を持って命の明かりを一日でも長く灯し続けましょう!

知っている曲はまだ全て出し切っていないでしょ!
















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by somashiona | 2009-11-20 17:37 | 人・ストーリー

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