丘の上の花嫁とタスマニア物語








丘の上の花嫁さんが僕にメールをくれたのはかれこれ1年くらい前になる。
思い出の写真をタスマニアの自然の中で撮りたい、フォトグラファーをネットで探しまわっているうちに僕にたどり着いたらしい。
以前僕がブログにアップしたウェディング写真「あの丘でウェディング」がとても気に入ってくれたようで撮影を僕に依頼してくれることになった。

タスマニア在住のカップルなのでメール以外にもカフェなどで何度かお会いし計画を進めていったが、結局季節や諸般の事情で一年後の撮影となった。
ウェディングの仕事をするときいつも感じることだが、花嫁さんになる女性のウェディングに対する情熱は花婿さんのそれに対し8:2の割合で圧倒的に強い。(どうやって計算したかは聞かないように)
そのウェディングの様子が自分の歴史として記録されるウェディング写真に対する思い入れは想像に難くない。
その熱意が話し合いをするたびにひしひしと僕に伝わってくるので、僕も何か特別なことをしてあげたい気持ちになる。
(そういう意味では商売下手、涙)
撮影の3日前まで「あの丘でウェディング」の丘で撮影することになっていたが、撮る側の僕としてはやはり毎回違ったことにチャレンジしたいという欲もあり「タスマニアらしい風景の中で写真を撮ってほしい」というキーワードについて考え続けていた。
みなさんは映画「タスマニア物語」をご存知だろうか?
1990年に公開された日本映画。
田中邦衛、薬師丸ひろ子、根津甚八、それと誰かなぁ、、、あ、すっごく若い緒形直人なんかが出演している映画だ。
一流の会社を辞めたあとタスマニアで暮らし、絶滅したとされているタスマニアンタイガーを探す父に少年が会いにいく、といったストーリーだったと思う。
たぶん、タスマニアを一般の日本人に知らしめたのがこの映画だったのではないか。
実際、タスマニアに旅行や移住で来た人にその理由を聞くとこの映画が心に残っていたからだ、という人が多い。
映画に出てくる風景はまさにタスマニアそのものだった。
憧れる人はたくさんいるだろう。








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そして、ふと思った、タスマニア物語のロケ地で写真を撮れないものかと。
以前、僕が集中的にモノクロフィルムで風景写真を撮っていたときのお気に入りの場所はハミルトンという小さな町。
ここの風景は夏になるとラクダ色の丘が女性の体の曲線のように柔らかく連なり、そんな女性の裸体を見たときのような写欲全開モードになる場所だ。
タスマニア物語のほとんどのシーンはこのハミルトンで撮影されたと聞いたことがある。
その場所こそ、タスマニアらしい風景というアイディアにピッタリではないか!
そのことを丘の上の花嫁さん(ちょっと長い名前だが)に告げると、翌日にはそのロケ地に使われた牧草地のファーマー(牧場主)の連絡先と撮影の許可が僕のメールに送られて来た。(もの凄い段取りの良さと熱意)
ホバートから車で1時間ちょっと走らなくてはならないが、ロケ地を見ずに3日後の本番の写真を撮るわけにはいかない。
そんな訳で丘の上の花嫁さんを手に入れた幸運な男性の仕事が終わった後の午後6時30分にホバートを出発し、3人でロケハンに出かけた。

ハミルトンの町に近づいた7時半頃、すでに最高の光が丘の上に降り注いでいた。
僕は車の窓から興奮気味に丘を撮った。
車を止めて撮りたいところだが、暗くなる前にロケ地を見たいのでそんな余裕はない。
そんな状況で撮ったのがスライドショー前半で出てくる風景写真たちだ。








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勝手に柵を開けて牧場に入っていい、と言われたようだが、だだっ広い牧場の中、自分たちが車を走らせている場所がタスマニア物語のロケ地かどうか全く検討がつかない。
それでも、写真を撮るには十分美しい場所だったのでテストシューティングをかねて絵になりそうなスポットで二人を撮った。
すでに太陽は丘の向こうへ隠れ、カメラのISOは200から400へ、400から800へと待ったなしで変わる。
普段の撮影ではよほどのことがない限りISO800以上は使わないが、この時はあまりの暗さにそうも言っていられなかった。
特に二人が走るシーンでは写真の女神様に祈りながら撮った。
ウェディングドレスを着る前のテストシューティングと言ってしまえば気持ちは楽になるのだが、撮れるときにはいつも本気で撮っておかないと後悔するはめになることを経験から知っている。後でその光、その状況で撮れる確約などどこにもないので気を抜くわけにはいかない。
テストシューティングの絵が本番を含めたすべての絵の中で一番よかった、なんてことがよくある話だ。
結局、高いISOで撮ったこれらの写真たちも彼らの貴重な一枚になった。








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日が完全に沈み、牧場の中は真っ暗になった。
映画で使われた田中邦衛の住んでいた家も見つからず、果たして僕たちは映画のロケに地いるのかいないのか分からぬままヘッドライトに照らし出されるでこぼこの路面を車で走らせ、牧場の最後のゲートを出たときに遠くからヘッドライトを上へ下へと振りまきながら走ってくる車が見えた。
ゲートでその車を待つと、車の中から出て来たのがこの牧場主アーチャーさんだった。



僕たちが見て回った場所が映画のロケ地なのか聞いてみたが、この広い土地の中、僕たちの説明と彼の説明が同じ場所のことを言っているのか全く検討がつかない。
僕たちが見て回った場所も十分綺麗だったが、僕が想像していた丘とは少し違った。アーチャーさんに辺り一面が見渡せる広い、広い、丘のある土地を所有していないか、と聞いてみるとニヤリと笑い「最高の場所がある」という。
本番の日に映画のロケ地で撮影する前にその「最高の丘」へ案内してもらう約束をし、その夜はホバートへ戻った。








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撮影本番の日、アーチャーさんとはベストな光が来る2時間ほど前に彼と出会ったゲートで待ち合わせした。
待ち合わせの間、丘の上の花嫁さんを何カットか撮った。
彼女の顔からは押さえきれない微笑みがこぼれ落ち、「うれしい、本当にうれしい」という言葉を何度も口にした。
そんな風に思っている人を撮れるなんて、僕だって本当にうれしい。
アーチャーさんの案内でロケハンした場所から車で約20分の違う場所へ移動した。
丘の上の道なき道を登ったり、下ったりしている間、僕の胸は高鳴っていた。
いいぞ、いいぞ、ここならいいものが撮れる!
アーチャーさんが連れて行ってくれた丘の頂上はボバートのマウントウェリントンから北のマウントフィールド、だけでなく360度見事に見渡せる「最高の丘」だった。

アーチャーさんにお礼を言って撮影を開始。
丘の上は遠目からは柔らかく美しいが、実際そこを歩くとそれはもう大変だ。
タスマニアの夏、草の中のどこかには確実に毒蛇が潜んでいる。
なんと言う名前か忘れたが細く小さい針のような草がそこら中にあってそれがジーンズや靴の中に侵入し体に刺さる。針の先端はちょうど釣り針のようになっているため一度刺さると引き抜こうとしてもなかなか抜けない。
普段着の僕ですらそうなのだからウェディングドレスをきている丘の上の花嫁さんはもう大変。
ウェディングドレスにトゲトゲの草がまつわりつくだけでなく、小さなバッタが至る所に張り付いていた。
それでも二人は僕の提案を受け入れ、何でもやってくれた。
いい写真を作るには写される側の努力も必要。
写す側、写される側が一体となったとき何かが生まれる。
僕たちの仕事はいかにその一体感を作れるかだ。








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空の向こうから真っ黒な雨雲が押し寄せてくる。
ここで雨が降ったら一巻の終わり、真っ白なウェディングドレスは目も当てられなくなる。
天気予報も雨が降ると言っていた。
3日前にロケハンをした場所は捨て、この丘にしぼって撮影することに決めた。
丘の上で移動している間は風景も撮る。








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ポートレイトの仕事とはいえある程度の枚数を納めるときは被写体やその時の撮影にまつわる何かを積極的に撮るように心がける。
その方が出来上がった写真たちにストーリーを持たせてくれるからだ。
結婚式の写真に指輪やケーキ単体の写真が織り交ぜられているのと同じ感覚。








撮影が一段落し、来た道を戻ろうとするが分からなくなる。
車が踏みつけた草の跡があるだろうと思っていたのに、それが分からない。
心配したアーチャーさんが戻って来てくれた。


他にもいい場所があるけど見てみる?と言ってくれたので喜んで彼についていった。
一面黄金色の麦畑。
(そういえば「ライ麦畑でつかまえて」のサリンジャーさんが亡くなってしまった)
ここで穫れる作物について説明してくれるアーチャーさんの手、服、表情、彼もまた堪らなくいい被写体だ。








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そして、タスマニア物語で田中邦衛が住んでいた家にも連れて行ってくれた。
当時の説明をうれしそうにしてくれる彼は車の中から次々と思い出の品を出して僕たちに見せてくれる。








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彼もあの映画に出演したらしい。
僕は全然覚えていないが、かかってくる電話を受ける役だと言っていた。
説明を受けながらも撮れるところではできるだけ撮る。








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気がつけばアーチャーさんはアシスタントになっていた。
フォトグラファーは何でも味方に付けてしまう習性がある(汗)。
撮影で使われた家は映画のために建てられたものだった。
一見完璧な普通の家だが実は煙突のレンガがレンガ模様の壁紙だったりと至る所が偽物、なので人が住むわけにはいかず、長い年月を経て家の中は荒れ放題になっていた。








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たぶん、この映画に関係した人がこの家の中を見ると胸が痛くなるだろう。
もちろん、アーチャーさんの責任でも、誰の責任でもない。


家の中を見た時間はもうかなり暗くなっていた。
最後にこの家を利用して今までとはちょっとタイプの違う写真を撮った。
どちらかといえば自分のポートフォリオのための写真を。








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すべての撮影が終わった後、雨が降り出した。








このアーチャーさんの土地、僕のお気に入りの撮影地の一つに加えられた。
今度は丘の風景写真を撮るためにここに来よう。
そして、できれば超カメラシャイなアーチャーさんを撮ろう。









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by somashiona | 2010-02-04 11:46 | 仕事

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