恐怖体験





日曜の夜、子供たちを彼らの母親の元に届ける。
ハグとキスをたくさんして、また次の週末に楽しい時間を過ごす約束をしてから、僕は自分の家に向かって車を走らす。
時速100km/hで運転して約40分のドライブ。
土曜、日曜と精一杯子供たちと付き合うので心も体もヘトヘト、この家へのドライブは毎回睡魔との戦いだ。
この夜もブギーボードのつけが早くもまわっていたようで、すれ違う車のほとんどないタスマニアの夜道で何度もハンドルを握りしめながら眠りに落ちそうになった。
仕方がないので、一度車から降りて写真を撮ることにした。
もう辺りはかなり暗く、ダークブルーの空の中でオレンジ色の夕日が最後の頑張りを見せているところだった。
三脚も手ぶれ補正レンズもなかったが、目を覚ますことを目的に数枚撮った。
フォトグラファーは写真を撮るとすぐに体のスイッチがオンになる。
たった数枚の撮影ですっかり頭が冴えた。(単純)

再び車に乗って運転を始めた。
ブリッジウォーターからブルッカーハイウェイに入り、ホバートへ向かう。
時速100km/hの道路だ。
ブルッカーハイウェイに入ってすぐにフロントガラスの上を何か黒い物体が横切るのが見えた。
かなり大きかったのでワイパーに挟まっていた木の枝か葉っぱが動いたのだろうと思った。
しかし、その物体は右へ左へと移動を繰り返す。
僕はその物体をよぉ~く見てみた。
うわ~、ハンスマンだ!
ハンスマンは体に毛をまとう巨大なクモでフロントガラスにくっ付いていたのは僕の手のひらより少し小さいくらいのサイズ。
ハンスマンだと分かった瞬間体中に鳥肌が立つのを感じた。
慌ててワイパーを動かした。
きゅ、きゅ、きゅ、ワイパーは右へ左へと行ったり来たりするがなぜかハンスマンは同じ場所に留まったまま、、、。
ウォシャー液を出すと時速100km/hで運転しているので水は勢いよく後方へ飛び散るがハンスマンは同じ場所に留まったまま、、、。

僕は本当に震え上がった、ハンスマンは車の外ではなく、僕のすぐ目の前の車内にいるのだ!
すぐに車を止めようとするのだがブルッカーハイウェイはタスマニアのくせして意外と交通量が多く、車を止めるタイミングが見つからない。
しかも2車線道路の路肩には車を止めるスペースがほとんどない。
僕は完全に動揺した。
ハンスマンは助手席側のフロントガラスへ移動し、そこで留まっている。
僕の運転席の周りには彼をつぶせるちり紙や布などない。
手で彼を獲るなんて僕には問題外の選択だ。
車内のライトを付けた、黒いシルエットだったハンスマンの姿がハッキリと浮かび上がる。
そんなものを見るとなおさらビビるのだが、車の中でこいつを見失うことの方が怖い。
車の速度を徐々に落とすと、イライラした車たちが僕をどんどん追い抜いていくが、後続車のヘッドライトが絶え間なく近づいてくるので僕は車を止められない。
情けない話だが体が震える。
やっと車一台がなんとか止めれるスペースに車を止めた。
ガードレールと今にも車が接触しそう。
ハンスマンは再び運転席側のフロントガラスに移動してきた。
僕は車からすぐに出たいのだが、バックミラーには後続車のライトがまた近づいてくる。
ここでドアを開けたら大事故だ。
ハンスマンは僕の目の前でピタッと止まった。
まさに目の前だ。
このとき彼の目が僕を見据え、「ふっ、ふっ、ふっ、根性無しの人間どもよ。お前のそのビビった間抜け面、仲間たちにも見せてやりてーよ」と言ったのは間違いないと思う。
僕が下手に動いて奴が膝の上に落ちたり、天井を移動して頭の上に来ようものなら僕は間違いなく気絶する。
この時は短パンにTシャツだったが僕は無意識におしっこを我慢している女の子のように両膝をきつく閉じ、薄着で寒い土地に来てしまった観光客がよくやるように右手でTシャツの襟裳のをたぐり寄せ隙間がまったく出来ないようにしていた。
目は一秒ごとにバックミラーに映る後続車のヘッドライトとハンスマンの間を移動する。
いつもこんなことをしていると視力が回復するかもしれない。
後続車のヘッドライトが見えなくなると僕は転げ落ちるようにドアの外へ出た。
ハンスマンは振動でまたフロントガラスの中央へ移動した。
車の後ろ後ろの席にキッチンペーパーがある、急いでハッチバックのドアを開け、キッチンペーパーをボクサーのグローブのように手に巻き付けハンスマンのいる車内のフロントガラスに近寄るのだが、どうしても車の中で彼をやっつける勇気が出ない。
間違って奴がフロントガラスから落ちたときには、一気に僕の体を駆け上がるだろう。
それは勘弁だ。
キッチンペーパーを左手に巻き付け直し、車の外から僕の腕だけを車内に伸ばしハンスマンをやっつける作戦でいくことにした。
運良く彼も再び運転席側のフロントガラスに移動しつつある。
車の外のフロントガラスから彼の位置を確認しながらゆっくりと僕のキッチンペーパーを巻いた左手を彼に近づける。
そして、一気に彼を覆う。
手のひらにキッチンペーパーをとおして彼がうごめくのを感じる。
先ほどまでなめた態度を取っていた奴はかなり焦ったらしくもの凄い勢いでもがきまわる。
そして彼の毛むくじゃらな手足が僕のキッチンペーパーからはみ出た指に絡み付いた。
恐怖で僕は飛び上がり、次の瞬間にはもう奴の姿はどこにもなかった。
車の集団が後方からまた近づいてくる。
僕はすぐに車のドアを閉め、ガードレールに体を貼付ける。
車の集団が途切れるとまたドアを開け奴を探すのだが車の中が暗すぎてまったく見つからない。
彼の姿が見えないからと言って彼がどこかに潜んでいる車に再び乗り込み、運転する勇気など僕はない。
そうこうしているうちにポリスが赤とブルーのライトをキラキラさせて僕の車の後ろに止まった。
僕は健全な市民だが警察が近寄ってくるといつも逃げ出したくなる心境にかられる。
警察学校を出てからまだ5年以内だろう、と思える若いポリスオフィサーが用心深く僕に近づいてきた。

「サー、なにかトラブルでも?」

「ああ、お巡りさん、いいところに来てくれた。懐中電灯貸してくれるかな。実はね、、、」

ポリスオフィサーの黒く重たい懐中電灯を借りてしばらく探したがまったく見つからない。
その間、若いポリスオフィサーは他の車が僕の車に衝突しないように赤いライトを振って僕を守ってくれたが、10分後くらいに申し訳なさそうな声で僕に言った。

「サー、これ以上は無駄だと思います。彼らは一度隠れたらもうなかなか出てこないでしょう。あなたの出来ることは2つ、一つはRACT(日本のJAFみたいな会社)に頼んでこの車をどこか安全な場所へ牽引してもらうこと。もう一つはこの車を運転して家に帰ること。あのですね、僕の知っている限りハンスマンは見た目こそ怖いですが何もしてこない相手に攻撃はしませんし、噛まれたとしても毒はありません


僕は免許証携帯の確認も2年前から張り替えていない(違法)車の税金のステッカーも確認しない、若く優しいポリスオフィサーにお礼を言って車を運転して家に帰ることにした。

この場所から僕の家までの約30分のドライブ、両肩は上に上がりっきりで、ハンドルも手のひらではなく3本の指で握ったままだった。
奴が僕のすね毛を握りしめ足をよじ登ってきても、突然ポトンと頭の上に落ち首筋を歩いてきても、僕は絶対に奴を無視し続けるぞ、という強い信念を持って30分石のように固まって運転した。

結局奴は出てこなかった。
翌日の月曜、そして火曜と車を使わず、殺虫剤を車の中にまいたが、奴の死体はまだ発見できずにいる。
くそぉ~、舐めたまねしやがって、覚えてやがれ、ハンスマン!












f0137354_1322717.jpg









f0137354_1324879.jpg







眠気覚ましに撮った写真
ダーウェントリバー、タスマニア










にほんブログ村写真ブログに参戦中。
だから、もっと短い話に出来ないの?と思った人もポチッとよろしく!

にほんブログ村 写真ブログへ
にほんブログ村









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!

by somashiona | 2010-03-09 13:16 | デジタル

<< previous page << 本日のお散歩撮って出し写真 | 週末は海でブギウギ >> next page >>