ミラクル




チリの鉱山で起こった落盤事故の救出劇、世界中で多くの人たちが固唾を飲んで見守ったはずだ。
その中でもとりわけこの一連の報道に一喜一憂した人たちが、タスマニアの北部にある小さな町、ビーコンズフィールドいることなど、チリの人たちは知らないだろう。
2006年、4月、タスマニア州のビーコンズフィールド金鉱で地震が発生し、天井落石事故が起きた。
この時、地下約1キロメートルでは3人の作業員が仕事をしていた。
必死の救出作業にも関わらず1人の作業員が遺体で発見され、残る2人も絶望視されていたが数日後その生存が確認された。
二人は作業に使う動物園の小さなケージ(檻のようなもの)に地震発生時に入っていたため、落盤によって押しつぶされたケージの中で一命をとりとめたのだ。
しかし、チリの事故同様、救出には時間がかかり、しかもかなりのリスクが伴う。
こんな事故でも起こらなければ誰にも知られないような小さな町が、オーストラリア中の注目の的になった。
町の人口のほとんどは鉱山に関わる人たちだ、町民が一丸となって地下に閉じ込められた二人の無事を祈った。
この祈りは水たまりの中心に投げ込まれた石が起こす波紋のように、オーストラリアの隅々まで一気に広がった。
僕はこの事故の一週間後にロイター通信のフォトグラファーとして現地に駆けつけた。
すでにオーストラリア中のマスメディアが小さな町にひしめき合い、そこはまるで急いで作り上げられたパラマウントピクチャーズのセットのように見えた。
町のあちらこちらを徘徊するフォトグラファー、テレビクルー、ジャーナリスト、ポリス、消防隊、見物人、24時間テレビの照明が当てられ、宇宙基地のように大きなパラボラアンテナがそこら中ににょきにょきと伸びている。
それはメディア同士が繰り広げる戦争であり、語弊はあるがお祭りであり、そして愛と平和のウッドストックのような野外イベントであった。
メディアの姿勢、報道ということ、オーストラリアのフォトジャーナリズムを担うトップフォトグラファーたちの仕事など、ここで学んだことはかなり大きかった。
いつ閉じ込められた二人が救出されるかまったく情報がなく、僕は約一週間ほとんど寝ることができなかった。
色々なドラマがあったが、この経験で僕が得た最も価値あることは「人々の祈りはエネルギーとなる」という非論理的な実感だった。
この小さな町では誰もが祈っていた。
信仰のある無しに関わらず。
誰しもが地下に閉じ込められた二人のことを四六時中考えていた。
オーストラリア中の人たちの祈りの矛先が間違いなくこの小さな町に向けられていた。
この町に入った途端、その人々の祈りがまるで磁場のように、地下のマグマのように、熱を伴ってそこに渦巻いているのを感じることが出来るのだ。
僕はこの理屈では説明できない力にとても驚き、そして純粋に感動した。
この世の中ではこういう事が起こりえるのかと。
人々は口々に「ミラクル」(奇跡)という言葉を発した。
何か話すたびに「ミラクルは起こる」というフレーズで話が結ばれるのだ。
普通に生活をしているとき、「ミラクル」などという言葉を耳にしたなら「ふん、なに子供みたいなこと言ってんだ」と吐き捨てるタイプの言葉だろうが、人びの祈りがメッカのカーバ神殿の周りを回るイスラム教徒のようにうねるこの小さな町では「ミラクル」という言葉ほど全ての人の気持ちを綺麗に代弁するものはないのだ。
あの場所では「ミラクル」という言葉が邪念に囚われず滲み込むように心に届き、それはより祈れば祈るほど、起こり得る可能性が高くなる実現可能な言葉だった。

体中にカメラ機材を巻きつけ、宿泊先のソファの上でうとうとしていた午前2時、ゲッティイメージズのフォトグラファーから電話がかかってきた。
「マナブ、起きろ!救出劇がはじまるぞ!」
金鉱の周りにはメディアは勿論、寝間着姿の町民たちが子供からお年寄りまで押し寄せた。
皆心はひとつだ。
救出の現場はメディアを代表する一人のフォトグラファーしか入れない。
現場で作業する人たちの集中力と安全を確保するためだ。
全てのメディアの期待を背負ってその大役をゲッティイメージズのフォトグラファーが果たした。
他のメディアのフォトグラファーはその現場の周辺の様子をカバーすることになる。
救出された作業員が乗せられた救急車が通ると人々から温かい歓声、拍手、鳴き声、笑い声、などが沸き起こる。
事故発生から2週間目の出来事だった。
救出劇が終わって空が明るくなってもその興奮は冷めず、パブや通りでは人々が笑い、酒を酌み交わす。
ワンコですらビールで盛り上がっていたようだ。











ミラクル、世界の人々が本気で、しかも一丸となって祈ればイラクの戦争も止めることができたのでは。
人々が本気でミラクルを信じれば、世界はもっと住みよい場所になるのでは。
人はこういうことを子供のように信じてしまってもいいのだと思う。












僕のブログに関して温かい応援の言葉をときどきメールでいただく。
Wさんは僕がブログをはじめてまだ間もない頃、とても温かい言葉で僕を応援してくれた。
今彼は窓のない無菌室で病気と戦っている。
僕は彼と一度も面識がないし、彼のことをよく知っている訳ではないが、彼のブログを通して彼の住む環境、お子さんのこと、親御さんのこと、近所の子供のこと、愛犬こと、物の見方、考え方にずっと触れてきた。
なので突然の病気に襲われた彼の気持ちを考えると本当に心が痛む。
人に身に起こる病に関して、いったい僕たちに何が出来るだろうか?
どんな言葉をかけようが痛みは消えず、悪い細胞の数を減らすことは出来ない。
しかし、しかしだ、彼のブログを通して、彼の心身の痛みに共感しているのは僕だけではないはず。
そう、僕と同じように多くの人たちが彼を思い祈っているはず。
皆、祈っているにきまってる。
みんな、みんな、奥さんも、子供も、愛犬も、近所のガキンチョも会社の人たちも、学生時代からの友人も、ブログを通じてWさんを知っている人も、みんな、みんな、祈っているはず。
この祈りは必ず届くのです。
あなたにはたくさん、たくさん、ミラクルが起こるんです。
ぜったい起こるので、安心して治療に専念してくださいね。
復活、待ってますよ!













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by somashiona | 2010-11-04 20:10 | 仕事

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