リンゴ皮むき合戦





ソーマの包丁さばきはこの数カ月でめざましく向上している。
ナイフマニアの父としては嬉しい限りだ。
包丁さばきに関して忘れられない思い出がある。


僕がまだ大学に入る前、当時札幌では格の高かった〇〇プラザホテルにある高級居酒屋でアルバイトをしたことがある。
スタッフの男性陣は皆五分刈りやスポーツ刈り。
まるで体育大の部活動のように恐ろしいくらいの縦社会なのだけど、息苦しさはなく、アットホームな雰囲気と職人のプライドが醸しだす緊張感のようなものがそのお店にはいつも漂っていた。
店長は男気たっぷりのとても信頼感のある人で、フタッフからもお客さんからも一目置かれ、ママと呼ばれていた女性陣のまとめ役は、和服姿のそれはもう大人の色気たっぷりの美しい女性だった。
少し飲み食いをするだけで数万円が飛んでいくお店だったが、ママをお目当てに通っていた常連さんたちもきっと多かったと思う。
ママは男たちのあしらいがとても上手く、僕も早く大人になってママにあんな風にあしらわれてみたいと、まだニキビが少し残る顔で密かに思っていた。
この店で僕は一番の下っ端で、言いつけられた仕事は何でもやった。
僕の面倒をみる役目を店長から仰せつかった男は僕より少し年下の、確か高校中退で和食の職人になるための修行としてこの店に入った男だった。
この店で2番目に下っ端の彼だったが、彼の下に僕という存在が出現にしたことで、辛い毎日にきっと一筋の光が差し込んだはずだ。
彼は身長180cmくらいで五分刈りの両額には深い剃り込みが入っていて、おまけに眉毛も細く(殆ど見えないほどに)剃られていて、身体全身に「私はかつて不良少年でした」の文字が太めの油性マジックペンで書かれているようだったので、彼をはじめて紹介されたとき、僕はかなり気が重くなった。
年下の、こんな怖い男から、きっと毎日奴隷のように扱われるんだ、と。
数週間、彼は僕を怖い目で睨みつけて、僕がやるべき仕事を指示する以外の無駄口は一切きかなかった。
十代の少年にとって1、2歳の差であっても、その歳の差が意味するところは大きい。
たぶん彼の中には年上の人には敬意を払うというスピリットがあって、それにも関わらず僕に命令を下すことが苦痛だったのかもしれない。
僕にしても年下だけど僕のボスという関係の中で、どういうふうに彼と接して分からなかった。
今思えば、社会経験がないということは、こんな些細なことでもストレスになるのだ。
彼と僕がはじめてお互い打ちとけることができた日のことを、僕は鮮明に覚えている。
下っ端ナンバーワンの僕と、ナンバーツーの彼は誰よりも早く店に出て、調理の下ごしらえをしなければならない。
ある日、暖簾が内側に掛かった店のドアを静かに開けて店に入ると、彼がこれ以上はないという真剣な顔で包丁を持ち、真っ白な大根を見つめていた。
あまりにも真剣な顔だったので、僕はしばらく彼の様子を少し離れた場所から見つめていた。
彼も僕がそこにいることには気がついていない。
どうやら大根の皮を包丁で剥いているようなのだが、その皮が下に落ちるたびに「くそっ!」と唸るようにつぶやき、顔をしかめる。

「Kさん、おはようございます。なにやってるんすか?」と僕。

「見りゃわかるだろ。桂剥きにきまってる」と大根と包丁から目をそらさずに応える彼。

「リンゴの皮むきみたいなものでしょ」と僕が言うと、彼の手がぴたりと止まり、燃えるような目で僕を睨みつけた。

「何だって!お前、これがリンゴの皮むきと一緒だっていうのか?」

彼の燃える目を見て、僕は何かとても間違ったことを言ったのだと悟った。

「リンゴの皮剥きというより、トイレットペーパー作成中というかなんというか、、、」僕はなんとか状況を立てなおそうとした。
この男は頭に血が上ると手に持った包丁を武器として使用するおそれがあると思ったからだ。
しかし、彼は突然表情を緩め「え、そうか?お前、これがトイレットペーパーのように見える?」とちょっと嬉しそうな気配さえ僕に見せた。

「見えるよ。だってほら、そのペラペラの薄い大根、向こう側が透けて見えそうじゃない」と僕は思った通りのことを言った。

「だろ、お前、桂剥きっていうのはな、和食の職人のな、包丁さばきの基礎中の基礎なんだけど、ほら、この薄さがな、均一じゃないと駄目なのよ、わかるか、均一の薄さで、しかも途切れることなくな、お前が言ったトイレットペーパーのように一本の大根がな、細い芯になるまで剥き続けるわけよ、わかるかお前!」
そう説明する彼の顔、はじめて僕に見せたフレンドリーな顔で、はじめて仕事以外の話を個人的にした瞬間だった。

「難しいって、どれくらい難しいの?リンゴの皮むきよりぜんぜん難しいの?」と少し冗談めいて僕は言ってみる。

「よしゃ、こっち来い。手洗えや。お前ちょっとやってみろ」と手に持っていた大根と包丁を僕に渡す。

それから数十分、僕たちはいろんな話をして桂剥きと格闘した。
そんなことをしていると突然店のドアがガラッと開き、副店長のSさんが入ってきた。
Sさんはこの店で一番武闘派のスタッフで、下っ端ナンバーワンとツーの僕たちは厨房の中でしょっちゅう怒鳴られ、愛の蹴りやパンチを食らっていたので、彼の姿を見た僕たちは突然気をつけの姿勢を取り、「おはようございます!」とSさんに言った。

「なんだお前ら、なにコソコソやってんだ!」と僕たちを睨むSさん。

「はい、こいつに桂剥きを教えてました!」と気をつけの姿勢のままでKくんが言う。

「なにぃ、教えてたって、、、?」とSさんが言ったあと、僕、そしてたぶん彼も回し蹴りを覚悟していたが、Sさんは突然笑って「いいぞ、知ってることはな、なんでもこいつに教えてやれ!」といった。

そしてSさんが厨房に入るのを確認して、僕たち二人はホッと胸をなで下ろし、お互いを見て笑った。

「ね、ところでKさん、桂剥きって何に使うの?」と僕が言うと、Kくんは50%ビックリ、50%呆れた顔をして「バカかお前!つまだよつま!」

「え、妻?」とまだわからない僕。

「ざけんじゃねーよ、刺身のつま、けんだよけん。刺身出すときに白い糸みたいな大根がつくだろ。あれだよ、あれ!」

「あ〜あ、トイレットペーパーがあれになっちゃうんだ」




包丁さばきが上手くなったソーマだが、リンゴの皮むきに関してはどうしてもシオナを超えることができない。
シオナもそのことをよく知っていて、リンゴを食べるときは(皮など剥く必要がないのに)積極的に皮をむきたがる。
ソーマもそれを認識していて、最近はじゃがいもの皮を剥く時もピーラーを使わず、包丁を使って皮を剥く練習をしているのだが、それでもまだシオナを超えられない。
懸命に林檎の皮を剥くソーマに対してシオナはベテランのアドバイスをするのだが、ソーマはそれが面白くない。
二人の作業を見ていて思うことは、これは技術の差ではなく、性格の差が結果として出るのではないかということ。
シオナはアーティスティックで作業がオーガナイズされていて、しかも自分のやることから美的感覚をつねに見出そうとする。
ソーマは今まさに自分がやっていることに集中することが大切で、その結果まわりがぐちゃぐちゃでも構わない。
ソーマは目が当てられないほど字が下手くそだけど、けっしてスペルや計算のミスはない。
シオナは書いている内容に合わせて字のフォントを変えてみたり、その美しさにこだわるけれど、スペルミスや計算ミスのことはさほど重要だと思っていない。
同じ親から生まれ、同じ環境で育っているのに、子供ってこういうところが面白いし、子供と接していると自分がかつて経験したことが突然思い出されて、これがまた面白い。














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参考までに「桂剥き」の写真






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by somashiona | 2010-11-10 22:23 | ソーマとシオナ

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