「友だちでいてくれて、ありがとう」プロジェクト




今日は久しぶりに写真の話をしたい。

以前「ポートレイトらしいボートレイトを撮りたい」でも語ったが、最近「あ、これいいな」と思うポートレイトのことを調べてみると必ずと言っていいほどそれらの写真は4x5や 8x10の大判カメラで撮られたものだということがわかる。
これは何だか不思議なことだ。
昔、僕が追い求めていた写真はブレッソン、ロバート・フランク、ヨセフ・クーデルカ、デビッド・アラン・ハーベイなどライカの使い手による写真が多かった。
はっきり言ってしまうが、写真はカメラという機械によって創りだされるものなので、どんなカメラを使うかによって写真の持つ本質的な方向性は変わると思っている。
これはコンデジや一眼レフのデジカメしか使ったことがない人にはピンと来ない話かもしれないが本当にそうなのだ。
タスマニアで最も活躍しているフォトグラファーの一人である友人が最近西オーストラリアまで行って写真のワークショップを受けた。
そのワークショップを主催したのは、なんと、僕の大好きなオーストラリアで唯一のマグナムのメンバーであるトレント・パークだ。
このワークショップで僕の友人は素晴らしい体験を沢山したのだが、僕が一番面白いなと思った話は、トレント・パークは新しいテーマやサブジェクトを追いかけるたびにカメラを変えるという話だった。
なぜなら、カメラが変われば被写体へのアプローチも変わるからだ。
前回はキャノンの7Dで仕事をしたから、今回はニコンのD700でアサイメントをおいかけてみよう、というような変化の話をしているわけではない。
7Dから4x5版のカメラへ、そして次はレンジファインダーで、というような変化だ。
プロとしてこういうチャレンジをするのはとても勇気がいることだ。
自分のカメラが体の一部になるまでは、かなりの時間がかかるもの。
カメラが体の一部になり、得意のレンズや画角が見つかり、スピードライトやスタジオの大型ライトとの相性を飲み込み、やっと自分の写真が撮れるようになる。
それを毎回ぶち壊すのは、同じことを繰り返したくない、自分の中の可能性を発見したい、この気持がよほど強いからだろう。
彼はテクニカル的なレベルの高さで自分の写真を見せようとしているわけではなく(もちろんテクニカル的にとても高いものを持っているフォトグラファーなのだが)、被写体へのアプローチ、つまりこれから自分が行う仕事についてのコンセプト明確に持っているからこそ、こういうチャレンジができるのであり、だからこそ、彼の写真は脳裏にこびりつくのだ。


実は昨年僕がとてもショックを受けたポートレイトは僕が大好きなブロガーさんが撮った僕の妹とパートナーのフミさんの写真だった。
彼は写真を実によく知っている人だ。
彼の写真はいつでも写真、写真しているのだが、とりわけポートレイトがいい。
目下進行中の彼のプロジェクトの一つ「ブロガーの肖像」は日本中のブロガーたちに会い、そこでポートレイトを撮るというものだが、そのほとんどは4x5の大判カメラ、もしくは 6x6のハッセルで撮っているはず。
彼に写されたフミさんの表情を見て、僕は正直、「やられた!」と思った。
二人をよく知っているだけに、なおさらそう思った。
「僕には絶対あんなふうに撮れない、、、」
それから僕は強烈にそれらの写真を欲しいと思った。
お金を払って、自分のものにしたいと思った。
写真を撮ってお金を貰っている身でこんなことをいうのもなんだが、「ああ、写真をお金を出してでも欲しいと思うのは、こういう事なんだ。こういう気持ちになって人はある写真を強烈に自分のものにしたいと思うのか」と久しぶりに撮影者側でない視点で写真というものを感じた。
僕はしばらく考えた、いったい何が違うんだろう、、、。

皆さんも昔修学旅行の集合写真などで一度は経験したことがあると思うが、大判カメラというのは一般的に三脚を使い、黒い布でカメラを覆いピントを合わせ、それからシャッタレリーズを使い写真を撮る。
三脚を使うのだから一度構図を決めたらむやみにそれを変えるわけにはいかない。
ピントも一度合わせたら、被写体はその位置から動いてはいけないどころか、使う絞り値によっては顔が数センチ前や後ろに動いただけでピントが狂う可能性もある。
カメラにはシートフィルムが2枚しか入っていないので、基本的には2枚しかシャッターを切るチャンスがない。
なので、片手にレリーズを握り、顔はまっすぐに被写体を見つめ、最高のシャッターチャンスが来るまで、ひたすらその時を待たないといけない。
そうやって撮れる一枚は、僕たちがデジカメでパシャパシャ、パシャパシャとシャッターを切ったなかの、一番出来のいいショットとはまったくわけが違う。

自己分析をするなら、僕の写真の特徴は、素早くある瞬間を切り取ることだろう。
顔はファインダーから離さず、数センチ単位で構図を変えていく。
こう言うと「嘘つけ!」と言われそうだが、僕は人と接することがあまり得意じゃない(あ、いま嘘つけって言ったでしょ)。
カメラというのは僕にとって隠れ蓑(みの)だ。
僕は相手の心の動きや息遣いを感じても、相手は僕の顔が見えない。
写真を撮っているときの僕の心をカメラは隠してくれる。
自分の持つカタチを変えたいのなら、いつもの自分とは反対の事をするべきだ。
一番苦手なことをやってみるべきだ。

去年、僕はシグマの50mm F1.4 EX DG HSMというレンズを手に入れた。
手に入れたはいいものの、このレンズ、かなり手ごわい。
まず、致命的なのはオートフォーカスでピントが合わない。
F4.0より絞ればなんとかなるが、F2.8より開けるともうまったく信用できない。
カメラ側の設定でピントの調整をしたのだが、それでもまだ信用できない。
このレンズ、僕のカメラに付けるとフィルム換算で80mmになる。
フィルム時代、85mmは僕の勝負レンズだった。
85mmの単レンズさえつければ、自分のポートレイトが撮れるという理由のない自信があった。
しかし、このシグマの80mm、どうもしっくりこないのだ、距離感が。
そこで僕は決めた、今年は違う写真の撮り方を習得しようと。

題して「Thanks for being my friend」(友だちでいてくれて、ありがとう)プロジェクト。
今年のもう一つの目標に「もっと友人たちとの時間を持とう」を掲げたのだが、いかんせん、僕は人と連絡をとるのが大の苦手だ。
何か用件が、その人に会う特別な理由がなければ重い腰が動かないのだ。
そうだ、友人と会うたびにポートレイトを撮ろう!
写真を撮るという欲求はいつでも僕を突き動かす。
これに勝る原動力はない。
ただいつものように撮るのなら芸がない。

「Thanks for being my friend」プロジェクトのルール。
1. 必ずシグマの50mmで撮る。
2. 必ず3脚とシャッターレリーズを使う。
3. ファインダーを見ず、必ずライブヴューを使ってマニュアルでピントをあわせる
4. 必ず3パターンの写真を撮る。パターン1は友人がモデルで僕が撮る。パターン2は僕がモデルで友人が僕を撮る。パターン3はタイマーを使って僕と友人を一緒に撮る
5. 撮った写真は必ず6x4サイズのプリントにする
6. 誕生日や特別の日にその時の写真をフレームに入れて友人にプレゼントする

早速、こつこつとこの方法で写真を撮りためているが、これ、かなり面白い。
レリーズを片手に被写体をじっくりと見つめること、当たり前だがファインダーの中よりも物凄く細かい情報が伝わる。
被写体の気持ちの変化がとても良く見える。
構図を変えれないぶん、構図にシビアになる。
結果、落ち着きのある構図を手に入れることができる。
相手も僕の表情が見えるので、まさに一対一の真剣勝負と化す。
友人が僕を写すことで、一連の写真行為が友人にとって受動的なものから能動的なものへと変化する。
出来上がった写真同様、一連の写真行為が忘れられない思い出として残る。
一年の終わりには今までほとんど持っていなかった僕の写真が、そして友人と僕の写真が一冊のアルバムにプリントとしてたくさん残ることになる。

話がまとまりそうもないので、今回僕の言いたかったことを無理やりまとめると、自分のポートレイトを変えるため、大判カメラを使いたかったのだが、僕の大判は今札幌の自宅にあるのでそれは諦め、7Dを使って大判カメラで写真を撮るのと同じアプローチで撮影してみると、非常に新鮮で、そこから新しい自分の写真が生まれそうな予感がする、という話でした。

そんな簡単に済む話がここまで長くなるのは、僕の文章力の無さです、はい。














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by somashiona | 2011-03-04 22:22 | デジタル

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