友と音楽があれば、言葉はいらない




タスマニアの北部で撮影を終了したあと、そのままホバートへまっすぐ戻るべきか少し考えた。
あと20分くらいで空は暗くなるはず。
5時間ほど撮影に集中していたので眼や頭はもう休ませてくれと言っている。
夜行性の動物が飛び出す暗い夜道を時速110キロで走るのは気が進まない。
そうだ、ヨハンじいさんに会いに行こう、ホバートに帰るよりはよっぽど近い。
という訳で僕はさっそくヨハンに電話をかけてみたが繋がらない。
彼に電話をかけて繋がらないときはいつも、頭の中で勝手に展開する嫌な想像力と戦わなくてはいけない。
生きている以上誰にとっても死は等しく隣合わせのはずなのに、愚かな僕たちはそのことを自分や親しい友人たちに当てはめられない。
ヨハンが100歳まで生きて、ヨハンに会いに行く途中の道で突然道路に飛び出したポッサムを避けそこねて即死するのは僕の方かも知れないのに。
ヨハンが電話に出なくても、彼の家に向かって車を走らせることに躊躇しない。
あの田舎町で車を運転せず、一人で暮らすヨハンが夜自分の家に戻らないことなど何故か想像できないからだ。
行けばそこには必ず彼はいる、と勝手決め込んでいる。
暗い山道を1時間半ほど走ったところでもう一度ヨハンに電話をかけてみた。
今度は10度目くらいのコールで彼が出た。
最初の10秒くらい、彼は僕を他の人と勘違いして話をしていたが、それに気づいた彼は気まずそうに僕に詫びた。
僕が到着するまで何も作らないで待っていて欲しい、と僕はヨハンにお願いした。
今夜は外で一緒に食事をしようと彼を誘った。
ヨハンの家についた。
6月のシェフィールドの夜はホバートより遥かに冷え込みが厳しい。
僕の車から機材や荷物をヨハンの家に入れると、僕たちはすぐに近くのパブへ歩いていった。
シェフィールドの夜、まともな食事ができるのはたぶんパブくらいしかないのだろう。
パブではヨハンの知り合いの夫婦と同席し、4人で写真の話に花が咲いた。
その夫婦も写真がかなり好きで、旦那さんは何度か雑誌の表紙を飾ったことがあるほどのセミプロだったそうだ。
僕は眼が回りそうなほどお腹が空いていたのでミックスグリルを注文し、ヨハンはいつものようにフィッシュアンドチップスを頼んだ。
パブのメニューでヨハンがきちんと噛み砕くことのできるものはそれくらしかないからだ。








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パブを出て、シェフィールドの中心街をヨハンの家に向けて歩いた。
土曜の夜なのに人は殆ど歩いていない。
店もパブ以外は閉じている。
暗い道を歩くとき、人は街灯に引き寄せられる蛾のように明るいショーウィンドウがある方へと足を向ける。
こんな田舎の暗い夜の中でポーズを取るマネキンたちはかなり場違いな印象を僕に与えたが、それを見つめるヨハンもなんだか場違いな人のように感じて少し悲しくなった。








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家に戻るといつものようにこの夜僕が寝る部屋に案内された。
これまたいつものように積み重ねられたナショジオの角もベッドの角も、何から何まできっちりと整理整頓されている。
ヨハンの性格そのものだ。
ちょっと疲れたね、というヨハン。
じゃ、ベッドで横になって少し休みなよ、と僕。
ナショジオとヨハンの組み合わせは妙にしっくりと来る。
しばらく僕たちは雑誌を読み、それからヨハンが咳き込み始め、少し静かに休んだ。
なぜだか分からないけれど、ヨハンは常に僕の写欲をそそる。
彼がそばにいると、どんなときでもその瞬間瞬間を写真に収めたい衝動に駆られる。
たぶん同じような写真をもうすでにたくさん撮っているはずなのに、そんなことはお構いなしだ。
彼を撮らなくてはいけないという使命感のようなものすら感じる。
撮った写真を家に帰ってから見かえすたび、僕も一日一日を大切に生きようという気持ちになる。








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ヨハンがエネルギーを充電した後、コーヒーを飲んで音楽を聴こうということになった。
前にも書いたが、ヨハンが聞く音楽を選び、ステレオセットに向かう姿は、まるで神聖な儀式のようだ。
この様子をみる度、僕は胸が高鳴る。
勿論、シャッターを切る回数も増える。








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今夜はね、Wind Quintetでいくよ、とヨハン。
ウィンド クインテッド?たのきんトリオが3人組でイザベル・アジャーニの映画「カルテット」は4人の男女の話だったから4人組で、ということはクインテッドは5人組ということだよな、、、とゴニョゴニョ独り言をいう僕。
風の5人組、、、ああ、管楽器の5重奏曲ことか!とクラッシックにまったく疎い僕。
クラッシックは最近良く聞くようになったけれど、管楽器のクラッシックは実はあまり好きじゃない。
でもまあ、ヨハンと会うときは彼の世界にどっぷりと漬かろう。
音楽が流れだすとヨハンの表情は見る見るうちに変わる。
とても満ち足りた表情になるのだ。
暗い暗いヨハンのリビングルーム、シャッタースピードを1/15秒、ときには1/8秒にしながらヨハンと音楽が混じりある瞬間に気持ちを集中する。
とその時、マナブ、君は本気でこの音楽を聞いていないだろう、とヨハン。
たしかにその通り、ヨハンの世界に漬かりたいのなら、僕も彼のように音楽を聞かなければならない。








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カメラを足元に置き、脚を伸ばし、組んだ手をお腹の上に置いて、僕は眼を閉じて音楽に集中した。
フルート、クラリネット、ホルン、他の楽器はなんだかわからないが、まるで森の中を走りまわるシマリスにでもなった気分だ。
普段は絶対に聞かないタイプの音楽だけど、驚くくらい気持ちがいい。
スピーカーから流れる音楽に身を任せ、心は森の中を駆け巡る。
Briccialdi Quintet in D Major, op.124, Cambini Quintet No.1 in B Major, No.2 in D Minor, No.3 in F Major、、、音楽は次々と流れる。
その間、僕たち二人は眼を閉じて、会話も全くないのだが、これがまた心地良い。
会話がなくても良い時間を共有している実感が有り余るくらいあるのだ。
昔、気の合う仲間とオートバイでよくツーリングしたが、お互いまったく会話がなくても次々と現れるコーナーを右や左へバイクを倒す仲間の背中を見れば同じ気持をこの瞬間に抱いているのが実感できた。
音楽が一段落したとき、そんなことをヨハンに話すと、彼は嬉しそうに頷いた。
昔は山登りの仲間の家に定期的に集まり、5人から10人くらいのメンバーで、こうやって眼を閉じて音楽を聞き、レコードが一枚終わるとクッキーを食べながらお茶を飲み音楽や山について語り、また次のレコードがはじまると全員が黙って音楽を聞いて楽しんだらしい。
なんて豊かな世界なんだろう。
僕は人に会っているときは常に会話が途絶えないよう気を使うタイプだ。
本当は黙っていたいのだけどそうすることに罪悪感を感じてしまう。
なので、人といて眼を閉じていても罪悪感などなく、心が満たされる感覚は新鮮な驚きだった。
ああ、なんて素晴らしいんだろう、と思っていたら、ぐ、ぐぅ〜、ぐ、ぐ、ぐぅ〜、とフルートやクラリネットとはまったく違う音が聞こえる。
閉じていた眼をゆっくり開けると、あれっ、ヨハンが口を開けてイビキをかいている、、、。
そりゃあないよ、ヨハン!








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by somashiona | 2011-06-18 00:47 | 人・ストーリー

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