今を生きる




4年ぶりにインドの実家へ2ヶ月間里帰りをしていたインド人の知人と会った。
彼らの故郷に対する感覚はちょっと日本人に似ている。
故郷といえば、家族、食べ物、友達、風景、祭りごと、音楽、そういったものが直ぐに頭に浮かび、彼女も彼女の家族も、そういったことを十分に満喫してきたようだ。
オーストラリアへ戻る日、空港に見送りに来てくれた大勢の彼女の家族や親戚たちは声を上げて泣き、何度も何度も手を握り、抱き合ったそうだ。
今までは一度も涙を見せなかった彼女のインド人の夫でさえ、今回は泣いていた、と僕に話してくれる彼女の目はみるみるうちに潤み、僕も思わずもらい泣きしそうになった。



実を言うと、去年日本に帰国した僕がオーストラリアへ帰る日、僕も同じように空港で母親を抱きしめて、おいおい泣いた。
いい歳して本当にみっともないのだが、今回は本当に自分を抑えることが出来なかった。
ひょっとするとこれが最後、それは自分かもしれないし、妹かもしれないし、母かもしれない。
歳を重ねるごとに、そういう思いがどんどん強くなる。



20歳の後半で大きな病気をしたとき、生まれて初めて自分は死ぬかもしれないという恐怖を味わった。
いや恐怖ではない。
焦りというか、まだ自分は人生の途中なのに、いったいなぜ、どうして自分なんだ、という納得いかない感覚、そしてすべてが終わってしまうことの悲しみだ。
生まれたからには誰しもいつかは死んでいくことくらい、頭ではわかっていたつもりだったが、実感として死というものが心に住みついたのは、あの時からだ。
それいらい、僕は常に死を意識している。
そう言うと、とても暗い人に思えかも知れないが、死を意識するということは生きていることの手触りを毎日確認できるということだ。
死を考えれば考えるほど、生きていることの喜び、ありがたさ、意味、意義をかみしめることができ、同時に時間というものを強く意識する。
あとどれくらいの時間が自分に与えられているのか、僕は知らない。
それは30年後かもしれないし、突然明日、終わってしまうかもしれない。
それはもちろん、僕に限ったことではない。
健康そのものでピンピンしている彼も、結婚したばかりで幸せそのものの彼女にも、人生の終了時間は突然やって来るかもしれないのだ。
そういう目で物事を見ると、世界は実に美しく、儚い。
生まれたばかりの赤ちゃんの肌の柔らかさが、おじいちゃんの人生の荒波に揉まれた皺くちゃの顔が、いや、犬が電信柱にオシッコをひっかけているのを見るだけで、涙がこみ上げる。
すべてがいつかはこの世界から消えてしまうのだから。



前にもブログで書いたが、去年日本に帰国していたとき、僕は人生最大の写真スランプの時期で、シャッターを押すどころか、カメラを見るのも嫌だった。
帰国中も仕事の写真を撮る以外、まったくカメラには触れていなかった。
日本へ帰る日、途中にお寺に寄って、父に手を合わせてから空港へ行くことにした。
いつも段取りが悪いので、家を出る間際までバタバタし、予定時間はどんどん過ぎていく。
車の中には妹、パートナーのフミさん、そして母と僕。
毎回、日本へ帰るたびに、今回こそは母親に優しくするぞ、と心に誓うのだが、どういう訳か実行できない。
刻一刻と日本を去る時間は迫ってくる。
僕は何かとてつもなく大切な事をやり忘れているような気がして、イライラ、そわそわ落ち着かない気持ちでいっぱいだった。
何を忘れたのだろう?
パスポート?搭乗券?
突然、それが何なのかわかった。
僕は大切な母や妹たちの写真をまともに撮っていない。
僕たちがこうやって顔を合わせるのも最後になってしまう可能性があるのに、きちんと心を込めて自分の大切な人をフレームに納めていない。
それでもフォトグラファーか!?
僕は車を止めてくれと騒ぎ出し、運転していた妹はパニックになって一方通行の道路を逆方向に侵入してしまったが、それでも車を駐車する場所を見つけ、土手の上で僕は大切な人たちの写真を撮った。
ファインダーを覗きながら、ああ、これがポートレイトだ、ポートレイトはこういう気持ちで撮るんだ、と忘れかけていた大切な事を思い出した。
寺に着いてからもまた母親を撮った。
レンズを向けるといつでもとびきりの笑顔作れるという特技を持つ母。
でも、こうやってあらためて母の顔を見ると、笑顔の目はどんどん小さくなり、前よりもさらに歳を重ねているのがわかる。
写真を撮っている僕を見て、母も同じことを思っているのかもしれない。
可愛かった息子の髪も今では真っ白になり、まぶたの皮も垂れ下がり、目が小さくなっている、ああ、息子はどんどん老けている、と。
母の身体から生まれ出た、小さな塊が、こうして46年間も無事に生き続け、自分や母の人生を考えられることに、心から感謝しなくてはならない。



3.11、あれから一年たった。
僕は今でも月に一度はYouTubeであの時の映像を見る。
はじめてあの惨事を見たヘリコプターでの空からの映像だ。
押し寄せる波に家々やビニールハウスが飲み込まれ、その向こうの道路にはまだ小さな車が走っているあの映像を。
忘れてはいけない。
あのショックの後、誰もが何かせずにはいられない心境になっただろう。
少しでも役に立ちたい、と純粋に思ったはずだ。
あの時、多くの人たちが人生の時間を終えてしまった。
そして、そういうふうに振り返ることができる僕たちは、どういうわけか、今のところ人生の時間がまだ続いている。
時間は後戻しできない。
今、時間を持っている僕たちは、あの時に少しでも役に立ちたいと思った気持ちを忘れずに、自分の持ち時間の僅かな部分でもいいから3.11に関わることに使うべきだと思う。
この美しく、儚い世界に生かされている者として、自分の時間を他者と共有して、しっかりと今を生きるべきだと思う。











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by somashiona | 2012-03-11 08:45 | 人・ストーリー

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