セントクレア湖国立公園で修行を(前篇)









これからは、子どもたちと一緒にバックパック(大きなザック、リュック)を背負い、本格的なブッシュウォーキング(トレッキング)をするぞ、とかなり前から計画を進めていた。
必要な道具もほぼ揃えた。
しかし、実行せぬまま夏が過ぎてしまった。
山の上は夏でも時々雪が降るタスマニア、このまま冬に突入してしまうと「口だけ男」になってしまう。
先週末、久しぶりに安定した天候なるということで、ついに子供たちとテントで一泊予定のブッシュウォーキングを決行することになった。







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目的地はセントクレア湖国立公園内にあるシャドー湖だ。
ホバートからセントクレア湖国立公園のビジターセンターまで車で約2時間半。
セントクレア湖のビジターセンターには素敵な日本人女性のレンジャーがいて、懇切丁寧に沢山のアドバイスをしてくれた。
ビジターセンターからシャドー湖までのウォーキング、時計回りで約2時間半。
そこでテントを張り一泊し、翌日は違うルートを約2時間歩いてビジターセンターに戻る。
これならはじめての泊まりのブッシュウォーキングでも無理なく楽しめるだろう、と僕も、子供たちも気軽に考え、ウキウキワクワク盛り上がっていた。
バックパックの中には、フリースx3、ダウンジャケットx3、レインウェアx3、寝袋x3、マットx3、ハット(帽子)x3、雪や寒さに備えて毛糸の帽子x3、手袋x3、替えのソックスx3、ヘッドライトx3、スペアの電池9本、テント(3人用)、ストーブ、ホワイトガソリン、コッヘルセット(鍋、フライパン)、一日目の昼、夜、翌日の朝、昼、そして歩いているときに補給する食料と念のための予備の食料、果物、ホットチョコレート、コーヒー、コンデンスミルク、調味料、水8リットル、ファーストエイドキット、ナッツやミューズリーバーなどの行動食、その他、細々とした物を揃えると、僕のバックパックは約23kg、ソーマは約16kg、そしてシオナのバックパックは約10kgになってしまった。
重たすぎて自分でバックパックを上手く背負えないので、背負うときはお互いに協力しあう。
泊まりのブッシュウォーキングをするとき、バックパックの重さは体重の1/3までといわれているが、僕の友人たちは女性でも30kgのバックパックを背負い歩くことを知っている。
なので、今回の僕たちのバックパックの重さについては、確かに重たいには違いないが、特に問題ないと僕は思っていた。
セントクレア湖のビジターセンターはタスマニアで最も人気のあるトレッキングコースのひとつ、全長65kmのオーバーランドトラックの終点だ。
約6日間を歩ききった人たちがバックパックをおろし、疲労困憊で帰りのバスを待つ。







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僕たち親子はまだ10分も歩いていないのに、すでに彼らと同じ表情だ。
特にソーマ、重たいバックパックを背負うと分かっていたが、実際に背負い歩いてみるとその重たさは予想以上だったようで、見る見るうちに表情が変わる。
目が潤んできた彼に「どうしたんだ?」と訊ねると、「実は昨日足首をひねって、、、」とか「あまり寝てなくて体調が良くない、、、」などとうつむきがちに言い出す。
彼の顔をしばらく見つめ、「よし、わかった、家に帰るぞ」と僕は言い、先ほど出発したばかりのビジターセンターに向かって歩き出す。
ソーマが泣きながら僕を追いかけ「いやだ、帰るのはいやだ」と叫ぶ。
秋晴れの真っ青な空と美しい自然に囲まれた僕たち、なんてざまだ、、、。
楽しいはずのブッシュウォーキングが、出だしから一転して山岳宗教を信奉する修行僧の一行のような様相ではないか、、、。
僕は本気モードで撮影中の相原さんを超えるくらい金剛力士像の顔で「いいか、一度やると決めたことだ。やり終えるまで泣き言をいうな」とソーマに怒鳴りつけ、シャドー湖へのトラックを再びムッツリ顔で歩きはじめた。
ソーマは肩を震わせしゃくりあげ、シオナは心配そうに僕とソーマの顔色を交互に見る。







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実を言うと、歩きはじめて5分もたたないうちに、「こんな重いものを背負って、どうやって2時間半も歩くっていうんだ、、、これはまずいぞ、、、」と僕も内心思っていた。
だからと言って、「ソーマ、気持ちは分かるよ」などと言うわけにはいかない。
ここは、鬼にならなければいけない場面だ。
ソーマは僕とシオナから常に4、5メートル離れてついてくる。
今回のブッシュウォーキング、ソーマにとってどんなものになるのか、僕にもソーマにもこのときは分からなかった。







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昼の12時に歩きはじめ、1時半に昼ごはんを食べることにした。
ソーマの頭の中はまだ「重い、痛い、辛い、、嫌だ、嫌だ」が渦巻いていて、ほとんど話もせず、食べはしているが元気ゼロ。







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しかし、食べるということは人を前向きにするようで、昼食後、再び歩きはじめると、うつむいてばかりいたソーマが顔を上げ、写真を撮りはじめる。
写真好きは写真を撮りはじめると肉体的苦痛をしばし忘れる。







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トラックは登りの傾斜が少しづつきつくなっている。
シオナのバックパックも彼女にとっては重たいはずだが、彼女はひと言も愚痴をこぼさない。
歌を唄い、笑い声を上げ、一人で楽しんでいる。







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僕もソーマ同様首にカメラをぶら下げているのだが、あまりの辛さにほとんど足元を見つめている始末。
ときどき思い出したように子供たちの後ろ姿を撮っては、また額から汗を流し、肩に食い込むバックパックの重みに耐える。
なんとか子供たちに話しかけてみるが、息が切れ、話が続かない。
まったく、情けない。
父親は一歩外に出れば、頼もしく、タフで、どんな逆境からも子供たちを守る存在であるべきなのに、、、。







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上り坂がどんどんきつくなり、僕の太ももやふくらはぎの筋肉がつりはじめる。
シャドー湖到着予定の2時間半はもうとっくに過ぎているのに、ゴールの気配はまったくない。
ソーマがまたしくしくと泣きながら歩いているのに気がつくと、また僕は金剛力士像に変身する。

「ソーマ、もし辛くて泣きそうになったら自分でほっぺたを叩け、そして怒るんだ、自分に怒るんだよ!出来る、絶対できる、負けるもんか、って自分に言い続けるんだ!」

こういう言葉、結局、半分は自分自身に言っているようなもの。
僕は時々自分の弱さに情けなくなる時がある。
子供の頃から自分は弱い人間だと思い続けてきた。
ソーマにはそうなって欲しくない。
親のエゴ?そうかもしれない。
でも、ソーマには強い男になってほしい。
ソーマは今のところ、なんでも出来る子どもだ。
勉強、スポーツ、友達関係、上手くいかない人の気持が分からない。
いつもまわりから褒められ、すこしうぬぼれ屋さんになっている。
親の僕にできること、それは彼に試練を与えることだと思っている。
辛いこと、苦手なこと、やりたくないこと、思うようにいかないこと、そういうことを敢えて彼に与えて、それを克服すること、たとえできなくても努力し続けること、諦めないこと、その経験値をつませることが僕の役目だ。
まだ僕の言うことを聞くうちに。

「いいか、今度泣きながら歩いているのを見たら、何時であろうと直ちに引き返すぞ!わかったな!」








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もう泣かないと約束してから、ソーマの歩く速度が早くなった。
僕はといえば、足のつりが継続的に続き、もはやちょっとした段差や木の根を乗り越えるだけでも痛みが襲い、役立たずの二本の足を引きずりながら、子供たちに置いて行かれないよう必死だ。
結局、僕が自分の頬を叩き、自分に怒りながら歩くはめになっている。
時間はすでに午後4時、太陽の光が傾き始め、空気が冷えてきている。
今頃はテントの設営も終わり、シオナは楽しみにしていたスケッチをし、僕とソーマは重たいバックパックを置いて撮影を楽しんでいるはずだったのに、、、。







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シオナの性格が辛い時間を和らげてくれる。
「ダディ、見て見て、あの真っ赤なマッシュルーム。あれ食べたらどうなるかな?唇があんなふうに真っ赤になるかな?」「木に付いてるあの真ん丸な苔、たぶんポッサムの枕だよね」「ここに落ちた木の実たち、羊の毛みたいにフワフワなカーペットの上で気持よさそうね」。







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湖へのトラックは一本で迷うはずがない。
しかし、2時間半の予定がすでに4時間歩いている。
僕も子供たちも心配で何度も地図を確認した。
その時、小さな子どもを背負った一人の女性が前方からやって来た。
このトラックでこの日はじめて出会った人だった。
彼女と話をして、湖へのトラックが正しいことを確認でき、僕たちは安心した。
それだけではない、湖まで後もう少しだということもわかった。







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森の中から抜けると、突然視界が広がった。
遙か前方を歩く子供たちが「レイク、レイク!」と声高らかに叫びはじめたので、「どこに湖があるんだ?」と僕も彼らに向かって叫び返すと、「もうすぐレイク、レイク!」とフレーズが変わった。







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ついに、湖が目の前に姿を現したとき、僕たち親子は抱き合って喜んだ。
午後5時、一日の最後の光が湖に斜めから降り注いでいる。
湖畔に腰を下ろして、そのきれいな光景をゆっくりと眺めたいところだが、あと30分もすればあたりは暗くなってしまう。
その前にテントを張れる場所を見つけ、食事の準備にとりかからないといけない。

今回はモンベルのステラリッジ3型という新品テントの筆おろしだ。
テントはどうしてこんなに、僕たちに楽しい夢を見させてくれるのだろう。
テントという言葉を聞いただけで、僕は胸がときめく。
子供たちと3人であっという間にテントの設営はできた。
サーマレストのマットとモンベルの寝袋ひとつも今回の新品だ。
調理のためのストーブはMSRひとつだけ。これはホワイトガソリンを使う。
火力が強く、お湯などはあっという間に沸くのだが、火加減を調整できないのがネックだ。
この日の夕食はお湯で溶かすだけのクリームポテトスープ、お湯を入れて炊くだけのオリエンタルライス、カバナ(フランクフルトのようなソーセージ)、カマンベールチーズ、フィグペイスト(いちじくのジャムのようなもの)とウォータークラッカー、ホットチョコレート&コンデンスミルク、インスタントのカプチーノ。
さらにポテトチップスを一袋平らげ、僕たちはお腹いっぱい。
キャンプといえば焚き火だが、あいにくここは国立公園、焚き火は禁止だ。

空にはこぼれ落ちそうなくらいたくさんの星がキラキラと輝やき、あたり一面の木々が風に揺られ波の音のように寄せては返す。
この湖の周辺には、僕たち親子3人と訪れたポッサム以外誰もいない。
あんなに辛い5時間だったのに、僕たち親子の顔は晴れ晴れし、ニコニコだ。
そう、ソーマもとても幸せそうだ。

夜の8時半には早々と寝袋の中にもぐりこんだ。
テントの外には食料はもちろん、バックパックも置くべきではない。
動物たちにやられてしまうからだ。
テントの中は僕たち3人とバックパックや食料などでぎゅうぎゅう詰め。
それでも何故か楽しい。
「ダディ、何か怖い話をしてよ」とせがまれたが、疲労困憊の僕には話をするためのイマジネーションが湧き上がる余地などもう無い。
ソーマ、テントの中で興奮気味、話が止まらない。
僕は寝袋の中で突然足がつり、テントの中をのたうちまわった。
子供たちはのたうちまわる僕の真似をして大笑い。
僕はテントの外に出て、しばらく歩きまわり、足のストレッチをする。
一度寝袋の中でぬくぬくした身体に夜の冷たい空気は容赦なく突き刺さる。
「ダディ、イビキかかないでよね」と言って笑っていた子供たち、テントに戻ると小さなイビキをかいて眠りに落ちていた。

つづく

























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by somashiona | 2012-04-18 18:47 | ソーマとシオナ

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