何かと問題を起こす彼女の右手



ある分野の知識がどうしても必要で、2日間の受講で資格が取れるコースを受けに職業訓練大学校のような所へ行った。
オーストラリアで何かのクラスに参加すると、授業やワークショップの中で生徒たちが何人かのグループに別れ、そのなかで話し合い、問題に取り組み、結論をまとめ、発表するという作業が必ず出てくる。
僕が参加したクラスでも予想通りこのグループ発表をやらされた。
6人のまったく知らない者どうしが一つの大きな机に集まり、意見し合う。
日本語ならともかく、英語でのこの作業、僕はとても苦手。
話しについていけなくなると黙りこみがちだが、こういう場で黙りこむ奴は無能で頭の悪い役立たずな人間としてかなり冷たい視線を浴びることになる。
一度ダメな奴として冷たい視線を浴びると、2日間がとても辛い時間になるので、わからない単語が出てきたり、話の内容が分からなかったときは「ごめん、悪いけどもう一度分かるように説明してくれ」と声を上げ、なんとか他の人たちについて行かなければならない。
とにかく、ここでは受身の態度というものが通用しないのだ。


僕たちのグループで書記をしてくれた女性は他の生徒たちとまったく違うタイプのオーラを放っていた。
歳はたぶん40代後半から50代、とても細身の女性で体にぴったりの黒いレザーパンツとパンクな黒いTシャツに毛皮のジャケット。
眼が異常に鋭く、低いハスキーな声で独特の話し方をし、ネコ科の動物を彷彿とさせる。
見た目はちょっと怖い感じなのに、言葉や視線、そして態度の端々から胸の中に灯る温かな光がなんとなく透けて見えるような女性だった。
この人は気質(かたぎ)じゃないぞ、人生の中でかなり本気の場数を踏んできたに違いない、良いことも悪いことも含めて、と思わずにはいられない女性だった。
皆の意見を大きな紙の上に書き続ける彼女の右手、僕は気になって、気になって仕方がない。
ボールペンを握る彼女の右手の中指が常にまっすぐ伸びているからだ。
そう、むかつく相手に中指を立てて「ファ◯ク ユー!!!」と言うときのあの指そのものなのだ。
障害者や認知症患者に対する社会の態度みたいな問題を話し合っている時でさえ、顔では真剣にその話を聞いていても、心のなかではこのむかつく社会に対して「ファ◯ク ユー!!!」と無言で主張しているように見えて仕方がない。
まるでそれは、彼女が今まで生きてきたなかで培った、揺るぎない基本的態度であるかのようだ。
もちろん、すべて僕の勝手な想像なのだが。



休憩時間中、建物の外のベンチでカフェラテを飲んでいると、彼女が一人やってきて僕の横に無言で腰を下ろした。
ジェケットからタバコを取り出し、マッチで火をつけようとした瞬間、まるで僕が横にいることに突然思い出したように、低くハスキーな声で「構わないわよね?」と言った。
風はほとんど吹いていないと思っていたが、微妙に僕は風下に座っていたようで、煙の中から彼女がタバコを吸う様子を眺めていた。
彼女は目の前にある建物の壁を透かして、中で行われている授業を眺めているよう。
お互いにしばらく無言のまま。
あまりの長い沈黙の気まずさに耐えられない小心者の僕は、何かを話そうと彼女の顔を見てみたが、タバコを挟んだ彼女の右手は僕に向かって「ファ◯ク ユー!!!あんたのつまんない話なんて聞きたくないのよ!」と言っている気がして、また自分の足元に視線を戻し、もじもじしてしまう。
今度は彼女が僕を見る。
右手は相変わらず無言で僕を傷つける。
僕はたまらずこう言う「あのぉ、、、君の右手の中指なんだけど、、、」まずい、、、頭より先に、口が動いてしまった、、、。
彼女は顔いっぱいにシワを寄せて、まるで別人のようにチャーミングな笑顔で僕を見てこう言った。
「そうなのよ、この指のせいで私はすぐにゴタゴタに巻き込まれるのよ。誰にでもファ◯ク ユー!!!ってやるんだから」
彼女の笑顔を見て思いっきり安心した僕は「それって昔から?」と聞くと「そう、十代の頃からよ。ケガで中指が曲がらなくなってね。このせいで嫌なことばかり。私の性格はこの中指が作ったようなものよ。いいことなんて、ひとつもない。私がレズビアンだったら、少しは役に立ったかもしれないけどね」と言ってタバコの煙を秋の冷たい空気の中にはきだす。
僕たちはその後、この指についてさらに楽しい会話を続けた。



その日の授業が終わり、家に向かって車を走らせているとき、「車を運転しているとき、一番問題が起きやすいのよ」という彼女の言葉をふと思い出した。
試しに、中指を立ててハンドルを握ってみた。
ハンドルを左に切るたび、まるで冗談のように僕の右手は世の中に向かって「ファ◯ク ユー!!!」とか「ファ◯ク オフ!!!」と叫び声を上げる。
これは笑えないな、、、と思い彼女のことを少し気の毒に思った。
そして、人の体に起った機能障害を僕たちはどう受け止めるべきかという、その日の授業の核心に少しだけ触れた気がした。















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by somashiona | 2012-06-18 17:33 | 人・ストーリー

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