ヒストリック・サイト


オーストラリアで一番最初に出来た街はシドニーでホバートはその次に作られた古い街だ。
ご存知のとおり、英国に収まりきらなくなった囚人たちの流刑の地として、また牧羊業やゴールドラッシュなど未知の大陸での成功を求めてやって来た入植者たちによって作られた街だ。
ホバートを離れ、タスマニアの島の中をドライブしていると小さな町や国道をそれて脇道に入った意外な場所で入植当時(1800年代)に入植者たちが生活をしていた名残に触れることがある。
森を切り開き、砂岩を削って家を立て、まさにゼロから生きるための道筋をつけていったのだ。
少数の開拓者たちと大勢の囚人や刑期を終えた囚人たち。
パンやミルクを盗んだだけでこんな地の果てまで送られてしまった囚人たちの故郷や家族を思う気持ちはどれほど強かっただろう。
また不平不満、怒り、絶望、悲しみ、憎しみを抱えた囚人たちにタスクを与え、厳しい規律のものに生活を共にする開拓者たちの肉体的、精神的緊張も大きかったと思う。
いつ反乱を起こされ、寝首を掻かれるのか分からないのだから。


道路脇の小さなヒストリック・サイト(Histric Site)の案内標識を見つた。
案内にしたがって森の中をしばし歩くと、突然視界が開け、昼間の明るい太陽にさらされた人ひとりいない空間にまるでローマの遺跡のような、朽ち果てた建物たちの残骸が出現する。
ヒストリック・サイト、こういう場所が放つ雰囲気に僕はいつも馴染めない。
そこに一歩足を踏み入れると、どんなに極彩色な風景が目の前に広がっていても、感覚はモノクロ化していく。
まるで誰もいない真昼のお墓のような、人が寄りつかないテーマパークの残骸のような、神聖さと風化、あるいは遺棄。
すべての命に終わりがあり、カタチあるものは必ず壊れていくことを思い知らされるだけでなく、そこには何か内省以上のもの、懺悔すら求められる気がするのだ。
何も知らない子供たちの純粋さだけが受け入れられ、多くの罪を犯してしまった大人たちの魂はかたくなに拒否されている気がするのは僕の思い過ごしだろうか?
子供たちにしてみると格好の探検の場であり、大人たちにとっては普段開かない心や思考の扉を開け、少しだけその中を探検すべき場であるように思える。













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by somashiona | 2012-09-22 10:41 | デジタル

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