遠くへ行きたい




ものごとが落ち着くべき場所に落ち着き、慌ただしい毎日の強風がふと止み、まるで台風の目の中に立っているかのように心が穏やかになると、僕は無性にどこか遠くへ行きたくなる。
どこでもいい、ただ知らない街へ行きたい。
学生の頃なら、そんな発作に襲われると、躊躇なくオートバイのシートにダッフルバッグをくくりつけ、当てもなく走り続けた。
どういう訳か、たいてい出発は夜中で、交通量が少なく暗い国道を照らすヘッドライトの光を見つめながらひたすらスロットルを開けた。
聞こえるのは単気筒の乾いたエンジン音とヘルメットに当たっては砕け散り後方へと吹き飛ばされる風の音だけ。
何時間も走り続けると、やがて空がだんだんと青くなり、雲の隙間からピカァーと朝日がさすあの瞬間がたまらなく好きだった。




オートバイを持っていない今ならどんな方法で遠くへ行くだろう。
お手軽なのはもちろん車だが、これだとあまりにも日常を引きずる。
船や飛行機も利用したくない。
そんな大げさでなくていいのだ。
夜行列車かグレイハウンドのような長距離バスがいい。
暖かいウールのハーフコートとニット帽にキャンバス地で出来た小型のバックパック一つ肩にかけて、バスに乗り込むのだ。
やはり、出発は夜だろう。












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バスが動き出して一時間もしないうちに、周囲の乗客たちは座席から崩れ落ちそうな体勢で居眠りをはじめる。
たぶん僕は気持ちが高揚して眠りに落ちるどころか、本も読めず、iPhoneにヘッドフォンを差し込んで音楽を聞く気にもなれないはずだ。
外気と車内の温度差で曇った窓を手のひらで擦りながら、真っ暗な窓の外にじっと目を凝らし続けるだろう。
遠くに見えるほんの僅かな光の塊がいったいどんな街なのか想像し、人々が眠り静まりかえった小さな街をものの数分で通り過ぎてしまうと、また窓に顔を近づけて真っ暗な、何も見えない外の景色に目を凝らすのだ。
自分の吐く息で曇るガラス窓を手のひらで擦りながら。
朝の4時くらいまでそうしていると、たぶん頭も身体もどんよりと重くなってくるはずだ。
外の新鮮な冷たい空気に飢えるだろう。
窓の外に目を凝らすとまた小さな灯りの塊が遠い暗闇の中に浮かび上がって見える。
そこがどんな街であろうとその街でバスを降りよう、と小さな決意をする。
太ったバスの運転手が「本当にここでいいのか?」と怪訝そうな顔で尋ねるが、彼だって眠たい頭でそれ以上質問すべきことが浮かばず、すぐにハンドルに顔を戻し、プシューと音を立てドアを閉める。
どこかわからない小さな街の真っ暗なバス停に降り立った僕を冷たい空気と興奮が包みこむ。
朝の空気は予想以上に冷たい。
黙ってそこに立っていても仕方がない。
とにかく灯りのある方へと歩き出す。
こういう時、蛾と僕はベストフレンドだ。












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歩き出しているうちに空がだんだんと明るくなる。
どうやら今日は曇り空らしいと思いながら、オレンジ色の朝日に染まった雲の動きをじっと眺める。
木々の隙間から見える空がみるみるうちに明るくなる。












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気がつくと、街を見下ろす丘の上の広場に出る。
歩みを止め、パックパックからパーコレーターを取り出し、公園のベンチに座りテーブルの上で朝のコーヒーを作る。
ゆっくりと深呼吸しながら湯気の上がるマグカップを両手で包み込む。
この時点で僕の遠くへ行きたい発作は引き潮のように静かに沖へ向かって流れ、僕は満足感で満たされているだろう。












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歩いてきた道をなんとか記憶をたどりながら戻り、1,2時間ほど前に降り立ったバス停で今度は来たときと逆方向へ向かうバスを待つ。
ほどなくやって来たバスに乗り込む。
これからどこか遠くへ行く人々で座席の8割は埋まっている。
座席のあちらこちらでキャーキャーと声を立てる子供たち。
iPhoneの上に人差し指を走らせ周囲や窓の外の景色などにはまったく興味を示さない若者。
ひそひそ話に花を咲かせるお母さんグループ。
休日に無理やり引っ張り出されたせいか、むっつりした顔で半分に折った朝刊に目を凝らしているお父さん。
長距離バスはまるで銀河鉄道の夜の世界を走る列車のように朝の重たい霧の中に向かって進む。
僕は自分の座席側にあるカーテンを閉め、バックパックを枕にして寝る体制を整える。












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写真とテキストは無関係です


















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by somashiona | 2012-10-02 16:44 | デジタル

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