レンズテストの行きつく先



富士フィルムのX100を使い出してからもう随分時が過ぎた。
機材が自分の身体の一部になるまで、思いのほか時間がかかる。
35mmレンズの距離感は、もうかなりしっくりきている。
今立っているところからファインダーを覗けば、どこまでがフレームに収まるか。
どの絞りを使えば、どれくらい背景がぼけるか。
この感覚はズームレンズばかり使っている限り、絶対に身につかない。(たぶん)
X100のjpegは高い評価を受けているが、僕はニコンであれ、キャノンであれ、富士であれ、メーカーが打ち出してくる色やトーンにどうしても馴染めない。
自分の写真がなんだか他人のものに思えてしまうから。
X100のRAWファイルは素晴らしいと思う。
RAWファイルであがってきたデータを見て、そのままjpegに変換することはよくある。
X100のRAWファイルはなんともいえぬ滑り感があるのだ。
肌や空気や土がしっとりと写真に再現される。
これはキャノンのデータからは出てこない類のものだ。
X100を仕事で使えないだろうか?と真面目に考え始めたが、いまひとつ踏み切れないのはフォーカス。
普通の人が普通に使うぶんには、仕事でも風景や物撮りなど動かないものを撮るにはまったく問題がないフォーカスのスピードと精度だ。
僕は人を撮る機会が圧倒的に多い。
ポートレイトでも動きのある写真が好きなので、ピントが合って写真が撮れているという実感を持てないまま撮影を進めるのはあまりにもリスクが大きすぎる。
プレイベートのスナップショットやストリートフォトでX100を使うときはカメラ側の距離を1.5メートルとか3メートルに固定して、目測で撮ることが圧倒的に多く、ほとんどの場合ピントは合う。
しかし、仕事では常に絶対が求められるので、たぶん大丈夫、ではすまない。



先週、ギャビーとフィルの息子ラウルの誕生会があった。
3歳の誕生日だ。
いつものようにX100を持ってギャビーの家を訪れた。
ラウルがケーキの上に立てられた3本のろうそくを吹き消すとき、僕はもちろんベストポジションにいたのだが、僕の袖を引っ張り話しかけてくる子どもに気を取られ、大切な瞬間が今始まろうとしていることに気がつかなかった。
慌ててシャッターを切った。
X100のオートフォーカスが迷っているのを感じるが、事はすでにはじまっている。
とにかくシャッターを切るしかない。
結果は散々、ピントの問題もあるが、シャッタースピードが遅すぎでブレブレのボケボケ、、、、。
言い訳するわけじゃないが(思いっきり言い訳です)、キャノンを持っていればそんなこと起こり得なかっただろう。
(どう考えても言い訳)

後日、ギャビーからメールが来た。

マナブ、ケーキを吹きけるシーン、撮ったでしょ。皆に送るお礼のポストカードで使いたいんだけど一番いいと思う一枚を送ってくれる?

僕は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
そしてギャビーにメールを返信した。

ギャビー、申し訳ないんだけど、あの瞬間、逃してしまったんだ。ピンぼけもいいところ。たぶんあの時、僕の頭の中もピンぼけだったんだと思う。あのね、あの時、僕の横にさ、Eos 5D mark3を買ったばかりのドクターがいたでしょ。彼もあのシーンは撮っていると思うんだ。彼に聞いてみるといいよ。

こんな屈辱、あるだろうか。
プロの自分がその一枚を逃し、アマチュアの人から写真を貰って欲しいと頼むこの恥ずかしさ。
この日、僕はキャノン Eos 5D mark3をやけくそになって注文してしまった。












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X100をはじめ、ミラーレスカメラは写真を愛するものにとっても、たまに写真を撮りたいと思う程度の人にとっても、本当によく出来た理想的なカメラだと思う。
ストリートフォトや被写体を安心させる写真にX100などの小型カメラはもってこいだろう。
でも、デジタル一眼レフカメラを手に写真を撮る時、正直、心から思うのは、なんだかんだ言って、確実に本気で撮るなら、やはりこれ、デジタル一眼レフカメラなのかなぁ、ということなのだ。
大きいし、重いし、目立つし、、、でも、とびきりの一枚を撮るのに、それが何だというのだ。
楽をして撮ろうなどという態度をとっている時点で、もうすでに名作のチャンスを逃しているということを知るべきなのだ。(名作など撮ったことはないが、、、)
デジタル一眼レフカメラは、本当によく出来たカメラなのだ。
限りなく実践的で、限りなく直感的だ。
フィルム時代から数えると、今度のEos 5D Mark3を含めて10台目のEosを持つことになる。
ニコンからキャノンに移行してから17年くらいたつ。
17年間、ほとんど毎日手にしているのだから、そりゃ、僕にとっては限りなく実践的で、限りなく直感的なはずだ。


X100を使いはじめてから単レンズが導いてくれる写真というものに、あらためて驚いた。
昔は単レンズばかり使っていたにも関わらず。
先週、SIGMAの50mm f1.4で室内のポートレイトを撮った。
3人の熟女を。
良いレンズなのだが、X100の滑りある描写に目が慣れてしまった今となっては、どんなにLightroomでいじくりまわしても、撮った写真がデジタル写真に見えてしまう。
そりゃ、どうかき回しても、デジタル写真なのだけど。
X100の描写はデジタルであることを忘れさせてくれるのだ。


久しぶりに、昔、昔の東京時代、使いに使ったキャノン50mm f1.4と85mm f1.8を再び手にとってみる気になり、レンズのテストをした。












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結果、英語で言うと「So,so,,,」(まあまあ、、、)な描写。
ピントがズレていないか、ズレているならどれくらいか、何度も確認する。
それぞれのF値でどんな描写をするのか、白を背景に偽色はどれくらい発生するのか、今のデジタルカメラの能力にどれくらいついてこれるのか、確認をする。












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レンズテストのつもりでキッチンに転がっていたものを撮っているうちに、段々と本気モードになり、最終的にはモノクロをイメージしながらシャッターを切り始める始末。
いったい、何をやっているのやら、、、。












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by somashiona | 2012-10-05 15:59 | デジタル

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