スタンリー

ついにブログデビュー。

記念すべき第一弾は、スタンリー。
彼はタスマニア州の州都ホバートから車で約1時間ほどに位置するこじんまりした町、ニューノーフォークに住んでる。
この写真を撮った約4年前、僕もこの町に住んでいた。
何度か彼と言葉を交わすうち、その鋭く澄んだ目に、僕は引き込まれはじめた。
聞けばこのおじさん、山の中で自給自足の生活をしているという。
「ヘイ、マナブ。今夜ワラビー・ハンティングをするけど、見に来ないか?」 
彼の車で山道を走っているうちに辺りはもう暗くなっていた。
彼の自慢の城である手作りの山小屋に到着。
この廃材をかき集めて作ったような山小屋、電気、水道、ガスと言ったたぐいの物は何もない。
灯りはランプとロウソク。でもそれだけでは暗く、この小屋の全体像はまったく掴めない。
ストーブに薪をくべる。冬が始まろうとしている、タスマニアの冷え込む夜。
彼と僕はぼそぼそと話しをし、しばらく黙り込み、またぼそぼそと話しをはじめる。
僕たちの顔の前を火花が舞い、頬が火照る。
彼の生い立ちなど興味深い話しに暫し花を咲かせた後、早めに仮眠することにする。
ハンティングは夜中から始めるのだ。
彼に促されて、今にも折れそうなはしごを上って屋根裏によじ登る。
彼は僕のためにこの屋根裏の彼のベッドルームをゆずってくれたのだけど、そこは経ち膝もできないほど天井が低く、寝返りも打てないほど狭い空間だった。
屋根裏は温度がぐっと低く、持っていった自分の寝袋にくるまった瞬間、眠りに落ちた。

「マナブ、起きろ、起きるんだ」
という声で目を覚ますと、暗闇でもハッキリと分かるほどスタンリーの目は輝いていた。
数時間前に昔話を語っていた顔とまったく違う、野生の顔、がそこにあった。
そのことを伝えたくて僕が声を出すと、すかさず彼は
「しぃーっ!小屋の周りにワラビーが集まっているんだ。声を出すんじゃない」
既に開いている小屋のドアから銃口を外に向ける。
先ほどまで暖かだった小屋の内部はもう完全に冷えきっている。
灯りをともせないので、中は何も見えない。
夜露に濡れた小屋の外だけが、月明かりに照らし出されている。
僕にはどんなに目を凝らしても、かすかに風に揺れるユーカリの木と、地面できらきらと光る草しか見えないのだが、スタンリーには何かが見えているらしい。
突然、パァン!という乾いた音がしたかと思うと、スタンリーは銃口を下げ、腰を下ろす。
ライフルを撃つのをまじかで見たのは初めてだったので、その運動会の、よぉーいどん、の時のような音にちょっと気が抜け、彼にどうしたんだ?と尋ねた。
「今の音で他のワラビーたちは森の中へ散ってしまったので、戻ってくるまでしばらく待つんだ」とスタンリー。
夜の冷えきった空気の中、灯りも、暖も、会話もなく、ただただ1時間ほど待ったあと、また銃を一発撃ち、そして再び、ひたすら待つ。
それを繰り返すうちに空が白んできた。

辺りがすっかり明るくなった頃、ハンティングは終了した。
しとめた獲物を回収しにいく。
ハンティングの最中、僕には彼がただ暗闇に向かって銃を撃っているようにしか思えなかったので、本当にワラビーを仕留めたのかは半信半疑だった。
でも、彼はどの辺りに撃たれたワラビーがいるのか、確信がある足取りで歩き、実際そこにはワラビーが悲しく横たわっていた。
「マナブもワラビーを小屋に運ぶのを手伝ってくれ」
一瞬、僕はひるんでしまった。
例えば、路上で死んだ犬や猫を僕はきっと触ることができないと思う。
目の前で死んでいるワラビーを持ち上げて運ぶことに、正直、抵抗を感じる。
でも、いつもそうなのだけど、写真を撮るために誰かの人生の中に入り込む時、僕にはたいがいのことができてしまう。
誰かの写真を撮るとき、僕がいつも大切だと思うことは、とにかく受け入れること。
自分の価値観はその場ではひとまず外へ置き、細かいことは後で考えるようにする。
ワラビーに手を触れた瞬間、まだその身体が温かいことに驚いた。
そう、さっきまで生きていたのだ。
持ち上げると、傷口から血が流れ出た。
二匹担ぐと、僕の服は血だらけになった。
クラクラした気持ちで歩いている僕を見て、スタンリーはニヤニヤと笑っていた。
僕も笑おうとしたけれど、あまり上手くいかなかったようだ。

ワラビーの解体がはじまった。
動物の解体を見るのも生まれて初めて。
僕は自分がそんなにヤワなタイプだとは思っていないけれど、この解体には気分が悪くなった。
よく「血なま臭い匂い」という言い方をするけれど、この匂い、まさに「血なま臭い匂い」そのものだ。
その後、はいつもは食い意地が張っている僕も、さずがにしばらくは肉を受け付けなかった。
これは小学校のとき、フナの解剖をした後、しばらくは魚が食べられなかった事件以来の出来事だ。
このワラビーの肉は、彼曰く、パスタのミートソースととても相性がいいらしい。
ちなみにタスマニアではブッチャー(肉屋です。プロレスとは関係ありません)にいくと、ワラビーの肉が買えるところもある。

ワラビーの解体が一息つくと、「紅茶飲むか?」とスタンリーが聞く。
普段はコーヒー党でまったく紅茶を飲まない僕だけど、あまりに息をのんでしまうことが続いたので喉がからからだった。
彼は僕の返事を聞くと小屋の中から、見た目にもはっきりと、とても汚いステンレスのマグカップを持ってきた。
水道がないのにどこから水を持ってくるのだろう?と思った時は既に手遅れ。
イヤな予感はしていたけれど、彼は血に染まった真っ赤な手にマグカップを握りしめ、小屋の戸口に置いてある、雨水をためたバケツの中にカップを入れ、赤茶けて、虫の死骸がたくさん浮いた水を汲んで、ストーブの上のやかんに入れた。ストーブに薪をくべ、火をおこし、お湯が沸騰するのを二人で待った。僕は彼との会話に気持ちを集中できず、彼が5分以上お湯を沸騰させてから紅茶を入れてくれるように、心から願った。
「砂糖はないけど、ハニーならあるぞ。紅茶に入れるか? このハニーは自家製なんだぞ」
僕はあの赤茶けた水を忘れさせてくれる物なら、何だって入れて欲しかった。
目をつぶって飲んだその紅茶は、今までの人生の中で経験したどの紅茶よりも美味しかった。
ワラビーの血や、虫の死骸が良いダシになっていたのだろうか?

紅茶の後、彼は彼の所有する山の中の所有地を案内してくれた。
オーストラリアが移民を受け入れた頃の、まさに彼は初期の移民で、東欧の小さな国から少年の頃にこの国へやってきた。
以来、まともな職に就いたことがないし、60歳に入った今も独身のままだが、彼が人生で誇れることは、この広い土地を所有していることだった。
自分で作った蜂蜜や新鮮な野菜、卵を売り、必要のないものにはまったくお金を使わないで、コツコツと貯めたお金でこの土地を手に入れた。
彼の広い土地にはユーカリの木が生い茂り、川が流れ、その土地の中で裸で暮らそうが、銃を撃とうが、すべて彼の自由だ。
自分の土地を見つめる彼の身体からは、自分で自分を誇れる人独特のオーラが放たれていた。
60歳を超えているとは思えないタフな身体と、穏やかな心を保つために何か努力しているのだろうか?と尋ねると、小屋の柱にぶら下がって行なう毎日の懸垂で身体を鍛え、メディテーション(瞑想)で心を安定させている、と笑って答えた。

帰り際、例の屋根裏部屋に置いたままだった僕の寝袋をとりにいった時、僕は再び息をのんでしまった。
明る昼間にその屋根裏部屋を見ると、辺り一面がクモの巣とクモだらけ。
僕は虫が苦手。特にクモはどうしてもダメ。
あんなところに自分が寝ていたなんて、、、。
知らないということは、強い武器の一つだ。

「マナブ! また泊まりに来いよな!」とスタンリーは僕に手を振った。



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by somashiona | 2007-03-17 20:35

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