パーティと夜間救急病院



ローズベリー初日の夜。
サリーナは僕を彼女の友人たちに会わせたがった。僕もその考えには大いに賛成だった。夜のローズベリーは霧が立ちこめ、車のフロントガラスは何をやってもなかなか曇りが取れない。彼女があまりにも僕をせき立てるので、僕はフロントガラスに直径20cmくらいの円をくるくる、くるくる手のひらで描き、その隙間にできた曇っていない視覚から、かろうじて道路の白線をたどり運転した。「ヘイ、サリーナ、落ち着けよ。もし人が出てきたらひいちゃうよ」「あんた、ここをどこだと思ってんの!明るい時間だって、人なんか歩いちゃいないじゃない!」確かにそのとおりだ。

彼女の友人ミックとエマの家には鉱山で働くゲイのポール、この町で生まれ育ったスティファニー、そして2匹の犬と猫1匹がすでに酔っぱらい、すでに盛り上がりをみせていた。テレビ画面からは懐かしの70’sが永遠と写し出され、ザ・ナックの「マイ・シャローナ」やクイーンの「ボヘミアンラプソティー」が流れるたびに、僕たちは皆で声高らかに懐かしの曲を歌い上げた。

このメンバー全員、いや、ローズベリーの町の人たちは大人から子どもまで、全員が喫煙者ではないのか?と思うほど煙草を吸う。
僕も3年前までは超ヘビースモーカーだったので他人のことをとやかくは言えないが、やはりここはエデュケーションがいきとどいていないのかもしれない。
もちろん嗜好の問題ではあるが、ホバートに住む僕の友人たちでタバコを吸う人間は皆無だ。
この家の中はタバコの煙とマリファナの煙、そしてアルコールの匂いが充満していた。

マリファナのことはいずれブログで書こうと思っていた。
マリファナは僕がここタスマニアへ移住し、人々の生活を理解しはじめた頃の最大の驚きだったからだ。僕にとってマリファナとは一部の闇の世界で生きる人たちが嗜好するとても特殊なものだった。実際、日本ではマリファナを所持していたら大変なことになるだろうし、シンガポールやその他のアジアの国で捕まったのなら、これはもう、命に関わる問題だろう。
しかしここタスマニアに関していうと、驚くほど多くの人たちが普通にマリファナを楽しむ。カジュアルな友人たちのパーティでは必ずと言っていいほど登場する。銀行員も、学校の先生も、公務員も、メディアに関わる人たちも、お酒を飲むのと同じ感覚でマリファナを楽しむ。マリファナを所持しているのを警察に見つかってもそれがビニール袋一杯の量じゃない限りは捕まりもしない。
ただし、運転中、検問に引っかかり、検査でマリファナの反応が出ると酒気帯び運転と同じ扱いになり、免許証を失うかもしれないが。
たぶんタスマニアに住む人間の90%以上は大人になるまで、少なくても一度はマリファナの経験があると思う。このことは僕にとってとても驚きだった。
ちなみに、オーストラリアの州の中でタスマニアが一番マリファナに対して甘いと聞いたことがある。本当かどうかは分からない。僕は決してドラッグを肯定しない。ただこれがここの素顔だということを知ってもらいたいだけだ。マリファナを吸うよりタバコを吸うほうが悪いことだ、と考える人が多いのだ。
ここではほとんどの人がマリファナのことをポットと呼ぶ。マリファナに酔っぱらうことをストーンド。翌日もマリファナで二日酔い状態のことをストーン・オーバーという。

僕はお酒が飲めず、車を運転することを考えてポットも吸わなかったので気の毒に思ったミックが僕にケーキを勧めた。マリファナ入りのケーキだ。僕は一度も食べたことがない。半分だけ食べてみるか?と言われ初めてのポット入りケーキを食べてみた。効果が出るまで1時間くらいかかるらしい。
こういう場面でいつも思い出すことがある。子どもの頃、テレビ番組で見た未開の地を探検する白人たちが原住民から芋虫や動物の血を飲むよう勧められるシーンだ。子供心に探検はしたいがこんな目にあったら果たして自分は勧められたものを口にできるだろうか、といつも考えた。今ならハッキリと言える。僕は勧められたものを何でも口にするだろうと。もしカメラを持っていれば。

1時間経ってもまったく効果が表れずもう半分食べ、2時間経ってもまったく反応がなく、さらにまるまる一かけらを食べた。

午前3時になりパーティをお開きすることにした。まったくアルコールを口にしていない僕がステファニーを車で送る役を買って出た。もちろんサリーナも一緒だ。車のハンドルを握った瞬間に何かがおかしいことに気がついた。道が斜めになっているのだ。前がよく見えないのは相変わらず曇っているフロントガラスのせい。アクセルを少しだけ踏んだつもりなのにエンジンが大袈裟に唸った。まずい、、、効いてきてる、早く彼女を送って家に帰らないと、、、。
時速30km/hくらいのスピードで運転しているのに、上手く走れない。後ろではサリーナとステファニーが話しに夢中だ。ポリスカーとすれ違った、ルームミラーを見るとポリスカーがUターンして僕の車の後ろにぴったりとくっついてくる。心臓がバクバクと鳴る。マナブ、落ち着け、落ち着くんだ。ただ真っ直ぐに走るだけでいいんだ。曲がる時にはウィンカーをあげるんだ。落ち着け。
心の中で何度も自分に言い聞かせた。無事にステファニーの家につくと理由をいってサリーナに運転を代わってもらった。彼女はゲラゲラと笑うばかり。

サリーナの家につくとリビングのソファーに倒れ込んだ、ジェケットを脱ぐのも億劫だった。目をつぶるとすぐに眠りに落ちた。しかし夢の中で大勢のアボリジニたちが大勢の白人に追われ悲鳴をあげている。サリーナの声が永遠と彼らの不幸な運命の物語を語る。何度も止めてくれと叫びたかったが声が出ない。やっと目が開いた。でも声が出ない。サリーナの物語はまだ続く。突然、彼女が僕を殺しにやって来るのではないかという考えが頭に浮かんだ。そうだ、だから彼女は僕をここに呼んだんだ。あのトイレの横にあった不気味な顔の絵は僕だ。逃げないと!早く逃げないと!でも身体が動かない金縛りの状態だ!寒い、すご寒い。身体が震えてきた。歯がカチカチ鳴っている。震えがひどい。息もできなくなってきた。いや、まて。これは震えじゃない、痙攣だ。体中の筋肉がソファーの中に押し込まれていく。体中の筋肉がつってしまったかのように痛い。ひょっとして僕は死んでしまうのだろうか、、、。僕は今死にかけているのかもしれない、、、。怖い、怖い!イヤだ、イヤだ、そんなのイヤだ!
やっとのことで声が喉から出た。僕は悲鳴をあげたのだ。サリーナがあわてて僕の所にやってきた。僕の顔を覗き込む。「マナブ、あんたどうしたのさ!手が死人のように冷たいよ!」
「I,,,I need,,,to see,,,doctor,,,right now,,,I think I’m going to die,,,」
サリーナは救急車を呼んだ。

もう一歩も歩くことさえできなかったがなんとか処置室のベッドに横たわることができた。質問を受けるが上手くしゃべれない。後で聞いたのだが過疎化のこの町にある唯一のこの病院は後2週間で閉鎖になる。ひょっとすると、僕が最後の救急患者になるかもしれないとサリーナの友人は言った。
ホバートからヘリコプターでドクターを呼ぶから待っていろ、と看護婦は言った。Fuck! Fuck! Fuck!こんな大事になるだなんて、、、。
僕の痙攣は次第に治まり、僕は生命の危機から解放され安堵した。
だが次の瞬間、ヘリコプターでやって来るというドクターを思い、今すぐ家に帰ると僕は言い張った。
運悪く、というか、運よく深刻な医療不足に陥っているこのタスマニアで、ヘリコプターに乗ってやって来るドクターはなかなか捕まらなかった。
僕の様態も安定してきたので、家に帰る許可をもらった。
帰り際、この病院に一人しかいなかった看護婦さんが僕にこう言った。
「私も先週末のパーティでクッキーを食べたけど、あなたみたいなおバカな食べ方はしなかったわ。これからは程々にね」

僕は女教師に叱られた少年のように惨めな気持ちで床のはがれたタイルを見た。




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ご機嫌のミック。このときは彼が深刻な病気を抱える男だとはこれっぽっちも知らなかった。



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白熱した議論に短気なサリーナは何度もキレかかる。



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男たちは懐かしのミュージックとともに懐かしのバイク、車コレクションの写真で盛り上がる。



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エマとサリーナとマイケルジャクソン。



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いつもクールなステファニー。



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エマはとにかくよく笑う。でもタバコの吸い過ぎで気管が弱く、笑うとすぐに顔が真っ赤になり、呼吸困難になる。



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なぜだかミックのコスプレショーがはじまる。



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まだ議論の決着がつかないサリーナの後ろでは、ステファニーがばれないようにサリーナの物真似をしていた。



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ゲイのポール、なぜだか女性たちの髪の手入れをしはじめた。優しい男だ????







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by somashiona | 2007-06-01 23:03 | 人・ストーリー

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