ストーミーボーイ




僕の友人であるオージーの女性の話しだ。

ある日、僕の友人のAさんは、、、(という呼び方をするとなんだかとても彼女が遠い人のように感じるので、とりあえずローラと呼ぼう)

もとい。
ローラは友人のキャシー(これも仮名)とコーヒーを飲んでいた。
この日のお題目は連休に何をするかだ。
二人は自然を心から愛するアウトドアウーマン。
自然の成り行きで、4泊5日のブッシュウォーキングへ行くことに話は決まった。
メンバーはローラとキャシー、そしてキャシーの恋人のジョン。
誰かもう一人いるといいのだが、、、。
このとき、ローラにはステディな関係の相手はいなかった。
ジョンの友人でブッシュウォーキングが大好きな男性がいるので彼を誘ってもいいか、とキャシーが提案し、そのもう一人、ティムが参加することになった。

出発の日、ローラは初めてティムにあった。
どんな男性が来るのだろうかと、ローラは少し期待に胸を膨らませていた。
がっちりとした大きな身体に無精髭、ハンサムとは言い難い、どちらかと言えば森のクマさんのようなティムの顔を見て、内心彼女はガッカリした。

キャシーとローラはトライアスロンやアドベンチャースポーツに参加するほどの体力の持ち主だ。
険しい山道であろうが、過酷な天候であろうが、そんじょそこらの男どもには負けない。
そんな彼女たちがティムの体力に驚いた。
ティムの身体能力は彼女たちのさらに上をいくのだ。
しかし、皆のおしゃべりにいつも笑顔で頷くだけで、積極的に自分から話さないティムの性格に若干のつまらなさもローラは感じていた。
この人はシャイなの?それとも楽しい話しができる教養にかけているの?
ローラにはティムがどういう人間なのか、なかなかつかめない。

タスマニアの国立公園内にはハットと呼ばれる山小屋がある。
トイレ、水道、電気、そういった設備は一切ない掘建て小屋のようなものだ。
予約の必要もない。
空いていれば誰でも泊まっていい。すでに先着の人たちがハッとの中にいても、まだスペースがあるのなら知らない人同士でそのハットに泊まる。もし中が満員であれば、マナーとして無理には泊まらず、周辺でテントを張る。
雨の多いタスマニアの山の中、疲れた身体でびしょ濡れのテントで寝るよりは、暖炉のあるハットに泊まるほうが数段快適なのだ。

彼らも夜はハットに宿泊した。
春さきとはいえ山の中は凍えるほど寒い。
バックパックに詰められる食料には限りがある。
簡素な夕食をとった後の彼らの楽しみは、朗読会だ。
暗いハットの中、暖炉の前に皆で輪になって座り、一冊の本を回し読みする。
夜は長い。寝袋にくるまり、片手にハチミツ入りの暖かい紅茶の入ったマグカップを持って、朗読する者の声に静かに耳を傾けるのだ。
皆の顔の片側は暖炉の炎の光りでオレンジ色に染まっている。

ローラはティムが朗読するたびに目を閉じた。
山道を歩いているときはあまりおしゃべりをしない彼の声。
その声は朗読しているその本の美しい内容に、これ以上ないほどマッチした、甘く、穏やかで、低いけれどどこまでもとおる澄んだ声だった。
その声を聞くと、ローラの頬はなぜか火照りはじめる。
朗読が始まってから数時間たち、ふと、ティムの声の調子の変化にローラは気がついた。
所々不自然な箇所でセンテンスが途切れる。
ローラは閉じていた目をそっと開き、薄暗いハットの中で暖炉の炎が反射するティムの瞳を注意深く覗き込んだ。
彼の目には涙が溢れていた。
この美しい本のストーリーの世界に、完全に入ってしまっているティムは、まるで彼の周りに誰もいないかのように本を読み、感動のあまり、声を震わせ、目に涙を浮かべていたのだ。
そんなティムを見ているうちにローラの瞳にも涙が溢れた。
タフな彼女は思った。
どうかしている、私。
きっとこの雰囲気がいけないのだ、と。

2日目の昼過ぎからキャシーの具合が悪くなりはじめた。
お腹がひどく痛み、吐き気が治まらない。
これ以上のブッシュウォーキングは無理と判断し、引き返すことに決めた。
しかし、ローラとティムはそのままこの素晴らしいウォーキングを続行すべきだ、とキャシーとジョンが強く主張したこともあって、二人はそのままブッシュウォーキングを続行した。

多くを語らないティムのことを前のように居心地悪くローラは感じなかった。
ローラの知らない草花のことを何気なくティムに尋ねると、彼は驚くほどの知識で全ての質問に答えてくれる。
まるで自分の家族の話しをするかのように、ティムは愛する自然について静かに語る。

翌日天候が急変した。
気温がぐっと下がり、激しい吹雪が吹き荒れた。
視界もほとんど遮られ、これ以上歩くのは危険だと判断し、その場で急いでテントを張り、体温の低下を防ぐ努力をした。

夜、荒れ狂う天候の中、オレンジ色の光を放つテントは激しい音をたて、揺れ続けた。
ありったけの衣服を身にまとい寝袋にくるまった二人はこのまま雪が何日も降り続けたらどうなるのだろうか、という話しをしたが、二人の顔は深刻な表情であるとは言い難かった。
彼と一緒であれば、不思議と怖いものは何もないようにローラには思えた。
二人はこの夜もテントの中で昨夜の本の続きを読んだ。
朗読するティムの声をローラは再び聞きたかったのだ。

翌朝、テントのジッパーを開けると辺り一面銀世界で空はどこまでも青かった。
二人は口から白い息を吐いて、おはよう、と言った。


その日以来、ローラとティムは毎年ここを訪れる。
しかし今はキャシーとジョン同伴ではない。
かといって、ローラとティムの二人だけでもない。
あの嵐の夜に身ごもった、ストーミーボーイも一緒なのだ。






ストーミーボーイ_f0137354_17183640.jpg



Hamilton, Tasmania




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by somashiona | 2007-10-19 17:31 | B&W Print

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