はりきるヨハン




結局、ヨハンの家に2泊3日した。
でも仕事の都合で朝5時に家を出て、夜遅くに彼の家に戻るという動きになり、彼と会話らしい会話を交わすことができずにいた。


それでも彼は僕が家に戻るまで寝ずに僕を待ち、いつものように暖めたお皿に彼の手料理を載せたあと、僕がガツガツを食べるのをにこやかに見守ってくれた。


ヨハンの家に泊まるときはいつも、僕が彼より早く起きる。
彼が寝坊助という訳でも、僕がニワトリと言う訳でもなく、ただ単に彼の住むシェフィールドの美しい朝の光りを逃したくなかったからだ。








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しかし今回の3日目の朝は話が違っていた。
前日の仕事が予想以上にハードだったため、朝6時半まで僕の目が覚めなかったこともあるが、仮に僕が朝5時に起きたとしてもヨハンのはりきりには負けていただろう。


朝から部屋のあちらこちらをうろちょろ。
立ったり、しゃごんだり、ジャンプしたり、這いつくばったりしながら、部屋中の引き出しを開け、棚の上の覗き、本棚から本を引っぱりだしている。
まるで10年前に隠したへそくりでも探しているかのようだ。


随分前から写真好きのヨハンに写真家相原さんの話しをしていた。
そしていつか相原さんの写真展にヨハンを連れて行って、相原さんを紹介すると約束していたのだ。


3日目の朝、ヨハンがはりきっていたのは
1. クレイドルマウンテンまでドライブできるから。(車の免許を持っていないヨハンにとって彼の住む小さな町が彼の世界。そこを出ることは彼にとって冒険なのだ)
2. クレイドルマウンテンで大好きなブッシュウォーキングをし、そこで新しいカメラとレンズを使ってたくさん写真が撮れるから。
3. そして何よりも、クレイドルマウンテン・ウィルダネス・ギャラリーで相原さんの写真を見て、相原さんとお話ができるから。








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彼と朝食を食べる時、相変わらずの彼の几帳面さに僕は思わず笑ってしまった。
彼は身の回りにあるものを必ず綺麗に揃え、並べる人だが、朝の薬も例外なくシリアルの横に綺麗に並べてあった。
それをスプーンに乗せ一つずつ頬張る。
森の小動物が美味しい木の実を食べているみたいだ。
でも、僕はあることに気がついた。


「ヨハン、薬、前より増えていない?」
「いや、いや、ばれてしまったか、、、新しいカメラやレンズが増えたばかりではなく、病気もまた一つ増えてしまったのだよ。」








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Chronic Fatigue Syndrome(慢性疲労症候群)という病気にかかっていると診断されたらしい。
微熱、頭痛、関節痛、身体及び思考力両方の激しい疲労、特に彼の場合は気をぬくと食事中であろうと寝てしまう。
そのため、大好きな音楽鑑賞も、木工工芸制作もできず、ただ毎日をけだるく過ごし、寝てしまうということの繰り返しらしい。
それで彼の家から生活の匂いが消え去っていたのだ。
そう言えば、ちょっとの隙に彼は度々眠りに落ちていた。
気の毒なヨハン、新しいカメラとレンズは自分を奮い立たすための投資だったに違いない。








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バスルールから彼の鼻歌が流れる。
知らない曲だが、アルプスのフォークダンス系だろう。
アルプスの少女ハイジで流れてくる類いの曲だ。
彼の故郷スイスの曲だろうか?
電気剃刀でひげを剃る音はアルプスの草原を花から花へと飛び回るミツバチの羽音のようだった。








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「マナブ、一つ頼みがあるんじゃが」とヨハン。

「いいよ3つまでは」と僕が笑う。

「髪を少し切ってくれないか」

「スキンヘッドになっても構わないのなら、いいよ。」と言い彼の顔を見たが、彼は何かを決意した男のように真っ直ぐに僕を見据えていた。

「もうしっかりと髪に油も付けて男前だから大丈夫だよ。すこし年とって痩せているけど、シャツをスウェットパンツの中に入れたマーロンブランドみたいじゃない。どうして髪を今切る必要があるの?」

まだ寝ぼけ眼の僕は、正直いって朝からめんどくさいことをしたくなかったのだ。

「マナブ、君の大切な人に今日は会うんじゃ。敬意を持って接したいのじゃよ。もう一度聞くが、髪を切ってくれんか?」

僕は目頭が熱くなっていた。

「いくらだって切ってあげるよ、ヨハン」と言って僕はハサミを手にした。

「スキンヘッドは困るよ、マナブ、、、」

ヨハンはか細い声で言った。











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(やはりオーストラリアですから、、、汗)








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by somashiona | 2008-02-03 21:52 | 人・ストーリー

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