イースターホリデーはブッシュウォーキングさ!最終回/モノクロ編




先週はマウントフィールドのブッシュウォーキングを約5回に分けブログで紹介する予定だったが、すぐに仕上げなくてはいけない仕事が週の初めに入り、ほとんどブログに接するチャンスがないまま1週間が過ぎてしまった。
「その2」を更新した後、クライアントに収める写真の選択と画像処理のためパソコンのモニターを何日間も見続けた腫れぼったい目をこすりながらふと思った。
「あれっ、ブッシュウォーキングの話、2話で終わっちゃった、、、」
5回分引っ張れる話があったはずなのに、ハードな仕事に短期決戦で臨んだ後自分が何を書こうとしていたのかまったく思い出せない。
何についても言える事だが、何かアイディアが浮かんだときはすぐに実行に移したほうがいい。
アクションを起こさなければ何も生まれないし、やってダメだった後悔より、やらないで終わった後悔の方が僕には精神的ダメージが大きいからだ。
人生は短い。
思ったことは徹底的に実行に移したいものだ。



「この人、今日は書くことがなくていたずらに話を引っ張っているぞ」と思い始めている人がいるかもしれない。
む、む、図星、、、。
根を詰めた仕事を終えた後はどこか放心状態に近く、想像力というものが湧かない。
しかしブッシュウォーキングの写真はまだたくさん残っている、、、。
このブッシュウォーキングの写真は、今回のモノクロ写真で強引に終えよう。
武士道では潔さが大切なのだ。








ファインダーから被写体を覗いているとき、「これはモノクロでしょう」と呟いてしまうときがある。
フィルム時代はモノクロフィルムをカメラに入れると、とたんに眼と心がモノクロモードになったので色に惑わされることなく被写体に集中できた。
デジタルでも最初からカメラのセッティングをモノクロモードにすればいいだけの話なのだが、僕はその行為にどうしても馴染めない。
説明しがたいフィーリングなのだが、率直に言えば自分を騙しているような気がしてならないのだ。
「だってもともとカラーじゃん」という気持ちを払拭できないのだ。
なので普通にRAWファイルにセットし、撮るときに「これはモノクロ用ね」と自分に言い聞かせる。
RAWファイルで撮った写真、暗室時代には考えられなかったほど自分の思い通りの調子に変えられる。
カラーからモノクロに変換するだけでもあらゆる方法がある。
そして変換したモノクロに様々な処理を施す。
モノクロにもし適正な調子というものがあるのなら、それは適正露出(?)で撮影したフィルムをメーカーが指定する適正時間(?)で現像し、そこまでプロセスを全て適正に進められたネガを2号~2号半の印画紙(もしくはフィルター)でプリントすると黒から白までのトーンがきっちり表現され、焼きこみや覆い焼きの必要ない美しいプリントが仕上がる(?)というのが僕の理解する大雑把なセオリーだ。(学校で教わるモノクロの基本)


ところで適正って何だ?
美しいプリントって何だ?


肉眼で見た被写体の情報を最高のコンディションでフィルムに露光したとき、白から黒までの100%の情報がフィルムに封じ込められたとする。
そのフィルムからどんなに最高の技術でプリントしたとしてもグロッシーペーパーの上で再現される情報はフィルムが持つ情報の80%、それがマットペーパーだと60%程度だ、と学生時代教わった。
これがカラーならば、カメラによって、レンズによって、フィルムによって、肉眼で見た被写体の情報と微妙に異なる様々な結果が出てくる。
デジタル時代、「適正」というものの定義がさらに難しくなっているのではないか?
レンズの癖、カメラの特性、諧調、コントラスト、ホワイトバランス、、、。
フォトショップをきっちり使いこなせる人ならどんなブランドのカメラやレンズで撮られたものも、すべて同じコンディションでモニターの中に、あるいはペーパーの上に再現できるだろう。(根拠のない推測)
デジタル写真の世界ではもはや「適正」という言葉は意味をなさない気がしてならない。

僕はフィルムもデジタルもモノクロ写真を現実とは程遠い調子で仕上げるのが好きだ。
日本での仕事はそれが許されないケースが多かった。
海外のモノクロドキュメンタリー作品やフォトジャーナリストの仕事を見ると、フィルムでも、デジタルでも作者の意図に合うよう「これでもか!」というくらい手が施されているものが多い。
2号のペーパーで仕上げました的な適正写真を探すのが難しいほどだ。


写真をモノクロから始めたせいか、僕の場合、カラー写真よりもモノクロ写真のほうが自分の意図するイメージに近づけやすい。
そしてそのイメージに手を加えれば加えるほど、その写真が自分だけの特別な一枚になっていく気がする。
まるでその写真を見る人が絶対に気がつかないような暗号を写真の中にちりばめていくような気分だ。
写真のイメージが現実から遠のけば遠のくほど、適正から外れれば外れるほど、その写真は僕らしくなるのだ。

子供の頃から「適正」「標準」「典型」「基準」「一般的」「模範」そういった言葉を聞くと、めらめらと反発の炎が燃え上がる性格が写真に反映しているだけかもしれない。


物事に関して白黒をはっきりと付けられない僕のような男は、グレーゾーンを彷徨って生きるのが、きっと心地よいのだろう。












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by somashiona | 2008-03-30 18:46 | デジタル

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