ピーターとモーラッグの作品展 #1



報道の分野で長く写真を撮っている人は自分の写真を作品と見なさない傾向がある。
新聞記者が自分の書いた記事を作品と呼ばないのと同じだ。
勿論、写真が好きでたまらないからフォトグラファーをしているのだし、芸術作品として扱われる写真の良さを理解することもできれば、報道とは違った分野の素晴らしい写真を撮ることもできる。
しかしこの分野のフォトグラファーが仕事とは別に自分の写真を撮りためて写真展を開催することや、写真集の出版にこぎつける人はとても少ない。
仕事の写真でエネルギーを使い果たしてしまうことが理由の一つに上げられるが、それ以上にプライベートな作品を見せることへの恥じらいのようなものがそういった活動を妨げているような気がする。


アサイメントを与えられ、撮る写真はプレッシャーとの戦いだが、ある意味迷いのない写真だとも言える。
写真を撮る理由がはっきりとあり、どんな写真を撮るべきかというイメージも具体的にあり、そして何より撮った写真がどんな媒体で使われ、それがどんな影響を及ぼすか知っているということはシャッターを押すときのとても大きな後ろ盾になる。


個人の写真を撮るときはそうはいかない。
フィルム時代、モノクロで自分の写真を撮っていた僕はいつもこう思った。
「こんなに時間をかけて、こんなにお金をかけて、こんなに情熱を注いだ写真、これ、いったいどうするの?どこで、どう使うの?誰が見るの?」
この疑問は結果的にほぼ的中し、99%の写真は誰の目にも触れず、イルフォードやコダックの印画紙の箱の中に収まったままだ。
仮に写真展までこぎつけたとしても、それはそれで違った種類の不安に襲われる。
「このテーマ、とても面白いと思うんだよね、、、個人的には、、、。撮った写真、けっこうイケてるでしょ、、、まだ誰にもそういわれてないけど、、、」
人の意見や考え方を既に多くの人に支持されている媒体使って写真で代弁するのは自信を持ってできるが、自分だけの意見や視線を小さなギャラリーで披露するのは腰が引ける。
報道の仕事をしているフォトグラファーにはそういう心理がひょっとしたらあるのかもしれない。






昨年、とても嬉しかったことの一つは、ピーターと彼のパートナーであるモーラッグが作品展を行ったことだ。
ピーターと会話していていつも持ち上がる話題は、自分の作品をもっと撮り、それを外に出していく活動をしなければ、ということ。


ベテランフォトグラファーであるピーターの仕事は美しい。
彼も僕と同じ人を撮ることがメインのフォトグラファーだが、僕とはまったく正反対の写真、しっかりと計算された写真を撮る。
彼の仕事の写真は洗練され、落ち着きがあり、堂々としている。
しかし、彼が個人的に撮る写真はまったく違ったタイプのものであることを僕は知っているし、繊細なピーターの心が表れている彼の作品をもっと多くの人たちに見てほしいといつも僕は思っていた。


アートスクールで講師をするモーラッグの情熱はアニメーションだ。
自分の世界を表現する方法を様々なスタイルで追い続けた結果アニメーションが最もそれに近いと彼女は悟った。
アニメーションとリンクし、その表現の基盤となる絵はいつも描き続けている。
作品展では彼女の生まれ故郷であるタスマニアの森林を舞台に、彼女の心をキャンバスに描いた。


大好きな二人の作品を同じギャラリーで見ることができ、僕の喜びも2倍だった。
次回は彼らの作品を僕のブログでご披露したい。
お楽しみに!






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by somashiona | 2008-05-15 12:04 | 人・ストーリー

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