ピアノマン




400人規模の大きなパーティを撮影する仕事を終え、会場のドアの後ろ手に閉めた。
ドアの通してロックバンドのバスドラの音と女性たちの黄色い歓声がまだ聞こえる。

歩みを進めるとすぐに心地よいピアノの音色が聞こえてきた。
ホテルに流れるBGMじゃない、これは生のピアノの音、同じフロアーから聞こえる。
たぐり寄せられるように音の聞こえるほうへ僕は歩き出した。

視界の向こうには大きなガラス窓が広がり、その前に黒いピアノと一体化した男のシルエットが見えた。

彼の弾くメロディを僕は知らなかったが、曲そのものより、彼の存在感とそこに漂う切ない空気に僕は溺れそうだった。

僕の肩には17-35mmf2.8を付けたボディと70-200mmf2.8を付けたボディがぶら下がっている。
この場を支配する空気を壊したくないので、僕は静かに70-200mmを彼に向けた。






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ISO1250、F2.8の1/25秒。ちょっとキツい。
何枚かシャッターを切ってから、しばらくその場でピアノのメロディを聴き、彼の背中を眺めた。
僕からは見えない彼の視線の先は、ガラスの向こうに広がるホバートの夜だ。
この日、僕は仕事に行く直前に若いビル・エヴァンスが弾くWaltz For DebbyをYouTubeで聴いた。
昔、何度も何度も聴いた曲で、しばらくその曲にまつわる思い出に浸ってしまった。
目の前のピアノを弾く男の後ろ姿を見ると、再び思い出が蘇る。
すでに14GBぶんの写真を撮っていたが、もっとこの男を撮りたいという欲望が沸々とわき起こった。
右手の人差し指は「おねがい、いい加減にしてください!」と哀願しているが、構うものか。

ゆっくりと男に近寄る。






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想像と違い、あまりに若い男だったので、僕は少し驚いてしまう。
彼の視界にギリギリ入る位置にたち、目が合った時に、写真を撮ってもいいか、というアイコンタクトを彼に送る。
彼は少し微笑み、頷く。






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彼の視界から再び僕は外れ、じっくりとピアノを弾く彼を見つめる。






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彼の視線は相変わらずホバートの黒い夜と指先の白い鍵盤を漂うが、心はまったく違う世界にあるようだ。


何を想っているのだろう?






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何組かの恋人たちが彼の傍らを通り過ぎ、声をかけても彼は見向きもしない。


演奏が終わった後、僕たちは少し話をし、お礼を言った後、固い握手をした。
「素敵な夜を」と彼。


「もう君から貰ったよ」と言って、僕はその場を立ち去った。












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by somashiona | 2008-07-15 17:16 | デジタル

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