タスマニア冬の風景#3  虹と雪のバラード




虹の地平をあゆみ出て

影たちが近づく 手をとりあって

ーーー「虹と雪のバラード」から 作詞:河邨文一郎 ーーー




これ、知っている人いるだろうか?


1976年、第11回冬期オリンピックが札幌で開催された。
僕が11歳の冬だ。
たぶん、僕の人生の中でもっともインパクトの強い冬だと思う。
当時、僕の父親は北海道庁に勤める公務員だった。
オリンピック期間中、僕の父は朝から晩までオリンピック主催者の一員として働いていた。
家中、オリンピックグッズで溢れていた。
オリンピック・スタッフのユニフォームを着た父は、白い雪で覆われた札幌の街へ、宮の森や大倉山のジャンプ場へと、毎日張り切って向かった。
あんなに張り切って仕事に行く公務員など、世界中どこを探してもきっと僕の父親しかいないだろう、と思っていたが、父親の同僚はもちろん、オリンピックに関わる人たち、オリンピックを見る人たち、いや札幌市民はあの時、みんな、みんな張り切っていたように思える。
自分の街でオリンピックが開催されていること、世界中が自分の街に注目すること、これはやっぱり誇らしいことだったのだ。
札幌に住む誰もが「好きですサッポロ」と思ったはずだし、街を歩く女性は皆「白い恋人」だった。

でも、あの冬が僕にとって忘れられない思い出となった一番の理由は、オリンピックのユニフォームを着た父をあんなにも誇らしく感じたことが今までになかったからだと思う。
世界が注目する舞台で働く自分の父親を世界中の人たちに自慢したい気分でいっぱいだった。
皆がジャンプの笠谷選手や札幌の恋人、フィギャースケートのジェネット・リン選手に騒いでいたが、僕には父がどんな選手よりもカッコよく見えた。

オリンピック期間中、いや、オリンピックが閉会しても僕たち家族は馬鹿の一つ覚えのように札幌オリンピックのテーマソング「虹と雪のバラード」を口ずさんでいた。









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Mt Wellington Pinnacle, Tasmania








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by somashiona | 2008-07-24 21:08 | デジタル

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