タスマニア冬の風景#4


公務員だった父を持つ僕の家族は2年か3年ごとの転勤を余儀なくされた。
公務員の転勤はとてもポリティカルな意味合いを含むので、転勤の噂が家族内で広がるたびに父の職場でのポジションがどう変わるのか、母はもちろん、僕たち子供たちもかなり神経質になっていた。
父がもっと偉い人になって欲しいなどと思ったわけではない。
思うような昇格ができず、落ち込む父を見たくなかっただけだ。


僕は中学校の2年間を十勝の池田町という町で過ごした。
転校は子供にとっては大きな出来事だ。
今まで築き上げた友人関係をすべて過去のものにし、新しい環境でゼロから自分を作っていかなければならない。
それでも僕はこの転校という儀式を楽しみにしていた部分もある。
誰も今までの自分の失敗や情けないところを知らない、新しい学校では二度と同じ過ちを犯さず、クールな自分でいこう、というタイプの希望があったからだ。
子供ころにこれを2、3年ごと繰り返すのだから、この経験が僕の人格形成に影響を及ぼさない訳がない。


池田町時代の一番の思い出は音楽だ。
エレキギターをはじめて手にし、バンドを組んだ。
ディープパープル、レインボウ、エレキギターを持てば誰もが通る道を進んだが、途中であっさりと違う方向にそれてしまった。
当時、北海道の十勝地方にはスーパースターがいた。
隣町の足寄町出身、松山千春の全盛期だったのだ。
エレキギターでリッチーブラックモアをコピーしても女の子にモテないが、フォークギターで松山千春を弾けば、よほどの音痴でない限り、女の子は僕にうっとり。
そんな訳で、軟派な僕は朝から晩まで松山千春漬けだった。
ちなみに隣のクラスだったが同じ学年のドリカム、吉田美和ちゃんも当時は松山千春を聞いていたはずだ。


この頃、ティーンエイジャーの切ない恋をしていた僕が寒い冬の夜に何度も聞いたのが、「雪化粧」という曲だ。
松山千春のヒット曲はたくさんあるが、この「雪化粧」は間違いなく僕の千春ベスト3に入る曲。
松山千春をたくさん聞いたせいで、恋する女性は辛いことがあってもそれに耐え、黙って好きな男についてくるものだという認識を持つはめになった。

For example:
恋:(男はいつも待たせるだけで、女はいつも待ちくたびれて)
銀の雨:(いいのよあなたについてきたのは、みんな私のわがままだから)
もう一度:(あなたのことは全てわかっているつもり、だけどサヨナラ言われたら、生きてはゆけないわ)

思春期に松山千春から教え込まれたこの間違った認識と、現実を生きる女性のしたたかさのギャップに長い間僕は苦しめられ、何度も泣くはめになった。
特に外国の女性はみな厳しいのだ。








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From Lyell Highway at Sorell Creek








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by somashiona | 2008-07-25 23:31 | デジタル

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