タスマニア冬の風景#6  




ここ数日、頻繁にブログの更新をしているのには訳がある。
パソコンの前に張り付いていなければならない作業をしているからだ。
作業のタイムリミットが迫っていると知りながらのブロクの更新、現実逃避以外の何ものでもない。
作業は過去3、4年間に撮った自分の写真を形あるものにまとめること。
あと2日で終わらせなければならないのだが、一向に進まない。
久しぶりに再会した写真を見ると、ついついそのときの思い出に浸ってしまう。
部屋の大掃除をしていて昔のアルバムや思い出の品々など発見し、それにハマってしまう、あれと一緒。


過去に撮った自分の写真をざっと見ると、写真の幅のなさ、イメージの広がりのなさ、未熟なテクニック、被写体や周りの状況を見る視野の狭さ、テーマへの詰めの甘さ、客観性、落ち着き、コミュニケーション能力の欠如、そして何よりも総合的な人間力と個性に乏しいことを痛感する。


プロ、アマチュアに限らず、写真を愛する者共通の願いは「もっとよい写真を」だろう。
仕事の写真なら、アドバイスはしやすいし、されやすい。
なぜなら、仕事の写真には普通、明確な目的があるからだ。
その写真を求める側の要求をいかに満たすかということに焦点を当てなければならない。
それに加え、期待以上の驚きや喜びを与えられるよう努力するのだ。
しかし、誰からも求められない写真を自分の意志で撮るとき、その善し悪しをどうやって判断すればいいのだろう。
どんな写真でもそれなりに味があって、良い写真だ、などと言うつもりはない。
世の中には良くない写真の方が圧倒的に多い。


多くの人が運営しているブログの写真は圧倒的に仕事写真ではなく、個人の作品だ。
ブログを見ていると、プロ、アマに関わらず、いい写真を撮る人を時々発見する。
そういう「良い写真」には皆、その人だけの味がある。
「良い写真」を撮る人のブログや作品を長く見続けていると「最近凄くいい写真が続いているなぁ」とか「今日の写真はぜんぜんダメじゃん」みたいなことがだんだんと分かって来る。
いや、正確には、その人の写真が分かるのではなく、自分の写真に対する物差しが出来てくるのだ。
特定の人の写真をそういう目で見続けることは、ほかならぬ自分の写真を評価する最高のレッスンになるだろう。


名の知れた写真家に会うと、どうすれば自分の写真がもっと良くなるのかを聞くのが常だった。
そして何かアドバイスを受けるたびに、自分の写真が乱れた。
もし自分にしか撮れない写真を撮りたいのなら、その答えをひたすら自分に問い続けるしかない、というごくごくシンプルなことに気がついたのは、タスマニアに来て少し時間が経ってからだ。
自分の中から何か本当のものがわき上がるまで、ひたすら自分と自分の写真と向きあうしか道はない。
これは孤独で辛いことだ。
しかしマネをすれば最初から自分の写真に限界を作ってしまうことになる。


最近アメリカの有名なフォトグラファーのインタヴューを聞いていると、彼はこんなことを言っていた。

「長く写真をやっているが、今はフォトグラファーにとって最高の時代だと思うよ。撮った画像をその場で確認でき、35mmカメラのボディサイズで画像はミディアムフォーマットなみのクオリティ。ズームレンズは高性能になりレンズ交換でシャッターチャンスを逃すこともない。これだけいい機材が揃っていて、良い写真を撮れなければ、その責任はすべてフォトグラファーにあるとしか言いようがないね」


耳が痛い。








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Bridgewater, Tasmania










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by somashiona | 2008-07-28 18:22 | デジタル

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