自分にとっての正しい撮り方







自分らしい写真を撮るための方法は人それぞれだろう。
僕が写真を始めたきっかけは人を撮りたかったからだし、それ以外の被写体には長い時間、本当に全く興味を持てなかった。
写真を始めてまだ3年めくらいの頃、メキシコ旅行から日本に帰り、撮影済みのポジを確認したとき、人以外のカットが予想以上に多く驚いてしまった。
人を撮るフォトグラファーとしてのおかしなプライドのためか、心の中で自分を恥じた。
よそ見なんかしている場合じゃない、もっと人を撮らなければ、と思ったのからだ。
もちろんこれは、おかしな考え方だ。
だけど人以外の被写体は、基本的に僕にとって本気の禁じ手だったのだ。


タスマニアで生きるようになってから、僕は風景にレンズを向けるようになった。
美しい風景を見つづけるなかで、もうこれ以上自分のプライドに抗えなくなったからだ。
気持ち的にはタスマニアの大地に降服したということだろう。
もう大人なのだし、素直になってもいいと思った。


驚いたことに、風景を撮るようになってから人物写真に幅が出てきたような気がする。
以前はその人から出るオーラをいかに封じ込めるか、その人を見て自分がどう感じたか、に集中してシャッターを切っていたが、今は被写体となる人物を取り巻く環境に目が向くようになった。
人は生きている環境で作られるのだ。
だから、写真の中にその人が生きている環境を積極的に取り入れたい。


風景写真を撮るとき、僕は人を撮るときと同じ方法でシャッターを切る。
フレームの中から中心となる被写体を見つけ、その被写体を語る環境を写そうとする。
なので必然的にある一本の木のポートレイト、丘のポートレイト的写真になる。
それがいいのか悪いのか分らないが、それが僕にとっての正しいやり方だという事は、間違いないと思う。







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Richmond, Tasmania







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by somashiona | 2008-08-27 09:48 | デジタル

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