「撮れなかった」は負け戦




携帯電話がなって目が覚めた。
時計は午後1時過ぎ。
クライアントに収めるDVDディスクの処理を徹夜でし、ベッドに潜り込んだのは朝の7時頃だった。
電話越しの相手の声は聞き慣れない声だ。
いや、ただ単にまだ寝起きで頭がまったく回転していないだけ。
英語力が乏しい僕のような人間は電話での会話が何よりも嫌いだ。
いつも相手の表情やジェスチャーから会話の内容を推測しているため、顔が見えない相手だと得意の想像力が働かないのだ。
「マナブ、もし可能ならすぐに撮りにいって欲しいんだ、、、」
「あっ、はい、え〜っと、大丈夫です。すぐに撮りにいきます。で、何を、、、?」
「君の住んでいる辺りが凄い山火事になっているという情報なんだが、君は大丈夫なのかい?」
くん、くん、くん、、、そういえばなんだか焦げ臭い、、、。
まだ半分しか開かない目を擦りながらカーテンを開けると、まぶしくて外が見えない。
いや、眩しいからではなく、煙で外が見えないのだ。
まずい、、、寝ているうちに周りが大変なことになっている。
「はい、確かに外は凄い煙です。さっそく撮りにいきます。あ、ところで写真はいつものようにピクトリアル・デスクに送ればいいんですか?」
僕は時々仕事をしているオーストラリアの全国紙ジ・オーストラリアンの編集の人と話をしているつもりでいた。
しかし、この電話はオーストラリアの全国紙ジ・エイジからだった。
オーストラリアのメディアは大きく二つに分かれる。
一つはジ・オーストラリアンなどのマードック系。
そしてもう一つはジ・エイジを代表とするケリー・パッカー系だ。
ジ・エイジからの仕事の依頼は初めてだった。
心臓がバクバクし始め、眠気はどこかへ吹っ飛んだ。


機材を持って外に出ると驚いた。
僕の家から数100メートルの林がゴウゴウと燃えている。
いや、この辺だけじゃない、かなり広範囲の山火事だ。
さっそく火が上がっている方向へ車で向かうのだがすぐに道路封鎖のため前に進めなくなる。
道路に立つポリスや消防士に事情を説明し封鎖されている先へ進もうとしたのだが絶対に僕を中へ入れてくれない。
車に引き返し、最寄りの消防署へ向かった。
この地域一帯の消火活動のメイン司令室があるはずだし、そこには僕に撮影許可を出してくれる責任者がいるはずだ。
責任者を見つけ話をしたが、やはり消火活動の現場へ行く許可は出なかった。
ブッシュファイアー(山火事)が多いオーストラリアでは火災現場に関して数々の規制がある。封鎖されている地域へ入るためにはたとえメディアの人間であっても資格が必要になる。野次馬が消防士の横でピースサインを出して写真に納まるなんてコトはあり得ないのだ。
この資格は消防署が行なうセミナーに参加し、特殊な訓練を受け、専門知識を学び、テストにパスすることによって得られる資格だ。
その資格を得るとヘルメット、防護服、そして消火活動の現場に入れるパスがもらえる。
テレビで消防士が消火活動をしている映像を撮っている人、リポーター、記者、メディアのフォトグラファーたち、この人たちはすべてこのパスを持っている 。
ジ・エイジのエディターに火災現場を撮りにいくと僕は言った。
彼はもちろん僕がこの消火活動の現場に入れるパスをもっているものだと思ったであろう。
まずい、、、撮ると言ったのに、、、責任が、、、。
こうなったらゲリラ作戦しかない。






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既に消火活動が終わり、まだ黒い地面から煙が上がっている林からこっそりと火災現場に近づく作戦に出た。
ワークブーツをはいて出かけたが足の裏に熱が伝わる。
靴が溶けてしまわないか心配だった。






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家が焼けてしまう災難から危うく逃れた人に話を聞き写真を撮るが、火が上がっている絵でないと使われるはずがない。


時間は刻々と過ぎ、焦りはじめる。
そして消防士に見つかり、しこたま怒られ、僕は再びロープの外へ出されてしまう。


ロープの周りで右往左往するが気持ちが焦る一方でろくな絵などまったく撮れない。
新聞の締め切りは通常午後7時前後。
特ダネや重大な出来事に関しては午後11時くらいまで延ばすことが出来る。






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夜の暗闇にまぎれて炎が上がる方向へと林の中から再度潜入を試みた。
煙と熱風に包まれ目からは絶えず涙が流れ、喉が痛む。
炎が舞う道路に出ることが出来た。
日常的に使っている道路なのにその姿はいまや地獄絵だ。
僕の周りに火の粉が舞い、時折炎のかたまりが悪魔の手のように僕を捕まえようとする。
僕は腕時計を見た。
もう夜の7時を回っている。
よほどインパクトのある写真を手に入れない限りもう僕の写真が使われる可能性はない、、、悔しくて、情けなくて、自分に猛烈な怒りを感じた。
そして、突然怖くなった。
どうやってここから抜け出そう、、、?
僕を包む火の粉はさらに激しく吹き荒れる。
まるで冬の北海道の地吹雪のようだ。






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大きな木が轟音とともに何度も倒れ落ちる。
まずい、ひょっとしてひょっとすると、これは本当にマズい、、、。






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炎の中からヘッドライト光が一筋見えた。
見回りにきた消防署のジープだった。
またまたしこたま怒られ、安全地帯に戻った僕は煙が上がる方向を振り向き燃せず、まっすぐ家に帰った。


午後11時少し前、納得のいかない写真を20枚ほど新聞社のピクトリアルに送った後、バスルームで鏡に映る自分の顔を見た。
すすだらけで真っ黒の不機嫌な男の醜い顔が見えた。
シャワーを浴びながらも撮れなかった自分に対する怒りが収まらない。
どんな状況でも受けた仕事はきちんとこなすのがモットーだ。
この仕事をしている人間は「撮れなかった」という言葉だけは決して吐いてはいけない。
くたくたに疲れた身体をくの字に曲げてベッドに横たわったが「負け戦」という惨めな気持ちに苛まれ、眠りにつけぬまま夜明けを迎えた。













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by somashiona | 2008-09-22 13:56 | 仕事

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