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タスマニアに住む友人宅にてNHKのドキュメンタリー番組を観る会があると連絡をもらった。
海外に住む日本人にとって日本の映画やテレビドラマ、またドキュメンタリーなどは日本に住む人が思う以上のお楽しみだ。
番組と番組の間に入るコマーシャルですらかなり真剣に見る。
日本で作られたものを観るのは、僕たちにとってある種のイベントなのだ。


夜、遅い時間に上映会をするお宅を訪れ、そこに集まった5人の日本人でそのドキュメンタリー番組を観た。
タイトルをはっきりと覚えていないのだが小説家の重松清さん(たぶん)が戦争当時、戦場で書かれた日本兵士の手紙を家族のもとへ送り届ける、というような内容のドキュメンタリー番組だった。

クリント・イーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」のように戦争当時、多くの日本兵が家族に親にあてて手紙を書いた。
サイパンやソロモン、ニューギニアのジャングルの中で飢えと病気と敵の攻撃に苦しみながら。
当時、日本兵士が書いた一連の手紙は敵国の兵士によって集められ、日本という国を、または日本兵士の心理を分析する貴重な資料として保存されたが、近年そういった手紙が公開されているらしい。
必ず生きて帰ってみせる、という強い意志を手紙に書き綴っている兵士もいたが、ほとんどの兵士の手紙は遺書と言っていいものだ。

死を覚悟した人間の言葉は簡潔で美しい。
今自分が死んでいくというとき、誰に言葉を残したいか?
独身の兵士は親、兄弟、そして恋人に。
家族のいるものは子供たち、そして妻へ。
死にゆく夫がその妻へ心からの感謝の言葉を述べ、自分がいなくなった後の生活を気遣う手紙が多かったのが僕には正直言って驚きだった。
約半分のカップルが離婚するこのオーストラリア、死を前にして夫は妻にどんな言葉を残すか。
今まで言えなかった不満や愚痴を書く夫の方が多いのでは、、、。(冗談です)

このドキュメンタリーを観て思ったことは心に響くメッセージというものの姿だ。
人は自分の生きた証を何らかの形で残そうとする本能のようなものがあると思う。
写真はその方法の一つだろう。
僕が今こうして書いているブログもまさにそうだ。
僕がブログを書くとき、心の底にいつもあるのは、いつか子供たちがこれを読んでくれるといいのに、という思い。
今僕が死を前にして誰かに何かを書き残すとしたら、筆頭に上がるのはやはり子供たちだろう。

写真を撮る時、それを見て欲しい人がハッキリとイメージできたときは撮りやすい。
メッセージは自分が誰に何を伝えたいか、それがクリアーなほど強くなるのだろう。
ましてやそれが自分の最後のメッセージとなるのなら一語、一文たりとも無駄口は叩きたくないに違いない。

僕は写真を撮る人間だ。
写真で何かを伝えたいと考えている人間だ。
誰に向かってメッセージを発しているのか、意識したい。
自分の撮った写真を50年後に誰かが見るかもしれない、子供たちが見るかもしれない、と思って写真を撮ろう。
たとえそれがヌード写真であってもだ。








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by somashiona | 2008-12-22 23:26 | ソーマとシオナ

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