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ソーマとシオナ Vol.2 文字に夢中

「ねぇ、ダディ。どうして私はグッド・ガールじゃないの?」
「もちろん、シオナはいい子だよ。でも、なぜそんなこと聞くの?」
「だって、ソーマはたくさん字が書けて、本も読めるから、私よりいっぱいいろんなこと知っているけど、私は違うもん、、、」

人はたくさん「初めて」を経験する。
僕の歳になっても、「初めて」はドキドキ、ワクワクするし、悔しい思いや、恥ずかしい思いをすることも多い。
今経験している「初めて」が自分の未来を大きく変える転機になるのかもしれないと思うと、全ての「初めて」はないがしろに出来ない。

子どもたちと時間を共に過ごすと、彼らにとっての「初めて」の波が、数時間ごとに彼らに押し寄せているのを発見し、驚く。
その全ての波が、ひょっとして、ひょっとすると、彼らの将来を決定づける、最初の一歩である可能性があるからだ。

考えてみて欲しい。
アンセル・アダムスが生まれて初めての1カットを写すとき、フィルムをカメラに入れてあげる僕。
まだ小さなイアン・ソープの手を取って、初めてプールに入る。
アントニオ猪木が生まれて初めて取っ組み合いをした相手が僕。
ピアノの前で小さなモーツァルトを膝に乗せ、彼が初めて人差し指で鍵盤をはじく一瞬。

僕の子どもたちの、そういう「初めて」に立ちあっている可能性があると思うと、できるだけその「初めて」をいいかたちで彼らに体験させてあげたいと思ってしまう。
(ただの親ばか)

最近のシオナ、僕の顔を見るとすぐに紙とペンを要求する。
そして何やら真剣に書きはじめる。
あまりにも真剣なので、そういう時は放っておくことにしている。
この日は朝から計算問題を解いていた。
彼らの頭の教育に関しては母親が担当で、僕の担当分野はもっぱらスポーツ、アウトドア。
なので、5歳の娘が計算問題を自分で作り、解いているのを見ると、僕は少し驚いてしまう。

午後からは、海にいこうと約束していた。
普段、週末はスイミング・プールに行く。
でも、今年は親子3人揃ってウェットスーツを買ったので、すでに秋のタスマニアは肌寒いのだけど、それを使いたいばっかりに、張り切って海にくり出す。
(海は無料なので、ダディには優しい環境なのだ)
この日に向かうのは、僕の家から車で約10分のサンディーベイ・ロングビーチ。
ホバートはその周辺にたくさんの美しいビーチを抱えている。
まったく恵まれた環境だと思う。

その日はタスマニアの典型的空模様。
数分ごとに晴れ、曇り、ぱらっと雨の繰り返しだ。

僕もそうなのだが、子どもたちも、海で泳ぐことにまだ慣れていない。
タスマニアの海はとても綺麗なのだが、南極に最も近いせいか、ウェットスーツを買うまでは、見るべきものであって、泳ぐべき場所ではないと思っていた。

30分ほどで、シオナは唇を紫にし、歯をカチカチ鳴らし、ギブアップ。
ソーマと僕はその後も1時間ほど「ウルトラマン・ファイト 海中編」に夢中だった。

海から上がった後はしばらくビーチで遊び、シオナ、また何やら砂の上に書きはじめる。
頭の中は字を書くことで、きっと一杯なのだろう。

ビーチを去るとき、砂の上に書かれた「Shiona」の文字を見た。
僕にはそれが、秋のビーチに、小さいけれど、誇らしげに輝いているように見えた。



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うん、計算はあっているぞ。でもシオナ、数字がちょっと、、、違うような、、、。




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寒い日の海はためらってはいけない。
そう、一気に水へ飛び込まないとビーチから永遠と海を見つめることになる。




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ダディ、水中でもカメラを忘れない。
シオナは息を止めるのを忘れているようだ。




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ソーマはしっかりと息を止めている。
でも、本当は水中で、そういうふうに息を止めない方がいいんだよ。




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眼鏡なしでは自分の指先すらハッキリと見えない、僕。
なので、海写真は構図がめちゃくちゃ。
でも、その方が普段より良かったりする、、、。




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ソーマはゴーグル、ウェットスーツを身につけると、もう気分はすっかりウルトラマン。
きっと本物のウルトラマンの衣装も、ウェットスーツみたいなものなんだろう。




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ビーチを走り回っていたのも束の間、、、




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砂の上に落ちていた鳥の羽を使い、文字の練習。




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でもシオナ、"M"はどこへいってしまったの?




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"U"の後が続かない、、、考え込むシオナ。




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そこで兄の登場!
力の違いを見せつけるチャンス!(兄妹、つねに競い合ってしまう)
放っておきなさい、とソーマに言うが、
"Help"の文字を発見したと、彼は主張する。(自作自演)




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ものの数分で、A~Zを書き上げる。




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シオナ、署名を砂の上に残し




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遊び再開!




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誇らしげな"Shiona"の文字が砂浜に輝いていた。


by somashiona | 2007-03-30 07:15 | ソーマとシオナ

"Calm"- 2

丘のある風景が好きだ。
タスマニアに魅せられた理由の一つは、この「丘のある風景」だと思っている。

青い空、ぽっかり浮かぶ白い雲、もこもこと突き出た緑の丘、そしてその上に白く点々と散らばる羊たち。

もし、あなたの心が「もうお願い!すこし休ませてちょーだい!」と悲鳴をあげたら、この丘と羊の群れを眺めることを、僕はお勧めする。
ここタスマニアは、あなたの心を躍らせる目立ったものはないかもしれないが、あなたの心を落ち着かせ、明日もとにかく頑張ろう、と思わせてくれる何かがあると思う。

僕がこの丘のある風景に憧れるのは、きっと、子どもの頃に観た「ライアンの娘」という映画の影響だろう、と自己分析している。
アイルランドの港町がその映画の舞台だったに違いない。
テレビで1度観たきりの映画だが、ストーリーもシネマトグラフィーも強烈な印象とともに僕の頭の中に定着している。
緑の丘を見るたび、僕はあの映画を思い出す。

タスマニアの、この牧歌的な緑の丘も、夏になると暑さと乾燥のせいで、全てが枯れ草色の世界に染まる。
モノトーンのその丘は、タスマニア独特の変化に富む光を受けて、いくつもの違った顔を見せる。

その光景は、まるで違う惑星を見ているようだ。

僕はその変化になぜか「もののあわれ」を感じてしまう。

そして、そこにはまた、絶対的な「静けさ」がある。







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by somashiona | 2007-03-29 07:48

Melton Mowbray Rodeo - 女たち  Jillaroo

カウボーイがジャッカルーなら、カウガールはジラルー(Jillaroo)だ。

オーストラリアの女性は強い。
これは一般的なオーストラリア女性に対する僕の感想だ。
もちろん、人それぞれで、色々なタイプの女性がいるので一緒くたにはできない。
だが実際、僕の周りにいるオージーの女性は皆強い人たちだし、この土地に長く住めば住むほど、この印象はますます強まるばかりだ。
誓っていうが、「強い」というのは、僕の人間に対する最上級の、褒め言葉だ。

ではどう強いのか?
これを説明するのは難しい。
心が強い、意志が強い、考え方が強い、物言いが強い、身体が強い、運動が強い、ケンカが強い、、、。
どれもそうだが、どれも少し違う気がする。

この土地に来てからもう既に何度も体験している事だが、女性と会話していて運動や健康の話しになると、突然袖をまくって力こぶを作って見せる女性に何度か遭遇している。
彼女たちは、自慢の筋肉を見せ、そのあと決まって、ニャっと笑う。
そう、よくマッチョな男性が女性に対して見せる、あの筋肉むきむきポーズだ。
思春期の女の子も、成熟した女性も、おばあちゃんになろうかという女性ですら、自分の筋肉を自慢げに見せる。
過酷な自然に生きる者たちにとって、強い肉体を持っているということほど、尊いものはなかったはず。
きっと、その考えの遺伝子が、今なおオーストラリア女性に受け継がれているのだろう。
日本では(今ではどうか分からないが)儚い、か弱い、可愛らしい、といったことが、女性の「美」だと思う人が、まだ意外と多いかもしれないが、ここでは強い事がクール、カッコいいのだ。

平日のゴールデンタイムに放映されている、オーストラリアン・ソープオペラの一つに「マクラウドの娘たち」(Mcleod’s Daughters)という人気番組がある。
広大なオーストラリアの大地で牧場を営む姉妹たちのストーリーだ。
番組の撮影はアデレード近辺で行なわれているらしい。
これぞまさに、ジラルーのお話。
颯爽と馬を乗りこなし、羊を追う。
時には一人きりでブッシュキャンプまでこなしてしまう。
こういうちょっとワイルドな女性像に憧れを抱く人がきっと多いのだろう。

ここメルトン・モウブレイ・ロデオ大会には本物の「マクラウドの娘たち」がたくさんいた。
彼女たち、少女でさえも、本当にクールという言葉がぴったりだ。
強く、カッコいい女たちは、こういうふうに育っていくのか、と一人感心してしまった。
そして、目をひんむいた巨大な牛の首にロープを投げかけ、その動きを封じ込めてしまう彼女たちを見ているうちに、「オーストラリアの女性は強い」という僕の考えは、ますます確固たるものになっていった。

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by somashiona | 2007-03-28 07:46

Melton Mowbray Rodeo - 男たち -2 Jackeroo

Jackeroo(ジャッカルー)という言葉をご存知だろうか?

いわゆるオージーイングリッシュ(オーストラリア英語)なのだが、カウボーイたちのことをオーストラリアではジャッカルーと呼ぶ。
言葉をいうのは不思議なもので、その土地で、そこに住む人たちが使う言葉は、それが辞書に載っている意味とは少し違ったとしても、しっくりと納得できる響きがある。
昨日、今日と写真でお見せしている人たちがジャッカルーという言葉を使うとき、その響きがまさに彼らの風貌にピッタリなのが面白い。
昨日ブログで紹介した少年が、僕の口から出たカウボーイという言葉を聞いたとき、一瞬にして僕がよそ者だと悟っただろう。
ちなみに、ジーンズのブランドWrangler(ラングラー)はJackerooのアメリカ版らしいが、僕がアメリカにいたとき、彼らの口からその言葉を聞いた事がないので、アメリカン・カウボーイのことをラングラーと呼んでいいのかどうか、僕には分からない。

言葉と言えば、オーストラリアに住むとまずは「グッダイ、マイト」(Good day, Mate)の洗礼を受ける。これはまさに彼らを表す言葉だ。
僕はここにもう5年住んでいるが、自分の口からこのフレーズを口にする事はあまりない。
それを口にするほど、まだオーストラリアの社会に入り込んでいない気がするからだ。「Finding Nemo」(ファインディング ニモ)という僕のお気に入りのディスニー映画で、ニモがシドニーにたどり着いた時、カモメの集団に追いかけられる。
あのカモメたち、実はマイト、マイト(Mate,Mate)と鳴いているのだけど、日本語訳ではどうなっているのだろうか?
あのカモメが「マイト」と鳴きはじめた時、映画館の中は大爆笑だった。

オージーイングリッシュについて、もう少しだけ語りたい。
オーストラリアに住み、英語にも少し慣れ、ここに住みはじめてまだ間もない、日本の学校英語を話している日本人に、その語学力の差を見せつけたければ、名詞のあとに「ie」をつけるといい。
Australian → Aussie(オージー)、Tasmanian → Tassie(タジー)、Barbecue/BBQ(バーベキュー) → Barbie(バービー)、Football → Footie/Footy(フーティー)、 Sick → Sickie(シッキー)(明らかに仮病だろう、と思わせる病欠)、、、挙げるときりがない。
夏の平日のビーチで浜辺に寝転がる人たちに「今日は仕事休み?」と聞くと、「I took a sickie today」と言ってウィンクするだろう。

このロデオ大会の会場で1万回ほど耳にしたのは、親や観客が参加者にかけるねぎらいの言葉「Good on yer!」(グッド オン ニャ!)(Good on you!),「でかしたぞ、よくやった!」というような意味の言葉だ。
訛の強いこのオージーイングリッシュがあちこちで聞こえる。

自分の父親や兄を見つめる少年たちの眼差しが印象的だった。
彼らの憧れのヒーローは映画スターや有名サッカー選手ではなく、いつもそばにいる人たちだ。
それは、目の前で華麗に馬を乗りこなし、暴れ狂う牛にロープをかける父や兄なのだ。

晴れの舞台で、思うように馬を操れず、涙をこらえる息子の肩に手をかけ「グッド オン ニャ」と声をかける父。
それ以上の優し言葉があるだろうか?



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by somashiona | 2007-03-27 09:07

Melton Mowbray Rodeo - 男たち -1

以前から話しには聞いていた。
メルトン・モウブレイで、年に一度、ロデオ大会があると。

オーストラリアで最も古い国道、ヘリテイジ・ハイウェイ(国道1号線)を、ホバートから北へ車で約1時間走らせた(時速110kmで)場所にある、小さな町だ。
11月、初夏のタスマニアは快晴。
メルトン・モウブレイで国道を降り、砂利道を少しだけ走ると、羊の牧草地の中にインスタントに作られたロデオ大会の会場があった。
辺りを見回すと、テンガロンハット、ジーンズ、ブーツ、馬で溢れ、競技の模様を実況解説する声がスピーカーからガンガンと響き、それに混じってカントリー&ウェスタンの美しい歌声が微かに聞こえていた。
この現実離れした光景に、僕は言うまでもなく胸が高鳴り、よほど目をぎらつかせていたのか、それとも、完全に場違いな格好でカメラを持ってうろついている東洋人は僕だけだったせいか、周りの人たちからの遠慮のない視線をビシビシと感じていた。
写真を撮るためなら、どこまでも卑しい人間になれるフォトグラファーという人種は、そんなことでは引き下がらない。

目の前でロデオを見るのは初めてだった。
牛たちに容赦なく鞭を叩きつける、ビュン、ビュンというその音は凄まじく、その行為に正直いって、胸が痛んだ。
でも、それが彼らの伝統。

メディアの申請もしていないのに、いつもの癖で、人を押し分けづかづかと前に進み、撮影のためのベストポジションを確保する。
こういう時に遠慮がちな行動をとると周りの人たちからヒンシュクをかうが、堂々と行動すると、なぜか人は場所をゆずってくれる。
たぶんオフィシャルか報道関係の人間だろうと誤解するのだろう。
まったく我ながら、図々しいといったら、ありゃしない。

時々、カウボーイたちのパフォーマンスに人々は歓声を上げるが、僕には今ひとつそのツボが掴めず、何を撮っていいのか戸惑う。
僕がシャッターを切る瞬間と彼らが歓声を上げる瞬間が噛み合ないのだ。
まあ、いいではないか。
僕はどういう訳か、何かしらの催し物を撮影するとき、メインとなるものよりも、その周辺の人たちに心奪われる。
観光写真を撮っていたときは、集合写真を横目に一服する観光バスのドライバー。
リングサイドで女子プロレスを撮っているときは、それを観戦する、熱狂的ファン。
大事件が起きて記者会見があるときは、それに群がる報道陣たち。
僕はへそ曲がりなのだろうか、、、。
でも、この日のように、仕事で写真を撮っているわけでないときは、自分の心に従う。
そのほうが楽しいのだから、仕方がない。

ロデオ競技そのものの写真は早めに切り上げ、他の被写体を探しはじめた。
すると、僕の正面を歩いてくる一人の少年に目が引きつけられた。
少年というより、小さな子どもだ。
きっと5歳前後ではないか?
ラフな男たち、タフな女たちで溢れるこの会場内で、色白の彼は体内から光を発散させているようだった。
歩いてくる彼を数カット撮った後、声をかけた。
「テンガロンハットにブーツ、なんだか君もカウボーイみたいだね」
すると彼は立ち止まり、数秒間僕の顔を見つめ、胸を張ってこういった。
「そうさ、見りゃ分かるだろ!カウボーイ。僕はカウボーイさ!」
あまりに真っ正面から、正々堂々と言い切ってしまったので、僕は一瞬きょとんとしてしまい、それから思わず微笑んでしまった。
「オーケイ、そうだね。君は誰が見たってカウボーイだよ」
すると彼は満面の笑みを浮かべ、すたすたと僕の前から去っていった。

数時間後、図々しい僕はこのロデオ大会の運営者を紹介してもらい、出場者たちが控える場所に入り込み、選手たちの競技前の表情を追いかけていた。
すると、先ほどの男の子がヘルメットをがぶり、馬にまたがっているのを見つけた。
なんと、彼もこの大会に出場するのだ。
彼が先ほど自信に満ちた表情で、自分はカウボーイだと言い切ったわけが納得できた。
彼に一言「頑張れ」と声をかけたかったが、闘志みなぎる彼に言葉をかけられなかった。
いよいよ彼の出番だ。
こんな小さな子が、どんなふうに馬を走らせるのだろう?と僕は期待でいっぱいだった。
彼のお姉さんらしき女の子が手綱を引いてゲートから走り出した。
お客さんから大歓声が響く。
彼は今にも馬から落ちそうだったが、歯を食いしばって馬にしがみつく。
そして、無事に戻ってきた。
拍手喝采。
満足気な彼の表情は、そこにいた全てのカウボーイたちのものと、まったく同じだった。


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by somashiona | 2007-03-26 09:23

ソーマとシオナ Vol.1

僕は写真を撮る事が好きだが、それと同じくらい写真を見るのが好きだ。
どういう訳か大御所の先生と呼ばれる方々が撮った写真より、高校生がキャーキャー言いながら撮った写真、足腰の弱ったおばあちゃんが公園のベンチに座って撮った写真、初めての子どもを授かったママが飽きもせず毎日写す同じような写真の数々、、、こういう写真にハッとさせられる事が多い。

頭にこびり付いて離れない写真がある。
写真を学んでいた当時、僕はハリウッドに住んでいた。
当時ハリウッドは華やかどころか、映画スターを夢見て世界各国から集まった若者たちが、夢破れ、身を売り、ドラッグに手を出し、人を殺す、危険きわまりない場所だった。
一方、隠れた才能にあふれる街でもあった。
メチャクチャな生き方が許されるその街は他人の目を気にせず、自分の世界を追求するのにはもってこいの場所だったのだと思う。
1週間以上、誰とも口をきかず、暗室作業に没頭するなんていうことが、当時は度々あった。
僕の住んでいたアパートの男性住人の80%以上はゲイだった。
その中でも特に僕と仲の良かったMGは自称画家、ダンサー、俳優、そしてフォトグラファーだ。
ハリウッドでは好きなように自分を名乗れる。
僕がアクターだと言えば周りの人間はアクターとして付き合ってくれるだろう。
でも、誰も他人の事など信じてはいなかった。

ある日、彼はカメラのマニュアルを手にして深刻な顔で僕の部屋のドアの前に立っていた。
「マナブ、最近思うように写真が撮れないんだ。それでカメラの事をもう一度勉強しようと思ったのだけど、シャッタースピードとアパチャー(絞り)のコンビネーションって何の話し?」
彼は既に40歳過ぎ。
それでそんな質問をするものだから、僕は彼の写真を見たいなどとは思った事がなかった。
かつてチャップリンや売れる前のジョニー・デップが住んでいたといわれるそのアパートの地下にはストレージ(物置)として用意された広い空間がいくつもあり、その一つをMGは自分のフォトスタジオとして使っていた。
フォトスタジオといっても、壁は一面カビだらけで、薄暗く、水の滴る音がつねにどこからか聞こえるような場所だ。
工事用に使うハロゲンライトが無数に置かれた(彼はストロボの使い方など知らず、値段も安く、目で光を確認できるハロゲンライトを好んでいた)その空間は友人の僕でさえ、二人きりになると身の危険を感じてしまう独特の空気が漂っていた。
彼の情熱は、毎晩ストリートにくり出し、若い男をハントし、このスタジオに連れ込み、自慰させ、射精の瞬間をフィルムに収める事だった。

シャッタースピードとアパチャーの関係を説明する際、彼は自分のポートフォリオを持ってきた。
ポートフォリオといっても、カラープリントされた8x10サイズの写真が無造作にファイルされたもので、その厚さは高価な百科事典ほどあった。
どんな内容なのか事前に知らせれていたので、イヤだなぁ、と思いながらそのフォリオを開くと、目が釘付けになった。
そこには、美、エロス、情熱、陶酔、愛、衝撃、全てがあった。
若い男の身体を心から愛する彼でなければ見えない視線が、たしかにあった。

僕は何が本当に好きなんだろう?
何を心から見たいと思っているんだろう?
彼の写真を見て以来、その事をつねに考えるようになった。

写真を学んでいる学生さんから写真を見て欲しいと言われる事が時々ある。
人の写真に意見するような立場ではないのだけど、なにせ、写真を見るのが好きなので、いつも喜んで彼らの作品を見せてもらう。
僕が彼らの作品を見る前に、無意識に期待しているのは、彼らにしか見えないものだ。
フィルターやフィルムのテストシューティングのような写真や、「道」みたいなタイトルのモノクロの重たい写真だったりすると、少しだけガッカリしてしまう。
例えば「道」のような写真を撮った19歳の少年がいたとして、彼が今一番夢中なのは付き合ったばかりの彼女だということが分かれば、僕は彼がその彼女を撮りまくった写真を見たいと思うだろう。
見る前から、面白い写真だと断言できてしまう。
僕は写真にそういうものを期待してしまう。
誰かの目を通して、その人が味わった感動、喜び、悲しみを疑似体験したいのだ。

さて、こんなに長々と前置きをしたのには訳がある。
今日の写真は僕のブログをみて頂いている皆さんをガッカリさせてしまうと思うからだ。
でも、早い段階で打ち明けておきたい。
僕がこのブログをはじめた理由は、タスマニアで成長する僕の子どもたちの姿を記録したかったからだ。
そう、まさに「タスマニアで生きる、親バカ日誌」だ。
ブログという場で自分の家庭の内情を暴露するのもなんだが、僕は子どもたちに土・日の週末しか会えない。
僕は毎週末を100%子どもたちに捧げている。
おかげで、見えないものが少しだけ見えるようになり、子どもと共に僕も成長し、タスマニアという土地にますます感謝するようになっている。

僕は写真に情熱を捧げているが、もし家が火事になってネガやデータが入っている箱を一つだけ外に持ち運べるとしたら、迷いなく子どもたちの記録をが入った箱を選ぶと思う。
彼らを撮る僕の写真こそが、まっすぐな僕の目だと思っている。
これからも子どもたちの写真をたくさんアップしていきたい。
退屈するかもしれないけれど、もしよかったら、見て頂きたい。



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ソーマ、7歳


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シオナ、5歳 


僕は彼らから、ダディと呼ばれている。
日本でダディと呼ばれるのは、郷ひろみくらいだろうが、ここでは僕のようなぱっとしない父親も、ダディなのだ。
二人が話せる日本語は「おはよう」「おやすみ」「こんにちは」くらいだ。
時折、「ごちそうさまぁ〜!」と叫んで食事をはじめる二人を見て、ガクッとしてしまう。



2006年は毎週末、自転車の特訓に明け暮れた。
子どもたちの自転車特訓には思い入れがあった。
僕が初めて自転車に乗れるようになったのは、シオナと同じ歳の頃。
運動グランドで母が何度も何度も背中を押してくれた。
僕も何度も何度も転んだ。
乗れたときの喜びは、今もなお鮮明だ。
僕の背を押す母の手の感触すらまだ感じる。
そして今、僕は同じ事を子どもたちにしている。
きっと子どもたちもこの思い出を忘れないだろう。
そして、彼らが彼らの子どもたちの背を押すとき、僕と同じ思いを抱くに違いない。
この小さな努力が親子の絆をつくるのだと思う。

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まずは、兄のソーマが手本を見せる。兄の力を誇示する絶好の機会を彼は見逃さない。


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兄のワンマンショーが何週間か続く。


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シオナはただただ、走って、兄を追いかけるばかりだ。


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しかし、この日のシオナは違った。
もう、兄を追いかけるのにはうんざりだ。
顔には、今日こそやってやるぞ、という闘志がみなぎっていた。


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ソウマがデモンストレーションをしている間、巨大な客船がホバートの港に寄港した。


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船の写真を写そうと立ち上がると、フレームの脇に、自転車に乗れず、悔し泣きをするシオナの顔があった。


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今度こそ、絶対に成功させてやる!


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でも、カメラを向けるとこの笑顔。フォトグラファーの父を持ってしまった子どもの宿命か?


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顔も、手も、身体も擦り傷だらけ。


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しかし、ついにやったぁ〜!一人で乗れたぁ〜!
周りの人たちが僕たちを見て笑いながら手を叩いているのに気がつく。
ハシャイでいるのは子どもたちではなく、僕のほうだった。


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シオナ、得意げな顔。


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兄のソーマも大満足。


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シオナ、よく頑張った!

by somashiona | 2007-03-23 11:30

オーストラリアン・ナショナル・マウンテンバイク・シリーズ−1

2年ほど前からハマっていることがある。
マウンテンバイクだ。

当時働いていた職場を去って、再び写真の仕事をはじめたいという思いをボスに話すと、しばらくは間違いなく貧乏生活が続くだろう、と彼は心配してくれた。
「でもね、マナブ、ここホバートは自転車とご飯を食べさせてくれる友達さえいれば、なんとかっやっていけるところさ。実際、僕もそうやって何年か過ごしていたよ」
約一ヶ月後もその言葉がなぜか頭から離れず、職場の近くの自転車屋さんにブラッと立ち寄り、1台のマウンテンバイクに一目惚れした。

小学校以来自転車など乗ったことがなかった。
子どもの頃、自転車は足の延長であって、辛いとか、大変だなどという記憶は、僕にはまったくない。
でも、乗りはじめてすぐに1000ドル以上もするバイクを買ってしまったことを深く後悔した。
ホバートは坂だらけの街、加えて僕の住む場所はマウント・ネルソンという山の上だ。
どこへ行くにしてもこのくねくねの坂道を永遠と自転車で登るハメになる。
それでも泣く泣く続けると、1ヶ月もしないうちに身体は引き締まり、体重もみるみる落ちていった。
その頃、バイクで走るのは常に普通の道であって、山の中のトラックを走ったことはなかった。
そんなことは最初から考えていなかったし、マウンテンバイクのダウンヒルなどは頭のおかしい人間のお遊びだと思っていたからだ。
しかし、山を経験した後、考えがまったく変わった。
あの美しいタスマニアの自然の中を、汗だくになって駆け抜ける体験は、快楽とよんでもいいだろう。
(僕は快楽にひれ伏してしまう傾向がある)
しかし、快楽にはリスクがつきもの。
代償として腕、足はつねに擦り傷が絶えず、一度は頭を強打して、救急病院にも運ばれた。
このたぐいの話しをはじめるときりがないので今日はここで終わりにするが、マウンテンバイクのおかげで、このタスマニアをますます好きになっているのは事実だと思う。

今日お見せする写真はタスマニアのグレノーキーという場所で2006年11月に開催された「オーストラリアン・ナショナル・マウンテンバイク・シリーズ」の模様だ。
ローカルのライダーだけではなく、オーストラリアのトップライダーも顔を見せるチャンピオンシップだ。
そのレベルの高さには息をのむ。
この写真は今後何度かにわけてお見せしたい。

実はこのマウンテンバイク・シリーズを撮る前、オーストラリアのF1レーサー、マーク・ウェバーが主催する「マーク・ウェバー・ピュア・タスマニア・チャレンジ」というアドベンチャー・レースの取材で1週間にわたりタスマニア中を廻った。
取材自体は超ハードだったが、充実した時間を感動的な人たちとともに過ごすことが出来た。
しかし一方で、マウンテンバイクの躍動感溢れる絵が撮れなかったという個人的な課題が残った。
マーク・ウェバー・チャレンジには各国からのメディアが参加し、他の国のフォトグラファーたちと有意義な情報交換をしたが、強烈だったのはオフィシャルとして働いていたGettyimages(ゲッティイメージズ)のフォトグラファーだった。
ゲッティイメージズは今や世界でも最大級のフォトエージェンシーで、世界中にトップクオリティーの写真を供給している。
驚いたことにオーストラリアでのゲッティイメージズ・スタッフ・フォトグラファーは7人くらいしかいない、と彼はいう。
政治、芸能、スポーツなどとそれぞれの専門があるので、そういう意味では彼はオーストラリアのスポーツ・フォトグラファーとして、トップクラスの人物だろう。
サッカーワールドカップはもちろん、つねに世界中を撮影で廻っていると言っていた。
幸運なことに、1週間、僕は彼と二人で行動を共にし、マーク・ウェバー・チャレンジを追った。
この話しはいずれマーク・ウェバー・チャレンジの写真を紹介する際に詳しくするが、今ここで言っておきたいことは、彼の撮るための執念は半端なものではなかった、ということだけ伝えておきたい。それはもう、半端じゃない。
この時、彼から学んだ一番大切なことは、「安全な写真ばかり撮っていては、それがどんなにいい瞬間であったとしても、世界では通用しないさ」と言った彼の言葉だ。
"Manabu, take a risk!!"と彼はよく僕に言った。
仕事で写真を撮っている時、決定的な瞬間を1/8で流し撮りする、というようなリスクを負って写真を撮れ、ということだ。
これがどんなに恐ろしいことか、仕事で写真を撮っている人は痛いほど分かるはずだ。
失敗が許されないプロの世界で、それをやってのけるということは、凄まじいほどの技術的自信を持っているということに他ならない。

このマウンテンバイク・シリーズの撮影は、新たな撮影技術を身につけたいという思いでいっぱいだった。

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by somashiona | 2007-03-22 10:40

"Calm" - 1

「タスマニアで生きる人たち」というお題目を立てておきながら、第5回目にして早くも趣旨から脱線するが、今日はタスマニアの風景を見ていただきたい。

ここタスマニアに来るまで意識して風景写真というものを撮ったことがなかった。
僕にとって写真とは、人が写っているもの以外の何ものでもなかったからだ。

オーストラリアに移住し、安住の地を求めてブリスベンから東部を中心に旅した。
毎日がテント生活で、娘が初めて自分の足で立ち上がったのもテントの中だった。
なかなか納得のいく場所が見つからず、ついに南の果てタスマニアまで来てしまった。
そして、この土地に一目惚れ。

ここタスマニアは光が美しい。
空を見上げているだけで、そのめまぐるしく移り変わる光や雲に心を奪われ、飽きることがない。
人、森、川、海、丘、大地、すべてが素朴で温かい。
ニューノーフォークという小さな町に居を構え、新しい生活がはじまった。
同時に僕の写欲も沸々と沸き起こった。
撮りたいと思ったのは、人ではなく風景、という自分の感情に、正直驚いた。
タスマニアの冬の静けさを撮りたい。
3ヶ月間限定で風景を撮ってみようと思った。
テーマは "Calm" 静けさ、だ。

ちなみに僕はテーマが見つからないと、なかなか写真が撮れない。
仕事の写真はテーマを与えられるので、純粋にそれに従えるが、個人的な写真は情熱を持って追いかけられる、このテーマを見つけ出すことが難しい。
本当にこれを撮りたいと思っているか?
時間やお金をかけてまで、それを追いかける価値があるのか?
それは本当に自分の心の奥底から沸き上がる欲求なのか?

朝くらい時間に起きて、車で走り回り、日が落ちたら家に帰る。
思いがけない発見がたくさんあった。
観察することの大切さ。語りかけてこない相手の声を聞く態度。
自分との対話。忍耐。素早さ。読み。
自分のイメージするモードにどうしても感情移入できず、諦めて家に帰ってしまうことも度々だった。
たった3ヶ月間だったが、1年間旅をしたような気持ちになれた。
人を撮るのも、自然を撮るのも、同じ態度でのぞまないと欲しい物は手に入らなのだな、と感じた。

写真の新たな楽しさを発見し、さらに写真に恋してしまった。


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by somashiona | 2007-03-21 09:27

トニー・ブル

ドアのベルを押す手が震えていた。
全身が緊張の固まりだった。
一体どんな男だろう?

前日、オーストラリアの全国紙、The Australian、のデスクからアサイメントの依頼が来た。
サブジェクト:トニー・ブル
記事の内容:オーストラリアでもっとも悪名高いタスマニア・リズドン刑務所に17年間服役していた男がその独房での体験を語る。
コンタクト・ナンバー及びアドレス:ーーーーー。
ジャーナリスト:なし

この新聞の仕事を受けるのはこれで2回目だった。
1回目の仕事は自分としては60点の出来。
この点数はプロとしてのクオリティーはクリアしているが、自分も依頼主も感動するというまではいかない内容。
この1回目の仕事を終えた時点で、もうこの新聞の仕事は来ないだろうと肩を落としていた。感動、驚き、涙を与えられなければプロじゃないし、一度のチャンスでそれを見せられなければ、ここでは通用しないのだ。
それを見せられる技量を持ったフォトグラファーがごまんといて、皆ひょっとすると自分に訪れるかもしれないチャンスのために、諸刃の剣を磨いている。
この小さなタスマニアは特にそうだ。
メディアの仕事を依頼されるフリーランスのフォトグラファーはたったの3〜4人しかいない。
皆、その道のベテランたちだ。
日本人の、しかも語学もままならないフォトグラファーに依頼主が期待するのは今までにない感動だろう。

しかし、考えてみて欲しい。
日本に住む外国人フォトグラファーが新聞から仕事の依頼を受けるとする。
もとコメディアンのそのまんま東という男が県の知事になった。
驚く写真を提供して欲しい。
そのまんま東という名前を聞いた時点でフライデー襲撃事件、淫行事件、かとうがずこ、北野たけし、などというキーワードが頭に浮かばなければ、いい写真を得るのは難しいと思う。
報道写真はその背景となる知識や認識がどれだけあるのかが重要なのだ。
オーストラリアに住み、まだ5年の僕にはそれがない。

ドア・ベルを押すとき、いいストーリーを読者に伝えようという使命感よりも、自分の写真を認めてもらおう、という薄汚い煩悩が脳みそから溢れていた。

ドアがゆっくりと開いた。
薄暗い室内から浮かび上がったのは二つの鋭い眼差しだった。
「ヨシっ!いただきだ!」と心の中で叫んだ。
この目、この顔、このオーラ、いい写真が撮れないはずがない!

通常こういったアサイメントは15分から30分くらいで撮影を終わらせる。
でも、今回の仕事は締め切りまで数日間余裕があった。
僕はカメラを脇において彼と会話をはじめた。

見た目は怖いが、話し始めるとすぐに、彼が繊細で、自分に自信がなく、誰かに認めてもらいたがっているタイプの人間だ、と感じた。
歳を聞くと、僕と同じだ。子どももいる。
突然、親近感が湧いた。
その彼が17年間、自分の人生を失ったのだ。
17年間。
いったい何をしでかしたのだろう?
きっと誰かを殺したに違いない。
彼の刑務所での経験、子どものこと、将来のことなど話し合い、彼も心を開きはじめた。
でも、何をして刑務所に入ったのかは最後まで聞かなかった。
なぜか、それが礼儀だと感じたからだ。

「あの檻に閉じ込められれば、どんな善人だって悪人になるさ。奴らはオレたちをクズとして扱い、オレたちがどんなにクズで、これからもクズであり続けるってことを徹底的に叩き込むのさ」

「そういった扱いに対して俺たちは煮えたぎる怒りを感じるけれど、何も反論が出来ない。凍りつくような夜にブランケット一枚しか与えられなくても、人としての権利を主張できない。なぜだか分かるかい。オレたちには学がないのさ。感じたことを筋を通して、理路整然と伝える言葉を知らないんだ。そこでオレは本を読みはじめた。オレたちの主張を代弁する役割を担った。そして結果的に何度も独房に入れられたわけさ」

「出所してからすぐにオレは大学に行きはじめた。笑うかもしれないけれど、ムショを出るまで勉強だなんて気取った奴のする時間の浪費だと思っていたよ。最初の数ヶ月は黙って椅子に座って、人の話を聞くってことが苦痛以外のなんでもなかったよ。だってさ、子どもの頃から人の話しなんてろくすっぽ聞いたことないんだから。でもね、オレ、どうしてもソーシャルワーカーになって、オレたちのような人間を救いたいんだよ」

彼は失った人生を必死に取り戻そうとしている。
これからの人生を誰かの役に立ってすごしたいと思っている。
シャッターを押すのに十分な動機は揃った。
もう僕の頭の中からは、自分の写真を認めてもらいたい、という煩悩が消えていた。

彼の写真を撮りはじめる時間だ。


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by somashiona | 2007-03-20 08:10

ホバート・スナップショット Vol.1

写真、と一口に言ってもそこには色々な分野がある。
僕がLAで写真を学んでいた時に撮っていたのは日本人観光客の写真。
東京ではいわゆるスポーツ写真。
そして今は新聞・雑誌等の報道系とポートレイトが多い。
どれも面白いし、どれも難しい。

でも、僕が一番情熱を燃やしている分野の写真は、スナップショット、だと思う。

カメラを持って街にくり出す。
街といっても人口約19万人のホバート。
日本と比べると、あまり人が歩いていないし、カメラを持って目を光らせていると、目立ちすぎる。
光が悪い、周りに車が多すぎる、背景がごちゃごちゃし過ぎ、などなど思い通りにスナップショットが撮れない言い訳は山ほどある。
でも、自分にいつも言い聞かせていることは、きちんとアンテナを立て、人々の姿やそれを取り巻く状況、光や影を観察し、そして何よりも自分の心が何に反応するのか、に対して敏感に、そして素直でいればいいスナップショットが撮れるはずだ、ということ。
更に付け加えるなら、写真撮影の技術。
これが向上すればするほど狙った獲物を捕らえる確率が上がる。
僕は自分の写真に行詰りを感じたり、写真ならではの行為に飢えると、スナップを撮りに街へくり出す。
街は写真の道場だ。

毎日見ているこの小さなホバートの街も自分のスナップショットを通してみると、新しい発見がある。
いつも観光案内や雑誌、パンフレットでみる街の写真というのは、笑顔溢れる人々が買い物袋を一杯にして毎日がクリスマス状態のオーラを放っているタイプの物だ。
それが悪いわけではないけれど、それは街の本当の姿からはかけ離れていると思う。
街は浮気をしている夫やムカつく上司を思い、もしくは銀行の残高や出すぎたお腹を考え、顔を歪めている人たちで溢れている。
そしてその顔がその時代を反映する顔だ。
写真の大切な使命の一つは、記録、であるはずだ。
もし、今僕たちが住む街の素顔を誰も記録しなかったとしたら、50年後、100年後、人々はかつての街の空気をどう知り得るのだろうか?
観光案内やお役所に委託された写真家がモデルさんを使って撮った写真を信じろというのだろうか?

どこの街でもその街の活気を醸し出すのは若い女性たちの笑顔やおしゃべり、そしてファッションだったりするが、ここホバートの街のムードを造り上げているのは、お年を召した人々ではないか、とうい気がしてならない。
決して否定的な意味で言っているのではなく、彼らの存在がこの街をしっとりと、重みのある落ち着いた印象にしている、ということだ。
僕はお年を召した人々が幸せそうに見える街は、いい街であるに違いない、といつも直感的に思ってしまう。
ここホバートはまさにそういった意味で、いい街だ。

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by somashiona | 2007-03-19 14:57

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