<   2007年 04月 ( 19 )   > この月の画像一覧

壁画の街 シェフィールド 1

1985年、町の青年たちによって小さな組織が作られた。
組織の結成の目的は、彼らが住む小さな町、シェフィールドの救済だ。

この頃、農業を中心とする一次産業に支えられたタスマニア北西部の町シェフィールドは、経済の急速な下降線に比例し、町の人口が激減し、ゴーストタウンになりつつあった。

このままでは町が消えてしまう。

10人にも満たない組織のメンバーは知恵をあわせ、住み慣れた自分たちの町の魅力を深く、深く掘り下げていった。
ブラシと絵の具を使って、灰色に沈み込むこの街を、もう一度鮮やかに描きあげるアイディアが浮かんだ。

シェフィールドを壁画の町にするのだ。

1986年、この町の記念すべき最初の壁画が完成した。

その後、壁画の数が増えるとともに、この町で足を止める人も増え、みるみるうちに町は活気を取り戻した。


世界遺産であるクレイドル・マウンテンまでこの町から約一時間。
幸運なことに観光バスもこの町をクレイドル・マウンテンへのツアーの途中の休憩地点にしはじめた。
休憩時間、観光客は町の中をぶらぶらと壁画を見ながら歩き、そこでコーヒーを飲み、ランチをとる。

壁画に描かれている内容は、主にこの地方の歴史や文化だ。
なので壁画を見ながらこの町を歩くことで、ガイドブックの説明なしに、この地方のあゆみを知ることができる。


 


町の青年たちは自分たちの努力を誇らしく感じた。
子供の頃から都会へ抜け出すことばかりを夢見ていた彼らは、この町を愛しはじめた。
そしてこの町を離れていった若者たちが、少しずつだがこの町に戻ってきた。





現在、人口約1000人。
町を彩る壁画の数は47以上。
タスマニア・アウトドア・アート・ギャラリーとも呼ばれるタスマニアを代表する観光地になっている。




僕はなぜだか自信を取り戻したこの町に惹かれる。
失いかけた自分を取り戻した人のプライドを、この町に感じる。
この町は、時間をかけて撮りためる、僕の大切な被写体の一つになった。






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by somashiona | 2007-04-30 12:04 | デジタル

タスマニアの驚く人

カメラを持って獲物を探し求めるときは、身体の中の、いつもは使わない機能が動き出す。



僕は寒がりの人間だが、撮影中に寒さを感じることはほとんどない。



僕は比較的温厚な性格だと思っているが、獲物を撮り逃すと腹が立ってしかたがない。



英語で話しをするときと日本語を使う時の自分の人格が少し違うように、カメラを持つと人格が少しだけ変わるようだ。



知らない人にレンズを向けることができるのも、カメラを手にしているからであって、カメラを持っていなければ、道を尋ねるのも躊躇する。



レンズを向けられた知らない人たちは、あたりまえだが、驚く。



だが時には、あまりの大きな驚き方に、撮っている僕の方が驚いてしまうことがある。








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娘のウェディングドレスに、暫し目を潤ませていた新婦の母。
ハンドバックからハンカチを取り出そうと娘から視線を外すと、彼女のすぐ横で僕のレンズが待ち構えていた。





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by somashiona | 2007-04-28 13:12

ソーマとシオナ Vol.4 合い言葉は「アドベンチャー」

子どもたちと僕の週末の合い言葉、それは「アドベンチャー」だ。
毎週末の僕たちの時間は彼らにとって遊びではなく、スリルと危険が待ち受けるアドベンチャーなのだ。

僕にとっての確固たる父親のイメージは、自分の父親からきたものではない。
もちろん、愛すべき父親だったが、アドベンチャーというタイプではなかったと思う。
僕の頭の中にある父親のイメージは昔々、テレビコマーシャルで観た「わんぱくでもいい、たくましく育って欲しい」というやつだ。
たしか、丸大ロースハムの宣伝だったと思う。
山の崖を必死に這い上がる息子の手を大きな手の父親ががっしりとつかみ上げるあのイメージだ。
父親たるもの、そうありたい。
しかし、実際の僕はタスマニアに来るまでは山を歩いたとこなど、ほとんどなく、色白で病弱だ。
丸大ロースハムのお父ちゃんとはほど遠い。

この日「ダディが本物のアドベンチャーを教えてあげるから、ついてこい!」と息まいて、夕方から30分の予定でマウント・ウェリントンのトラック(散策道)へ出かけた。
ホバートを見下ろすマウント・ウェリントンはこの街のランドマークであり、ボバート市民から愛されている山だ。
僕の家からも車で約15分ほどでいける場所で、山の中には無数のトラックがある。
事前に地図で調べておいたトラックはほぼ直線でそんなに急斜面もなく、途中までいって引き返せば、子供たちでも音を上げることなく歩け、暗くなる前には車にたどり着けるだろう、という腹づもりだった。
実際に歩いてみると、子供たちは予想よりも早く、しっかりと歩け、途中で引き返さないで最後まで歩こう、と計画を変更した。
目的地に到着した。
後は車を止めた場所まで来た道を引き返すだけ。
日が暮れる前に車に戻れるだろうかと、すこし不安になりながらトラックを歩いていると別のトラックが目に入った。
方向的には車に戻る近道のように思えた。
おまけに、おいで、おいで、と僕たちに手招きをしているようだ。
思いきってそのトラックに入ってしまったのが運のつき。
このまま行けばすぐに車の走る道路に出られるな、と最初は思ったが森の中の道はどんどん複雑になり、分かれ道に何度も遭遇し、気づいた時には引き返す道すら分からなくなってしまった。
「やばい、これはやばいぞぉ」とマジで思いはじめた。
子供たちはどんどん険しくなる道を見て、「ダディ、これって本当のアドベンチャーだねって」とニコニコしつつも、歩みが極端に遅くなってきた。
特にこのとき4歳のシオナは顕著だ。
このアドベンチャーをはじめたときは「危ないからゆっくり歩くんだよぉー」と優しく言っていたダディも、もうその頃は「止まるんじゃない!歩き続けるんだぁー!」と叫ぶ始末。
日も沈みはじめ、気温が急に下がってくる。
なのに僕らはジャケットも水もチョコレートも持っていない。
以前タスマニアでツアーガイドをやっていたときは、お客さんに「タスマニアはどこからでも簡単に自然の中に入っていけるけれど、甘く見ると危険な目にあうので、必ずきちんとした装備で出かけてください」とさんざん言っていたのは自分なのに、、、。
子供たちがシュンとなってきた頃、突然携帯電話が通じる場所に出た。
しかし、よりによってバッテリーの残量はあと少し。
この山に詳しい友人に、出てくれ、出てくれ、と神頼みしながら電話した。
電話に出てくれた!
電話先の彼女の手元にあるこの山のマップで誘導してもらいながら、やっとトラックから一般道に出れた。
あとは駐車場まで歩くだけ。
結局、3時間半のブッシュウォーキングになってしまった。
まさにアドベンチャー。
さすがに子供たちも疲れたようだけど、こんなに長く山の中を歩いたことがなかった彼らは、このアドベンチャーでブッシュウォークの自信がついたようだ。僕は僕でこの日以来、山に入るときは短い時間の散歩でも、必ず地図、防寒具、チョコレート、ビスケットなどの食料、そして水を持つことにしている。



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この後何が起こるのかまだ知らない余裕の笑顔。



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誰に教わったわけでもないのに、山に入ると子供たちは必ず杖になる木を探し出す。
これも人間の本能の一つなのだろうか?



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山の中はまさにフィールドアスレティック。



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ブッシュウォーキングでは大人は少しでも体力を消耗しないように歩くが、子供は常にジグザクに歩く。



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後半、さすがに彼らも疲れ気味。



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ソーマは気に入った風景を見つけると、なぜだかいつも僕に写真を撮るよう真顔でお願いする。それが僕の趣味でなくても、彼のリクエストに応えてちゃんと撮らないといけない。
ひょっとすると、将来彼は相原さんと肩を並べる男になるのか?(親ばか)



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日が沈むと山は一気に冷え込み、暗がりでデッドツリーたちがその存在をアピールしはじめる。

この後、本格的に道に迷ったのだが、さすがにパニックになっている最中は写真を撮っていない。

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by somashiona | 2007-04-27 10:36 | ソーマとシオナ

フォトブログに期待すること

このフォトブログというものを考えるとき、なぜだかいつでも頭に浮かんでしまう写真家がいる。
アメリカの女流写真家Nan Goldin(ナン・ゴールディン) だ。
14歳で家族を捨てた彼女はニューヨークでドラッグ・クイーン(女装するゲイ)、ホモセクシャルの友人、異性や同性の恋人と生活を共にし、その様子を淡々とフィルムに収めた。
エイズで死んでいく友人たち、恋人からひどく殴られ、あざだらけの腫れ上がった彼女自身の顔のポートレイト、どの写真も心を掴み、ながい時間がたった今でもそのイメージは僕の頭から離れない。
もし、彼女がその生活を毎日ブログで発表していたとしたら、間違いなく彼女はフォトブログ・クイーンになっていただろうと思うし、そういう表現方法自体、このフォトブログというメディアにとても合っているのではないかと、僕は思う。



フォトブログ、その面白みは何だろう?


僕についていうのなら、こんな田舎に住んでいる無名の日本人フォトグラファーの写真が、毎日たくさんの人の目に触れることに、この上ない喜びを感じている。
このブログをはじめる前、個人的な写真はもちろん、仕事の写真ですら日本にいる人たちの目に触れることは、ほとんどなかった。
しかも、世の中や、被写体や、写真への、僕が持っている、誰も聞きたくないような思いまで一緒に伝えることができる。
コンピュータの苦手な僕だが、このテクノロジーの凄さにはひれ伏してしまう。

また、写真好きの僕として嬉しいことは、他の人たちの写真をジャンル、プロ、アマチュアを問わず、効率よく、見られることだ。
僕はいい写真にプロもアマチュアもないと思う。
こんなことを自分で言うのも恥ずかしいのだけど、僕の写真とアマチュアの人たちの写真と何が違うのか、ともし聞かれると、答えに詰まる。
僕の写真には生活がかかっているんです、としか答えようがない。
アマチュアにも上手い人はたくさんいるし、プロの中でも、疑問を抱いてしまうような写真はたくさんある。
この仕事には国家資格のようなものがないので、私はプロです、と言ってしまえば、誰でもプロになれるのだ。
だが、実際、プロとして生き残ることは想像以上に難しい。
(特に僕のような田舎に住んでいると)
仕事をするときは、絶対にいいものを撮ろうという意気込みとプライドを持って臨むが、正直いって気分はいつでもアマチュアカメラマンだ。
だからこそ、プロ、アマを問わず、いい写真を見るといつでも素直に感動できるし、受けた刺激は明日への活力になり、時にはよい写真にジェラシーさえ感じてしまう。
逆に、技術や経験は豊富なのに気持ちが入ってなかったり、もっといいものを!というような向上心を感じないプロの写真を見ると、とても残念に思う。

僕がいつもブラジルさんと呼んでいる「情熱大陸ブラジルの写真」そしてNATUREAさんのブログ「なちゅれあ」をはじめ、人気ブログランキングのトップを独走する相原さんニセコのヨダさんYORIKOさんsudiさん、それらの人たちのブログを見るたび、僕は多くのことを学ばせてもらっているし、つねに勝手ながら感謝の気持ちを持っている。

と同時になぜ彼らのブログが僕の心をくすぐるのか考えてしまう。
彼らの写真が僕をくすぐっているのも確かだが、それ以上に写真から滲み出る、彼らのキャラクターに僕は引き寄せられているのだと思う。
彼らの写真から漂う彼らのキャラクターは、どうしようもなく魅力的だ。
彼らの魅力はそれだけにとどまらない。
写真が好きでたまらず、もっと、もっといいものを撮りたい、この先に待ち受けている官能を早く味わいたい、自分の身体の中にもやもやと沸き起こるものを出してしまいたい、という思いが120%彼らの写真には詰まっているし、本気で何かに取り組む人たちのポジティブなエネルギーがウィルスのように僕に感染してしまうのもその魅力だ。

しかし一方で、フォトブログランキングを見ていると残念に思うこともある。
まるで日本のテレビ番組を観ているように感じるときがしばしばあるのだ。
日本にひさしぶりに帰国すると、皆が同じに見えることにショックを受ける。
黒い髪をした同じ民族が住む国なのだから当然だ、と思っていたが、茶髪が流行ると皆茶髪になってしまった。
ファッションも同じ、人々の関心も同じような方向に向いている。
写真も然りではないか?
プロが使うのと同じような高いカメラを買って、様々な情報収集に時間をかけ、やっと納得のいくレンズを購入し、何を撮るのか?
撮るものや撮り方に縛られてはいないか?
もちろん、誰だって模倣からはじまる。
しかし皆が大御所風景写真家のような写真になってしまっては、つまらない。
カメラ雑誌のフォトコンテストの写真が悪いとは言わないが、写真にはもっともっと深く、楽しい世界があることをぜひ多くの人に知って欲しい。
日本では、お気楽、癒し、可愛い、楽しい、が幅を利かせているようだが、たとえ趣味であってもどうせやるなら真剣であって欲しい。
本気モードになってはじめて見えてくるものがあるし、それが人生をより豊かにするということを皆は知っているはずだ。

このフォトブログというメディアは誰の指図も、メディアの操作も受けること無く、自ら作り上げることのできる新しいメディアだ。
幼稚なものにするのも、貴重な時間を使ってフォトブログを見ても後悔しない内容にするのも、僕たち次第だ。
プロもアマも写真を愛する人たちが集まるブログランキングであって欲しいと思う。
東京都写真美術館にいけなくても、ブログランキングを覗けば、いつでも素晴らしい世界を堪能できる場であって欲しい。
プロの人たちも、写真学校で学んでいる人たちも、趣味で花を撮っている老夫婦も本気で撮って、本気で見せるフォトブログであって欲しい。
初心者の人がプロの熟練した味に唸り、プロが初心者の新鮮な視線に写真の新しい可能性を見出すフォトブログであって欲しい。

フォトブログを通して写真を愛する人たちの写真を観る目がどんどん肥え、そんな人たちに支持されたフォトブロガーが世界の舞台に羽ばたく絵を頭の中で描いてしまう、今日この頃だ。




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生まれて初めて手にしたミディアム・フォーマットカメラはヤシカの二眼レフだった。
スクエアーのミディアム・フォーマットで人物を撮影しなさい、というクラスのアサイメント(課題)をこなすため、ロスアンジェルスの学校でこのカメラを借り、この写真をその記念すべき最初のロール(フィルム)に収めた。
同じフラットに住むお出かけ前のドラッグ・クイーンだ。
Tri-x(ISO400)とアベイラブルライトのため、シャッタースピードが1/30秒でとても不安だったが、あの二眼レフの独特なカチッという小さなシャッター音を聞いて、なぜか優しい気持ちになった。
ナン・ゴールディンの話しになったので、この写真をアップしてしまった。

この写真はタスマニアとなんの関係もない。
思いっきりお題目から外れる僕のブログをお許しいただきたい。



エキサイトブログよりヌード写真は遠慮してもらいたい、という要請があった。
なので2枚目に投稿したレズビアンカップルの写真は削除する。
写真を見て不快に思う方がいたのなら、この場でお詫びしたい。
1枚目のドラッグ・クイーンの写真もヌードではないか、という意見が万が一あれば、次回投稿しようと思っていたイアン・ソープの写真や、お相撲さんの写真にも慎重にならざるを得ない。










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by somashiona | 2007-04-26 15:22

三姉妹 --- ブロンティー、アリー、ナキータ

男ってどうしていつもそういうふうに考えるの?
女だからさ、みんなそうやっちゃうんだよ。

僕はこういうフレーズについつい敏感に反応してしまう。
「男って」という言葉には僕も含まれるだろうし、個人を無視して人間をステレオタイプに分けてしまうのには無理があると思うからだ。

だが実際、何かを説明するときには、同じような表現をし、他の方法を思いつかない自分の幅の狭さを嘆かわしく思う。

今日もその一例だ。

女性を撮る時、いつも思うことがあるのだ。
それは子供から、お年寄りまで共通して言えること。
「女性は生まれながらにして、女優」、自分を演じることを、知っている。

男性だとそれが素人さんではなく、タレントさんであっても、なかなか自分を演じきれない。
努力はしているのだが、どこか、照れのようなものが常に見える。

写真を撮られることに極端な拒否反応を示す人が割と多くいる。
レンズを向けるとそれまでの穏やかな雰囲気が一気に吹っ飛び、「ああ、お願い、やめて。写真を撮られるのって好きじゃないの!」と顔色を変える人だ。
あまりの豹変ぶりに、冗談も言い返せず、素直に謝るしかなくなる。
そんな女性ですら、写真を撮る理由を、もしくは撮りたい理由を、きちんと説明して、フィルムにすると2、3本ぶんの素振りをしてから(撮られる側はフィルムが入っていると思っている)本格的な撮影に入っていくと、徐々に鎧がとけ、次第に彼女も本気モードになり、最終的にはカメラに向かって挑んで来る。
この反応にひるんではいけない。
正々堂々と受けて立たないと負けてしまう。
写真を撮っているとき、撮る側はいつだって最大限の努力をしていると思うが、実は撮られる側も必死に無言の努力をしているのだ。
それは子供、お年寄り、シャイな人、写真を撮られるのが嫌いな人でも皆同じだ。
僕たち撮る側はその努力を見逃してはいけないと思う。
撮影がすすむと、彼女と自分との間に繋がっている糸が見え、言葉なくしても、いいものを創るためにお互いに努力しているという、一体感が生まれる。
この一体感は相手がプロ、素人に関わらず生まれるもので、これがある撮影は心が満たされるし、これがポートレイトの醍醐味だと思う。

ポートレイトを撮る時、感じることが他にもある。

僕はまた見たことがないが、もし僕が心理学を専門にしているのなら、「ポートレイトの心理学」というような論文を書きたい。

よく知っている友人でも、ポートレイトを撮るためにカメラを間にはさんで向き合うと、友人のいつもとまったく違った側面を発見し、驚く。
その人がふだん自分とどう向き合っているのか、自我の強さ、虚栄心、自然体、他人から自分はどう見られたいと思っているのか、等々が如実に現れる。
その時、比較的素直になれるのが女性で、男性はそれがなかなかできない。
照れと戸惑いが交錯する。
男性の方、試しに誰もいない部屋で三脚にカメラを取り付け、タイマーで自分を撮ってみては?
たとえ写す側の人間がレンズの向こうにいなかったとしても、どんなポーズをとって、どんな表情を作るか、あなたはかなり戸惑うはずだ。
そういう意味では、写真におけるセルフポートレイトというのは、自分の知らない自分を自分で暴くという、とても興味深い分野なのかもしれない。

よく「この一枚は被写体の人間性を如実に表している」と言うような言葉を耳にする。
矛盾しているように聞こえるかもしれないが、僕は自分の写真で被写体の真の人間性を表せるだなんて、まったく考えていないし、そんなことができるとも思っていない。
あくまでも、自分はどう感じ、どんなふうに表したいか、の範疇にとどまっている。

ポートレイトを撮る為の一番効果的な練習はヌード写真を撮ることだと思う。
撮る相手はいつもベッドを共にする相手であってはいけない。
よく知らない人、あるいはよく知っているが、自分の目の前に裸をさらけ出すなど、想像もできない人がいい。
まずは撮りたいと思う人を説得することからはじまる。
相手が自分の前で服を脱いでもいいと思えるほどの理由が必要だ。
いや、正確に言えば、相手がイエスという動機はその理由にあるのではないと思う。
90%以上の確率でその人を撮ろうとするフォトグラファーの情熱に揺り動かされるのではないだろうか。
写真を撮る上で、ここの部分はとても大事だ。
撮る側の熱が相手にどれだけ伝わるか。
ヌードに限らず、新聞、雑誌の取材でも、これがないと撮影の許可がもらえないし、いい写真も撮れない。
さて、イエスをもらい話し合って決めた部屋で二人きりになる。
この時はぜひ二人きりでやることをお勧めする。
被写体の友人や恋人がそばにいると、被写体は芯から自分を演じられないものだ。
なぜなら友人や恋人に見せている顔と、本当に自分が見せたいものにギャップがあるからだ。
自分を演じることが出来なければ、被写体自身も本当の意味で、その撮影を満喫できないと思う。
相手が服を脱ぎはじめたとき、目のやり場に困るだろう。
でも同時に、そこには相手の覚悟が見えるだろうし、自分も最高のものを撮ってやろうと覚悟するはずだ。
よくヌード写真の話しになると、変なこと考えているんじゃないの?みたいなことをきかれるが、意を決した相手が自分の前で服を脱ぎはじめるとき、やましい考えなどは頭の中に微塵も浮かばないはずだ。
そして撮影が始まる。
相手が鎧をといていくのと同時に、撮影している自分も鎧をといていくことを忘れてはいけない。
あなたも服を脱ぎはじめる、という意味ではないので誤解しないでほしい。
以前、ニセコのヨダさんがブログで言っていた。「写真は自分の性癖を見せることでもある」、同感だ。
自分のイマジネーションにどれだけ素直になれるか、相手が意を決して服を脱ぐのと同じくらい、撮る側も自分をさらけ出さなければいけない。
これが意外と難しい。

おっと、同じことを繰り返し言っている自分に気がついたので、この話しはこの辺で終わりにする。

サンパックのグリップタイプのストロボの調子が悪く、テストしていた時、友人のシェーン一家が遊びにきた。
その場のノリでモデル撮影会が始まる。
長女のブロンティーはこの時10歳。
カメラの前に立つ彼女は、完全に僕に挑んでいた。



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by somashiona | 2007-04-25 11:00

羊たちの沈黙

ロスアンジェルスの学校で写真を学んでいた頃、手持ちのお金は全てフィルム、印画紙、暗室で使うケミカルそしてマールボロにつぎ込んでいた。
なので、いつでも貧乏。
食事といえば、マクドナルド、3ドルのチャイニーズフード盛り合わせ、メキシカンのファーストフードTACO BELL(タコベル)という最も安くお腹を満たすことのできるパターンを日々繰り返すのが常だった。
ちなみに、マックではメキシカンのスタッフが働き、メキシコフードのタコベルではなぜだか黒人たちが働いていたが、白人がそのどちらかの店で働く姿を僕は見たことがなかった。

ある日、僕はいつものようにロスアンジェルスのハリウッド・ブルーバードにあるマクドナルドで、心虚しくビックマックにかぶりついていた。
すると、背の低い70歳はとうに過ぎているだろうと思われる、どこから見ても日本人の男性とその一歩後ろで彼に付き添う妻らしき女性がマックに入って来るのが見えた。
真夏のハリウッドではおよそ場違いなグレーのスーツを着込み、白髪をオールバックにした男性は、背中に定規でも入っているのではと思えるほど背筋をまっすぐ伸ばし、背は低いながらも全身が気品に満ちていた。
カウンターの前で順番待ちをしている最中も、まったくきょろきょろすること無く、まっすぐに前を見つめたままだった。
妻らしき女性もかすかな微笑みを浮かべて夫を見つめている。
見た感じではアメリカに住む日本人ではない。
この人たち何をオーダーするのか決めているのだろうか?
それ以前にちゃんと英語で食べたいものをオーダーできるのだろうか?
心配になってきた僕は半分席から腰を浮かせて、いつでも手助けができるよう無意識に準備していた。
日本人の老夫婦がオーダーする順番が来た。
メキシカンの店員の女の子はやる気のなさそうな、なめきった態度で男性のオーダーを待っている。
男性はまっすぐに彼女を見つめ、背筋をさらに伸ばし、店中に響き渡る大きな声で「ハンバーガーとコーラを二人分いただきたい」と日本語で言った。
先ほどまでだらだらしていた店員たちの背筋が急にまっすぐになり、日本語だったにもかかわらず、ちゃんとハンバーガーとコーラーかなにかは分からないが、冷たい飲み物が出てきた。

ちょんまげ時代に海を渡ったサムライたちはどこの国の人からも尊敬され、手厚い待遇を受けた、と何かの本で読んだことがある。
海外に住む僕にとって、彼らは目指すべき大先輩だ。
だが、英語もろくに話せず、見た目の貧弱な日本人が人種差別バリバリの時代にどうして尊敬されたのだろう、といつも疑問に思っていた。
しかし、マクドナルドのこの老人を見て、謎が解けた。
彼はサムライ・スピリットを持つ数少ない日本人の一人だったのだ。

LAXロスアンジェルス国際空港では、日本からやって来る若者を、毎日たくさん見る。
豊かな国から来ているにもかかわらず、その品のない服装や態度と、活力のない目を見るたび、日本の将来が心配になった。
他のアジア圏の若者たちと比べると漂うオーラがまったく違うのだ。
一口で言うと、何も狙っていない、という感じだ。
他のアジア圏からロスに来る若者たちは心の片隅に必ず何かしらの欲望を持っているのが見えるような気がするのだ。
僕が勝手にそう思っているだけかもしれないが。

そして彼らを見ると、いや若い彼らに限らず、疲れきった日本人観光客を見るたび、なぜだか僕は羊の群れを想った。

僕は北海道人なので羊に対して基本的には好意的なイメージを持っている。
羊の顔は可愛らしいと想うし、ジンギスカンは大好物、そしてバイクを走らせて気持ちがいいのは羊ヶ丘通りだった。

だが一般的オーストラリア人にとっての羊のイメージはネガティブなものが多い。
Sheepish personと言われれば、恥ずかしがり、内気、おどおどした、気の弱い人、という感じだし、Sheeple (語源sheep + people)になると、従順で、自分の意見が無く、大勢に従う人々、とう意味になる。
自分の国の人間をそういうふうには言いたくないが、これは多くのオーストラリア人が日本人に対して持つイメージに近い。
(もちろん皆がそう思っているわけではない)

だが、僕たちはそもそもそういう民族ではなかったはずだ。
日本で生まれ、日本で成長し、日本を愛する僕は、日本にいた時には海外のライフスタイルや考え方に憧れを持っていたものだが、今こうして海外に住んでいると、やはり自分たちが持つアイデンティティーを改めて考え、それがどんなに素晴らしいものなのかに、ようやく気がつく。
もし日本を本当に美しい国にしたいのなら、十代のうちに1年間、どこの国でもいいから、強制的に海外に住まなくてはいけない、という法律を作るといい。
そうすれば僕たち日本人がどんなに物質的に恵まれているか、どんなに精神的に自由でないか、どんなに他の国の人たちのことを考えていないか、どれほどコントロールされているかにきっと気がつくはずだ。
もし気がつかなければ、羊たちの群れの一員として、一生沈黙を守っていくより、生きる道はないのかもしれない。



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by somashiona | 2007-04-24 00:33

羊が一匹、羊が二匹、、、

ふだんはベッドに入ると3秒以内で眠りに落ちる。
おやすみ前の音楽鑑賞、読書、考え事に縁がないどころか、ベッドのライトに手を伸ばす間もなく寝てしまい、朝になってからスイッチをオフにすることなど日常茶飯事だ。

しかし、そんな僕でも年に2、3度は、どうしても眠れないことがある。
しかも、次の朝早くに大切な仕事が入っている時に限ってこの事態が発生する。
眠れないことに慣れていないだけに、この状況に陥ると、かなり焦る。
解決策として音楽を聴けばスウィングしてしまうし、本を読めばその世界にどっぷりと入ってしまう。
枕の抱きしめ方を工夫してみたり、ヨガの呼吸法を思い出して広い宇宙に吸い込まれる自分をイメージしてみるが、どれもらちが明かない。

結局、僕の場合、最善の策として、あの古典的方法、「羊を数える」にたどり着く。

数えるときは、「羊が一匹、羊が2匹、、、」だと理論的効果がない。
英語圏で生まれたこの方法はSheepとSleepの発音が近いことからはじまったと聞いたことがあるので、やはり“One sheep, two sheep,,,”とやるべきだろう。

Twelve hundred sixty nine, twelve hundred seventy,,,
このあたりに来ると朦朧とした僕の頭の中には、緑の草原を顔のない羊たちが点々と漂う幻想的風景が広がり、カーテンの隙間からは朝の光が射し込んで来る。



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ブログの更新を休んでいたあいだも、毎日僕のブログをチェックしてくれていた皆さん、どうもありがとうございました。
またノンビリとはじめますので、お楽しみに!

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by somashiona | 2007-04-23 14:34

タルガ・タスマニア

カシミアのお気に入りセーターを久しぶりにひろげてみる。
スウェードのワラビーシューズにコーディロイジーンズ。
エスプレッソ・コーヒーメーカーとピクニックブランケットをバックに詰める。

少しだけひんやりとした空気を胸一杯に吸い込む。
空はどこまでも高く、青い。
赤や黄色のヨーロビアンツリーに彩られたダーウェント・リバー沿いを歩けば、深まりゆくタスマニアの美しい秋を堪能することができる。

しかし、4月の6日間だけはこの静かな牧歌的風景の中に、異変が起こる。

羊たちが群れる丘陵の連なり。
その間をくねくね縫ってのびるアスファルト道路に、クラッシックカーが走る。
コナーでは車体をひっくり返りそうなくらい傾け、タイヤが悲鳴を上げる。
そのスピードは尋常ではない。
オープンカーのシートにいる二人は、ヘルメットとゴーグルをし、首から赤のスカーフをなびかせる。
見るからに品の良い、ご高齢のカップルのようだが、よく見ると、口がへの字に曲がっている。この二人、本気だ。

そして同じ道を、さらに尋常ではないスピードでフェラーリ、ポルシェ、ランボルギーニが疾走する。

年に一度開かれる「タルガ・タスマニア・ラリー」のシーズンだ。

1992年にスタートし、今年で第16回目を迎えるこのラリーは、世界でも珍しいオール・ターマック(全舗装道路)のレースだ。
昨年は美しいクラッシックカーから最新鋭のスポーツカーにいたる241台の車が参加し、秋のタスマニア島2000kmを駆け巡った。
毎年この時期にレースを追いかけながら、タスマニア中を巡る旅行客もいるらしい。
昼間はレースを観戦し、夜はおいしい食事とワインでレースの話しに花を咲かせる。
市街地を完全封鎖し、民家の建ち並ぶ住宅街をスピード全開で走るコースも設定されている。
自分の家の玄関の前を火花をあげたフェラーリが走るのだ。
たとえカーマニアでなくても、自宅の庭からそういったレースを観戦できるのは、楽しいものだろう。
庭に車が突っ込んでこない限りは、、、。

僕はモタースポーツに関して(というより車全般に関して)まったく関心のない男だが、そんな僕でさえもタルガ・タスマニアというイベントの盛り上がりが、ここタスマニアだけではなく、オーストラリア全体に広がっているのを近年はひしひしと感じていた。
今度こそは逃すわけにはいかないという思いで、昨年はじめて、このラリーを取材した。
昨年は日本からも7台13人がエントリーし、僕は日本からの参加者を中心にこのラリーを追いかけた。
ラリーの参加者のみならず世界中から駆けつけたモータースポーツ・ファンから多くの情報や面白いストーリーを聞かせてもらい、車には関心のない僕だが、予想に反して充実した時間を過ごした。
ボンネットを開けたレースの車を囲み、エンジンを覗き込む人たちの間には、参加者と観戦者、プロとアマチュア、男と女、子供と老人、そして国際間の垣根を越えて「好きなことは同じさ」という独特の一体感が漂っていた。
これはある意味、車に無関心な僕には入り込めない世界だったが、傍観者として僕はとてもこの空気をとても楽しむことができた。

どんな取材でもそうだが、写真を撮るからには自分自身の心に響く何かを見つけなければならない。
もちろんクライアントや読者の興味、関心を満足させるようなものを撮らなければいけないのだが、その前に自分自身が引きずり込まれるものが、僕には必要だ。
車が珍しいとか、絵になる風景がそこにある、もしくは有名人がそこにいる、それだけでは写真を撮る動機としては弱いのだ。
車のレースだからといって車にこだわる必要はない。
どんな取材対象でも、「自分の目には何が映ったか」という視点が僕にはどうしても必要だ。
これを見つけないと、自分の中でストーリーが始まらない。
冷めた目で撮ったものは、どんなに上手くても、やはり何かが足りない。
自分の中でストーリーが歩きはじめると、ただの走る車の写真であっても、そこに何かが宿る気がする。
そう思っているだけかもしれないが、、、。
しかし、思い入れは熱になる。
熱が出ないと汗も出ない。
汗をかいていない写真は、やっぱりどこかつまらない。
1/500秒のシャッタースピードの中にも熱があれば汗を感じる。
1/15秒だと違った意味で汗が出る。
冷や汗だ。
しかし、たとえそれが冷や汗であったとしても、写真には汗が欲しい。

正直な話し、僕にとって車の順位などは、どうでもよかった。
ラリーに参加するには何かとお金がかかるので、参加者は必然的に僕よりも年輩の方が多かったが、このレースで一番印象だったのは、この不良おじさん、根性の入ったおばさんたちの、何とも生き生きとした顔だった。
それはまるで少年、少女の顔。オモチャをいじる子供の顔だ。
好きなものがある、夢中になれるものが生活の中にある、という人たちが真剣に、ある意味では命がけで、それに取り組んでいる姿は「人生はいいものだ」という、しみじみとした希望を僕に与えてくれた。
もっと歳をとったとき、あんな顔でいられたらいいのに、と思った。
こういう人たちに出会うと、僕の写欲は身体の底から沸々と沸き上がる。
そのモードに入ると、何にレンズを向けても、自然と熱が上がり、汗が出る。
念のために言っておくが、僕は普段、汗っかきではない。





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タルガの雰囲気、少しだけ伝わりましたか?
人物の写真はまだ出せないものがたくさんあるので、車が主体になってしまいました。
明日からタルガ・タスマニアがはじまります。
その取材のため、しばらくブログはお休みします。
楽しみにしてくれている皆さん、ごめんなさいね。

ああ、明日は午前3時起床だ、、、。
ではでは。



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by somashiona | 2007-04-16 16:52

ナショナル・ジオグラフィック・マガジン

最近、朝4時に起きる生活が続いていた。
仕事がらみでやむを得なくそうなってしまったのだが、実は僕、この時間に起きるのが大好きだ。
生活が充実していて、やる気満々の時はこの時間に起きて行動を始める。
この時間は思考することに向いている。
なぜだか気持ちが静まり、考えにとても集中できるのだ。

そして早朝、何よりもいいのは、夜が朝になるあの紫がかった青の世界だ。
その瞬間はあっという間に過ぎてしまう。
その後に射し込んでくる朝日を見ると、なぜだかその日が一日中いい日になりそうな気がしてくる。

いや、フォトグラファーならば、そんな美しい時間は幸せを感じているよりも、写真を撮るべきではないのか?

早朝と夕方は釣り人、ハンター、そして写真家にとって獲物を仕留めるための、もっとも大切な時間だ。
写真を始めた頃は朝と夕方に写真を撮る気持ちを集中させていた。
光がいいからだ。
でも、ナショナルジオグラフィック・マガジンの中で僕がもっとも憧れるフォトグラファー、William Albert Allard (ウィリアム・アルバート・アラード)のこの言葉に触れた時、ころりと考えが変った。
“Sometimes the light’s there but the picture isn’t. It’s not just a matter of good light; there is really no such thing as bad light. It’s knowing how to use the light that’s available. You know the old thing about getting up early morning and late afternoon? Well that’s great for fishing, hunting, and photography to a degree, but if you really know your craft or your art, you better be able to work at high noon as well. There’s wonderful things to be done.”
彼が言っているのは「朝や夕方はもちろん写真家に撮っておいしい時間だけど、もし君が自分の技術や創造すべき作品を良く理解しているのなら、真っ昼間の光でも仕事ができるようにすべきだ。きっと素晴らしいことが起こるはず」(超意訳)
以来僕は、晴天の真っ昼間にレンズの絞りをF8~16くらいまで絞って、真っ黒な影と、深く濃い色、そして被写界深度を利用して撮る写真が好きになった。
以前僕のブログにアップした「ホバート・ショウ・デイ」の写真はその典型だ。


ナショナル・ジオグラフィック・マガジン(以下ナショジオ)といえば、これにまつわる思い出がたくさんある。
ナショジオの仕事をしたことがある、という意味ではないので、決して誤解しないでほしい。

ロスアンジェルスでフォトジャーナリズムの勉強をしていた時、アサイメント(課題)で「自分で雑誌の記事の案を練り、実際に雑誌社に送る」というものがあった。
その時、この業界で経験豊富なミスタードイチャック先生はこう言った。
「君のアイディアだ。気後れせず、君の提案に合うであろう雑誌社ならどこでもいいから送ってみなさい。ただ一つだけ言っておくが、ナショナル・ジオグラフィックだけはヤメておいた方がいい。何故かって? 君だって、あの山の上に住む、ポップスターのマドンナにラブレターを送って、デートのお誘いをしても、OKの返事をもらえるとは思わないだろう。ナショナルジオグラフィックに仕事をお願いするのは、それと同じくらい難しいことなんだよ」

ミスタードイチャック先生のその言葉を聞いて以来、ナショジオは僕の夢になってしまった。

しかし写真で稼ぐようになってからは、それがどんなに雲の上の話しなのかが、残念ながら、より明確になってきた。
その夢がどんなに困難なものかを決定的づけたのは、東京でナショジオの写真部長の講演会に参加したときだった。
貴重な話をたくさん聞かせていただいた。
講演会に参加していた方の一人がこの写真部長に質問をした。
日本人の写真家もナショジオで働くことが可能かどうかを。
そしてこの部長はきっぱりといった。
「その日本の写真家がネイティブに近い英語を話せなければ、おそらく無理でしょうね。ナショナルジオグラフィックのアサイメントは写真を撮り終えた時点でやっと半分なのです。それから時間をかけてスタッフとともに写真を選び、そしてなぜその写真が重要なのかと言うプレゼンテーションをしなければならない。どんなに写真の腕が良くても、それを説明する英語力がなければ、希望は持てないでしょう」

僕はその話を聞いて、目が潤んできた。
長い間、心を寄せていた人に、ふられた気分だった。
ロスアンジェルスでの3年間、僕の英語はまったく上達せず、これに関してはもう絶望的だったからだ。(この時、自分の写真のレベルのことは考えていなかった。そこが更に愚か)
外国に住んでいると英語は上達するだなんて、まったくの妄想。
上手くなる人は短期間でも驚くほど上達するが、ダメな人は一所懸命勉強しても、その効果はほとんど感じられない。
日常生活が不自由なくできるというのと、仕事上の複雑な話しを明確に理解し伝えられるというのは、まったく別のレベルの話しだ。
僕は、日常生活でも不自由している。
ちなみにナショジオに写真を掲載した日本の写真家がいることを、後で他の人から聞き、また希望を持った。

この講演会ではガッカリしたことばかりでなかった。
ここで僕は二つの宝物になる言葉を得た。

ナショジオで働くフォトグラファーにとって最も重要な資質は何か、という質問でからはこう応えた。

1.パッション(情熱)
2.インテリジェンス(知性)
3.ハードワーカー(働き者)

2のインテリジェンス以外は努力次第で僕も希望が持てる。いいぞ。
これは仕事をする上で、僕の座右の銘になった。
これが一つめの宝物。


その当時、自分の撮影スタイルで疑問を持っていたのは、納得の1カットを手に入れるため、しつこいほどシャッターを切ってしまうことだった。
プロレスラーの蝶野さんは「じゃあ、あと一枚ね、って言ってから、もう十枚くらい撮ってるじゃん」とよく僕をからかった。

そうかと思えば、しつこく撮りたくても撮れない場合がある。
先日撮影したオーストラリアの超有名人は、僕がその一枚を撮るために早朝から車を往復500キロ走らせて会いにいったにもかかわらず、僕に写真を撮らせようとしなかった。
連日のマスコミの攻撃で腹の虫の居所が悪かったようだ。
全国紙のウィークエンド版で、記事のための大きなスペースをすでにとっている。
少なくても5、6カットの決めの写真が必要だった。
インタビューを終えたジャーナリストの額から冷や汗が流れるのを僕は見た。
僕はあの手この手で大声をあげて説得しながら、腰の位置にあるカメラからシャッターを切っていた。
この手しかないと思った。この男は絶対にイェスと言わないと思ったからだ。
彼らが去った後、ジャーナリストは神頼みするような顔で撮った写真を見せてくれと僕に頼んだ。
神頼みしていたのは、他でもない僕のほうだ。
なんとか使えそうなカットを見つけ、僕たちは安堵の息を洩らした。

大物女優さんを撮影するため、ホテルの2階で待っていた大物写真家のエピソードで、僕のお気に入りがある。
昔のアメリカでの話しだったと思う。
ホテルの部屋で待っていた写真家は、2階の窓から、華やかな白いドレスを着たその女優が、優雅な身のこなしで到着した車の中から降りてくるのを見た。
部屋に入ってきたその女優と短い言葉を交わし、2、3枚シャッターを切って、彼は荷物をまとめはじめた。
あっけにとられた顔で「もうおしまいなの?」と聞く女優に向かって彼は「あなたがホテルに到着した時に、もう美しい一枚を撮りましたので」と微笑んだ。
僕の脚色もあると思うが、確かこんな感じの話しだった気がする。
こんなふうに仕事ができたらどんなにいいだろう。
いつも憧れてしまう話しなのだ。

ナショジオの写真部長は講演会でこう言った。
「優れた写真家に共通して言えることは、呆れるほどたくさんのカットを写すことです。何か感じるものがあったときは同じ人、同じ場所、同じものをあらゆる角度から、これでもか、というくらい撮ります」

そう、これでいいのだ。
これが二つめの宝物だ。
今までだって、しつこいほど撮った一番最後のカットが使われたという経験が何度もある。
そして、その度に安堵の息を洩らす。
「ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たる」こういう言葉にはぜひ耳を貸さないで欲しい。

「しつこい男は嫌われる」というのが僕の母の口癖だったが、この仕事を選んだのだから、仕方がないだろう。

ナショナル・ジオグラフィック・マガジン、果てしなく遠くにある夢だが、夢はないよりも、あったほうがいい。
何歳になっても。



とりとめのない話しを長々としてしまった。
ここまで読んでくれたあなたが短気な人でないことを願いたい。

久々に一人の日曜日。
昼下がりのボバートは秋晴れの爽やかな青空が広がる。

皆さんも良い日曜日をお過ごしください。

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ある冬の早朝。
ダーウェントリバーでシーカヤックをするため友人とニューノーフォークへいった。
車からカヤックをおろしていると僕の後方に突然眩しい光が射し込んできた。
まるで天使まで一緒に舞い降りてきそうな勢いだった。



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by somashiona | 2007-04-15 13:50

マークとフィービー

僕のフラット(アパート)に新しい人たちが引っ越してきた。
お隣さんだ。
とても若いカップルだった。

このフラットの住人の社交場は裏庭である。
タスマニアの庭には必要不可欠な、ヒルズホイストと呼ばれる回転式物干に洗濯物を干しながら、とりとめのない話しをするのだ。
若いカップルの彼らとも、何度か言葉を交わした。
元気一杯のマークはスーパーマーケットで週3回働き、ほとんど聞き取れないくらいの小さな声で話すシャイなフィービーは今失業中らしかった。
生活できる最小限の労働をし、後は楽しむ。
タスマニアに住む人たちの典型的なライフスタイルだ。
二人ともいくつくらいなのだろう?
きっとまだ20代前半だと思う。
しばしば街で彼らを見かけたが、二人はいつだって微笑みを交わし、燃えるような瞳でお互いを見つめていた。
勝手な想像だが、きっと初めての大人の恋をしているのだろう。
どこかで偶然出会い、恋が芽生え、つきあいが始まり、はじめて異性と生活を共にする。
そんな初々しさがとてもまぶしいカップルだった。

心が惹かれる人を見つけると、すぐに写真を撮りたくなるのが、僕。
いつか彼らを撮ろうと思いつつ、そのチャンスはなかなか巡ってこなかった。

彼らが引っ越してきてから、半年もしないある日、裏庭で乾いた洗濯物をかごに入れるマークを見かけた僕は、モデルになってくれないかと聞いてみた。

「ああ、マナブ、なんていう偶然なんだろう。僕たち、今日のフラットを出るんだ。二人が初めて生活を共にしたこのフラットで、最後に記念写真を撮らなければいけないって、ちょうどさっき、フィービーと話していたところなんだよ」

さっそく僕は、部屋からカメラを持ってきて、彼らのフラットに入った。
そこには、もうすでに段ボール箱一つなかった。
がらんとした部屋の窓からは春の日差しが差し込んでいる。
普通なら得体の知れない寂しさを感じるはずの空っぽの部屋は、二人がそこにいるというだけで、温かい空気に包まれていた。

「ところでどうして引っ越すのさ、半年くらい前に越してきたばかりじゃない?」
「一緒に住む人間がもう一人増えるのさ。まだこの中にいるんだけどね。」と言ってマークはフィービーのお腹を優しくさすった。
そのマークの手に自分の手を重ね、微笑むフィービーの笑顔は、とろけるほど甘く、この世の幸せを独り占めにしているかのようだった。

「よし、それじゃあ、新しい門出にふさわしいポートレイトを撮ろう!これから親になる人間のポートレイトだからね。しっかりといい顔してくれないと、、、」
二人はすでに口づけを交わしていた。

あれから二人には会っていあない。
僕が送った写真を額に入れて飾ってあるという手紙が、一度、二人から来た。

きっとどこかで、口づけを交わし、あの燃えるような瞳で小さな赤ん坊を見つめているのだろう。






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by somashiona | 2007-04-13 03:16

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