<   2007年 06月 ( 26 )   > この月の画像一覧

写真家にポテンシャルは必要か?



僕はマウントネルソンという山の上に住んでいる。
僕の家からホバートの街の中心部までマウンテンバイクで約15分ほどだ。
途中の下り坂は時速70km/hのスピードが出る。
しかしホバートの中心部から僕の家に帰るときは、そうは問屋が卸さない。

僕の家から自転車でどこかへ行くときは、必ず最終的に僕の住むマウントネルソンの山のくねくねした坂を登らないと家に帰れない。
ホバートの街の中心部からマウントネルソンの坂のふもとまで約15分。
坂のふもとから僕の家まではじめてマウンテンバイクで登ったときは45分かかった。
これはこの時の僕の最大級の努力で、坂を登っている途中で何度も諦めようとしたし、あまりの肉体的負担に吐き気さえ催してきた。この時身体から出た汗は普段かく汗の一年分は軽くあったと思う。

次の日、さっそく自転車屋でサイクルコンピュータという自転車の走行距離、スピード、時間等をはかる便利な武器を買い、毎日マウントネルソンの坂のふもとから僕の家までの記録時間更新にチャレンジした。

すぐに30分だいで登りきるようになったが、それでも毎回吐き気を催すくらい疲労困憊する。
毎回、毎回、自分ができる事の最大限の努力をしようと心に決めて、この坂にチャレンジした。
この時、僕は度々人の持つポテンシャルを見せつけられる。
僕が全身から汗を噴き出し、呼吸困難になりながら、顔を真っ赤にし、27段変速を駆使してペダルを踏んでいるその横をツールドフランス風の輩がビュ〜ンと音を立てて抜き去っていく。
こんな登り坂をどうやったらあんなスピードで走れるんだろう?
まあ、相手は何といってもツールドフランスだ。
戦う相手じゃない、と自分を納得させる。
ぜえぜえと荒い息が聞こえてきたかと思うと僕の横を50歳代後半に見えるおじさんがやはり汗を吹き出しながら抜いていく。
うぉ〜っ、努力すれば歳をとってもこんなに速く走れるのかぁ、と感動する。
ここまではいい。
でも、スカートをはいた女子高生風の女の子が変速ギアもろくに付いていないようなママチャリで僕のスーパーマウンテンバイクに追いつき、汗ひとつかいていない爽やかな笑顔で「ハァ〜イ!」と言って僕に手を振り、前方に消えてしまったときは、さすがに落ち込んだ。

そういえばプールに毎日通い、クロールで1000m泳いでいたときも、平泳ぎのおばあちゃんによく抜かれていた。

ブッシュウォーキングに友人たちと一緒に行ったときも、彼らが目の前の美しい風景について思いつく限りの言葉を交わす中、僕はと言えばリュックの中に入っている水やチョコレートの事を考え続け、何度も足がつってしまいみんなに迷惑をかけてしまった。

持久力を必要とする運動に関して、友人たちが楽しむレベルで、僕はいつだって苦しみを味わっている。

僕がこんなに一所懸命に、自分の限界で、吐きそうになるまで自分を押し上げてやっている事を、いとも簡単にやってしまう人たちがいる。もちろん、毎日の努力の結果そういう状態になっている人が多いと思うが、最初からたいした苦労もせずにその域にたどり着ける人もいる。
タスマニアに住みはじめ、身体を動かす機会が多くなるにつれ、「ポテンシャル」という事を考えはじめるようになっている。
もしかするとそれを考えるのは僕の年齢のせいかもしれないし、辛い人生のせいかもしれない。
僕にはその手の運動で人より抜きん出るポテンシャルがまったく無いのだと認めざるを得ない。
そしてそれは運動に限らず、どんな分野でも平均的なレベルまではある程度の努力で到達できるが、あるレベル以上になるとやはりポテンシャルというものが必要で、それがなければたどり着けない世界があるのだと、40歳を超えてようやく認めはじめてきた。

それは写真にもいえるのだろうか?
世界で通用する写真家になるためには、やはり生まれ持った高いポテンシャルというものがないとダメなのだろうか?


オーストラリアのF1レーサー、マーク・ウェバーがはじめたアドベンチャーレース「マーク・ウェバー・ピュア・タスマニア・チャレンジ」を取材したとき、普通の人たちが世界で活躍するアスリートたちを相手に、超過酷なレースを繰り広げるのを見て、僕は感動した。
もちろん結果だけを見ると普通の人たちがポテンシャルの高いプロのアスリートにかなうわけがない。
しかし、普通の人たちは世界のトップクラスのアスリートと戦っているわけではなかった。
彼らは一人一人自分自身と戦っていた。
僕は写真の仕事として商品価値のあるプロフェッショナルなアスリートよりも普通の人たちの姿にレンズを向け、多くのシャッターを切っていた。
語りかけてくるものの強さが彼らの中にあったからだ。


僕が最近感動する写真は狙っていない写真だ。
男に媚びる若い娘の態度がいやらしく目に映るように、写真だって経験を積んでくると、媚びたもの、狙ったもの、安全なもの、妥当なもの、そういう計算が見えるものはつまらない以上に、いやらしく目に映る。
もちろん技術的な事、ものの考え方、人生観、基本的な部分のレベルはクリアしていなくてはいけないと思うが、淡々と自己の世界を追い求めた結果創りだされた作品を見ると、愛おしさのようのものを感じる。
そこには誰にも真似できないその人の世界がしっとりと横たわっているような気がする。

写真家の相原正明さん(別名金剛力士像)(ごめんなさい)は写真のことを「写心」という。
的を得た表現だなぁ、と感心する。
僕が相原さんの写真のプリントを写真展ではじめて見たとき、風景の美しさ以上に相原さんの心を感じた。
いい写真を見ると写真に写し撮られたものの素晴らしさもさることながら、その裏側にある精神に触れたような気持ちになる。
それはシリアスな写真でも笑える写真でも同じだ。

やはり、どう考え、どう生きるかが結局は写真に現れるのだとおもう。
僕の写真が未熟なのは、まだきちんと自分の目でファインダーを覗き、自分の目で世の中を見て、自分の目で自分自身を見ていないからだろう。

もしいい写真家になるためのポテンシャルのようなものが存在するとすれば、それは考え方、生き方を磨くことのできる資質があるかどうかの問題のような気がこのごろする。
写真というものを仕事にすることによって、自分が求める写真のそういった側面を持ち続けることが出来ないようであれば、写真という手段で表現したかった自分のメッセージを変えざるを得ないようであれば、仕事として写真とは付き合わないほうがいいような気がする。
自分の愛する数少ないものへの態度は、限りなく透明でありたいから。

最近、やっと思えるようになった、自分自身のための戦いをしようと。
マウンテンバイク、水泳、人間関係、仕事、子育て、自分ができる精一杯の事をしよう。
人より劣っていてもかまわない。
ベストを尽くそう。
スゴい人を見れば、スゴいなぁ〜、この人、と素直に感動し、上手くできない人がいれば、この人なりに頑張っているのだと考え、手伝える事があれば手伝う。
そんな皆がよく知っている当たり前の事を、最近やっとわかるようになってきた気がする。
ちょっと遅すぎるけど。

最後に忘れないで言っておきたい。
マウントネルソンの坂のふもとから僕の家までの自己最高記録は20分05秒。
この20分の壁を1年以上破れないでいる。
僕の友人の記録は15分だ。


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Mark Webber Pure Tasmania Challenge 2006
一連の写真は山と渓谷社『アドベンチャースポーツマガジンWEB』にて掲載したものです。
http://www.adventure-sports-web.com/blog/archives/cat7/






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by somashiona | 2007-06-30 19:10 | 仕事

僕の瞑想は迷走だ



ブログをはじめてまだ3ヶ月ほどしか経っていないが、毎日何かについて書くのは思っていたよりも大変なもんだ、と最近感じる。
朝起きてから夜寝る瞬間まで、ああでもない、こうでもうないと絶え間なく何かを考え続けているはずなのに、いざ何かを書こうとすると頭の中で論争中のほとんどの事はとりとめがなさすぎてまとまった話にならない。
はじめから今日はこれについて書こう、というテーマがあると楽なのだが、例えば今日のように、睡眠不足て頭は朦朧、身体は疲労困憊、モティベーションが低い、そういう時は書くよりもただベジタブルでいたい。あっ、これは英語の表現で何もせずボォ〜っとしている状態を「being vegetable」という。仕事から帰った夫が缶ビール片手にソファーに座り、口を開けてボォ〜っとテレビを見ているとき妻がいうであろう小言は「Don’t be vegetable」だ。
「バカ言っちゃいけない、オレは今瞑想しているんだ!」といういい訳は通用するか?

前にも話した事があるが、頭痛持ちの僕が医者に行くと決まって言われるのが「もっとリラックスした生活を送りなさい」とか「あまり難しい事を考えすぎず、明るく前向きに過ごしなさい」という台詞だ。
僕の友人たちで日常生活に瞑想を取り入れている人が多い。
瞑想はリラックスするための最善の方法だ、と彼らは声を揃えていう。
瞑想、座禅、他にも色々と言い方はあるのだろうが、僕にはここで皆が言う「メディテーション(meditation)」という言葉のほうがしっくり来る。
ここで皆が使うこのメディテーションという言葉は単に瞑想であって宗教的要素が含まない。実に多くの人たちがこのメディテーションを生活の一部にしているのだ。

チベットに数ヶ月留学し、質の高いメディテーションを経験した女性からメディテーションの話をたくさん聞いた。
「メディテーションの素晴らしさはコントロールなの。自分で自分の意志をコントロールできるようになること。ねえ、マナブ、自分の思考が止まっていると感じる瞬間がある?」
「うぅ〜ん、そうだなぁ、マウンテンバイクでスピードを出して山道を下るときはたぶん何も考えてないなぁ、、、ただただ自分の走っているコースに神経を集中しているよ」
「きっとその時は何も考えていないかもしれないけど、それは自分の意志でコントロールしているわけじゃないの。自分の意志で考えない状態を作るのよ」
「なるほどぉ」
僕は人の話しをすぐ真に受けるタイプだ。

僕も親友の女性も先週10日間のメディテーション・コースを山の中で終え、別人のような清々しい顔をして帰ってきた。
約20人の人たちがそのコースに参加したそうだが、規則で10日間インストラクターに質問をする意外は誰とも話してはいけない。朝4時に起き、夜9時に寝るまでとことんメディテーションをするらしい。それは果てしのない自分の内面との戦いで、くたくたになるほど疲れるそうだ。10日間、話し相手は心の中の自分だけだ。座り続ける事による身体の痛みを意志の力でコントロールし、つま先から頭のてっぺんまで自分の身体を細胞レベルで感じる事ができると言う。それじゃあ、これからすごいマスターベーションができるね、というと彼女はしばらく顔を真っ赤にして笑い転げていた。実際、毎日がオーガズムの嵐のようだったと彼女は言っていた。とにかく、人生で3本の指に入るほど素晴らしい体験だったらしい。
この気持ちは口では説明できない、体験すべきだ、と彼女は言うが、タンゴのときと同じでサムライはもう充分に瞑想の経験を積んでいるから気持ちはよく分かる、といい訳した。
オーガズムの嵐の体験は捨て難いが、、、。

実は、僕は週に一度のメディテーションのコースを約6ヶ月続けた事がある。
中国の仏教系の団体が宗教とは関係なく無料で教えてくれるコースだ。
人気のあるコースでたくさんの人たちが参加していた。ビギナーの僕らは1時間、30人ほどの人たちと一緒にメディテーションをおこなう。メディテーションの間は、先生が唱えるお経のようなものを、意味はわからないのだがオウム返しで復唱する。守らなくてはいけないルールはただ一つ、メディテーションの最中に目を開けてはいけないという事だ。僕にとって1時間のメディテーションは拷問だった。目を閉じたとたんに眠くなり、その眠さを振り払うために家に帰ってから食べたいものを毎回考えていた。無我の境地からはほど遠い。しかし、それよりもキツい事は周りの様子を見れない事だった。メディテーションがはじまり5分ほどするとすすり泣く人、果てしなくゲップを繰り返す人、何度もおならをする人、そしてドタバタと色々な雑音が周りから聞こえてくるのだ。ただでさえたくさんの雑念を抱えながらメディテーションしている僕だったので目を開けないというたった一つのルールだけは守ろうと心に決めていた。でも周りがどんな状態なのか気になるので、コースが終わった後、このコースに参加している僕の友人たちに周りで何が起こっているのか聞くのだが、目を開けた事がないからわからない、というのが皆の答えだった。6ヶ月目のある日、いつもよりも激しい泣き声、ゲップ、おならの音、そしてドタバタで僕はまったく集中できなかった。そして誰が泣き、ゲップをし、おならをしているのか確認したい誘惑がいつになく強く僕を支配していた。寝たふりをする子どものように、僕はゆっくりと薄目を開けた、そしてぶったまげてしまった。僕はここに来ている約30人の人全員が僕のように座禅しているものだと思っていたのだが、何人もの人たちがホールの中を陶酔した顔でひらひらと踊り、飛び跳ね、ある人は白目をむいて半ば失神状態、ゲップをしているのは方向的にあの美しい女性、おならは白髪の紳士だった。皆、完全に自分を捨てている。メディテーションの快楽に酔っている。こ、これがメディテーションというものだったのか?
それ以来僕はこのコースに行かなくなったし、メディテーションは自分には向かないと諦めてしまった。

今日は短い話にしちゃおう、と思っていたのにこれだ。
最近睡眠時間が極端に短い。
毎朝3時起きだ。
以前、僕の友人が言った「質の高い30分のメディテーションは2時間分の熟睡に匹敵する」という言葉がひっかかっていたのだろう。
相変わらず煩悩を土台に思考を展開する自分が悲しい。

僕の瞑想はまるで、迷走だ。






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昨年の夏のキャンプで、瞑想するピーター。


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瞑想するワンコ。


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瞑想する岩。


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瞑想する地衣類。


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瞑想する草。


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瞑想する風景。







写真は全て、Cockle Creek, Tasmania






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by somashiona | 2007-06-26 20:42 | デジタル

終わりを遂げた人生に敬意を払う



僕のブログをすでに何度か見てくれている人たちは、僕のことをかなり暗い人間だと思っているだろう。
そんな皆さんの予想に応えるべく、今日も暗い話しを一つしようと思う。


知らない土地にいくと積極的に探す場所がある。
お墓だ。
どうしてなのかハッキリとした理由はわからない。
磁石のように引きつけられる。
お墓に行くといつも神聖な気持ちになり、おまけに目頭を熱くしてしまう。
突然に一人で訪れるお墓は、いつだって誰もいない。
枯れてしまったお供えの花にまじった真新しい花が、ここは人間が立ち入る現実の世界だということを言葉なく僕に知らせてくれ、少しだけホッとする。
僕には幸か不幸か霊的なものが見える力はまったく無いが、僕の足下にこの土地で人生を終えた人たちが何人も眠っているのかと思うと、これからの滞在期間、心してこの土地と接していこうという気持ちになる。

オーストラリアのお墓には墓石の下に眠る人の生前の人柄をしのばせる言葉がよく書いてある。
生まれた日と死んだ日。
フットボールを心から愛していたとか、いつも編み物をしていた面影が、とかそんな言葉だ。

短くても墓石に刻まれた言葉には口答えできない説得力がある。
「誰よりも愛する妻へ」
「僕たちの大好きなダディへ」
「マミー、いつまでもあなたを忘れない」
「まだ小さな息子よ、ダディとマミーはいつも一緒だよ」

時々、顔写真入りの墓石もあるが、僕はその写真をなかなか直視できない。
一人ぼっちのお墓で見るその写真は、僕の顔を必要以上に凝視し、その写真がたとえ笑顔でも、僕はその視線に耐えられない。

古い土地に行くとやはり古い墓がある。
1800年代に生まれ、1830年代にタスマニアで人生を終えている墓石を時々見つける。
もちろんイギリスから来た人のものだ。
お墓が残っているくらいだから、囚人ではなかっただろう。

タスマニアにはネイティブの落葉樹が1種類しかない。
なのに今ではそこらじゅう落葉樹だらけだ。
故郷を懐かしむ入植者たちがタスマニアに故郷の風景を再現しようと、ユーカリの木をバサバサと切り倒し、故郷の樹木を徹底的に植えたそうだ。
しかし入植時代、多くの人たちは、立派に育ったなつかしい故郷の樹木の落葉を見ることなく、このタスマニアで人生を終えたことだろう。

リッチモンドにはオーストラリアでもっとも古いセントジョンカトリック教会がある。教会の前にはタスマニアの州花でもあるブルーガムツリーが立派にそびえ立っている。
タスマニアに来る観光客は必ずといっていいほどここを訪れ、教会の中を見学し、ブルーガムツリーの前で記念撮影をするが、教会の裏にある墓には誰も足を伸ばさない。

タスマニアの歴史を見続けた先人たちの足跡が、すぐそこにあるのに。






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The gravestone of St John’s Catholic Church, Richmond, Tasmania




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コメントを残してくれた皆さんへ
ごめんなさい、もうちょっと返事待ってくださいね。
いま睡眠時間を確保することで精一杯なんです。
必ず返事、書きますよぉ〜!
でも、寝かせてぇ〜!









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by somashiona | 2007-06-25 19:24

昨日の朝の会話



「ヘイ、ソーマ、見てごらんよ。霜が降りて辺り一面真っ白だよ。ニューノーフォークは毎朝こんなに寒いのかい?」
「ダディ、今日なんてまだマシだよ。先週はマイナス5度まで下がったんだよ。今年一番の寒さを記録したってニュースで言ってたよ」

毎週土曜の朝9時にどこもたちを迎えにいく。
ホバートから子どもたちの住むニューノーフォークまでは車で片道約40分だ。
山に囲まれたこの町は、夏、暑く、冬、冷え込む。
僕はニューノーフォークの冬の朝が好きだ。
霧に覆われることの多い冬の朝は、この町の煩わしい現実を一時的とはいえ消し去ってくれるし、毛穴を塞いでしまうような冷たい空気は、意味のないおしゃべりでひと時の美しさをぶち壊してしまうたぐいの人々を家の中に閉じ込める大切な役割を担ってくれる。

「ダディ、どうしてここで車を止めるの?今朝はここで遊ぶの?」
「いいや、シオナ、ここでは遊ばないよ。シオナ、君の横にダディのカバンがあるでしょ、その中にカメラが入っていると思うんだけど、見てくれるかい?」
「ダディ、こんな小さなカバンにカメラなんて入るわけないじゃない!」
「小さいカバンには、小さいカメラが入っているんだよ、シオナ」
「えっ、ええっ〜、ダディ、今から写真撮りはじめるのぉ〜?ボク、お腹ぺこぺこなんだよぉ〜」
「ぺこぺこって、まだ9時だよ、ソーマ?」
「だって起きたの5時なんだもん。今朝は起きてすぐに食べたんだ!」
「ねえ、ねえ、ダディ、どこを写真に撮るの?」
「シオナ、どこが一番きれいだと思う?」
「うぅ〜ん、ワタシ、あそこの木がきれいだと思う」
「どうして?」
「だってなんだかキラキラしてるもん」
「シオナはマミーと同じでアーティストだね。きれいなところを見つける天才だ!」
「ダディ、ボクたち車で待ってるから早く行ってよ!あのさ、言っとくけど3枚だけだよ!写真がはじまるといつも長いんだから、ダディは。3枚だよ!ダディ。プロミス?!」
「オーケー、オーケー、プロミス。でも、ワンシーンで3カットっていう意味だからね!大丈夫、5分で戻るよ。心配すんなって!」
「あっ、ダディ、ずるいよ!そうやってまた一杯撮るんでしょ!あっ、待ってよダディ、ダディってば!」


昨日の朝の会話でした。




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by somashiona | 2007-06-24 20:32 | デジタル

芸術とは、限りなく盗作に近い模倣なり



「芸術とは、限りなく盗作に近い模倣なり」
誰の台詞か知らないが、僕の友人Yは口癖のようにこのフレーズを繰り返していた。(吉田!お前のことだよ!あっ、いけね、本名言っちゃった)
まだ学生の頃の話しだ。
その頃、彼は映画を作りたくていつもうずうずしていたが、僕はと言えば単車を転がし、ガールフレンドといちゃつくことで忙しい毎日を過ごしていた。

27歳で写真に出会い、寝ても覚めても写真のとこばかり考えた。
カメラさえあれば写真は誰にでも撮れる。
間違いではない。
画家になろうと思ったらデッサンからはじまり、人がまともに見れるものを描けるようになるまで気の遠くなる道のりを歩かなくてはならないだろうし、小説家になるためには繊細な感性と数学のように物事を順序よく展開できる賢いおつむがないとダメだっていうことくらい、これも容易く想像できた。

写真にはそんな面倒なステップは必要ない、、、と僕は思っていた。
しかし、僕は写真の罠にまんまとハマってしまったのだ。

写真はファッションモデルなみの女性ではなく、隣の家に住む、どこにでもいそうな娘の姿をして僕に微笑みかけたが、知れば知るほど魔性が心に住みつくエコエコアザラクのような女だと徐々にわかってきた。
最初は自分の思い描くイメージを、ほんの少しの知識と努力で簡単に与えてくれる。そして自分の撮った写真を見ては「げっ、いいじゃん、いけるじゃん、俺ってひょっとして、才能あり?」とうぬぼれる。
技術の獲得は初期の段階では目に見える進歩があるから、面白くてヤメられない。
やがてより高度な技術のために、より理想のイメージを作り上げるために、様々なレンズが欲しくなる。新しいレンズを買ってはそれよりも速いスピードで欲しいレンズ・リストが頭の中で自動更新され、レンズが揃ってくると次ぎに、これまた自動的に欲しいカメラボディ・リストが作成される。
毎月せっせ、せっせとフィルムを買い、36コマの中に一つもお気に入りがないと、またムキになってもっとたくさんフィルムを買い込み、会社に行く回数よりも多く、ラボに通うことになる。
もちろん銀行口座の残高は以前に増して急速に寂しくなるが、それでも自分を止めようとは決して思わない。
これも魔性の女と付き合ったことのある男なら、同じ思いを経験済みだろう。
何と言っても相手はエコエコアザラクの黒井ミサ、肉の喜びに溺れることと、写真に溺れるのは同等の意味を持つ。(知らない方へ『エコエコアザラク』 は、古賀新一氏のホラー漫画)

基本的技術をだいたいマスターすると撮りたい写真のスタイルを模索するようになる。
僕の場合、最高の先生であり、また最高のテキストは写真集だった。
写真集であらゆるタイプの写真を見まくる。
やがて自分が理想とする写真家が自分の中で確立され、自分の写真をそれに近づけようとする。

写真に出会ってから1年で会社を辞め、3年後にはロスアンジェルスの写真学校に通っていた。
その後、プロとして東京で働きはじめた後も、僕はまだこの自分の理想とする写真家に自分の写真を近づけようとする努力を続けていた。
その間、友人のYである、吉田のあの言葉がエコエコアザラクの呪文のようにいつも頭の中で流れ、耳障りなノイズのように永遠と僕を苦しめた。
「芸術とは、限りなく盗作に近い模倣なり、芸術とは限りなく、、、」

僕が目指した写真家、すなわちロバート・フランク、アンリ・カルティエ・ブレッソン、ジョセフ・クーデルカ、ヤン・ソウデックたちはその頃僕がやっていた仕事(プロレス、格闘技関係の写真)とはこれっぽっちも重なるところがなかった。
僕は次第に仕事に、そして写真にストレスを感じはじめた。

今度は型から逃れようともがきはじめた。
でも、仕事をする時は必ず依頼者の希望を満たさないといけない。
自分の作品を作っているのではない。
どんな写真を撮っても心の底では「何かに似てるなぁ」「あれっ、どっかで見たことあるぞぉ、、、」と言う気持ちがあった。
「俺はまだ模倣をしているのか?」何年経ってもこの気持ちが消えなかった。

アメリカにおいてアンセル・アダムスというモノクロ風景写真家の名前なら、写真をやっていない人でもだいたい知っている。
今の日本なら土門拳や木村伊衛兵よりもアラーキーや篠山紀信といった写真家のほうが一般の人たちには知名度があるだろう。
タスマニアでは故ピーター・ドンブロンスキーというタスマニア出身の写真家が写真の代名詞だ。そして、タスマニアで写真といえば、それはもうピーター・ドンブロンスキーのような風景写真のことをさす。逆に風景写真を撮らなければどんな良い写真を撮っても見向きもされないふしがある。
いい写真を撮れば「ピーター・ドンブロンスキーのようにいいね」と褒められ、人物写真を撮れば、「どうしてピーター・ドンブロンスキーのような写真を撮らないの?」と尋ねられる。
僕はタスマニアに来て以来、しばらく他の人の写真を見なくなった。
どんな写真家が有名か、どんな写真が今の流れか、皆があっと驚く写真って何か、もうそういったことはどうでもよくなった。
写真雑誌も一切見ない。
好きな映画すら見なくなった。

すると、写真をはじめた頃の、あのウブな気持ちが蘇ってきた。
そしてたぶん、はじめて自分の心と向き合った。
「いったい、ホントは何が撮りたいの?」
「何が欲しくて写真を撮るの?」
このことを考えるようになった。
技術やスタイルの話しではない。

僕は写真によって人生が変わってしまった。
僕は写真が人の人生を変える力を持っているということをよく知っている証人だ。
景色が綺麗、なんだか素敵、いいムード漂う、発色がいい、構図がしっかりとしている、光りをよく読んでいる、みな大切な要素だけど、それが一番じゃない。
醜くても、ぶれていても、光りが悪くても、日の丸構図でも、かまわないからシャッターを押してしまう何かがそこにあればいい。
それは何か?
いつだって心の中はどろどろと、ごちゃごちゃと、まとまらない思いが嵐のように渦巻いている。
自分に対して、他人に対して、社会に対して、世界に対して。
それが幸せであれ、希望、喜び、愛、不安、不満、失望、悲しみ、なんであれ、心はそれを吐き出す場所と方法をいつも求めている。
ほんの一瞬、それが僕の目の前で起こっていることと重なりあう時がある。
言葉にならない僕の思いが、他人の姿をしてヴィジュアル的に再現されることがある。
僕は人の心の中を計り知ることなどできない。
唯一、僕ができることは、自分の知っている経験や感情と目の前に起こっていること、目の前に広がるものと重ねあわせることだ。
それを僕のカメラが上手く捉えることができたなら、それは僕だけのものだ。
それは模倣でも、盗作でもない。
僕だけのものだ。

僕は最近やっと少しだけ写真がわかりかけている気がしている。
ちょっと時間をかけすぎた感もあるが、不器用だからしかたない。






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上の3枚。カメラを買って間もない頃の写真。
フィルムはネオパン、現像もプリントも本を読で調べながら、バスルームでやった。
札幌、大通公園、札幌駅(2枚目)






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L.A.ではスナップショットの毎日。
最後の写真は当時住んでいたフラットの管理人。
家賃滞納で壁にベタベタと私物を没収しますよという脅しの紙が貼られるようになったので、友好関係を結ぶべく、彼の愛するわんこと一緒にポートレイトを撮った。
Los Angeles, Hollywood














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by somashiona | 2007-06-22 21:59 | B&W Print

写真人生のはじまり



20代の頃、僕はいつも悩んでいた。
自分は何をすべきなのか?
何をするために生まれてきたのか?

誰もが通る道だ。

学生の頃、数えきれないほどのバイトをした。
これだと思う職は一つもなかった。

一人、オートバイで日本一周をした。
多くの人と出会い、多くの人生を見せてもらった。
でも、自分が何をすべきかは、まだ分からなかった。

そうこうしている間に、4年間の大学生活が終わりに近づき、まだハッキリと目標が定まらないまま、一社だけ就職活動をし、第一志望の会社にすんなり就職できた。

サラリーマン生活がはじまった。
仕事は面白く、やり甲斐もあったが、かたちに残らないサービスを提供し、他人のお金儲けのお手伝いと、自分の成績達成を気にする毎日に疑問は膨らむばかりだった。
この仕事をやるために生まれてきたのか?と自問すると、答えは100%「ノー」だ。

大学の教授が「物書きになれ」と僕に言ったのを思い出し、仕事が終わった後、夜中に小説もどきを書きはじめた。夜は気持ちが昂揚し、雄弁に愛や人生を語るのだが、朝、書いたものを冷静になって読むと毎回顔が赤くなった。
この道も僕には不可能だとあっさり悟った。

ある日、本屋でローバート・フランクの写真集『アメリカンズ』を偶然見た。
目からウロコが落ち、脳天には雷が落ちた。
その写真集の中には、僕がいつも感じているがどう表現していいか分からなかった生きることへの詩がぎっしりと詰まっていたのだ。
突然、僕の周りに何人もの天使がひらひらと舞い、雲の隙間から射し込んだ光りの中には天職を見つける女神が微笑みかけている。

これだ!
写真だ!
写真にはこういうことができるんだ!
写真なんてカメラさえあれば誰でも写せる!
写真家になろう!

この日から人生が変わった。

仕事をしている時いつも目に入っていたカメラ屋さんに直行し、そこのオヤジさんにカメラを買いたい、と言った。
どんなカメラが欲しいと言われたってカメラの知識ゼロ。
「あんた、凝り性かい?」オヤジさんは僕に聞いた。
「たぶんそうだと思う」
「じゃあこれで決まりだ。ちょうど良いコンディションのがある」
ニコンFM2だった。
フィルムの入れ方を教えてもらって、オヤジさんの言う通りにポジフィルムを3本買い、外に飛び出した。
生まれて初めての自分のカメラ。
カメラにフィルムを入れるのもはじめて。
調子に乗って3本一気に撮りきってしまった。
しかし、現像所から受け取ったポジを見てショックを受ける。
全てのコマが真っ黒。
ワンカットも写っていない。
すぐにカメラ屋に行って、オヤジに文句を言った。
「オヤジさん、このカメラ壊れてるよ!見てこれ!何にも写ってないよ!」
オヤジはポジを見て、そしてゆっくりと老眼鏡を目の下にずらしてから僕にいった。
「露出はどう合わせた?」
僕は眉間に皺を寄せていった。
「露出って、何のこと?」
「何のことって、あんた、シャッタースピードと絞りの話しだよ」
「シャッター、、、シボリ?おしぼり?、、、、????」
僕は本当に何も知らなかった。
ピントさえ合わせれば、写真は写ると思っていた。

これが僕の写真人生のはじまり。
27歳の冬だった。







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Hobart, Tasmania

長い間フォルダに入れっぱなしで忘れていた写真を見つけアップしました。
写真を見ながら何の話しを書こうかなぁ、と考えているうちなぜかはじめてカメラを買ったときの話しを思い出しました。
テキストと写真は無関係です。
悪しからず。








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by somashiona | 2007-06-21 22:20 | デジタル

泣く人





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生きていれば泣きたくなるようなことが、たくさんある。




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もし目の前で泣く人がいたら、
訳を聞いてあげるのもいいし、
ただ黙ってそばにいてあげるのも、悪くない。




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でも僕は、
そのどちらもせずに、
泣く人の写真を撮ってしまった。






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by somashiona | 2007-06-21 00:14 | 仕事

50mmレンズの甘酸っぱい思い出



50mmレンズと聞くといつも思い出す記憶がある。
その記憶は写真付きだ。


ロスアンジェルスで写真を学んでいた頃の話しだ。
そう、もう10年以上前のこと。
ベーシックなモノクロのクラスをこの時とっていた。
アサイメント(課題)に追われる毎日。
アサイメントを提出しない、もしくは5分でも提出時間を過ぎると授業を受ける資格を失う。
フォトグラファーは締め切り厳守、写真に関してはかなり厳しい学校だった。
エリオット・アーウィットが写真を学んだ学校だ。


ある夏の日、この日の授業のお題目が出た。
「50mm単レンズを使いポートレイトをとりなさい。使うフィルムはコダックTri-x。現像液はコダックD-76。現像液の希釈は自由。プリントのペーパーはイルフォードRCのパールを使用すること。ペーパーの現像液はディクトール」

この時代に写真を学んでいた人にとっては、ついつい笑ってしまう、基本中の基本、典型的、かつもっとも信頼のおける組み合わせだろう。
今の写真学校でもこういうことを教えるのだろうか?

50mmでポートレイト、その頃僕がもっとも頻繁に使っていた方法なので何の苦労もないと思った。
50mmのポートレイトとはまさしく、心通じあうコミュミケーションを前提に、遠すぎも、近すぎもしない距離から、素直に、真っ直ぐと撮る写真だ。
手を伸ばせば被写体に触れることができそうな、まるでその場に自分が立ってその被写体を見つめている錯覚に無理なく陥ることができる写真だ。
50mmの典型的ポートレイトを撮ってやろうと学校のキャンパスをしばらくうろついた。
手にしていたのはニコンFM2に50mmf1.4。
学校が唯一進める基本のコンビネーション。

無意識に目で追っているのは女の子。
当たり前だ。
罪悪感なく女の子に声をかけられる絶好のチャンスだから。

芝生で一人、本を読む女の子が目に入った。
というより、吸い寄せられた。
「クラスの課題のための写真が撮りたいんだけど、、、」ともごもご話す僕に「いいわよ」と顔を赤らめて彼女は答えた。
シャイな娘だっていうことはすぐにわかった。

5、6カット撮っただけでその場をすぐ後にした。
5、6カットでおしまいにするだなんて、まったく僕らしくない。
僕もどうしてだか理由はわからないが妙にそわそわしていたのだ。
いや、正直に言おう。
理由は明快。
タイプの娘なのだ。

すぐに学校の暗室に入ってフィルム現像をし、プリントにかかる。
これは多くの人が言うことだが、真っ暗な暗室の中、真っ赤なセーフライトの下でトレイに入った現像液から印画紙に像が浮かび上がる瞬間はやはりドキドキする。
それがタイプの娘の写真なら、なおさらだ。
思った通りの写真が撮れていた。
浅い被写界深度の中に彼女の大きな瞳が、しっかりと輪郭を持って僕を見つめている。
アサイメントのことなどもう頭からなかった。

アサイメントの用のプリント、自分用のプリントを焼き、彼女にプレゼントするプリントはファイバーペーパー(バライタ紙)で焼いた。
貧乏学生にとって高価なファイバーペーパーを使うのは特別な意味を持つ。
印画紙の水洗にたっぷり時間がかかり、乾いた後にペーパーがフラットになるよう多大な努力を要するこのペーパー。
このペーパーを使うということは、それだけ思い入れがたくさん入っているという証拠だ。
もちろん出来上がったプリントの質感、諧調、黒のしまり、手にしたときの重量感、すべてにおいてRCのペーパーとは違う。
デジタルしか経験がなく、この感覚を知らないのはとてももったいない話しだ。これも写真の大きな魅力の一つだからだ。

とにかく、このプリントを僕はいつもカバンの中に入れていた。
僕は彼女の連絡先どころか、名前すら知らなかった。
彼女の黒いTシャツに絵の具の跡のような物があり、それを手がかりにアートの校舎にも随分行ったが、彼女を見つけることが出来なかった。
知らない人に彼女の写真を見せて彼女を捜し出すほど僕には勇気がない。
ただ彼女にもう一度会える偶然を願って、カバンの中にこの8 x 10インチのプリントをいつも入れていた。
まるでお守りのように。
プリントが入った封筒がすり切れると、新しい封筒に変えてまたカバンの中に入れた。
もし彼女に会った時、「ああ、そうだ今日偶然このプリントを友達に見せようと思って持っているんだけど」と言って渡すためには封筒は新品でないといけない。
笑われそうな話しだが、僕はそれを2年続けた。
いつか必ず会えると信じて疑わなかったからだ。

でも、その日はとうとう来なかった。
今日でカバンに入れるのはヤメよう、と決めた日は一人勝手に失恋の気分を味わっていた。

今、彼女はどこにいるのだろうか?






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【50mmの集いへ参加します】
普段は集わないルパンだけど、、、




f0137354_2154380.jpgの呼びかけとくりゃあ、やらないわけにはいかないぜ!




というのは表向きの理由で、実は、、、




f0137354_21563684.jpgがいるから顔を出すのさ!うっ、ひっ、ひっ。




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お前もブラジルから飛んで来いよ! え? 俺は10mm使いだって? いいから来いよって!




ピ〜ポ〜、ピ〜ポ〜、ピ〜ポ〜、、、
おっ、いけねぇ、銭形のとっつぁんだ!  なんだ、まだ奈良に行ってないの?
f0137354_21592222.jpgこぉ〜らぁ〜、ルパァ〜ン、待てぇぇ〜〜!






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by somashiona | 2007-06-19 22:10 | B&W Print

シオナの武器はインフィニティ



子どもと一緒にいて心とろける瞬間がある。




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しばらくの間、夢中で絵を描いていた手を突然止め、
食事の準備の手伝いで、ジャガイモの皮を剥いていたのを突然やめて、
ぽかぽか陽気の中、散歩途中の軽やかなスキップが突然とまり、
ふと何か大切なことでも思い出したかのように、
今言わないといけない重大な報告をするように、
振り返り、僕の顔をじっと見つめて、
「I love you, Daddy」と言いニッコリ微笑む。




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「How much do you love me?」
お決まりの台詞だが、僕は彼らにそう聞く。

シオナが100、と答えると、ソーマがすかさず280と適当な数字を言う。
ここで兄弟の戦いが始まるのだが、大きな数字になればなるほど知識の乏しいシオナには苦しい戦いになる。

シオナが頑張って9999、というと、ソーマはニヤリとし一億!
「ダディ、億って何のなぉ〜?」
ここでシオナの負けが決まり、しばらく落ち込む。




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(クリスマスシーズンの写真なのでトナカイさんを演じるシオナ)




しかし、知恵を付けたシオナは最近、新しい攻略法でこの戦いを制する。

僕が「How much,,,」と言うのを聞いたとたん、間髪入れずに「インフィニティ!」とシオナが言い、それを先に言われてしまったソーマは大いに悔しがる。

シオナの最強の新兵器、その名も「インフィニティ(infinity)」無限大∞だ。






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by somashiona | 2007-06-19 00:22 | ソーマとシオナ

ソーマが泣いた



子どもたちと共に週末を過ごし、彼らを母親のもとへ送り届けた際は、彼らの母親、つまり僕の元妻とできるだけ話しをするように心がけている。
90%は子どもたちの話しだ。
彼らをしっかり育てることは今でも僕たちの共通の責任であり、共通の目標だ。

僕たちは差し向かいで優先順位が高いと思われる話題からかなり真剣に、また率直に話し合っていくのだが、このとき子どもたちはそわそわする。
特にソーマは僕や母親にベタベタとくっついて離れない。
僕といる時はベタベタしない子なので、いつもこんなふうか?と彼女に聞くと違うと言う。
自分の一番好きな人間が目の前で二人揃って話しをしているのだ。
考えてみると、興奮するのも無理ない。

僕と元妻がそんな話しをしているとき、ソーマは僕の膝の上に座って母親の方を向いていた。上機嫌だ。
その彼に肩越しから僕は、特に深い意味もなく、笑いながらこう言った。
「いいかい、ソーマ。今はこうしてマミーやダディにベタベタとくっついているけど、後3、4年もすると、マミーが買い物に誘っても、散歩に行こうと言っても、僕、忙しいんだから一人で行ってよ!なんて言うようになるんだよ」

ソーマの肩が震えはじめた。
顔を見ると彼はポロポロと涙を流している。

しまった!やっちゃった!
大人の視点で話しをしてしまった!

彼の母親も慌ててフォローしている。
「いいのよ、心配しなくても。ソーマはいつまでもマミーと一緒よ」

それを聞いて少し安心したのか、ソーマは無理に笑顔を作り、鼻をすすりながら僕たちに笑った。

大人になると、いつかは離れる、いずれ終わる、やがて忘れ去る、ということがあまりにも日常になり、子どもにとってそれが想像を絶する恐怖だということを忘れてしまう。
親と離れることの恐怖、そんな当たり前の感覚を僕は忘れていた。

ごめんよソーマ、いつまでもベタベタして欲しいのは、ダディのほうなんだ、、、。








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by somashiona | 2007-06-17 23:01 | ソーマとシオナ

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