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フォーテスキューベイ#最終回 --- 風景写真反省会







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これが最後だから許してちょーだい、フォーテスキューベイ。




最終回は部活動の遠征が終わった部員のように反省会でしめたいと思う。




良い写真をたくさん見て自分の目を肥やす事はとても重要だが、ヘタな写真であっても自分の撮った写真から目を逸らしてはいけない。
オーストラリア人ならきっと自分の写真のよい部分を見つけ、たくさん自分を褒め、長所をさらに伸ばすのだろうけど、僕が自分の写真を見るときは、やはり日本人らしく、自分の欠点を探す。
物事を否定的に捕らえて、本質に近づく方法を選んでしまうのだ。

よぉ〜く、じっくりと自分の撮った一連の写真を見て何が欠けているかを探すのだ。
たくさんありすぎるからといって、それを全部言ってしまうと次ぎからもうやる気がしなくなるので、ひとつだけに絞る。
一枚の写真から、さらに見えないその先へと想像が膨らむような空間に欠けているというのが、今回の僕の感想だ。
自分のアンテナに触れたものを構図の真ん中に置き、シャッターを切ってしまう。
これは僕の好きな28mm〜85mmを使ってポートレイトを撮るときのパターンと同じなのだ。
全ての絵がポートレイト調だと、それが10点あろうが20点あろうが、とても単調な印象になってしまう。
実際、自分の撮った一連の写真を見ると、なんだかどれも窮屈だ。
せっかく広々とした美しい空間に身を置いていたにもかかわらず、自由な広がりを感じられないのだ。

タスマニアに来て風景写真を撮るようになってから僕の撮るポートレイトが少しだけ変ってきた気がしている。
その人を取り巻く環境をいかに構図に入れるかを以前より考えるようになった。
ポートレイトで使うレンズもだんだんと広角系になり、f値も大きくなってきている。
もちろん、絞るとたくさんの情報量が構図の中に入り、伝えたいメッセージのインパクトがなくなるのだが、その情報をインパクトに変える努力をするのだ。
女の子、200mm、f2.8みたいなパターンを繰り返してはいけない。

これが風景となるとポートレイト以上に周りの情報が大切になるはずだが、あまりにも色々なものに目移りしすぎて周りの情報を取り入れる勇気がなくなるのだ。
周りの情報を取り入れる事と、空間を活かす事は話が違う。
ポートレイトは周りの情報を取り込むことによって人物像に命を吹き込む。
しかし風景は情報ではなく、周りの空間を効果的に取り込む事によって、主題を取り巻く空間を見るものに想像させる必要があるのだと思う。
これが出来ないのは訓練が足りないだけではなく、1を見て100を感じる想像力に欠けるからなのかもしれない。
夢想家、もっと白昼夢をたくさん見なければいけない。

これはちょっと言い訳がましいが、写真の中の空間を上手く取り入れられない理由のひとつに11 x 14 以上の大きさのプリントをしなくなったことがあるのではないかという気がする。
デジカメを使うようになってからモニターで絵を確認する癖がついた。
最近ではモニターが大きくなってきたとはいえ、あれで自分の撮った写真を見るとき、主要被写体がハッキリと見えないととても心もとない写真に感じてしまう。しかしあのモニターで主要被写体がハッキリ見えるということは、11 x 14以上のプリントを作った時主要被写体が目障りなほど大きすぎてしまう可能性がある。その辺のバランス感覚がどうもデジカメになってから失われてきた気がしてならないのだ。
写真はやはりプリントを見るべきだし、大きく素晴らしいプリントを見る機会を増やさないと、写真の持つ力強ささえ忘れてしまう。
10年前、自分の写真をモニターで見る時間がどれくらいあっただろう?
ライトテーブルの上に置いたカットをルーペで見て、印刷された雑誌で見て、引き延ばしたプリントで見る。
うぅ〜ん、今ではとても懐かしい。






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反省会と言えば、このキャンプで子供たちと木の伐採に付いて話し合った。
キャンプ場へ向かう森の中の砂利道を走っていると主要道路から逸れる道を何度となく見る。
好奇心でその道を入っていけば戦場の後のような森が伐採された光景が目の前に延々と広がる。
僕が写真に撮ったのはきっと植林地の伐採の後だろう。
それにしてもこの美しい自然の人目につかないほんのすぐ近くで毎日、毎日木が切り倒されていることを思うと、胸が痛くなる。
自然の中で果てていった木はその後でも美しいが、伐採され、焼き払われた後の木は何とも悲しい。
人間はいつだって自然から多くのものをもらうのに、どうしてその自然に対して惨い仕打ちをするのだろう。
僕たちの子供の世代は、早い時期からこういう問題に触れ、彼らが大人になった時、それを自分たちの知恵と努力で解決できる人間になって欲しい。








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by somashiona | 2007-11-30 20:47 | デジタル

フォーテスキューベイ#5 --- 美人の木がモデル編




くどいぞ、マナブ!と言われそうな気がするが、まだ続きがあるフォーテスキューベイ。
本日は風景写真をアップする。

せっかく三脚やレリーズを持っていったにも関わらず、案の定一度も使わなかった。
腰を据えて物事に取り組めない性格なのか?
風景もスナップ風にしか撮れない。
手応えのあるビーチの写真を期待していたのだが、今回はまったく撮れなかった。
夜のビーチを撮りたかったのだが、子供と一緒のとき、本気モードは御法度。
彼らを楽しませる為にここへ来たのだから、写真は二の次だ。
男は欲望を抑えることによって成長するのだ。


ビーチにビキニ姿のピチピチギャルはいなかったが(オヤジ臭いことを言うようだが、オヤジなのでしょうがない)、そのかわり美人の木がたくさんあった。
阿波の流木greenさんの影響か、流木や倒木がやたらと気になった。
ブログをはじめていらい、多くの人から様々な影響を受けている。
「まったくお兄ちゃんは影響されやすいんだから、、、」と子供の頃、母親によく言われたものだが、この年齢になっても影響されやすいのは、フレキシブルな人間、柔軟な男ということで、是非肯定的に考えたい。

寿命が来て、力果てその場に崩れ落ちたのか?
それとも不意の強風によって不本意にも地面に叩き付けられたのか?
水辺には、倒れ、雨風に晒され、白骨化した巨木がたくさんあった。
死んでしまった後もまだ美しく、威厳に満ちているのは生き物の中で樹木くらいじゃないだろうか?
これからの木が倒れる時、どんな音を立てたのか、どれくらいの時間ここに横たわっていたのか、子供たちと想像を巡らせ、倒れた木に触れた。
生きている木も、死んでしまった木も、全ての木たちが僕たち親子の話を聞いているように感じた。








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by somashiona | 2007-11-28 13:21 | デジタル

フォーテスキューベイ#4 --- 私はモンキーガールよ編





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自然の中に入るとシオナは変身する。
「私はモンキーガールよ!」と言いながらそこら中を飛び回る。
キ、キィー、キ、キィーと鳴き声をあげ、木にぶら下がり、岩の上によじ登り、小川を飛び越える。




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僕が人間の言葉で話しかけても彼女は答えてくれない。
「キ、キィー、シオナ!キ、キィー、もうすぐお昼だから帰るよ、キ、キィー、こっちへおいで!」
「キ、キィー、ダディ!キ、キィー、モンキーは森の中でランチを食べるのよ、キ、キィー!」




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今回写真を整理して気がついた。
シオナは確かにいつでも飛び跳ねている。
しかも、両手をいっぱいに広げて飛び跳ねている。
そんな写真が、たくさん出てくるわ、出てくるわ!
ダディは本当に驚いてしまった、キ、キィー!




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by somashiona | 2007-11-27 14:42 | ソーマとシオナ

フォーテスキューベイ#3 ---  子供たちよ、生があるから死があるんだよ編







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自然の中で時間を過ごすと当たり前のように生き物に目がいく。
子供たちの行動を見ていると面白い。
森の中では動物や昆虫、植物に目がいき、水辺では魚、カエル、カニなどを探しはじめる。
誰が教えた訳でもないのにそういう行動をとるのは、それが人間の本能だからなのか?
いくらタスマニアが自然豊かな島であっても、普段の生活ではそういう経験は出来ない。
そしてさらに良いことは、それら生きるものたちの死を目にすることだと思う。
鳥や魚を追いかけ回したすぐ後に、自然の循環の中で力果て死んでいったそれらの生き物の姿を目にするのは言葉なくても心に響くものがあるだろう。
そう、自然は言葉で教えられないような物事の本質をもの凄い説得力をもって僕たちに伝えるのだ。
子供たちよ、生があるから死があるんだよ、と優しく諭してくれる。






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こんな田舎でも子供たちへのテレビやコンピュータゲームの浸透はもの凄いものがある。
子供たちはもの凄い量の時間を彼らの部屋の中やテレビ画面の前で過ごし、親たちはそれを嘆く。
しかしだ。親たちよ、いったい誰がそれを子供たちに与えているのか?
そんな話しをすると、いや、いや、マナブ、今のゲームはとてもクリエイティブで教育の効果もあって、云々と皆言いはじめる。
文学、芸術、哲学、確かに人間は素晴らしいものを作り上げる。
しかし、しかしだ。
そういう素晴らしいものを作り上げる人間の心の基本は幼少の頃の自然の中での体験や人々からの愛が柱になっているのではないか?
雨が降り、風が吹き、生き物が誕生し、死んでいく。
そういったことを理屈抜きで肌で感じたことがない人が、一体なにを作れるというのか?

おっと、まずい、だんだん弁論大会調になってきた。
「青年の主張」をするにはちょっと年が行き過ぎている。








そう、そう、キャンプはあまり好きでないと言う人にその理由を聞くとトイレの問題をあげる人が多い。
たしかにキャンプ場などのトイレはクモやムカデがいてちょっと気持ち悪いし、野外での用足しは慣れていない人にとっては心もとないだろう。
しかし、世界遺産の風景を見ながらシャーとできるのは、最高の贅沢だ。
自慢じゃないが僕の妹は登山者がたくさん通る登山道でも「こんにちは」と挨拶しながらポトンとできる。
(うぁ〜ごめん、言っちゃったよぉ〜)
シオナも最初は外でのトイレが苦手だったが、最近慣れつつある。




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“Nature is calling me.”
「トイレに行きたい」英語でこういう表現がある。








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by somashiona | 2007-11-25 19:07 | ソーマとシオナ

フォーテスキューベイ #2 - - - 朝の散歩と昼の海編




テントの中にいると周りの物音がまるですぐ隣で聞こえているかのように響くものだ。
美しい翌朝に備えて早めの時間に寝袋に入る。
そんな時に限って無神経なキャンパーたちが場違いの音楽を響かせながらいつまでもワイワイ騒ぐ。
これは若者に限ったことではない。
しかし音楽以上にイライラするのは静まり返ったキャンプ場に響く人の話し声だ。
なまじっか聞こえるだけに話しの内容が気になってしまう。
突然の笑い声はあと3秒で眠りに落ちるところを30分に引き延ばす。

今回のキャンプでははじめての試みに挑戦した。
いつもは立ち上がっても頭にテントが当たらない、かなり大きめのテントを張るのだが、今回は小さなテント2張りにした。
子供用と大人用だ。子供たちだけをテントに残すと、きっと懐中電灯を使って遊びだし、いつまでも起きているだろうなと思ったが、寝袋に入った途端、二人とも眠りに落ちてしまった。
翌朝早く起きても、くれぐれも大きな声で話したり、他の人たちのテントの周りを走り回ったりしないよう、寝る前に二人に注意した。

ソーマにそういう言いつけをすると、必ずきっちり守ってくれる。
シオナが万が一騒ぎだすと、兄の監督不行届として責任を取らされるからだ。
悲しいかな、兄として生まれてしまったら、そういう責任を背負わなければいけない。
シオナは兄の言うことを必ずしっかり聞いて、それに従わなければいけないという掟がある。
不幸にも、妹として生まれてしまったら、どこまでも兄についていかなくてはいけないのだ。
それが僕の考える兄妹だ。(丸大ハムの父を想像してください)(見た目は全然違います)

朝5時、隣のテントからひそひそと話す声が聞こえてきた。
やれ、やれ、子供たちが起きたらしい。
僕としてはもう少し寝たいところだが、彼らの声が大きくならないだろうかと考えると、2度寝できない。
ときおりシオナが笑い声を立てると、ソーマが彼女を注意する。
それが数回続いた後、僕は観念して寝袋から抜け出し、彼らのテントを覗いた。
二人とも満面の笑みを顔に浮かべている。
僕の友人たちは昨夜ビールやワインをたらふく飲んだので後2、3時間は起きないだろう。




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シリアルと果物の簡単な朝食を済まし、子供たちと朝の散歩に出かけた。

森に囲まれた白い砂浜に人の足跡を見つけることは出来るが、姿は見えない。
朝日によって長く引き延ばされた僕たちの影が見えるだけだ。
子供たちから少し目を離し、写真を撮っていると、”Dad is bad,,,“ (父ちゃんは悪い人だ、だってね、、、) とソーマが不条理な言葉を砂に書いているのを発見する。
(子供たちが成長するに従って、彼らの僕に対する言葉はときどき心臓を掴む。いい意味でも、悪い意味でもだ)
かと思えば砂浜に寝転がってカニになったり、川を飛び跳ねたりと、二人とも忙しい。




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この日、昼近くまでビーチを歩き回って出会った人は孫を連れたおじいちゃんと、重そうなバックパックを背負ったブッシュウォーカーだけだった。彼は一人でブッシュウォーキングに行き、昨夜どこかに泊まってきたのだろう。




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昼食の後は海だ。
まだ買っていないが今年は二人にボディーボードをプレゼントしようと思っている。
今から波にもまれても恐怖心を持たないようにさせなくてはいけない。
正直いってそう言っている僕自身、海が怖い。
タスマニアの海にはサメがいるし、なんといっても沖へ出ると二度と戻って来れない気がして仕方ないのだ。
今年僕はサーフィンに挑戦しようと思っている。
昨年一度だけやり、すぐに恋に落ちた。
僕の方こそ海に対する恐怖心を今年は克服しなければいけない。

タスマニアの海はウェットスーツなしでは楽しめない。
南極に近いだけあって海水は凍りつくほど冷たいのだ。
しかし、この冷たさには年々慣れてきている気がする。




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海あり、山あり、川あり、丘あり、いやぁ〜タスマニアって本当にいいところですねぇ〜。
(水野晴郎調で読んでください)

それでは皆さん、サヨナラ!、サヨナラ!サヨナラ!
(淀川長治調でお願いします)








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by somashiona | 2007-11-23 14:43 | ソーマとシオナ

キャンプシーズン到来!--- フォーテスキュー ベイ #1 焚き火編



ふっ、ふ、ふ、夏が近づいている。
夏といえば皆さん、やはりキャンプでしょう。


という訳で、先週末は今年初のキャンプを友人たち、子供たちと楽しんだ。
場所はホバートからポートアーサー方面に向かい、車で南下すること約1時間半。更にハイウェイからそれて鬱蒼とした森の中の未舗装道路を12km走らせると突然目の前に真っ青な海が広がる。
そこがフォーテスキュー ベイだ。
タスマン・ナショナルパークの一部であるこのビーチは周りが完全に深い森に囲まれているせいか、「秘密の場所」的な趣がある。
しかしこのビーチのキャンプ場は秘密どころか釣り人、スキューバダイビング、ブッシュウォーカー、家族連れなど、夏のホリデイシーズンは予約なしで行くとテントも張れないほどの人気スポットだ。
ここは今まで僕がテントを張ったタスマニアのキャンプ場の中では一番のお気に入りスポットなのだ。
子供たちもこのキャンプ場にはいい思い出がたくさんあるようで、ここでキャンプをすると言うと飛び上がって喜ぶ。






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美しいキャンプ場はナショナルパークに多いが、ナショナルパーク内のほとんどのキャンプ場では焚き火禁止だ。
マナーの悪い人が来ると環境に悪影響を与えるだけでなく、ブッシュファイヤーの原因になる可能性もあるからだ。
しかしだ、焚き火なしのキャンプは七味を入れないみそラーメンのようで味気ない。
(札幌出身なもんで、、、)
僕は子供の頃から火を扱うのが好きだ。
誤解しないでほしい、放火魔でなければ、危険な火遊びをする男という意味でもない。
上手い焚き火をするにはロジカルでなくてはならない。
早く勢いのある炎を見たいからといって、はじめから大きな木をくべてはいけないのだ。
新聞紙やオイルを使って種火を作るのは簡単だが、それは焚き火マニアのプライドが許さない。
身の回りにあるもので何が一番燃えやすいかよぉ〜く考え、その次に小枝、次に太めの枝と空気と風がきちんとそれらに行き渡るよう上手い構造を構築しなくてはいけない。
こういうことを僕は子供の頃からよく知っていた。
すべて母が教えてくれた。
母は自然の中で遊ぶことの達人だ。
それが北海道、十勝の田舎で生まれ育った宝だろう。
北海道では白樺の木の皮が種火作りのとてもよい材料になると母がよく言っていたが、ここタスマニアでは油分を多く含むユーカリの木の皮を使うといい。
松ぼっくりがあるとなおさらいい。

子供たちにこの焚き火係をさせると、これだけでキャンプを終えてもいいくらいの長い時間を焚き火の前で楽しく、真剣に過ごす。
夕食を終え、辺りがまっ暗になり、焚き火を囲みながらする会話は豊潤だ。
会話が途絶えても気まずい思いをする必要はない。
目の前で揺れる炎を見つめるだけで幸せな気分になれる。
きっと人類誕生以来の長い歴史の中で僕たちの先祖はこの行為を幾度となく繰り返してきたのだろう。
マンモスの肉をかじりながら、ビーフジャーキーをナイフで切り取りながら、コーヒーや紅茶の入ったマグカップを両手で包み込みながら、葡萄酒やウイスキーを回し飲みしながら、、、。大人から子供まで、焚き火の前で過ごすこの時間は、至福のときだ。
この日の夜、子供たちは木の枝にマシュマロを刺して、それを焚き火であぶり、何個も頬張っていた。
普段はあまりマシュマロが好きでない僕だが、この状況で食べるマシュマロは、確かにおいしい。








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今年の夏、最低10回は子供たちと一緒にキャンプをするのが目標だ。
夜、焚き火の前でする数々の物語を、子供たちはきっと大人になっても忘れないと思う。










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by somashiona | 2007-11-22 19:22 | ソーマとシオナ

価値ある写真を




友人のマシュー・ニュートンが写真集を出版した。
『The Forests』というタイトルのドキュメンタリーだ。
森の伐採に反対する若き活動家たちを中心に、タスマニアの森をめぐる問題に焦点を当てた作品だ。
これは彼の4年間の仕事をまとめたものだ。
彼の写真にピート・ヘイという作家がポエティックな言葉を添えている。

出版記念パーティには政治家、活動家はもちろん、芸術家、音楽家、老人、子供と多くの人が集まっていた。
何人かの人たちが素晴らしいスピーチで彼の功績たたえた。
それらのスピーチを聴きながらマシューの顔を見てた僕は、思わず涙を流しそうになった。







彼はフリーのフォトグラファーだ。
ABCテレビのカメラマンもしているが、根っからのフォトグラファーなのだ。
ドキュメンタリー、それこそ彼が身も心も捧げている分野だ。
オーストラリアのメディアは全国紙ジ・オーストラリアンを中心としたマードック系、メルボルンの全国紙ジ・エイジを中心としたケリー・パッカー系に分かれる。
タスマニアでのマードック系の仕事はマシューがこなし、パッカー系の仕事はもう一人の僕の友人ピーターが担当するというのがタスマニアにおける報道写真の構図だ。それにローカル新聞社のフォトグラファーが加わる。大きい仕事が入りマシューがAP通信の仕事を受けてしまった場合やピーターがロイターの仕事を受けたときなどは新顔の僕がジ・オーストラリアン、ジ・エイジもしくは他の通信社の仕事をするのだ。節操のない僕の性格は仕事にも反映しているようだ。
なので記者会見、裁判所の前、事件、事故、現場で僕たちは顔を合わせるおなじみのグループというわけだ。
タスマニアで報道系の写真の仕事をするのは難しい。大きな事件など起ころうものなら、普通ならチームを組んで追いかけなくてはいけないようなことを、全て一人でやってのけなければならないからだ。全国紙や通信社が配給する写真でその事件のハイライトを見れるかどうかはこの二人の腕とガッツにかかっているのだ。
そういうとゴルゴ13みたいでカッコいいなぁ、と思う人もいるだろう。
しかし報道系のフォトグラファーはとても孤独な仕事だ。
いつでも一人で決定し、動かなくてはいけない。
いい仕事をして当たり前。
小さなミスをしようものならデスクからも読者からもガンガンとクレームがくる。
玄人好みの渋い写真を撮っても誰からも褒められることがなく、ピンの甘い写真を紙面で使われると同業者やアマチュア写真家から陰口を叩かれる。
土砂降りの中なん時間もびしょ濡れの重い機材を気にしながら被写体を待ち、ブッシュファイヤーの中ちりちりと燃える自分の髪の毛の音を聞きながらすすだらけの顔で目の前の惨事を撮らなくてはいけない。
心も身体も、摩耗する。
本当に消耗する。
ほとんどのプロは仕事以外ではカメラを持たなくなるのが普通だ。






マシュー、ピーターそして僕の3人は2ヶ月に一度くらいの割合でパブに行く。
(といっても僕はゲコなので毎回ジンジャエールなのだが)
もちろん話題はいつだってフォトグラフィー。
しかし考えてみるとテクニック的な話しをした記憶はあまりない。
いつだってどうやって写真をより多くの人に見せられるか、どんな問題を追いかけるか、こんなトラブルにはどう対処するか、というような話しだ。
数々の修羅場をくぐっている彼らの話しは最高に面白い。







パーティで彼の本を購入してから、僕と友人のピーターはしばらく埠頭を一緒に歩いた。
お互いマシューの功績に対する感動で胸が一杯なのだが、会話があまり弾まない理由は他にもある。
ジェラシーだ。
僕たちはいい友人だがフリーランスのフォトグラファーとしてはライバルでもあるのだ。
マシューが写真集を出版するのは今回で2度目だ。
僕にはその経験がない。
ピーターにもない。
写真集はフォトグラファーの夢だ。
いい写真を撮る人は世の中にたくさんいる。しかし、それをまとまった形あるものにし、より一層世に広めていくという作業をする人はそう多くない。写真集も写真展もある意味ひとつの物語だ。繋がりのない単発の写真を30点見るより、ひとつのテーマに沿った30点の写真を見る方が心に響くし、メッセージもより伝わる。しかし、そういった大河ドラマを作るのはお金も時間もかかるし、それ以上に相当の強い意志と執念のようなものが無いと実現しないものだ。








ピーター「マシュー、いい顔してたね」

僕「うん、フォトグラファーの顔だったよ」

ピーター「やっぱり、価値ある写真を撮らないとなぁ、、、」

僕「そうだよなぁ、なんでも撮りゃいいってもんじゃないね」

ピーター「マナブ、価値ある写真って一体なんだろう?」

僕「ピーター、、、女体かなぁ、、、?」

ピーター「マナブ、、、いつもそこにたどり着くんだね、君は」









サンプルの写真を送ってくれたマシューのメールの最後にこう書いてあった。

「そうそうマナブ、今月の終わりにバンコクに行くんだ。デイヴィッド・アラン・ハーベイとジェームズ・ナクトウェイのワークショップに参加するんだよ。楽しみで待ちきれないよ!」


デイヴィッド・アラン・ハーベイはライカをぶらさげてナショジオの仕事をこなす伝説的フォトグラファーで、ジェームズ・ナクトウェイは筋金入りの戦争フォトグラファーだ。


マシューは彼らから何を学ぶのだろう?


僕はすでにマシューから多くを学ばせてもらっている。




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もっとマシューの仕事を見てみたい人はここで










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by somashiona | 2007-11-19 17:24 | 人・ストーリー

あっ、マミーの絵だっ!




ある日の夜、ホバート、サラマンカ通りを子供たちと歩いていた。
彼らのお気に入りの店、シーフードレストラン・ミュアーズでフィッシュ アンド チップスを食べた帰りだ。
ここで彼らがいつも注文するキッズバスケットという(確かそんな名前)フライの盛り合わせと大盛りのチップスを見るたび、ガキンチョがこんなにたくさん食べられるはずないと思うのだが、彼らは毎回見事にそれをたいらげる。
そのあと、これもお決まりのパターンでダブルスクープのアイスクリームを食べる。
これもかなりの量だ。
とてつもない種類のアイスクリームの中から何を選ぶかで、彼らはしばし眉間に皺を寄せ、割と保守的なコンビネーションのアイスクリーム2段重ねをオーダーする。
僕は、これまた保守的だが、ラムレーズン以外ここで食べたことがない。
コンサバ・マナブと呼んで欲しい。




そんな訳で、夜のサラマンカを歩いていた僕たちは、満腹で、幸せ一杯だった。




突然ソーマが歩みの軌道をそれ、一軒のギャラリーのウィンドウへと吸い込まれるように近寄っていった。




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近寄るうちに、視力の悪い僕もその理由が分かった。




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「あっ、マミーの絵だっ!」とソーマが叫んだ。









子供たちの母親は画家だ。
彼らの住む家は常にたくさんの画材や完成した絵、描きかけの絵で溢れている。
彼らにとってそれらはあまりにも日常的な光景だ。
それらはきっとテレビ、冷蔵庫、電話、コーヒーカップなどと対して違いはないだろう。
面白いことに、彼らは決して母親の仕事道具に触れない。
決してだ。
同じ年頃の子を持つ母親が彼らの家にいくと、危なげに立てかけられている数々のキャンバスがどうして無事でいられるのか、驚く。
ちなみに、僕の写真機材にも彼らは絶対に手を触れない。
きっと手を触れたら火傷すると、彼らは知っているのだろう。








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ソーマが感慨深気にショウウィンドウに飾られた母の絵を見つめている。
感慨深気?
それは僕の勝手な思い込みかもしれない。
嬉し気、自慢気、誇らし気、どんな気持ちなのか知れないが、しばらくそこを動かない。
彼は一枚の絵を描き上げる為に母がどれほどの情熱を注いでいるのか、きっと他の誰よりも知っている。
僕と一緒に歩いていても、何か綺麗なものを見つけると、マミーの絵にいいと思うから一枚写真を撮ってほしい、と僕にお願いする。










えっ、シオナ?




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そんなこと、まったくお構いなし、、、。
ギャラリーの入り口に置いてあったアンティークの木馬に乗って、一人盛り上がる。
ガールはいつだってクールだ。








同じ兄妹でもずいぶん違うものだなぁ、と思いながらサンドストーンの壁に囲まれた石畳を僕たちは手をつないで再び歩いた。
街灯でオレンジ色に染まったソーマの横顔は、とても嬉しそうだった。




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ranking bannerそう、そう、男の子はいつだってマミーのことを思ってるのよ、と思った人はポチッとシオナ(しような、シャレです)。







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by somashiona | 2007-11-16 10:58 | ソーマとシオナ

完璧なる雲を求めて 最終回 ーーー 画家、フィリップ・ウルフハーゲン 







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ウルフハーゲンが作品を制作する工程を見ていると、彼の芸術をより一層理解できる。






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毎朝、必ずこのスタジオにやって来て仕事をする。
週6日、5時間が基本ルールだ。
仕事中、ヘンデル、ベートーベン、そしてブリテンなどクラッシクを中心にした彼のお気に入りの音楽がスタジオ内に流れる。






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パレットの上にはハンドグランドオイルに蜜ろうを混ぜた絵の具の固まりが散らばっている。この調合が彼の作品に独特なムードを与える。この日、パレットの上には雲のベースになる色の絵の具がたくさんの小さな山を作っていた。その山のひとつをナイフですくい、素早くブレンドする。絵の具がもつ独特のきめを引き出せるまで、その行為は続く。彼の作業は全てにおいて驚くほどのスピードだ。ナイフを使って絵の具にラインや立体感を付けていく様子はまるで宝石の原石を削っているかのようであり、湧き出る感情を叩き付けているかのようでもある。






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彼は作品を生み出すためのスケッチとしてカメラを使う。
使い込まれたマミヤ6x7が三脚に取り付けられ、スタジオの脇に置いてあった。






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彼の絵がキャンバスに描かれるにいたるまで、様々な思考のスケッチが彼の頭の中で繰り広げられ、それが日記のようにスケッチブックの中に記憶される。
思考のプロセスが記された彼の美しいハンドライティングと水彩でさらりと描かれたスケッチ。それだけでもう完全なアートだ。写真家ピーター・ビアードの日記を僕は思い出していた。






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仕事を始める彼。その顔つきは見る見るうちに苦悩の形相に変わった。
絵の具を混ぜる音、キャンバスの上にナイフを走らせる音、そして彼の息づかいがスタジオ内に流れる優雅なクラッシック音楽をかき消すかのように僕の耳に響いた。






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「僕はセオリーに乗っ取った方法で絵を描かない。作品制作のプロセスの中から沸き上がるものに忠実に従う、これがある意味、僕の方法論かもしれない」






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このプロセスこそが、彼の芸術の要であり、地獄の時間だ。






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僕は無言でファインダーから見える彼の姿を追い、シャッターを切り続けた。
おそらくファインダー越しでなければ作業する彼を至近距離から直視できなかったであろう。
真剣勝負する人間の鋭い気がひしひしと伝わってくるのだ。






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「創造のプロセスは僕にとって、それはもう、苦悩以外の何ものでもない。表現したいものの核心を得るため、何ヶ月も失意の時を過ごすことがある。そして、それはまるで中世の錬金術や魔術のように、突然目にはハッキリと見えない形で舞い降りて、収まるべき場所へおさまる。それは静寂さと統合性を兼ね備えたもので、あたかもずうっと前からそこに存在していたかのようにやって来るんだ。そして僕がそれを感じ取ったとき、やっといい絵が描けるって確信するんだ」






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彼と二人で歩いているとき、僕はちょっとくだらないと思える質問を彼にした。
今回の仕事とは関係のない個人的な質問だ。

彼は優秀な作家であり、同時に小さな子を持つ父親でもある。
スタジオ以外では夫として、父親として全力を尽くす人だ。
彼の創作の世界と現実の家庭生活は対極にあるような気が僕にはしたのだ。
どうやってバランスをとるのだろう、、、?

「人類の共通の感情、自然が発する未来へのメッセージに思いを馳せた1時間後に、僕は子供のおむつを取り替えなくてはいけないんだよ。でもそういう日常の繰り返しがあってこそ、僕たちは人間の普遍性やこの大自然について考えられるようになると思うんだ」

そう言って彼はまた雲を見上げた。






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仕事を終え、ホバートへ向かう車の中。
撮影をした僕も、インタヴューをしたギャビーも無言だった。
彼の思想や情熱に打ちのめされたからだ。
この日の経験が何か違った形で活かされる日が、いつの日かギャビーや僕にもやってくるだろう。
追い続ける人から、僕はいつだって大きな勇気をもらうのだ。






おわり






帰りの様子は以前僕がブログでアップした「流れる雲を追いかけて」でどうぞ。









ranking banner画家もやっぱり大変なんだなぁ、と思った人はポチッと、うぅ〜ん、むむぅ〜、、、、(苦悩する音)。





一連のフィリップ・ウルフハーゲン氏の写真はアメリカ合衆国ワシントン州で行なわれる彼の個展のパンフレット用にベットギャラリー・ホバートの依頼で撮影したものです。

彼の作品に関する質問等はBETT Gallery HOBARTへお願いします。(もちろん英語で)

BETT Gallery HOBART
Email:dick@bettgallery.com.au
Web:www.bettgallery.com.au








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by somashiona | 2007-11-11 16:42

完璧なる雲を求めて#2 ーーー 画家、フィリップ・ウルフハーゲン









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「雲は国を越えた視覚的言語だ。誰しも雲と関わっている。雲は自然の一部だからね。たとえそれが大都会のビルの谷間から見えるものであったとしても」






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ウルフハーゲンの雲はまた、「儚さ」をも表現している。

「雲の素晴らしい点はね」と彼「引き寄せ、ひとつになり続けようとする絶え間ない変化についての言葉であり、雲を表現するということ、それはすなわち一瞬というものを捕らえる行為なんだよ」






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彼の言葉は僕にとって、写真表現とは何かというテーマと重なるところが多かった。
「儚さ」これは僕が写真に求めるそのものだ。






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彼の絵は完全なるものの儚さについて、過ぎ去ってしまう時について、そして全てが死にゆく運命にあるというほろ苦い真実を語っている。

「雲はどこか不吉さというものを匂わせる。それは自然環境についてのメッセージだと思うんだ」と彼はいう。






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それは悪化をたどる地球温暖化の嵐を予見する雲かもしれないし、均衡を崩した世界が起こす核爆発のキノコ雲であるかもしれない。
この作家は現在起こっている、そして未来に起こりうる環境災害に対する警告を発しているかのようだ。


「僕はね、今地球が何を懸念しているかを表現したいんだ」










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こういった創作に対するテーマがウルフハーゲンに沸き起こってくるのはごくごく自然な成り行きだ。
彼は幼少期をタスマニア中央部の人里離れた羊牧場で過ごした。
川でトラウト釣り、丘で羊を追いかけ、枯れた牧草が広がる台地をくまなく歩き回わったのだ。






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野外での撮影をするため僕たちは彼が所有する土地を歩いた。
インタヴュアーのギャビーは同行せず、僕は彼と二人きりで歩いた。
どんな写真を撮りたいのかハッキリとしたイメージがあったので撮影は楽だった。
思い通りの雲たちがまるで彼を追いかけるように、まるで彼を優しく包み込むかのように僕たちの頭上に広がっていた。






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「僕の作品はこの土地との繋がりであり、自然との関係だ。僕は決して革新派的画家ではないし、絵画の新たな分野を切り開こうとしているわけじゃない。絵画は僕の愛するこの土地を明瞭に表す方法であり、未来に対する懸念を示唆する方法であり、同時に世界中の誰もが抱く思いを伝える方法だ」

もの静かに語る彼だが、その主張はバターのように滑らかで、ナイフのようにシャープだ。

「自然というのはそういったことを伝える偉大な車両であり、自然の中で生きることはそのメッセージを感じ取る最もシンプルな方法なんだ」と彼は雲を見つめながら言った。







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つづく


ranking banner今日の話しはちょっと難解だったけど、でも雲に包まれる彼は素敵だなぁ、と思った人はポチッともくもく。







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by somashiona | 2007-11-11 14:33 | 仕事

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