<   2009年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧

ソーマの関心事



「ダディ、今日は僕と一日一緒に歩いてくれる?」
ある日、ソーマが僕にそう訪ねた。

「いいよ、でも何処を歩くの?」
僕の顔を見てニヤリと笑ったソーマは一冊の本を差し出した。
「Walking Tour of Old Hobart」ホバート歴史散策みたいな感じの本。
実は彼、小さな頃からダイナソー(恐竜)に夢中だったせいか、古いもの、歴史的なものの形跡を発見することに多大な関心を寄せている。
昨日のブログで紹介したモッちゃんのようにお城を巡る旅などはある程度年齢を重ねた人の楽しみなのだろう、と思っていたのに自分の息子という最も身近な人物がそういう事にハマっていたとは、まさに灯台下暗しだ。(ちょっと例えが違うか!)

この本には地図が付いていて、その中にたくさん番号がふってある。
その番号が示しているのは古い建物だったり、橋だったり、ヨットだったり。
そのひとつひとつに詳しい歴史的背景の説明が書いてあり、それを読み進めながら歴史散策をするのだ。
僕は正直いってこういうことが苦手だ。
でも、しばらく運動不足だし、天気もいいし、本の中にある地図に従い散歩するのも悪くないか、と思いソーマの提案に賛成した。
シオナはあまり事情が飲み込めないまま「私もさんせェ〜」と言って飛び跳ねている。

「ダディ、見て、見てこの柱。ここはね、昔ジャム工場でたくさんの人たちが働いていたんだよ」
ハンターストリートからはじまる歴史散策、まずはヘンリージョーンズホテルの中にあるジャム工場の形跡をソーマが見つける。
「ダディ、何してるの!早く写真を撮って!」と突然言われた僕は仕事の癖で「はい!」と営業用の返事を自分の息子にしてしまった。
どこが柱で、どこが壁なのかよくわからないけど、パチリ。






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ソーマは数歩前に進むたびに本に書かれた解説を読み、まったく興味のないシオナはそのまわりで最大限に遊び、僕はと言えば「愛すべきパリの人びと」スタイルで、とつぶやきながらスナップショットを撮る。






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今まで何度もその前を通っていたのにそれが何なのかまったく気にしていなかった銅像の人物の名前やヨットがそこに置いてある理由を知り、だんだん僕も面白くなって来る。
「えぇ〜と、1642年にオランダの探検家アベル・タスマンがタスマニアを発見し、、、」
銅像やアートなどはたいがいその由来や解説が書いてあるが途中まで読んで僕はギブアップしてしまう。
ソーマは最後までへばりついて読むので僕とシオナは時間を持て余す。






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本の中に写真があるとソーマは撮られた写真と同じポジションを探し、「ここから撮ったんだね」と一人納得している様子。
僕は「ここから撮ったんだね」と思っている息子を「ここから撮られた写真」と一緒に写真に写されている本物をフレームに入れて一枚撮る。
話がだんだんエッシャーの騙し絵のようになってきた。






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オーストラリアで一番古い住宅街といわれるバッテリーポイントに入ると歴史的建造物探しが少し複雑になって来る。






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狭い路地を抜け






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家の番地を確認し






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そして見つける。






歩きはじめてから3時間以上経過した時、「ね〜、ね〜、どうして私たち、こんなことするのぉ〜。つまんなぁ〜い。早く帰ろ〜よ〜。公園で遊ぼ〜よ〜」と僕の袖を引っ張りはじめる。

「ああぁ〜、シオナ。そこの角を曲がるときっと次の古い家が見つかるんだから、もたもたしてないで早くおいでったら!」と僕。

「ねえ、ダディ。今日はもう充分歩いたから、続きはまた今度にしようよ」とソーマ。

気がつくと、僕が一番ハマっていた。






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by somashiona | 2009-02-26 15:45 | ソーマとシオナ

モッちゃんと城の写真




日本に住む僕の友人モッちゃん(仮名)の情熱は日本全国に散らばるお城を訪ね、その写真を撮ることだ。
車を持たない彼はJRでバスでそして自転車でお城を見るために本全国を旅する。
彼は旅に出ると毎回必ず僕に旅日記を送ってくれる。
写真付きのEメール。
彼の旅日記メールを受けとっても僕はすぐにそれを見ない。
もったいないからだ。
初めて訪れる城、何度も訪れている城、石垣、土塁、井戸の跡、櫓、地図や資料をカメラバックに詰め込み目的地へ近づく彼の気持ちの高まりが文章を読んでいて手に取るように分かる。
あまりにも臨場感溢れる彼の文章を仕事の途中で読んでしまうとそのあとしばらく物事が手につかない。
彼が歩いた山道を想像の中で僕も歩き、蝉の鳴き声を聞き、風の音を聞いてしまうからだ。
彼のメールには訪れるお城にまつわる歴史的な解説や銅像の人物のストーリーがとても面白くまとめられている。
日本史にめっぽう弱い僕だが彼の話に好奇心をくすぐられウィキペディアなどで関連する登場について調べまくってしまう。
それだけでない。
グーグルアースを使い彼の家から彼が乗った路線を辿り、実際に歩いた道をなぞり、メールに添付された写真一体の風景を空の上からパソコンで眺める。
彼のメールを見るとタスマニアに居ながらにして、日本を旅することが出来るのだ。


メールに添付してくる彼の写真がたまらなくいい。

峠を見下ろすと樹々の隙間からお城が見える。
戦に向かうお侍さんたち、きっとここからこの城を見たに違いない。
多くの者にとってこれが見納めだっただろう。

所狭しにひしめきあるビルの隙間からお城が見える。
その姿はまるでスーツ姿のビジネスマンの中で一人物言わず立つサムライのようだ。
今の日本人をどう思っているだろう?

一見するとただの森の中の写真のようだが、よく見ると崩れ落ち朽ち果てた石のかたまりが所々に散乱している。
城壁の跡だ。
そしてもう一度この写真をしげしげと見ると、それはもうただの森の写真ではない。
愛憎、野望、絶望のどん底から発せられた叫び声が聞こえない音となって森の中を渦巻いているようだ。

僕はまったく城のファンではないが彼が撮る城の写真には引き込まれる。
城を撮ってはいるのだが、そこに写っているのはそれを越えたものだ。
その場で彼が感じた事を僕も同じように感じることが出来る。
学校を卒業してから雑誌社の写真部で鍛え上げられた彼は数年前にそのキャリアの幕を閉じた。
僕がフリーでその雑誌の仕事をさせてもらっていた時、僕は彼から多くの事を学んだ。
プロの世界の厳しさを分かっていなかった僕の低レベルな質問にも必ず彼は快く答えてくれた。
あのとんでもなくスゴい技術を使わずこれから生きていくだなんて、僕には納得できなかった。
写真で生きてきた人間が、それに全てを捧げてきた人間がそれを捨てるなんて、僕にはどうしても納得できなかった。
「一番好きなことを、一番好きな業界で今までずっとさせてもらったのだから僕は充分幸せ者です」と彼は言うばかり。
何度見ても城の写真があまりにも良く「やはり写真を諦めるな!」としつこく彼に言ってしまう僕。
「城の写真撮ってて思うんですけど、写真がこんなに楽しかっただなんて今まで僕は気がつきませんでした。僕はやっぱり写真が好きだったんですねぇ。でも、趣味で撮るからそう思えるんですよ」と彼は答えた。
仕事の写真も確かにスゴかったが、今彼が撮っている写真は解脱した者の写真のようだ。
人それぞれ写真との付き合い方がある。
仕事でなく写真を撮る今が本当に楽しい、と言う彼の写真には確かに今の彼が溢れている。
自分の意志で選択し、人生を切り開らこうとする今の彼が溢れている。
それでいいではないか。

彼から送られてきた日本全国の城、城跡、城壁、櫓、銅像等の写真はすでに300枚を越えている。
写真部時代、デジタルに移行する前は毎月300本以上のフィルムを使ってきた男、撮影現場のベストポジションを調べ、機材を運び、光を待つ時、趣味と言いつつも、そこでは仕事も趣味も関係ない本気モードになっているに決まっている。
おそらくフォトショップもRAWファイルも一度も触った事のない彼のJPEGストレートな写真を見るたび、写真と深く関わってしまった人間の人生を考えてしまう。
紆余曲折を経験し、年齢を重ねるごとに撮る写真に重みが増すのだろうか、と思ってしまう。








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「今週のピックアップブロガー」に関する皆さんからのコメント、嬉しかったです。
どうもありがとう。
これからはヒースって呼んでね。
レジャーでもいいよ。










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by somashiona | 2009-02-25 18:58 | デジタル

速報:マナブちゃん、ついに素顔公開か!?



<速報>

エキサイトブログ、トップページの「今週のピックアップブロガー」で「タスマニアで生きる人たち」が紹介されています。
僕の写真が欲しいとエキサイトの編集の方にいわれ、少し困りました。
で、頭に浮かんだのはシオナが描いた僕の似顔絵
いや、待て、待て、ヒュー・ジャックマン似のフォトグラファーと自ら豪語しているのにあの絵はあまりにもイメージと違いすぎる、、、。






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あ、そうだ!プロの絵描きに頼めばいい!
プロなら実物以上に、、、じゃなくて、真実をしっかりと描いてくれるだろう。
我ながら頭のいい奴だと自分のアイディアに自画自賛しつつ、子供たちの母親エスター・ショエットに電話する。
数分後に絵が送られてきた。
ちょっと早すぎる、、、イヤな予感、、、。
送られてきた僕の似顔絵を見て唖然、あれっ、ぜんぜんヒュー・ジャックマンじゃない、、、。






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どちらかと言えばシオナの絵にクリソツ。(馳語)
くそぉ、、、僕は認めないぞ、絶対に認めない、、。
そうだ、これからはヒース・レジャー似のフォトグラファーということで前に進もう!






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あ、これじゃなくて






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こっち






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エクスキューズミ〜、ソーマ君、何か問題でも?














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by somashiona | 2009-02-19 07:55 | ソーマとシオナ

広角レンズで人を撮る




お父さん、お母さんともすっかりお友達になってしまったニューヨークのファッションフォトグラファー、マキ・カワキタさんことマキちゃんとはじめてお茶した時、当たり前だが写真談義に花が咲いた。
マキちゃんは写真史にも通じていて今の写真の流れ、これからの写真の流れを一歩引いた場所から冷静に観察している。
大学で教えているだけあって、撮る写真に裏付けがある。






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広角レンズで構成された奥行きのある構図、ビビッドなカラー、人形のような被写体が踊るようなポーズ、僕が初めてマキちゃんの写真を見た時すぐに連想したのはファッションフォトグラファーのデイヴィッド・ラシャペルだった。






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彼はアンディーウォーホールのファクトリー出身。コンピュータグラフィックを使ったように見える写真は膨大な予算をかけた本物だから驚いてしまう。彼の強烈なカラー写真はモノクロ中心だったファッション写真界に多大な衝撃を与えた。
失礼な僕は初対面で「ラシャペルの影響を受けているでしょう?」とマキちゃんに聞いた。マキちゃんは笑いながら「よくそう言われるけど私が好きなフォトグラファーはヘルムート・ニュートンとギイ・ブルダンなの」と答えた。
ギイ・ブルダン、、、?
恥ずかしながら僕はギイ・ブルダンをこのとき知らなかった。

ギイ・ブルダンは1960年〜70年代にフレンチ・ヴォーグを中心に活躍したファッションフォトグラファーだった。
写真を見ると過去に見た覚えのある写真が何点もあった。
彼の写真を見て僕は鳥肌が立った。






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色使い、広角レンズを使った絶妙な構図、想像が広がるストーリー展開、フォトショップがなかった時代にこれをフィルムでやってのけたなんて天才以外の何ものでもない。かなり昔の写真なのにまったく古くないのだ。
篠山紀信さんの初期の作品はギイ・ブルダンの影響を受けている気がする。(逆だったらさらに驚きだ)
多くの名作を残した彼だが、生前どんなに素晴らしいオファーがあっても自分の作品を写真展や写真集にすることはなかった。
広告写真は掲載した媒体や依頼した会社に属するという強い信念があったらしい。
彼の写真が再び注目されたのは彼の死後だ。

ファッション写真と広角レンズといえばこの人を避けては通れない。
フランスのジャンルー・シーフだ。
報道畑出身のフォトグラファー、シーフは広角レンズを熟知していた。
1960年代、ファッションフォトに広角レンズという概念を取り入れ、定着させたのはまぎれもなく彼の功績だと思う。






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彼の撮る広角レンズの写真はまったくはしゃいだ写真ではない。
静かで、エレガントで、そしてエロチシズムに満ちている。
白状するが僕は彼の影響を受けまくっている。
女体を前に広角レンズでカメラを構えるときはシーフになりきることにしている。

人物写真の話になるが、写真をたくさん見て、たくさん悩むとその表現が広角レンズを使ったものにシフトしていくような気がする。
なぜか?それは写真は情報だからではないか?
写真をはじめて、段々と一般的にいい写真といわれるものが撮れるようになると次第に明るい望遠レンズが欲しくなる。
望遠ンレンズで背景をぼかして人物を浮き立たせる。
この表現が悪いとは決して言わない。
シンプルな写真は強い。
現代写真史のモナリサ的写真といわれるナショナルジオグラフィックで表紙を飾ったあのアフガニスタンの少女のポートレイトがそのお手本だ。






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これを撮ったスティーブ・マッカリーはポートレイトの天才だ。彼のポートレイトの多くは望遠を使いフレームから余分な要素をそぎ落とし、真っすぐに被写体に向かい背景をぼかしている。彼は被写体の置かれている立場や環境を被写体そのものから十分に引き出す。自然光ほど美しいものはないと思わず唸ってしまう彼の写真は人物写真を撮る上で最高のテキストになるだろう。

しかしだ、この表現が続くとやがて考え込んでしまう。
自分の写真に何かが欠けている、と気づきはじめる。(マッカリーの写真に欠けているものがあるという意味ではない)
「被写体をもっと近くで観察し、被写体とコミュニケーションをとらなければ」という思いがふつふつと芽生えはじめ、レンズが200mmから85mmになり50mmで撮りはじめる頃になると被写体を取り巻く環境、いわゆる背景の重要性に改めて気がつきはじめるのだ。
そしてこの時点で多くの人はかなり重傷のスランプに陥るだろう。
広角を使い、絞りをf2.8からf4へ、そして恐る恐るf5.6を使うようになり、やがてf8で人物を撮ると昔ピント合わせがなかった「写るんです」で写真を撮っていた頃の自由さ(ピントの恐怖からの解放)を味わうが、同時に画面構成の難しさをも知ることになるからだ。
複雑な背景をまとめるという作業は絵的なセンスが求められるだけでなくインテリジェンスも必要だ。
背景と被写体の関係性をどれだけ読み取れるか、それが問われるからだ。
もちろんそれを3秒以上かけて考えていたらスナップ写真の場合などは被写体はもうそこにいないだろう。
写真はスピードが命だ。
このスピードの大切さは作り込むファッション写真の場合も変わらない。

ファッションフォトグラファーではない僕はこういう考え方を仕事やスナップの現場で取り入れようと努力しているが「言うは易し」だ。
めまぐるしく変わる撮影の現場で被写体を取り巻く背景を活かせず整理も出来ない。動きのある被写体を狙うように心がけているが、酷いときは頭から電信柱が突き出ていることに気がつかないときさえある。

作り込まない写真の現場において広角レンズの魔術師だと僕が思っているのはマグナムに所属するフォトグラファー、アレックス・ウェブだ。
彼は世界の一流雑誌に掲載する写真の仕事をライカに35mm一本という装備でこなしてしまう。
彼の写真は長く眺めるほどその世界を彷徨うことが出来る。
写真の中に自分を潜り込ませて知らない土地にた立ち、街の騒音を聞き、匂いを嗅ぐことが出来る。
一見、偶然に撮った写真、ノーファインダーで撮った写真に見えるが彼はファインダーの中の隅々までしっかり確認し計算した上でシャッターを切っている。
実際、それがノーファインダーであったとしても同じだ。(ノーファインダーで撮る写真は偶然の産物ではない。ファインダーを覗いていないというだけでほとんどの場合フレーミングは思い描いた通りに撮れている)






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こういう写真を撮るためには一に修行、二に修行なのだろうが、こういう写真を見る方にも実は修行が要求される。
今の時代、テレビ、映画、雑誌などなど見る方のインテリジェンスが要求されない映像で満ちている。
難しい写真を撮った方がいいという話をしているのではない。
本当に面白いものが欲しいのなら、深い満足を味わいたいなら、作る方も受ける方もそれなりの準備が必要なのだ。
みんな、大人になろう。


さて、偉大な写真家の話をたくさんした後に僕はどんな写真をアップしたらいいのだろう?
恐れ多くて広角レンズで撮った人物の写真など見せられない。
僕としては珍しく静物写真でいこう。
タイトルは「ジャンルー・シーフ的ランプ」
これでウケちゃった人はジャンルー・シーフ通。






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注)今日僕が書いているレンズのミリ数はフィルムカメラ(デジタル・フルフレーム)で換算した画角の話だ。フルフレームで28mm以上の広角レンズの使用を僕は避けている。理由は不自然だからだ。(仕事でそれを要求される場合はしかたがない)
写真史で名作といわれる作品に28mm以上の広角レンズが使用されているのはとても少ない気がする。28mm以上の広角はぱっと見のインパクトはあるが長く見続けたい写真ではないのかもしれない。あくまで個人的見解だが。












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by somashiona | 2009-02-16 13:21 | デジタル

雲のポートレイト




取材旅行も終盤にさしかかったある日、タスマニア北部からホバートに向かう国道一号線をジャーナリストのNさんが車を運転してくれた。
2週間の取材旅行期間中、右手の人差し指が筋肉痛になるくらいシャッターを押していたが、特に前の日の夜は今回の取材の中でも核となる大切な撮影で、だだっ広い畑の中を必死に走り回っていたせいか心身ともにくたくただった。

理想的なフォームで泳げるようになりたいなら長距離をノンストップでひたすら泳ぎ続けなさい、とアドバイスを受けたことがある。
腕も肩も太腿にもまったく力を入れられないくらいくたくたになるまで泳いだとき、はじめて自然なフォームが身に付くのだという。
オートバイも同じで街の中を毎日ちょこちょこ走るより、テントや寝袋を積んで1ヶ月くらい様々な土地を走り続けると驚くほどライディングが上手くなる。
写真も少し似ていると思う。
毎日、毎日限られた機材を酷使して、まさに機材と寝起きを共にし、あらゆる被写体をあらゆる環境で撮っているうちに水泳やライディングのように力まず自然に写真が撮れるようになる。
誤解しないで欲しい、「1週間の海外旅行中私も毎日写真を撮っていたけどそんな感覚は掴めなかった」などと言われても困る。
機材を酷使して寝起きを共にする状況というのは「いい写真が撮れないかなぁ」という気持ちで楽しく撮るのではなく、「要求される写真を確実にものにしないと大変なことになってしまう、、、」というプレッシャーの中で朝から晩まで体中をパラボラアンテナにし、仕込み、可能性を探り、説得し、待ち、すばらしい偶然を神に乞うことだ。
写真が上手いアマチュアの人は大勢いるが、アサイメントを抱え、そういう状況に追い込まれて撮る仕事の撮影は写真が上手いだけではダメだ。
こればかりは経験した人でなければその違いが分からない世界かもしれない。
そういう状況に追い込まれた時、カメラは身体の一部となる。
プロ機材とはそういう状況で余計な心配やストレスをフォトグラファーにかけない機材だ。


一度身体をパラボラアンテナ・モードにして撮影をすると、仕事を終えた後でも無意識に眼や頭は被写体を探す。
国道一号線を走る僕たちのフロントガラスの中にぽっかりとセクシーな雲が現れた。
以前「流れる雲を追いかけて」でも話したが僕は雲フェチだ。(下着フェチではない)
スタイルのいい雲を見ると欲情する。(写欲がわくという意味だ)
人でも風景でも一度スイッチが入ると同じものをあらゆる角度から何枚も何枚も僕は撮るタイプだ。
運転するNさんそっちのけで僕は助手席からセクシーな雲を追いかけ続けた。
真っ正面からはじまり、その雲の真横へまわるまでかなりの時間を要したと思う。
セクシーな雲のポートレイトを長い時間をかけて撮ることが出来た僕は大いに満足だった。









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by somashiona | 2009-02-11 20:58 | デジタル

ディプレッションと闘う




オーストラリアに住みはじめてからよく耳にする言葉の一つに「ディプレッション」(Depression)がある。
僕が今日話したいのはメディアに煽られ最近毎日のようにのテレビや新聞でお目にかかる「不景気」という意味のディプレッションではなく、「鬱(うつ)」という意味のディプレッションだ。

人は誰でも落ち込むことがある。
仕事、愛、家庭、死、健康、お金、信頼、友人、夢、全て尊いものだがこれらを無くすと誰だって強烈に落ち込む。
しかし落ち込んでいる原因が分からず、苦しみ、それがその人をよりいっそう鬱状態にさせることもある。
まったく関係のない病気のために飲んでいた薬の副作用で鬱状態になっていることだってあり得る。

日本にいたとき、悲しみや精神的、肉体的苦しみが長く続づくと親しい人たちが相談に乗ってくれ、僕を勇気づけてくれた。
若かりし頃、大好きな女性と別れた後はもう絶対立ち直れないとその時は真剣に思うのだが、いつも知らない間に立ち直っている。
精神的に苦しんでいるとき医者に見てもらった方がいい、とアドバイスをくれた人は今まで一人もいなかった。

今僕の周りでアンチ・ディプレッションと総称される、いわゆる抗うつ剤を服用している人がかなりいる。
もちろんこれはドラッグストアーで買えるものではなく、精神科のドクターに会って処方してもらう薬だ。
精神的苦しみや落ち込みが数週間以上続けばそれはれっきとした病気であり、水疱瘡やガンに犯されたら医者にあるのとまったく同じくドクターに会い、積極的に直さないと生活に支障をきたすのだ。

そういう話をすると、「そんなことで医者に会うなんて恥ずかしい」「俺はそんな弱い人間は嫌いだ」「精神科に診てもらうだなんて抵抗がある」と思う人もたくさんいるだろう。
僕もそう思っていた人間の一人だ。
父親を亡くすまでは。


僕の父は2年間原因不明の肩の激痛に悩まされた。
この病気になるまで病気知らずだった父は心身共に打ちのめされた。
それでも20以上の病院に行き、数々の検査をし、手術をし、今度こそは直るだろうという期待を父は捨ててはいなかった。
電話で父と話すたびに父が失望していく様子と、苦しみで気が変になりそうな気持ちが痛いほどわかった。
いや、分かったつもりでいた。
それでも僕が繰り返し父に言った言葉は、「くよくよしてちゃダメだよ」「何か気晴らしになることをしたようがいいよ」「大丈夫だって、絶対よくなるよ」そんなありきたりなものばかりだった。
今思えば無責任で愛のない言葉だったと思う。。
父は結局自分で命を絶ってしまった。
父の葬式の後、どんな気持ちで父が死を決意したのか、その証拠を必死に探した。
父の気持ちを受け入れたかったからだ。
でも、何をどう探そうと遺書らしいものの欠片どころか、前向きに病気を直そうという努力の跡しか見つけ出せなかった。
葬式の数日後、最後に検査に行った病院から検査結果を知らせる電話があった。
「異常ありませんでした」と電話の女性は言った。
父は発作的に命を絶ったと思う。
たぶん、自分がどうやって死んだのか、一番分かっていなかったのは父本人に違いない。


タスマニアでファミリーポートレイトの仕事をするため、ある家族と数日過ごした。
精神科のドクターだった。
鬱病の専門で田舎で暮らす農家の人たちのカウンセリングもしている。
興味深い話を色々教えてもらった。
オーストラリアは自殺者が多い。
ほとんどが男性だ。
そして自殺の多くは田舎で起こる。
閉鎖的環境で鬱に対する人びとの認識が低く、そのうえオーストラリアの田舎では男が自分の悩みを人に打ち明けるだなんて男らしくない、という風潮があるのだ。
テレビのコマーシャルでも落ち込んでいるのなら勇気を持って医者に診てもらいなさい、と繰り返し訴える。
遅すぎることなど決してないスペシャリストに相談しなさい、と繰り返し訴える。

父の経験を経ても、鬱で悩む友人たちに何もしてあげられない自分がもどかしい。
何を言っても自分の言葉が無力だとわかっている。
でも、彼らには本当に戦って欲しい。
彼らがどんな惨めな状態であろうとも、苦しみの中で希望もなく生きるくらいなら死んだ方がよっぽどましだと思っても、彼ら一人一人が生きて、この世に存在しているというたった一つの理由だけで幸せをつなぎ止めている人が彼らの周りに何人もいるということをどうか忘れないで欲しい。








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注)写真とテキストは無関係です。










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by somashiona | 2009-02-08 19:51 | デジタル

心に海を持つ男



先日、知り合いの女性とカフェでお茶していた時の話だ。

「もうそろそろ彼と結婚って話も出てるんじゃないの?」と僕。

「実はね、最近私たち上手くいってないのよ」と彼女は深くため息をついた。

32歳、とても綺麗で頭のいい女性だ。

「何か思い当たる原因でもあるの?」人びとは僕を、事情聴取のマブ、と呼ぶ。

「先週ね、3日間かけて彼と話し合ったの、どうすればもっといい関係が築けるかって。彼は私に何も不満はないというの、今まで通り愛しているって。でもね、私には両手の指では足りないくらい彼に不満があるの」
彼女のカプチーノのカップには赤い口紅がついている。

「もしかして、10以上の不満を彼にぶちまけたの?」
彼女と話をする時はなぜだかいつも彼女の口元に目がいく。
少し濡れているような真っ赤なルージュ。

「全部は言わないわ。3、4つよ」

「例えば?」

「もっといいセックスが欲しいって彼に言ったわ」
彼女の表情は変わらない。どうやらこれは冗談じゃないらしい。

「それって、、、何か新しい技を開発して欲しいとか、もっとアグレッシブじゃないとイヤとか、アクロバット的なスリルが欲しいとか、そういう類いのこと?」
こういう話題になると真面目な顔を維持できなくなるのが僕の弱点だ。

「ちがうわ、そうじゃないの。男の人ってすぐにそういう発想をするのね。ケミストリー(相性)の話よ」

「ケミストリーって、そんなこと今更言われたって、彼どうしようもないじゃない」
ここは男代表として、言うべきことは言わないといけない。

「そうよ、ああして、こうしてって言うフィジカルな話じゃないの。だから問題なの」と言って彼女はまたため息をつく。

「あのね、少し前まで僕の国では両親が勝手に結婚相手を見つけ、結婚式まで一度も会ったことがない人と生活を共にし、文句も言わず皆生きていたんだよ。それなのに君はあんなに優しくて、君を心から愛する男性にセックスの相性が悪いからどうにかしてくれって言うのかい?それって、あんまりだよ」
海外に住むと日本の古い時代の制度や考え方を美化してしまう傾向がある。

「本当にみんな文句を言わなかったの?見ただけで気持ち悪くなるような夫と一緒に寝て幸せだったって言うの?我慢することが幸せに結びつくの?」
彼女の目がだんだんと鋭くなる。

「いや、それはどうか分からないけど、、、。で、他になんて言ったの?」状況が不利になると話を変える作戦(母ゆずり)。

「他に何を言ったというよりも、、、この問題を彼と話し合っていて、私確信したの」

「確信って、、、何を?」

「ヒー ハズ ノーオーシャン イン ヒズ ハート」

「うはぁ〜、心の中に海がないだなんて、それってキツいよぉ」
まるで自分のことを言われたようになぜか慌てふためく僕。

「一度でも心の中に広い海を持つ男と時間を共にしたことのある女はね、いつもその海に自分の船を浮かべたいと思うの。その海に静かに漂う日を夢見るの。私の言っていること、わかるでしょ」
彼女の真っ赤な唇がさらに真っ赤に燃えているようだ。

「わ、わかるけどさぁ。そりゃ〜そうだろうけどさぁ〜。でもそれって、やっぱりキツいよ、あんまりだよぉ。」

「マナブ、どうしたの?怒ってるの?あなたの心には海があるでしょう?」

「え?まあ、水たまりくらいは、、、」










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by somashiona | 2009-02-05 07:09 | デジタル

オーストラリアは憧れの国




西オーストラリアのシャークベイは冗談抜きで暑かった。
車の温度計が43度なんてざらにあったが、実際はもっと暑かったはずだ。
手を振ると熱い空気のかたまりを感じた。
僕が歩いた後を振り返ると、まるで水面に出来る航跡のように、空気の中に跡が残って見えるようだった。
地元のおじさんなどは何事もないような顔をして歩いているので「こういう暑さには慣れているんでしょうね」と聞くと「暑いにきまってんだろ!」と怒られた。
車のエアコンを最大限にしてもたまらなく暑い。
何処までも続く青い空と赤い大地を見続けているうちに、頭がボォ〜っとしてくる。
そんな時、4人の若い娘さんたちが視界に入った。






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いや、いや、こんなところでそんなものを見るはずがない、と頭を振ってみたがそれは僕の幻想ではなかった。
助手席にいたジャーナリストNさんは「マナブさん、撮りたいんでしょ」と言ったが、取材の途中だったので涙を拭きながら目的地へ向かった。

取材が一段落し、来た道を引き返すとビキニの女神様たちはまだ同じ場所にいた。
「Nさん、これって、おいで、おいでしてますよね。撮りなさいって神様が言っていますよね?」
僕は彼女たちのもとへ向かった。(なぜか忍び足で)






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彼女たち4人はドイツの娘さんたちだ。
ワゴン車1台でオーストラリア中を旅しているらしい。
8ヶ月間の旅だと言っていた。
オーストラリアはヨーロッパの若者に人気の国だ。
オーストラリアを旅しているとドイツ、オランダ、スイス、デンマーク、ノルウェーの人たちとよくで出会う。
彼らヨーロッパ人にとってオーストラリアというのは対極の風景を持つ国らしい。
だだっ広く、恐ろしいほど乾いていて、人間が大らか、そして見たことのない動物が大地をピョンピョン飛び回り、ときどき車に衝突する。
オーストラリアは彼らの旅心を刺激する憧れの国なのだ。






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彼女たちのワゴン車の中を見せてもらった。
これにどうやって4人が入るのだろう?と首をかしげる恐ろしい狭さだったが、その隙間に僕も入れてもらって、一緒に旅をする夢を3秒ほど見てしまった。
こういうのを白昼夢というのだろうか?
きっと暑さのせいだろう。






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by somashiona | 2009-02-03 21:07 | デジタル

モデルはダディよ!




取材旅行が一段落した。
求められる写真を確実に押さえ、求められる以上の一枚をものにするのが僕の仕事なのだが、今回の旅で心に残ったのは写真よりも取材した人たちや、かかわることの出来た人たちの人間力の高さだ。
彼らから本当に多くのものを得た旅だった。
素晴らしい人たちに会うと身体と頭の中がポジティブなエネルギーで満たされ、自分にも何か出来るような気になる。
そして、それと同時に自分をもっと磨かなければ、こういう人たちとまともに対峙できないということに気がつく。(ある意味、戦いなので)
僕が彼らをファインダーから観察する以上に、彼らは僕のことを一瞬に感じ取っているのだ。
彼らが感じ取るそれは、たとえ僕のバックグランドを知らなくても、僕が知る僕自身以上に真実を突いているのだと思う。




子供たちとしばらく会っていない。
スクールホリデーの今、彼らもしばらく旅に出ている。
タスマニアからオーストラリアの首都シドニー、、、じゃなくてキャンベラまで車での旅行だ。
電話で彼らと話をした時「たくさん写真を撮っているからタスマニアに帰ったらダディに見せてあげる」とソーマが言っていた。
子供たちの顔を見れないのは寂しいものだ。
若かりし頃、大好きな彼女に会えず辛い、あの思いに少し似ているかもしれない。
この年齢でそういう対象がある僕は、ある意味幸せかもしれない。
ということで今日はシオナのお話。






「モデルはダディよ!」


画家である母の親の影響かシオナは絵を描くのが大好きだ。
暇さえあればいつも絵を描いている。






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彼女の絵が上手いかどうか、そんなことは僕にはどうでもいい。
大人へとどんどん成長していっても、自分の世界を失わない人であって欲しい。
どんな境遇に置かれても、他者が入り込めず、拘束を受けないのは頭の中だ。
頭の中だけはいつも自由な人であって欲しい。
絵が彼女にその機会を与えてくれるのなら、素晴らしいことだと思う。

ソファーで横に座っていたシオナが僕に話しかける。

「ダディ、ちょっとそこでじっとしていて」

「え、こんな感じ?」






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「動いちゃダメよ」

「はい、お嬢様」






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「どうダディ、似てるでしょ?」

「うひゃ、、、」






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「あれ、シオナ。ダディの耳はなくなっちゃったの?」

「あっ、そーか!え〜と、耳は、、、」






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「こんな感じで、、、ごにょ、ごにょ、、、」






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「うひゃ、ひゃ、ひゃ〜っ、ダディったら、モンキーみたい〜」

「モンキーって、、、猿かぁ、、、。」






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「あれぇ〜っ、ダディ怒ってるのぉ〜?それじゃ、頭からファイヤー!」

「ファイヤーって、、、大仁田かぁ、、、。」






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「ねえダディ、楽しいねぇ〜!」

「え、まあね、、、。」






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by somashiona | 2009-02-02 21:23 | ソーマとシオナ

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