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愛に至る基準




この齢になっても新しい友達が出来るのは嬉しいことだ。
最近友達になりつつある、僕と同世代の男性のことで少し驚いたことがあった。
オージーの彼はいかにもおとこ、おとこしているタイプ。
映画ならドラマよりアクション、デスクワークより外で身体を動かす仕事、ジョークの80%は下ネタ、小さなことなど気にせず、身の上に起こる問題などいつでも何処でもガハハハと大声で笑い飛ばしてしまう、そういうオージーらしい男だ。
そんな彼からパーティのお誘いがあった。
会場は彼の自宅だが僕は彼の家も彼の友人たちも誰も何も知らないので、少し緊張ぎみでパーティを訪れた。
家にはすでにたくさんの人が訪れ、カクテルグラスを傾けながらキッチンで盛り上がっていた。
僕の友人はまだ仕事から戻っていないらしく、ホスト役の彼のシェアメイトが僕を皆に紹介してくれた。
知っている人が一人もいないパーティほど緊張するものはない。
しかし、72歳の品のある美しい女性が僕をつかまえ、とても、とても面白い話を聞かせてくれたおかげで、僕は大きな家の中で一人孤立することにはならなかった。
その会話の輪に次々と人が加わり、はじめて買ったレコードの話題で僕がベイ・シティ・ローラーズだと告白した途端、それまで僕に対してお行儀のよかった人たちは「オー、ノー、信じられない〜、ダサすぎる〜」と態度を豹変させ、彼らの代表曲「サタデーナイト」を僕が唄ってみせると彼らはのけぞって笑い、僕は背中を叩かれ、首を絞められ、すっかり皆と打ち解けた。
心に余裕が出て来て家の中を見回すと「あれっ?」と思う点が次々と出て来た。
友人の男性と一軒家をシェアしていると以前聞いたとこがあったが、そのことは僕の記憶のほんの片隅にかろうじて引っ掛かっている程度だった。
家の中の統一感、一体感、同じテイストでまとめあげられた家具や絵や装飾品をしげしげと見ていると、それは二人の大人の男が住んでいる一般的なシェアハウスと何かが違うことに気づく。
そんなことを思っている時、僕の友人が家に帰ってきた。
彼はとても嬉しそうな顔をして「来てくれてありがとう」といい、そして「マナブ、君にいわなくちゃいけないことがある」と真面目な顔になった。
「僕がわかっているよ。一緒に住んでいる君のシェアメイトはパートナーだろ」というと「そうなんだ、僕はゲイなんだ」と彼がいい照れくさそうに笑った。
今まで彼の中にゲイの要素をまったく見いだせなかった僕は、彼がパートーナーとときどきキスをするのを見るたび、まだまだ、人間の観察力が甘いな、と思った。

翌日、土曜日の朝早く、床屋さんで髪を切ってもらった帰りに違う友人の家に寄り、美味しいエスプレッソ・コーヒーを飲みながら僕の驚きについてはなし、話題はゲイ、レズビアン、バイセクシャルの話に発展した。
僕も、一緒にコーヒーを飲んでいる友人もゲイ、レズビアン、バイセクシャルの人たちに対する嫌悪感や違和感をまったくもっていない。
それどころか、あらゆることを乗り越えて、自分や相手に対し正直に生きられる彼らの勇気や姿勢に尊敬の眼差しさえ向けてしまう。
オーストラリアの社会ではゲイやレズビアンの人たちが社会的に高い地位についていることが多い。
彼らの他人に対する態度、人生や世の中に対する姿勢を見ていると納得が出来る。
器が大きいのだ。
冷静に考えてみると、僕の友人たちの10人に一人はゲイかレズビアンだ。
僕の友人もそれくらいの割合だという。
日本に住んでいたときはゲイやレズビアンの友人は一握りしかいなかったが今の日本だともう少しその数は増えているのだろうか?
その数というのはカミングアウトしている人の数という意味だが。

僕たちはある人間を前にした時、「好き」が「愛」に変わる必須用件をどこで判断しているのだろうか、というテーマについてかなり真剣に友人と話し合った。
土曜の朝なのに。
この「愛」というのは親子間で生じるその「愛」とは違う「愛」の話だ。
このテーマを話す前提として異性に対する「愛」という条件を外してみた。
それがたとえ、男であれ、女であれ、人間として好きになるのに性別は関係ない。
しかし、「好き」を通り越し、特別な人であって欲しい、もしくは、特別な人でありたい、と思う時、そこにはやはり性的なアクションが介入するだろうという点で僕たちの意見は一致した。

そこで
シナリオ:1

パーティで出会った女性にあなたはひと目で恋に落ちた。
スレンダーな体つき、褐色の肌、少しカールのかかった髪、きらめく瞳、笑ったときの口元、彼女の外見はあなたの求めるものを全て満たしている。
話をするとその思いはさらに強まった。
笑いのテイスト、話題性の方向、趣味、価値観、あまりにもあなたと一致する。
こんな女性とはいままで出会ったことがない。
彼女が見せる態度もまるで鏡のようにあなたと同じだ。
大勢の人たちでざわめくパーティ会場はもう二人だけの世界。
お互いどうしよもないほど惹かれ合っていることに、もう疑いの余地はない。
パーティを二人揃って早めに切り上げることにした。
一人暮らしの彼女を家に送った。
家の前の車の中で「今夜は一緒にいて欲しい」と彼女にいわれる。
彼女の部屋に入った途端、二人は夢中で貪り合うが、彼女は突然あなたの身体を引き離し、こう言う「言っておきたいことが一つだけあるの」と。
「わたし、、、実は男だったの。手術やホルモン剤で今はほとんど女になっているけど、でも、あれだけはまだついたままなの。わかるでしょ、その意味」


シナリオ:2
*彼女の部屋に入るところまではシナリオ1と同じ
彼女の部屋に入った途端二人は夢中で貪り合うが、彼女は突然あなたの身体を引き離しこういう「言っておきたいことが一つだけあるの」と。
「わたし、、、実は男だったの。でも手術やホルモン剤のおかげで今はもう完璧な女よ。分かるでしょ、その意味。どこからどこまでまったくの女なのよ。違いはね、昔は男だったっていうだけ」










メイク・ラブ、、、果たしてあなたは愛を作ることが出来るだろうか?


僕と友人は「う〜ん、、、」とお互いに唸った。
そしてお互い牽制するように、自分の意見を先には言いたがらなかった。

そして、さらに

「告白された後、自分の身体は反応すると思う?」

「う〜ん、、、」
「う〜ん、、、くそ〜、むつかしいなぁ〜、、、う〜ん、、、」
「悩むなぁ、、、う〜ん、、、人生最大の葛藤だよなぁ、、、う〜ん、、、」

僕たちストレートな人間たちはまだ本当の「愛」の深さ、人間を愛すること、人間を受け入れることの意味を分かっていないのかもしれない。
この越えられない壁についてはもう少し時間をかけて考える余地がある。
土曜の朝に考える問題かどうかは別として。
















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質問:
話はまったく変わるが、いつも「とし」という漢字で悩む。
「このとしになってもまだ私は」
「あんた、そんなとしなんだからもういい加減に」
「あ〜あ、オレもとしをとったよなぁ、、、」
こういう時に使う「とし」は
1、年
2、歳
3、才
4、齢
どれがピッタリくるのでしょうか?
僕的には4の「齢」なのですが、どうでしょう?
海外生活が長くなると日本語に自信が持てなくなります、はい。
















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by somashiona | 2009-11-29 12:28 | デジタル

小沢一郎氏に物申す



このブログでは政治、宗教、人権、環境等の問題を語るのを出来るだけ避けてきた。
この手の問題は思想や価値観といった個人の根っこの部分が強く絡むのでそれを語る人間も受ける人間も熱くなりやすい。
ましてや、反対派の意見の人がそれを聞くと黙っていられず、書く方の僕は猛攻撃を受ける恐れがある。
猛攻撃もイヤだが、もっとイヤなのは匿名で、まるで自分の汚物でも吐き捨てるように、勝手なコメントを残していく卑怯者たちだ。
ネットでのコミュニケーションなんてそんなものだよ、と多くの人が言うが、言論の自由は許せても、卑怯な行為は許せない。
お前だって勝手なことをブログで言ってるだろ、などという人ははじめからこういうお話の規定外だ。
例えばクジラの問題などについてスレッドがたてられ、人びとが意見を交わす場を覗くと、それはもうほとんど人間の醜さの縮図だ。
クジラの問題が民族の差別になり、個人の攻撃となり、日頃人に面と向かって言えない自分の不満を吐き捨てる公衆便所になる。
真面目な意見などバカバカしくて書込む気も起きない。

ブログを続けていると自分がブログではタブーとしている話題に無性に触れたくなる。
「So what? photo」(で、どうしの的写真)が嫌いなように、「So what? text」も好きじゃない。
人に理解されようがされまいが、もし何かを残すとしたら、自分の芯が微かに残るものをブログで表したい。
親しい友人たちと会話を楽しむ時はブログではタブーとしている問題が積極的に登場する。
それが自分の関心事であり、そういうことをお互いに腹を割って話せないようなら、本当の人間関係など所詮築くことが出来ないと思っている。
こういう時に発する意見は「通りすがり」でコメントを残すようなものであるはずがない。
と同時に、腹を割っているからといって何でも正直に言っていいという訳でもない。
「accept」(受け入れること)「respect」(尊敬すること)そして「dignity」(相手の尊厳)これらのどれが抜けても(腹を割って話をしている分だけ)取り返しのつかないことになる。(僕は修行が足りないので時々地雷を踏んでしまう)
日本で、日本人と話す時は常識や暗黙の了解というものを前提に話をするので、よほど悪意がない限り相手の尊厳を根こそぎ引っこ抜くようなマネはしないだろう。
しかし、ここオーストラリアはメルティング・ポット(人種のるつぼ)だ。
左手で握手をしようとしただけで僕を嫌いになってしまう人、愛情を込めて抱きつき、キスしようとする男性に対して逃げ腰になる僕、ヒンドゥの友人を招いてオージービーフを出してしまったとき、またはイスラムの友人にポークチョップを出してしまった時の気まずさ、カソリックの教会の催し物に参加して、ついつい癖で「Oh, my god!」「Jesus Christ!」を連発してしまった時の周囲の冷たい眼、などなど目の前にいる相手のバックグランドは様々、自分の常識を相手に求めてはいけない。

小沢一郎氏の「キリスト教は排他的で独善的な宗教」発言をニュースで知ったとき、僕はかぶりを振ってしまった。
公の職に就く人の公の場での発言は日本国内で様々な宗教を信じる人だけでなく、世界の人びとに向けての発言でもある。
多くの国の多くの人びとにとって宗教は生活の中心だ。
親であり、恋人であり、愛であり、正義であり、その人たちの人格を支える最も太く大きな柱でもある。
小沢氏の個人的な意見はそういう多くの人たちに対するストレートな侮辱だ。
そういう考えを持っていることは自由だが、そういうことを悪びれもせず言ってしまう国際感覚や人権に関する意識の低さに驚いてしまう。
オバマ大統領が同じことを言ったらいったいどうなることだろう?
この無感覚さは日本が国際問題に対処する時の態度、そしてもっと小さなことを言えば、日本に住む外国人の政治への参加問題にも通じていると思う。
もしあなたが一度でも海外に住み、そこで働き、子供を育て、税金を納めたことがあるなら、自分の住む地域の問題に国籍が違うというだけで参加できないことに不自然さを感じることだろう。
こういうことは自分の職場の半数は外国人、というような環境にならないと感覚的に分からないのだろうか?
健康的な考え方は風通しが良くないとなかなか生まれない。
日本が日本らしい主張を世界に向けて発信できるようになるためにも、外の空気にもっと触れるか、窓を大きく開け、外の空気をたっぷりと入れることが出来る仕組みを早く作って欲しいものだ。

























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カリンバ奏者、ファビオ











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by somashiona | 2009-11-23 09:55 | デジタル

rikijiさんとセルフポートレイト




随分昔の話だが、僕は一度だけ、かなり本気でセルフポートレイトを撮ったことがある。

突然の病気、緊急入院、緊急手術、全てが冬の石狩浜に押し寄せる冷たい大波のように僕にぶつかっては砕け、自分のおかれた状況を客観的に見つめる余裕などなかった。
手術の後少し経ってから、自分の人生に起きたこの出来事を大事件として捉えることに成功しかけたが、放射線治療がはじまると忌々しい吐き気に日々苛まれ、この事件を深く考えるのは一旦中止した。
灰色の空の下を病院に向かっててくてく歩きながら考えたことなど今はもう何も覚えていないが、地下鉄の中や道ばたで何かの匂いを嗅ぐたび口に手を当て吐き気を抑えていたことはよく覚えている。
僕の身体には油性マジックペンでペルーのナスカの地上絵のような線が書かれ、放射線を浴びるその線の内側は毛深い体質で悩む女性にお勧めしたいくらい体毛が綺麗に抜け落ちていた。

そんな線が書かれたセクシーな身体を鏡で見つめながら、僕はこの人生の記念碑をポジティブな形で残さなければいけないと思った。
ちょうど写真を学ぶためアメリカに行く準備をしていた時だったので、僕が思いつく方法は写真しかなく、自分で自分を見つめるセルフポートレイトという表現方法がピッタリだと思った。

僕の病気に打ちひしがれていたのは僕だけじゃない、家族だ。
二人の子供を持つ今、あの時、僕の両親がどんな心境だったか痛いほどわかる。
深刻な時ほど場違いなバカをやりたがる人種がいるが、僕も間違いなくその一人だ。
僕がセルフポートレイトを撮る場所は、以前父の入浴ヌードを撮ったあの場所以外考えられなかった。
僕は三脚にモノクロフィルムを詰め込んだニコンFM2をセットし、そのあとスッポンポンになり、茶色のカーボーイハットと茶色の革製の手袋を身に付けた。
このシンプルなコスチュームで浴室から出て来るところをまるで誰かに撮られ驚いたかのように、片足を上げ、片手で股間を隠し、もう片方の手でカーボーイハットのつばをもちセルフタイマーのシャッターがおりるのを待った。
家族をはじめ、僕の身近な人たちはこの写真を見て大いに笑った。
久しぶりの笑いだった。

このセルフポートレイトのことを思い出したのはrikijiさんの素晴らしいセルフポートレイトを見たからだ。
写真が持つ力を見せつけられる一枚だった。
以前ブログで書いたことがあるが、どんなに完璧な構図、露出、瞬間であっても「So what? Photo」(で、だから何なの?的写真)が僕は嫌いだ。
逆にどんな安いカメラで撮ろうが、露出が酷かろうが、一枚から無限のストーリーがこぼれ落ちる写真に出会うとたまらなく嬉しくなり、写真の偉大さを改めて思い知る。
rikijiさんのあの一枚は仮に僕がrikijiさんを知らなかったとしても、テキストがなかったとしても、間違いなく心が揺さぶられる一枚だ。

声をかけてくれたフォトブラちゃんから「花の写真」と厳しくいわれ、花の写真などほとんどない僕は困り果てたが、それでも数少ない花の写真から一枚と今日のテキストに出て来た父の写真を一枚心を込めてrikijiさんに送りたい。
2枚とも以前ブログにアップしたことがあるかもしれないが、僕が大切にしている写真だ。




あの時のセルフポートレイトが今どこにあるのか思い出せないが、そのかわり長い間忘れていた大切ことを思い出した。
あの時ドクターに「諦めてください」と言われたいくつかのことが、今実現している。
医者のいうことは必ずしも絶対じゃないし、健康な人も病気を持つ人も明日はどうなるか誰にも分からない。
rikijiさん、希望を持って命の明かりを一日でも長く灯し続けましょう!

知っている曲はまだ全て出し切っていないでしょ!
















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by somashiona | 2009-11-20 17:37 | 人・ストーリー

篠山紀信とスペンサー・チュニックとシーシェパード




篠山紀信さんが公共の場でヌードを撮ったということで家宅捜索されたようだ。
許可を取らずゲリラ的に撮影を行ったようだが、線路や墓場などのロケーションも含まれていたようで、突っ込まれる要素が色々とあったようだ。
家宅捜索の後どうなるのか、その結果に関心がある。






僕がLAに住んでいた頃、ニューヨークのフォトグラファー、スペンサー・チュニックがストリートでゲリラ的にヌード撮影を行い逮捕されるシーンをニュースでたびたび見た。
ワゴン車の中で彼とアシスタント、そしてバスローブだけを身にまとったヌードの男女3〜4人がビジネス街の一角で周りの様子をうかがう。
そしてポリスがいないと「よし、いくぞ!Go, go, go!」というかけ声と共にモデルはフルヌードになり皆がワゴン車の外に飛び出す。
スペンサーはペンタッス6x7を手持ちで撮影するのだが、2、3枚でヤメとけばいいものを、フォトグラファーの悲しい性(さが)ゆえにあれも、これもとやりだしてしまう。
周辺を歩くスーツ姿の人たちは目が点になり、そのうちひゅ〜ひゅ〜と口笛を鳴らすものや、彼らに声援を送るものもでてくるが、そのあとにポリスがあきれ顔でやって来て、御用となる。
確か彼はこの撮影方法で5回ほど逮捕されている。
しかし、そんな彼も今ではマスヌードフォト(そんな言葉があるかどうかはわからない)の先駆者でありアメリカを代表するフォトグラファーの一人として人びとから尊敬されている。
世界各国のアイコン的ロケーションで何千人、時には何万人ものフルヌードの人たちを集め、壮大なマスヌード写真を撮るのだ。
このマスヌードをはじめた当初、彼は自分のポートフォリオを持って街に繰り出し、道ゆく人たちに写真を見せ、こんな写真を撮りたいので何月何日の何時にここに来てヌードになって欲しいと人びとにお願いしていた。
彼は、そう、こつこつと自分のやりたいことを積み上げていった。






話はまったく変わるが、クジラの問題を追いかけるとシーシェパードの話題に必ずぶち当たる。(話が変わりすぎ)
シーシェパードについて僕が最も驚くのは、僕の周りのほとんどの常識人たち(政治家、ジャーナリスト、教師、警察官、大工さん、医師、八百屋さんなどなど)たちがシーシェパードの行為に賛同しているということだ。
彼らが僕に言う決め台詞はこうだ。

「マナブ、反対、反対って叫んでいても物事は変わらないんだよ。本当に何かを変えるということは、すなわち戦うっていうことなんだ。それがどんな手段であってもね。そしてそれによって何かが変わり、それを人びとが認めたとき、その新たな変化が常識となるんだ」

この感覚、たぶん日本人には理解できない感覚だと思う。
なぜなら、この感覚が日本人の細胞にはないからだ。
一番近い感覚を持つのは坂本龍馬の時代を生きた一部の日本人かもしれない。
しかし、考えてみると海外のほとんどの国の歴史はこういう行動によって変えられてきた。
人びとは信念の為に戦い、多くの犠牲を払ってもそれを貫くことによって何かが変わると細胞の深い部分で信じているところがある。
じゃあ、法律は何のためにあるんだ!信念のために他の人間を傷つけてもいいのか!お前の考えはテロリストだ!インテリジェンスに欠ける!そんなの民主主義に反する!と僕を含めた多くの日本人は怒るだろう。
でも、これは理屈じゃないのだ。






The end justifies the means.
《諺》結果は手段を正当化する/結果良ければうそも良し/うそも方便

このフレーズ、日本に住んでいた時は「嘘も方便」と理解していた。
でも海外に長く住み、色々な国の人たちの考え方に接するうちに「嘘も方便」などという軽い言葉ではないのだと悟った。
今は直訳の「目的は手段を正当化する」が一番近い感覚だと思う。






篠山紀信 → マスヌード → シーシェパード → 明治維新 → 理屈じゃない → 目的は手段を正当化する






この理論展開を冷静に眺めると、自分が大学で論文を書くような仕事についていないことにホッとせざるを得ない。


















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上の2点はスペンサー・チュニックの作品














僕が大好きなオーストラリアの放送局SBSのニュースで扱われたスペンサー・チュニック
















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by somashiona | 2009-11-16 08:06 | 写真家

相原さん、フォトキナへの道 最終回




一連の撮影を終え、僕たちは再びブルームへ戻った。
いよいよ満月の夜だ。
まだ外が明るが月への階段を撮るためベストポジションを確保し、三脚3本に3台のカメラをセットし、暗くなるのを相原さんと僕はじっと待つ。
本格的なカメラを3台も海に向けて並べ、おまけに首からも数台のカメラをぶら下げている僕たちはハッキリ言って目立つ。
変わった人間を見ても驚かないオージーたちが、記者会見でもはじまるのでは、と僕たちの周りに集まってくる。
相原さんは本気モードに入っているので(金剛力士様)半径3メートル以内に近寄った多くのオージーたちは本能で危険を察知し、それ以上は距離を詰めないが、なかにはやはり空気の読めないおばさんなどがいて、大胆にも三脚の上のカメラに触り、ファインダーを覗こうとする。
すると相原さん思いっきり日本語で「だめだー、触らないで!」と吠える。
日本語の分からないおばさんには黒い顔をした国籍不明の大男が「ダァ〜ッ、ダダダー、デェー!!!」と吠えているようにしか聞こえないだろが、それでも恐ろしいには変わりなく、すぐに尻尾を巻いて逃げていく。
しかし、そんなふうに周りの人間を追い払っているのにも限界があった。
月への階段が海面に出来る時間になる頃にはこんな小さな街のどこから人が湧き出て来るのか、辺り一面が東京の朝の地下鉄ホーム並みの人だかりになった。
僕は周りの人がカメラや三脚に触れないよう人間ポプラ並木になっていたが、それでも防げない邪魔者もいる。
(人だらけの空間で3本も三脚を立て、怖い顔をしている僕と相原さんこそが周りの観光客にとってはたまらなく迷惑な邪魔者に違いないが、、、)
ティーンエイジャーの男子が撮影中の三脚に触りはじめた。
それに気づいた相原さんは今にもその子に殴り掛かりそうな勢いだったので、僕がその子にキツく注意した。
僕に何か言い返そうと思ったその男の子、相原さんの殺気に気づき、すぐに相原さんに背を向け、地面に体育の座り方で座った。
一人の少年が危なく一命を取りとめた瞬間だ。

人ごみの中で相原さんは美しい月への階段をものにした。
この瞬間、今回の撮影の95%は終了したと言っていいだろう。
ブルームのレンタカー屋で遅ればせながらランドクルーザーを手に入れ、(ニッサンを返す時は新車と思えるくらいピカピカに磨いた。もちろん舗装以外の道を走ったことがバレないように)さらに撮影を行い、再びパースへ戻った。
僕たちはパースから北へ250kmのピナクルズへ向かった。
ここが今回の撮影の最終地点。
ここも不思議な場所だった。
砂丘のような場所にニョキニョキと突き出た岩、と思ったらこれは木の化石らしい。
ここにUFOが着陸しても違和感のない風景だ。
僕は毎日宇宙人みたいな人と寝起きを共にしていたのでどんな生命体と遭遇してももう驚きはしなかったろうけど。

朝から晩まで2日間ここで撮影をした。
僕もここが最後だったので少しだけコンデジでピナクルズの風景を撮った。
太陽が完全に沈みきったとき、「これで撮影は全て終了です」と相原さんがいい僕たちは固く握手をした。
このとき、胸に込み上げるものがあったが、それは皆さんも理解してくれるだろう。
僕ですら全力を出し切ったと思えたのだから、このときの相原さんの気持ちはかなりの満足感があったのでは。
それとも、現像のあがりを見るまではやはり達成感のようなものは沸き上がらないのか?
このときはやり遂げたことがただ、ただ嬉しくて相原さんの立場でものを考える余裕はなかった。

写真を撮るにはもうわずかしか残されていない光で僕と相原さんは一緒に記念撮影をし、その夜は二人だけの打ち上げディナーということで豪勢にロブスターを食べた。
もちろん、僕たちにとってそれは格別の味だった。

この時の写真がたくさん使われたドイツでのフォトキナは大成功だった。
これが相原さんの写真家としてのキャリアに特別な意味をもたらしたのは間違いないだろう。
僕も貴重な経験をさせてもらった。
相原さんには心から感謝したい。

皆さん、こういうプロセスを経て相原写真は写真展で飾られ、写真集に収められるのです。
なので彼のプリントと対面する時は3回お辞儀してから見るようにしましょう。


今回の「相原さん、フォトキナへの道」シリーズをアップしたのは、どSの人たちからのアリソンの話を書けと脅されたからというのも理由の一つではあるが、僕としては相原さんの長年の夢が実現した写真絵本「ちいさないのち」に捧げるエントリーだ。
この本には僕の名前も記されていると相原さんに言われた。
嬉しい話だ。


5話からなる長い話に付き合ってくれてありがとう!
「タスマニアで生きる人たち」しばらくノンビリ更新に戻ります。
アリソンの顔は皆さん一人一人の想像力におまかせします。(笑)












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眼だけで敵を打ち倒すことが出るのは極真空手の創始者マス大山と相原さんだけ
押忍!








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インド洋の朝
海の色、空の色、光、空気、インド洋には全てにおいてうっすらとオブラートで包まれたような柔らかさがある








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写真だけ見せられて、ここは火星ですと言われたら、納得しちゃいそう








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僕は何も悪いことやってません、本当です、信じてください
悪いのは相原さんの人相です








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これが木だったって、どういうこと?
こんなふうに木が化石化して残るのはとても珍しいことらしい








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完全に入っちゃっている時の相原さん








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キムタクや渡辺謙が演技でする撮影のカッコよさとは次元が違うだろ!
どうだ、全世界の女性たちよ、男の本当のカッコよさに気づくのだ!
どうだ!








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撮っても、撮ってもキリがないほど被写体があるピナクルズだが、撮るべき時間帯は一日の中でもほんの数十分だ
もちろんその一番美味しい時間帯は必死で相原さんのアシストをしているので、僕は撮れないけど








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どうだ、惚れたか!どうだぁ〜〜〜〜!








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この夕日を見たとき、ああ、ついに全てが終わってしまうのか、と思った
身も心もヘロヘロだったが、写真を愛する僕にとって最高の現場にいつまでもどっぷりと漬かっていたいという気持ちが少し僕を切ない思いにさせた








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ピナクルズにさようなら、西オーストラリアにさようならだ








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打ち上げのディナーで食べた海の幸
第一話の飛行機から撮った写真が2006年7月9日
そしてこの写真が2006年7月24日
あっという間だった












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(冗談です。心の綺麗な方、真に受けないでください)

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by somashiona | 2009-11-10 15:22 | 人・ストーリー

相原さん、フォトキナへの道 第四話





この大撮影会についていこうと思った最大の理由は西オーストラリア北東部キンバリーにある地球最後の秘境バングル・バングルへ陸路で行けるからだ。
地球最後の秘境と呼ばれるのは1982年にはじめて西洋人がこの地に入り発見されたため。
27年前までアボリジニ以外の誰もこの地に足を踏み入れたことがないって、どんな場所さ?といつも憧れていた。
観光ならセスナやヘリで行くか、もしくはベテランのドライバーズガイド運転するが大きな4WDで連れて行ってもらうしか手はない。
自分たちで運転してそこまで行くのは本当にちょっとした冒険なのだ。


今までいろんな場所へ行ったがバングル・バングルのような不思議な場所には一度も行ったことがない。
ここはもう別の惑星だ。
蜂の巣のような横縞の線が入ったドーム型の山々が延々と続く。
ここでこの山の色と形をしたバングルバングル・ブラジャーを売ったら女性たちの間で人気が出るに違いないと真面目に相原さんに言ってみたが、軽く流された。
地面はまるでアントニ・ガウディが石膏を固めて作ったかのような不思議な灰色の波模様。
そこにはたくさんの溝があって、その深さは1メートルから深いところでは2メートルくらいあるだろうか。
もし落ちてしまったら大変なことになる。
機材は救出するだろうけど、僕は見殺しにされるにきまってる。
暑いし、体力使いたくないし。
地面がこんなふうになっているのは、実はここ、雨季には濁流が流れる川底だかららしい。
ガウディの力ではなく、水の力でこんな凄い川底になったのだ。
ということは、僕が歩いている今も、もし雨が降ったら、ここにいきなり濁流が押し寄せるのかと思い怖くなったが、乾季にそれはあり得ないと相原さんが僕を落ち着かせてくれた。
この猿の惑星のようなバングル・バングルを重い三脚や機材一式を背負って何時間も歩いていると脳みそが溶けていく。
早朝はまだいいが、昼頃にもなるとフライパンの上を歩いているようだ。
相原さんの写真の凄さは、普通こんなことまでして写真撮らないよなぁ〜ということをして、マシンガンのようにシャッターを切り、その中から選りすぐりの一枚を手に入れているところだ。
僕ならカメラ一台にズームレンズを付け、さらに三脚も軽めのものを選び、それでも現場に着いたら過酷な環境に尻込みし、ルックアウト(見晴らし台)から数枚撮って、さっさとエアコンの効いたホテルの部屋に戻るだろう。
これはやはり選ばれた者が行う儀式なのだ。


この旅のハイライトはたぶんヘリコプターからのバングル・バングル空撮だったにちがいない。
先日ヘリのパイロットと相原さんは綿密な打ち合わせをした。
いいパイロットに当たらないといい写真が撮れないらしい。
僕は生まれてはじめて乗るヘリコプターにもう子供のようにウキウキしていた。
空撮の日、僕たちは朝4時に起きた。
朝5時、まだ空が暗いうちから飛び、上空で日の出を撮るのだ。
なんて贅沢な話だろう。
贅沢といえば、空撮のためヘリをチャーターするコストはかなり贅沢。
マシンガンのように撮り、このコストに見合う写真をものにしなければいけない。
ただでさえも冷え込むアウトバックの朝、ヘリのドアから(開けっ放し)身体半分乗り出し撮影するとき思考能力はゼロだ。
ピントのリングが知らぬ間に動くことがないよう無限大にしたままテープで固定し、ペンタの645にフィルムを入れる僕もブロニー未使用フィルムと35mmフィルムを感度別にウェストバックへ入れ、露光したフィルムもすぐに別のウェストバックへ入れる。
冷たい強風が機内に巻き込むためフィルムが風で吹き飛ばされないよう確実にウェストバックの中へ入れないとダメなのだ。
パイロット、相原さんそして僕の3人がそれぞれ頭にヘッドフォンを付けている。
ヘリコプターがたてる凄まじいエンジン音と機内に吹き込む強風のなかでもお互いの会話が聞こえるように。
相原さんがパイロットに細かい指示を出す。
「3時の方向へいって」「あの山の少し上でホバリング(空中で停止すること)して」などと。
気持ちを落ち着かせるため僕は映画「地獄の黙示録」のヘリコプターのシーンで使われていたワーグナーのあの音楽を口づさむ。
するとパイロットは笑ったが相原さんの顔はマグネチュード8.3度級の金剛力士顔になっていた。
朝日が射してからのことはほとんど覚えていない。
僕はただただ必死だった。
大急ぎでフィルムを詰め込み、相原さんの手に渡し、露光したフィルムをウェストバックに入れ、その作業を何度も繰り返した。
相原さんがどのレベルの金剛力士顔をしていたかも全然覚えていない。
あれほど楽しみにしていたバングルバングルの上空からの景色も撮影が終わるまでほとんど見なかった。
アリソンのダイナマイトボディのこともさすがにこの時ばかりは頭をよぎらなかった。
















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バングルバングルといえばこの茶色の奇岩
浸食による3億6千万年の地層の顔
相原さんが撮るのはそのポートレイト








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こんな中を重い機材を背負って歩く
朝は指先がかじかむほど寒く、昼間はベーコン&エッグになりそうなくらい暑い
もちろん相原さんがベーコンで僕がエッグ








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バングルバングルといえば茶色の奇岩なのだけど、僕にはこの川底の記憶の方が強い
こんな地面の上を今まで歩いたことがなかったことと、重い機材を背負ってこの地面をジィ〜と見つめながら一日に何時間も歩き続けたからに違いない








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こんな凄い景色の中にいるのに、周りの景色を撮る気力もなく、ひたすら歩く時の自分の影を撮る








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インディージョーンズの映画に出てきそうな岩の隙間を歩いていくと半洞窟のような空間がある
こげそうなくらい暑い日中でもそこはエアコンが入っているようにひんやりと涼しい
昼寝には絶好の場所だ
ここには観光客が数人いた
人の大きさが分かるだろうか?








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誰だ、こんなところにコンクリートでオブジェを作った奴は、と思ったら犯人はアリだった
こんな蟻塚がいたるところにたくさんある








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頭が暑さのため朦朧とし、どちらが影でどちらが本物なのか見分けがつかない








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こんな草原の中をどうやってアボリジニたちは歩いてきたのだろう?
僕なら3日でお陀仏だ
綺麗だけど、こわい








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同じ場所でも時間によってその印象は刻一刻と変化する
自然が与える色の前ではフォトショップなど虚しくなるばかり
本当に美しいものを見たとき、それをいかにそのまま伝えれるかが最大の課題になる
自分が感じた感動をそのまま伝えること、簡単なようで難しい








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この写真、僕には自慢の一枚だ
何が自慢かって、この写真を撮った時何かイヤな予感がした
そして夢中で撮影ポジションを探す相原さんのところまで近寄ると、この位置から全くわからなかったが、相原さんが乗っている岩の2メートル後ろが断崖絶壁になっていたのだ
「相原さん危ないからさがらないで!」この旅で一番大きな声を僕は張り上げた
そう、相原作品を今後も見ることが出来るのは僕のおかげなの、わかる?
マナブッチ〜のくせに〜、とか言わないように








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いい写真が撮れているかどうか、それは相原さんの顔を見ていれば分かる
これ、という被写体、これはものになる、という獲物を見つけた時の相原さんはライオンが静かに獲物との距離を詰めているときの状態に近い
透明で静かな空気がそこに流れるのだ
金剛力士は求めているとき
見つけると仏陀








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さて、皆さんならこの場をどう切り取るか?








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そして、撮れた時の顔は、、、う〜ん、上手い言葉が見つからない、、、
この瞬間何を撮ったかは「ここ」を見てねぇ〜








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空撮の前日、パイロットと綿密な打ち合わせを行なう
英語力、世界で仕事をするには必須だ
もし日本人にもっと英語力があれば、世界中で日本の素晴らしい才能ともっと頻繁に巡り会うことが出来るだろう
特に音楽
ヴァージンレコードのリチャード・ブランソンの伝記で「どんなに素晴らしい音楽であっても、それが英語で唄われていなければ、世界では通用しない」というようなことが書かれていたのを思い出す








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ヘリコプターの上からコンデジで撮った唯一の写真










次はいよいよ最終回!
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by somashiona | 2009-11-09 07:24 | 人・ストーリー

相原さん、フォトキナへの道 第三話




そんな過酷な毎日を送っていると移動中の車内での会話は限りなくお下品になる。
写真の話など絶対にしたくないし、政治、社会、など難しい話は一切ゴメンだ。
とにかく、撮影をしていないときいかにリラックスするかが肝心。


ある夜、どうしても肉が食べたくてカンガルーや牛ではなく人間のいる最寄りの(何百キロも離れている)街までわざわざ出かけ、パブでステーキを食べることになった。
たしかホテルの中にあるパブだったと思う。
そのホテルにいた受付嬢、顔は眼鏡をかけた地味で真面目な女子学生風、なのに身体はプレイボーイマガジンに出てくるダイナマイトボディのセクシーウーマンだった。
年は20代のまだ前半だろうか。
肉を食べにきた僕は正当な理由もなく「あのぉ、お名前はなんと言うのですか?」と思わず訊ねてしまった。
彼女は色白のそばかすがある頬を少しだけピンクに染めて「アリソンよ」と答えた。
どうやら過酷なアウトドアライフが続くと男は肉食獣になるらしい。
細胞の中のずっと奥にあるマンモスを追いかける男の遺伝子が永い眠りから目覚めるのかもしれない。
草食系男子はアウトバックへ出て肉を食べよう。
相原さんと僕、話すべきことは他にもたくさんあったはずだけど、肉を食べている間中アリソンの話で盛り上がった。
名前以外なにも彼女のことを知らないのに。
受付でもう一度アリソンに会い、さよならを言ってから、僕たちはテントに戻った。
その夜、僕と相原さんがテントを張った場所には僕たちのテント以外にも小さなテントが朝まで二つ立っていたはずだ。


アリソンと出会って以来、移動の車の中では僕たちは、というか僕は、いつもアリソンの話をした。
この辺の土地に住む荒っぽいオージーガールのイメージからかけ離れた雰囲気を持つ彼女、カラスの群れの中のカナリア、砂漠に咲く一輪の花、なにか事情があってこんな場末のアウトバックのホテルで働いているに違いない、、、今冷静に考えるとどこにでもいそうな極々普通の女子なのに、あまりにも普通じゃない日々が続いていたためかアリソンのイメージは悪い風邪にかかったときの扁桃腺のように赤く、痛みを伴って膨らんでいくばかりだった。
人間、過酷な状況に追いつめられると、きっとすがるものが必要になるのだ。
それが神や思想じゃないのは、実際に存在するものをいつも追いかけるフォトグラファーの性(さが)、誰もそれを責めてはいけない。
アリソンと出会った翌日から、彼女の隠された過去、秘密、男性関係、裏の仕事、太腿の内側に小さく彫られたバラのタトゥー、僕は休みなくアリソンについて想像を膨らまし、車の中で話しまくっていた。
名前以外なにも彼女のことを知らないのに。
なんせ、毎日車での移動距離がハンパじゃないのだ。
何百キロも信号や対向車のない直線が続づく真っ赤な大地を眺め続けるよりは、僕のアリソンの話を聞く方が相原さんも気が楽だったのだろう。
アリソンが働く(エリア北海道より大きい)を離れる最後の夜、もう一度アリソンホテルのアリソンステーキハウスで肉を食べようということになった。
毎日、毎日あまりにもアリソンのことを話し続けていた僕は彼女の顔を見るなり、おろおろ、おどおどしてしまった。
すると何を思ったのか、相原さんは突然アリソンに写真を撮ってもいいかと訊ねた。
どうして私の写真を撮るの、とでも言いたげなアリソンが戸惑いながらも、いいわよ、と答えると、じゃあ、マナブさんも一緒に、と相原さんがいい、その時僕は年甲斐もなく顔から火が出るくらい赤面した。
それを見た相原さんは僕のうろたえように大笑いし、僕の顔を見るたび今でもアリソンさん元気などと言う。(どS)
という訳で、僕はアリソンの手を握ることもなくこのエリアを去り、僕と相原さんはアウトバックの中へさらに深く入っていった。


舗装道路を走る快適さはしばらく味わえないだろうと、自分に言い聞かせ、アフリカのサバンナのような、火星のような、エリアに突入した。
4WDの車の性能は本当のオフロードを走らないかぎり分からない。
こんなところ車で走ってもいいのだろうか、と不安になる道の連続だ。
スピードは出ているが、常に路面の状況に注意し運転していないといつ何が起こるか分からない。
順調に進んでいたと思えば突然目の前が川になり、その中を突き進まないといけない。
車の中に水が浸水しそうなくらい深い水の中を僕は運転したことがない。
一度、助手席の窓から水が入ってきそうな川を渡っているとき「ワニだ!」と相原さんが叫び、僕は驚いて飛び上がったため車の天井に頭をぶつけた。
オーストラリアではクロコダイルに人が襲われる事故が度々ある。
サメの被害よりも多いかもしれない。
クロコダイルに襲われると死体を見つけるのがとても困難だ。(餌を隠すから)
「どこ、え、どこ、どこ???」糞暑い中急いで助手席の窓を閉めながら相原さんの顔を見ると、嬉しそうな顔をして笑っていた。
(JUSA=Japan Ultra Sadist Associationタスマニア親善大使。ちなみに会長は馳さん、副会長はburg氏)
(どS被害者友の会の会長はコンすけ君)
今回の旅、アウトバックでの車の運転はほとんど相原さんにお任せした。
ハンドルがとられる柔らかい砂地や水の中のアクセリングは熟練者でなければ事故に繋がる。

荒涼とした大草原の中を順調に進んだ僕たち、心にも余裕が出て来た。
見晴らしのいい大きな丘の上を登りきり、その頂上で記念写真を撮ろうということになった。
車のエンジンを消し、数分間記念撮影大会をしながらはしゃぎ、それから車に戻りイグニッションキーを回したが、エンジンがうんともすんとも言わない。
ちなみに車の中はバッテリーの充電器だらけ、それらは全てシガーソケット(車の中のタバコの火をつけるライター)からの充電だ。
どうやら車のエンジンを止めている間車のバッテリーを充電器たちが使い果たしてしまったようだ。
こんな荒野の真ん中で車が動かなくなったら撮影が出来ないどころか死につながる。
この時の相原さんの顔、僕が今まで見た中で冗談抜きで一番引きつっていた。
たまたま一台車が通りかかった、その車をとめ、ジャンプコードを持っているか聞いてみたがダメ。
幸運なことにそのドライバーは車のメカニックらしく、とても車に詳しかった。
不幸なことは僕たちのニッサンがオートマチック車だということだ。
やはり何かあった時はマニュアルの車の方がどうにかなる手段がある。
学生の頃バイクや車でなんども経験した押しがけ(車を押してある程度スピードが出たらギアを2速くらいに入れエンジンをかける)のテクニックはオートマチック車ではできない。
彼からのアドバイスは車のギアをニュートラルに入れ、この丘をひたすら下ること。
運が良ければその間バッテリーがチャージされ、エンジンがかかるだろうと、信じていいのか悪いのかわからないような案を出してくれた。
かからなかったらどうするの?と聞いたらもうダメだなと笑う。
笑い事じゃない。
僕らは車に乗り込み、彼らは車が坂を下り出すまで後ろから押してくれた。
車が坂を下り出した。
彼らは面倒に巻き込まれたくないからか、僕らとは反対方向の道を砂埃を立て去っていった。薄情者!
車が坂を降りている途中の僕たちの顔を写真で撮っていたら傑作だったろう。
おしっこ漏らした子供が泣きそうになって濡れたシーツを見つめているような顔だったに違いない。
坂を降りている途中、ハンドルを握る相原さんが祈りのため眼をつぶらないことに僕は気持ちを集中することにした。
たぶん、坂を下りきるのに5分もかかっていなかったと思う。
止まった車のハンドルに相原さんはおでこを乗せ、眼をつぶり、おねがいします、と3回言ってからイグニッションキーを回した。
ぶる、ぶる、ぶる〜ん、エンジンがかかった。
僕と相原さんには声を出して喜ぶ気力などもうなかった。
ふぅ〜っと深い溜息をもらし、ただただ頭を左右に振るだけで精一杯だった。
















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こんな生活が続くなかでにギネスにありつけると顔はこうなります、というCMを作ると売り上げに貢献するだろう








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キャンプの間は粗食だが、レストランでは取り憑かれたように肉を食べた
その量もハンパじゃないが、それでもペロリと平らげてしまう僕たち








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アリソンの話を聞く相原さんはこんな顔
この表情から話の内容がバレてしまいそう
18歳未満禁止です








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こんなに暑くて乾いているのに、どこから水はやって来るの?
運転していると何度も大量の水たまりや川に行く手を遮られる








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テレビなどで車が川を渡る場面を見ても何とも思わないが、自分の乗っている車がそれをやる時はかなり緊張する
エンストすれば喉の乾きに苦しみながら死を待つかもしれないからだ








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日本中どこを走ったってこんなに人里から離れた場所を走ることはないだろう
電柱も道路標識も、人の手を感じさせるものがどこにもない








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この色こそオーストラリア
タスマニアではお目にかかれない真っ赤な大地には感動する
このときはいていたソックスは何度も洗った今でもまだ赤い








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車で川を渡る時は予めその深さを誰かがチェックしなければいけない
言われてみればそうだが、言われないと気がつかないようなことの一つ
そういう些細なことが実はアウトドアではものを言う
こういうことは経験値を積んだ人しかわからない








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この写真の直後、バッテリーがあがってしまった
丘の上で良かった








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撮影旅行の間、僕がビックリしたのは相原さんがクライアントに電話をする回数の多さ
相原さんに仕事を託している担当者としては進捗状況が気になるところだろう
アーティストだけどビジネスマン、写真を仕事にしている人はこのバランス感覚がもっとも要求されるのだ
日本ボディビルダー選手権に出ようと思っている相原さんの美しい肉体








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どうしてこの写真が大切なのか、もう皆さんは分かってくれるだろう








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テント生活が続くと、朝や夜も暖かくて、アリやダニもいなくて、ふかふかのベッドがある空間がどんなにありがたいか
そんな環境にありつけた時は、ひたすら寝る








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ひたすら寝て、翌日の戦いに備える


















つづく
















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by somashiona | 2009-11-07 08:06 | 人・ストーリー

相原さん、フォトキナへの道 第二話



満月まではまだ数日時間が残されている。
ブルームでランドクルーザーをレンタルし、いよいよアウトバック(Outback:オーストラリアの内陸部に広がる、砂漠を中心とする広大な人口希薄地帯を指す。オーストラリアの人口の90%は面積にして約5%の沿海地域に集中しており、内陸部地域の人口密度は1人km²以下である。ウィキペディアより)へくり出す。
が、しかしそこで問題発生!
予約してあったランドクルーザーが事故でレンタカー屋さんにない。
でもニッサンのXトレイルならあるからこれで旅をしてくれとレンタカー屋さんはいう。
結構見た目も大きく、荷物もたっぷり入りそうな4WDで僕はホッと一安心だったが相原さんは眼を吊り上げてまだお店のスタッフに噛み付いている。
日本なら当然レンタカー屋さんがこの問題をなんとか解決してくれるのを期待するところだが、ここはオーストラリア、しかも西の外れの小さな街、ないものはない、で終わってしまう。
他に数件あるレンタカー屋、その他全ての可能性を模索したが結局4WDらしい4WDはこのニッサンしか手に入らなかった。
アウトバックではランドクルーザーじゃなきゃダメなんだ、と相原さんはいつになく心配そうな顔。
契約書にサインする際、いや〜な一文を見つけてしまう。
シールドされたロードしか走っちゃダメ、、、。
それって舗装道路しか走っちゃダメって言うこと?とお店のスタッフに聞けば、そうだ、と答える。
何のための4WDだぁ〜〜〜!
道なき道を走り、最高の被写体を撮りにいくのが今回の任務なのに、、、。
舗装道路以外では何があってもレンタカー屋さんは一切責任を負わないという。
レッカーから修理、保険、すべて自己負担になる。
僕と相原さんは無言で顔を見合わせ、微かに頷いた。
良い子のままでは達成できないことが、世の中にはたくさんあるのだ。

今回の旅、僕は自分コニカのヘキサーRF(レンジファインダーのフィルムカメラ)とFuji FinePix F11しか持っていかなかった。
自分の一眼レフカメラを手にし、凄いものを目の前にしながらアシスタントの自分は撮れないという状況が拷問に匹敵すると分かっていたからだ。
今回はアシスタントに専念し、ちょい撮りのスナップだけにすべきだと思った。
この旅で僕が撮ったポジフィルムは引っ越しをした時にどこかの箱に入れたままで行方不明。(引っ越しの後、まだ開けていない段ボール箱が多数あり)
なので今回はコンデジのFinePixで撮った絵だけをブログに載せている。
このコンデジ、来週は息子のソーマ、10歳の誕生日プレゼントとして僕の元を去ることになっている。(涙)
ソーマはこのコンデジの動画機能を使って遊びたいそうだ。
おっと話が逸れた。


相原さんとの撮影の旅、毎日毎日、気の遠くなるような距離を車で移動した。
ちょっと次の街まで400km、と言うノリだ。
途中の街で見かけるアボリジニたちにはかなり衝撃を受けた。
アウトバックの強い太陽、建物や木の下には濃い影ができる。
その濃い影の中を眼をこらして見てみると必ず何かがうごめいている。
平日の真っ昼間、もの凄い数のアボリジニたちが何もせず空を見つめ、もしくはお酒を飲み酔っぱらっている。
アボリジニの土地に入ってきたオーストラリア人が引き起こした問題なのでオージーたちが面倒を見るのが当たり前だとしても、これは本当に深刻な問題だ。
こんな言い方をすると彼らに失礼だが、真っ昼間にうつろな眼をしてふらふらと歩き回るアボリジニたちは、まるでゾンビの群れのようだった。
僕がアメリカに住んでいたとき、LAのダウンタウンにホームレスたちが群れる一角があった。
カメラを持っていればどんな被写体にも近寄れる僕でも、あの一角は恐ろしくて近寄れなかったが、西オーストラリアで見たアボリジニたちはその雰囲気ととても良く似ている。
マルチカルチャーが根づいた健全な国オーストラリアでこんなことが起こっているとはまったく信じがたい。
新聞やテレビのニュースで彼らのことはしょっちゅう取り上げられているが、実際に自分の目で見ると根の深いこの国の問題を肌で感じることが出来る。
まさに百聞は一見に、だ。
彼らの写真を撮ることを個人的に楽しみにしていたが、彼らの姿を見て観光客気分で撮ってはいけない被写体だと感じ、結局一枚も撮らなかった。

アウトバックではひたすらバオバブの木を撮り続けていたような記憶がある。
撮影地を具体的に言うことはできないが相原さんがバオバブを集中的に撮った場所はバオバブの楽園のような場所だった。
大草原の中にニョキニョキと立つバオバブたちは意志を持った生き物のようだった。
そして、彼らが相原さんに「さあ、私を撮りなさぁ〜い」と囁きかけているようだ。
バカなことを言っているように聞こえるかもしれないが、テントの中で寝泊まりして、夜明けから日没まで大自然の中を彷徨っていると、相原さんがよく言う「被写体に呼ばれてシャッターを押した」というという境地に確かに達するのが分かる。
現代人が自然の波長と調和するまで、確かに時間はかかるが、一度チューニングが合うといろんな音や声が聞こえてくるのだ。
相原さんの写真展や写真集ではこの木が頻繁にそして魅力的に登場するはず。
バオバブの木は相原写真のアイコン的な被写体と言ってもいいだろう。
彼にしてみれば友達の写真を撮っているようなものだが。

相原さんと僕の朝は遅くても5時にはじまる。
砂漠気候なので昼間はうだるような暑さだが、夜や朝方はかなり冷え込む。
テントの中で暖かい服装に着替え、まだ真っ暗な外に出ると相原さんのテントからおはよ〜ございま〜す、と眠たそうな声が聞こえるか、僕がテントの中からそんな声を出すかのどちらかだ。
朝食はほとんど口にせず、すぐに機材やフィルムを車に運び込み、撮影の目的地へ向かう。
目的地はまだ真っ暗だが相原さんはどこへ行くべきか知っている。
くそ重い三脚2、3本、カメラのボディFujiのパノラマ2台、ニコンのF2を1台、ペンタ645を2台、S5のテスト機1台、僕のコンデジとヘキサー、相原さんのコンデジ、そしてそれらのボディに使用するであろう広角から望遠のレンズ多数、ブロニーと35mmフィルムを50〜60本(その日の撮影分)、こんな装備で真っ暗な茂みを延々と歩き、崖をよじ登り、木にぶら下がる。
もう随分昔のことなので細かい出来事は忘れてしまったが、人っ子一人いない暗闇の草原で相原さんのトレードマークの黄色いヘッドライトに照らされた光をたよりに歩くあの感覚は今でも夢に出てくる。
空気の冷たさでヒリヒリする頬、肩に食い込む機材の重さ、毒蛇を踏みませんようにと神様に願う心の声、身体の中をむずむずと這い回る虫の感覚、これを皆さんと共有できないのが残念でならない。
特に僕はネイチャーフォトが専門です、といっていつも道路脇から写真を撮る人と。
空が薄紫色になり、朝日が差し込む頃までは撮影の準備ができていないといけない。
カメラを三脚にセットし、日が射してきたら戦闘開始だ。
もはやこの地球上には僕と相原さんしか生存していないのではないか、という気分になるような人っ子一人いない大自然の中でシャッター音と相原さんが僕に告げるレンズのミリ数だけがこだまする。
これが昼少し前まで続き、昼は木の影や車の下や影で休憩。
簡単なランチを食べる。
この時間くらいから僕たちはまともな会話(下ネタを中心とした)をやっとはじめることが出来る。
昼過ぎからまた撮影地を移動し、重い機材と一緒にあちこち動き回り、お日様が地平線の下に隠れるまで延々と撮り続ける。
キャンプ場に戻るのが夜の9時、10時前後。
それから僕は撮ったフィルムの番記(撮った順番にフィルムに連番、日付、感度を記入すること)をし、翌日のフィルムの準備をする。
相原さんはその間に夕食の準備。
たき火の炎や満点の夜空の星を見つめながら夕ご飯を食べるときが唯一心が和む時だ。
相原さんはこの時に持参してあるワインを飲む。(僕はげこ)
この時間が相原さんの至福の時らしい。
一度、ワインのコルク抜きをなくしてしまい、砂漠のど真ん中でコルクを抜けないワインのボトルを抱きしめて、相原さん発狂しそうになったことがあった。
コルク抜きが売っている街までの数日間、ワインボトルを撫でながら、見ている僕がもらい泣きしそうになるくらい焚き火の前でしょんぼりしていた。
食事が済んで、おやすみなさいを言った後、各自のテントの中で毎晩僕たちがやっていたことはダニとの格闘だった。
もの凄く寒いテントの中で夜の11時、12時頃に素っ裸になり、洋服のチェックをする。
頭に付けたヘッドランプで下着の縫い目など眼を凝らしてみるとダニたちがしっかりと張り付いている。
もちろん僕のひきしまった(?)お腹やプリティなお尻にも張り付いてちゅーちゅー血を吸っている。
たくさんやられると体調を崩し、動けなくなるとの情報を薬局で入手し、それ以来毎晩テントの中でダニ退治をするハメになった。
うとうとする眼を擦りながら。

















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昔、白人たちは鎖でつながれたアボリジニたちをこのバオバブのなかに閉じ込めたらしい








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何日に一度かは朝のひとときを楽しんだ。








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朝食のクロワッサンを撮る相原さん
あまりに真剣だったので、これもフォトキナようの写真だと僕は信じて疑っていなかった








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写真好きの人はカメラに囲まれている時が一番幸せ
たくさんあればあるほど顔がニヤける








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この日から僕は相原さんを「歩くヨドバシカメラ」と敬意を表して呼んでいる








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大草原の中で食べる相原さん特製バオバブカルボナーラ
スパイスはヘッドランプの光につられパスタの上に落ちる虫たち
量の多さに注目








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僕たちの周りは果てしない闇
人の住んでいる場所までは何百キロも先
冷静に考えるとちょっと怖くなる
さらにもう少し考えると、こんな贅沢はない、と気がつく












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by somashiona | 2009-11-05 21:25 | 人・ストーリー

相原さん、フォトキナへの道 第一話



2006年の7月、アウトドアショップで買い物をしていると携帯電話が鳴った。
日本から相原さんがかけてきた電話だった。
この頃、相原さんとは友人の紹介で知り合ったばかり。
タスマニアで相原さんの撮影に一度だけ同行し、僕の親友ジャーナリストのギャビーが記事を書き地元の新聞で掲載したというくらいの間柄だったと思う。
「こんなことをプロのカメラマンにお願いするのは恐縮なんだけど、、、」という前置きで、西オーストラリアで行なう撮影のアシスタントを僕にやってもらえないかと国際電話で聞いてきたのだった。
何やら撮影に同行する予定だったアシスタントさんがパスポートの問題で急遽オーストラリアに行けなくなったらしい。
オーストラリアの極めつけの風景が見れる、普通の観光旅行じゃ絶対に経験できない体験ができる、ヘリコプターにも乗れる、レストランのある場所ではおいしいステーキを食べさせてくれる、etc、美味しい言葉がたくさん並んでいたので「いいですよ、行きます、行きます」と僕は安易に返事をしてしまった。

一週間後、西オーストラリア、パースの空港で相原さんと落ち合った。
あれ、僕が知っている彼の顔となんだかこの日は様子が違う?

パースからすぐに西オーストラリア北西部にあるブルームという街へ飛行機で飛んだ。
車で移動すれば2,172kmの距離。
飛行機でよかった。
ブルームへ向かう機内で今回の撮影の説明を相原さんはしてくれた。

極秘任務1:この時はまだ市場に出ていなかったPROVIA 400X(リバーサルフィルム)を使かいドイツのフォトキナで富士フィルムさんのために出展する作品を撮りおろす

極秘任務2:この時はまだ完全に完成していなかった富士フィルムの一眼レフカメラ、Fuji S5を使いフォトキナで富士フィルムさんのために出展する作品を撮りおろす


フォトキナ、写真に携わる仕事をしている僕ももちろん知っている。
2年に一度ドイツで行なわれる映像関連業界の総合見本市、まさに映像業界のワールドカップだ。
ここで世界各国の業者に自社の製品をアピールできれば売り上げに大きく貢献するだろう。

「マナブさん、今回は撮影ではなく、戦争なので、そのつもりで仕事をしてください」と言った相原さんの瞳の中には巨人の星に登場する星飛雄馬のように(体型的には伴宙太、いや最近は左門豊作、おっと失礼!僕はもちろん花形満)メラメラと戦いの炎が燃えたぎっていた。
やばい、これは大変なことに巻き込まれてしまった、、、とエアコンの効いた機内で冷や汗をかきはじめた頃ブルームに到着した。
空が、雲が、空気が、匂いがタスマニアと全然違う〜、と僕がウキウキしていると、ニコリともしない相原さんがブルームの小さな空港ロビーで荷物到着を待っていた。
到着した荷物の量を見て、僕もの顔からもニコニコは消えた。
映画の撮影ですか?と聞きたくなるような荷物の量。
これ一体誰が運ぶの?しかも撮影の70%近くが過酷な土地でのキャンプなのに、、、?

ブルームでの撮影は大きく2つのポイントがあった。
一つは富士フィルムの特性をたっぷりと引き出してくれるであろう被写体、真っ赤な岩が印象的なガンシューポイント、そしてもうひとつは海面に写る月光がまるで月にかかった階段のように見える、月への階段。
フォトキナで写真を見る人たちは皆映像のプロだ。
彼らを唸らせる写真を撮るためには被写体自体に圧倒的パワーがなければいけない。
限られた時間内でパワーのある被写体を確実にモノにするには、どこに行けば何があるのかを事前に知っている必要がある。
しかもそれが一般の人たちにはなかなかお目にかかれないようなものでなければ人びとを驚かすことが出来ない。
これこそが相原さんの力だ。
今までオートバイやランドクルーザーでオーストラリアの辺境の地をキャンプ生活を送りながら何万キロも旅をした相原さんの頭の中には彼しか知らない特別な場所がたくさんある。
長年のオーストラリアの旅で得た選りすぐりの被写体を短期間のうちに最高の光でフィルムに定着させるのが今回の任務だ。

月への階段、今回の旅で満月の日はたった一日。
一晩で確実に決めなければいけない。
そこで素朴な疑問が僕の頭に浮かんだ。

「ねえ、相原さん、満月の日が雨降りだったらどうするの?」と僕。

「西オーストラリア、乾季の間は雨は降らない」と相原さん断言。

「でも、曇りでも階段見えなくなるでしょ?」とまだ素朴な疑問が消えない僕。

「絶対撮れるともう富士フィルムには言ってある」相原さん、口が真一文字。

ガンシュームポイントでは順調にいい写真が撮れていた。
それはアシスタントをしている僕でも感じることが出来る。
僕は慣れないペンタックス645のフィルムホルダーにブロニーフィルムをいかに早く入れるようになれるかで四苦八苦し、相原さんがカメラに付けているレンズの画角に自分が入らぬよう、影が出来ぬよう、それでいてレンズ交換の時にすぐレンズが渡せるよう、つかず離れずの距離を保ち相原さんが撮影に集中できるよう気を配る。
僕にしては珍しい集中力、真っ赤な岩のガンシュームポイントが岩朱ポイントだと日本語で思い込んでいたのも無理もないことだ。

















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メルボルからパースへ向かう機内からのショット
まだこの時ははじめて訪れる西オーストラリアのことで心はルンルンランラン








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撮影のとき以外はいつもニコニコの相原さんだが、この時は空港からすでに半金剛力士状態(そんな言葉はないが)だった








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この荷物はほんの一部








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3メートル以内に近づけるのはアシスタントだけ
レンズを渡す時は命がけ








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明るいのにどうしてナショナルのヘッドランプを頭に付けいてるのか?
その理由は相原さんの講演会の時にどなたか聞いてみてください
(ヘッドギアとプロテクターを忘れずに)








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仕事をしている時のプロの顔はかっこいい








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シルエットだけでもかっこいい








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PROVIA 400Xにぴったりの被写体













つづく













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by somashiona | 2009-11-04 20:09 | 人・ストーリー

ホバート・ショウデイ 2009 最終回











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例年ホバート・ショウデイに行くと少なくても12GB以上の写真を撮っていたが(RAWファイルで)、今年は2GB分も使わなかった。
2004年から撮りはじめ、残念ながら2008年は他の仕事を優先して撮り逃したが、今年を含め5年間撮ったことになる。
今年シャッターをたくさん切れなかったのは撮りつくしたという思いを拭えなかったからだ。
魅力的な被写体は例年通りたくさんなのだが、同じイメージを繰り返し撮っていると感じた。
毎年今まで撮れなかったイメージを求めて足を運びそれなりの収穫があったが、今年はそういう意味では何もなかった。
もし、ホバート・ショウデイの撮影を今後も続けるとすればそれは果てしなく記録写真に近いものになっていくだろう。
10年経てば人の顔つきも、ファッションもかなり変化しているに違いない。
出店や乗り物はあまり変わらない気もするが。
最後の写真のお兄さんは毎年撮っている。
僕の顔を見てニヤッと笑い、今年も固い握手をした。
それはそれで続ける価値のあることかもしれない。










2007年ショウデイをテーマに写真展をやった。
その時の写真は

「第一話」

「第二話」

「最終回」

よかったら、今回の記事とあわせて見て欲しい。

写真展で使った写真はフォトショップでかなりレイヤーを重ねて仕上げた記憶がある。
コントラストは高いが彩度は少し落としている。
もうかなり長いことフォトショップから遠ざかっている。
今回のショウデイの写真も全てLightroomを使いRAWファイルの現像時にトーンカーブを調整したくらいだ。
2004年の写真のデータを見てみるとキャノンのEos10Dを使い、しかも、なんとjpeg撮りしている。2005年も半分はjpeg撮りだ。
jpeg撮りした写真をフォトショップでこれでもかというくらいいじっている。
今ではもう信じられないやり方だ。
時とともにデジタルフォトグラフィの考え方、扱い方も変わってきている。
カメラの性能やソフトウェアの使い勝手が良くなって、一枚の写真にかける時間(画像処理の)が短くなっていくのは喜ばしいことだ。

ホバート・ショウデイ2009に付き合ってくれてありがとう。
来年の今頃、またこんな写真が登場するかどうか、お楽しみに!

















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by somashiona | 2009-11-01 07:13 | ホバート・ショウ・デイ

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