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綺麗な花嫁さん、好きですか?





ウェディング写真を撮る度、幸せになろうとする人たちからパワーをもらう。
結婚は個人の人生の中の大きな出来事ベスト5に入るだろう。
結婚は未来への飛躍を願うことであり、責任を背負うことであり、腹をくくることである。
腹をくくった人を相手に仕事をするのだから、話していても、写真を撮っていても清々しい。
結婚までたどり着いたカップルたちの話を聞いていつも思うことは、やはり幸せというのは努力して得るものなのだということ。
そして幸せのベクトルに自分を向かわせるのは、男子より女子の方が数段上手だと、男子の僕は感じてしまう。


依頼を受けて良かったなぁ、と心から思ったウェディングのひとつに九州での仕事がある。
実は式の一年以上前から花嫁になる女性のオファーを受け続けていた。
とにかく、写真を写されることが大の苦手、自分の写真はほとんど持っていないし、レンズを向けられると顔を背けてしまうタイプだと彼女にメールには書いてあった。
僕のブログを見てくれていて、このタスマニアの人なら自然な表情の写真を撮ってくれるのでは、と思ってくれたらしい。
まったく、フォトグラファー冥利に尽きる。
でも、ウェディングの撮影でオーストラリアから九州まで飛ぶのは、僕には現実的な話ではなく、その時にたまたま日本にいるという状況でなければ無理だという返事を僕は彼女に伝え続けていた。
それでも彼女は諦めることなく、定期的に僕に依頼のメールを送り続けてくれた。
彼女のメールには結婚というものに対する彼女の強い意志がハッキリと表れていた。
彼女が指折り数えて待つ結婚式を自分の思い描く形に近づけることは、これから迎える新しい人生に対し自分がどんなふうに付き合っていこうとしているのか、その態度を表しているかのようだった。
僕のそのお手伝いが出来るのなら出来る限りのことをすべきであろうと、いつの間にか思うようになっていた。
スポーツでも、アートでも、ビジネスでも、強い意志を持って行動する人の周りには磁石のように人が寄せ付けられ、その人のために動こうとする人間がどんどん出てくるが、彼女もやはりそのタイプで、彼女のメールに僕は突き動かされ、日本へ行く日を指折り数えるようになっていた。









式の前日、彼女が用意してくれたホテルの部屋にチェックインし、それから一時間もしないうちにドアからノックの音が聞こえた。
この瞬間から僕の仕事は始まる。
明日の式までに僕や僕のカメラに慣れてもらわないといけない。
この一日に勝負がかかっている。
初対面の彼女と初対面ならではの挨拶をし、早速部屋の中で彼女を撮りはじめることにした。
彼女が言っていたとおり、なかなかレンズを直視してくれない。
レンズを見たかと思うと、直ぐに照れて笑ってしまう。
けれど、窓の外から聞こえる雨の音、僕のカメラがたてるシャッター音、そして「ごめんなさい、がんばります」という彼女の声がホテルの部屋で混ざりあうと、いい仕事ができる予感が身体の中で沸き上がってきた。








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その日は仕立て屋に出していたドレスとりにいった後に僕の下見も兼ねてウェディング会場へいき、彼女は式の担当者と最後の打ち合わせをした。

その後、そのまま彼女の実家に向かいご両親に挨拶をし、嫁入り前の親子のポートレイトを撮った。
結婚をするカップルだけでなく、ご両親や友人、親族の方々に結婚式の前に会えるチャンスがあるのなら、僕は出来るだけその機会を作るようにする。
式に参加する人たちは皆、僕の大切なモデルさんたちだ。
事前にコミュニケーションをとっていた方が本番はお互いに楽しめる。

お腹がすいたので僕のリクエストでラーメンを食べにいくことにした。
ラーメンの食べ歩きが趣味だと言うだけあって、彼女が連れて行ってくれたお店のラーメンは美味しかった。
ラーメンを食べる彼女の姿、なんだかとても粋だった。








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移動時間中、彼女が運転する車の中で僕たちは様々なことを話した。
まるでひさしぶりに再会した友人同士のように。
犬の話から人生の話まで、話題は尽きなかった。

最後に式の前日にも関わらず、夜遅くまで仕事をしていた花婿さんとスターバックスで落ち会い、お互いに挨拶をする。
彼女が選んだ男性は僕の予想通り誠実でとてもしっかりした九州男児らしい男性だった。
北海道の男は九州男児にちょっとした憧れを持っている。
彼らは僕たち道産子には持っていない何かを確実に持っているような気がするのだ。それは何か歴史とともに細胞に刻み込まれている類いのもので、歴史の浅い北海道人には決して手の届くことがないもののような気がする。





式の当日、彼女の顔は昨日とはまったく違っていた。
もの凄く落ち着いていて、透明感があった。
戦に向かう前の武士はきっとこんなオーラを漂わせていたんじゃないだろうか、と僕はウェディングとはまったく関係ないことをしばし考えていた。








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本当にひさしぶりの日本でのウェディング、進行の早さに眼が回りそうだった。
それでも、観察すべきこと、撮るべきものはいつもと同じ、焦るな、人々の感動を記録するんだ、と自分に言い聞かせた。
九州男児の花婿さんはカチンカチンに緊張していたが(笑)、素晴らしい結婚式だった。
披露宴では僕も紹介され、少し照れてしまった。
前日すっかり彼女と仲良しになった僕は、まるで自分の妹(娘ではない)の結婚式に出席している兄貴の心境だった。
神父の声を聞く表情も、涙を拭くその眼にも、迷いのない綺麗な心が宿っていて、誇らしい気持ちさえした。
写真を撮りながら、ここまで来て本当に良かったな、と心から思った。








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綺麗な花嫁さん、素晴らしい時間をありがとう。
これからも旦那さまと一緒に幸せな日々を過ごしてくださいね。

















注)前回の記事、問題の答え
フラッシュ無しの写真は上から6枚目の一枚だけです。










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by somashiona | 2010-06-30 02:33 | 仕事

オーストラリアらしいウェディング レセプション編




フォトセッションが終わるとすぐにレセプション(披露宴orパーティ)会場へ向かう。








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主役の二人が会場入りすると拍手喝采が巻き起こる。

どのウェディングでも友人代表のスピーチや新郎新婦の挨拶は写真を撮るよりも会場にいる人たちと一緒に話を聞きたい気分になる。
形式的な挨拶など誰もせず、皆が自分の言葉でその時の気持ちを伝えようとする。
いつも感心するのは父親のスピーチだ。
スタイルこそ様々だが、父親たちは皆素晴らしいスピーチをする。
とくに日本からはるばるオーストラリアに来て、外国人たちを相手に(ここでは僕たち日本人が外国人だが)立派なスピーチをする日本の父たちは、同じ日本人として鼻が高くなるほどカッコいいのだ。
腰に刀があれば間違いなくサムライに見える。
そしていつも思う、自分の子供たちの時に僕はそんな立派なスピーチが出来るのだろうかと。
今から練習しておこう。
新婦のスピーチをこの世で最高の宝物でも見ているかのように見守る新郎の顔が心に焼き付いた。
いつまでもこんなふうに彼女を見つめて欲しい。








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新郎新婦の姿を撮影しようとする人たちの数が一番多いのは、どんなウェディングでもケーキカットの時だろう。
違った見方をすれば、このケーキカットのシーンは誰もが欲しいと思う写真なのだ。
しかし、どんなケーキカットのシーンも写真的にはなかなか決まりにくいもの。
どうしてなのか分からないが、僕はケーキカットの写真がウェディングで一番苦手だ。
ひねりのある写真が撮れたためしなど一度もない。








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女子が一番盛り上がるシーンはなんといってもブーケトス(新婦が後ろ向きになって式で使ったブーケを未婚女性たちに向かって投げる演出)だろう。
面白いシーンを集めた素人さんたちのビデオでもこのシーンがよく登場するが、ドレスアップした女性たちがまるでアメリカンフットボールの選手のように豹変してしまうのがこのブーケトスだ。
このブーケを受け取った未婚女性は次の花嫁になれるといわれるせいか、皆本気でこのブーケを狙う。
髪の毛を引っ張りあうような激しい争奪戦は今のところ僕は経験していないが、これにまつわる面白い話は色々な人から聞く。
幸せになりたい女子の本気を侮ってはいけない。








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僕がレセプションで一番楽しみにしている時間は、実をいうとダンシングタイムだ。
全てのウェディングでこれがあるわけではないが、できればダンシングタイムがあって欲しいと僕は心密かに思っている。








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人々が踊る姿を写真に収めるのはとても楽しい。
この時間の前までは基本的に新郎新婦が主役で全てが進められるが、この時間になってはじめてゲストたちの本領が発揮されるように感じる。
ここで色々な人間模様を見ることが出来るのだ。
写真を撮るものの一番のご褒美は正々堂々と人々を観察できること。
普通ならジロジロ見ると怪しまれるところも、ファインダーから見ている限りは一所懸命仕事をしているとしか思われないのでありがたい。
人々の姿ほど観察していて飽きないものを僕は他に知らない。








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ウェディングの重要な部分をほぼ全て終えた新郎新婦たちも、この時間は心の底から自分たちの身に起きているこの素晴らしい瞬間を楽しむことが出来るはずだ。
新郎の肩に顔を埋める新婦の顔は幸せそのもの。
その姿を少し離れたところから見つめる新郎の母も幸せそのもの。

幸せは伝染する。
そこに集まった未婚、既婚、熟年カップルたちも何かの縁があって二人の歴史を刻み続けていることを改めて確認し、感謝しあうかのようにお互いのパートナーの手を取り胸を寄せあう。
中には「どういう関係だろ?」と想像を膨らませたくなる2人もいるが。








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新郎のおじいちゃんとおばあさん、熟年カップルが踊る姿はなんて美しいんだろう。








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と思っていた数分後、おばあちゃんはパートナーもっと若い男性に代え、嬉しそうに踊っていた、、、。








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「お父さんと踊ったことなんてないのよー」とお母さんは照れまくり。








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親子で一緒に踊ることなんて、そうそうないだろう。
父も娘も、楽しそう。








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オージーウーマンと踊るのも、そりゃ〜楽しいでしょう。
わかります、わかります、お父さん、イエ〜イ!








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ダンスの時間は老いも若きも皆が楽しく踊る。
日本なら手持ちぶさたで踊る人たちを眺めるおじさんたちが必ずいそうだが、オーストラリアではそういう場面をあまりみない。
たぶん、子供の頃からそういう状況になれているからだろう。
子供たちも大人に交じって思いっきり楽しむ。








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男性が女性を誘う訓練はもうこの年齢から始める。








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人形だって踊っちゃう。








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楽しむ顔は人それぞれ。








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パーティにギミックは不可欠。
ド派手のソンブレロや空気で膨らませたギターがあれば誰だって羽目を外したくなるもの。








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そうですよね、お父さん。

















さて問題です。
これらの画像の中でスピードライト(ストロボ)を使っていない写真は何枚あるでしょう?










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by somashiona | 2010-06-27 23:33 | 仕事

オーストラリアらしいウェディング フォトセッション編




昨日の続き。


セレモニーが終わると式に参加した人たちがその場を離れる前に集合写真を撮らなければならない。
写真をあまり知らない人から「今日はいいお天気だから綺麗な写真が撮れますねぇ」とよく言われる。
濃い影が出来るコントラストの高い写真は大好きなのだが、ウェディングの時は出来るだけ曇って欲しい。
その方がやはり肌が綺麗にでるからだ。
集合写真を無事に終わらせると、次は家族単位のグループ写真だ。
セレモニーの緊張がとけた後、どの人もいい顔をしてくれる。
グループ写真に参加する人ひとを呼びにいっている間、新郎の母と新婦が盛り上がっている。
この二人に嫁vs姑の戦いは無関係だろう。
新郎の母はまるで自分に娘が出来たかのように二人の結婚を喜んでいる。


親族のグループ写真の後は本格的なフォトセッション(写真撮影会)だ。
今回式を挙げた場所はタスマニアを代表するビールの一つであるカスケード(Cascade)のビール工場敷地内にあるレストランのガーデンだ。
フォトセッションの後はそのまま同じ敷地内にあるレストランでレセプション(披露宴)が催される。
前日のロケハンをしたとき敷地内から少し歩いた場所に牧草地があるのを見つけた。
僕は広がりのあるプレーンなバックグランドで写真を撮るのが好きなので、ここでの撮影をイメージし、頭の中で何度も練習をした。
歩く時間も含め45分以内でこのフォトセッションを終わらせないと次のレセプションに集まった招待客を待たせることになる。
ボーイズグループは新郎とベストメンの5人。
ガールズグループは新婦とブライズメイドの5人。
主役の新郎新婦を中心に彼らの写真を撮るのだ。

撮影場所への移動の最中も貴重なシャッターチャンス。
絵になる場所を見つけたなら直ぐに撮る。
それがいい絵になるかどうか確信がなくてもまずは撮る。
撮らなければ写真は残らないからだ。
ダメなら使わなければいいだけだ。
ウェディングのフォトセッションではソフトフィルターを使うようなロマンチック系の写真が一般的に求められる。
僕はソフトフィルターは使わないが、やはりロマンチック系はかならず撮るよう努力する。
今回の新郎新婦はとても楽しいカップルでなので、彼ららしい元気で楽しい写真も撮りたかった。
ジャンプしてもらったり、踊ってもらったり、走ってもらったり、とにかく突っ立ち写真にならないよう彼らに無理難題を押し付ける。
写真は撮られる方だって大変なのだ。
その時は「そんなことやりたくない」と思うかもしれないが、後で写真を見る時「フォトグラファーの言う通りにしてよかった」と感じてもらえるような写真を制限時間内で精一杯撮るのだ。

フォトセッションが終わる頃にはいつも80%のエネルギーを使い果たす。
残りの20%で、いざレセプションへ!

つづく。
















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by somashiona | 2010-06-25 21:42 | 仕事

オーストラリアらしいウェディング セレモニー編




6月という言葉の響きに僕は弱い。
45歳なのに胸がきゅんとする。(自分で言って赤面します)
僕に生まれて初めてラブレターをくれた(小4)カワイコちゃんは6月3日生まれ。
僕が初めて本気で恋をし、付き合った女の子は6月4日生まれ。
それ以来、6月は僕にとって恋の月であり、女子に誕生日を聞いて、6月だという答えが返ってくると、意味もなく「いけるかもしれない」思ってしまうくらい思い込みだけで生きていける月なのだ。

そんな話はさておき、6月といえば花嫁(少し強引か?)。
最近バタバタとしていて、テキストをしっかりと書くブログをアップできそうもないので、写真中心でウェディングフォトを紹介したい。

ウェディングの写真は撮っていてこっちまで幸せになる。
今まで何度か雑誌や新聞の仕事で他人の葬式の写真を撮ったことがある。
そんな場にカメラを持ち込み、悲しむ人たちに向けてレンズを向けなくてはいけない時の気持ちは、それがたとえ仕事で、それを撮ることに意義があるのだと分かっていても気が重い。
一度は親族の人に「お前それでも血の通った人間か!」と罵声を浴びたこともある。
そういう時の胸に突き刺さる何かは、1、2週間で消え去るものではない。
フォトグラファーとして駆け出しの頃、日本で3、4回ウェディングの仕事をしたことがある。
当時、ウェディングの仕事は嫌いだった。
頭の中は世界で有名なフォトグラファーとして有名雑誌で活躍する自分の姿を描いているのに、現実は写真的に決まるシーンの少ないうえに制約が多く、しかも技術的に高いものを要求される(真面目に撮れば)ウェディングの仕事は苦痛以外の何ものでもなかった。
その後、雑誌や新聞などメディアの仕事を経験して、ひさしぶりにウェディングの仕事に向き合ったとき、以前とはかなり違った印象をもった。
それはオーストラリア式ウェディングだからということも大きいと思う。
オーストラリアのウェディングは結婚する人たちの手作りな雰囲気がとてもいい。
ウェディングに関わる人たち全てが受け身の姿勢でなく、幸せになる二人のために自分の時間や手や知恵を使ってこのイベントに関わるのだ。
なので写真を撮っている僕にも一人一人の思いが伝わってくる。
もう一つオーストラリアのウェディングのいいところは時間に余裕があることだろう。
基本的なウェディングのパターンは
セレモニー(式)→ フォトセッション(写真撮影会)→ レセプション(披露宴/パーティ)といった感じだろうか。
僕は通常、新婦がヘアメイクする時間からレセプションの後半まで撮影する。
ほとんど丸一日だ。
拘束時間が長いと必然的に撮る枚数も多くなる。
ウェディングは通常RAWファイルで2000枚前後撮る。

1、セレモニー(式)
これは教会で牧師さんのもとで挙げるものと、セレブラントと呼ばれる結婚式や葬式などを法律にもとづいて公式に執行できる資格を持った人の前で行うものがある。
いわゆる日本で言うところの婚姻届みたいなものを新郎と新婦、そして新郎のウィットネス(証人)一人、新婦のウィットネスが一人がセレブラントのもとで正式にサインする儀式だ。
この儀式に家族や友人などが集まり、二人が正式に夫婦になる瞬間を見守ることになる。
結婚する二人にとってこのセレモニーがもっとも緊張する時間だ。
誓いの言葉を言い、指輪をかわし、キスをする。
そして証明書にサインをするのだ。
そのあと集まってくれた人に祝福を受けながら、二人はその場を去っていく。

2、フォトセッション(写真撮影会)
結婚する二人にとってのハイライトがセレモニーならば、ウェディングの写真を請け負うフォトグラファーが一番緊張するのがこのフォトセッションだろう。
通常セレモニーの後にレセプション(披露宴)がある。
セレモニーに参加した人たちはこのレセプション会場に向かうため移動ははじめる前に必ずやるべきことは集合写真を撮ることだ。
日本の結婚式の写真で集合写真といえば新郎新婦と親族だけがホテルのフォトスタジオに集まり、ひな壇に綺麗に整列し、大きなストロボでバシャと撮るだろう。
しかし、セレモニーの後の集合写真はそこに集まってくれた人たち全員参加型だ。
なんせ数が多い。
もちろん、出来るだけ事前にロケハンを済まし、どの場所がこの集合写真に一番適しているか考えるのだが、実際に撮る時の太陽の角度、天候などによって大きく状況が変わる。
太陽ギラギラピーカンのお昼時などはもう半べそだ。
顔の下に真っ黒にかかる黒い影、フラッシュを最大限に光らせても何の変化も起こらない。
逆光だと背景がぶっ飛びになり品のない写真になる。
この集合写真、いつも思うのだが大勢の人を集め、並ばせることは意外と難しい。
少ない人数のグループなら自分が動けばすむが、何十人にもなると皆さんに動いてもらうしかない。
「右側の皆さ〜ん、もっと左によって〜。後ろのみなさ〜ん、恥ずかしがらないでまえにつめて〜。あ、お父さん、顔が見えませんよ〜。おばあちゃん〜、新郎と新婦の間に立っちゃダメですって〜!」
僕はいつもここで声を枯らす。
そして最も難しいことは、目の前の人たちを一瞬で笑わせること。
これはもう、芸を磨くしかない。

集合写真の後、新郎新婦と親族でグループ写真を撮る。
その場で組み合わせを決めていたら一向に進まないので、あらかじめ何パターンかの組み合わせを考えてもらい、できればそのグループを誘導する人を用意してもらう。

親族のグループ写真が終わると、いよいよウェディングフォトのハイライトである新郎新婦、ベストマン(新郎の友人代表)、ブライズメイド(新婦の友人代表)とのフォトセッションだ。
オーストラリアでウェディングフォトを依頼する人たちは、これを撮ってもらうために腕のいいフォトグラファーを探すのだ。
この写真がフォトアルバムになり、ポストカードとして送られ、部屋の中でフォトフレームに収まり飾られることになる。
ほとんどのフォトグラファーもこれに一番力を入れ、セレモニーやレセプションは軽く流す傾向にあるらしい。
ファッション雑誌に出てくるような写真を作ろうと皆が躍起になる。
photoshopをがんがん使い、実物とは全然違う人のようなカッコいい写真を作る。
しかし、僕はその考えに大反対だ!
結婚して、子供が出来て、孫が出来て、そんなある時、ひさしぶりにアルバムを引っ張りだし、家族でウェディングフォトを見てみる。
そいう時に目にする写真は、限りなくナチュラルであるべきだと思う。
写真は髪をセットし、メイクをするところから時系列で並べられ、緊張、喜び、感動の涙などがきちんと捉えられ、どんな場所で、どれくらいの人たちが集まり、その時自分の父や母がどんな思いで自分を見つめていたのかがきちんと記録されているべきだと思う。
きちんとした記録を写真で残すことはファッション写真を撮るより難しいのだということをフォトグラファーは肝に銘じておく必要があるんじゃないだろうか。



セレモニーの前、ウェディングドレスを着た娘の姿を少し離れたところからお父さんが眩しそうに眺めていた。
そして一言「もったいないな」と呟いた。
娘はブーケで使う生花のことを言っているのだと思い、説明をしはじめるが父は「花のことなんかじゃない、お前のことだ」と小さな声で言う。
僕にとって結婚式の写真を撮るということは、そういう瞬間を撮るということだ。
そういう瞬間を掴めばつかむほど、僕はじわじわと感情移入をし、しまいには(毎度のことだが)写真を撮りながら涙してしまう。
式の最中も父に視線は娘から決して離れることはなかった。
一緒にお風呂に入った子供時代、あまり一緒に行動をしてくれなくなった思春期、成人式の着物姿、きっといろいろな思い出が頭の中に流れていただろう。
セレモニーが終わるとすぐに新郎は新婦の父のもとへ駆け寄り、その体を抱きしめた。
言葉も文化もまったく違う青い眼をした青年のこの行為に一瞬照れ笑いをしたが、あふれそうになる気持ちで震えるこの青年の気持ちはあっという間に父に伝わり、男同士の握手を交わす。
「おい、お前、娘を頼んだぞ」父の胸の中からそんな声が聞こえてきそうだ。
そして、そんな男二人の姿を眼を潤ませて見つめる新郎の母。
国が違っても子を持つ親の心は同じ、言葉を交わさなくても言葉以上の心のキャッチボールが緑の芝生の上に転がり回っていた。











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テキスト、短くいこーと思ったのにー(涙)











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by somashiona | 2010-06-25 01:16 | 仕事

ポートレイトらしいポートレイトを撮りたい







最近、自分の撮るポートレイトについていろいろと考えはじめている。
考えはじめている、というと今まであまり考えたことがないように聞こえるので、言い直せば、改めて考え直している、というほうが正しい。
普段いろいろなものを写真に撮るが、つまるところ自分はポートレイト・フォトグラファーじゃないかと思っている。
やはり人を撮ることに一番こだわりがあるのだ。
ポートレイトを撮るうえでその時々にお手本となるフォトグラファーがいる。
フランソワ・ジョンベルだったり、ジャンルー・シーフだったり、そういった好きなフォトグラファーの写真集やオリジナルプリントを穴があくほど見つめ、そのスタイルをモノにするよう努力する度、まったく彼らのスタイルにはならないけれど、間違いなく自分の写真の質は上がっていったような気がする。

タスマニアに住みはじめて以来そういうことを一切しなくなった。
ここは田舎だから最先端の写真の情報などまったく流れてくるわけもなく、写真のムーブメントを追いかけられなくなったことも理由の一つだが、一番大きな理由は型にはまらない自然なポートレイトを撮れるようになりたかったからだ。
自分流が何なのかを模索し、正面から見つめたかったのだ。
その結果が最近の僕の写真で、ポートレイトというよりスナップショットに近くなっているような気がする。

仕事でもプライベートでも、ポートレイトを撮る時は口では言い表せないような興奮と不安が入り交じる。
目の前には写真に撮られのを待っている被写体がいて、僕はその人のことをろくに知らない。
もじもじと絡めた自分の指先から決して目を離さない人もいれば、ありありとその目に猜疑心を浮かべ僕を睨み返す人もいる。
能力がないのであれやこれやとやってみながら時間を稼ぐ。
とにかくシャッターをたくさん切るのだ。
「時間稼ぎをしているうちに『これだ!』というものが天から降ってこなかったら、いったい僕はどうすればいいのだろう」という気持ちと「大丈夫、落ち着け、この人物をよく見るんだ。この人の何に僕は惹かれるんだ?周りにこの人を浮き立たせるものがないか?光はこれでいいのか?ほら、見えてきただろ。あとは焦らずゆっくりとシャッターを切るだけさ」という気持ちが毎秒ごとにせめぎ合う。
被写体と対峙した時は毎回ギャンブルをしているようなものだ。

ここ最近、ポートレイトらしいポートレイトを撮りたいという欲求がかなり高まっている。
基本的には写真館で撮るような感じの写真。
こてこてのポートレイト。

イギリスのセレブリティ・フォトグラファーであるランキン(RANKIN)のポートレイトはシンプルなのだけどポートレイトの核がある。
たぶん同じモデル、同じライティング、同じ構図で誰かが撮ったとしてもランキンの写真にはならないだろう。
シンプルでストレート、なのにインパクトのある写真にはどんな秘密が隠されているのか?
彼の写真に見え隠れするのは、フォトグラファーと被写体にしかわからない交信の痕跡なのだと思う。
ランキンは被写体の魅力的な部分を即座に見つける力とこの交信能力に長けているのだと思う。

ランキンの写真が僕がイメージするこてこてのポートレイトなのかといえばそうではない。
欲しいものはちょっと違うのだ。
そんなとき、メルボルンのナショナル・ギャラリー・オブ・ビクトリアで素晴らしい絵画を見て、欲しいものはまさにこれだ!と思った。
どうして写真じゃないのに人間の素晴らしい瞬間を切り取り、描くことが出来るのだろう?
彼らは被写体をとことん見ているのだと思う。
じっくり、じっくりと見て、頭の中に定着した何かを描いているのではないか?
そういえば、僕もいいポートレイトが撮れたと思った時は、ファインダーを通して見た一瞬が頭の中にずうっと残っている。
あ、巨匠たちと自分を比較してはいけない、、、。
とにかく、「よく見ること」そして「そこに浮かび上がるものをすくい取ること」それが大切なのではないか?
これは写真を撮る上で基本中の基本なのだけど機材の進歩によってなぜか忘れてしまいがちなことだと思う。








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カメラはカメラ・オブスキュラ(素描を描くために使われた光学装置)としてその歴史をスタートさせた故に長い間絵画を越えることが出来なかった。
才能ある写真家たちの努力によって、写真が絵画と比較されることなく芸術作品として認められはじめたのはごく最近のことだ。
なのに僕のポートレイト観は写真の歴史を逆行しているらしい。
写真の歴史、とりわけポートレイトの歴史を辿ると1940年代からセレブリティー・フォトグラファーとして突っ走ってきたトルコ生まれのカナダの写真家、ユーサフ・カーシュの写真たちがもっとも僕の求めるポートレイトらしいポートレイトに近いのではないかという結論に達した。
代表作はウィンストン・チャーチルだろう。








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写真撮影を聞かされていなかったチャーチルがカメラと照明と共に待ち受けていたカーシュを見て「どういうことか誰か説明しろ」と騒ぎだした。それでもなんとかカメラの前にたち、葉巻に火をつけポーズを付けたところカーシュがチャーチルに近寄りその口から葉巻を抜き取った。それにカッとしたチャーチルをカーシュは見事にカメラに収めたのだ。

ポートレイトを撮るとき、被写体がどんなに大物であろうと自分がその場を仕切る人間にならなければいけない。
かといって、高飛車な態度をとると撮影そのものを台無しにしてしまうのだが、それでも撮影においてフォトグラファーがイニシアチブをとるということは撮影の絶対条件だと思う。

カーシュは8x10の大判カメラで写真を撮る。
三脚にカメラを固定し、ライティングも被写体が来る前に終わらせ、被写体がカメラの前でポーズをとっても、最高の瞬間が訪れるまでなかなかシャッターを切らない。
撮るほうも、撮られるほうも、お互いに対峙しあう時の緊張感はもう堪らないものがあるだろう。
彼の写真にはそんな人間と人間が真っすぐに向き合った結果生じる正直さや、潔さがある。
後で削除すればいいさ、と思いながらいい瞬間が訪れるまで時間稼ぎのシャッターを切り続ける僕とは大きな違いだ。

そんな正面から真っすぐ向き合うポートレイトらしいポートレイトを僕は撮りたいのだ。

その決意の証として、僕は一本のレンズを買った。(まずはかたちから入ります)
迷ったあげくシグマの50mm f1.4にした。
僕のカメラに付けるとフィルム換算で80mmになる。
その話はいずれまたすることにしよう。
今日は長くなったので、写真談義はこの辺で。

スィ〜ヤ!(See ya!)









Celebrity Photographer Rankin to photograph 1000 ordinary people











KARSH IS HISTORY


















注)美術館は写真撮影OKでした。










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by somashiona | 2010-06-16 22:29 | 写真家

ひさしぶりに、のんびりと、子供たちと




日本からタスマニアに戻ってもう1週間経つというのに、僕はなんだか落ち着かない。僕たちはどこの国に住んでいたって等しく一日24時間あるはずなのに、日本での一日の時間の流れとタスマニアのそれは驚くほど違う。オーストラリアの冬、日本との時差はたった1時間のはずなのに、心の時差は少なくても5、6時間はありそうだ。上手く流れに乗らないと、すぐに取り残されてしまう世の中だというのに。

長く留守にした家へひさしぶりに帰ってくると、それがどんなにみすぼらしい住まいであっても、やはり自分の家は居心地がいいと思ってしまう。
特に自分のベッドは格別だ。枕を抱きしめ、毛布の匂いをクンクンと嗅ぎ、ひんやりとしたシーツに頬擦りしたくなる。
この家に引っ越してからまだまともなベッドがなく、収納場所のメドがたたないプラスティックの大きなコンテナたちを並べ、その上にダブルサイズのキャンピングマットを敷いてとりあえず(本当にとりあえずのつもりがもうすぐ一年)ベッドの代わりにしている。そんな即席ベッドでも、やはり自分の居場所で寝るのは心地いいものだ。

いつものストープトップ・エスプレッソ・メーカーでコーヒーを淹れ(なんだかんだいっても自分で淹れるコーヒーが美味い)、いつものカップでコーヒーを飲む。歯磨き粉の味もひさしぶりにオーストラリアだし、テレビのスイッチをオンにしても日本のテレビ画面から流れ続けるお笑い芸人の下品な笑い声など聞こえない。
それでも何か落ち着かないのは、やはりまだ子供たちの顔を見ていないからだ。

子供たちはスクールホリデーの最中だったということもあり、僕が日本を発つ少し前から母親とともにクイーンズランド州に遊びに出かけていた。
なので、タスマニアに帰って来てもすぐには子供たちに会えなかった。
実を言うと、日本滞在中の1ヶ月間、僕は一度も子供たちに連絡をしなかった。
「愛する者を1ヶ月間も放ったらかしにしておく、イコール、愛がない」という図式が頭の中にある人からは「信じられない」と言われるどころか、かなりマジでおしかりを受けることもある。
これは僕の昔からの悪い癖というか、習性なのだけど、何かに夢中になっている間は人と連絡をとる気になれないのだ。これは愛の有る無しの問題ではない。物事に取り組んでいる最中に緊張の糸を切られたくないのだ。(自己中心)愛する人の声を聞くと南極からポカポカの登別の温泉に突然引き戻されるような気がするのだ。一度温泉につかってしまったら、もう南極で犬ぞりに引かれたくはない。南極に行ったことはないけれど。

その罪滅ぼしではないけれど、子供たちにたくさんのお土産を買って来た。
彼らは日本の食べ物が大好きだ。かりんとう、きびだんご、あられ、ミルキー、、、あれ、すべて僕の好物?
今回の食べ物分野のヒットはベピースターラーメンと横綱あられだ。
おもちゃ分野はソーマには子供科学実験セット。ひとつは「反射のふしぎ・かがみ実験」そしてもう一つは「光の三原色実験」。
誕生日でもクリスマスでも、子供たちのプレゼント選びはいつでも頭を悩ます難易度の高いショッピングだ。
この実験セットを札幌の大丸藤井セントラルで見つけた時は科学が大好きなソーマの好奇心おう盛な顔が浮かび、思わずにやけてしまった。
シオナにはゴム製のスタンプといろいろな色のインク、そして和紙で出来た綺麗な日本のレターセットをプレゼントした。様々な絵柄のスタンプは予想以上に値段が高く、それでもこういうのはたくさん種類がないとつまらないので、調子に乗ってたくさん買ってしまった結果、ソーマのプレゼントの倍近くお金を使ってしまった。
その他、文房具フェチの僕はゼブラやuniのボールペン、シャープペンシル、ノートなど買い込みそれもプレゼント。
風変わりなプレゼントは日本で売られている歯磨き粉。
僕も覚えがあるが、子供の頃、はじめて海外の歯磨き粉を使ったとき異国の味だと思った。僕の子供たちもそう感じるのか、日本の歯磨き粉の味が大好きなのだ。
電気屋、オモチャ屋、お土産物屋、プレゼントを買うためいろいろな店を回ったけれど、結局洋紙、文具、家庭雑貨そしてオフィス器具などを扱う大丸藤井セントラルが一番面白く、3時間ほどそこで時間を過ごしてしまった。

子供たち、僕の家の中に入るなり、しばらくはプレゼントに夢中。
今週は土曜、日曜、月曜(祭日クイーンズバースデイ)の2泊3日だ。
ひさしぶりの再会だからあまり多くのことをせず、できるだけ家の中で彼らとゆっくり過ごしたかった。
そのことを子供たちに伝えると、彼らもそれに賛成した。
朝はいつまでもパジャマ姿でたっぷりとぐずぐずだらだらするのだ。
シオナは破れたレースの下でお絵描き、ソーマは獲物を見つけては輪ゴムを飛ばす。
万華鏡を作ってみたり、ゆっくり時間をかけて皆でボリューム満点のランチを作ったり(ソーマの作る味噌汁はうまい)、夕食は彼らが僕にジャパニーズカレー(日本のカレーライス、こくまろ)を作ってくれたり、外に出かける時も今週は遠くへ行かず、徒歩1分の場所にある公園ですませる。僕たちはバトミントンで盛り上がったが、ワールドカップの一回戦ドイツに負けたオーストラリアのサッカーグランドは静かなもので、3人の男女がラグビーのボールを蹴って遊んでいるだけだった。食後はまた1時間ほど家の周りを散歩し、みんなでストレッチをする。
ストレッチをしているとき、ソーマが僕の足に自分の足を合わせ自慢げに僕の顔を見る。
日本へ行く数ヶ月前、ソーマの足が僕より大きくなっていることに気づき、僕はかなり驚いた。人生まだ10年しか生きていないのに、既に僕より足が大きいのだ。(ちなみに僕のスニーカーのサイズは26cmか26.5cm)
このまま成長し続ければ、近い将来3メートル以上の巨人になるだろう。まったく、やめてほしい。
シオナに「君だけはダディより大きくならないで、いつまでも可愛らしくいてね」というと「そんなの無理よ、だってオーストラリアの女子の平均身長は170cm以上なんだもの。ダディって169cmだったでしょ」と畳み込まれる。子供たちが僕より小さいうちに、みっちりとダディの強さと恐ろしさを教え込んでおこう。
ひょっとするとシオナの足も僕より大きいのでは?とソーマが言い出し、物差しで測りはじめる。あまりにも身体的なことで父親をおちょくるので柔術のテクニックでソーマを羽交い締めにし、洗濯バサミの刑を執行した。
月曜日、彼らを母親の元へ送ると、顔が汚れたアプリコットもベランダでブーメランと一緒にまったりとしていた。

やれやれ、やっとタスマニアに帰って来た気になれた。

















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注)部屋が散らかっているのは子供たちがいる時だけよ!(ウソ)








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by somashiona | 2010-06-15 19:43 | ソーマとシオナ

ただいま、タスマニア!




皆さん、こんにちは。
お久しぶりです。

知っている方もいるかもしれないが、1ヶ月間僕は日本に帰国していた。
ブログを更新したい欲求はあったのだが、精神的にも物理的にもその余裕がなく、こんなに長くこのブログをほおっておく羽目になってしまった。
会社の部下も奥さんも自分の子供もほおっておくとろくなことがないけれど、ブログも同じようで、コメント欄にはエロコメントがいくつか残っていた。
清く、正しく、美しい、硬派なブログを目指していた僕としてはこのエロコメントが自分の堕落ぶりを写す鏡のようで、少し怖くなった。
それにしても、いつも思うのだけれど、他人のブログにエロコメントを残す人の心模様とはどんなものなのだろう?
特に感動的なテキストや写真を見た後のエロコメントには怒りよりも悲しみを感じる。
意図的に他人に不快感を与えること、傷つけようとする行為に自分自身が本当に無感覚でいられるのだろうか?
一瞬たりとも母親や父親、そして兄弟たちの顔が頭の中をよぎらないのだろうか?
どうせエロコメントを残すのなら、思わずクリックしてしまうような、もっとそそられる文章を残して欲しいものだ。
少なくても、僕のブログの常連さんたちの頭の中はエロのレベルがとても高く、並大抵のエロではもう興奮しないのだから。
あっ、すみません、、、汗。

ほおっておくといえば、日本滞在中、僕は自分の胃袋を今までかつてないほどほおっておいた。
日本へ向かう飛行機の中、僕は食べたいもののリストを何度も頭の中で確認した。

・セブンイレブンのお弁当
・横綱あられ(大好物)
・ベビースターラーメン
・大福もち
・抹茶パフェ or 抹茶アイスクリーム
・ラーメン
・餃子
・トンカツ
・松尾ジンギスカン
・ミルキー(はママのあじ)
・かりんとう
・うなぎ
・ほっけの開き

あっ、もう十分?

日本滞在中はリストにあげた食べ物たちを軽く3周はした。
食べたいものは全て心置きなく食べた。
話題の「食べるラー油」も。
調子に乗って1週間連続でお昼にラーメンを食べた週さえあった。
すみれ、月見軒、山頭火、味の時計台、、、思い出しただけで唾液がにじむ、、、。

日本滞在残すところあと2日となったある日、僕の予定に合わせて札幌まで来てくれた妹とパートナーふみさん、そして母と僕の4人でお寺に行き、亡き父のためにお坊さんにお経を読んでもらった。






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父を思うとどういう訳か今でも胸がいっぱいになり、目頭が熱くなる。
僕と同じで甘いものに目がなかった父に供えた和菓子もろもろはお寺から帰るときにしっかりと持ち帰り、途中母親の姉、僕にとってはおばさんの家に立ち寄った。






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おばさんの家には様々な健康器具があり、僕たちはそれらの器具を全て使い健康選手権を開くことにした。
堅物のおじさんもなぜか参加。
血圧測定選手権では老人たちを差し置いて僕は堂々2位の高血圧。
一位はなんとあの、、、あ、これはシークレットだった。汗
そして体重測定選手権で僕は自分の目を疑った。
最新式の体重計にデジタル表示されている数字は72kg。
僕はチビで、ベスト体重は 62kg~64kg。
日本に来る前の半年間は十分なトレーニングが出来ず、たぶん66kgくらいにはなっていたかもしれないが、それにしても、、、。
そういえば、ショーウィンドウに写る自分の姿が最近スヌーピーやムーミン化している。(特にお腹まわり)(かわしらしさは残しておこう!)
自分の人生の中で体重70kg台は初めてのことで、かなりショックだ。
これがほおっておくことの恐ろしさだろう。






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今回の帰国でも多くの人に会い、様々な話を聞き、色々なものを見た。
いつかブログでその一部なりでも見せられることが出来ると思う。

日本からオーストラリアの自分の居場所へ戻ると、しばらくは抜け殻状態になる。
今の僕にとって帰国とは、言葉が通じて食べ物が最高においしい国への楽しくて仕方のない海外旅行のようなもの。
タスマニアが大好きな場所であることには間違いないのだけど、必要なものは全てどこにでもあるあの便利さ、友人たちのとの楽しい時間、年老いていく母の後ろ姿、燃え尽きた学校祭の後や祭りの後のようなこの寂しさから回復するにはしばらく時間がかかるだろう。
やはり自分の国、故郷、実家というのは(長く留まるべき場所とは思わないが)理屈抜きで心を癒してくれる場所なのだろう。
ほったらかしでも安心していられる場所だけに、意志の弱い僕にとってはとても危険で、ときどき帰るのがちょうどいい場所なのだと思う。

部屋の窓から見えるタスマニアの雲を撮った。
すっかり習慣となってしまったこの行為、タスマニアでの現実戻る第一ステップだ。
シャッターを数枚切った後、少し懐かしさすら感じる窓の外の風景をしばらく眺めた。
開けた窓からは冬に突入する寸前のひんやりとした空気が流れ込み、僕の頬に当たる。
秋の匂いはもうそこにはなかった。
ただいま、タスマニア!











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関西エリアの人たちへ念のために言っておきます。
今日のキーワード「ほおっておく」(放っておく)はあなたたちの言う「ほっとく」です。
え、「ほっとけ、ボケ!」って?
ごめんなさい。






コメントの返事、もう少し待ってね〜!










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by somashiona | 2010-06-08 13:14 | デジタル

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