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サラの記録写真




夢がなければ、毎朝ベッドから這いずり出て、笑わない人たちにもみくちゃにされることなど耐えられない。
夢があれば、小さな喜びだけで飢えをしのぐことができる。

挫折もたくさん味わった。
欲しい物を手に入れることができない自分に何度も腹も立てた。
綺麗さっぱり忘れてしまえば、もっと楽に生きられると思った。
でも、体の底が求める声に抗うことのほうが、よほど辛いのだと知った。

私は毎朝ベッドから這い上がり、冷たい床の上を素足で歩く。
好きなことをやって生きるのだ。
安定した将来?
知った事ではない。
私は好きなことをして生きていくんだ。
誰がなんと言おうと。












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移ろい変わり続ける世の中、写真だけが真実だ。
写真は熟成されればされるほどその価値や意味が重みを増していく。
まるでワインのように。
どんなに技巧を凝らしてみても、閉じ込められた過去のイメージは新しい写真を鼻で笑う。
過ぎ去ってしまった過去の記憶の美しさに勝てるものなど何も無い。




















サラのポートレイトは以前一度このブログで紹介したことがある。
もしよかったら、もう一度ご覧あそばせ。
「青い壁に囲まれたサラのポートレイト」



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by somashiona | 2010-08-26 09:34 | 人・ストーリー

マイブーム




最近、僕がハマっているのはオーディオ・ブックを聞くことだ。
ずいぶん前に読んだスティーブン・キングの本(確か「スティーブン・キングの小説作法」とかなんとか、そんなタイトルだったと思う)の中で彼がオーディオ・ブックを奨めているくだりで、小説家のくせして音で本を読むのを奨めるなんてけしからん奴だ、と思った記憶があるが、今は彼の意見に賛成だ。

僕は彼の本が好きだ。
僕が今まで英語で読んだ一番の長編作が「グリーン・マイル」だったりするのは少し恥ずかしいが、実際彼の本を読んでいると英語で読んでいることを忘れる。
わからない単語が出てきているはずなのに、それに気づかず読み進めてしまう。
わからない言葉の意味は前後の文章が最低限の言葉で十分補っているのだろう。
殺したり、殺されたり、死者が蘇ったり、復讐したり、そんな彼の本が好きだと文学通の友人たちに言うと、彼らは少し失望したように眉をひそめるが、スティーブン・キングの本に出てくる登場人物たちの会話は本当に素晴らしいのだ。
芥川賞作品の登場人物の会話と決して引けをとらない。
いい本は出てくる人物たちの会話は、いつだって本物で、活き活きとしている。
なまじっか重たいメッセージを押し付けてくる本よりもよっぽど心に響く。
写真もそんな写真が撮れたらどんなにいいだろう、と思う。
さり気なく、真っ直ぐで、しかも確実にハートに届くやつを。
思考が見えすぎる構図やフォトショップのテクニックは差し詰めガッカリさせられる小説の中で何度も登場する形容詞や副詞のようなものだろう。

オーディオ・ブックを聞きはじめたきっかけは、思想家・小林秀雄の講演をまとめたDVDディスクだった。
友人が貸してくれたもので、こういうディスクが売られているのかどうかはわからない。
小林秀雄の本は今までになんども多くの人から勧められていたが、数ページ読んだだけで「このオッちゃん、いったい何を言ってんだ、、、」とすぐに投げ出すタイプの本だった。少なくとも僕にとっては。
僕はいつの間にか彼の名前にアレルギー反応さえ起こすようにさえなっていた。
画像処理作業のBGMとして、と軽い気持ちで聞きはじめたのだが、30分後にはパソコンの前で正座して彼の話に聞き入っていた。
その話は半端じゃなく面白かった。
同じ思想家でも吉本隆明の講演とはずいぶん違う。(彼の講演テープを聞き続けるのは忍耐が必要だ)

それ以来、僕はオーディオ・ブックを集めるようになる。
著作権切れの古い文学作品がやはり手に入りやすい。
iTunesを使えばPodcastなどで簡単に手に入る。
若かりし頃、一度は読んだはずの文学作品、夏目漱石、芥川龍之介、川端康成、太宰治など、今の年齢になってあらためて聞いてみると、「ああ、なるほど、そういうことだったのか!」と以前とは全く違ったふうに作品を捉えることに新鮮な驚きを感じる。
そして、何よりも驚かされるのは、いい作品は音にして聞いていてもとても気持よく頭の中に入ってくるということだ。
日本語がスムースに流れるのだ。
「声に出して読みたい日本語」みたいなものが以前流行ったと思うが、確かにいい作品は音にすると脳や心に反響する。
英語を日本語訳したような文章しか書けない僕としては、学ぶべきところが多い。
小学校の国語の先生をしていた友人が音読の大切さを僕に聞かせてくれた。
たぶん、英語で読む本も音読したほうが後々いい効果が現われるのかもしれない。

オーディオ・ブックも恩恵は他にもある。
自分では絶対に買わないような本(もちろん単なる食わず嫌い)にめぐり合い、感動を与えてもらうことだ。
例えば「放浪記」で有名な林芙美子の作品たち、樋口一葉の「たけくらべ」、高村光太郎、三好達治、金子光晴などの詩集は昔からハヤカワミステリ文庫などの海外文学に漬かってきた僕にとって絶対に手を出す分野の本じゃない。
しかし、これらの古典に触れると、ああ、日本人っていうのは美しいなぁ、などとしみじみ思ってしまう。
海外に住んでいるから、なおさらそう思うのだろうか?

忙しい皆さん、読書量を確保するのは難しいでしょう。
今はグーグルなどで知りたい情報の断片をすぐに手に入れることができるけれど、やはり本が与えてくれる上質の情報は僕たちを豊かにしてくれると思う。
オーディオ・ブックを聞きながら一日一時間歩くと、脳と体の両方が満たされます。
自分のための一時間を一日一回確保しましょう。











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by somashiona | 2010-08-24 08:40 | デジタル

Must-do list (やるべきことリスト)




僕のMacのモニターに、まるでひまわりの花びらのように張り付けられた黄色いポストイット(付箋)、ダイアリーのあちこちにバーコードのように並べられた「Must -do list」(やるべきことリスト)にかなり長い間苦しめられていた。
これらが目の前にちらついている限りは何をしても楽しくない。
期限が迫り、催促のメールが届けられたり、電話がかかってくると悪夢を見るようになる。
画像処理に追われている間、僕のリビングルームのカーテンは昼間でも閉じたままだ(リビングルームは僕の仕事場)。いや、ただ閉じているだけでなく、カーテンのまわりをマスキングテープでしっかりと壁に張り付け、そのさらに上から黒いシーツを被せている。
太陽が外にある時間の画像処理作業中は閉めたカーテンから微かに洩れる光でさえ神経を逆なでするのだ。
何週間もカーテンを閉めっぱなしにし、ときどきボサボサの頭で外にゴミを出しに出る僕のことを、近所の人たちは爆弾を作っているテロリストかなにかと思っているかもしれない。
僕の場合、仕事がはかどるかどうかの決め手となるのは、朝起きる時間だ。
朝の4時、遅くても5時には起き、エスプレッソを淹れてから作業を開始し、昼の12時までブッとばす。
昼までにいかに成果をあげられるか、この時間帯が僕には勝負なのだ。
昼食を作り、お腹がいっぱいになったあとは読むべきメール、出すべきメール、郵便物、かけるべき電話、調べるべき事柄、などなど脳みそを使うことに気持ちを集中し、その後はできるだけ1時間のエクササイズをする。
最近のエクササイズは約一年ぶりにマウンテンバイクを復活させ、山の中をひたすら走る。
ちなみに、6月のあたま、日本から帰った時の僕の体重は72kg。
その後、食事制限とマウンテンバイクのおかげで僕の体重はすぐに3kgおちた。
そのことを自慢げに東京下町の写真仲間Bに話すと、「マナブっち〜、3kgなんてでっかいウンチ一回分じゃ〜ん」と奴め言いやがる。
毎日の快便だけが自慢だという彼が一回どれくらいの量のウンチをするのか、そんなことは知りたくもないが、彼の一回分のウンチと僕の努力を一緒にされたことに憤慨した僕は、その後もっと厳しい課題を自分に課した。
大好きなパスタを禁止し、白いご飯は朝だけ。甘いコーヒーが好きなのにそれは朝一番に飲むときだけ許し、もちろん愛するチョコレートも愛しのアイスクリームも週末子供たちが来た時しか口にしない。
そんな努力の甲斐あって、8月に入ってからは64.5kgと63.5kgの間を行ったり来たりしている。
どうだB、タバコもやめられない君とは根性がちがうだろ!
目標は62kgなのだが、これからどう落としていくのか、さらに検討する必要がある。

あら、話が完全に逸れた。

期限に追い詰められ、疲労がたまってくると朝が辛くなる。
とくに今は寒い、寒い冬のタスマニア、毛布を身体から剥ぎ取る最後の瞬間まで「まだ寝ていたい組」と「ばかやろうやることがあるだろ組」のせめぎ合いは続く。
目覚まし時計を午前4時、携帯のアラームを午前5時にセットしているのだが、ときどきハッと目が覚めると7時半だったり、ひどい時には8時半ということもある。
こんなときはもう、朝からかなり落ち込む。
冗談抜きで本当に落ち込む。
自己嫌悪の見本として小学校の教科書に載せてもいいくらいだ。

「おい、お前は何っていうだらしのない奴なんだ。昨日寝る前にあれほど自分に誓ったじゃないか。お前にはガッツってものがないのか。だからお前は駄目なんだよ、えー。そうやって自分の決めたこともできずに一生穴蔵生活をするのさ。たとえ次にチャンスが来たって、お前にはやり遂げることなんてできっこないよ。こんな小さなことさえまともに出来ないんだからな!」

他人の罵声を黙らすより、自分の心のなかから絶え間なく聞こえる本心を黙らすほうがよっぽど難しい。

「よし、いいかお前。明日は絶対だぞ!4時だ、4時、わかってるな。もし、もしも起きなかったら腕立て伏せを1セット10回分増やし、朝のコーヒーのシュガーは無し、週末のアイスクリームは子供たちが食べるのを見るだけ、寝る前の読書も禁止、どうだ、お前、こんな辛い罰を受けるくらいなら早起きして仕事をしたほうがよっぽど楽ってもんだろ、えっ、わかってんのか、ぼけ!」と、とても怖い、怖い僕が心の罵声を止める代わりの交換条件を出してくる。
もちろん僕はそれらの条件を呑むしかない。

そして、翌朝。

久しぶりに悪夢も見ず、深い眠りからゆっくりと目覚める。
うぅ〜〜ん、とベッドの中で伸びをし、半分顔が埋まっている枕ごしにカーテンから洩れる朝の光を見る。
えっ、朝の光?(タスマニアの日の出は今午前6時50分くらい)
ベッドからは寝起き目覚まし時計を見る。
7時半。
携帯もやはり7時半。
両方ともアラームのスイッチはOFFになっているが消した記憶は全くなし。
Holy shit!
I feel like a dickhead!

先週末、そんな「Must-do list」のポストイットはモニターから姿を消し、ダイアリーに書かれたリストもほとんどが赤いラインで塗りつぶされた。
生きてる限り「Must-do list」が途切れることはないが、やっと少し一息つける。
自分へのご褒美に平日のアイスクリームでもあげちゃおうか、それとも2004年からやめているタバコでも吸ってみようか。
は、は、は〜〜〜!











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by somashiona | 2010-08-23 21:17 | デジタル

父の手、母の手、僕の手、子供たちの手




珍しく、僕の家に二人の美女を招いてお食事会をした。
楽しい時間が過ぎたあと、洗い物をする僕を見て彼女たちは笑った「あら、ずいぶん手を大切にするのね」と。
それは僕がゴム手袋をして洗い物をしていたからだ。
ゴム手袋をするのは、僕がいつも熱湯で洗い物をするからなのだが、理由はそれだけでなく、僕の手は洗剤などですぐ荒れてしまうので、手を大切にしているという指摘は決して的外れではない。








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何故だかわからないが、僕の手はすぐに荒れる。
カメラを長時間持つと左の掌は荒れ、土を触ると指先が荒れ、冷たい外気にさらされるとひび、あかぎれを起こす。
おまけに僕の手は小さく、色白で、カバンより重たいものを持ったことがないような男らしさに欠ける手だ。


男の手について二人の美女たちが語りはじめた。

「やっぱり男の手って、大きくて、分厚くて、関節がごつごつしているくらいがいいわよね」とミス日本。

「そう、そう、それでね、血管が浮き出ているともっとセクシーなのよね」とミス・オーストラリア。

僕は洗い物が終わっても、なかなかゴム手袋を外す気になれなかった。



子供の頃、たしかまだ小学校の4,5年生くらいだったと思うが、ふと母親に「お父さんのどこが好きになって結婚したの?」と聞いてみたことがある。
母親の答えはこうだった。

「お父さんと出会った頃はね、お母さん恥ずかしがり屋でね、お父さんの顔をしっかりと見られなかったの。それで話をするお父さんの手をいつもお母さんは伏し目がちにじぃ〜っと見つめていてね、ああ、この人、なんて綺麗な手をしているんだろう、って心から思ったの」

「えっ、じゃあ、あ母さんはお父さんの手が好きになって結婚したの!」と小学生のマナブ少年は驚いて母親の顔を見た。

「そうよ」と言って母親は笑った。

これが高校生の時聞いたのなら、「内気なお母さんなんて死んでも想像できない!」とか、「綺麗な手で触られたらどんな感じか考えたの!」とか、いろいろ突っ込んだはずだが、なんせ初恋を経験したばかりの小学生の僕には女性が顔や足の長さ以外の外見で恋に落ちる可能性があるという事実が恐ろしいくらいの衝撃で、突っ込みを入れる余地などまるでなかった。
それどころか、それ以来、僕は自分の手が女性をしとめる強力な武器の一つになりえることを決して忘れなかった。



今年帰国したとき、北海道では実家の母の家に泊まった。
朝起きると、寝癖のついた髪の毛を立たせ、母親は庭の花に水をやったり、コーヒーを飲んだり、煙草を吸っている。
父の姿や声がなくなってしまったこの家の窓越しから母親を見つめていると、記憶の層のずっと下の方で埋もれていた子供の頃の思い出が、なぜだか急に少し色あせた8ミリフィルムの映像のように蘇る。
僕はいろいろな場所を点々としながら生きているので、古い思い出に浸る余裕があまりない。
でも、父と二人でこつこつとお金を貯め、やっと手に入れた初めてのマイホームに今なおひとりで住み続けている母は、父のことをどれくらい思い出すのだろう。
母がひとり自分の掌を見つめるとき、若かった父の手をやはり思い出すのだろうか?
僕がいつも思い出す父の姿は、テレビを観ているうちにソファで眠ってしまったあの少しだらしない姿。
メガネが少し顔からズレ落ち、テレビのリモコンはお腹の中央に乗っかったままのあの姿。
僕がチャンネルを変えると、おい、おい、観てるんだからそのままにしておいてくれ、と寝ぼけた顔を僕に向ける。
ソファで眠る母を見つめていると、まるでそんな父の姿を僕が忘れないようにと父が意図的に演出しているかのようにも見える。








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僕は父の手も、ソファで眠る姿もきっちり写真に収めていなかった。
あまりにも日常的で、あまりにも当たり前で、それらを2度とこの目で見ることができなくなるなんて考えもしなかった。
写真を撮る人間としての注意力の甘さ、思想のぬるさは今後悔しても遅すぎる。
その埋め合わせをするかのように、僕は子供たちの日常に目を向ける。
取っ組み合いをするときの力がだんだん強くなってきたソーマの手。
信号待ちのときにふと僕の手を握り締めるシオナの手。
僕のためにおにぎりを作ったり、巻き寿司を巻いたりする子供たちの手。
このとき僕の目の前で忙しく、時にはぎこちなく、そして一所懸命に動いている彼らの手が父親に対する純粋な愛に突き動かされていることを忘れないように写真に収めておかなくてはいけない。
写真は造形美や色の美しさを未来に残すのではなく、その時にはよく見えない愛というものをあとになって「ああ、そうだったのか、そういうことだったのか」と確認し、自分が幸せだったことに気がつくためにあるのだから。








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8月8日、今日は母の誕生日。
いつまでも元気で長生きして欲しい。


















話は唐突に変わるが、日本の皆さん、もし子供たちの泣き声、叫び声、何かしら不審に感じることがあったのなら是非躊躇せず警察や児童相談所に連絡して欲しい。
他人のことに口出しするなんて余計なお世話など考えないで欲しい。
それが誤解や何かの間違だったのなら、それはそれでいいじゃないか。
見て見ぬふり、聞こえるのに無視をしたりしないでほしい。
もしかすると僕たちの通報が子供や親たちを救うきっかけになるかもしれないのだから。
















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by somashiona | 2010-08-08 15:32 | ソーマとシオナ

沈黙は禁なり!




う〜ん、最近どうも調子が出ない。
なかなか出てこないのだ。
あ、トイレの話じゃなくて、ブログの話。
何がなかなか出てこないのとかいうと、語るべきこと。
語りたい話題はたくさんあるはずなのに、口が重いというかなんというか、、、。
不思議なものでブログは頻繁に更新している時の方が次から次へと語りたいことが頭の中に湧いてくる。
しかし一度更新の習慣が止まってしまうと駄目だ。
まるで中年男性の性生活のように、「やりたいやりたい」から「ああ今日は疲れてるし、眠たいからもういいや」になり、そのうち「あれ、最後にやったのはいつだっけ?」になる。

ブログはエクササイズとも似ている。
忙しい、時間がない、とブツブツいいながらも、一日の中で30分でもいいから自分の為に時間を作り汗を流した後は仕事の効率が上がるだけでなく、人付き合いや趣味の時間ですら充実している。
ブログを更新していない間、人と会って話をするとき面白い話題がなかなか出てこなかったり、話の展開が滑らかでないことに気がつく。
脳の、どこか知らないがそういうことに関して責任をもって働いている部分が怠けていること間違いなしだ。

カメラは仕事以外全くと言っていいほど触れていない。
カメラに触れないということは、外をうろちょろしていないということ。
フォトグラファー、家の中にいては何も生み出さない。

何かをクリエイトしたいという気持ちは、僕にとって生きるためになくてはならない欲求だ。
ブログで言葉を吐き出さない、言葉に出来ない気持ちをシャッターに託さないのは精一杯生きていない証拠だ。
朝起きて、夜ねるまで、やるべきことをやったとしても、何かをクリエイトしていなければ死人同然。

どんなことでもそうなのだが「ああ駄目だ、これじゃいけない」と思ったときは大きな計画を立てて、一発逆転を狙ってはいけない。
小さなこと、ささやかなことでいいからとにかくアクションを起こすことだ。
行動を起こさなければ何も変わらない。

「涓滴岩を穿つ」「千里の道も一歩から」

僕のブログはアップする写真にあまり気合を入れていないので、写真はフォルダの中から適当なものを選べばいい。
ブログのためにわざわざ外へ出てネタ写真を撮る必要などないのだ。
僕のブログはドキュメンタリータッチのテキストと写真が割と人気があるのだけど、それをやろうとしちゃいけない。
時間がかかることに深入りすると続かない。
最初の1,2週間は400メールくらいからはじめて、そのうち600、1000メートルと距離を伸ばす体力作りのための水泳のように徐々に始めればいいのだ。
くだらない話ばかりでもいい、どうせくだらない人間なのだから。


男たちよ、語れ!
女たちよ、語れ!
沈黙は禁なり!













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「朝靄の中にまだ見ぬタスマニアを見た。気がした」と偽タスマニアの写真をアップしている男を見つけたので、「僕が本物の、朝霧の中のタスマニア写真を。

















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by somashiona | 2010-08-02 13:48 | デジタル

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