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シンパシー(Sympathy) と エンパシー(Empathy)







似たような二つの単語。
オージーの人たちに「この二つの言葉の違いは何?」と聞くと、「同じ意味だよ」答える人がいるほど、この言葉は似ている。
僕が常日頃お世話になっているアルクの英辞郎でその意味を調べてみると、

sympathy(シンパシー): 共感、同情
empathy(エンパシー): 共感、感情移入、他人の気持ちや感情を理解できること

こんなふうに書かれている。
え、やっぱり同じ?

オーストラリアの医療や介護の現場ではこの言葉の違いについての明確な答えをそれぞれのスタッフが持っていることを期待される。

地震や津波、または事件、事故などの被害者が家族を失い、泣いている顔がテレビに映し出されると多くの人は深く同情するだろう。
もしも自分がこんな目にあったら一体どうするだろう、立ち直れるのだろうか?と胸を痛めるはずだ。
ここまでがシンパシーのエリアだと僕は理解している。
ここまではほとんどの人が普通に持つことが出来る感覚だ。

僕が思うエンパシーの領域はここからはじまる。
同情し、共感したあとそれに対して自分がどういう反応をし、どんな行動をとるかというエリアだ。

最愛の人を亡くした人に対して「あなたの気持は良くわかります」と言って何になるだろう?
殆どの人は「あんたに私の気持ちがわかってたまるものか!」と思うだろう。

一緒においおいと泣こうか?
僕はついこれをやってしまいがちになる。
「もう泣くしかないじゃん」と悲しんでいる本人以上に泣いてしまうことさえある。
しかし、できれば悲しんでいる人と自分を一旦切り離して、「この人のために自分は何をするべきか」を考えたいところだ。
医療の現場、介護の現場で仕事として傷ついた人と係り合う人たちにこの能力は欠かせないだろう。

実は、人物写真を撮る時もこの「エンパシー」の能力が問われると僕は思っている。
不衛生な家の中でドラッグに溺れている人のドキュメンタリーを撮っているとき、同情や共感する気持ちはもちろん大切なのだけど、その気持のままで撮っていては、やはり写真として活かされるものにはならないと思う。
一歩被写体から引き、この悲惨な状況はどうすれば改善されるのか、この人の何を撮れば、たとえこの人が救われなかったとしても、あとに続く人たちを止められるか、そこまで考えて行動を起こすべきだと思う。
ドキュメンタリーを目指す人で路上生活者や体の不自由な人たちのスナップをかき集める人が多いのだが、これでは撮り逃げだと思う。
「ねえ、とりあえずさ、一緒に病院に行こうよ、僕の車で連れていってあげるからさ」みたいな関係からスタートする方が、写真も、被写体にとっても、自分にとっても、いい方向に転がることが多い。

子供たちにはぜひエンパシーを持てる人間として育って欲しい。
エンパシーを持つためにはやはり基本的に自分じゃない誰かのことを深く理解できるシンパシーの能力が必要だろう。
深いシンパシーの能力はどのように育てるのだろうか?
これは「想像力」に深く関係すると思う。
テレビで泣く人を見て、その人が握り締めている拳の強さや、肩の震えを感じるくらいの想像力。
まずは自分の心が強く揺さぶられないと、なかなか次の行動には結びつかない。
強い想像力はどうやって養うのだろう?
これはやはり、月並みかもしれないが、子供の頃にたくさん自然と接して純粋な感動を得ること、驚くこと、怖い思いをすること、そして、その時に自分の隣にいる兄や妹、父や母、友人たちもまったく同じ驚きや恐怖を感じているんだと分かること、そういう生の体験の数が後に強い想像力を創り上げてくれるのではないだろうか?

あ、こういう話をしだすと止まらなくなるので、今日はこのへんでやめておこう。






エンパシーとシンパシー似ているが違う。

前回の僕の記事でかいた「マス・スナ」、これを「マス・スマ」と理解している人が多いようだ。

「マス・スナ」はマスターベーション・スナップショット。
「マス・スマ」はマスターベーションをするSMAPのメンバー。

似ているが違う。



「オナ・スナ」と覚えてしまった人、意味的には似ているのだけど品格に欠けるのでこれも違う。

世の中、面倒なことばかりだね。










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おじさんも悩んじゃってます。










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シオナも悩んじゃってます。










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君も少しは悩みなさい!














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by somashiona | 2010-11-25 20:02 | デジタル

11月16日のお散歩マス・スナ




僕の仕事や作風とはまったく結びつかないかもしれないが、プロになる前、スタジオでの物撮りをメインに仕事をするベテランカメラマンのアシスタントをしたことがある。
スタジオカメラマンになりたかったわけではないが、スタジオのテクニックは知っておくべきだと思ったからだ。
スタジオのアシスタントは殴られ、蹴られの世界だと覚悟をしてドアを開けたのだが、ジャズと読書をこよなく愛するこのカメラマンはとても優しく僕に色々なことを教えてくれた。
彼に教わったことで、今でも鮮明に覚えていることは僕がライティングに関しての質問をしたときのことだ。
「ライティングをおぼえるのに一番良い練習方法はなんですか?」と僕が質問すると彼は間髪入れずに「風景写真を撮ることだ」と答えた。
一日中、暗いスタジオにこもりきりで、ワインのボトルや、お中元のボンレスハム詰め合わせなどを撮っている彼にはあまりにも似合わない言葉だったので、僕はとても驚いた記憶がある。
スタジオで何灯ものストロボを使いこなすには、自然の中で太陽がどれだけ様々な光を創りだすのかじっくりと観察し、研究するべきだと彼は言った。
同じ午後の陽光でも春の光、夏の光、秋の光、冬の光、これらはすべて微妙に違う。
光の強さや柔らかさだけでなく、色温度も大いに関係する。
スタジオで求められる光はいつだって外に出ればあるのだ。

僕にこのスタジオカメラマンを紹介してくれたギャラリーのオーナーさんが写真家の故前田真三さんをインタビューしたときのお話も僕の頭の中にある写真教科書にしっかりとメモってある。
前田真三さんはかつて日本の風景写真を一世風靡した富良野の写真で有名な写真家だ。
彼は気が向かなくても、少しくらい体調が悪くても、必ず毎日カメラを持って写真を撮りに行くそうだ。
良い光がなくても、天気が悪くても、外に出て写真を撮るということを自分に課しているという。
なぜなら、写真を撮るのが彼の仕事だからだ。
サラリーマンが今日は気が向かないから会社に行かない、と言わないように、写真を撮るのが仕事だから毎日写真を撮るそうだ。たとえその日の写真がお金を生まなくても。
そして、家から一歩外に出たら、必ず被写体を見つけ出し、シャッターをきるという行為を毎日繰り返すそうだ。
100メートル歩く間に何も見つけられないなどということがあってはならないらしい。
プロだから、仕事だから、必ず100メートルの間に何かを見つけるという。
バリバリの商社マンを退職して写真家として出発した彼の態度ははじめからプロフェッショナルだったのだ。
スポーツ選手だって試合でないときは筋トレなどのトレーニングに励む。
フォトグラファーだって仕事で撮影をするときに100%を出し切るためには普段のトレーニングが大切なのだ。
僕は毎日寝る前に床の上から重たいレンガを持ち上げて、息を止めて、手ぶれせずに静止するという動作を約50回繰り返す。
これは結構汗をかく。
(あ、冗談ですよ、冗談!)

何度もこのブログで書いているが、僕の写真を支えているのはスナップショットだと思っている。
以前は人物中心のスナップショットを多くとっていたが、最近はあまりやらなくなった。
今やっているのは歩きながら何が自分の心に反応するのか、それを確かめるためのスナップショットだ。(自分探しスナップショット?)
それが絵になるか、ならないか、それはそんなに重要じゃない。
何気ない日常の風景の中から、自分のこころと重なりあうものを見つけるのだ。
自分にとっての美や意味を探すのだ。
そう、マスターベーション・スナップショット(マス・スナ)。
誰だって写真をある程度やっていれば技術的なことなどほとんど問題なくクリアできる。
テクノロジーの発達にともなってどんどんカメラや画像処理ソフトが進化し、技術的な壁をクリアするのは本当に楽になった。
では、どうすれば今より上の写真を撮れるようになるのか?
月並みだが、感性と思想、そして人生経験に厚みを増していくしかないと思う。
物事に対する自分のものさし、自分の原体験から湧き上がる美学、繊細な観察力、感じるココロ、こういったものはテクノロジーがいくら発達しても届かない部分だ。
本気写真を撮る上で自分のテーマを持っていることはとても大切だ。
でも、素振り、ランニング、筋トレなどに当てはまるスナップショットで体力を付けておかないと、本気写真の現場で大切なモノが見つけられず、固まってしまい、力のない自分にがっくりと肩を落とすハメになる。
お兄さん、お姉さん、素振りが大切なんです。


本日は11月16日のお散歩マス・スナを見てちょうだい。
つまんないからやめろ、とか言わないでね。チュ!










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by somashiona | 2010-11-23 21:30 | デジタル

ペイ・アズ・ユー・ゴー





タスマニアは電気代が高い。
暖房、温水、調理、家電など生活の中で欠かせないエネルギーの大半は電気でまかなわれている。
タスマニアではAurora(オーロラ)という会社が電力の供給をしている。
電気代の支払い方法はいつくか選択があるが、基本的には3ヶ月に一度
請求書が来るシステムだ。
どのくらいの大きさの家に、何人で住んでいるかによって、もちろん電気代は違うだろうが、僕が小さなアパートに住んでいたときの冬を含む寒い時期の6ヶ月間の電気代は月平均で150ドル(今日のレートなら日本円で1万3千円)は下らなかった。
一軒家に住んでいたときは毎月平均200ドル以上(1万7千円)、大人3人で家をシェアしている友人は3ヶ月分の電気代を来月1500ドル(12万4千円)支払わなければならないとこぼしていた。










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タスマニアでは暖房に関しは暖炉を使っている家がまだ多く、そこでは当然薪(まき)を買うことになる。
冬のタスマニアでは道路脇に暖炉用の薪を積み上げたトラックやトレーラーをよく見かける。
「ブラディー・グッド・ファイヤーウッド」と書かれたこの薪、多分300〜400ドルといったところだろう。
この大量の薪、家の大きさにもよるが2ヶ月もつかどうかというところ。
そう考えると暖炉を使った冬の暖房費も決して安いものではない。                       
ヨハンじいさんの家に行くたび、寒い家の中で手にひび割れを作りながら電気代を節約する姿を見て感動し、自分の家に戻ると暖房をできるだけ使わないように頑張るのだが、いつもだいたい1週間で今までの暖房の使い方に戻る。
「あの時の感動は嘘だったのか?えっ、嘘だったのか?」と意志の弱い自分を責めるのだが、僕は寒さにめっぽう弱いのだ。
オーストラリア人がTシャツとショートパンツで外を歩いている時も、僕はダウンジャケットを着ている。
(欧米人の体温は日本人より高いので寒さに強いらしい)
家の中でフリースを着込み、毛糸の帽子を被って生活することなど、僕も、多くの友人達も、かなり当たり前だ。
僕はそれに加え、寝袋を多用する。
以前、友人とスカイプで話をしているとき、パソコンから離れるときにジャンプしている僕の姿をモニターにとられ、友人は不思議に思ったらしい。
デスクの下の下半身をすっぽりと寝袋に入れていたので、移動の時はジャンプをしなければならないのだと友人に説明すると、彼は本気で呆れていた。
(恥ずかしいものか!絶対恥ずかしくなんかない!)
寝袋の写真がないかと写真のフォルダを探してみると、やっぱりあった。
テレビを観ている子供たち、しっかり寝袋にくるまっている。
ちなみに、今ぼくの家にはテレビが無いので、観たいときはパソコンに繋げるという、面倒なシステムを我が家ではとっている。










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今住んでいる僕の家は「ペイ・アズ・ユー・ゴー」(PAY AS YOU GO)という電気の方式だ。
PAY AS YOU GOを訳すと、「収入の範囲内で」「使った時だけ支払う方式」「利用時払い」といった感じだろう。
ブルーのプリペイドカードを持って電力会社のオーロラが指定している最寄りのお店に行き、欲しいぶんの電気代だけをチャージする。
僕はいつも100ドルだ。
チャージしたカードを機械に差しこむと、まだ残っている金額に新しく加えた金額が加算され表示される。
毎日使った分だけの金額がマイナスされ表示されるのを見ると、お金が羽を伸ばして飛んでいくのが見えるようだ。
自分が使う電気代が毎日目で確認できるので、電気代に今月は200ドルしか使えないのに、300ドル分も使ってしまった、などという事態にならない。
まさに「収入の範囲内で」だ。
これは便利である一方、かなり深刻な落とし穴もある。
あといくら分電気が使えるのか、ずぼらな僕はあまり確認しない。
子供たちが来た週末、おいしい料理作りで盛り上がっているとき、突然家中の電気が止まってしまい、いままで何度焦ったことか。
週末なのでタスマニアではほとんどのお店が空いていず、カードをチャージできるお店を求めて街じゅう車を走らせるハメになるのだ。
家に帰ったときは、オーブンの中のチキンもイジケたようにしなびているし、子供たちが僕を見る目も「ダディ、いい加減にしてよね、まったく、、、」色に染まっている。










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もうすぐ12月、暦の上では夏になるのだが、ここタスマニアは相変わらず肌寒い。
だからといって真夏に暖房のスイッチをオンにするのも気が引ける。
「いまからそんなんじゃ、年をとったら生きていけんぞ!」というヨハンの顔が目に浮かぶ。










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by somashiona | 2010-11-19 11:28 | デジタル

シオナ、熱を出す





子供たちが泊まりにくる週末、ほとんどは楽しく過ごしているが、時々きつく感じることもある。

週5日、へろへろになって働いて、さらに土曜、日曜と子供たちの面倒をみると、実質的には一週間ぶっ通しで働いたような気持ちになる。
子供たちとの時間はとても楽しい。
でも、少しでも有意義な時間、思い出に残るような時を共有できるよう僕もそれなりの努力をするので、週末はエネルギーを使い果たす。
海や山などの自然とたっぷり触れ合う週末は、エネルギーを使ったとしても、心も体もリフレッシュできるのだが、土曜も日曜も雨降りで、家の中に閉じこもっていたりすると実質的エネルギー量の消費は少なかったとしても、何故か月曜の朝は体が重い。

自分の体調が悪い時に子供たちの面倒をみるのは辛い。
僕は割と頻繁に吐き気を伴うひどい頭痛に悩まされのだけど、それが一度起こると数日間は治まらない。
土曜の早朝に頭を切り離したくなるような頭痛があると、子供たちの母親に「悪いけど、今週は子供たちの面倒を見れない」の電話をする誘惑に駆られる。
しかし、絵を描くことで生計を立てている彼女にとって、子供たちがいない週末がどんなに大切な時間なのかを痛いほど分かっているだけに、それはできない。
僕たちは離婚をしたけれど、子供たちの幸せのためにこれからも距離をおいた付き合いをしなければならない。
その関係はお互いが担う責任を、まるで仕事のようにきっちりと果たすことで成り立つものだ。
一度壊れた男と女の仲は少しの甘えが感情論に発展し、理性を失うと泥沼が待ち受ける。
子供たちに泥沼など絶対に見せたくない。

数週間前の週末、僕は目を開けていられないような頭痛に悩まされていた。
その日はソーマの誕生日プレゼントを買いに行く約束をしていて、彼はもう随分前からこの日のショッピングを楽しみにしていたので、僕はこめかみや首筋を指で押しながら男の意地で買い物に出かけた。
やっと家に帰ってきた僕の望みはただ一つ、暗い部屋の中で、毛布に包まって静かに眠ること。
頭痛持ちなら知っているであろう、これが頭痛から一時でも逃れる最良の策だ。
でもこの日、買い物の後半からシオナは寒い、寒いとしきりに言い出し、家に戻ったときはほっぺたを赤くし、目を潤ませていた。
すぐに熱を計ると、案の定38.7度あった。
急遽、僕の寝室を「シオナ熱対策本部」とし、シオナを僕のベットに寝かせた。
彼女も頭痛を訴えている。
頭痛親子なんて、面白くもなんともない。
とりあえず彼女にできるだけ水分をとらせ、そして寝かせる。
ソーマと僕は普通の夕食を食べ、シオナが寝ている間に彼女専用の夕食を作る。
シオナが目を覚ますたび体温を計るのだが、熱は徐々に上がってくる。
頭痛と悪寒と熱以外特別な症状はなかったので救急病院も解熱剤も考えないことにした。
シオナは少しだけ食事をとることができたので、少し安心した。
彼女に身体が熱を出す理由や、今身体が何と戦っているのかを説明することで、発熱が必ずしも悪いことではないのだと理解させ、39度を超えたら解熱剤を飲むかどうか再度考えてみよう、ということになった。
僕も死んだ僕の父も熱を出すと猛烈に弱気になるタイプで「死にそうだぁ〜」「苦しいよぉ〜」「アイスクリームが食べたい〜」と泣き言をいうたび母や妹にからかわれたものだが、シオナは一切弱音を吐かない。
具合はどう?と聞くと、必ず「大丈夫」と応える。

僕はシオナのシングルベットのマットを僕の寝室へ持ってきて、そこで寝ることにした。
夜になるとシオナの熱はどんどん上がる。
僕はひっきりなしにシオナの頭の冷たいタオルを取り替え、飲み物を作り、汗で濡れた服を着替えさせ、シーツやバスタオルを取り替える。
僕の頭痛もまったく治まらず、一刻も早く眠りにつきたかったが、結局朝までほとんど眠れなかった。
真っ赤に火照ったシオナの顔を一晩中見つめて一夜を過ごしたわけだが、それはそれである意味充実していた。
彼女の熱い頬に手を当て、頭に乗せたタオルをひっくり返し、時には僕がうとうとしていると目を覚ましたシオナが僕の手を握りしめ僕をじっと見つめている。
そう、困難な状況にも幸せはあるのだ。
僕が子供の頃、熱を出したときにも母親から同じことをされたのをハッキリと僕は覚えている。
枕元の洗面器でタオルをしぼる音、心配そうに温度計を見つめる母の目、熱が出ると必ず作ってくれる特製蜂蜜レモン生姜すりおろしドリンク、壁に黒く伸びる母親の影、天井の染みの形。
目を開けると必ずそこに母がいてくれる安心感が何よりの薬だった。
この夜、僕は頭痛で意識のぼやけた頭の中でこんなことを思い出し、シオナはたぶんいつか同じような状況の中でこの夜のことを思い出すのかもしれない。




















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by somashiona | 2010-11-15 19:47 | ソーマとシオナ

リンゴ皮むき合戦





ソーマの包丁さばきはこの数カ月でめざましく向上している。
ナイフマニアの父としては嬉しい限りだ。
包丁さばきに関して忘れられない思い出がある。


僕がまだ大学に入る前、当時札幌では格の高かった〇〇プラザホテルにある高級居酒屋でアルバイトをしたことがある。
スタッフの男性陣は皆五分刈りやスポーツ刈り。
まるで体育大の部活動のように恐ろしいくらいの縦社会なのだけど、息苦しさはなく、アットホームな雰囲気と職人のプライドが醸しだす緊張感のようなものがそのお店にはいつも漂っていた。
店長は男気たっぷりのとても信頼感のある人で、フタッフからもお客さんからも一目置かれ、ママと呼ばれていた女性陣のまとめ役は、和服姿のそれはもう大人の色気たっぷりの美しい女性だった。
少し飲み食いをするだけで数万円が飛んでいくお店だったが、ママをお目当てに通っていた常連さんたちもきっと多かったと思う。
ママは男たちのあしらいがとても上手く、僕も早く大人になってママにあんな風にあしらわれてみたいと、まだニキビが少し残る顔で密かに思っていた。
この店で僕は一番の下っ端で、言いつけられた仕事は何でもやった。
僕の面倒をみる役目を店長から仰せつかった男は僕より少し年下の、確か高校中退で和食の職人になるための修行としてこの店に入った男だった。
この店で2番目に下っ端の彼だったが、彼の下に僕という存在が出現にしたことで、辛い毎日にきっと一筋の光が差し込んだはずだ。
彼は身長180cmくらいで五分刈りの両額には深い剃り込みが入っていて、おまけに眉毛も細く(殆ど見えないほどに)剃られていて、身体全身に「私はかつて不良少年でした」の文字が太めの油性マジックペンで書かれているようだったので、彼をはじめて紹介されたとき、僕はかなり気が重くなった。
年下の、こんな怖い男から、きっと毎日奴隷のように扱われるんだ、と。
数週間、彼は僕を怖い目で睨みつけて、僕がやるべき仕事を指示する以外の無駄口は一切きかなかった。
十代の少年にとって1、2歳の差であっても、その歳の差が意味するところは大きい。
たぶん彼の中には年上の人には敬意を払うというスピリットがあって、それにも関わらず僕に命令を下すことが苦痛だったのかもしれない。
僕にしても年下だけど僕のボスという関係の中で、どういうふうに彼と接して分からなかった。
今思えば、社会経験がないということは、こんな些細なことでもストレスになるのだ。
彼と僕がはじめてお互い打ちとけることができた日のことを、僕は鮮明に覚えている。
下っ端ナンバーワンの僕と、ナンバーツーの彼は誰よりも早く店に出て、調理の下ごしらえをしなければならない。
ある日、暖簾が内側に掛かった店のドアを静かに開けて店に入ると、彼がこれ以上はないという真剣な顔で包丁を持ち、真っ白な大根を見つめていた。
あまりにも真剣な顔だったので、僕はしばらく彼の様子を少し離れた場所から見つめていた。
彼も僕がそこにいることには気がついていない。
どうやら大根の皮を包丁で剥いているようなのだが、その皮が下に落ちるたびに「くそっ!」と唸るようにつぶやき、顔をしかめる。

「Kさん、おはようございます。なにやってるんすか?」と僕。

「見りゃわかるだろ。桂剥きにきまってる」と大根と包丁から目をそらさずに応える彼。

「リンゴの皮むきみたいなものでしょ」と僕が言うと、彼の手がぴたりと止まり、燃えるような目で僕を睨みつけた。

「何だって!お前、これがリンゴの皮むきと一緒だっていうのか?」

彼の燃える目を見て、僕は何かとても間違ったことを言ったのだと悟った。

「リンゴの皮剥きというより、トイレットペーパー作成中というかなんというか、、、」僕はなんとか状況を立てなおそうとした。
この男は頭に血が上ると手に持った包丁を武器として使用するおそれがあると思ったからだ。
しかし、彼は突然表情を緩め「え、そうか?お前、これがトイレットペーパーのように見える?」とちょっと嬉しそうな気配さえ僕に見せた。

「見えるよ。だってほら、そのペラペラの薄い大根、向こう側が透けて見えそうじゃない」と僕は思った通りのことを言った。

「だろ、お前、桂剥きっていうのはな、和食の職人のな、包丁さばきの基礎中の基礎なんだけど、ほら、この薄さがな、均一じゃないと駄目なのよ、わかるか、均一の薄さで、しかも途切れることなくな、お前が言ったトイレットペーパーのように一本の大根がな、細い芯になるまで剥き続けるわけよ、わかるかお前!」
そう説明する彼の顔、はじめて僕に見せたフレンドリーな顔で、はじめて仕事以外の話を個人的にした瞬間だった。

「難しいって、どれくらい難しいの?リンゴの皮むきよりぜんぜん難しいの?」と少し冗談めいて僕は言ってみる。

「よしゃ、こっち来い。手洗えや。お前ちょっとやってみろ」と手に持っていた大根と包丁を僕に渡す。

それから数十分、僕たちはいろんな話をして桂剥きと格闘した。
そんなことをしていると突然店のドアがガラッと開き、副店長のSさんが入ってきた。
Sさんはこの店で一番武闘派のスタッフで、下っ端ナンバーワンとツーの僕たちは厨房の中でしょっちゅう怒鳴られ、愛の蹴りやパンチを食らっていたので、彼の姿を見た僕たちは突然気をつけの姿勢を取り、「おはようございます!」とSさんに言った。

「なんだお前ら、なにコソコソやってんだ!」と僕たちを睨むSさん。

「はい、こいつに桂剥きを教えてました!」と気をつけの姿勢のままでKくんが言う。

「なにぃ、教えてたって、、、?」とSさんが言ったあと、僕、そしてたぶん彼も回し蹴りを覚悟していたが、Sさんは突然笑って「いいぞ、知ってることはな、なんでもこいつに教えてやれ!」といった。

そしてSさんが厨房に入るのを確認して、僕たち二人はホッと胸をなで下ろし、お互いを見て笑った。

「ね、ところでKさん、桂剥きって何に使うの?」と僕が言うと、Kくんは50%ビックリ、50%呆れた顔をして「バカかお前!つまだよつま!」

「え、妻?」とまだわからない僕。

「ざけんじゃねーよ、刺身のつま、けんだよけん。刺身出すときに白い糸みたいな大根がつくだろ。あれだよ、あれ!」

「あ〜あ、トイレットペーパーがあれになっちゃうんだ」




包丁さばきが上手くなったソーマだが、リンゴの皮むきに関してはどうしてもシオナを超えることができない。
シオナもそのことをよく知っていて、リンゴを食べるときは(皮など剥く必要がないのに)積極的に皮をむきたがる。
ソーマもそれを認識していて、最近はじゃがいもの皮を剥く時もピーラーを使わず、包丁を使って皮を剥く練習をしているのだが、それでもまだシオナを超えられない。
懸命に林檎の皮を剥くソーマに対してシオナはベテランのアドバイスをするのだが、ソーマはそれが面白くない。
二人の作業を見ていて思うことは、これは技術の差ではなく、性格の差が結果として出るのではないかということ。
シオナはアーティスティックで作業がオーガナイズされていて、しかも自分のやることから美的感覚をつねに見出そうとする。
ソーマは今まさに自分がやっていることに集中することが大切で、その結果まわりがぐちゃぐちゃでも構わない。
ソーマは目が当てられないほど字が下手くそだけど、けっしてスペルや計算のミスはない。
シオナは書いている内容に合わせて字のフォントを変えてみたり、その美しさにこだわるけれど、スペルミスや計算ミスのことはさほど重要だと思っていない。
同じ親から生まれ、同じ環境で育っているのに、子供ってこういうところが面白いし、子供と接していると自分がかつて経験したことが突然思い出されて、これがまた面白い。














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参考までに「桂剥き」の写真






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by somashiona | 2010-11-10 22:23 | ソーマとシオナ

久しぶりに自分のブログについて考えてみる





人間にとってとても大切なのは成長し続けることだと思う。
などと書き出すと後が続かなくなりそうだが、僕はかなり本気でそう思っている。
昨日よりも今日、今日よりも明日。


今日は久しぶりに仕事もなく、子供の世話もなく、セクシーウイメンたちからのお誘いもなく(普段もないのですが)、朝からのんびりとサラダなど作ってくつろいでいる。
僕はエキサイトブログを使っているのだが、滅多に見ないリポート、アクセス解析という欄を覗いてみた。
2007年の3月にブログをはじめたのだが、その頃の記事の更新は毎月ほとんど二桁台だった。
26件の記事をひと月で更新している時さえある。
ところが最近は記事の更新がかなり減っている。
2010年は4月を除いて毎月一桁、7月などは4件しか記事を更新していない。
さぞかし僕のブログへのアクセス数は減っているだろうと思い、アクセス解析の欄を覗いてみたわけだ。
驚いたことにアクセス数は決して減っていなかった。
むしろ毎月、じわり、じわりと少しずつだが増えている。
例えば昨日のアクセス数は618、僕的には決して悪くない。
僕のアクセス数の最高記録は3354、馳さんとワルテル、ソーラを撮った時の記事だ。
これを考えると、馳さんの普段のアクセス数の凄さが想像出来るというものだ。
僕のような一般人にはとても叶わない数字。
それでも、僕のブログを定期的に見てくれる人たちがいると思うと、本当にありがたい。
どんな人たちが見てくれているのだろう?
僕はあまり友人たちと連絡をとる方ではないので、たぶんブログを見てくれている人たちの方が友人たちよりも僕の日常について知っていることだろう。
これはなんだか凄いことだ。


アクセス解析の欄には検索ワードランキングというセクションがある。
僕のブログにどんな言葉を検索し、たどり着いたのかがわかる。
第一位はやはり「タスマニア」、まあ頷けるところだ。
しかし、第二位以下がちょっと問題。
「オーガズム」なんで?どうして?僕のブログと関係ないじゃん!と思ったが、胸に手を当ててよぉ〜く考えてみると、そんなことを記事の中で書いたような記憶がないわけでもない。
多くの人たちにとって「タスマニアで生きる人たち」は「オーガズム」と共にあるのだ。
ものすごくエッチな画像を期待して僕のブログを開いた人たちは、さぞかしがっかりしただろう。
「ポテトヘッド」という言葉も10位以内に入っている。
これも身に覚えが無いわけではない。
しかし、どうしても解せないのは「殺風景一人暮らし」という言葉が10位以内に入っていることだ。
あまりにも見事に言い当てられているので、思わず隠しカメラを探してしまったほど。
「殺風景一人暮らし」などという言葉は一度も記事で使った記憶がない。
これはきっと「どS軍団」の仕業にちがいない。


好きなアーティスト(音楽、映画、写真家など)のことを考えると、そのほとんどはデビューから数年までの作品のほうが圧倒的に好きだ。
やはり、初期の作品には純粋さや人に媚びないパワー、そしてオリジナリティがある。
小説家に関しては時が経つほうがその作品の味わいが深くなっていく気がする。
こんな人達と一緒にしてはいけないのだけど、僕がブログをはじめた頃の記事は今よりもずっと個人的で、エモーショナルなものだった気がする。
子供たちのこと、離婚のこと、父の自殺のこと、写真に対する強迫観念、満たされない毎日、などなど何か純粋さがあった。
吐き出すことで楽になれた部分があった。
そんなお前の話なんか聞きたくないんだよ!と言われそうな話ばかりだが、僕が他人のブログを見るとき、どんな写真がアップされているかということより、個人というものが圧倒的に前に出ているブログのほうが楽しみに見ているので、自分のブログもそうするべきだと思っている。
なんといっても僕のブログは子供たちに宛てた遺言のようなものなのだから。
何かの記事で読んだのだが、世界で一番ブログを利用しているのは日本人であり、しかも30代後半から50代までの層が一番利用していると書いてあった。
若い人達にはミクシーやツイッターのほうが馴染み易いらしい。
僕にはミクシーやツイッターは向かないと思う。
少ない言葉で気持ちを吐き出せない。
以前僕のオージーの友達が日本語を完璧に理解できる20代のバイリンガルの人に僕のブログにいつて尋ねたとき、20代の彼は「写真はいいけど、書いていることは全然面白くない」と答えたという話を聞いて、僕は笑ってしまった。
そうだよなぁ、20代の人には面白く無いだろうなぁ、と正直そう思った。
でも、今にして思えば、それ以来ブログの内容が少し変わった気がする。
もっと幅広く読んでもらえる内容でいこう、みたいな気持ちが心のどこかに忍びこんでしまったような気がする。
ブログを続ける中での僕の反省点は他の人でも理解できる話、分かりやすい写真をのせようとすることだろう。
一応、クリエイティブなことに関わる人間なので、人に見られる以上は面白いと思ってもらえるものを出したいという根性が身についている。
仕事でも何でもないブログといえども、あるレベルはクリアしていたい、という思いがいつも心の何処かにある。
これはいい面でも悪い面でもあると思う。
ブログはマスターベーションすれすれが面白いはずなのに(あ、この言葉が次は検索ランキングに登場するかも)人の目や意見を気にすると本物が湧き上がってこない。
僕のブログ、これからも続けるためにはやはり成長させないといけない。
同じことを繰り返してはいけない。
せっかく時間を割いて何かを表現するのだから、わざわざ貴重な時間を使って僕のブログを見てくれる人がいるのだから、できるだけここに何かを残していきたいものだと思う。
それが何なのかは分からないが、とにかく「マスターベーションすれすれに!」をスローガンに掲げ、これからも頑張ろう!














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人に媚びない「マス・スナ」(マスターベーション・スナップ)たち




















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by somashiona | 2010-11-06 11:53 | デジタル

ミラクル




チリの鉱山で起こった落盤事故の救出劇、世界中で多くの人たちが固唾を飲んで見守ったはずだ。
その中でもとりわけこの一連の報道に一喜一憂した人たちが、タスマニアの北部にある小さな町、ビーコンズフィールドいることなど、チリの人たちは知らないだろう。
2006年、4月、タスマニア州のビーコンズフィールド金鉱で地震が発生し、天井落石事故が起きた。
この時、地下約1キロメートルでは3人の作業員が仕事をしていた。
必死の救出作業にも関わらず1人の作業員が遺体で発見され、残る2人も絶望視されていたが数日後その生存が確認された。
二人は作業に使う動物園の小さなケージ(檻のようなもの)に地震発生時に入っていたため、落盤によって押しつぶされたケージの中で一命をとりとめたのだ。
しかし、チリの事故同様、救出には時間がかかり、しかもかなりのリスクが伴う。
こんな事故でも起こらなければ誰にも知られないような小さな町が、オーストラリア中の注目の的になった。
町の人口のほとんどは鉱山に関わる人たちだ、町民が一丸となって地下に閉じ込められた二人の無事を祈った。
この祈りは水たまりの中心に投げ込まれた石が起こす波紋のように、オーストラリアの隅々まで一気に広がった。
僕はこの事故の一週間後にロイター通信のフォトグラファーとして現地に駆けつけた。
すでにオーストラリア中のマスメディアが小さな町にひしめき合い、そこはまるで急いで作り上げられたパラマウントピクチャーズのセットのように見えた。
町のあちらこちらを徘徊するフォトグラファー、テレビクルー、ジャーナリスト、ポリス、消防隊、見物人、24時間テレビの照明が当てられ、宇宙基地のように大きなパラボラアンテナがそこら中ににょきにょきと伸びている。
それはメディア同士が繰り広げる戦争であり、語弊はあるがお祭りであり、そして愛と平和のウッドストックのような野外イベントであった。
メディアの姿勢、報道ということ、オーストラリアのフォトジャーナリズムを担うトップフォトグラファーたちの仕事など、ここで学んだことはかなり大きかった。
いつ閉じ込められた二人が救出されるかまったく情報がなく、僕は約一週間ほとんど寝ることができなかった。
色々なドラマがあったが、この経験で僕が得た最も価値あることは「人々の祈りはエネルギーとなる」という非論理的な実感だった。
この小さな町では誰もが祈っていた。
信仰のある無しに関わらず。
誰しもが地下に閉じ込められた二人のことを四六時中考えていた。
オーストラリア中の人たちの祈りの矛先が間違いなくこの小さな町に向けられていた。
この町に入った途端、その人々の祈りがまるで磁場のように、地下のマグマのように、熱を伴ってそこに渦巻いているのを感じることが出来るのだ。
僕はこの理屈では説明できない力にとても驚き、そして純粋に感動した。
この世の中ではこういう事が起こりえるのかと。
人々は口々に「ミラクル」(奇跡)という言葉を発した。
何か話すたびに「ミラクルは起こる」というフレーズで話が結ばれるのだ。
普通に生活をしているとき、「ミラクル」などという言葉を耳にしたなら「ふん、なに子供みたいなこと言ってんだ」と吐き捨てるタイプの言葉だろうが、人びの祈りがメッカのカーバ神殿の周りを回るイスラム教徒のようにうねるこの小さな町では「ミラクル」という言葉ほど全ての人の気持ちを綺麗に代弁するものはないのだ。
あの場所では「ミラクル」という言葉が邪念に囚われず滲み込むように心に届き、それはより祈れば祈るほど、起こり得る可能性が高くなる実現可能な言葉だった。

体中にカメラ機材を巻きつけ、宿泊先のソファの上でうとうとしていた午前2時、ゲッティイメージズのフォトグラファーから電話がかかってきた。
「マナブ、起きろ!救出劇がはじまるぞ!」
金鉱の周りにはメディアは勿論、寝間着姿の町民たちが子供からお年寄りまで押し寄せた。
皆心はひとつだ。
救出の現場はメディアを代表する一人のフォトグラファーしか入れない。
現場で作業する人たちの集中力と安全を確保するためだ。
全てのメディアの期待を背負ってその大役をゲッティイメージズのフォトグラファーが果たした。
他のメディアのフォトグラファーはその現場の周辺の様子をカバーすることになる。
救出された作業員が乗せられた救急車が通ると人々から温かい歓声、拍手、鳴き声、笑い声、などが沸き起こる。
事故発生から2週間目の出来事だった。
救出劇が終わって空が明るくなってもその興奮は冷めず、パブや通りでは人々が笑い、酒を酌み交わす。
ワンコですらビールで盛り上がっていたようだ。











ミラクル、世界の人々が本気で、しかも一丸となって祈ればイラクの戦争も止めることができたのでは。
人々が本気でミラクルを信じれば、世界はもっと住みよい場所になるのでは。
人はこういうことを子供のように信じてしまってもいいのだと思う。












僕のブログに関して温かい応援の言葉をときどきメールでいただく。
Wさんは僕がブログをはじめてまだ間もない頃、とても温かい言葉で僕を応援してくれた。
今彼は窓のない無菌室で病気と戦っている。
僕は彼と一度も面識がないし、彼のことをよく知っている訳ではないが、彼のブログを通して彼の住む環境、お子さんのこと、親御さんのこと、近所の子供のこと、愛犬こと、物の見方、考え方にずっと触れてきた。
なので突然の病気に襲われた彼の気持ちを考えると本当に心が痛む。
人に身に起こる病に関して、いったい僕たちに何が出来るだろうか?
どんな言葉をかけようが痛みは消えず、悪い細胞の数を減らすことは出来ない。
しかし、しかしだ、彼のブログを通して、彼の心身の痛みに共感しているのは僕だけではないはず。
そう、僕と同じように多くの人たちが彼を思い祈っているはず。
皆、祈っているにきまってる。
みんな、みんな、奥さんも、子供も、愛犬も、近所のガキンチョも会社の人たちも、学生時代からの友人も、ブログを通じてWさんを知っている人も、みんな、みんな、祈っているはず。
この祈りは必ず届くのです。
あなたにはたくさん、たくさん、ミラクルが起こるんです。
ぜったい起こるので、安心して治療に専念してくださいね。
復活、待ってますよ!













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by somashiona | 2010-11-04 20:10 | 仕事

オーストラリアン・ラブラドゥードル「ワラタ通信」最終回




ワラタ通信最終回です。
ワラタがTLBC(タスマニアン・ラブラドゥードルズ・ブリーディング・センター)を去る前日の8月30日、この日のワラタは誕生81日目、体重5.2kg、体長は尻尾を入れず約45cm、高さは約42cmでした。
これと同じことが僕の身に起これば激太り、彼の身なら順調な成長ぶり、ということになるのです。
この日の主役はテザートレーニング中の子犬たち7匹、すべて翌日に日本、オランダ、シンガポールへと旅立つ子犬たちです。








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オーストラリア国内で飼われる子犬たちと違って、海外に旅立つ子犬たちはTLBCを離れてから飼い主のもとに届くまでの移動時間、突然多くの人、車、雑音、匂いなどにまみれ、クレートの中で長い時間を過ごすことになります。
なので、そういった環境の変化に子犬たちがストレスなく対応できるようクレート・トレーニング、テザー・トレーニング、リード・トレーニング、シティウォーク・トレーニング、パピー・ウィスパーリングを十分に行うのです。
これらのトレーニングはTLBCにとってかなり大きな負担となるのですが、これをしっかり行っているからこそ、海外からの子犬たちのオーダーが年々ものすごい勢いで増えているのだとポールは考えているようです。
今日はこの子たちが少しでも早く社会に順応するためのトレーニングであるシティウォーク・トレーニングを行う日。

ポールとリズの娘リサがワラタを優しく抱きかかえ、どこかに向かって歩き出します。








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ワラタは夢心地でニンマリ。
しかし、ワラタの幸せは長くは続きませんでした。
雨でもないのに大量のぬるま湯で体中びしょ濡れ、次の瞬間泡泡攻め、ショックを隠しきれないワラタ。








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バスタオルで体を拭かれている時もなにか納得できない表情。








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ちなみに僕の子供たちの愛犬アプリコットが我が家へやってきたとき、体を洗う時はいつも戦争でした。
なんとか逃げようともがくアプリコットを押さえつけながらのシャンプー合戦。
アプリコットと同じくらい子供たちも毎回びしょ濡れです。
なので大人しくシャンプーされているワラタをみて、僕は驚きました。
外に出ると、ポールが長いホースの付いた機械を持ってきます。
ワラタ、いや~な予感。








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ドライヤーの音に少し怯えるワラタ。
新しい首輪を付けてもらいました。
いい子にしていたことをポールやリサから褒められ、ワラタいい気分。
毛もフサフサになってぬいぐるみ状態。








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タスマニアは人口約48万人。
州都のホバートに約19万8千人、そして北の都ロンセストンは約9万人の人口です。
TLBCはロンセストンに近く、車を制限速度110km/hで走らせるて約30分の距離です。
ポールと僕は明日旅立つ7匹をワゴン車に乗せ、ロンセストンへ向かいました。
7匹の子犬たち、車から降り、慣れないリードを付けられ何だか落ち着かない様子。








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エレベータに乗るときは全員「嫌だ嫌だ!怖いよ怖いよ!」状態。








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にもかかわらず、繁華街に出た途端、「あれ、あれ、あれは何?これは何?うわっ、知らない人がたくさん、あら、いい匂い、あっちも、こっちも、、、」全員好奇心むき出し、体中からアンテナが飛び出ているようです。








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とにかく、どこを歩いても注目の的。
少し歩くたびに人が寄ってくる、寄ってくる、話しかけてくる、触ってくる。
子犬たちを連れて通りを歩くとセクシーウーマンとの出会いのチャンスがこんなにもあるのか!と白昼夢と闘いつつ、地面すれすれにカメラを這わせ、撮影しました。








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ワラタ、この日一日で何人ぐらいの人たちから頭を撫ぜられたことでしょう。
僕たちのアプリコットにはこういう経験がなかっただけに、ワラタのこういった時間をとても羨ましく思いました。
社会に順応するための最も大切な時期「クリティカルピリオド」にこういう経験をすることの大切さはこの日の撮影で十分に理解できました。
人も犬も多くの人から褒められ、触れられ、愛されれば愛されるほど豊かな心が育まれるのでしょう。
クリティカルピリオドをとっくの間に過ぎてしまった僕も、街に繰り出す頻度をもう少し増やそうかと思いました。


ポールと僕はロンセストンで犬たちの餌を買い、動物病院へ寄り、夕食をとってからTLBCに戻りました。
ポールと打ち合わせをして、予約していた宿にチェックインしたのは夜の9時半でしたが、ポールにはその後も6匹の子犬のシャンプー、クレートの掃除、生まれたばかりの子犬たちのチェック等、やることがまだまだ山積み。
ブリーダーの仕事、くどいようですが本当に大変です。
でも、ポールと夕食を取っているとき、「仕事以外で何をしている時が一番幸せなの?」と尋ねると、「やっぱり、結局、、、犬たちと過ごしている時間が一番幸せなんだよ」としみじみ言っていました。
犬も人間も、生き物の世話をするということは、結局おしっこ、うんち、食事、おしっこ、うんち、食事の繰り返しだと思うのです。
一日も欠かすことの出来ないそれらの作業をとことんやってもそれが好きと言える人は本物だと思います。
ポールは本物の愛犬家です。








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翌朝僕は5時に起床し、ホテルの部屋でタップリ朝食を食べてからTLBCへ向かいました。
運転席から右側へ目をやると、うっすらと雪を被ったベンローモンド山から朝日が輝き始めています。








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雨を含んだグレーの雲が広がっていますが、雨はまだ雲からこぼれ落ちていません。








約束通り、午前7時10分前にTLBCに到着するとリズはワラタともう一匹の子犬、今日オランダへ向かうラブラと遊んでいました。








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すでにこの日の朝5時に3匹の子犬たちをリズは空港へ送り届けていたのです。
この3匹はシンガポールへ旅立ちました。
ラブラとワラタを車に乗せる時間です。








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クレートに入る瞬間、ワラタが見たこのTLBCの風景、たぶんもう二度と見ることはないのでしょう。しっかりと彼の記憶に刻み込まれたでしょうか?








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ロンセストン空港に到着しました。








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航空便を扱う会社は空港のメインエントランスの裏にあります。
空港内のこういう場所に来るのは僕もはじめてで、普通は撮影禁止エリアです。
ワラタのタスマニア最後の姿を見届けるには僕もこの航空便を扱う会社の荷物受付口に入らないといけません。
正式な許可証を申請して断られてしまうとそれでおしまいなので、ワラタを受け渡す直前に係の人に口頭で僕のことを伝えようと前日、ポールとリズそして僕の3人で相談していました。
この日の朝5時にリズが係の人に僕の説明をしてもらい、プライベートな写真であるということ、滑走路、及び荷物が運びだされる場所にはレンズを向けないこと(セキュリティ上の問題)を約束して、中に入る許可証を即日もらいました。
もちろんポールやリズが係員と親しいため成立することであって、僕が直接許可証をもらおうとしたのなら時間がかかったでしょう。
中に入れなかった可能性も大です。
こういうところは、タスマニアならではの(田舎ならではの)「いい加減さ」なのです。
この「いい加減さ」イライラする時もあれば、今回のように大助かりの時もあります。
クレートを開けるとワラタは「う~ん、やっと開けてもらえた」と言わんばかりに伸びをしています。








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いやいや、ワラタ、君の長い旅はこれからなんだよ。
空港での書類関係の手続きはリズの仕事。
不備がないようにてきぱきと仕事をこなしていきます。








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こうしている間にも犬を持ち込む人、小包を持ち込む人など、人がどんどん増えていきます。
お別れの時が近づきます。
ポール、リズ、ワラタやラブラに最後の抱擁を。
おそらく、もう二度と会うことはないでしょう。








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ポールとリズの二人にとって、この瞬間は役目を果たしホッとする瞬間であり、寂しさを感じる瞬間でもあるでしょう。
ワラタと短い付き合いの僕でさえそう感じるのですから。
さあ、いよいよワラタをクレートに入れなければなりません。
ポールは一つ一つの手順を確認するように、ワラタをクレートに入れます。








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僕もクレートの横にカメラを置いて、ワラタにサヨナラを言わなければなりません。
「ワラタ、元気でな」と言ってクレートに指を差しこむと、ワラタは嬉しそうにペロペロと指先を舐め応えてくれます。
クレート越しにワラタを撮ります。
ここで、僕の今回の仕事は終了しました。








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ワラタを大切にしてあげてください。
彼はとってもいい子です。



今回の仕事、とても楽しませてもらいました。
よい機会をいただいて、本当に嬉しかったです。


日本でのワラタの様子、ぜひ写真に撮って送ってください。
ポールやリズも楽しみにしているはずです。
写真にワラタと一緒のお二人の姿を入れるのをお忘れなく!

これからは「ワラタ通信日本版」ですね。
楽しみにしていますよ。

今回は本当にありがとうございました。


マナブ



















今回の仕事、一匹のワンコを通して色々なものを見せてもらった。
「人の幸せってなんだろう?」ということは僕がいつも考えるメインテーマなのだけど、今回は「ペットとしての犬の幸せってなんだろう?」を何度も考えた。
小さな疑問が沸き起こるたびにラブラドゥードルのスペシャリスト、そしてご自身もラブラドゥードルのブリーダーである「オーストラリアン ラブラドゥードルのいる生活 Labradoodle Paradise」を運営している阪上恭子スタームさんに質問をぶつけた。
疑問が起こると前に進めない面倒な性格なのだ。
面識もない僕からのぶしつけな質問にも関わらず、恭子さんはとても丁寧かつ熱心に僕の疑問に答えてくれた。
彼女の答えの根底にあるのはいつだって「何がこの子たち(犬たち)にとって一番いいことなのか」ということで、面倒な問題もそこを踏み外さなければ正しい答えが見えるのだという考え方に(僕の勝手な解釈です)、僕はある種の感動をおぼえた。
そしてこのことはブリーダーのポールも、そしてワラタを迎え入れるM.Sさん、T.Iさんもまったく同じだった。
今回僕が学んだ公式はこうだ。



愛犬にとって何が一番幸せかを考える 
→ 食、環境、社会、飼い主の時間管理も考えるようになる 
→ 愛犬が活き活きと健康で幸せに過ごす 
→ うんち、しっこ、ごはんを通して自分を犠牲にすることもおぼえる
→ 言葉さえ通じない愛犬の幸せを感じられる幸せな人間になる
→ ああ、愛犬のいる生活ってなんていいのだろう、と思う。

え、全然公式になってない?
まとめにもなってない?
言わんとしていることはわかるよね?

3回にわたる「ワラタ通信」、お付き合いいただいてありがとう!
で、いつ「プロの写真は違うなぁ」な一枚を見せてくれるの?とか言わないようにお願いします。

あ、そうそう、今は日本にいるワラタ、順調に成長し、体重も13kgを超えたそうです。
















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by somashiona | 2010-11-02 19:37 | 仕事

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