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これぞ、まさしく、内面を写す写真



オーストラリアでは体の調子が悪くなると、それが例え皮膚のぶつぶつでも、お腹のゴロゴロでも、目の痒い痒いでも、通常GP(General Practitioner)と呼ばれる開業医のところへ行く。
殆どの人はかかりつけのGPというものを持っていて、何度も同じドクターに診てもらっていると、ドクターの方も患者の性格や持病がわかっていて話がスムースだ。
しかし、僕のようにいつも原因不明の痛みや具合の悪さを抱えGPに泣きつく患者はGPも嫌がるし、僕も原因にたどり着くまで不調を抱え、あっち、こっちをたらい回しにされることになる。



例えば、「腰が痛いんでけど」とGPでドクターにいえば、たいていは「まあ、少しゆっくりしなさい」とか「あまり歩きまわらないようにして、しばらく様子を見ましょう」と言われ、そのへんのスーパーで簡単に手に入るような痛み止めの薬の処方箋を書いてもらう。
処方箋を持ってくすり屋へ行き、薬を買う。
次の週にまたドクターに会い僕はこう言うだろう「先生、一週間前とまったく状況は同じです」と。
するとドクターはたぶんこう言うだろう「とりあえず、もう一週間様子を見てみましょう」と。
2週間後、僕はまた同じ台詞を繰り返し、やっとドクターはレントゲン技師への紹介状を書いてくれる。
まったく別の場所にあるレントゲン技師へ電話をしアポイントメントを取る。
たいていは2,3日後、遅くて1週間後だ。
レントゲンを撮った後、大きな封筒の中に入ったレントゲン写真を自分で持って約3日から一週間後にGPへ行き、ドクターからレントゲンの結果を聞く。
この時点で痛みが発生してから約3週間は経過している。
レントゲンを天井にある蛍光灯の光にかざしてドクターはいう「おかしいですね、これといった原因がレントゲンからは見つからないんですよ。もう少し詳しい情報が知りたいので次はCTスキャンを撮ってください」
2、3日後にCTを撮り、またしても3日くらいたってからGPのドクターに会い、自分で持ってきたCTスキャンのネガ見せるとこう言われる「う~ん、骨盤のあたりの骨が随分圧迫されているようですねぇ。私には何も出来ないので、とりあえずフィジオセラピスト(理学療法士)に会いなさい」と。
おい、ちょっと待った!第一週目にこう言ってくれれば話は早かっただろ!
本当の戦いは、ここからはじまる。
ドクターは紹介状を書いてくれるが、アポイントがとれるまで2、3週間待つのは当たり前。
運良く2週間後にフィジオセラピストに会えたとしても、10分くらい話をして、さらに10分くらい背中やお尻を押し、「じゃあ、3日後の同じ時間にもう一度来て下さい」と診療所から追い出される。
3日ごとに同じことをされるが、ほとんど腰の状態に進展がないまま時だけが過ぎていく。
待合室で死ぬほど待たせれるのは頭にくるが、日本の総合病院の素晴らしさオーストラリアでしみじみと思い出す。



今大問題の原発に関連して放射能汚染に関する記事や専門家の意見をたくさんネットで読んだ。
読んでも、読んでも、僕には今の福島の原発の状態が本当はどれくらい危険なのか判断できないが、少なくても、僕がレントゲンやCTスキャンを撮られるたびに、どれくらいの量の放射線を浴びるかということはよく分った。
レントゲンならまだしも、CTスキャンの時に浴びる放射線の量はかなり多い。
しかも、僕はそれを年間、何度も、何度も撮られている。
まるでレントゲンやCTスキャン専門のモデルのようだ。
これは、ちょっと専門的な言い方をすれば「外部被ばく」と言えないでもない。(え、大袈裟?)
あまりにも何度もレントゲンやCTスキャンを経験しているので、僕はあのレントゲンを撮るときの冷たい板に胸を当てる瞬間や、高級なベッドのようなCTスキャンの機械に横たわり、ドーナツのような輪の中にゆっくりと運ばれるたび、すぐさま心地良い睡魔に襲われる瞬間が好きと言ってもいいくらいのレベルまで来ている。
「は~い、動かないで~、息を止めて~」という声はララバイだ。
見えない放射線が僕の身体に振りかかる時のあの「カチッ、カチッ」という不気味な音がまたいい。
僕は昔放射線治療を受けていた時期があるが、あの時のマジックで線を書かれた自分の体に振りかかる薄い青色のライトが体内の細胞を静かに焼き尽くす不気味さと、あの現像液のような独特の匂いが、今もなお、強烈な印象となって残っている。
あの時感じたのは、目に見えないものへの恐怖だ。
今福島やその周辺の人たちが味わっているのも、あの目に見えない恐怖なのだろう。



思い立って、タスマニアに来てから撮ったレントゲンやCTスキャンのネガフィルムがまだあるかどうか、部屋の中を探してみた。
すると、出てくる、出てくる。
Macのモニターにそれらを貼りつけて、しげしげと眺めてみると、これがなかなか美しい。
体を張って撮ってもらった写真だけあり、それはまるでアートのような出来だ。
ポートレイトを撮るとき、被写体の内面まで見えるような写真を撮ろうなどと、思ったことは一度もない。
僕にはこう見えました、これが僕の感じたあなたの魅力です、と言える一瞬を撮るので精一杯だ。
でも、僕の身体のレントゲン写真やCTスキャンはまさに、まぎれもなく、僕の内面を撮っている。
僕の腹の周りに余分な肉が付いていようが、肌の血色が悪かろうが、タレ目であろうが、ましてや腹黒い人間であろうとなかろうと、レントゲンやCTが写し出しているのは人間の中身である骨や内臓だ。
美人もハンサム君もレントゲンやCTでその体を撮れば、僕とたいして変わりはない。
黄色人種も白人も黒人も、みんな本質は一緒なんだと、あたりまえの事を思ってしまう。
人の本質を撮るのなら、レントゲン技師には到底敵いそうもない。
















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注)万が一、大変なものを見つけてしまったドクターがいましたら、僕を怖がらせないようにご一報よろしくお願いします。








一日も早く被災地の方々や原発問題で苦しむ皆さんに平穏が訪れますように。
I love my country, I love my people.


















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by somashiona | 2011-03-31 05:45 | 人・ストーリー

こんな時だから、自分で考えてみよう




実は、2月末に腰を壊してしまい、それから3週間まったく働けなかった。
よし、いい機会だ、本をたっぷり読もう、と思っていたが一度切れた緊張の糸はゆらゆらと風に揺れるばかりで、どうしても何かしようという気になれず、ほとんどの時間を蝉の幼虫の抜け殻のようにベッドやソファでじっとしてすごした。
そして、あの地震。
あの地震が起きてから2日間はテレビにかじりつき、その後はネットで原発による危険性が本当はどれくらいのものなのかという情報をとり憑かれたように追いかけ続けた。
きっとたくさんの人たちが同じようなことをしていたのではないだろうか。
自分も含め、多くの人たちは少しメディアやネットからの情報と距離をおくべきなのではという気がする。
オーストラリアに住んでいてさえ、毎日これだけたくさんの地震や原発関係の情報に触れるのだから、日本に住んでいる人たちが目や耳にする情報の数はハンパじゃないだろう。
くだらない、と言いながらもテレビのスイッチをオンにしていれば、それはテレビ局に貢献することになるしおまけに電気の無駄使いだ。
インターネットで情報や映像を追いかけるのを1週間やめれば、それは節電として本当の意味で被災地に貢献できるだろう。
いったん全ての情報から離れ、自分の中で整理する時間が必要なのでは?
正直言って、何をしていても、考えは知らず知らずのうちに地震や原発に向かって進む。
ブログにしてもそうだ。
今の日本の状況に関連しない話などしてはいけないような気持ちになってしまう。
ハッピーな話、楽しい話などしたら苦しんでいる人たちに背を向けているような気持ちになってしまう。
そう思うべきではないと分かってはいるのだけど。
僕は今、タスマニアに住み普通の暮らしをしている。
取材の依頼で現地に入る予定もなく、放射能に関する多くの意見を聞いたところで、僕は専門家じゃないのでどの意見を信じていいのかわからない。
タスマニアの友人たちは「どうして危険が迫っているのに人々は逃げないんだ。東電や政府の話を信じた挙句にあんな目にあっているのに、まさか、まだ彼らのいうことを信じているんじゃないだろうね」と素朴な疑問を僕に投げかける。
僕の前の妻と電話で話しているとき彼女はこう言った「私が子供たちとまだ東京に住んでいたら、迷うことなく遠くに逃げるか、国内から出る」と。
きちんとした情報を把握していないからそんなことを言うんだ、みんながそうしたら日本はパニックになってしまうだろう、というと「あなたは自分の子供達が危険にさらされているのに、本当か嘘か分からない情報や日本のみんながどうするかを気にするのか?」と詰め寄られる。
日本に10年以上住んでいた彼女ですら、日本政府からの情報は信じられないらしい。
同じことがオーストラリアで起こったなら、政府が何を言おうと多くの人たちは自分の判断で逃げてしまう気がする。
国の方針や世の中の意見に従順に従う日本人の国民性は素晴らしくもあり、大きな危険性も孕んでいる。
でも、もし僕が東京や福島の周辺に住んでいたなら、逃げずに国の指示に従うかもしれない。
子供たちにも「いいかい、僕たちは皆同じ船に乗っているんだ。みんなで一緒にこの危機を乗り切ろう」と言い出しかねない気がする。
インテリジェンスな判断より、最終的には自分の持つ血の判断に気持ちが偏りそうになるなんて、まさしく世界大戦に突入していく頃の日本人のメンタリティと同じじゃないか。
でも、冷たい床の上で震える夜を過している人がまだまだたくさんいるのに、その人たちを置いて自分だけ逃げ出す気持ちになれるだろうか?
誰かが残って戦わなくてはならないとき、その誰かは僕ではないんだ、と自分や子供たちに言えるだろうか?
人はそういう状況に追い込まれたとき、自分を犠牲にしてでも誰かの為に何かをしようという強い気持ちが沸き起こるものだと思う。
僕はキレイごとを言っているのだろうか?

子供を巻き込んでまで、最終的には危険な判断をしてしまいそうな自分が少し怖くなる。

こういうことが起こった時こそ、決して人ごとではなく、自分ならどうするかをしっかりと考えてみたい。










今日の写真は昨夜ホバートの街を歩きながら撮ったスナップ。
毎日が節電状態のホバート、街の中心部にもかかわらず、夜の街には人がいず、ただただ暗い。
カメラを持って行っても使わないだろう、と思いきや、意外にも、のめり込んでシャッターを切った。
夜の街はどういうわけか、昼間には見せない人格のようなものを少しだけ見せてくれている気がした。
ひっそりとした通りには、哀愁すら感じる。
残念ながらこの日はEos 30Dと手ぶれ補正のないシグマのズームレンズでの手持ち撮影だったので、出来ることに限りがあった。
今度は7Dと手ブレ補正レンズで臨みたい。
というか、三脚を使ってバシッとキメるべきかも。















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by somashiona | 2011-03-29 19:22 | デジタル

こんな時には、松山千春




僕は中学の数年間を北海度、十勝の池田町という街ですごした。
ちょうどこの頃、同じ十勝出身の松山千春が全盛期で、とにかく聞いている曲はいつも松山千春かディープ・パープルだった。
あれから長い年月が経ち、海外で暮らす僕が心によりどころを求めるようなとき、頭の中に流れる曲はハイウェイスターやスモーク・オン・ザ・ウォーターではなく、やっぱり松山千春なのだ。
「ちくしょー、負けるもんかー」と思うとき、頭の中から聞こえる僕のテーマソングは「大空と大地の中で」だ。
この曲、北海道で育った人間にはとくに沁みる歌だ。


♬こごえた両手に息をふきかけて しばれた身体をあたためて♫

♫生きることがつらいとか 苦しいだとか言う前に 野に育つ花ならば 力の限り生きてやれ♫



べたべたの、べただって絶対言われるに決まってるけど、やっぱりこんな時は、松山千春なのです。
さあ、みなさん、きれいな心で、正座して聞きましょう。


















僕の住む家はホバートの港から3kmくらいのところにあると思う。
僕は暇さえあればこの窓から雲を写している。
雲を撮っていると、何故か心が落ち着くのだ。
もし、東日本大震災と同じ規模の津波が来たのなら、僕の住む場所も含め、この窓から見えているこの美しいすべての景色が根こそぎ流されてしまうのだ。
なんて悲しいことなんだろう。
かたちあるものは全ていつか無くなるとしても、あんまりだ。
今日の写真は3月2日にホバートの上空に浮かんだ雲。
世界で一番空気のきれいな島に浮かんだ雲。










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by somashiona | 2011-03-22 17:48 | デジタル

豚は飛べる マナブは考える











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地球は平(たいら)( Earth is flat )
豚は飛べる ( Pigs can fly )
そして、原子力は安全 ( & Nuclear Power is safe)









タスマニアに住むようになってすぐ友だちからもらったTシャツで、気に入っていたのでよく着ていた。
「豚は飛べる」のとっぴいなフレーズが眼を引くのか、これを着ていると多くの人が僕の前で立ち止まり、最期まで読むと、やれやれ、といった感じで笑った。
でも、もし僕が、いまこれを着て外を歩いても、誰も、やれやれ、といった感じで笑わないだろう。

石炭や石油などの地下資源に頼るエネルギーは限りがあるし、火力発電は二酸化炭素をどんどん増やし、水力発電は豊かな自然に爪痕を残す。
風力発電は日本中が白いプロペラだらけにならないと間に合いそうもないし、太陽電池では夜になると何もできなくなってしまう。
アバターの惑星に新しいエネルギーを求めに行けば反乱が起こるし、、、。
エネルギー問題はまったく難しい。
原子力発電所の計画が持ち上がると、予定地となる村や町では賛成派、反対派の壮絶なバトルがはじまる。
そういう状況をめぐって世論も少しは動くが、しかし、結局はいつもお金でかたがつく。
子供たちの未来や地球の健康より、それによって今自分たちがどれだけ潤うかという欲が様々危険性や心配を跳ね除ける。
東京電力や政府が今回のことでたくさん非難されているが、原発を許したのは結局国民だ。
別に自分の住んでいるところにできるわけじゃないし、科学者たちが絶対に安全だって言ってるんだから、いいんじゃない、だって、他に解決策がないじゃない、などなど、政治や自然環境に対する無関心さが招いた悲劇だと思う。
考えない習性がついてしまった僕たちは、原発が地球はたいらとか、豚が飛べるなどという馬鹿げた話と同じレベルの問題だったということに気がつかなかったのかもしれない。
もちろん、結果論になるが。

願わくば、今回のことが転機となって、今まで世界中のどこの国にもなかったまったく新しい考え方のエネルギー対策が日本から生まれることを期待したい。
日本にある全ての建物の屋根やビルの屋上にはソーラーパネルを取り付けるという法律ができるとか、一家に一台エクササイズで使うような自転車こぎマシーンが設置され、成人一人当たり一日500ワットの自己発電が義務化されるとか(健康にもいいので大幅な医療費の節約になる)、ドッグランの柵の中には犬が走ると電力が発生する装置が設置され、たくさん犬を飼えば飼うほど毎月の電気代が節約できるとか、発電マットなるものが開発され、男女の夜の営みでベッドがきしめばきしむほど、毎月の電気代が節約されるだけでなく、少子化問題も同時に解決されるとか、、、。
(はい、自分の発想の乏しさに、書いていて悲しくなってしまいます)

これからのエネルギーは一箇所集中型ではなく、この小さな島国にこれだけの人口を抱えることを利用して、個人個人が発電するというシステムを作れないものか?

とにかく、崖っぷちに立つといつも力を発揮する日本人。
世界がiPadやゲームや3Dテレビで浮かれているとき、もっと生きる根源につながる、あっと驚くモノを作ってしまうに違いない。









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by somashiona | 2011-03-21 19:14 | デジタル

東日本大震災について思うこと





本を読んでいるうちにソファで眠りこけてしまった僕は突然の電話の音で飛び起きた。
携帯に耳を当てると、友だちが興奮した声でこう言った。
「テレビ観てる?!日本が大変なことになっている、早くテレビを観て!」
「わかった」といって僕は電話を切り、寝ぼけ眼でパソコンに繋げるデジタルテレビ用のケーブルを探した。
家にあったテレビは捨ててしまったので、テレビを観たいときはこうやっていちいちパソコンにケーブルを繋げるのだ。
チャンネルを選ぶまでもなく、ジャパン アースクエイクという大きな文字が眼に飛び込み、家の屋根や木材、そして車などを飲み込んだ真っ黒な波が生き物のように地面を這う映像が流れてきた。
ちょうど数日前にクリント・イーストウッドが監督した「Hereafter」という映画を観たばかりで、その映画の冒頭は強大な津波がヒロインを飲み込むとてもリアルな映像だった。
まだ半分眠りの中にあった僕の頭は、この映像があの映画の続きなのか、それとも新しい映画の宣伝か何かなのか、状況を飲み込めずにしばらくパソコンの画面を眺めていた。
ソファの横においてあった飲みかけの冷えたコーヒーを飲んで、頭がスッキリとしてくるにしたがって、画面に流れている映像の意味を理解し、鳥肌がたった。
それから2日間、僕はほとんどテレビにかじりついていた。
どうしてなのか分からないが、僕はカメラを手にテレビを観ていた。
この状況をカメラに収めなければ、という切実な思いがあった。
それがパソコンの画面から流れる映像だということに気がつかないかのように、僕はパソコンの画面を撮り続けた。
なぜなら、この映像こそが僕が体験した東日本大震災なのだから。
そして、その2日間はスカイプも電話も通じず、母親とも妹とも連絡が取れなかった。

このブログを続けるにあたって、今回の東日本大震災に触れないわけにはいかない。
あまりにも様々な思いが心の中を交差し、この震災をどう捉えていいのかわからず、今までブログを更新できずにいた。
世界中で毎日のように尊い命が奪われている。
悲惨な事故、殺人、自爆テロ、ジェノサイド、戦争、そういったものは僕たちに悲しみだけでなく、憎しみや恨みつらみといった感情を起こさせる。
たぶん、怒りの矛先をぶつける対象があるからだろう。
しかし、自然災害は違う。
押し寄せる波に「馬鹿野郎、大馬鹿野郎、日本のあの美しい風景を返してくれ!僕の大切な人たちを返してくれ!」と叫んだところで、昨日何万の命を奪ったことなど忘れたかのように、波は静かな音を立てて浜辺に打ち寄せるだけだろう。
自然災害はどうしょうもない悲しみや無力感を僕たちに叩きつけるが、同時に自然の驚異、人間が地球の中でちっぽけな存在であること、そしてそこから何かを学ばなくてはいけないことを思い出させてくれる。

海外から自分の国である日本を眺めていると、ここ数年の日本がどんなに危うい状態なのかがよくわかる。
それは経済的なことばかりではなく、一言でいえば日本人のメンタリティのようなものがなによりも危ういと感じていた。
不謹慎な言い方だけど、日本は一度どん底に落ちないと本当の意味で立ち上がることは出来ないだろうと僕は個人的に思っていた。
一度ゼロに戻って、他の国にはない新しい基準やスタイルを確立するしかないのでは、と思っていた。
今回の地震と津波、そして原発事故のような犠牲者を出すリセットのしかたはもちろん想像もしていなかったが、でも、この多大な犠牲を日本が再び立ち上がるバネにしないでいったいどうするんだ、という気持ちは押さえられない。
今日本では節電や停電などで多くの人たちが不自由な思いをしているだろう。
ここタスマニアでは寒くなれば多くの人が家の中でジャケットをはおり、毛糸の帽子を被って過ごす。
多くの人が住む住宅街でも夜になると足元が見えないほど暗い。
勿論、道路にはほとんど街灯のようなものがなく、街から離れた場所で夜ヘッドライトを消して運転すれば、まるで宇宙の中を漂っているような体験ができる。
多くの人が資源というものには限りがあるのだと自覚し、少しでも自然にインパクトのない暮らしを心がける。
夜7時になればほとんどの店はシャッターを下ろし、人々は家族や大切な人たちを時間を共に過ごす。
この感覚に慣れた僕は日本に帰国するたび、あのエネルギーの無駄使いや立ち止まって足元を見るヒマもない日本の時間の流れに閉口してしまう。
昨日友人が真っ暗な東京の街の中の写真を送ってくれた。
なんとも不思議な光景だった。
こんな東京の姿、僕は一度だって見たことがなかった。
でもそれは落ち着いた趣きで、不思議と綺麗だと思った。
こういう日が時々東京にあれば、きっと良いことがたくさん起こるに違いない、という気さえした。
あの悲惨な映像を見て、不安な夜を共有して、日本人の気持ちは今、今までかつてないほど一つになっているのではないか。
「なにかしないと」「何が出来る」と誰もが落ち着きなく考えているのではないか。
多くの日本人が今、他の誰かの気持ちを思いやり、痛みや辛さを自分のことのように受け止めているのではないか。
命あることに感謝すること、人のために何かをしようと思うこと、自然をリスペクトすること、実際に有益な行動を起こすこと、そういう気持ちが長く続き、そういう大人たちを子どもたちが見て育っていけば、日本は前よりもずっといい国になると思う。

海外で暮らす僕はこの震災に関して日本に住んでいる人には体験できない貴重な体験を日々している。
あの震災が起こって以来、今まで何人の人たちからメールや電話をもらっただろう。
会う人、会う人が僕にまったく同じことを訊ねる。
「マナブ、日本の家族は大丈夫か?友達とは連絡が取れているか?本当に大変なことになったね。君の国や日本の人たちのために祈るからね」
本当に誰しもそう声をかけてくれる。
時には道を歩いていると、知らない人に呼び止められ、「日本人か?」と聞かれ、そうだと答えると、「今晩、君の国の人達の為にキャンドルを灯すからね」と言ってくれたりする。
ああ、僕たち日本人というのは、なんて多くの人から愛されているんだろう、と実感する。
戦争や国際問題が起こるたびに日本は大金を払ってきた。
人はよこさず、お金だけ払う、みたいなイメージがなきにしもあらずだったが、でも、日本は常に多くの国に手を差し伸べてきた。
この震災が起きてから各国の首脳たちはほとんど同じことを言ってくれた、「僕たちは日本のためにどんなことでもするよ」と。
名前は忘れてしまったが、韓国人の国連事務総長の日本への言葉にも僕は感動してしまった。
僕たちは多くの国から今注目され、見守られている。
暴動や略奪がないこと、激しい揺れの中、身を呈して商品棚を押さえるパートタイムのスタッフ、交通昨日が麻痺し不便を強いられても文句を言ったり、取り乱したりしない人たち、食料を配られるとき奪い合いにならない避難所の人たち、こういったことは海外では本当に驚異だ。
テレビで日本の地震に関するオーソリティの学者がこう言う、「皆さん、日本人というのは学校に通っている時から地震の際の避難訓練をしっかりと受けているのです。なので、揺れを感じたら机の下にもぐるとか、指定された避難所へ列になって移動するなどといった行動を冷静にとることができるのです」と。
こういうことに、海外の人はとても驚くのだ。
地震の避難訓練を年に一度行う国など世界にはそうそうない。
君の国は本当にすごいよね、と多くの人から言われる。
そう、日本人は実はすごいのだ。
日本人の優秀さ、勤勉さ、そして底力をもっと、もっと見せて欲しい。
まずは金銭的な援助を、そして時が来たら積極的にボランティア活動にも個人で、グループで、企業ぐるみでも参加して欲しい。
実際に自分の身を捧げてみないと分からないこと、気付かないことが世の中にはたくさんあるし、そこで気づいたことは必ず仕事や人生を豊かなものにしてくれると思う。
そして、こういう人々の協力の輪は必ず波紋のように外へ、外へ広がるだろう。
自分が参加することによって自分の住む町内のこと、地域のこと、市町村や道府県のこと、そして政治にも参加する流れにつながるかもしれない。
人ごとでなく、一人ひとりが考え、世の中を変えていこうとするムーブメントが起こるかもしれない。
くどいようだが、これだけの悲しい犠牲を出したこの天災をどうかチャンスに変えて欲しい。

最後にもう一つだけ言いたい。
僕は2日間テレビにかじりついたが、3日目からほとんど観なくなった。
民放ではたぶん一番人気のWINという放送局のリポーターが被災地に入り、悲惨な状況を語る。
片方の手をジーンズのポケットに突っ込みながらマイク片手に打ちひしがれた人々を追いかける。
BGMはもっともらしいメローな曲が流れる。
僕も仕事で経験があるが、テレビはこういう出来事をとことんエンターテイメントとして扱う。
フォトジャーナリズムをかばう訳ではないが、事件、事故の現場でテレビがやることは呆れるくらい作り物だ。
フォトグラファーたちは呆れ顔でテレビの仕事を眺める。
とくに有名なリポーターやアンカーマンが直接現場に入ったときは、ほとんどセットを組んだ映画のようになる。
どんなに深刻ぶった顔で話をしようが、悲しげな表情で語りかけようが、それは視聴率のためだ。
昨日のロイター通信が東京を写した映像でさえ「放射能汚染を恐れた東京の人たちは皆家の中に閉じこもり、街はまるでゴーストタウンのようだ」などと言っている。
もちろん全てではないが、多くのメディアの情報は嘘にまみれている。
NHKのラジオで必要な情報だけ入手し、後はテレビのスイッチを切って、奥さんや子供たち、恋人や友人と話をしたり、読書に時間をさいてはどうだろう。
蝋燭の火を囲んでする会話はいつもと少し違うはずだし、テントの中で本を読むように、頭にヘッドランプをつけて読む本は集中力も増すというものだ。

原発についても情報は真っ二つに別れ、多くの人が不安に慄いていると思う。
僕が子どもと一緒にあの周辺で暮らしていたのなら、その不安は半端じゃないだろう。
こんなときにいい加減な情報を流すジャーナリストや専門家と言われる人たちは、彼らの情報がまったく間違っていたと後でわかれば、罪を受ける対象になるべきではないかと思う。
言論の自由と言ってしまえばそれまでだが、こういう時の間違った情報は、嘆き悲しむ人たち、悲惨な場面を追いかけわますテレビカメラと同じようにたちが悪い。
正しく、はっきりとした情報をわかり易く、一元化することはできないのだろうか?
寄付も色々なところで立ち上がっているが、「全ての寄付は赤十字へ」というふうにしたほうがたまったお金を早く計画立てて使えて良いのではないか?
僕はオーストラリアン・レッドクロス(オーストラリア赤十字)へ寄付した。
会う人、会う人に「お願い、寄付してね」と言っている。
これが今僕ができる唯一のことだ。


黒船、戦後の復興、日本は危機に直面するたびパワーアップして蘇る民族だ。
かなり長い間、日本は本当の危機に直面していなかった。
(直面しているのに実感が持てなかった)
日本の皆さん、どうか頑張ってほしい。
力を合わせてこの危機を乗り越えて欲しい。


東日本大震災の犠牲者の方々に心よりお見舞い、お悔やみ申し上げます。




















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by somashiona | 2011-03-18 22:02 | デジタル

「罪と罰」は子供が読むべき本か?





子供とお年寄りは、代わり映えない毎日の中からきらめくダイヤ、とは言わぬが、綺麗な石を見つける達人だ。
些細なことを見つけてはニコニコと笑い、その心が次の些細な幸せを見つける動力となる。
子供と老人のその能力は、ひょっとすると両者が命の重さを身を持って経験した存在だから持ち得るのかもしれない。
子供は生命の誕生を経験してからまだ日が浅いし、老人は生命の終りを肌で感じているから。
そんな彼らが読むべき本は上質な児童文学なのだろう。


ミモちゃんのママは文学を深く勉強している人なので、彼女のまわりは良い本で溢れている。
子供のあの感性に上質のストーリーが与える影響は多大だろう。
僕は子供の頃、児童文学なるものにまったく触れずに育った。
本好きの友人たちを眺めると、統計的に親が本好きであることが多い。
僕の場合は両親とも本を読まない人だった。
本を読まない少年の頃の僕にとって、図書室というのは、極めて異質な空間だった。
そして、そんな異質な空間に好んで足を運び、友達とドッチボールやプロレスごっこなどせず一人で本を読む生徒たちは、僕にはほとんど宇宙人的存在だ。
でも、今思えば、彼らの心の中の宇宙は、僕のものより遥かにだだっ広かったのだろう。
そんな僕だが心だけは異常に多感で、かなりおませだった。
子供ながらに、僕はいつもいろんなコトに悩み、とても苦しかった。


小学校の5、6年の頃、図書室で「罪と罰」を見つけた。
ドストエフスキーのことなどもちろん知らなかったが、多感な僕にそのタイトルが魅力的だったので手にとったのだろう。
「罪と罰」を家に持ち帰り、全て読んだ。
長い物語のはずだけど、僕の借りた「罪と罰」は一冊の、しかもそんなに分厚い本ではなかった。
たぶん子供用に編集されたバージョンだったのかもしれない。
長い間、「罪と罰」のストーリーをまったく思い出せないでいた。
僕の記憶に残ったのは、苦しみを抱え、熱に犯されながらただただロシアの地をさまよう主人公のラスコーリニコフが見たであろう自分の足元と、金貸しの老婆を殺す場面だけ。
大切な登場人物であるソーニャや主人公を追い詰めるポルフィーリイ、そして僕が最も気になった人物スヴィドリガイロフなどは驚いたことにまったく記憶にない。


昨年、ロシア文学のあの重たい気分に浸りたくて日本を訪れたときに「罪と罰」を買った。
上・下巻、改行箇所が少なく文字がぎっしり、しかも読みにくい文体でもともと本を読むのが遅い僕にはかなり堪える本だった。
この本の中で語られるすべての言葉に無駄がなく、すべての言葉が深い意味を持っていた。
登場人物一人ひとりが大切な役どころで、一人ひとりが人間の象徴だ。
読んでいる間も、読んだ後も、考えに考え、打ちひしがれ、ひれ伏した。
一人の人間がこんなに凄い物語を創りえることに感動した。
この本が長い間世界中の多くの人たちに読まれ続けている理由が納得出来る。
昨年読んだ本の中では間違いなくナンバーワンだ。
(ちなみにナンバー2はジョン・アーヴィングの「サイダーハウスルール」、昨年は彼の長編をたくさん読んだ)


しかし、「罪と罰」を読んだ後、しばらくたって僕は考えた。
この年齢になっても傷口に塩を塗り込めれるような感覚がするあの内容、多感な時期の僕にはかなりの衝撃だったに違いない。
ひょっとして、僕はある種のトラウマを持ってしまったのではないか?
少年の頃、あの本を読んで以来、ことあるごとに老婆が殺されるシーン、殺しに行くラスコーリニコフの足取りが、まるで自分が経験したことのように蘇り、心臓がドキドキする。
あたかも自分が老婆を殺してしまったかのように、、、。


そう考えると、あの本が小学校の図書館に置いてあることの意味を考えてしまう。
児童文学って、子供に生きることの素晴らしさ、夢、希望を持つことの尊さ、勇気を持って行動することの大切さを教えるものなのでは、、、。
いや、今でも主人公の精神状態まで感じられるほどの衝撃を残したのだから、それなりの意味があったのでは、、、。


「罪と罰」あと3、4回読んだらその意味がわかるかもしれないが、少なくともソーマにはまだオススメできないなぁ。
皆さんは、どう?










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by somashiona | 2011-03-10 08:34 | デジタル

結婚一周年、おめでとうございます!




ご存知のとおり、オーストラリアでは離婚も多いが、再婚も多い。
また、結婚するしないの概念にとらわれない「パートナー」という関係のカップルが実に多く、別れを経験した男女は積極的に次の出会いを求めミツバチのように野原を飛び回る。
この愛する相手を求める活動に「もう年(とし)だし」とか「別れたばかりだし」や「子どもがまだ小さいし」ましてや「経済力がないし」などといった諸般の事情はまったく関係ない。
50歳でも、70歳でも、生きている限りは毎日の幸せを求め、誰かを探し続ける。
通りで手をつなぎ、キスをする熟年カップル、オーストラリアは愛のオアシス。

そういう世界において、その活動をしていないシングル(独り身)の男女は、年齢に関わらず、かなり不思議がられる。
「どうして一人がいいの?」「誰かと一緒にいられない特別な事情でもあるの?」となんでも率直にオージーたちは聞いてくる。
「だってさ、せっかく恋愛するなら、ティーンエージャーの頃のような胸ときめく恋愛、何もかも捨てられるような恋じゃないとつまらないと思うし、恋の行方がどうなってしまうのかを分かってしまったこの年齢(とし)で、そんな純粋な恋がまた出来るなんて思わないもの」と答えると、熟年になってから愛する人を手に入れた人たちは、ニヤリと笑い、待ってましたとばかりに自信を持ってこう断言する。
「あのね、恋に年齢なんて関係ないのよ。何歳になったって、恋をすればティーンエージャーよ」と。

昨年末、相原さんが奥様を連れてタスマニアへ来た。
いわゆる新婚旅行というやつだ。
有名人になるとそれなりに辛いことがたくさんある。
有名人のデートや結婚式、または新婚旅行にはパパラッチがつきものだ。
相原さんにとってはとても思い出深いタスマニアのとあるビーチで奥様と一緒に散歩をするという情報をキャッチしたパパラッチは早速現場で張り込みを開始した。
この時、パパラッチは二人の子どもと一緒だったので、子供には「ちょっとそこで静かに遊んでいなさい」という指令を出しておいた。

あ、いた、いた、相原さんと奥様がビーチを歩いている。
僕はキャノン70-200f4レンズで二人を狙う。
住宅街のすぐ脇にあるビーチ、犬の散歩をする人、ランニングをする人などが二人の姿と重なる。
相原さんはタスマニアでの撮影の際、長い間このエリアに住むご家族の家にホームステイしていた。
ここが相原さんのタスマニア写真の原点だ。
写真には撮る人の人間性というものが強く反映される。
相原さんの写真から受けるあのストレートな、開けっぴろげな気持よさはいったい何なのだろうと、時々思う。
彼の撮影自体は極めて過酷だ。
ストイックな状態で、顔も金剛力士のようになりながらも、そこから出てくる写真にはなぜか「細かいことはいいからさ、まあとにかく、そこの草むらに寝っ転がって、しばらく流れる雲を見てごらんよ」的な安堵感がある。
相原さんと付き合っていて時々思うことは、彼の人生の転がし方がオーストラリア人のそれとどことなく似ていることだ。
日本人は他人のことはポジティブに受け入れるが、自分のこととなるとネガティブ傾向になる気がする。
自分を過小評価し、自分のポテンシャルを他人に見せない語らない部分に美を感じている気さえする。
オージーたちはその真逆で、どんどん自分をアピールし、結果的に幸福をたくさん招く。
彼らはそういうことに長けているだ。
相原さんも幸福を招き、自ら作り出すことに長けている人だと思う。










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奥様は知的でとてもゆったりとした優雅な女性だ。
日本女性の持つ特有の品格を備えている。
奥様とはじめて東京の相原さん宅でお会いしたとき、帰りは奥様と一緒の電車だった。
相原さんは奥様に「くれぐれも気をつけるように」と言い、僕には「いい子でいるように」と忠告した。
そんな忠告はもちろんすぐに忘れ、僕は初対面の奥様にあれやこれやと質問を浴びせた。
お二人は長い間友達という間柄だったそうだ。
「それじゃ、いつ頃相原さんを好きになったんですか?」と聞くと、奥様は僕の目を真っ直ぐに見て「ずっと、ずっと前から好きでした」と答えた。
僕はこの言葉にクラッときた。
なんだかとっても素敵な響だった。
たぶん、相原さんはそんなことも知らず、多くの時間をテントの中や、灼熱の砂漠で過ごしていたのだろう、来るべき時に向かって。
縁というものは、不思議なものだ。










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手に手をとってビーチを歩く相原さんと奥様。
半径3メートル以内がまるでピンクのハート型カプセルに包まれているようだった。
撮影の時は彼の半径3メートル以内は危険区域であるにもかかわらず。
お二人とも幸せいっぱい、そう、まるでティーンエージャーの恋のよう。
これはまさしく、ティーンエイジラブ。
ファインダーを通して彼らを見ている僕の口元が思わず緩み、笑顔になってしまう。
「勘弁してよ、相原さん、幸せすぎだって〜」とケチをつけたくなる。笑
恋といえば、僕の周りには濃い人が多いが、濃い人が恋をすると、やはりそれは、かなり濃い恋になるということが分った。










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その夜、相原さんのお気に入りのイタリアンレストラン、ダ・アンジェロで「結婚おめでとうパーティ」があった。
オーストラリアにおいて相原さんにとって欠かせない大切な人たちに奥様を紹介するパーティだ。
最愛の人を大好きな土地で、大好きな人たちに紹介する相原さん、さぞかし幸せな時間だったろう。
おいしい料理はすぐになくなり、楽しい時間もすぐに過ぎる。
外はすっかり暗くなり、皆にさよならを言った後、お二人はまた仲良く手をつないで、初夏の香りがするバッテリーポイントのオレンジ色の明かりの中に消えた。










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相原さん、奥様、ご結婚一周年、おめでとうございます!














注(チュ♡)相原さん、迷いに迷ったのですが、チュー♡の写真をアップするのはやめておきました。
Just in case.(念のため)









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by somashiona | 2011-03-09 10:17 | 人・ストーリー

趣味の合う隣人







趣味やテイストの合う人たちが身の回りにいれば、人生は楽し。




でも、ご近所さんに趣味やテイストがまったく一緒の人がいたりすると、話は少し違ってくる。




とくに、寝ぼけ眼(まなこ)で家を出る忙しい朝などは。




















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by somashiona | 2011-03-08 08:19 | デジタル

リチャード・アヴェドン:闇と光





凄いフォトグラファーだとは認めつつ、どうしても好きになれなかったリチャード・アヴェドン。
僕にとって彼は、アーヴィング・ペンのあの繊細さやヘルムート・ニュートンが創りだすエロスの中間に位置するような存在だった。
好きになれない一番の理由は完璧すぎるから。
どこをとっても無駄がなく、綺麗にまとまりすぎているという印象をいつも持っていた。

しかし、最近になって彼の写真をもう一度本気で見直すと、以前は理解できなかった彼の写真の素晴らしさが今さらながらわかる気がする。
彼もその殆どの作品を大判カメラで創り上げるフォトグラファーだ。








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本物の象とエレガントなモデルの組み合わせ。








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コンクリートの床の上で裸のナスターシャ・キンスキーは2時間も寝ていなければならなかった。
大蛇が彼女の頬にキスをするほんの一瞬をアヴェドンが切りとったとき、そばにいたアートディレクターは感動で涙を流したと語っている。








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数あるマリリン・モンローの写真の中で、こんなに素の彼女を切りとった写真はないだろう。
ファッションフォトグラファーとして名を馳せた彼は世界中のセレブたちを見事に切りとったが、僕が彼の実力を本当に思い知らされたのは「In the American West」というアメリカ西部の普通の人々をカメラで捉えた写真集だった。
それらの写真はこれぞポートレイト、といいたくなるような人間写真の真髄が詰まっている。
どうすればこんな写真が撮れるのだろう、、、。








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そんなことを思っていたときYouTubeで彼のドキュメンタリーを見つけた。
「リチャード・アヴェドン:闇と光」というタイトルのフィルムだ。
このフィルムの中では彼の生い立ち、彼独特の写真のスタイル、彼と一緒に仕事をした人たちが感じるアヴェドンの凄さ、彼のモデルになった人たちのインタヴュー、代表作を選び出すしたコンタクトシート、プリントの焼き込み覆い焼きの指定図、撮影現場などがぎっしりと詰まっている。
英語だったので全てを理解したわけではないが、このドキュメンタリーフィルムはどんなポートレイトのテキストよりも優れていると僕は感じた。
日本語字幕でもDVDなどが売られているらしい。
できれば日本語で観たいところだ。





リチャード・アヴェドン:闇と光 (9/9)





































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by somashiona | 2011-03-06 09:49 | 写真家

ポートレイトを撮るうえでの一番の敵



「友だちでいてくれて、ありがとう」プロジェクトで撮った写真をじっくり、じっくり見ていると、自分の弱点が浮かび上がる。
仕事でなく、誰かに頼まれたわけでもなく、自分のよく知る人たちを好き勝手に撮っていい写真。
さぞかし自由奔放な自分らしい写真が撮れるだろうと思っていたが、それはまったくの期待はずれだった。
よく知っている人だけに、三脚を立て、レリーズを持ち、あらたまって写真を撮ろうとすると、お互いに大いに照れる。
照れながら撮っているので、構図も引いていいのか、寄るべきなのかハッキリとした自分の見方が定まらず、どこか迫力に欠ける。
そこで、もう一度自分に言い聞かせなければいけないのは、ポートレイトとはいったいなんぞや?ということになる。
もちろん、人によって様々な考え方があるだろうが、少なくても、自分にとっての定義だけはハッキリとさせたい。
相原さんと一緒にオーストラリアの果て、世界の地の果て、バングルバングルを訪れたとき、乾いた大地に広がる褐色の岩肌に魅せられた。
岩肌に見える地層に指を這わすとき、何億年もの地球の歴史を確かに感じた。
もし僕たちの住む地球が大きな顔だとすれば、その表面には確かにその顔がたどってきた歴史が存在し、それをもっと見ようとすればするほど、目の前の風景はたくさんの言葉を語り出す。
人の顔には僕たち人間の歴史や生きている証がしっかりと刻み込まれている。
日本人、オーストラリア人、黒人、白人、仏教徒、カソリック、イスラム、全部ひっくるめて人間だ。
表情の中にいつの時代でも、どんな人種でも、全ての人間が共感できる、もしくはどこかで僕たちが経験したことのある感情を呼び起こすようなポートレイトを撮りたいと思う。
着飾った人形を撮るわけでなく、すぐに唇を固く突き出そうとする日本人の若い女性を撮りたいわけでなく、この人は何が楽しくてそんなに大笑いをしているんだろうとか、この人、この時よっぽど機嫌が悪かったんだろうなとか、こんなにかわいい赤ちゃんを抱いているのに、このお母さんの笑顔、どこか悲しげだなぁとか、顔を見てついつい色々なことを考えてしまうようなポートレイトを撮りたい。

なぜ、撮りたいポートレイトをストレートに撮れないのか?
それを邪魔する一番の敵は人に気に入られる写真、特に撮られているモデルさんが喜んでくれる写真を撮ろうとする僕の心だ。
被写体を前に自分が直感的に感じたイメージは必ずしも被写体が欲しいと思っているイメージと一致するとは限らない。
仕事の写真で悩む表情を取って欲しいとか、嬉しさいっぱいの絵が欲しいなどのハッキリとした目的が決まっているのであればとことんそれを狙うが、パーソナルな写真であれば何を撮ろうが本来僕の自由だ。
しかし、自分の欲求に忠実になれない。
アメリカでもオーストラリアでも、写真用の自分のポーズや顔の作り方を心得ている人が多い。
学校のアルバムなど見ると、子供ながらに皆自分を表現する方法を知っているな、と感心する。
ポートレイト写真を撮る時、彼らのそういう決めのポーズや表情を崩すことに苦労する。
僕が撮りたいのは学校なアルバム写真やパスポート写真ではないからだ。
人間、他人のことは客観的に細かく分析できるが、自分のことになると思い込みや思い過ごしが勝ってしまうように、自分の印象や姿を自分では分からないだけでなく、本当の姿には多くの場合拒否反応を示す。
せっかく写真を撮るのだからモデルさんに喜んでもらいたい、という気持ちと、せっかくこの機会を与えられているのだから目をつぶっていようが、顔をしかめていようが、不安そうな表情であろうが、ポートレイトとして光るものがる写真を撮りたい、という気持ちの狭間で揺れ、多くの場合は前者を選び、モデルさんに喜ばれたとしても自分としては納得のいかない写真に落ち着く。
もし、ほんとうに光る一瞬を撮っていたのなら、写真を見せられたその時はガッカリしても、数年後、数十年後には、「ああ、そういうことだったのか」と唸る写真になるかもしれない。
ポートレイトを撮るうえでの一番の敵は相手を喜ばせようとする中途半端なサービス精神だ。
写真を撮る時はいい人である必要はない。
本当に欲しい物があるのなら、それが現われるまで辛抱強く待つべきなのだ。
















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彼女から写真を撮って欲しいと言われていたのは随分前だった。
「近いうちにね」と言っているうちに3ヶ月ほど過ぎた。
ある夜、車を運転しているときそのエリアが彼女が住む家と近いことに気が付き、突然彼女を訪れた。
彼女のことはかなり前から知っていたが、個人的に会ったことは一度もなく、ましてや家を訪れたことなどなかったものだから、家の中の、いつもとはまったく違う雰囲気の彼女を見て僕はとても驚いた。
そして、沸々と写欲が湧いた。
普段着の彼女、生活感たっぷりのキッチンに佇む彼女、笑うでもなく、かといって不機嫌というわけでもなく、ナチュラルな視線の彼女がとても魅力的だと思った。














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彼が僕の家に来ると、まずはすぐにギターを弾きはじめる。
大柄な彼が僕のギターを持つとまるでオモチャのようだが、弦に指を走らせたとたん、高級ギターへと早変わり。
彼のギターテクニックにはいつも聞き惚れる。
ギターを弾く姿は男の僕が見てもカッコイイ。
ギターを弾き終えると、これもまったくいつものように、彼は僕の写真の実験モルモットとなる。
あっち向いて、こっち向いて、立って、しゃがんで、飛んで、睨んで、僕は好き勝手に彼に注文をつけ、それがあまりにも長く続くと「いい加減にしてくれよ」という顔になる。
いい顔の写真もたくさんとったのだけど、「いい加減にしてくれよ」の彼の顔が僕的には一番良かった。
ごめんよ!










この2枚は2009年に撮った写真で、シグマのレンズを使ったものではありません。














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by somashiona | 2011-03-05 19:14 | デジタル

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