<   2012年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧

大切な一枚

これだけたくさん写真を撮っていても「あっ、大切な一枚が撮れた」と思える瞬間は年に3度もない。
大切な写真、意味のある写真。
写真はどんなものだって大切な写真だし、自分にとって意味がなければそもそもシャッターを押さないだろう。
あまり考えずに撮った一枚が誰かにとってとても意味のある大切な一枚になり得ることもあれば、それが大切な一枚だと後々になって分かることや、自分だけにしか分からない写真だってある。
しかし、撮ったときに「間違いなく大切な一枚が撮れた」と確かな手応えというのを感じることは少ないのだ。


我が娘、シオナの関心はもうかなり長いことアートに集中している。
生まれてから11年の人生で、彼女が何ものにも代え難く、好きだ、夢中だ、と言えるものがアートなのだ。
機関車トーマス、恐竜、折り紙、カードトリック、写真、料理、世界中で発生する地震のチェック、いつも何かに夢中だが、その内容がコロコロと変わる兄のソーマとは大違い。笑
シオナの心をアートが独占しているのは、もちろん画家である母親の影響が大だろう。
家の中はいつでも絵の具やキャンバスだらけ。
一緒にでかけスケッチをし、真っ白なキャンバスに徐々に色が乗せられる過程を眺め、完成した絵がアートギャラリーに飾られ、何千ドルという金額で売れていく様子を日々見ているのだ、影響を受けて当然かもしれない。
(僕が写真を撮ることに関しては影響を受けるどころが、ウンザリしている子供たちだが、、、涙)
シオナの母親もやはり小さい頃からアート、アートの毎日だったらしい。
自分のたどった道を幼い娘が同じように歩む様を見るのは、母親にとってもたぶん嬉しいことだろう。


週末、いつものように子供たちを迎えに行くと、子供たちの母親は仕事の真っ最中だった。
個人のお客さんからギャラリーを通して注文を受けた絵を期日までに仕上げるため、手を休められないのだと、少し疲れた笑いを浮かべた。
彼女は自分のアトリエではなく、自宅のキッチンで絵を描くことが多い。
たぶん、そこが一番クリエイティブな気持ちになれる場所なのだろう。
キッチンなので仕事をしている彼女のまわりを当たり前に子供たちがウロチョロしている。
子供たちにとって母親の記憶は、台所でまな板の上の野菜を切り刻む包丁の音と共に、ではなく、キャンバスに筆を走らす音と匂いと共にあるはず。
母親が絵を描く様子を母親と同じ視線でシオナが後ろから静かに眺めている。
僕は慌ててカメラのスイッチを入れ、シャッターを切った。
この一枚を撮ったとき、これがシオナにも母親にも忘れ難い大切な一枚になるだろう、と確信した。
シオナが将来有名な画家になり、画集が出版されたときに必ず使われる一枚だ。(親ばか)
この手応えは、年に3回あるかないかのうちの貴重な1回。
毎回こんな手応えで写真が撮れればいいのだが、こればっかりは突然降ってくるものであって、狙って撮れるものでない。
大切なのは、たぶん、いつもカメラを持ち歩いているということだろう。
DSLRでもミラーレスでもなんだっていい。
カメラを常に持っていることだ。
















f0137354_1844998.jpg





















昨日シオナからメールが来た。

hi dad this is my first you tube video

(ハイ ダディ、私の初めてのYouTube ビデオよ)

タイトルは「コティ・ザ・ドッグ」
彼らはラブラドゥードルのアプリコットをコティと呼んでいる。





















人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ

ああ、私も自分にとっての大切な一枚のために、写真を撮り続けよう、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-26 18:46 | ソーマとシオナ

アンドレ・ケルテス




最近、このブログで写真家の話をしていない。
好きな写真家というのは、ある意味自分の進むべき道へ光を当ててくれる存在で、自分が信じる良い写真についての揺るぎないお手本だ。
僕の場合、好きな写真家は圧倒的に古い時代の人達が多い。
写真家が大判カメラから小型のカメラ(ライカ)を使って作品を作り始めた時代の写真が好きだ。
おそらく、大判カメラ特有のしっかりとした構図と小型カメラ特有の偶然性を引き寄せる力が混ざり合った写真だからだと思う。
古い時代の写真家の話をすると「昔はよかった」的な話をする年寄りのようで気がひける。
今だって素晴らしい写真家はたくさんいるのに、彼らのことを取り上げず、古い写真家にこだわるのは、自分の感覚が古いと認めているようで、気がひけるのだ。
でも、やはり、いいものはいいし、自分が求める写真も古き良き時代の写真にあるのは認めざるをえない。


今日はハンガリー、プタペスト生まれの写真家アンドレ・ケルテス(1894 - 1985)の話をしたい。
彼の写真を見るたび「ああ、なんて写真してるんだろう」と思う。
彼はスナップショットの名手だが、風景も人間も建物もドキュメンタリーもファッションもなんでも撮るオールラウンドのフォトグラファーだっとも言える。
彼が撮った写真の構図、イメージは多くの写真家の脳裏に焼き付き、あらゆる媒体で再生産されているので、似たような構図やイメージを写真や絵を皆さんも多く見ていることだろう。












f0137354_15215577.jpg













f0137354_15215984.jpg













僕が彼の写真に惹かれるのは先にも少し触れた完璧な構図と写真ならではの偶然性、そしてそこに詩が流れている点だ。

まずはこの写真を見て欲しい。












f0137354_1532246.png













彼はある通りへ行くたび数枚写真を撮った。
美しい線、コンクリートの造形美、何もかもが彼の好みだが、何かが足りない。
ここに鳩がいればいいのに、と彼は想い続け、実際に鳩が飛んで来るのを待ったが、鳩さんたちもそう簡単には彼の願いを叶えてくれない。
そして、ある日、鳩が飛んできた。
一瞬の出来事だ。
ライカのシャッターを一枚だけ切った。
どんぴしゃり。
インタビューのかなで「アタナは辛抱強い人間か?」と聞かれ、「もちろん、そうでなければならない。この写真を撮るのに30年もかかったんだから」と笑いながら答えている。
彼の写真は写真を撮ることの態度について、多くを教えてくれる。



次の写真は彼がはじめてライカを手に入れた年に撮られた写真だ。












f0137354_1522321.jpg













彼はカメラを持って街中を歩くのが大好きな人間。
ある日、とある駅で降り、いつものようにスナップ写真を撮る。
どこを撮っても平凡な絵ばかりで、どうもしっくり来ないが一箇所だけ彼の心の何かを捉えた場所があり、後日、またここへ戻ってきた。
そして再び同じ場所でとった写真は彼の代表作の一枚になった。












f0137354_15333455.jpg













この写真について、多くの人が多くの意見を持っている。
高架橋の上を右から左へと偶然に走り去る蒸気機関車、場違いな場所で場違いなほどいい身なりの紳士がなにやら新聞紙に包まれた大きなものを運びだそうとしている。
その奥には子供を含め9人の人間がレイヤーをなしている。
説明しがたい奇妙さ、絶妙な構図、どこを切り取っても物語が生まれるが、どこを切り取ってもその物語がどこへ向かうのか分からない。
それ故に、多くの人の心を惹きつけ、脳裏に焼きつく写真なのだ。



彼は日常の何気ない風景をアートに変えてしまう。
そこには一瞬で計算してしまう絶妙な構図の作品もあれば、何度も繰り返し撮り続ける中でじっくりとものにしていく一枚もある。












f0137354_15342426.jpg













f0137354_15343311.jpg













f0137354_15344330.jpg













f0137354_15351167.jpg













f0137354_15352268.jpg













f0137354_15353292.jpg













どれをとっても彼の作品には静寂と気品と詩がある。
彼をあつかったドキュメンタリーフィルムの最後で彼はこう語っている。

「我々の眼というのは単に被写体を映し出す装置に過ぎない。何を選び写しだすのかを決めるのは眼ではなく、我々の内側にあるものだ」


僕の一番のお気に入りの写真はたぶんこれだと思う。












f0137354_15355864.jpg


























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


よし、明日から私もアンドレ・ケルテスを目指して公園の階段やテーブルの上のメガネを撮ろう、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-25 15:44 | 写真家

靴の話のつもりが、、、



日本に帰ったとき、「ああ、いいなぁ」と感じるのは家のドアを開けると玄関があること。
たぶん、これを読んでいる皆さんにとっては「???」な話かもしれないが、ちょっと想像して欲しい、玄関のない自分の家を。
目をつぶって家のドアを開け中に入ると、何の段差もなくそのまま居間まで歩けてしまうということを。
日本では家の外と中を物理的にも精神的にも隔てるものがドアの他に玄関の段差というカタチで存在するのだ。
それは民家だけでなく、市営体育館やプールといった施設でも同じだろう。

こちらに住んでいると靴の置き場所に困る。
玄関がなく、下駄箱もないのだから。
下駄箱と書いて今ふと思ったが、靴を置く場所のことを今でも日本では下駄箱と呼ぶのだろうか?
下駄って何?という若い人はいないのだろうか?
あっ、話を戻そう。
例えば12足(12種類の靴ということ)くらいの靴を持っていたとしよう。
毎日の生活で必要なのはせいぜい2,3足だろう。
普段履かない10足はクローゼットの中にしまっておけばいい。
しかし、メインで活躍する3足はやはり家の入り口付近、すなわちドアのすぐそばに置いておきたい。
僕は一人暮らしだから3足で済むが、4人家族なら12足だ。
玄関のない家のドア付近に置かれた12足、これををいったいどうすればいいのか?












f0137354_16233513.jpg













僕は家のドアの外に3足、そしてドアの内側、つまり家の中のカーペットの上に3足置いてある。
家の中のカーペットの上に無造作に置かれている外靴というのは、たぶん日本人にとって生理的に不自然さを感じる光景ではないか?
海外生活13年以上の僕でも家の中に転がっている靴を見るたび、どうも気持ちがしっくりこない。
靴箱のようなものを買って、ドアの付近に置けばいいだけの話なのだが、ドア付近にはマウンテンバイクや空気入れやらが散乱していて、それ以上余分な物を置きたくない。
と、ここまで書いて気がついたのだが、要するに僕は整理整頓が出来ないのだ。












f0137354_16241321.jpg














そういえば、今日は家の中で一日書類整理をしているのだが、家の中はもうくちゃくちゃ、、、。
そういう状況もたまには記録しておくべきだと思い、数枚シャッターを切る。
そこで突然写欲に火がつき、Casa de Fotografia(家で写真) あ、こんなスペイン語はないか、、、。












f0137354_16234675.jpg













f0137354_1623592.jpg













f0137354_16242653.jpg













f0137354_16243733.jpg













f0137354_16245167.jpg













f0137354_1625110.jpg













f0137354_16251466.jpg













f0137354_16252316.jpg













f0137354_1625321.jpg













f0137354_16254150.jpg













f0137354_16255455.jpg













f0137354_1626785.jpg













f0137354_16261945.jpg














靴の話をしたかったのに、家の中の写真を撮っているうちに話の着地点を忘れてしまった、、、。
家の中も頭の中も、只今混沌としています。













靴の写真以外は全てX100

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


おっ、まだ1位!いつまで続くかこの栄誉。せっかくついたポチッの習慣、健康にいいのでこれからも続けてください。笑



いったい今日のお話は何だったのでしょうか?と思った人もポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-24 16:32 | デジタル

平均睡眠時間




朝、目が覚め、寝ぼけ眼で目覚まし時計を見て驚いた。
あれ、10時間も寝ちゃった!
僕の平均睡眠時間は6時間、10時間睡眠というのは病気などで寝込んだことを除いては、ここ数年なかったと思う。
今週はずっと休みなしで働いているので、疲れがピークに達しているのだろう。

オーストラリアの人は、いや、この言い方はちょっと違う。
タスマニアの人は、このほうが正しい。
タスマニアの人はタップリと睡眠をとる、と断言しても間違いじゃないと思う。
僕は誰かと話をするとき一日の平均睡眠時間をたずねる癖がある。
タスマニアで生まれ育った人にそれを訊ねるとき、8時間を切るという答えをあまり聞いたことがない。
毎日10時間近く寝る人もざらにいる。
しかし、メインランド(シドニーやメルボルンなどのオーストラリア本土)からタスマニアに移り住んだ人は8時間を切る答えが多い。

ふと気になって、さきほどちょっとネットで調べてみた。
2006年のオーストラリアの国勢調査によると国民の平均睡眠時間は8時間31分で1997年と比較すると5分も減ってしまったと嘆いていた。
8時間31分、これってちょっと多すぎないか、、、?
2012年の新聞The Ageにおいて睡眠時間を取り上げた記事では14歳から70歳までの1500人を対象にした調査によると、平均睡眠時間は7時間だと言っている。
あれ、国勢調査とぜんぜん違うじゃない!
こんなのタスマニアじゃありえない!
もう少し調べると、オーストラリアのナショナル・スリープ・リサーチ・プロジェクトというサイトに辿り着いた。
このプロジェクトの調査によると男が平均7時間59分で女が平均8時間3分、そしてオーストラリア人の平均睡眠時間は8時間1分ということになる。
うん、やっと納得。
ちなみに、ブリスベンなどの都市があるクイーンズランド州は7時間56分、シドニーがあるニューサウスウェールズは7時間58分でメルボルンがあるヴィクトリア州は8時間5分だ。
では、オーストラリアで一番ぐぅ〜ぐぅ〜と寝ている州はどこだろう?
アボリジニの人たちが多く住むノーザンテリトリーが8時間16分、我がタスマニアは8時間14分、続いてアデレードがあるサウスオーストラリアが8時間10分だ。

さて、日本はどうなのだろう?
2010年のNHK国民生活時間調査によると日本人の平均睡眠時間は7時間14分。
10代 男 7時間36分 女 7時間38分
20代 男 7時間18分 女 7時間24分
30代 男 7時間11分 女 7時間00分
40代 男 6時間43分 女 6時間28分
50代 男 6時間58分 女 6時間45分

女性のほうが睡眠時間が少ない。
これはオーストラリアと逆だ。

僕もそうだけど、もっと毎日ゆっくり寝ていてもいいのではないか?
そうそう、ゆっくり寝るというと朝寝坊をイメージするかもしれないが、オーストラリア人の朝はや早い。
つまり、彼らは早くにベッドに潜り込むのだ。
夜の8時、9時にはもうベッドに入っている友人が沢山いる。
え、日本じゃまだ仕事している時間?
早く帰って、奥さんとベッドの中で手をつなぎましょう。













ちなみに、ナショナル・スリープ・リサーチ・プロジェクトによると、不眠の記録は18日間で21時間40分ということ。ほとんどの時間をロッキングチェアで過ごしたらしい。


















f0137354_121983.jpg













ああ、いい加減、綺麗なビーチに行ってブランケットにくるまって、波の音を聞きながら昼寝がしたいなぁ。

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


寝る子は育つ、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-23 12:05 |

ヒストリック・サイト


オーストラリアで一番最初に出来た街はシドニーでホバートはその次に作られた古い街だ。
ご存知のとおり、英国に収まりきらなくなった囚人たちの流刑の地として、また牧羊業やゴールドラッシュなど未知の大陸での成功を求めてやって来た入植者たちによって作られた街だ。
ホバートを離れ、タスマニアの島の中をドライブしていると小さな町や国道をそれて脇道に入った意外な場所で入植当時(1800年代)に入植者たちが生活をしていた名残に触れることがある。
森を切り開き、砂岩を削って家を立て、まさにゼロから生きるための道筋をつけていったのだ。
少数の開拓者たちと大勢の囚人や刑期を終えた囚人たち。
パンやミルクを盗んだだけでこんな地の果てまで送られてしまった囚人たちの故郷や家族を思う気持ちはどれほど強かっただろう。
また不平不満、怒り、絶望、悲しみ、憎しみを抱えた囚人たちにタスクを与え、厳しい規律のものに生活を共にする開拓者たちの肉体的、精神的緊張も大きかったと思う。
いつ反乱を起こされ、寝首を掻かれるのか分からないのだから。


道路脇の小さなヒストリック・サイト(Histric Site)の案内標識を見つた。
案内にしたがって森の中をしばし歩くと、突然視界が開け、昼間の明るい太陽にさらされた人ひとりいない空間にまるでローマの遺跡のような、朽ち果てた建物たちの残骸が出現する。
ヒストリック・サイト、こういう場所が放つ雰囲気に僕はいつも馴染めない。
そこに一歩足を踏み入れると、どんなに極彩色な風景が目の前に広がっていても、感覚はモノクロ化していく。
まるで誰もいない真昼のお墓のような、人が寄りつかないテーマパークの残骸のような、神聖さと風化、あるいは遺棄。
すべての命に終わりがあり、カタチあるものは必ず壊れていくことを思い知らされるだけでなく、そこには何か内省以上のもの、懺悔すら求められる気がするのだ。
何も知らない子供たちの純粋さだけが受け入れられ、多くの罪を犯してしまった大人たちの魂はかたくなに拒否されている気がするのは僕の思い過ごしだろうか?
子供たちにしてみると格好の探検の場であり、大人たちにとっては普段開かない心や思考の扉を開け、少しだけその中を探検すべき場であるように思える。













f0137354_10312144.jpg













f0137354_10313881.jpg













f0137354_10315159.jpg













f0137354_10321062.jpg













f0137354_10323383.jpg













f0137354_10325876.jpg













f0137354_1033162.jpg













f0137354_10334251.jpg













f0137354_10335686.jpg













f0137354_10341091.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ



考えすぎだと思います、と言いたい人もポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-22 10:41 | デジタル

タスマニアのビーチ



気分を変えたい時、心のなかをスッキリさせたい時、ゆったりとした時間を過ごしたい時、そんな時、僕の足が自然と向かう場所はなぜだかビーチ。
僕の住むホバートからは15分も車を走らせれば、海、山、丘、公園、繁華街、CBD(中心業務地区)など、ほとんど何処にでも行ける。
ぼんやりしたい時、ある友人はぶらりと街のカフェに行くし、またある友人は山の中のトラックを歩く。
僕は圧倒的にビーチなのだ。
海を見ながらポットに入れたコーヒーをマグカップに注ぎ、読みかけの本のページを開くときは、たぶん、僕にとってもっとも至福の時かもしれない。
あ、もちろんカメラはいつだってそばにある。

ビーチと一口に言っても、タスマニアのそれは僕がよく通ったカリフォルニアのサンタモニカビーチとも、北海道の石狩浜のビーチとも、沖縄の石垣島のビーチともまったく似ていない。
例えば、ビーチで聞くにはもってこいの音楽を考えてみる。
ビーチボーイズ、サザン、チューブ、ジャックジョンソン、渡辺貞夫、高中正義、北島三郎、、、いや、どれも違う。
結果的に、タスマニアのビーチでひとり時を過ごすとき、音楽など必要ないという答えにたどり着く。
タスマニアのビーチとはそういう場所なのだ。












f0137354_13765.jpg






















人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


この手の話はもう何度もブログでしていた気がする、と思った人もポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-20 13:10 |

お湯の蛇口と水の蛇口



バスルームの洗面台の前でふと考える、熱いお湯が出る蛇口をひねるか、それとも冷たい水が出る蛇口を先にひねるべきか?
普段はそんなことを考えず、無意識に行う行為なのだが、この日はそこで数秒止まってしまった。
通勤で普段は使わないバスにその日たまたま乗り、そのバスがテロリストの仕掛けた爆弾で爆発し両足を失った。
大晦日のパーティに参加し、カウントダウンの時にたまたま隣にいた男性とハグし、その後人生をともに歩むことになった。
そんな類の話をよく聞く。
本人が無意識に行なった選択がその後の人生を変えるのだ。
宿命は生まれた時から決められたもので自分では変えられないが、運命は自分の力で運ぶことができる、君は宿命と運命のどちらを信じる、と若い時に誰かに言われた。
僕は迷わず「運命」だと答えた。
でも、この年になると宿命というのも確かにあるのではないかと思う時がある。
そして、そう感じるたびに、「いかん、それを信じちゃダメだ。自分で何とかするんだ!」と自分を叱る。


人生、選ばなくてはいけないことがあまりにも多すぎる気がするが、実際日々の小さな選択はどっちに転んでもさほどその後の生き方に影響を及ぼさないだろう。
でも、ここ一番、この選択によってその後の人生が大きく変わるという場面に遭遇することがある。
理想は、これから心を決めようと思っている選択がそういう類の大切な決断なのだと分かることだ。

人生を共にするのだと心に決めていた恋人と別れたこと。
サラリーマンをやめたこと。
写真をはじめたこと。
オーストラリアの女性と結婚したこと。
海外で生きるようになったこと。

すべて、どれが欠けても今のこの僕の状況はないのだが、それを決めたとき、そんな事になるとはこれっぽっちも思っていなかった。
僕にとってはどれもお湯を出すのか、水を出すのかくらいの選択だった。
たぶん、先見の明がないのだろう。

僕たちは(というか僕は)偉大な人物の話を自分の都合のいいように解釈しがちだ。
僕をいつも勇気づけつのはスティーブ・ジョブズが2005年にアメリカのスタンフォード大学の卒業式で行ったあの有名なスピーチだ。
特に、そのなかで彼が話した「点と点をつなげること」がお気に入り。
彼はこう言う。

将来をあらかじめ見据えて、点と点をつなぎあわせることなどできません。できるのは、後からつなぎ合わせることだけです。だから、我々はいまやっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶだろうと信じるしかない。運命、カルマ…、何にせよ我々は何かを信じないとやっていけないのです。私はこのやり方で後悔したことはありません。むしろ、今になって大きな差をもたらしてくれたと思います。


僕の人生は蛇行運転。
石橋を叩くように着実に人生を歩み、人としても、社会的にも、経済的にも立派な人間に成長し続ける友人たちに会うたび、自分の歩いてきた道が正しかったのかと、突然言いようない不安にかられる。
そんな時、僕の点と点がつながる日を思い描く。
どの点も必死に取り組んできたし、そこから学ぶことはたくさんあった。

さあ、今日もお湯の蛇口をひねるか、水のほうなのか、小さな選択が待っている。
まあ、やけどをしても、冷たさで手がかじかんでも、生きている限りいずれは元に戻るのだから自分の心と感に忠実に従おう。












f0137354_1105538.jpg













f0137354_1101724.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


最近勢いのないブログランキング、皆さんのポチッでやる気倍増!よろしくねー!



最近の私は過去の点が徐々に消えつつあるのを感じます、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-18 11:09 | デジタル

ニューノーフォーク、朝の散歩




週末の朝、いつものように子供たちを迎えに彼らの住むニューノーフォークへ行く。
ニューノーフォークで子供たちに会うのはもちろん嬉しいが、彼らの愛犬であるラブラドゥードルのアプリコットに会えるのも楽しみの一つだ。
今日の朝は子供たちを連れて僕の住むホバートへ行く前に、ニューノーフォークでアプリコットの散歩した。
ほんの40分くらいの散歩だが、春のニューノーフォークはなんだかとてもみずみずしかった。
X100のファインダーを覗いても、どういう訳か今日は完全にお気楽モードで、シャッタースピードや絞りの設定を珍しくオートにし、まるで使い捨てカメラの「写ルンです」で撮るようにパチパチとシャッターを切った。
たまにはこういう肩の力を抜いた写真もいいものだと思う。













f0137354_20394910.jpg













f0137354_20401553.jpg













f0137354_20402918.jpg













f0137354_20405996.jpg













f0137354_2041186.jpg













f0137354_20414142.jpg













f0137354_2042452.jpg













f0137354_20423479.jpg













f0137354_2043030.jpg













f0137354_20431792.jpg













f0137354_2044425.jpg













f0137354_20442665.jpg













f0137354_2044457.jpg













f0137354_20455028.jpg













f0137354_20462250.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ

気合が入っているときの写真と肩の力が抜けたときの写真の区別がつきません、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-15 20:51 | ソーマとシオナ

グローブ・コレクター


今にも雨が降り出しそうな、重く灰色の雲に覆われた午後だった。
X100を自分の体の一部にする月間は一時間でも時間があれば必ず外で写真を撮ると決めたので、気が進まない天気でも、いい写真なんか撮れっこないさと内心思っていても、自分にムチ打ち歩かなくてはならない。
ノッてない時でも、調子の悪い時でも必ず合格点の写真を撮って家に帰ること、少なくても次の何かに繋がる被写体を見つけること、こういう気持ちで写真に向き合わないと仕事でいい結果を出せない。
しかし、思ったとおりいい被写体にも巡りあえず、自分足元を見ても影のかの字も見えないほど冴えない光で、テンションは下がる一方だった。
おまけに少し雨が降ってきた。
こういう時は、とりあえず民家の塀や壁などを撮る。
どういう訳か、僕は民家、建物の佇まいにひどく惹かれる。
建築写真的観点で見ているのではなく、まるで人の顔を見るようにそれらを眺め、そしてポートレイトを撮るような気持ちで人が住んでいる場所の気配をフレームに収めようとする。












f0137354_21421580.jpg













塗装がはげた民家の家の壁を撮っていると、その家に住んでいる人が家から出てきた。
「なぜ僕の家を撮っているんだ?」と男は僕に尋ねる。
当たり前の質問だ。窓の外に自分の家に向かってカメラを向け、真剣に写真を撮っている人間を発見すれば誰だって不審に思う。
「いやぁ、壁のペンキのハゲ具合とか、窓枠や緑色のこのラインがとても素敵だったものだから、思わず夢中で写真を撮ってしまいました。もう少し続けてもかまいませんか?」こういう時はシャッターを切った理由を素直に語るのが一番。
嘘は結局バレるし、多分自分の顔も卑怯者の顔になると思うので信頼されない。
「この壁が魅力的、、、そうかなぁ、、、僕は早く何とかしなきゃとおもっているんだけど、、、」と男は言う。僕のスイートスポットを彼が理解できなくても責めるつもりはない。
「ところであんた、日本人かい?実は僕、グローブ・コレクターなんだけど」と言って彼はいろいろな話を始めるが、出てくる単語、出てくる単語すべて僕には馴染みがないもので、話の内容がつかめない。
そもそもの誤りは「グローブ・コレクター」という単語を聞いて、僕はすぐに野球のグローブを集めているイメージを頭に浮かべてしまったことだ。
野球のグローブはGloves、彼が話しているのはGlobe、そう、「Light Globe」のことで、これは電球を意味する。
「君は日本のどこ出身だ?」と彼。
「知らないと思うけど、北海道っていう北部の島だよ」と僕が言うと、「それはいい、とってもいい!」と彼は突然、電球のように顔を輝かせる。
彼によると北海道のような寒冷地は(昔)水銀やタングステンなどをミックスさせた特殊な電球を公園や建物の野外で使っていたそうだ。
今ではとてもレアな電球らしい。
彼はマシンガンのように様々な電球の話をするのだが、僕にはどうもイメージわかない。
そんな僕の顔を見て「僕の庭に置いてあるコンテナの中には僕の電球のコレクションが1万個以上あるんだけど、見てみるかい?」と言う。
もちろん、YESだ。

家のゲートを開けてもらい、彼の庭へ行く。
庭と言ってもまるでジャンク置き場のようで、廃品になった洗濯機、冷蔵庫、何かの電化製品の部品のようなものが何台も所狭しと置かれていた。
大きなコンテナのドアを開けると中は段ボール箱だらけ。
僕はまだぜんぜんピンと来ない。
ダンボールのフタを慎重に開け、まるで中から生まれたばかりの赤ん坊を取り出すように、僕が今まで見たこともないような変わった形の電球を彼は披露してくれる。
電球の中はとても繊細に出来た化学工場のミニュチュアのようで、ガラスの外から眺めているだけでも美しい。
「こんな電球、見たことないよ!」と僕が言うと「今君が手にしているのは北海道で使われていたものだよ」とニコニコ顔で彼は言う。
そして、またマシンガンのような早口で電球の話が始まる。
僕が理解できるのは20%くらいなのだが、それでも僕は楽しかった。
僕は誰かが自分の好きなことについて語っているのを見るのがとても好きだから。
そういう人の話は内容も興味深いけれど、なによりも顔がいい。
眼をキラキラさせ、頭で考えるよりも先にパッションが口や身体全体からこぼれ落ちる、そんな人の表情は美しい。
写真を撮らせて欲しい、と頼むと「じゃ、大きな電球を取ってくるよ」と彼。
そこで、僕たちはお互いに自己紹介をし合った。
彼の名前はアンドリュー。
彼が箱から取り出したのは、日本のイカ釣り漁船で使う電球らしい。
日本とアンドリューは、しっかりと美しい電球で繋がっているのだ。












f0137354_21423629.jpg













f0137354_21425378.jpg













実は彼には障害がある。
アスペルガー症候群だ。
アスペルガー症候群は広汎性の発達障害で一般的には社会性、コミュニケーション、想像性などの欠如が障害として認められる。
しかし、限定された物事について信じられないほど高い水準の興味や感心を示すことも知られている。その性質を活かして大成功を収める人も多い。
アスペルガー症候群だといわれている著名人に織田信長、坂本龍馬、ビルゲイツ、アインシュタイン、ダ・ヴィンチ、エジソン、ゴッホ、スピルバーグなどの名前があげられる。
アンドリューの場合、その関心事は電球に一直線だ。
コミュニケーションに問題があるとは思えない。

アンドリューのポートレイトを写していると幼い頃からの付き合いだという友人がやってきた。
「一緒に写真を撮ろう」と僕が言うと、一度は断られたが、最終的には友人も参加した。
アンドリュー曰く、友人の写真嫌いは有名で、この10年来で彼が写真に撮られるところを見たのはこの日がはじめてだと驚いていた。
アンドリューと友人の貴重なツーショットを撮れただけでも、アンドリューには良いプレゼントになりそうだ。

この二人の会話、科学、言語学、生物学、話の内容が半端じゃない。
ひとつの話題が次から次へとあらゆる分野に連鎖し、聞いていて本当に感心してしまった。
見せたいものがあるから家の中に入れとアンドリューが言う。
彼の部屋に入って、僕はまたぶったまげた。
いち個人の部屋とは思えない。
まるで電気修理屋さんか発明家の実験室のよう。
半分壊れかけたパソコンで今彼が手に入れたいと思っている電球の写真や、いままで彼がコレクションした電球の写真を見せてもらう。
半端じゃない、、、。












f0137354_21433814.jpg













f0137354_21432054.jpg













帰り際、アンドリューは「僕のドキュメンタリーフィルムがあるんだけど、見てみるかい?」という。
「僕のドキュメンタリーフィルム、、、それって君が主人公の映画ってこと?」と聞くと、まるで昨日の天気予報では雨が降るって言ってたよねという質問に答えるように「うん、そうさ」と彼は言った。

ポスターと映画のコピーをもらい、僕は家に帰った。
ドキュメンタリーフィルムはソーマと一緒に観た。
なかなか面白かった。
ソーマもかなり気に入っていたようだ。
映画の中で彼は「僕は障害者という言葉が好きじゃない。これは僕の障害じゃなく、違う種類の個性、違うタイプの人格なのさ」と言っていた。
そう、彼はたまらなく楽しくて、個性的な男だった。












f0137354_21435037.jpg
















ザ・グローブ・コレクターのトレーラーはここで
「The Globe Collector (Trailer)」


















人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ

「犬も歩けば被写体に当たる」というのはあなたのことです、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-12 21:52 | 人・ストーリー

自分の顔




最近、友人のピーターの家に行くと、彼は必ず僕のX100を奪ってパチパチ写真を撮りはじめる。
彼もこのカメラを購入予定なのだが、とにかく少しでも多く触りたくて仕方が無いのだ。
家に帰ってX100の中の写真をパソコンに移動すると、ピーターが撮った僕の姿と出会うことになる。
そしてMacの27インチモニターに映し出される自分の顔を見るたび、正直、僕は心から驚き、ガッカリしてしまう。
昔からハンサムだった記憶がないので自分の顔にまったく期待はしていないのだが、それにしても最近の僕の顔はひどすぎる。
人はどんな人生を送ったのか顔を見れば分かると言うが、そういう観点で僕の顔、いや、人生を評価するなら、写真から見える僕のそれはまったく疲れきって、明日の望みなど無さそうに見える。
レーシックの手術を受ける前、母や妹はお「兄ちゃんお願いだからヤメてちょうだい」と僕に懇願した。
眼鏡なしのお前の顔は見られたものじゃないと、冗談抜きに僕に言った。
レーシックの術後も、母や妹はスカイプで僕の顔を見るたび、伊達メガネでもいいからかけてくれと僕にいう。かなり本気で。
僕は普段あまり自分の顔を鏡などで見るタイプの人間じゃない。
だからなのかどうか分からないが僕がシャワーを浴びた後チラリと見る自分の顔の印象と写真としてモニターに映しだされる自分の顔はぜんぜん違う。(ような気がする)
顔全体に覇気がなく、とても疲れて見えるのだが、一番ひどいのは、母のセリフじゃないが、やはり目元だ。
もともと一重まぶたのタレ目ちゃんだが、今の僕は前の晩にたっぷりと泣き明かした人の寝起きのように腫れぼったく、しかも瞼の皮膚がどっさりと眼にかぶさり、瞳がよく見えない。
さらにショッキングなのは目の下だ。
まるで目の下にもう一つ目があるようにボッコリと腫れ、しかもゴルゴ13に出てくる殺し屋のようにくっきりと紫色のクマができている。
この目の下のクマの部分の皮膚も池に石を投げ込んだような波紋状のシワが広がり、遠くからみると眼が四つある昆虫のようだ。
ああ、自分の顔をこんなふうに文章で説明していると、悲しくなる。
たぶんメガネをしている時もこんなふうに瞼や目の下の状態が進んでいたのだろうが、僕は正直言ってまったく気がつかなかった。
妹や母親、いや、僕の周りにいるとたちはきっと皆とっくの前から知っていたのだろう。


思うに、自分の一日の行動を動画でチェック出来るととてもいいと思う。
あらゆる角度から見る自分の表情だけでなく、頭髪の薄さ具合、歩く姿勢の悪さ、品のない身振り手振り、人と話しているときの話し方やピッチなどを客観的に観察すれば、同じ年を取るにしてももう少しいい感じのジェントルマンになれたかもしれないし、コミュニケーションの能力ももっと上がっていたかもしれない。
芸能界にデビューしたばかりの垢抜けない女の人が、テレビの露出頻度が上がるに従って洗練されていくことに頷ける。

まあ、今さらこんなことを言っても手遅れというものだ。
僕は自分を放っておき過ぎた。
もし整形手術をしたら、皆さんに報告します。
















f0137354_164840.jpg













f0137354_169056.jpg













f0137354_1691387.jpg













f0137354_1692983.jpg













f0137354_169486.jpg















特に狙ったわけではないのだが、斜めから射しこむ良い光の時に写真を撮っていると、どうしても自分の影が入ってしまう時がある。
写真はどうこう考える前にいいと思った瞬間にまずは打つ(撮る)ことが大切だ。
あとで撮ったファイルを整理していると自分の影入りの写真が時々出てくる。
思うに、これはこれとして自分の記録写真としてはいいのではないかと思う。
えっ、ゴルゴ13の殺し屋の顔写真?
そんなの出すわけないじゃない!




























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


目の下のクマをとるには南の島で3ヶ月くらいのんびりするしかありません、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-10 17:56 | デジタル

<< previous page | next page >>