ホバート・スナップショット Vol.1

写真、と一口に言ってもそこには色々な分野がある。
僕がLAで写真を学んでいた時に撮っていたのは日本人観光客の写真。
東京ではいわゆるスポーツ写真。
そして今は新聞・雑誌等の報道系とポートレイトが多い。
どれも面白いし、どれも難しい。

でも、僕が一番情熱を燃やしている分野の写真は、スナップショット、だと思う。

カメラを持って街にくり出す。
街といっても人口約19万人のホバート。
日本と比べると、あまり人が歩いていないし、カメラを持って目を光らせていると、目立ちすぎる。
光が悪い、周りに車が多すぎる、背景がごちゃごちゃし過ぎ、などなど思い通りにスナップショットが撮れない言い訳は山ほどある。
でも、自分にいつも言い聞かせていることは、きちんとアンテナを立て、人々の姿やそれを取り巻く状況、光や影を観察し、そして何よりも自分の心が何に反応するのか、に対して敏感に、そして素直でいればいいスナップショットが撮れるはずだ、ということ。
更に付け加えるなら、写真撮影の技術。
これが向上すればするほど狙った獲物を捕らえる確率が上がる。
僕は自分の写真に行詰りを感じたり、写真ならではの行為に飢えると、スナップを撮りに街へくり出す。
街は写真の道場だ。

毎日見ているこの小さなホバートの街も自分のスナップショットを通してみると、新しい発見がある。
いつも観光案内や雑誌、パンフレットでみる街の写真というのは、笑顔溢れる人々が買い物袋を一杯にして毎日がクリスマス状態のオーラを放っているタイプの物だ。
それが悪いわけではないけれど、それは街の本当の姿からはかけ離れていると思う。
街は浮気をしている夫やムカつく上司を思い、もしくは銀行の残高や出すぎたお腹を考え、顔を歪めている人たちで溢れている。
そしてその顔がその時代を反映する顔だ。
写真の大切な使命の一つは、記録、であるはずだ。
もし、今僕たちが住む街の素顔を誰も記録しなかったとしたら、50年後、100年後、人々はかつての街の空気をどう知り得るのだろうか?
観光案内やお役所に委託された写真家がモデルさんを使って撮った写真を信じろというのだろうか?

どこの街でもその街の活気を醸し出すのは若い女性たちの笑顔やおしゃべり、そしてファッションだったりするが、ここホバートの街のムードを造り上げているのは、お年を召した人々ではないか、とうい気がしてならない。
決して否定的な意味で言っているのではなく、彼らの存在がこの街をしっとりと、重みのある落ち着いた印象にしている、ということだ。
僕はお年を召した人々が幸せそうに見える街は、いい街であるに違いない、といつも直感的に思ってしまう。
ここホバートはまさにそういった意味で、いい街だ。

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# by somashiona | 2007-03-19 14:57

ボブ・ブラウン

この仕事から足を洗って堅気になれない一番の理由は、写真という行為がなければたぶん一生会えなかったであろう人に会い、行けなかったであろう場所に行き、知ることができなかったであろう現実を知る、この快感だ。
特に人。
多くの違った種類の人々から彼らの人生の一部を見せてもらうたび、僕の物事に関する価値観が限りなくグレーになっていく。
歳を重ねるにつれ、物事に対してはっきりと白黒を付けられる人間になると自分に期待していたのに、、、。
世の中というものが、ますます分からなくなっている。

それでも、心洗われる人に出会うと、この世はいいところだ、と思える。
今年、The Australianというオーストラリアの新聞の仕事で出会ったボブ・ブラウン氏はまさにその典型だ。

タスマニアの、いやオーストラリア全般の、人々の環境に対する意識の高さにはよく驚かされる。
毎日使っている紙のたぐいが、あの美しい木々を切り倒してできているという、当然の事実を明確に認識しているし、汚れた水が僕たちにどういう影響を及ぼすのか7歳の僕の息子でも、はっきりと説明できる。
それも、これも、このボブ・ブラウンが率いるグリーン党という政党の影響が大きいからだ、と僕は常々思っている。
ちなみに、日本に住んでいた頃、特定の政党のおかげで人々の認識に変化が起こっている、という実感を持ったことは一度もない。
彼らの活動はまったく目に見えない。
オーストラリアの政治は僕たちが普段感じていることにダイレクトに訴えかけ、僕たちが声を挙げれば物事は変わる可能性があるということを、人々は実感として持っている。

タスマニアの森の視察を行なうボブ・ブラウンを取材するにあたって、少なくても3時間は彼と一緒に森を歩くであろう僕は、事前に何人かの友人たちにある質問をしていた。
彼にあった時に、彼をどう呼ぶか? 
他の政治家なら迷わず「Senator (議員)」と呼んでいただろう。
もしくは「Sir (男性に対する敬称)」、「Dr.Brown (彼はもともと医者)」、すくなくても「Mr.Brown」と呼ぶはずだ。
しかし、僕の友人たちはすべて、「ボブでいいよ」という。
オーストラリアという場所は、ヘタに丁寧に人と接すると、かえって余計な距離を作ってしまう。人物を撮影する時は、出会った瞬間にいかにその距離を縮めるか、に懸っている。
彼を説明するとき、多くの人が "He is down to earth."という表現を使った。
「現実的」「気取らない」と言った意味。
これは僕にとって新しいフレーズだ。

この取材で僕はプロになってから初めての失敗をしてしまった。
20分も遅刻したのだ。
取材の時はいつもかなり早めに家を出ることにしている。撮影前にいいロケーションを見つけていたいし、なんせ焦るといい写真が撮れない。
この日はジャーナリストと一緒に待ち合わせの山の中へ向かう予定だったが、急きょ僕一人で行くことになった。
山道を運転していて僕は道に迷ってしまった。
携帯も電波が届かず、林道用の地図も持っていなかったので、まったくお手上げだ。
路肩の悪い山道を砂埃をあげながら、ほとんどパリ・ダカール状態。
僕は焦りに焦っていた。
よりによって、一政党の党首を山の中で待たせるなんて、、、。

林道に立って僕に手を振る彼は、満面の笑みを浮かべてこう言った。
「こんな山の中でカメラ2台ぶら下げて、汗だくになっている君は、きっとマナブだよね。僕はボブ、ボブ・ブラウンていうんだ。僕のことは知ってる?」
「多分知ってると思う。ミュージシャンでしたっけ?」
彼にあった瞬間に、僕は心が洗われる思いがした。
こんなに自然体の有名人に会ったことがない。
こんなにピュアーなオーラを放つ人に出会ったことがない。
遅刻の気後れはすぐに吹っ飛び、撮影に集中できた。
と、いうより彼の話を夢中になって聞いていた。
山の中で彼は最高に楽しいガイドさんだった。
植物を手に取ってはそれにまつわる美しいストーリーを語り、鳥の巣を見つけては木の伐採によって彼らがどんなに追いつめられているのかを教えてくれた。
僕はほとんど写真を撮るのを忘れていた。
「ところでマナブ、どんな写真が撮りたいの? 僕は昆虫と鳥たちのためならどんなことだってするよ。本当さ。」
「それじゃ、ボブ、あの木に登ってくれる?」なかば冗談だったのだけど、彼は木に登りはじめた。
そこで、カシャ!
この一枚が新聞に大きく載った。

この後、この森に住むマークとサリーの家で素敵な昼食を御馳走になった。
この家はマークが長い年月をかけて自分で造った自慢の家だ。
彼らはイギリスから自転車旅行でこの森にたどり着き、そのままこの土地を買って、住みついてしまったらしい。
タスマニアではありがちな話し。
彼は大工でもないのに自分で家を建て、農夫でもないのにたくさんの野菜を栽培する。
今もまだ家の一部は作っている最中で、この作業はエンドレスだとマークは言っていた。

突然家の中に登場したウォンバットを嬉しそうに抱きかかえるボブ・ブラウン。
その顔は、まさに少年の顔そのものだった。


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サリーさんの料理は素晴らしかった。たぶんこのキッチンが彼女の創造力をかき立てるのだろう。


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水道も電気も通っていないこの家。トイレの後は水を流すのではなく、白いバケツの中にある木屑を落とす。


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リビングで読書中のアッシン君(13)

# by somashiona | 2007-03-18 10:08

スタンリー

ついにブログデビュー。

記念すべき第一弾は、スタンリー。
彼はタスマニア州の州都ホバートから車で約1時間ほどに位置するこじんまりした町、ニューノーフォークに住んでる。
この写真を撮った約4年前、僕もこの町に住んでいた。
何度か彼と言葉を交わすうち、その鋭く澄んだ目に、僕は引き込まれはじめた。
聞けばこのおじさん、山の中で自給自足の生活をしているという。
「ヘイ、マナブ。今夜ワラビー・ハンティングをするけど、見に来ないか?」 
彼の車で山道を走っているうちに辺りはもう暗くなっていた。
彼の自慢の城である手作りの山小屋に到着。
この廃材をかき集めて作ったような山小屋、電気、水道、ガスと言ったたぐいの物は何もない。
灯りはランプとロウソク。でもそれだけでは暗く、この小屋の全体像はまったく掴めない。
ストーブに薪をくべる。冬が始まろうとしている、タスマニアの冷え込む夜。
彼と僕はぼそぼそと話しをし、しばらく黙り込み、またぼそぼそと話しをはじめる。
僕たちの顔の前を火花が舞い、頬が火照る。
彼の生い立ちなど興味深い話しに暫し花を咲かせた後、早めに仮眠することにする。
ハンティングは夜中から始めるのだ。
彼に促されて、今にも折れそうなはしごを上って屋根裏によじ登る。
彼は僕のためにこの屋根裏の彼のベッドルームをゆずってくれたのだけど、そこは経ち膝もできないほど天井が低く、寝返りも打てないほど狭い空間だった。
屋根裏は温度がぐっと低く、持っていった自分の寝袋にくるまった瞬間、眠りに落ちた。

「マナブ、起きろ、起きるんだ」
という声で目を覚ますと、暗闇でもハッキリと分かるほどスタンリーの目は輝いていた。
数時間前に昔話を語っていた顔とまったく違う、野生の顔、がそこにあった。
そのことを伝えたくて僕が声を出すと、すかさず彼は
「しぃーっ!小屋の周りにワラビーが集まっているんだ。声を出すんじゃない」
既に開いている小屋のドアから銃口を外に向ける。
先ほどまで暖かだった小屋の内部はもう完全に冷えきっている。
灯りをともせないので、中は何も見えない。
夜露に濡れた小屋の外だけが、月明かりに照らし出されている。
僕にはどんなに目を凝らしても、かすかに風に揺れるユーカリの木と、地面できらきらと光る草しか見えないのだが、スタンリーには何かが見えているらしい。
突然、パァン!という乾いた音がしたかと思うと、スタンリーは銃口を下げ、腰を下ろす。
ライフルを撃つのをまじかで見たのは初めてだったので、その運動会の、よぉーいどん、の時のような音にちょっと気が抜け、彼にどうしたんだ?と尋ねた。
「今の音で他のワラビーたちは森の中へ散ってしまったので、戻ってくるまでしばらく待つんだ」とスタンリー。
夜の冷えきった空気の中、灯りも、暖も、会話もなく、ただただ1時間ほど待ったあと、また銃を一発撃ち、そして再び、ひたすら待つ。
それを繰り返すうちに空が白んできた。

辺りがすっかり明るくなった頃、ハンティングは終了した。
しとめた獲物を回収しにいく。
ハンティングの最中、僕には彼がただ暗闇に向かって銃を撃っているようにしか思えなかったので、本当にワラビーを仕留めたのかは半信半疑だった。
でも、彼はどの辺りに撃たれたワラビーがいるのか、確信がある足取りで歩き、実際そこにはワラビーが悲しく横たわっていた。
「マナブもワラビーを小屋に運ぶのを手伝ってくれ」
一瞬、僕はひるんでしまった。
例えば、路上で死んだ犬や猫を僕はきっと触ることができないと思う。
目の前で死んでいるワラビーを持ち上げて運ぶことに、正直、抵抗を感じる。
でも、いつもそうなのだけど、写真を撮るために誰かの人生の中に入り込む時、僕にはたいがいのことができてしまう。
誰かの写真を撮るとき、僕がいつも大切だと思うことは、とにかく受け入れること。
自分の価値観はその場ではひとまず外へ置き、細かいことは後で考えるようにする。
ワラビーに手を触れた瞬間、まだその身体が温かいことに驚いた。
そう、さっきまで生きていたのだ。
持ち上げると、傷口から血が流れ出た。
二匹担ぐと、僕の服は血だらけになった。
クラクラした気持ちで歩いている僕を見て、スタンリーはニヤニヤと笑っていた。
僕も笑おうとしたけれど、あまり上手くいかなかったようだ。

ワラビーの解体がはじまった。
動物の解体を見るのも生まれて初めて。
僕は自分がそんなにヤワなタイプだとは思っていないけれど、この解体には気分が悪くなった。
よく「血なま臭い匂い」という言い方をするけれど、この匂い、まさに「血なま臭い匂い」そのものだ。
その後、はいつもは食い意地が張っている僕も、さずがにしばらくは肉を受け付けなかった。
これは小学校のとき、フナの解剖をした後、しばらくは魚が食べられなかった事件以来の出来事だ。
このワラビーの肉は、彼曰く、パスタのミートソースととても相性がいいらしい。
ちなみにタスマニアではブッチャー(肉屋です。プロレスとは関係ありません)にいくと、ワラビーの肉が買えるところもある。

ワラビーの解体が一息つくと、「紅茶飲むか?」とスタンリーが聞く。
普段はコーヒー党でまったく紅茶を飲まない僕だけど、あまりに息をのんでしまうことが続いたので喉がからからだった。
彼は僕の返事を聞くと小屋の中から、見た目にもはっきりと、とても汚いステンレスのマグカップを持ってきた。
水道がないのにどこから水を持ってくるのだろう?と思った時は既に手遅れ。
イヤな予感はしていたけれど、彼は血に染まった真っ赤な手にマグカップを握りしめ、小屋の戸口に置いてある、雨水をためたバケツの中にカップを入れ、赤茶けて、虫の死骸がたくさん浮いた水を汲んで、ストーブの上のやかんに入れた。ストーブに薪をくべ、火をおこし、お湯が沸騰するのを二人で待った。僕は彼との会話に気持ちを集中できず、彼が5分以上お湯を沸騰させてから紅茶を入れてくれるように、心から願った。
「砂糖はないけど、ハニーならあるぞ。紅茶に入れるか? このハニーは自家製なんだぞ」
僕はあの赤茶けた水を忘れさせてくれる物なら、何だって入れて欲しかった。
目をつぶって飲んだその紅茶は、今までの人生の中で経験したどの紅茶よりも美味しかった。
ワラビーの血や、虫の死骸が良いダシになっていたのだろうか?

紅茶の後、彼は彼の所有する山の中の所有地を案内してくれた。
オーストラリアが移民を受け入れた頃の、まさに彼は初期の移民で、東欧の小さな国から少年の頃にこの国へやってきた。
以来、まともな職に就いたことがないし、60歳に入った今も独身のままだが、彼が人生で誇れることは、この広い土地を所有していることだった。
自分で作った蜂蜜や新鮮な野菜、卵を売り、必要のないものにはまったくお金を使わないで、コツコツと貯めたお金でこの土地を手に入れた。
彼の広い土地にはユーカリの木が生い茂り、川が流れ、その土地の中で裸で暮らそうが、銃を撃とうが、すべて彼の自由だ。
自分の土地を見つめる彼の身体からは、自分で自分を誇れる人独特のオーラが放たれていた。
60歳を超えているとは思えないタフな身体と、穏やかな心を保つために何か努力しているのだろうか?と尋ねると、小屋の柱にぶら下がって行なう毎日の懸垂で身体を鍛え、メディテーション(瞑想)で心を安定させている、と笑って答えた。

帰り際、例の屋根裏部屋に置いたままだった僕の寝袋をとりにいった時、僕は再び息をのんでしまった。
明る昼間にその屋根裏部屋を見ると、辺り一面がクモの巣とクモだらけ。
僕は虫が苦手。特にクモはどうしてもダメ。
あんなところに自分が寝ていたなんて、、、。
知らないということは、強い武器の一つだ。

「マナブ! また泊まりに来いよな!」とスタンリーは僕に手を振った。



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# by somashiona | 2007-03-17 20:35

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