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Happy birthday Shiona!




シオナ


今日は君の誕生日、ダディは一緒に過ごすことが出来ません。
でも、君のことをいつもの10倍考えています。
ダディが雲を見るのが大好きなのは、君も知っているよね。
仕事に向かう飛行機の中から綺麗な雲をたくさん見ました。
とても感動して、いい気持ちになりました。
青い空に自由に浮かぶ白い雲はまるで君のようでした。
君の年齢と同じ7枚の写真を送ります。


Happy birthday Shiona
I love you so much!













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しばらくコメント欄を閉じさせてもらいます。
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by somashiona | 2008-08-09 17:23 | デジタル

母の日に、母のこと



僕の母は昔から手先が器用だ。
字を書けば筆を使い綺麗な文字を書くし、画用紙に向かえばいい絵をちょちょいのちょい、と描いてしまう。
木彫りをさてもお見事で、大工仕事はもう大工さん顔負けだ。
もし彼女が今のような時代に結婚し、子供をもうけていたなら 、専業主婦ではなく、アーティストのようなモノを創る、その道のプロになっていたことと思う。
彼女は文句もいわず僕たち兄妹を育て、父がストレスなく仕事に打ち込めるよう最善を尽くした。



僕たちの父が死んだ後、母は狂ったようにモノづくりに励んだ。
本当に何かに取り憑かれたように作品をつくった。
モノをつくっているときは無心になれる。
悲しみも、苦しみも、忘れられる。
父の死後すぐに母は初めての個展を開いた。
作品はほぼ完売だったらしい。
個展の後、多くの人から注文が来るようになった。
新聞に取り上げられ、NHKにも出た。
夫を失った主婦は知らぬ間に、木を扱う木工アーティストになっていた。
「長い間写真でもがいている息子よりも先に世間からスポットライトが当たるだなんて不公平だ!」と一応母にクレームを付けたが、彼女が作品つくりを通して多くの人と出会い、励まされ、人生に新しい光を見いだしたことに僕も妹も心から安堵したというのが本音だ。



思えば母はいつも木に接していた。
これは僕のおじいちゃんである母の父の影響らしい。
おじいちゃんは母が小さいときから彼女を山の中に連れて行き、木々の名前を教え、その特徴と使い方を説いたそうだ。
そんな訳で、僕が幼い頃の母の記憶をたどれば、いつだってノコギリ、彫刻刀、ノミ、カンナなどで木を削っている姿が思い浮かぶ。
多くの人たちにとって母親のイメージは、朝、前掛けをした母が、まな板の長ネギをトントンと切るあの姿だろう。
でも僕のは作業服姿でナイフや電動ノコギリを使い木を切っている絵なのだ。



僕は大工仕事も木彫りもまったくダメだが、鉛筆はいつもナイフやカッターを使って削るようにしている。
子供の頃からだ。
そうしている時、なぜだか僕は必ず母親を想う。



ソーマが色鉛筆を鉛筆削りで削ろうとしていた。
彼にカッターを手渡し、削り方を教えると、無心になって何本も何本も彼は色鉛筆を削った。
ソーマの姿に幼い頃の自分を重ね、母の姿が浮かび上がった。
そして思う「よし、いいぞ、我らの遺伝子は間違いなく受け継がれている!」と。






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by somashiona | 2008-05-11 09:05 | ソーマとシオナ

忙しい時に限って病



もうずいぶん昔から僕は厄介な病気を患っている。
それは『 忙しい時に限って病』だ。

ことあるごとに発病するが、特に締め切りがある仕事の時に発病しやすい。
やらなくてはいけない事が山積みなのに、なぜか突然部屋の掃除が始まる。
それが終わると次は洗濯機の中にたまっていた洋服がターゲットだ。
洗濯が終わるまでちょっと気分転換しよう、という軽い気持ちでソファーの下から、ホコリをかぶったギターのハードケースを引っ張りだす。


へたくそなので普段はほとんど弾かないのだが、こんな時に限って新しい曲のコピーに挑戦してしまう。
忙しい時に限って抜群の集中力を発揮してしまい、今まで弾けなかった曲が弾けるようになる。
新しい曲が弾けるようになると嬉しくなって、何度も、何度もその曲を口ずさむ。
このサイクルに一度入るとなかなか抜け出せない。
こういうことをやっていると時が経つのが異常に早い。
部屋の掃除がはじまってからすでに6〜7時間経っていたりする。


そのうち電話が数本かかり、やっとギターをやめるきっかけを掴む。
何人かの人と話をし、たいていはメールを数本出すはめになる。
このあたりで無性にコーヒーが飲みたくなるが、忙しい時に限ってコーヒー豆が切れていたりする。


いったん家を出てコーヒー豆を買うためにスーパーに行く。
新鮮な野菜や肉などを見ていると、そんな時に限って手の込んだ料理が食べたくなる。
腹が減っては戦が出来ない、と自分に言い聞かせ、家に帰るとさっそく料理に取りかかる。


美味しい料理を食べ、ちょっと苦めのエスプレッソを飲み、やっとデスクの上のパソコンに向かう。
たいがいはそこで強烈な睡魔に襲われる。
文章を書くにしても、画像の処理にしても強烈な睡魔と戦っているうちはいい仕事ができない。
時計の針は既に11時過ぎ。
こんなコンディションで頑張っても質の高い仕事はできない、次の朝早く起きて仕事をするべきだ、という悪魔の囁きに素直に従い、ベッドに潜り込む。


ベッドの中で天井を見つめながら、錆びた弦でギターを弾いたため、ひりひりと痛む指先にふぅ〜っ、ふぅ〜っと息を吹きかける。
どうして忙しい時に限ってこういうことをやってしまうのだろう、、、と思っているうちに僕は眠りに落ちる。











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コンデジショット
Moonah, Tasmania







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by somashiona | 2008-04-15 14:10 | デジタル

成功しなきゃ幸せになれない?



仕事柄、いわゆる「成功した人」に会えるチャンスが多い。
政治家、作家、アーティスト、スポーツ選手、実業家などなど。
こういう人たちとあって話をすると、ほとんどの場合もの凄い刺激を受け、感動する。
でも、彼らと別れた後、運転しながら、もしくは家に帰って眠る前、僕は何とも言えない痛みを胸の中に感じる。
こんなことを書き始めると、ちょっとカッコ悪いなぁと思うのだけど、今日はなんだか書きたい気分。
言いたいことが上手く言えるかどうかは、分からないが。


成功した人に会うと2種類のタイプの人がいることに気がつく。
一つは好きなことを純粋に追い求めていった結果、本人はさほど望みもしなかったのに成功してしまった人。
もう一つはもがき、苦しみ、「成功するぞ!」という強い意志を心に秘め、それを勝ち取った人。
別に偏見はないのだが、日本人には圧倒的に後者が多いような気がするし、また日本人はそういうサクセスストーリーが好きなのではないか?


男たる者、この世に生を受けたいじょう、何かを成し遂げよ!
今は苦しくても、いつか多くの人たちを見返してやれ!
故郷に錦を飾るまで帰ってくるな、息子よ!


こんなふうにストレートに言われなかったとしても、こんなニュアンスでプレッシャーをかけられ育った人も多いのではないか?
僕は親からそんなことを言われた覚えはないが、そういう思想を抱いて育ったような気がする。
ひょっとして『巨人の星』『タイガーマスク』『あしたのジョー』をはじめとする梶原一騎の漫画のせいかもしれない。
こういう思想を持って成功した人と話をすると偉大なる負のパワーを感じる。
素晴らしい仕事をし、世の中に大きな貢献をしていたとしても、怒り、憎しみ、憎悪、妬みなどがパワーの源だったりするのだ。
ある有名作家と食事を共にした時、彼は最近スランプなのだと自分で言っていた。原因はあるのですか?と聞くと幸せだからだと答えた。彼の創作のパワーの根源は「怒り」なのだ。

成功を意識せず成功してしまった人に会うと、いつでもそのオーラに包まれ、気持ちよくなる。
その人の前で背伸びをする必要などなく、自分のままでいていいという安心感に包まれる。
そういう人はいつでも人を喜ばせようとする。
人が喜ぶのを見ると嬉しくなってしまうらしい。
努力をし、成功しなかったとしても、それはそれでしょうがないさと笑う。
子供の頃から常に褒められて育った人にそういうタイプの人が多い。
そういう人の自分を信じる力はもの凄い。
学校でいじめにあったとしても、いじめている人より自分を信じているからどん底まで追い込まれないし、いつでも相談できる大人や友人が周りにいる。
こういう人はプレッシャーにも強い。



僕は負のパワーを持って成功した人を決して否定はしない、いや、かえって憧れるくらいだ。
タイガーマスクの伊達直人だって孤児院から這い上がってきたのだ。
友人が僕によく聞く、「マナブ、もし写真でやりたいことを成し遂げられなかったら、君は不幸かい?」
Yesとも言えるし、Noとも言える。
そしてそういうふにゃふにゃな答えを出すこと自体、すでに悲しい。

こういう話をすると「何を成し遂げたかどうやって測るんだい?」と言う話に持っていく人がいるが、そういうことを言っているのではないのだ。


子供たちを見ていていつも思う。
成功などしなくていい。
オーストラリアの国旗の横で写真を撮られる人にならなくていい。
人より優れているものがなくったっていい。
自分の好きなことを一所懸命やって、自分の立てた目標を無理せずひとつひとつクリアーし、困っている人がいれば自分のことはさておき助けてあげて、愛する人がいつも回りにいて、いつだって立ち止まることができて、足下を歩くアリんこの列を観察する人であってほしい。
何が幸せか、それを理解するのは難しいけど、くだらない思想で素晴らしい人生を灰色に見る人になってほしくはない。












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by somashiona | 2008-04-07 19:03 | デジタル

日本の味はみそ汁の味




この時期、日本のブログは桜でピンク色。
海外に住んでいて桜の美しさだけでなく、それに絡む人間模様を見ることが出来るのは嬉しい話だ。
日本に住んでいた時、桜の写真を撮ったことはほとんどなかったと思う。
でも、今ならきっと撮るだろう、もちろん人間を絡めて。
桜の開花を喜び、宴を楽しむ。
日本人ってなんてロマンチックな国民なのだろう。
オージーからその発想は生まれないと思う、たぶん。


日本に住んでいた時は無関心だったのに、ここに住み始めてからやるようになったことがいくつかある。
僕の場合、その筆頭にあがるのが、みそ汁を食べることだ。


僕は日本にいた時、ほとんどみそ汁を食べなかった。
みそ汁のことを焼きそば弁当に付いてくるスープくらいにしか思っていなかったのだ。
タスマニアに住み始めてからどう言う訳か、無性にみそ汁が恋しい。
ここでもスーパーでビニールパックに入ったインスタントみそ汁が売っている。
しばらくそれを食べていたが、だんだんともっとちゃんとしたみそ汁が欲しくなった。
それで自分で作ってみた。
料理は割と好きなのだが、みそ汁に関してはここに来てからが初挑戦だ。
色々とやってみるのだが、どうもしっくりこない。
「美味い!」と思わず声が出るみそ汁が出来ない。
インターネットで検索し、試行錯誤するのだがどうもダメだ。
上手くいかない理由を考え思いついたことは、自分がうまいみそ汁を知らないということだ。
こういうみそ汁が食べたい、という目指す物がないのだ。
今度日本に行く機会があったら、たくさんみそ汁を食べようと思う。
舌と脳が「この味、忘れられないよぉ〜」というものに出会いたい。


欲しい物が何なのか知らなければ何も得られない、というのはきっとどんな分野でも一緒なのだろう。










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コンデジで日本の桜写真に対抗、、、弱い。
Bushy Park, Tasmania


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by somashiona | 2008-04-03 11:40 | デジタル

電気を消すと、楽しいことが



先週の土曜日、子供たちとの夕食を終え、僕は夜のリラックスタイムモードに突入。
シオナはテレビで放映される子供向け映画を見ようとそわそわモードに、そしてソーマは考え事モードに入っていた。

考え事モードから目覚めたソーマは突然叫んだ。
「シオナ、今晩テレビ観れないよ!」
「えぇ〜どうして?今日は土曜日だからいつもより遅く起きていてもいいってダディが言ったもん!」昼間からこの映画を楽しみにしていたシオナは既に戦闘態勢。
「そうじゃないよ、シオナ!みんなテレビも観ちゃいけないし、電気も付けちゃいけないんだ。だって今晩8時から『アースアワー』だもん!」
「えぇ〜っ、今日は『アースアワー』なのぉ〜?ひどい、ひどい!でも、それってどういう意味?」とシオナ戦闘態勢が少しゆるむ。
地球温暖化を真剣に懸念するソーマ、片方の眉毛を吊り上げて科学者の顔になる。
そしてシオナに説明がはじまった。
ひとしきり説明を聞いたシオナ、もう攻撃態勢はとっていないがあきらめがつかない。
「ダディ、、、テレビ観ていいって約束したじゃない、、、」両手を胸の前に組んだシオナの武器「お願いの表情」で下から見上げられると、ダディはすぐにふにゃふにゃになる。
そんなダディが弱気な言葉を発する前にグリーンな男ソーマが言った。
「ローソクを部屋中につけてストーリーナイトにすればいいんだよ!前は土曜日の夜に必ずダディのストーリーを聞いたじゃない!」。ソーマ、顔が生物学者で環境運動家のデヴィッド・スズキになっている。
「イェ〜ィ!ソマソマとシオシオの話でしょう!ストーリーナイト!ストーリーナイト!」
シオナ、テレビのことはもう頭にない。






タスマニアで生きるオージーの家にはローソクの4〜5本くらい必ずと言っていいほど置いてある。ロマンチックな夜のためにだ。
しかし、僕の部屋にはそんなもの、、、いや、ちょっと待った、プチ仏壇用の短いローソクがたくさんあった!






『アースアワー』がはじまる夜の8時に部屋中の電気と電化製品のスイッチをオフにし、たくさんの短いローソクをいたる所においた。

あれ、あれ、なんだかいい感じ。

しかし、朝から体調があまり良くなかった僕の頭に『ソマソマ&シオシオ物語』のエキサイティングなストーリーはまったく浮かばず、結局日本の昔話をすることにした。






第一話は定番『鶴の恩返し』。
ピュ〜ヒュルルル〜、激しい吹雪の擬声音から物語がはじまると、ローソクの明かりに照らされた子供たちの眼はキラキラと輝きだした。
あらすじを思い出しながらの『英語版鶴の恩返し』、意外と上手くいった。
「ダディ、もっと!もっとストーリーを話して!」
はい、予想はしていました。






第二話『英語版花咲かじいさん』。
隣に住む意地悪じいさん、ばあさんに子供たちは敵意むき出し。
辺り一面の枯れ木に花が咲く場面は子供たち手を叩いて喜んでいた。
(んなわけないじゃん、と突っ込みを入れられると思っていた僕は、この反応、ちょっと意外だった)






調子に乗ったダディ、第三話目は『英語版竹取物語』。
しかし、このあたりまで来ると質問ガールのシオナはもう黙っていない。
「むかぁ〜し、むかぁ〜し、山に囲まれた小さな村に、おじいさんと、おばあ、、、」
シオナが僕の袖を引っ張る。「エスクキューズミー、ダディ。どうしていつも小さな村には子供のいないおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいるの?」
いやね、、、ええぇ〜それはね、、、。
「カモン、ダディ、そこで止まっちゃイヤだよ!」とソーマの助け舟。
「おじいちゃんが街に着物の生地を売りにいった時、、、」
「ねえ、ねえ、ダディ、どうしていつも男の人が外に仕事をしにいって、女の人は家にいるの?ナタリーのお家ではいつもお父さんのトムが家で掃除をしたり、食事を作ったりしてマミーのリンダが外で仕事をしてるよ。それにベンの家もそう、、、」

まずい、僕が子供の頃に聞いても何の疑問も感じなかった「一般的」がこの子たちには通用しない。






動揺した僕はかぐや姫が男たちに何を欲しいと言ったのか、そして最終的にはどうなるのか、話の筋をすっかり忘れてしまった。
もちろん、それまで眼を光らせて話を聞いていた子供たちからは大ブーイング。
その後、おとなしく寝かせるのにかなりの労力を使った。(逆効果)






子供たちが寝静まってからインターネットで『竹取物語』のあらすじをチェック。
お、おぉぉ〜っ、こんな難しいこと英語で説明できない、、、。
で、英語版の日本の昔話がどこかにないか探すことに。






む、ふ、ふ。見つけた。
はじめて聞く話もたくさんある。
これで土曜の夜のストーリーナイト、しばらく楽しめそう。
あ、ローソクも長いのを買ってこなくっちゃ!






大人も子供も、電気を消すと楽しいことがあるのだ。













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by somashiona | 2008-04-01 15:05 | デジタル

僕の信仰は写真教



ブログを頻繁に更新しているときは頭が常にブログモードになっているためかネタは尽きない。
だがひさびさだとパソコンの前で固まってしまう。


アラビア半島に住む遊牧民的日本男児たけやんのブログにこうあった。

どうして
生きることは、こんなにも自由で、
生きていくことは、これほどまでに不自由なんだろう。

(たけやん、そのまま使ちゃいました、ごみん、ごみん)


僕は自由を選んで海外で暮らしているが、その結果超不自由な毎日を強いられている。
5年以上もタスマニアに住んでいるのに、未だに電話が鳴ると体が固まる。
仕事の依頼の電話だと思い耳をウサギくらい大きくして相手の話すことに集中する。
心臓はドキドキだ。
そして3分もするとそれがインドなまりの英語で、携帯電話を売るためのセールスだと気がつく。


ちゃんとわからないということは、とてもストレスだ。
身の回りで起こる全てのことについて、 僕は恐ろしいほど、正確に理解していない。
どんなに念には念を入れて確認しても、母国語である日本語の理解の域には達しない。
僕は毎日グレーゾーンで生きているのだ。



久々に日本に帰り感動することは耳に入る音のほぼ全てが理解できることだ。
駅の構内アナウンス、買い物帰りの主婦の世間話、テレビから終わることなく流れ出るお笑いタレントの騒々しい声、、、。
この手の音が英語になると僕はほぼ理解できない。
もちろん理解しようと心を集中すれば可能なのだが、それにはエネルギーが必要なのでいちいち「理解しようモード」にならないのだ。
日本では「わからないモード」から解き放たれる。
1週間ほどは自分がすごい人になったようで気分がいい。
何をやるにも簡単、簡単、努力がいらないのだ。
キヨスクで周りが騒がしい中、「その冷蔵庫の真ん中の段の右側に一本だけのこっている緑色の飲み物をください」なんてことを英語で言わなくてもいいのはとても楽なことだ。



でもこの爽快な気分は1週間ほどしか持たない。
聞きたくないことまで聞こえ、それについて知らぬ間に考え、頭と心が摩耗する。
様々な情報が頭に入りすぎて段々と疲れ、他人の価値観と自分の価値観のギャップに苦しむ。
日本では多くの人が面白いと思っていることに僕は共感できない。
それは疎外感を生む。
日本では全てがあまりにもリアルで僕の大好きな空想の世界を漂えない。
それは僕を小さくする。


こちらの生活ではいいにつけ、悪いにつけ、英語が母国語でない人間のイクスキューズ(言い訳)が役に立つときがある。
教会への寄付などを街頭で頼まれたときは僕はとたんに英語のわからない日本人観光客に変身する癖がある。
それではいけないのだが、多少の失敗は英語がわかんないんだからしょうがないよね、ですまされるときがある。
「ア、アイ キャント ダンダースタンド、イ、イングリッシュ、、、」


このグレーゾーンで生きていると何事に対しても「こうあるべきだ」という確固たる態度から遠のいていく。



日本では不快、海外では不自由。
僕はいったいどこへ行けばいいのだろう?



こうなると自分の居場所は頭の中の世界だけになる。
この危ない傾向から脱する一番の方法は人と会い、コミュミケーションをとることだ。
だが、社交性に欠ける僕にとって、これがまた気の滅入る行動だ。


写真を撮るという理由があるときは、なぜか人の中にどんどん入っていける。
失敗も、不快も、不自由もこえてある確信に向かって進むことができる。
仏教徒が数珠を手にするように、キリスト教徒の胸に十字架があるように、僕の肩にキャノンのストラップがかかっていると、僕は心豊かに生活することができるのだ。









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今日もゆるゆるコンデジスナップ




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by somashiona | 2008-03-12 19:07 | デジタル

タスマニアより生存反応キャッチ




ピ、ピッ、ピ、ピ、ピッ、ピー、ピー

「た、隊長!タスマニアから生存反応をキャッチしましたぁ〜!」
「な、何っ?あいつ生きていたのか!?」
「隊長〜!うぅ〜っ、うおぉ〜、と何か苦しそうな声を上げていますが、、、」
「どれ、私にそのヘッドフォンを貸しなさい!」
「はいっ、すぐに!」
「、、、馬鹿もんっ!このうめき声が何かわからぬのか!これはタスマニアンデビルの声だ!」
ピー、ピ、ピ、ピーーーーーーーー。
「あっ、隊長、、、音が消えました、、、」


いやぁ〜、こんなに長くブログを更新できなかったのは初めてかも知れない。
超忙しいときにマック君がクラッシュ。それを3日以内でなんとか仕事で使える状態にしてからタスマニアを飛び立ち、シドニーで機関銃のようにシャッターを切った。
タスマニアに帰ってきてから、さらに撮影の嵐にもみくちゃにされ、ハードディスクもすっきりとリフレッシュしたばかりのマック君は「少しは優しくしてちょうだい!」と涙を流した。
マック君のクラッシュと同時にカメラが一台またダメになり、シドニーのキャノンサービスに送ったが撮影旅行に間に合わず、Eos5Dを友人に借りてなんとか場をしのいだ。ボディーは3台以上ないと仕事ではかなり危険だ。
多くの仕事は1台で間に合うけれど、その1台が故障などしていたならばすべての努力が水の泡になるばかりか、何よりもクライアントに大迷惑をかけるので必ず保険のためにもう1台使って撮る。
これは雑誌時代に叩き込まれた癖だ。
プロの仕事は絶対でないといけない。

今回のマック君のクラッシュは本当にショックだった。
「僕はアナログ人間で、コンピュータは写真関連で使用するのみ。それ以外の用事では別にコンピュータなしでも平気です」というのが僕の基本姿勢だった。


でもそれは大間違いだと、今回気がついた。(遅いけど)


語学の問題もあり、仕事の依頼はすべてEメールを通して受けるようにしている。
いつ、どこで、だれが、どんな目的で、いくらで、いつまでに、どこへおさめるか、英語だけに聞き間違え、間違った理解などないよう、文字にして確認するように徹底している。
その情報をマック君のスケジュール管理ソフトウェアiCalにコピーし、被写体やそこであった人たちの名前と連絡先、撮影の最中得た情報、ジャーナリストについての情報をさらに追加する。
その他お金の出入り、人との約束、何から何まですべてこのカレンダーのなかにかなり細かく僕は書きこんでいた。


バックアップについて僕が注意を向けていたのは写真に関してだけだった。
それも仕事の写真に関してだ。


撮影後、有無を言わさずCFカードの内容を全てDVDに焼く、そして同じCFカードを外付けのハードドライブとパソコンのハードディスクにコピーする。
フォトショップ等の画像処理をした後、ハードドライブのなかの不必要なカットを削除し、まだ必要と思われるRAWファイルデータと画像処理したデータを[110308cr hobart show]というようなタイトルのフォルダにまとめもう一度DVDに焼き、外付けのハードドライブにコピーした後、最初にコピーしたデータを外付けのハードドライブとパソコンのハードディスクから削除する。
仕事の写真は撮影を終えてからの数年間、きちんと保管する義務のようなものがあると多くのフォトグラファーは言う。
まるで会計学の証憑書類の保存義務のようだ。
実際、撮影を終えてから半年後などに、あのときの写真をもう一度欲しいのだが、と聞かれることがよくある。


プライベートで撮った写真に関しては呆れるほど適当な保存の仕方をしていた。
いずれきちんとしたシステムを構築しようと思っているうちに何年も過ぎてしまい、あげくの果てには今回のクラッシュで多くを失った。


ドキュメンタリーを作りたいと思っている僕が収集した多くのデータや情報も一瞬にして消えた。


火事や洪水で自分が蓄積したものを失うのなら実感もあると思う。
でも、いきなりドロンじゃねぇ、、、。
普通失踪(民法30条1項、31条)では誰かが行方不明になって7年間たてば死亡の認定を受けるらしいけど、僕の失ったデータに関しては専門家からその場で「ダメです」の認定を受けた。
「そんな冷たいことを言わないでくれ」と言うと「全て君のせいだ」とクールに言い返された。
はい、おっしゃる通りです。(涙)


撮影の依頼があると、その件に関連する情報を手当たり次第収集する。
この作業がうまくいくと実際の撮影の際も撮り方にいろいろな方向性が出てきて自分の貧弱な感性だけに頼るよりも説得力のある絵が手に入ることが多い。
この情報収集作業、今はほぼ90%以上がインターネットだ。
これもパソコンがないと全くお手上げだ。


僕は心を入れ替えた!
さあ、これからは僕もパソコン人間だ。
マックのチュートリアルで基本を学ぼう。
知らないと大切なものを守れないのだ。
(でもスケジュール管理は大きめの手書きの手帳をこれからは使おう!)



更新を待っていてくれた皆さん、ありがとう。
これからまたぼちぼちとやっていきます。
コメントの返信がとても送れてしまい申し訳なく思っています。
これに懲りず、また声をかけてください。


今回は僕の生存情報と、なくなったデータの追悼でした。
今日のタスマニアはポカポカ日和です。

んじゃ、またね!









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写真はテキストと全く関係のないコンデジスナップ。








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by somashiona | 2008-03-11 16:40 | デジタル

フリーランスフォトグラファー三者会談



先日、マシュー、ピーターそして僕を含めたタスマニア・フリーランス・フォトグラファーの三者会談がサラマンカプレイスのとあるパブで行なわれた。
彼らは黒ビール、ゲコの僕はストローを隠せばビールに見えるジンジャエールで乾杯だ。
まあ三者会談と言ってもただ単に世間話と情報交換なのだが、、、。




マシューはオーストラリアの全国紙「The Australian」をメインに、そしてピーターも全国紙「The Age」をメインに仕事をするフォトグラファーだ。
タスマニアのニュース写真のほとんどはこのふたりから全国、全世界に発信される。


マシューの話しは以前僕のブログの「ここで」
そしてピーターのことは「ここで」、触れているので興味があったら覗いて欲しい。



今回の三者会談のメイントピックスはマシューがバンコクで参加した写真家デイヴィッド・アラン・ハーヴィーと同じく写真家ジェームス・ナクトウェイのワークショップの報告だ。(カタカナが多すぎるなぁ、、、)
このふたりの写真家は世界のフォトジャーナリズムの頂点に立つ人間。
その達人から直接写真の手ほどきを受けるのだ、どんなことを学んだのかマシューに聴講料を払ってでも聞きたい。



約一週間のワークショップ、「オォ〜メ〜ン、こんなにハードな写真生活は今まで送ったことがなかったよ」とマシューは話しをはじめた。


参加者は約20人、ほとんど全てがプロフェッショナルなフォトグラファー。
「ニューヨーク・タイムズ」をはじめ世界のメディアで活躍し、数々の賞を受賞している面々だ。
参加者全員が完全に写真気違い、写真に人生をかけている者ばかりだ。
早朝からデイヴィッド・アラン・ハーヴィー、ジェームス・ナクトウェイの講義がはじまる。
講義の後、その日の課題が与えられ、昼過ぎから与えられた課題にそった写真を撮りに各々が街にくり出す。
町中を歩き回り、足が棒になった後、ホテルの部屋に戻り、夕食後の写真発表会に向けてフォトショップで写真を処理し、スライドショーを作る。
参加者各々がその日に撮った写真はホテルのプールサイドにある真っ白な巨大な壁にスライドショーとして写し出される。
「自分の写真がね、これほどまでにクソミソに批評されたこと、今まで一度もなかったよ、、、」とマシューは僕とピーターの顔を見て言った。
メディアの一線で働き、十分なキャリアのあるフォトグラファーたちがライバルたちのその日に撮ったホヤホヤの写真を徹底的に考え、どうあるべきかを、どうすればもっと強い写真になるのかを議論しあう。
それはもう、僕のような小心者は考えただけでオシッコちびってしまう。
横で話を聞いていたピーターはもうすでにパンツを濡らしていたかもしれない。



このワークショップでマシューが学んだ一番大切なことは、欲しいイメージが手に入るまで、諦めず、とことん撮ることだ。
言ってしまえば簡単なことだが、それをとことんやる人間は少ない。
彼らは欲しいイメージを手に入れるため、時にはカメラを持たず、何週間も被写体が心を開くまで、国境の監視人がパスポートを見せなくても自分を通してくれるまで、密入国する秘密のルートを教えてもらうまで、と辛抱強くそういった人々と接する。
どうやら忍耐ぬきに写真は語れないようだ。



マシューは彼が今回驚いたことの一つに、いまだライカで仕事をする第一線のフォトグラファーが多いことをあげていた。
デジタル時代の今は、ライカM8だ。
しかもそういったフォトグラファーのほとんどがカメラボディ−1台に35mmレンズ(35mm換算で)というパターン。

僕がデイヴィッド・アラン・ハーヴィーの写真で衝撃を受けたのは、あの動きのあるイメージをライカで撮っていると知った時だった。
ワークショップに参加したあるベテランフォトグラファーもライカでニューヨーク・タイムズの仕事をしていた。
新聞の仕事をライカで、、、?
新聞の仕事は何が起こっても対応できるよう17−35mm/f2.8、28−70mm/f2.8、70−200mm/f2.8というのが標準装備。
どんな現場でもほとんどのフォトグラファーはこれに近い装備で仕事をしている。
それをライカ1台と35mmレンズだけで勝負するなんて、本当に信じられない話だ。
デイヴィッド・アラン・ハーヴィーに関しては絞りも大体いつも同じ位置にセットしているらしい。
開放値だ。これも信じられない、、、難しすぎる、、、。
一台のカメラと1本のレンズで勝負する最大の理由は「シンプルイズベスト」、もうこれに尽きるらしい。
見ることに神経を注ぐ。最高の一瞬を逃さない。
シンプルであればあるほど、的中率が上がるという。


スポーツ写真、水中写真、接写の世界、そのシンプル装備では対応できない分野は山ほどあるが、この「シンプルイズベスト」は写真を撮るという行為の本質を改めて考え直してしまう言葉だ。


いつも上手く撮れなかったとき、もっといいレンズがあれば、、、もっと高性能なカメラがあれば、、、とついつい考えてしまうが、本当は今ある機材で十分すぎるほどいい写真が撮れるはずなのだ。
いい眼と腕があればの話しだが、、、。



フォトジャーナリズム的写真のテクニカルな部分をフリーランサー同士で語る時によく出る話題がフラッシュ(スピードライト)のことだ。
できるだけフラッシュを使わないで写真を撮ることにこだわるフォトグラファーが多い反面、難しい光りの状況で撮影を余儀なくされるフォトジャーナリズムの場合、欲しいイメージを手に入れることができるかどうかがフラッシュの使いこなしいかんで決まることが多々ある。
しかも一流のフォトグラファーはフラッシュを使っているにも関わらず、写真にこのフラッシュの光りをまったく感じさせない。
僕がプロとしてスポーツ雑誌で働きはじめたとき、自分の技量のなさを一番感じたのがフラッシュの技術だった。
アマチュアで写真を撮っている時にフラッシュを駆使しなくてはならない状況などほとんど出てこなかったので、これに関しては教科書通りの知識しか持ち合わせていなかった。



このフラッシュ、今でも悩みの種だ。
ありとあらゆることを試した。
ブラジルさんがブログで紹介しているオムニバウンスを使って弱めの光りを当てるのが長い間僕のパターンになっていたが、ここ一年くらいはそれを考え直し、ストレートの光を当て写真に芯を持たすようにしている。
(ブラジルさんはフラッシュの使い方がとても上手い)
しかし、どうしても色が不自然。アンバー系のフィルターをフラッシュにつけても不自然。
この話しを今回の三者会談で話すとマシューはニヤリと笑い僕に言った。
「マナブ、今回のワークショップで仕入れた情報なんだけど、、、」



あ、どうしようかなぁ〜、言おうかなぁ〜、もったいないなぁ〜、誰にも言わないんなら教えてもいいけどブログっていろんな人が見てるからなぁ〜、、、。
(引っぱり過ぎ?)



スピードライトの達人たち、なんと発光パネルにバンドエイドを貼付けているらしい。
バンドエイドのあの色が一番人肌とマッチすると言うのだ。
で、あのガーゼがついている部分はどうする?
フラッシュの発光パネルは中央から一番強い光りが出る。
発光パネルにガーゼがついたままバンドエイドを張ると一番強い光りがいい感じでディフューズされるのだ。なのでガーゼもついたままでOK!
ちょうど昨日は肌の露出が多いダンサーたちを撮影する仕事が入っていた。
この必殺バンドエイド・フラッシュをさっそく試してみた。
好みもあるだろうが、僕はとても好きだった。
フラッシュを使う場合は場明かり(Ambient Light)をどれくらい取り入れるかが悩みどころ。主要被写体をフラッシュの光りがギリギリ止められるくらいがいいが、周りの状況に左右されるのでこれといった法則はない。
経験と勘が頼りだ。




こんな話しをしていると本当にきりがないので、そろそろおしまいにしょう。
この三者会談、まだまだ面白い話題がたくさんあるので、いつかまた続きを話すことにする。
ご期待を!








こんな話題にマッチする写真がないので、テキストとまったく関係のないコンデジ写真を一枚。



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デビッド・アラン・ハービー David Alan Harvey
http://www.magnumphotos.co.jp/ws_photographer/dah/index.html


ジェームス・ナクトウェイ James Nachtwey
http://www.youtube.com/watch?v=uP4Zat6xSrM&feature=related
http://www.faheykleingallery.com/featured_artists/nachtwey/nachtwey_frames.htm




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by somashiona | 2008-02-20 23:46 | デジタル

Sorryと言える国民




昨年とても驚いたことの一つはオーストラリアの政権が変わったことだ。






前首相ジョン・ハワードは1996 – 2007の4期首相を務めた。これはオーストラリア建国史上初の快挙だ。2004年の4期目の選挙の時は僕もオーストラリア生活に充分慣れていたせいか、人々の関心の度合いや各党の色が見え、色々な人たちと選挙の話しで盛り上がった。こちらの人は若者からお年寄りまで政治の話しが大好きだ。「関心ありません」などと言おうものならその人の人格とインテリジェンス自体が否定される。この3期目の選挙はイラクへの派兵が焦点となっていた。僕の知る限り、ほとんどのオージーたちがアメリカと足並みを揃えたとこにとても怒っていた。僕はこれでジョン・ハワードもおしまいだな、と思っていた。しかし、蓋を開けるとジョン・ハワード率いる自由党の圧勝で、彼の4期目が決まった。ジョン・ハワード政権になってから、オーストラリアは空前絶後好景気だ。新しいレストランやカフェが増え、街を走るクルマも新車が多くなり、人々はショッピングに忙しい。あやふやな理由で他の国を侵略し、自利のために罪もない人々の命を奪い、「正義」という言葉を使いさせすれば、何をやっても許されるという風潮にある意味、オージーは賛同したのだ。これに僕はとてもガッカリした。「オージーたちよ、君たちもやはりそうか、、、自分の財布の中身のほうが大事なんだね、、、」という思い出いっぱいだった。実際、僕と同じ気持ちを抱いたオージーも多かったようだ。悔し涙を流す友人もいた。






しかし昨年の選挙は違った。国民のアンケートでは「ジョン・ハワードはとてもよくやっている、彼が首相になって以来オーストラリアはすべてが上手くいっている」と言う声が多数だったが、「で、これからもそれが続くの?また同じことの繰り返し?」という気持ちが国民の中に沸々とわきあがった。政治には保守的といわれるオージーが変化を求めたのだ。
オーストラリアでは州の選挙はいつも労働党が圧勝する。労働党は人々の生活に密着した政策を打ち出す。なので各州の知事、政権は労働党が握る。しかしオーストラリア全体の政治はジョン・ハワード率いる自由党だ。オーストラリア経済、外交、そういった大きなことは木を見て森を見ない労働党には任せられないという気持ちが強いのだろう。しかし、2007年12月3日にオーストラリア労働党党首を務めるケビン・ラッドが第26代首相に就任した。






ケビン・ラッドはこの選挙でオーストラリアの『盗まれた世代』に謝罪するという公約を掲げていた。








盗まれた世代(英:The Stolen Generation)とは、オーストラリア政府や教会によって家族から引き離されたオーストラリア・アボリジニとトレス海峡諸島の混血の子供たちを指すために用いられる言葉である。1869年から公式的には1969年までの間、様々な州法などにより、アボリジニの親権は否定され、子供たちは強制収容所や孤児院などの施設に送られた。「盗まれた世代」は、1997年に刊行された検事総長の報告書 "Bringing Them Home"によって、オーストラリアで一般的に注目されるようになった。「盗まれた世代」の問題が実際にあったのか、またどの程度の規模だったのかは、いまだに議論が続けられている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』から抜粋








昨日、ケビン・ラッドはこの盗まれた世代の人たちに公式に謝罪した。
この様子は生放送でオーストラリア中に流され、公園で、街頭で、広場で巨大スクリーンが設置され、各家庭のテレビの前はもちろん、多くの人たちがこの歴史的瞬間を見守った。






この演説の中でケビン・ラッドは「We say sorry」という言葉を何度も口にした。
街中、国中に「Sorry」というTシャツ、プラカード、大地に書かれた巨大文字が溢れていた。
一日にあれほど「Sorry」という言葉を目にし、耳にしたことは今まで一度もない。






僕たちの歴史は多かれ少なかれ、先住民族たちの犠牲に成り立っている。
ネイティブアメリカン、アボリジニ、イヌイット、インディオ、アイヌ、、、。
時計は巻き戻せないが、この「ごめんね」の一言がどれほど多くの人々の心のわだかまりを軽くし、人と人との距離を短くするか。
非を認めた途端、保証問題等それに関わる事柄をすべて公式に見直さなければいけない。大変なことだがそれによって今まで膠着していた問題が大きく前進するだろう。
とても前向きな形で。






日本も公式に謝罪しなければいけないことが山積みのはずだ。
ちゃんと謝れる人と人は付き合いたいと思うだろう。
今の日本に必要なのは潔さだと海外から見ているとよく思う。
潔さは日本人の得意技だったはずだ。
なにも切腹しろと言っている訳ではない。






昨日、この「Sorry」の言葉が流れるたび、人々は涙を流し、抱擁しあった。
アボリジニの人たちだけじゃない、白人もアジア人も大人も子供も。
一つの国が「Sorry」という言葉のもとに心を共にし、温かく、優しくなれた一日だった。
この感動の余波は「盗まれた世代」の問題だけにとどまらないだろう。
こういう感動を政治が国民に与えられるのだということを、特に若い世代の人たちの心に長く定着するだろう。






日本人はなんでもすぐに「Sorry」と言ってしまう癖のある民族だ。
僕はこの国に来てからこの言葉を口にしないように心がけている。
この国では「Sorry」は軽い言葉でない。
この言葉を口にすると全ての責任を取らなければいけないのだ。
しかし、本当に謝罪しなければいけないことが起こったとき、素直に、心を込めて言えるようにしたい、「Sorry」と。









写真はジョン・ハワードでもケビン・ラッドでもなく、グリーン党ボブ・ブラウンの選挙ポスターだ。


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選挙のポスターは壁や道路沿いでよく見かけるものだが、ボブ・ブラウンに関しては人々の庭の中で見ることが多い。
やはり彼の顔は緑の中がよく似合う。






選挙ポスターといえば、タスマニアでは「これって逆効果だろう、、、」と思わずつぶやいてしまうような、渋いものも時々見かける。




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今回もコンデジショットだ。






昨日、この「Sorry」の話題に包まれている間中、僕の頭の中はトレーシー・チャプマンの『Baby Can I hold you』が流れていた。
何度も何度も。




Sorry
Is all that you can't say
Years gone by and still
Words don't come easily
Like sorry like sorry …♬








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by somashiona | 2008-02-14 10:42 | デジタル

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