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シェフィールド、冬の朝



普段は積極的に風景写真を撮るタイプではないが、ヨハンの家に泊まった日の朝は何故か必ず早朝にベッドを抜け出し、朝の光を求める。
シェフィールドの冬の朝はホバートよりも格段に寒い。
霜で覆われた車に乗り込むと窓から顔を出し、アイドリングの音が迷惑にならない場所までとりあえず移動し、車にこびり付いた霜を落とす作業を始める。
これをやっているうちにいつも目が覚める。
雪こそ降っていないが、至る所が霜に覆われ美しい。
朝一番にこの小さな町に届いた光がマウントローランドをオレンジ色に染める。
いつもシェフィールドの朝はこのオレンジ色に染まったマウントローランドの撮影から始めるが、この日はもっと地味でありきたりな何かを撮りたかった。
冷たい空気に押しつぶされたような霧の塊が留まる場所を探しはじめた。
僕は霧が好きだ。
霧は心を鎮めてくれる。


朝の色温度はまだ青が強い。
光はまだ十分に地面にまわっていない。
真っ白な霜を踏みつける音がさくさくと冷たい空気の中に響く。
スニカーはすでにびしょ濡れでつま先が冷たい。
吐く息は白く僕のまわりを取り囲み、霧と混じり合う。
そもそもヨハンを訪れる予定ではなかったので、あまりしっかりした防寒具を持っていなかった。
寒さが耐えがたくなると車に戻り、また違う撮影ポイントを求め移動する。
写真を撮るというよりむしろ、朝の散歩でもするようにシェフィールドの町周辺をぶらぶらする。
車は殆ど走っていないし、歩いている人も見かけない。
朝、霧が起こりやすい場所は近くに川や溜池などがある場所だ。
貯水池がありそうな農地へと向かう。
太陽は勢い良くグングンと空へ登りはじめ、色温度は青から黄金色へと変わる。
黄金の光を受ける朝の霧、牧草地を覆った霜はゆっくりとゆっくりと溶け始め、草の先の水玉がキラキラと光りだす。
霜に覆われた蜘蛛の巣まで、まるでなにか特別な飾り付けのようだ。
羊たちの群れは鳴き声もたてず、朝からもくもくと足元の冷たい草を食べている。
制約のない写真をテンポよく撮り続ける。
こういう時の撮影は楽しい。
シャッターを切るたびに満ち足りた気持ちで胸が一杯になる。
いい写真が撮れているかどうか、そんなことすらどうでもよくなる。
前の夜にヨハンと一緒に聞いたクラッシック音楽の効果がまだ続いているのだろうか?


久しぶりにのびのびとした朝を過ごすことができた。
シェフィールドまで来て良かったと思った。
















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前の夜にヨハンと一緒に聞いたクラッシック音楽。
あなたも目をつぶって聞けば、満たされた気持ちになります。笑










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by somashiona | 2011-06-21 22:11 | デジタル

ヨハンに会いに 後編











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ヨハンの家に泊まったときは、できるだけ早起きしてシェフィールドの朝を撮るようにしている。
一般的に老人は早起きだと言われているが、ヨハンが僕より先に起きているのをまだ見たことがない。
「寝れる」ということは「体力がある」ということ、僕はそう受け取っている。
ヨハンがこの小さな町に住み着いたのは、シェフィールドがマウントローランド山の麓にたたずんでいるからだ。
この山はいつ見ても惚れ惚れするほど自信たっぷりに立っている。
山にもオスやメスの性別があるとしたなら、この山は筋肉質で無精髭をはやした寡黙な大男という感じだろう。
シェフィールドに来たのなら、まずはこの山を撮らないと。










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肌に刺さるような冷たい朝の空気を吸いながら、斜めに差しこむ朝の光がドラマチックなうちにできるだけシャッターを切り、ヨハンの家に戻る。
彼はいつものように薬をテーブルの上に並べ、いつものようにオレンジ色のポットのお湯をかけたポリッジ(オートミール)を食べている。










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僕の朝ごはんは毎週、時には毎日違う。
きっちりおかずを作ってごはんを食べる時もあるし、パンやシリアルですませる時もある。
ヨハンのこの簡素な朝の儀式は、何十年も変わることなく繰り返されてきたに違いない宗教的な神聖さと威厳がある。
彼が全てを食べ終えるまで話しかけるべきではなく、少し距離をおいた場所から彼を眺めているべきだとさえ僕に思わせる。
ヨハンのこの朝の絵は、オーストラリアで一人孤独に生きるお年寄りたちの典型的な姿ではないかという気がする。










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この日もヨハンの家の中は寒い。
「寒いね、ヨハン」
ひょっとしたらヒーターをつけてくれるのではという希望を込めて僕が言うと
「今年は例年に比べ、ものすごく暖かいんじゃ。ほら見てご覧、マウントローランドの上に一つも雪が残っとろんじゃろ」とヨハンがこたえる。


僕とヨハンの間では話が途切れても平気だ。
他の誰かと二人きりでいるとき、5分以上話が途切れると、僕は何か話さなくっちゃと目の前の沈黙を破るのにやっきになるが、ヨハンと一緒にいると彼にはそういう時間が必要だという気がする。
マグカップを手に少し曇った窓ガラス越しからマウントローランドを静かに眺めるヨハン。
声には出さないけれど、ヨハンの心のなかでは今日も山との会話が弾んでいるのだろう。
もう山には登れない彼だが、ヨハンの家の中では常に山と関わるものを目にする。
アルプスの山々が印刷されたグラスやカップのコースター、ヨーロッパの山々から届けられた絵葉書、テーブルの上には古い山の雑誌が開かれている。
高所における高山病の記事など今更読んでも仕方がないのに、、、。
彼に数々の喜びや厳しさを教えてくれた山。
いつでもそこにいるがその懐へはもう入ることの出来ない山。
山はヨハンにとって長年の友人なのだろうか、それとも崇める神なのだろうか?

「ヨハン、今日はどこかへ写真を撮りに行こうよ、どう?」

「わしは別に構わんよ」とこたえるヨハンの顔には明らかに笑顔が広がるが、彼は平静を装うとする。

「どこに行きたい、ヨハン?」

ヨハンは運転免許を持っていない。
公共の交通機関がまったく発達していないこの土地で車の運転ができないということは、誰かに依存して生きるか、それとも極端に狭い範囲にとどまって生きるかを意味する。
誇り高いヨハン、他人に依存するくらいなら不自由をすすんで選ぶだろう。
しかし、自然を愛し、写真を愛するヨハンにとってそれはさぞかし辛いに違いない。

「デボンポートはどうじゃろう?」とヨハン。

デボンポートはヨハンの住むシェフィールドから車で北へ約40分のバス海峡に面した港町だ。

「え、どうしてデボンポートなの?山に行って写真を撮りたいんじゃないの?」彼のリクエストは僕には少し意外だった。

「わしはね、海が見たいんじゃ」と僕をまっすぐ見つめヨハンがこたえる。

「山男が海を見たいの?」と少しからかうように僕が笑うと、「妻がいても若く美しい女性に目移りするのが男というもんじゃろ」とヨハンは言って突然マグカップのコーヒーでうがいをはじめたかと思うと、リビングルームに飛んでいき、カメラやビデオカメラのチェックをはじめた。










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デボンポートではヨハンの指示通りに車を走らせ、灯台の下に車を止めた。
車から降りるとヨハンはすぐに戦闘モード、いいポジョションを求めて灯台の周りを歩き回っている。










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海に面する高い崖の上に灯台は立っているため、その姿をファインダーに収めようとすると、どこから撮っても背景は空ばかりで絵にならない。
崖の下から灯台を見上げるかたちで写真を撮るため、僕はヨハンに見つからないようゆっくりと崖を降りた。










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ヨハンはまだ僕に気がついていない。










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レンズをあちらこちらに向け、構図を探していると崖の上に立つヨハンが見えた。

「お~い、ヨハン。危ないからこっちに来ちゃダメだよー!」と僕はヨハンに向かって叫んだ。

「はははは~」と声高らかに笑うヨハン。
嫌な予感はしたが、まあ、僕のいるところまでは来ないだろうとたかをくくって、僕はまた撮影をはじめた。










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次の僕のファインダーの中でヨハンを発見したときは明らかに前より僕に近づいている。
自分の歩くラインを見極める顔は真剣そのもの。
僕でも少し怖いと思うような大きな岩の段差をヨハンは慎重に、しかし大胆に降りてくる。










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「お~い、ヨハン、ダメだったら、来ちゃダメだよ。1メートルの岩からだってもし落ちちゃったら大変なことになるんだから!ねえ、お願いだからもう降りてこないでー!何かあったら全部僕の責任なんだからさー!」

多くのお年寄りが介護抜きでは生きていけなくなるきっかけとして転倒が挙げられる事が多い。
子供なら毎日お約束のように転び、膝やおでこに絆創膏を貼って次の日はけろりとしているだろうが、お年寄りにとって一度の転倒が車椅子生活に直結してしまったりするのだ。
歩けなくなると介護が必要となる。
介護が必要となると自分の意志だけでは出来ないことがたくさん出てくる。
もちろん運動量もぐっと減り、身体も心もどんどん衰弱へ向かう。










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必死の説得にもかかわらず、ヨハンは我が道を進み、僕のいる場所までたどり着くと怒る僕に向かってべろべろばーをしてみせる。










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そしてまた鬼の形相に戻って撮影を始める。
まったく、、、。

「まったく、、、」と言いながらも僕には彼の気持ちがよくわかる。
いや、僕だけじゃないだろう。
写真を撮る者なら被写体を目の前にし、押えきれなくなる自分の衝動というものを何度も経験しているはずだ。
この衝動に駆られファインダーを覗いているひとときは頭の中に雑念などない。
ある意味、瞑想状態といってもいい。
なので撮影のあとは、撮った写真の出来はさておき、何か満足した気持ちで満たされる。
これは若者も、ヨハンのようなおじいちゃんもまったく一緒だと思う。
ヨハンの年齢でこういうふうに熱くなれるものを持ち続けられるのはとても幸運だ。
本当に好きだと言えるものがある人は、意外と少ないのだ。










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「Dignity of risk」という言葉がある。
僕はこの言葉がとても好きだ。
直訳すると「危険の尊厳」だが、これじゃなんだかわからないだろう。
守ることは親切であるが、その人から自由、喜び、達成感、可能性を奪う凶悪にもなりえる。
成人で、行動の結果起こり得る危険の可能性を予期できる人に対して、それは危険だ、やめておいた方が身のためだというのはその人の尊厳を尊重していないことになる。
80歳の老人に「タバコを吸うのは健康に悪いからよせ」「夕食にマクドナルドなど食べるべきでない」と言ってもしかたない。
好きなように、好きなことをさせてあげるべきなのだ。

という訳で、ヨハンが崖を降り、夢中で写真を撮る権利を僕は奪うことが出来ないと僕なりに判断し、もう彼の好きなようにさせた。










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写真を撮っていると彼は眩しい光でも見てしまったかのように、なんども顔をしかめ、苦しそうな顔をした。
ヨハンにどうしたの?と聞くと、ここ数カ月、目が痛み、じっと何かを見つめるということがとても辛いのだという。
それなら、もう写真を撮るのはよそう、車に戻ってドライブをしよう、と僕が言うと、「いかん!わしはここで写真を撮るんじゃ!まだ満足のいく写真が撮れてないんじゃ!」となかば叫ぶようにヨハンは言った。
この時のヨハンの顔を見たら、相原さんの金剛力士も真っ青だっただろう。
写真にかける意気込みは老若男女、プロ、アマを問わず、人を豹変させるらしい。










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向こうの岩の上からの方がいい写真が撮れると言って、またヨハンは危ない岩の上を歩き出す。
僕も腹を決めて、先回りしたり、戻ったりしながら彼の気持ちが向かう方へと足を進めた。
岩の一つ一つの安定度合いを手や足で慎重に確かめ、黙々と進むヨハン。
昨夜スライドで見た若きヨハンの姿と重なり合う。
絶壁にぶら下がる若いヨハン、山の頂上から満足気に下界を見下ろす若きヨハン、僕の目頭が熱くなってヨハンの姿がにじむと、目の前のヨハンと若き日のヨハンの姿が重なり、滲み、過去と現在を行ったり来たりする。
ああ、僕たちはどうして老いていくのだろう、当たり前のことなのに、納得できない、生まれてきた者が味あわなくてはいけない現実の意味を考えてしまう。










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彼のひび割れたしわくちゃの手は必死に岩の皺を捕まえるが、よく見ると彼の顔はとても穏やかで満ち足りて、家の中にいるときの彼の顔とはまったく違うではないか。
写真を撮っているときは、僕のことなどまったく眼中に無いヨハン。
それこそフォトグラファーというものだ。










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シェフィールドに帰ると、町のギャラリーでお茶を飲んでからこの町を出なさい、とヨハンがいう。
町の自称アーティストたちが運営するギャラリーでヨハンもそのメンバーの一人だ。
都会ならこんなスペースを自由自在に使えるなんて、なんとも羨ましく思うだろう。
娯楽の少ない僻地にはこういうギャラリーが意外と多い。
何かを創造するときに使う脳と、食欲、睡眠欲、性欲などで働く脳の場所は同じだと聞いたことがある。
田舎に住む、ある種の人たちにとって、創造できる場所はパブや教会と同じくらい大切な場所なのだろう。
ヨハンが僕をこのギャラリーに連れて行きたかったのは、ここがヨハンにとって唯一の人々とつながる場所であり、この場所でヨハンという人間が認められていることを知って欲しかったのかもしれない。
ギャラリーの壁画、ピンクのドレスを着た女性の横に立つ兵隊さんはヨハンがモデルなのだと自慢するが、全然似てないじゃないか!










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ギャラリーで絵を描く人と話をし、インスタントコーヒーを飲みながら町のアーティスト作品を一通り見て、最後に患っているというヨハンの目をじっくり見せてもらった。
確かに、目の周りが赤くなっている。

「次に会うときは、目の周り、何色になっているかな?」と僕が冗談交じりでいうと「たぶん真っ黒じゃろ、わしはパンダが好きだし」と相変わらず真面目な顔を装ってヨハンはこたえた。

シェフィールドの町を背に、世界遺産クレイドル・マウンテン方面へ向かう道で車を走らせながら、僕はヨハンのことを考え続けた。










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おわり




















<過去のヨハンのおはなし>

「ヨハンのおもてなし」

「増えてる薬」

「音楽は神聖な儀式」

「ヨハンのいる時間」






「ヨハンじいさんの情熱」

「はりきるヨハン」

「ヨハン、相原さんに会いに行く旅」

「ヨハン、相原さんとご対面!」





「ヨハンおじいさんの唄 – 1」

「ヨハンおじいさんの唄 – 2」

「ヨハンおじいさんの唄−3」

「ヨハンおじいさんの唄-4」

「ヨハンおじいさんの唄-5」

「ヨハンおじいさんの唄-最終回」



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by somashiona | 2010-10-11 20:31 | 人・ストーリー

ヨハンに会いに 前編




寒い、寒い7月のある日、数日間自由な時間ができた。
しばらく家の中で缶詰状態になっていたので、無性にどこか遠いところへ行きたかった。
「そうだ、ヨハンじいさんに会いに行こう!」お昼はもうすでにまわっていたが、車に寝袋や歯磨きセットを詰め込んだ。
もちろん、カメラも。

ヨハンの家に行くには車を時速110キロで走らせても4時間はかかる。
途中でコーヒーを飲んだり、写真を撮れば片道5、6時間コース、日常の面倒なことをひとときの間忘れるには丁度いいドライブだ。
家を出る時、ヨハンに電話をしたが、繋がらなかった。
車を約2時間走らせた地点でもう一度電話したが、やはり繋がらなかった。
これが僕と同世代の友人たちへの電話なら、まだ仕事かなとか、どこか旅行にでも行ってるのかなとか、不安要素などまったくないが、高齢で一人暮らしのヨハンが電話に出ないときはいつも様々な不安要素が頭をよぎる。
友人のことを思うとき、同時に死の可能性を考えてしまう。
僕にとってそういう友人はまだヨハンしかいないが、僕が60代、70代になったときは、きっとそれが日常的なものになるのだろう。

ヨハンが住むシェフィールまであと1時間という場所でもう一度電話をすると、やっとヨハンがつかまった。
今日泊まってもいいかと聞くと、君はいつだってウェルカムだ、と彼は答えた。
ヨハンの声を聞いてやっと安心したせいか、急に写真が撮りたくなった。
結局2時間近く寄り道をし、ヨハンの家についたときにはもう夜空に星がまたたいていた。










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ドアをノックすると、ヨハンが満面の笑みを浮かべ僕を迎えてくれる。
まるで自分の実家に帰ってきたような気持ちになる。
家の中はいい匂いが漂っていた。
いつものように、ヨハンが僕のために夕食を準備してくれているのだ。
キッチンの中を忙しそうに行ったり来たりするヨハン。
男が何かに集中しているとき、特にヨハンのような職人さんが何かを作るのに集中しているときはあまり話しかけるべきではない。
男は一度に二つのことをできないように出来ているのだ。
料理を作るヨハンを静かに眺める。
大きな鍋のかなで美味しそうに茹で上がったチキンをヨハンは細かく切り刻み始める。
以前ならそんなことをするとせっかくのキチンの食感が台無しになってしまうよ、と思ったに違いない、しかし今はそれが物をうまく噛めないヨハンの工夫だということがよくわかる。










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高齢者問題は今僕の最大の関心事だ。
一年間をかけて老人介護の勉強をし、この7月に資格をとった。
今まで僕が美味しい物を作ってあげるとヨハンに提案するたび断られていた理由がやっと分かったし、彼が直面しているであろう身体的、精神的な困難は以前より少しは理解できるはずだ。

ヨハンの家の中は相変わらず寒い。
彼の家にお邪魔してからまだダウンジャケットとマフラーを脱ぐことができないどころか、体温がどんどん下がっていくのがわかる。
鼻や耳が冷たくなり、鼻水が出てくるのは僕だけでなく、チキンを刻むヨハンの鼻からもときどき鼻水がチキンに滴り落ちる。
僕は心のなかで「大丈夫、そんなことで死にはしない。大丈夫、多分この後もう一度加熱するからバクテリアは死んでしまうに決まってる」と呪文のように自分に言い聞かせる。










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料理をするヨハンの手、指、関節は赤く腫れ上がり、ところどころ皮膚が割れ、血が滲んでいる。
さぞかし痛いだろう。

食事の準備ができた。
いつものように温めて置いてあるプレートとナプキンを膝の上に乗せ、テレビを見ながら椅子に座って食べる。
大量に作ったからお替わりするようにとすすめられ、最低一回はお替りしようと僕はまた自分に言い聞かす。










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「何かニュースはないの、ヨハン?」と彼に尋ねると、「う〜ん、そうだなぁ、、、ああ、そういえば誕生日が終わったばかりだよ」と彼が答える。

「この国の男性の平均寿命は79歳、わしもとうとう79歳、ということはだね、わしはやっと人生を全うし、これからは幸運にもまだ生きていけるということに感謝しながら生きていく毎日なのだよ。おまけの人生じゃ。わしは幸せもんさ」とヨハンは笑う。

「そっか、おめでとうヨハン。とりあえず100歳を目標に頑張ろうよ」
「ははは、勘弁してくれ。あと20年間も女性を追いかけるのは楽じゃないよ」とニヤリと笑うヨハン。










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リビングルームにはマウントしたスライドフィルムが大きなライトテーブルの上に並べられている。

「ヨハン、いったい何をしてるの?写真展でもやろうっていうの?」

「いや、いや、過去の写真を整理しようと思って写真を引っ張り出してきたんじゃが、あまりの量の多さに手間取ってな、まったく終わる気配がないのじゃよ」とヨハン。

「ねえ、ヨハン、めんどくさいことお願いするようだけど、写真見せてよ。今晩はヨハンの作品の数々をじっくりスライドで鑑賞しようよ」と僕はウキウキ気分。

「そうか、見たいのか、うん、どうしてもというのなら、私は構わんよ」とヨハンも嬉しそう。
「そうと決まれば、さっそく準備にかかろう」とヨハンはすぐにソファから立ち上がり、スライド用の白いスクリーンを広げる。
「わかった、じゃあ、僕が食器を洗うからね」と僕はキッチンへ向かう。










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食器を洗っていると知らない間に僕の背後に立っていたヨハンは僕にこう聞いた。
「マナブ、君はひょっとしていつもお湯で食器を洗っているのかね?」

「うん、そうだよ。できるだけ熱湯で洗うようにしているよ。そのほうが油汚れが落ちやすいし、乾くのも早いでしょう」と僕。

「マナブ、申し訳ないけれど、水で洗ってくれんかのう。それがわしの家のやりかたなのだよ」

そういえば、ヨハンはコーヒーやお茶に使うお湯も一度やかんで沸騰させると、すぐにそれを保温ポッドに入れ、そのお湯を一日中使う。

電気代を節約しているのだ。
そのことを悟った僕の顔を見て、「そうさ、マナブよ、そういう暮らしができないと、君がわしの歳になったとき、君はすぐに破産してしまうよ。今から節約することを覚えんとな」と言って彼はひび割れた手を僕の肩の上においた。

年をとると血の循環が悪くなり手足が異常に冷える。
皮膚は薄く乾燥し、薄い紙のようにちょっとしたことで破れてしまう。
一度手足の皮膚が破れてしまうとその傷は僕たちのようにすぐには回復しない。
糖尿病を患っていれば、その小さな傷が致命傷になり足の切断や、死に至ることもある。
少しでも電気代を節約するために、暖房をつけない寒い部屋で冷たい水を使い食器を洗うヨハン。
同じことを続ければ、僕の手だってすぐに荒れてしまうだろう。
でも、一番大切なことはヨハンがやりたいようにやること。
何を選び、どう生きるかはヨハンの自由だ。
それが彼の手を腫れ上がらせ、ひび割れさせたとしても、他人がとやかく口をはさむことではないのだ。










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スライドショーのすべりだしはかなりいい感じだった。
一枚一枚の写真に対しヨハンの丁寧な解説がある。
90%の写真は風景写真で、山に関係するものだ。
彼がどんなに山を愛しているか、写真からその熱が伝わる。
愛するものを撮るその行為は、それがポートレイトであれ、風景であれ、物撮りであれ、必ず伝わってくるものがある。
驚いたのは彼が断崖絶壁をロープを使って登る貴重な写真があったことだ。
彼が本格的なクライマーだと話には聞いていたが、こうやって実際にすごい写真を見せられると、やっぱりダダものじゃなかったんだ、という僕のフィーリングを再確認することになる。
彼は最終的には断崖絶壁で杭が抜け、10数メールの落下し首、背骨などのひどい骨折で山には二度と登れない体になった。










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カシャ、カシャと写真を切り替えるたびに、ヨハンは饒舌になる。
たまには手で犬や蝶々の影を作るサービスまでやってくれる。
ありがちな、子供たちがよくやりそうな冗談だけど、僕は笑いをこらえきれない。
楽しく進んでいたスライドショーだが、プロジェクター(映写機)から煙が上がってきた。
どうやらプロジェクターの中のファンベルトが切れてしまったらしく、電球の熱が上がり過ぎてしまったようだ。










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こういう事態に対し、職人でメカニックのヨハンはあやふやに対処することができない。
直すまでとことん原因と戦う。
それはゲストの僕がいようといまいと、退屈しようがしまいが関係ない。
とことんやるのだ。
結局、その夜ヨハンは永遠とプロジェクターと格闘し、僕はお客さん用のベッドの上に寝袋を広げて午後11時前に深い眠りに落ちた。










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by somashiona | 2010-10-08 23:24 | 人・ストーリー

ヨハンおじいさんの唄-最終回



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「今日のディナーはわしが持つ。お前さんにはびた一文払わせんからな」
突然、ヨハンはあらたまって僕にそう言う。
「いいんだよ、ヨハン。僕がお世話になっているんだから、僕に御馳走させてよ」
「いいや、いかん!わしは前回お前さんに持ってもらった。今回はわしの番じゃ!」
目には絶対にゆずらないという決意が表れていたので、僕はヨハンの厚意に甘えることにした。
でも、本当は心が少し痛む。


酒、タバコはやらない。
沸かしたお湯は必ずポットに入れて、さめる前に何かに使う。
寒い冬も家の暖房は滅多に使わない。
ヨハンの家の中は朝から晩まで凍えるように寒く、話しをするたびに口から白い息が漏れる。
それでも、ヨハンにヒーターを使おうと言えない理由は、彼が電気代を節約しているのを知っているからだ。

ヨハンは国からの生活補助金で細々とやりくりしている。
彼の生活はストイックそのものだ。
「仕事が無いって文句を言ってる若者たちを見てごらん。彼らは片手にビールをのジョッキを持ち、口には煙草をくわえているじゃろ。分相応に生活し、その中で幸せを見いだすということを、奴らは知らないんじゃ」
ヨハンの生活を見ていると、今の生活に不満を抱く自分を戒めたくなる。

どれだけ苦労して貯めたお金なのかよく知っているだけに、この夜のピッツァの味は心に染みた。









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「ヨハン、今夜は何をしようか?またビーバーのドキュメンタリー番組やっていないかな?いつも夜はテレビを見ているの?どんな番組を見るの?」
ヨハンの顔が急に険しくなった。
「これはわしの個人的見解なんじゃが、テレビなんじゃよ。テレビが悪の根源なんじゃ。あの箱から垂れ流される醜い情報によって人々は変ってしまったんじゃよ。本当だ。わしは人々が変っていく様を見てきたんじゃ。若いもんたちを見てごらん。どれだけの時間をあのくだらん箱を眺め過ごしているか。彼らの言動のほとんどはあの箱から教わったもんじゃよ、親からじゃないんじゃ!」
まるで毎日繰り返し頭の中で言っているテレビへの怒りを僕にぶつけているようだった。
「じゃあ、テレビはほとんど見ないの?」
僕はなんだか楽しくなってきた。
「ドキュメンタリーとニュース番組以外は観ないな。でも映画は時々観とるよ。おっと、誤解してもらっちゃ困るが、わしが観ているのは最近の汚らわしい映画なんかじゃないよ。ちょっとだけ古いやつだ」
ヨハンの表情から険しさが消えていく。
「えっ、ヨハン、映画が好きなんだ。何が一番お気に入りなの?」
僕は興味津々だった。
「いいかね、この世で一番美しい映画は、ジョン・ウェインの西部劇なんだよ。知っとったかい?」
もうこの時点でヨハンはニコニコだ。
「え、本当?それは知らなかったよ!」
僕もニコニコ。この後、僕たちがどんなふうにこの夜を過ごすのかは、この時点ですでに見えていた。
「お前さん、ジョンの映画で何が一番好きかね?まあ、あまりにも多くの名作があるので一本に絞り込むのは難しいじゃろうが、、、」
「もちろん何本か観たことあるけれど、題名が思い浮かばないよ。特に英語ではね」
「自慢するわけじゃないが、彼の映画のコレクションをわしは持っとる。今夜はジョンの映画を一緒に見よう!」
はい、そう来ると思ってました。
「いいね、ヨハン!」
「映画を見る時は家の中を暗くせんとな、入り込めんじゃろ、あの美しい世界に!」

ジョン・ウェインを立て続けに2本観たが、僕には1本目と2本目の違いがよく分からなかった。でもそんなことはどうでもいい。ジョン・ウェインが馬に乗って悪党を撃ち落とすたびに、手を叩いて喜ぶヨハンを見ているほうが、僕にはよっぽど面白かった。









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ヨハンの家には数枚だけ人物写真が飾ってある。写真はどれも同じ人物だ。誰かの家に人物写真が飾ってあるとき、その写真の人物は間違いなくその人の人生で一番大切な人だ。
彼の部屋でヨハンを優しく見守る人物は、彼の娘さん。
奥さんとはとうの昔に離婚した。
野暮だと知っていながら、別れた理由を聞いてみた。
「わからんねぇ、、、まったく謎じゃよ。分かっているのは女っていうのは、まったくもって難しい生き物だっていうことだけじゃよ」
僕がヨハンなら、やはりそう答えるだろう。
最愛の一人娘はシドニーのテレビ局で忙しい毎日を過ごし、彼女と会うどころか、声を聞くのに電話をかけるのも、ヨハンはためらってしまうと言っていた。
そう話すヨハンは寂しそうだ。












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翌朝5時前に僕は起き、足音を忍ばせてヨハンの家を出た。
凍えそうなほど寒い、静かな朝だった。
この朝撮った一枚は以前僕のブログで紹介した「朝焼けに、馬一頭」だ。
あの写真は僕にとってはただの馬の写真ではなく、ヨハンとの思い出の写真なのだ。
この日、僕は朝の光りで目を覚ますシェフィールドの町を撮った。
毎日繰り返される朝の、ほんの一日を僕はここで過ごしただけなのかもしれないけれど、何か今までにない新しいことがはじまる予感を持たずにはいられない朝の光景だった。








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朝7時半にヨハンの家に戻ると、ガァ〜ラ、ガァ〜ラと何か不思議な音がキッチンのほうから聞こえてくる。
覗いてみると、ヨハンは年代物の自転車漕ぎマシーンに跨がり朝のエクササイズをしていた。
何かハミングしながら完全に自分の世界に入っている。
口ずさんでいるのはモーツァルト、セレナーデ第13番ト長調『アイネ・クライネ・ナハトムジク』だ。
これをi-podで聞いているのならさらに驚いたに違いないが、ちょっと大きめの古いソニーのウォークマンだったので、安心した。








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エクササイズが終わると壁画フェスティバルの写真を撮るため、ヨハンは大きな脚立を担いで足早に会場へ向かった。
その顔はプロのフォトグラファーが仕事に行く時の顔と同じだった。










ヨハンとの出会いで僕の中の何かが変わった。
それが何なのか知りたくて今回この『ヨハンおじいさんの唄』を僕は書いてみた。
不幸なことに、どんな対象を撮影しても僕は自分との関係という枠から飛び出す考え方をできない。
本当は自分が体験したことを通して何か世の中に役立つメッセージを送りたいところだが、いつだって自分の抱える小さな問題と向き合うことに帰結する。


ヨハンは自分の世界をしっかりと持っている人だ。
彼の口からよく出る言葉は "It's not my cup of tea."
今どきの人はあまり使わない表現だけど「これは性に合わない」とか「これは僕の趣味じゃないね」と言う意味。
なんでも上手くやらないといけない、みたいに考えてきた僕にとってなんだか新鮮な言葉だった。
年齢ももちろんあるだろうけど、彼は自分という人間を良く知っている。
得意分野では自分の力を発揮するが、不得意分野では決して無理をしない。
割り切ってしまえば、これは人生をストレス無く生きるコツかもしれない。
でも、彼の今までの人生物語を聞くと、この好き嫌いをはっきりさせる性格が
多くの軋轢を生じさせてきたに違いないことも、察しがつく。
しかし、あのヨハンのワークショップの写真が写し出すように、全てのボックスに見出しがきっちり張られ、あらゆる工具が整然と美しいまでに並べられているのを見ると、「少なくても、自分の世界では妥協を許さない」という彼の強い意志が伺い知れる。


彼の言動の一つ一つが僕の琴線に触れたのは、目立たず、慎ましやかに、それでいて自分に厳しく生きる人間の寂しさを見たからかもしれないし、どこか似た者同士と感じてしまう彼に、自分の将来の姿を見た彼かもしれない。


手先の器用なヨハンは自宅の一室にスイス部屋を作った。
民芸品が飾ってあるあの板張りの「スイスの部屋」には生まれ故郷の村の絵が一枚、壁にかかっている。
淋しい夜はきっとこの絵の前で一人お茶を飲み、子供の頃の記憶の中を漂うに違いない。

人は最終的には生まれ故郷の土に帰りたいと思うのだろうか、、、。

僕の個人的なことかもしれないが、僕を含めた人生を上手く生きられない多くに人たちにとって、ヨハンのような名も無い老人たちの人生から、これからの人生を幸せに生きぬく多くのヒントが得られるのではないかという、ある種の見えない糸のようなものを、ヨハンと一緒の時間を過ごせたことによって、探り当てた気がした。




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(おわり)




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いやぁ〜、いやぁ〜、長い話だったねぇ〜。
こんな長い話、卒業論文以来だよぉ!
え?ルパンって大卒かって?
まあ、その、、、ヨーロッパにある大学でぇ、、、。
まあ、いいじゃん、そんなことは!
それよりみんな、ヨハンの話に付き合ってくれてありがとうね!
それと、コメントの返事こんなに遅くなってごめんよ!
「早い」って言われると情けなくなる事柄もあるけれど、これに関しちゃ「早い」ほうがいいよね!


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by somashiona | 2007-07-19 19:16 | 人・ストーリー

ヨハンおじいさんの唄-5



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このパワー溢れるおじいさんがクスリ漬けの生活を送っていると知って、僕はショックだった。
だが同時に、ヨハンを以前よりいっそう身近に感じた。

僕も身体が弱く、ありとあらゆるクスリのお世話になっている。
僕の心安らぐ場所はクスリ屋さんだ。
薬局に入り、色とりどりのクスリたちに囲まれると、僕は妙に落ち着く。
つい先ほどの自分よりも健康体になったような錯覚に陥り、必ず何かしらのクスリを買ってしまう。どこかに出かける時もカメラバックや洗面道具の中に少なくても3種類の強めのクスリを常備している。これをバックの中に入れ忘れただけで体調不良になる。かなり重症だ。
もし寝ている間、夢の中に神様が現れ、「お前はとても正しく、清らかに生きているから一つだけ願い事を叶えてやろう。どんなことでもいい。さあ、目をつぶって言ってごらん」と聞かれたら、僕は迷わずこう言うだろう「神様、僕に健康体を下さい。毎日、頭のてっぺんからつま先まで、どこも調子の悪い所がなく過せる身体を下さい!」
「世界に名を轟かす天才写真家にしてください!」は健康の次だ。
そして天才写真家の次もまた願い事を叶えてくれるチャンスがあるのなら、「モテモテ男になって世界中の美女とハーレムで生活させてください!」とお願いすることに決めている。


ヨハンが持っていた喘息用のスプレーと同じものが僕のポケットにも入っていたのでしばらくこの話題で盛り上がった。
喘息持ちはお互いの苦労を良く知っているので、国籍や年齢を超えて理解しあえるのだ。
病気持ちもたまには御利益がある。

「もう70歳を過ぎた。体中に故障があって当然なんじゃよ。いいかね、病気を敵にまわしちゃいかんよ。上手く付き合うんじゃ。相手をよく知って、時にはゆずるべき所はゆずるんじゃよ。そうすれば奴も優しくしてくれるんじゃ。お前さんにもそういう経験はあるじゃろうが?」

僕は自分の身体の問題を嫌っている。憎んでいると言ってもいい。
だけど最近は、この数々の健康上の問題が僕に思考や理解というものを与えてくれているのではないだろうか?と考えはじめている。苦痛や不快感の中で生きるということは注意深く行動することであり、慎重に判断することであり、そして調子のいい時はそのことに感謝することでもあるのだ。
僕は病気を抱えつつも明るく、前向きに生きる人にとても惹かれるし、病気に苦しむということを理解しない人との人間関係に限界を感じる。









朝食の後、ヨハンは僕と写真を撮りに行きたいのだが構わないか?と片方の肩にニコン、もう一方にカメラバックを持って僕に聞いた。やる気満々だ。
僕は風景よりもヨハンとの散歩を楽しみたかったし、何より彼を撮りたかったので喜んで彼についていった。




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写真を撮る時の彼はかなりシリアスだ。気軽に話しかけられない。これはもう、プロ、アマを問わず、真剣に写真と勝負する人から発せられるオーラなのでどうしようもない。そんな時は少し距離を置いて、その人の世界が一度幕を閉じるまで待つしかない。




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ヨハンはシェフィールドに住むローカルの人たちと何度も立ち話をし、その度に僕を紹介してくれた。
そして僕は挨拶代わりのポートレイトを撮った。
以前に僕のブログで紹介した「シェフィールドの男たち」がその時の写真だ。




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この小さな田舎町に多くの国籍がひしめき合っている事実に僕は驚いた。
この人たちはこの町に来てからというもの、止まった時間の中で生きているような気がしてならない。




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彼らには信じるものがあるので、世の中がどう動いていようが知ったこっちゃない、という感じだ。
一種の宗教のようだ。群れないアーミッシュというところだろうか。
そして彼らをここに引き寄せ、彼らが愛し、信じるものは、他でもないこのマウントローランドなのだ。
本当に不思議な町だ。
この山が噴火でもしたら、この町の人たちは幻のように消えてなくなってしまう気さえする。









この日一日、僕はヨハンおじいさんをゆっくりと観察した。
ヨハンも僕に彼の生活のすべてを見せてくれた。




ワークショップで作業する彼。
木に触った瞬間に職人の顔に戻る。




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彼の愛するクラッシック音楽のコレクションを僕に聞かせる彼。
彼が手書きで作ったデータベースには驚いた。
ステレオの音量を調節する彼の顔は指揮台でタクトを振る小澤 征爾さながらだった。




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僕の思い入れが強くなっていくと、彼の履く靴や椅子までが僕には特別な物のように見えてくし、食事をしている時の彼は『最後の晩餐』のような神々ささえ感じた。




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だが一度、「マナブ、お前さんはわしが小便をする時も写真を撮るんじゃな」と言われ、僕は我にかえった。




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(つづく)


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by somashiona | 2007-07-18 19:39 | 人・ストーリー

ヨハンおじいさんの唄-4



ヨハンおじいさんと出会ってから1年があっという間に過ぎ、再びシェフィールド壁画フェスティバルの季節がやって来た。

この年も僕はシェフィールドを撮りに行くと決めていたが、それ以上に今回はヨハンをきちんと撮りたいと思っていた。
ヨハンには事前に電話をし、フェスティバルの期間中に訪問する旨を伝えた。
彼はまるでクリスマスが近づいている時の子供のように僕を心待ちにしてくれた。今回はB&Bではなく、ヨハンの家に泊まる。

朝日が昇る時間にシェフィールドに到着したかった。
ホバートからシェフィールドまではよく晴れた日中のドライブでも時速100キロで車を走らせて5時間近くかかる。
深夜に出発すれば時間はさらにかかる。僕がフェラーリと呼んでいるスズキの小型車だとなおさらだ。
タスマニアの夜間の運転は街灯がない真っ暗な道を走るだけではなく、カンガルー、ワラビー、ポッサム、そういった夜行性のたぐいの動物たちがヘッドライトめがけて突っ込んでくるのでスピードを落とす必要がある。
彼らの命を助けようとハンドルを切ると、自分があの世に行く。
僕のフェラーリはCDプレーヤーどころかラジオすら壊れていて動かないので、5時間以上もヘッドライトにぼんやりと照らされる深夜番組が終わった後のテレビ画面のノイズのような路面をじっと見つめ続けなければならない。世の中の悲惨な出来事から女体の神秘まで様々なことを考える時間が山ほどある。もちろん、道中カフェもマクドナルドも開いているお店など一つもないので、スナック、コーヒー類は事前に車内に用意し、30分もたてば運転席はポテトチップスの残骸だらけになる。

日の出前にシェフィールドに到着したが、撮影場所を決めていなかったので真っ暗で何も見えない町周辺の道をただ闇雲に走り回る。
風景撮影に慣れていない僕はあっという間に過ぎ去ってしまう日の出と日没のあの美しい時間帯になると、きまって落ち着きなく無駄な動きをする。
いつも事前に撮影場所を決めていないので、一番光りが綺麗な時にどこを写すか絞り込めないのだ。
結局、いい場所を見つけた時はもうそこに欲しかった光りがない。
どうも釣りと風景写真は僕には向かないらしい。




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思うような写真が撮れなかったが、それでも気持ちのいい朝の撮影を終え、僕はヨハンおじいさんの家に向かった。
午前7時30分、この時間に寝ているお年寄りはいないだろう、と何の根拠もなく思い込んでいた。









チャイムを鳴らしても誰も出てこない。
壁画フェスティバルの期間中に訪れるとはヨハンに言っていたが、この日に訪れるとは言っていなかった。いつだってワークショップか家にいるから連絡を入れる必要はない、と彼は言っていた。
何度かチャイムを鳴らしたが家は静まり返っているだけなのでもう一度後で出直そうとドアに背を向け、数歩あるき出したとき「おおぉ〜っ、すまん、すまん、マナブ、待たんかい!」と背後からヨハンの声がした。




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「ヨハン、おはよう!ひょっとして寝ていた?」
「いやぁ〜、それが、そのぉ〜、、、いつもはこの時間、起きているんじゃが、、、は、は、はっ!」
「ごめんね、起こしちゃったんだね」
「なぁあに、今起きようと思っていたところじゃよ。とにかく、中に入んなさい、入んなさい。コーヒーじゃ、朝食まだ食べとらんじゃろ?」
「そういえばお腹ぺこぺこだ!」
「わしはその前に朝の用事を済ますよ。おっ、いけない!いっ、急がねば、、、」
と言ってヨハンはお尻をおさえながらLADIES TOILETと書いてある厠へ向かった。
その姿があまりにも可愛らしかったので「ヨハン、朝の一仕事の前に朝の一枚だよっ!さあ、トイレの前に立って、立って!」とカメラを彼に向けた。
そして「あれっ、スイッチが入っていないや。あれ、あれ、コンパクトフラッシュがもう満杯だ!」とわざとゆっくりと立ち振る舞い、ねちねちと朝の攻撃を仕掛けた。
「はっ、早くせんかねっ!きっ、緊急事態なんだよ!エマージェンシーだ!」




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家の中に入ると、ヨハンは僕のために朝食を用意してくれた。
「トースト、ウィートヴィックス、シリアル、オートミール、何がいいかね?」
「ヨハンと一緒でいいよ」
「わしはウィートヴィックスとシリアルをミックスして、それにお湯とスキムミルクを入れるのじゃが、それでよいかね?あっ、ハニーも入れてあげよう。朝は甘いものを身体が欲しがっているじゃろう」

朝一だったのでネスカフェを入れたお湯は沸かしたてだった。
ヨハンは幸せそうに簡素な朝食を食べている。
僕も幸せだった。




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ヨハンが食器を洗っている間キッチンの中を僕はまじまじと見た。
前回、ここを訪れたときはまったく気がつかなかったが、そこらじゅうに医者から処方されたクスリが置いてあった。




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(つづく)


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by somashiona | 2007-07-17 19:59 | 人・ストーリー

ヨハンおじいさんの唄−3



ヨハンとの夕食を終え、彼の家に戻ると「今晩は泊まっていきなさい」とヨハンに強く勧められたが、その夜はすでにシェフィールドのB&B(民宿)にチェックインを済ませていたので丁重にお断りした。
帰り際、どうしてももう一つだけ見て欲しい物があるからもう少しだけ帰る時間を延ばして欲しいと彼に言われた。
すでに時計の針は深夜をまわっている。
「もちろんオーケーさ。何を見せてくれるの?」と僕は彼に聞いた。
上機嫌でニコニコしているヨハンの顔を見て「ノー」といえる人がいたら教えて欲しい。

この国では誰かの家を初めて尋ねたとき、普通は最初に家中を案内してくれる。
この「家の中ツアー」はどこのお宅にお邪魔する時もとても楽しい。
家の中を見るとその人のセンスや人となりが掴めるし、何よりも特に古い家はバスルームやドアノブの美しい作りを見るだけでワクワクしてしまう。
日本では初めて家を訪れたゲストに夫婦の寝室を見せる人は滅多にいないと思うが、この国ではそれが普通なのだ。
まだ手錠や鞭のたぐいを発見した経験はない。(おっと、失礼)

ヨハンの家を訪れたときも彼は僕に「家の中ツアー」をしてくれたが、一部屋だけ見せてくれない部屋があったので、ちょっと気になっていた。
よく知らない人の家の中へ乗り込む時は、こういう小さなことに敏感になる。
彼が僕に見せたいといったのはその部屋だった。
ドアを開けたとたん中から拷問の道具なんかが登場したらどうしようと思いつつ僕は恐る恐るドアを開いた。




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すぐに新築の家で嗅ぐことができる、あの独特の木の匂いがした。
部屋中全てが木目調で、この部屋だけ明らかに他の部屋とはまったく違うムードが漂っていた。
どう反応していいか決めかねている僕に「この部屋、昨年、やっと完成したのじゃよ。わしの手作りなんじゃ」ヨハンが得意そうに言った。
「ヨハン、なんだかこれでここが熱かったらサウナの中みたいだね」
「は、は、はっ、サウナときたか!この部屋はだな、純スイス風じゃ。分かるかな?この部屋にある物は全てスイスの物だ。わしはこの部屋の中で、スイスの食べ物を食べ、スイスの飲み物を飲み、スイスの音楽を聴いて故郷に思いを馳せるのじゃよ。わかるかな?この部屋はわしには特別な部屋なんじゃ。だから、本当にたまにしかこの部屋には入らないんじゃよ」

僕は突然目頭が熱くなった。
考えるより先に涙があふれた。
本当に突然だったので、自分で自分にビックリした。
僕はホームシックというものとおよそ無縁な男だが、それでも遠くはなれた国で一人住んでいると、知らぬ間に故郷をおもう気持ちは強くなっている。
ヨハンはどれほど長い間そういう気持ちを抱いて生きているのだろう?
父が死んでから涙腺が壊れっぱなしの僕だが、こんな所でトラブルに見舞われるとは思いもよらなかった。
「分かるなんてもんじゃないよ、ヨハン!写真撮らなきゃ、写真だよ!」
僕はカメラで顔を隠した。


また必ずここに来て、こんどは泊まらせてもらうよ、とヨハンと約束して、彼の家をおいとました。




B&Bについても得体の知れない感情に包まれよく眠れぬうちに5時に起きた。




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朝一番にどうしても撮りたい物があった。
マウントローランドを背景にシェフィールドの町を撮りたかったのだ。




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町を挟んで向かい側の山の頂上からいい絵が撮れとヨハンも、このB&Bのオーナーも言っていた。
本当は昨日の夕方そこに行きたかったのだけど、夕方は危ないからヤメたほうがいいとヨハンは真顔で僕に言っていた。
彼は滑落して首の骨を折るまでは趣味ではあるが、シリアスな登山家だったらしい。




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ヨハンになぜシェフィールドに移住してきたのか?と聞くと「そこに山があるからだ」と真面目な顔で答えた。
あなたはジョージ・マロリー(イギリスの登山家「なぜエベレストに登るのか?」「そこに山があるから」と答えた人)ですか?とつっこみたいところだったが、ドイツから数年前にここへ移住し僕が泊まったB&Bのオーナーに同じ質問をすると、やはり同じ答えが返ってきたし、町で立ち話をした人たちもほとんど同じように答えた。ちがうのは"Because it is there."(そこに山があるから)のitがエベレストではなく、マウントローランドということくらいだ。
どうやら皆それが本当にこの町に移住した理由らしい。




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1時間半くらいで頂上につくはずだが、あまり人の行かない山だから登山道を探すのが難しいかもしれないと忠告は受けていた。
三脚とカメラバックと1ℓのミネラルウォーターを持って歩きはじめた。
登山道らしい道があったのは最初の40分ほどで、その後は沢の中をかき分けながら歩いた。
もちろん心の中は不安でいっぱい。
でも、これがもしナショナルジオグラフィックのアサイメントだったら絶対引き返しはしないだろう、と自分に言い聞かせ山を登った。
2時間以上歩いてもまだ頂上につかない時点で迷ったと分かった。




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でも、そんなに高い山じゃない。上がってさえいれば頂上につく、と思いながらひたすら歩いた。気温はどんどん上昇し、三脚は重たい杖になり、ペットボトルの水はもうとっくになかった。3時間半かかって頂上についたが恐ろしいくらいに退屈な景色に目眩がした。
そう、他の誰かがいいと思う景色と、自分の求める物はいつだって違うのだ。面白い映画だよ、と言われ観にいき何度ガッカリして映画館を出たことがあるだろう。それと同じだ。
だが今回はちょっと状況が違う。うだるような暑さの中、しつこいアブに追われ、水もなく、右も左も同じに見えるも林の中を歩かなくてはならない。
僕は脱水症状で具合が悪くなるたび地面に倒れ込み、絶望的な気持ちで何度も木々の間から空を見上げた。




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僕の気持ちに反して、木々の間から見える空は綺麗だった。
結局、帰りも3時間半かかって車を止めた場所にたどり着いた。
頭の中は冷たい水のこと以外、何も考えられなかった。


午前中にこの町を出てホバートに帰る予定だったが、カフェで冷たい飲み物を飲んでいるうちにもう少し人を撮りたい気持ちが高まってきた。

お年寄りの人たちを撮りたかった。




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ヨハンとの会話の後、お年寄りたちを眺め、話しをすると、なぜだか彼らが今までとまったく違う人種に、僕には見えた。
当たり前のことだけど、僕が今まで経験したようなこと、そして、これから待ち受けているであろうこと、この人たちはもうすでに経験済みなのだ。

今彼らは人生をどう見ているのだろう?
人間というものをどう見ているのだろう?

僕が知りたいことの答えを、彼らの一人一人が持っているように見えた。
いや、きっと持っているだろう。







シェフィールドを去る前に、もう一度壁画フェスティバルの会場を覗いてみた。
ヨハンがいきいきとあちこちを走り回っている。
その顔は昨夜僕が見た顔とは、少し違っていた。
僕は彼に声をかけず、その場を後にした。




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(つづく)


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by somashiona | 2007-07-16 19:40 | 人・ストーリー

ヨハンおじいさんの唄 – 2



ヨハンおじいちゃんは家のドアを開けたが、中からは犬の声もしなければ、おばあちゃんの声も聞こえてこなかった。
一年間誰も住んでいなかった、と言われれば信じてしまうほど、生活の匂いのしない簡素な室内だった。
ヨハンはここで一人暮らしだったのだ。




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「さあ、さあ、コーヒーでいいかな?」
魔法瓶に入れてあったお湯でネスカフェを入れてくれた。
「朝起きるとまずはこれに熱々のお湯を入れるんだよ。そうすればお茶を飲むたびにいちいちお湯を沸かす必要はもうないからね。エネルギーの節約だよ、節約」
ちょっとぬるめコーヒーはなぜだかヨハンおじいちゃんに似つかわしかった。




「さっそくこんなことを言うのもなんなのじゃが、わしは今日楽しみにしていたドキュメンタリー番組をどうしても録画したいのじゃ、かまわんかね?」
もちろん問題ない、と僕が言うとヨハンおじいちゃんは難しい顔をして録画の設定に取りかかった。手を貸そうか?と聞くとあっさり断られた。




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設定が終わってこれから楽しい会話がはじまると思いきや、ヨハンはどっさりとソファーに腰を下ろし、本格的にテレビを見る体勢に入った。
「ねえ、ヨハン、番組は録画するんだよね?」
「そうだとも。でもわしはテレビコマーシャルというものが大嫌いなんじゃ。だからコマーシャルの間はビデオテープの一時停止をするんだよ」
「ヨハン、一時停止って、誰がするの?」
「わしじゃよ」
「それって、これから僕たち一緒にテレビを観るって言うこと?」
「そうじゃよ。今日のドキュメンタリーは面白いはずじゃよ、は、は、はっ」
「、、、、、、、。」




それから約1時間半、僕たちは北米に住むビーバーの物語を一緒に鑑賞した。
ヨハンおじいちゃんはビーバーの生態をいちいち頷きながら感心して観ていたが、僕はお金と時間をかけてこんな遠い町まできて、写真のゴールデンタイムに老人と一緒にビーバーがダムを作るのを眺めている自分に対して、100回くらい「ばか、まぬけ、ダメ男、、、」と並べられるだけの言葉を並べて自分を罵った。




番組が終わり、僕は力なくヨハンに言った。
「ヨハン、僕明日の朝早く起きて写真を撮りたいからもうそろそろおいとまするよ」
幸せ一杯だったヨハンの顔に影が差した。
「何を言っとるんじゃ、、、さっきここに来たばかりじゃないか、、、」
「うん、でももう2時間以上経ってるし、、、」
「でも君、日本からここへ移住した君とスイスからこの国へやって来たわし。まだ若い君と年老いたわし。ホバートに住む君とシェフィールドに住むわし。そんなわしらが今日偶然に出会ったんじゃ。話すことは山ほどあるんじゃないかね?」
「え?ヨハンってオージーじゃないの?」
「ヨハンなんて名のオージーがいたら、そりゃモグリだよ。まあ、多くの人たちはわしのことをジョンと呼ぶのだが。君もジョンのほうが呼びやすいかね?」
「おじいちゃんにはヨハンが似合ってると思うよ。で、ファミリーネームは何ていうの?」
「ファイファーじゃ。ほれ、映画女優でミッシェル・ファイファーというべっぴんさんがいるの知らんかね?あのファイファーじゃ。彼女、わしの娘なのじゃが、忙しくしてるよ」
「え、えぇぇ〜!ヨハンそれホントぉ!すごいよ、それって!」
「嘘じゃよ、は、は、はっ!」
「、、、、、、、、冗談キツいよ、、、」
「ところで、わしが今までに撮った写真を見てもらいたいのだが、その壁の写真なんてどう思うかね?わしの愛するマウント・ローランドだよ」
「うん、うん、ヨハン、いいじゃない。アンセル・アダムスみたいだよ」
「ほ、ほんとかね!」
「嘘だよ、ヨハン!は、は、はっ!リベンジ、リベンジ!」
「や、やりおったな、、、君、なかなか抜け目のない男じゃな、、、は、は、はっ!」




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知らない間にヨハンのペースにすっかりハマっていた。
と、いうよりむしろハマった演技を僕はした。
ヨハンの家の中、見れば見るほど「孤独」という言葉が僕の頭に浮かぶ。
壁にかかっている絵も、棚に並べられた無数の本も、彼が撮った写真さえも全てが遠い昔の物ばかりだった。絵の中の、本の表紙の、カラー写真の、全ての物から過去の色鮮やかだったはずの色がすっかりと抜け落ち黄ばんでいる。この老人はまだその抜け落ちた色の世界に住んでいるのだ。ほとんどの時間をワークショップで過ごし、時折町の人たちと話し、ニコンをぶらさげ美しい風景を撮る。でも、一日の終わりに彼が一人佇む場所は、やはりこの色あせた世界なのだ。




この人はインテリジェンスな人だ。
本棚の並べてある本にくだらない物はない。




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このタスマニアの田舎町で彼の知的好奇心や繊細なユーモアを理解する人間がどれほどいるだろうか?僕の知っている限り、田舎では知的な話を切り出すとたちまちローカルの人間から煙たがられる。




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ローカルニュースを読むテレビの中のお姉さんが唯一黙って彼の話を聞いてくれる人かもしれない。
僕がどれくらい彼の知的センスについていけるのかは分からないが、少なくても彼の話を煙たがらず、楽しそうな顔をして話を聞くだけの許容範囲はあるはずだ。
実際、こうしていきいきと楽しそうに話すヨハンの顔を見ると、明日早朝の撮影などまたいつかここに来てすればいいじゃないか、という気持ちになってくる。
少なくても、こんな僕が一人の孤独な老人をハッピーにできるのなら、それでいいじゃないか、というちょっとおごった気持ちが明日の撮影に対する意欲を上回った時、僕は腰を据えてヨハンとの会話を楽しみはじめた。




僕はポートレイトを撮る時はその人の部屋なり、家なりで撮影するのが好きだ。
被写体の住む場所を見ると生きた被写体以上にその人が見える。
その人に関する深い情報が無言で、しかしながらもの凄いスピードと量をともなって僕の脳に飛び込んでくる。
特に一人暮らしをしている人の家の中はその情報がより明確になる。
そんな中でもヨハンの家から僕の脳に入ってくる情報はあまりにもシンプルでハッキリとした輪郭を持っていた。




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彼は木工と写真と、そしてクラッシック音楽の中で生きている。
それ以外の物は排除し、彼のそばには寄せつけない態度が家中にハッキリと現れている。
彼が持つ本の90%以上は実用書だ。
小説のたぐいはほとんどない。
ワークショップ同様、全ての物が理路整然と組織だって並べられている。
そしてこれもワークショップ同様、あらゆる物にラベルが貼ってあり、その内容が何なのか一目で分かるようになっている。
これが彼の生き方なのだ。
このスイートな笑顔を僕に見せる老人は自分に対してあくまでもストイックで厳しい人なのだ。




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お腹がすいた僕はお茶に誘ってくれたお礼に夕食を御馳走することにした。
彼は何度も僕のオファーを断ったが、それならもうヨハンに会いにこない、と僕がちょっと脅すと、しぶしぶ承諾してくれた。




この町の夜に開いているお店はほとんどない。
最近開店したばかりだというお店で働く女性に対し、彼は饒舌だった。
僕のことを彼の写真の先生で親友だとお店の人に紹介してくれた。
僕もヨハンをもはや親友と呼びたい気持ちになっていた。
その気持ちを彼に伝えようとしたが、その代わりに嬉しそうにテーブルに出されたディナーをたいらげるヨハンおじいさんの顔に、僕はカメラのピントを合わせた。




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(つづく)


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by somashiona | 2007-07-12 19:41 | 人・ストーリー

ヨハンおじいさんの唄 – 1



3年前、壁画の街シェフィールドに訪れ、はじめてこの町の壁画フェスティバルを取材した。
写真を撮りながら僕は背中に誰かの視線を感じていた。
写真を撮っている時は金剛力士像とまではいかないが、奈良の大仏くらいは無愛想になっている僕なので、しばらくは背中の視線を放っておいて撮影に集中した。




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撮影が一段落して休んでいると、にこやかな顔をし、ニコンのカメラを大切に抱えた細身の老人が僕に近寄ってきた。
「失礼、あなたの撮り方はプロに違いないとお見受けしたが、、、」
これがヨハンおじいさんとの出会いだった。




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ヨハンおじいさんはこの町のボランティアのオフィシャル・フォトグラファーとしてここ数年シェフィールドの壁画フェスティバルを撮っているらしい。
おじいさんは彼の写真への愛を、穏やかで、紳士的に、なおかつとても楽しく僕に語ってくれた。







「どうかね、もしよかったらわしの家でお茶でも飲まんかね?」とヨハンおじいさんは僕を誘ってくれた。







後1時間足らずで夕暮れだ。
この日の早朝、この町に到着し朝日に輝くこの町のランドマーク、マウント・ローランドを撮影したが確かな手応えがなかった。




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翌日はこの町を去る予定だったので、西日に浮かぶこの山を撮影するチャンスは、これからはじまる夕暮れ時の一度だけだ。
しかし、ローカルの人の家に招かれ、ガイドブックに書いていない話を聞けるチャンスもそうそうない。
僕は迷ったあげく一日一回のゴールデンタイムをこのおじいさんの家でお茶をして過ごすことに決めた。




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僕はおじいさんの後をとぼとぼとついていった。
家には太ったおばあさんがいて、運が良ければ孫たちがにぎやかに庭を駆け回り、ラブラドールレトリーバがワンワン吠えながら、さらに孫たちを追いかけ回しているフォトジェニックな絵を想像しながら、ヨハンおじいさんが近道だと言う道を彼と一緒に歩いた。
大きな木の下でヨハンは立ち止まり、少し考え事をしたかと思うと、誰かの家の壊れた塀の隙間をくぐり、ほどなく彼の家についた。





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小さな町の中心部からさほど離れていない、ごく普通の、ありふれた一軒家だった。





「家の中に入る前にわしのワークショップ(作業場)を見せよう」




ヨハンおじいさんの目は先ほどより心なしかキラキラと輝いていた。
家の横から裏庭に抜ける途中、小屋というには立派すぎるかなり大きな建物が増築されていた。家よりも見るからに新しい。
中に入ると切られた木の匂いに僕は包まれ、そして正直いって、僕は驚いた。美術品のように綺麗に並べられた大小の刃物、電気工具、本格的な木工機械。
僕の母親がシリアスな木工作家なのでヨハンおじいさんの仕事場を見ただけで彼がただのサンデーアーティストじゃないことは一目で分かった。
タスマニアに来る前は人生のほとんどを家具職人としてシドニーで過ごしていたらしい。
退職し、この小さなシェフィールドに移り住んだ後も、彼のモノ造りへの情熱は冷めることなかった。
オーストラリア本土や海外から本格的な木工機械を注文し、少しずつ大きな工具を揃え、町の人たちに頼まれる物なら何でも木を使って作ってしまう、と少し自慢げに僕に教えてくれた。平日は朝から夕方までのほとんどの時間をここで過ごしていると言っていた。
そういえば、門には「午後7時前に訪れた人はワークショップのドアをノックしてください」と張り紙が貼ってあるのを見かけた。
僕はヨハンおじいさんが熱く語る家具作りへの情熱を約1時間このワークショップで聞き、記念写真を撮ってからここを出た。




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(つづく)


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「ヨハンおじいちゃんの唄」はしばらく続く予定さ!
えぇ〜、つまんなぁ〜い、とか言ったらお尻ペンペンしちゃうぞぉ!
最後まで付き合ってくれたら豪華プレゼントが待ってるかもよ!
え、何って?
そ〜だなぁ、、、不二子のお宝セクシーショットとか、、、
女性のためにはオレのダチのジョニー、ジョニーデップのヌードなんかどうかなぁ、、、
あらっ、ヌード載せたらまた怒られちゃうよって?
そっかぁ〜、残念だなぁ、、、。

ただ今インターポールの捜査が活発化していて、指名手配リストNo.1のオレはちょっとヤバいことになっているんだ。
コメントの返事をしちゃうとさ、なんていうのかなぁ、逆探知みたいなことされちゃって捕まる可能性があるから、コメント欄は少しの間だけ閉じさせてもらうよ!
いつもコメントしてくれるみんな、ごめんよ!
もうコメントなんてしてあげないからっ!なんて言っちゃダメよー!
こう見えても、オレって寂しがりやなんだぜ!
(うわぁ〜、いい歳して言うセリフじゃないよ!)







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by somashiona | 2007-07-11 18:13 | 人・ストーリー

シェフィールドの男たち



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欲張らない


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学なんていらない


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女には手出しさせない


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哀しみは人に見せない


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期待しない


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女房よりダチと一緒がいい


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笑い飛ばしてけりをつける


この土地に住めばよ、誰だってそうなるさ、と男たちは言った。








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by somashiona | 2007-05-16 01:16 | デジタル

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