タグ:ストリートフォト ( 8 ) タグの人気記事

久しぶりのストリートフォト



日曜日に市場へ出かけ 糸と麻を買って来た

テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャー

テュリャテュリャテュリャテュリャーリャー




久しぶりにストリートフォトを撮ってみたが、感覚が鈍っているのと、人に忍び寄りシャッターを切る勇気に欠けていたなど、散々な結果だった。
歩いている間、頭の中にはこの曲が果てしなく流れ続けていた。
ロシア民謡の「一週間」だ。
このリズムに乗りながらシャッターを切ると気持が弾む。(ちょっと変ですか?)
僕的にはボニー・ジャックスの歌声がお気に入りなのだが、このブログを見ている人たちの中には「ボニー・ジャックスって誰よ?」と思っている人も大いに違いない。
いちおう言っておくが、ワン・ダイレクションとはちょっと違う感じのグループだ。



f0137354_20122331.jpg






f0137354_20123452.jpg






f0137354_20124283.jpg






f0137354_20125066.jpg






f0137354_20125712.jpg






f0137354_2013652.jpg
























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


人を撮ることは楽しいが、ストリートでも差し向かいのポートレイトでも、基本的に勇気を必要とする行為でもあると思う。



ボニー・ジャックスとワン・ダイレクションを一緒にしないでください、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2014-12-19 20:21 | スナップショット

新聞の匂い




僕は鼻が利かない。
決して何かを見つけたり、判断したりする能力が低いという意味ではなく、文字通り、匂いをかぐ力、嗅覚が弱いのだ。
子供たちからは「ミスター・ノー・ノーズ」(鼻無し夫さん)と呼ばれているし、加齢臭に気がつかず、いつまでも若いつもりでいられていいと友人から羨ましがられたりもする。
とにかく、匂いに鈍感だ。

今まで食べたことがないものや、真新しい食材を目の前にすると、まずは匂いを嗅いで、一瞬なにか思考した後、それに手をつけはじめる人がいる。
僕の場合、腐った物も、食べてみて、味がおかしいと思うまで気がつかない。
匂いに敏感な人は男性よりも圧倒的に女性が多い。
どんなに素敵な男性も、匂いの方向性が(芳香性)自分の生理に反すれば、それ以上関係性の発展はない、と多くの女性が言うのを聞いた。
あるオーストラリア人の女性の友人は新鮮な匂いより、少しだけ汗臭いほうがグッとくる、と言っていたし、ある女性は彼氏の左脇からほんの少しだけ漂うワキガの香りに愛おしさを感じるとさえ言う。
僕には理解出来ない。

先日一緒にドライブをした女性も匂い敏感派だ。
彼女が男勝りの運転をするその助手席で、僕は面白い話を聞いた。
彼女が小学生だった頃、世の中で一番好きなものは新聞紙の匂いだったそうだ。
正確にいえば、新聞紙から漂うインクの匂いだったろうが、小学生の彼女にはそれはとにかく新聞の匂いなのだ。
いつでも、どんな悲しいことがあっても、新聞紙を顔に近づけ、胸いっぱいにその匂いを吸い込めば、彼女はいつだって至福のときを過ごせた。
あまりにも、あまりにも、その匂いが好きだった彼女は、ある日新聞紙を食べてみたいという思いにかられた。
小学生の彼女だって、新聞紙が美味しいはずがないことくらいわかっている。
分かっていても、それを口元へ近づけ、舌の上に乗せ、奥歯で噛み締めてみたいというおもいにどうしても抗うことができなかった。
食べてみると、やはりそれは美味しさのかけらもなかった。
この上なく素晴らしい匂いと、その味のギャップに、彼女はかなり落胆したが、それでも、新聞紙への愛が弱まることはなかった、という話を僕に聞かせてくれた。
僕はまるで、小学生だった彼女のすぐ脇に立って、その様子をつぶさに見ていたかのように、全ての様子を思い描くことができた。
今はもう十分に魅力的な大人の女性が、赤いランドセルをまだ背中に背負ったまま、両親がいない居間のソファの片隅に立って、テーブルの上で夕方のオレンジの光に照らされた新聞紙を手にとり、そこに顔を埋める様子を想像するのは、ちょっとセクシーな経験だった。













f0137354_1924767.jpg







写真はテキストと無関係です

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


鼻が悪いと、いろいろと不利なことが多いよね。



夫のスーツから漂う女性の化粧品の匂いには敏感に反応します、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2013-06-07 19:07 | デジタル

ひとりごと







f0137354_1481479.jpg













f0137354_1483116.jpg













僕がまだ18歳くらいだったっときに友人から聞いた話がなぜか忘れられない。
僕も彼も当時札幌で暮らしていたが、その友人は難しい国家試験の合格を目指し、単身東京に出て一人暮らしをはじめた。
憧れの東京。
裕福だった彼の家庭は都心にある豪華なマンションの一室を彼に用意した。
最初の数カ月は夢のような暮らしだったらしい。
勉強もはかどった。
東京に知人、友人は一人もいず、朝から昼までマンションにこもり猛勉強をし、外に出て少し散歩をしてからレストランで食事を済ませ、またマンションで夜中まで勉強をする生活が続いた。
もともと独りの時間が好きだった彼だが、毎日誰とも話さない生活が何ヶ月か続くうちに、何かが彼の中で変化していった。
試験の日は刻一刻と近づき、プレッシャーも大きくなる。
真夏の真昼間、いつものように午前中の勉強を終え、公園の道を彼は歩いていた。
頭をじりじりと焼く太陽の強い光が、真っ黒な影を彼の足元に投影し、そのとき彼は自分の歩調と合わせて動くその影の動きを、まるであかの他人を見るように眺め続けていた。
しばらくしてから、彼はふと気がついた、影を見つめながらずっとひとりごとを言っていることに。
最初は誰かがすぐそばで話をしているのだろうと思ったのだが、そのハッキリとしたかなり大きな話し声が自分のものだと知ったとき、彼はかなりショックを受けた。
すぐに札幌の実家に戻ることに決めた。













f0137354_1484634.jpg













f0137354_1491544.jpg













f0137354_1485878.jpg














話はまったく変わるのだが、僕がしばらく通っていたホバートの大きな病院で毎回顔を合わすスタッフがいる。
彼女はドクターでも看護婦でもなく、患者の介護やその他の雑務のようなことをその病院でやっていた。
ものすごく細身で顔や、たぶん体中にもソバカスのある50代前半と思われる白人女性だ。
彼女は僕を見るとマシンガンのように話しかけてくる。
しかも、僕が彼女の話に答えようと頭を動かしている間も続けざまに彼女は話し続け、僕が答えようとする内容はすでに今彼女が話していることとは合わなくなってしまっているので、結果的に僕は黙って頷く役に徹することになる。
話しかけられることが少しうざったい気分の時は雑誌を読んだり、本を読んだりする振りをしてみるのだが、それでも彼女はお構い無く話し続ける。
しばらくして、それが彼女のひとりごとだということに、やっと僕は気がついた。
その後からは僕も気楽に、話したくないときは無視、話したいときは彼女の話に耳を傾けるという態度に変えた。












f0137354_1492544.jpg













ある日、子供はいるのか?と聞かれ、二人いると答えた。
この国でよく知らない相手となにか話をするとき、天気の話やフットボールの話題をふるように「子供はいるのか?」というのはメジャーな切り口だ。
自分の子どもについて話すことが皆大好きだし、子供がいる人にとっては共通のテーマがたくさんある。
彼女にも同じ質問をした「で、あなたも子供はいるの?」と。
「息子が二人いたわ」と彼女は早口で言った。
息子がいた、、、いるではなく、いたという間違いなく過去形だった。
僕はしてはいけない質問を彼女にしてしまったと気がつき、何かフォローしなくてはと考えていると、彼女はいつものように早口でその話題についての話しをはじめた。












f0137354_1493937.jpg













最初の息子さんは幼い時まで他の子供達とまったく同じように明るく元気ハツラツで成長した。
ただ少し他の子どもと違ったのは、よく転ぶことだった。
まったくおっちょこちょいなんだから、と最初は笑っていたが、転ぶ頻度があまりにも多く、膝や手のひらに傷が絶えなかったので病院で検査してもらうと、筋ジストロフィー病のデュシェンヌ型だと診断された。
筋萎縮と筋力低下が徐々に進み、次第に車椅子生活を余儀なくされ、20歳前後に心不全や呼吸不全のために死んでしまう病気だ。












f0137354_149525.jpg













彼女の息子さんも同じ道をたどった。
息子さんの闘病生活の最中、彼女は新たに生命を得た。
二人目の息子さんは彼女や病気の長男にとって希望の星だったが、この子も、成長するに従って転ぶ回数が増え、彼らの前にまた黒く分厚い雲が浮かびはじめた。
一番考えたくない事態が彼らを待ち受けていた。
長男、次男ともにまったく同じ病気だった。
長男は19歳で、そして次男は1年記録を更新し、20歳まで生きたわ、と彼女は笑った。
彼女があまりにも悲壮感なく、あっけらかんとまるで何か楽しい出来事でも教えてくれるように話すので、僕は彼女がなにか冗談を言おうとしているのか、それとも、僕の英語力のせいで、話の筋を間違って解釈しているのではないかと自分を疑っても見たが、僕の理解はやはり正しかった。
僕はすっかり彼女の話の世界に入り込んでしまい、失礼を承知で「もし僕が二人の子供たちを失ったら、その後生きていく自信がない」というと、「大丈夫、私だってそう思っていたけど、ホラ見て、こんなに楽しそうにピンピンと生きてるわ」と僕にウィンクまでしてみせた。
「でも、じわじわと自分の子どもが病気に冒されるのを見て、青春まっただ中の20歳前にその一生を終えるなんて、まるで拷問のようだよ」と僕は目の前にいる実際にそんなふうに息子たちを失った女性に、それこそ拷問のようなセリフを吐いていた。
自分が同じ状況に置かれてしまっている想像の世界に短い時間でどっぷりと漬かってしまい、相手の気持ちなど考える余裕がなかったのだ。
「でもね、私にとっては交通事故や殺人なんかである日突然息子たちを奪われるより、こっちのほうがよっぽど良かったと思っているのよ」と彼女は早口で言う。
「彼らは彼らなりに青春を謳歌したわ。わたし驚いちゃったのよ、葬式の時に。車椅子の息子がいったい何処で作ったのか、私のまったく知らない400人以上の人たちが息子のために葬儀に参列してくれたのよ。こんな歳まで生きた私が死んだって、たぶん20〜30人くらいしか集まってくれないわよ」と言って彼女は大声で笑ったが、僕は全く笑えなかった。
「でも、息子さんたちが亡くなった後、どうやってその悲しみを乗り越えたの、、、っていうか、乗り越えられないよね、そんなこと。今みたいに笑って話ができるようになるまで時間がかかったでしょう。どうすれば、そういう苦しみから這い上がることが出来るの?」と僕は相変わらずぶしつけな質問をする。
「あの頃の私はね、あんた、冗談抜きに、真っ暗闇の洞窟で膝を抱えて、ろくすっぽ食べもせず、息をするのも苦しい状態だったわ。一口でいえば、私はズタズタに破れたボロ雑巾みたいだった」
「でも今はボロ雑巾にはみえないよ」と僕。
「やっぱりね、家族よ。父や母、兄や妹、彼らがいつも私のそばにいてくれたわ。本当にいつも、いつも。そういうときって、それしかないよ」と言って僕がそういう状態を想像している間に、彼女はまたひとりごとモードに入り、違う話題へと移っていた。
看護婦さんからお呼びがかかり、僕も診察室へ移動した。












f0137354_14101794.jpg













f0137354_14102655.jpg













人はどうしょうもなく辛く悲しい問題ぶち当たったとき、二つの選択肢から自分の取るべき態度を選ぶと思う。
一つはどっぷりとその悲しみに漬かってしまうこと。
もう一つは、できるだけそのことは考えないように努力すること。
いや、その二つの間を行ったり来たりするのかもしれない。
息子さんを失った後、彼女の頭の中にどれほどの言葉が流れ続けただろう?
どれほどこの出来事に飲み込まれないよう、戦ってきたのだろうか?
ああ、神様、どうしてこんな仕打ちを、こんな試練を私に与えるのですか?
私はあの子たちのために、最後まで精一杯尽くせただろうか?
ああ、もう一度会いたい、一目でいいから息子たちにあって、その体を抱きしめたい。
だめ、私はもうダメ、生きていけない、、、だいじょうぶ、私はきっと大丈夫、今は辛いけどきっといつか光が射す。
こんな言葉たちが四六時中彼女を襲ううちに、きっと頭の中でその言葉が収まりきれず、知らず知らずのうちに彼女の口から溢れ出ていたのだろう。
彼女にとってひとりごとは、自分を守る最大の防衛手段だったに違いない。












f0137354_14104091.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


最近ちょっと収まっていたと思ったのに、また長いテキスト病がはじまった、、、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-09-08 14:34 | 人・ストーリー

ピンぼけでも許せちゃう




ストリートフォトにピントや構図、または露出の厳密さを求めない。
それらがあまり決まりすぎると、かえって興冷めした写真に思えるときすらある。
少しはっきりしないイメージ、被写体がどういう状況なのか分かりかねる瞬間、ラジオ局にチューニングをあわせるあの雑音の中に、思考や想像が入り込む隙間があるような気がする。
とくに、モノクロのストリートフォトにその傾向は強い。
しかし、そこを強調しすぎると稚拙な写真になってしまうので、さじ加減が大切だ。












f0137354_13404580.jpg













f0137354_13405447.jpg













f0137354_1341635.jpg













f0137354_13411638.jpg













f0137354_13412694.jpg













f0137354_13413512.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ

自分の写真に関していえば、風景写真のピンぼけも許せちゃいます、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-08-18 13:46 | デジタル・モノクロ

ストリートフォトとストリートアート

以前紹介したFujifilm FinePic X100のコマーシャルじゃないが、X100を持って街を歩くと本当に野良犬になったような気分になる。
長い時間をかけて鼻をクンクンさせながら街中を歩き回り、電柱の下に小便をひっかけマーキングするようにシャッターを切る。
どういう訳か、鼻をクンクンさせるときは、街の表通りよりも路地やビルの隙間、更地の駐車場へと引っ張られるように入っていく。
そして、そんな場所は必ずといっていいほど落書きで溢れている。


「落書き」これをストリートアートと呼ぶのか、グラフィティというのか、それともただ単に記号や訳のわからない文字をスプレーで噴きつけたタギングなのか、その辺の境界線は僕には判断しかねる。
ただ、一つだけ僕にもはっきりと分かるのは、それらのストリートアート(落書き)のエネルギーの源が、僕が愛するストリートフォトのスピリットと何故かびったり重なることだ。
僕は前にも何度かブログで書いているが、公共の場所、個人の所有するものに勝手に落書きする人間たちが許せない。
ホバートのように美しい砂岩で作られた古いビルの壁に派手な色のスプレーで落書きされているのを見ると、本気で胸が痛み、思わず顔に出てしまうほどの嫌悪感を抱く。
それなのに、僕がストリートフォトを撮っているときに出くわすストリートアート(落書き)には同志と呼べるような気持ちさえ抱くのだ。
それはたぶん、ストリートアートを街中に残す奴らは、何かにとり憑かれたように、誰からも知られない自分たちの存在の記録を街に残そうと危険を犯し、ストリートフォトを街中で撮る奴らは、何かにとり憑かれたように、誰にも気づかれず注意も向けられないその時その街で生きていた人や物の記録を危険を犯しても残さずにいられないという、極々近い共通の目的意識があるからだろう。
そういう見地に立てば、僕が落書きする奴らを芯から嫌うように、勝手に人々にレンズを向け、シャッターを切り続けるストリートフォトグラファーを芯から嫌う人が多いのも、深く頷けてしまう。












f0137354_2017491.jpg













f0137354_2017438.jpg













f0137354_20181432.jpg













f0137354_20184085.jpg













f0137354_201954.jpg













f0137354_20193783.jpg













f0137354_202059.jpg













f0137354_20203020.jpg













f0137354_2021098.jpg













f0137354_20214825.jpg













f0137354_2022837.jpg













f0137354_20222613.jpg













f0137354_20234559.jpg













f0137354_20225599.jpg













f0137354_20273411.jpg













f0137354_2028352.jpg













f0137354_2028295.jpg













f0137354_20285479.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


勝手に撮られるのや嫌だが、撮るのはどちらかと言えば好きだ、と思った我がままな人もポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-08-10 20:39 | デジタル

今日は一日中、雨



今日は一日中雨。
小糠雨がしんしんと静かな音をたてるように降っていた。
タスマニアの人たちは雨が降ってもあまり傘をささない。
白く、風が吹くと方向を変えるような小糠雨は、意外にも短時間で驚くほど僕たちの身体を濡らす。
霧のような雨だから大丈夫さ、と侮っていると、突然土砂降りになり、また霧のような雨に戻る。
雨の中を歩きながら写真を撮るのはとても面倒だが、普段はなかなか撮れないようないいショットをものに出来るチャンスでもある。
数枚撮る度にレンズを拭き、数枚撮るごとにジャケットの中にカメラを隠す。
なんでこんな寒さの中、雨に濡れて街をうろつきまわり、写真など撮らなくてはならないのだろう、という考えが一瞬頭の中をよぎるが、答えはフォトグラファーだからに決まってる。
写真を撮ることで生を感じるのだ。
この日、僕がこの世に存在し、この目で何を見たのか、その証拠を残すのだ。

体が芯から冷えたせいか、また熱が出そうな気配。
ああ、この虚弱体質、なんとかならないものか、、、。










f0137354_21483296.jpg













f0137354_21484852.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


だ、か、ら、自己管理が大切なんだってばー、ストリートフォトよりもー、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-07-31 21:51 | デジタル

ストリートフォト、影と追いかけっこ


写真を撮る時、特に仕事ではなく自由な写真を撮る時、できるだけテーマを決めて撮るように心がけている。
この日の朝は出来るだけ影を使った写真を撮ろうと決めていた。
ストリートフォトを撮るとき、どうしても目の前を通り過ぎる人間の面白さに目が行ってしまいがちだが、街に降り注ぐ光と影を使った抽象的な絵だってストリートフォトとして成立する。
ストリートフォトは写真道場だ。
太陽の位置、雲の動き、日の当たっている場所、影の中、適切な絞りとシャッタスピード、被写体の距離、レンズの画角がカバーする範囲。
自分の行動を客観視すること、じっくりと観察するがキョロキョロしないこと。
撮るべきものがどこにあるのか、匂いを嗅ぎ分ける能力、次に何が起こるのか予測する力。
目の前で何が起こっているのか素早く察知し、それを一瞬で切り取る作業は写真の腕を上げるにはもってこいの練習だ。

高熱でうなされているとき、アンリ・カルティエ=ブレッソンが夢に出てきて、FUJIFILM FinePix X100を買いなさい、と僕に言った。(本当です)
すぐに注文して、すぐに僕のもとにやってきた。
このカメラ、もちろん一眼レフカメラではなく、かといってライカのような本当のレンジファインダーカメラでもない。
たぶん、高級なコンパクトカメラだと言うのが近いだろう。
しかし、愛すべきカメラだ。
フルサイズ換算で35mmの単焦点レンズが付いている。
開放値はF2。
僕が普段使っているキャノンのEosのように素早く被写体に反応するカメラではない。
最近ブログにアップしている一連のストリートフォトはすべてマニュアルフォーカスで撮っている。
ピントが合っているのかどうか、目で確認するのではなく、距離で(被写界深度で)撮るのだ。
絞りをF8くらいにし、ピントは基本的に2メートルに固定する。
撮りたい物や人が射程距離内に入ったところでシャッターを切る。
被写体が射程距離より遠い時、もしくは近い時、勘でピントリングを少し回す。
どれくらい回せばピントがどれくらい動くのか、何度も練習して指に覚えこませる。
露出はこの日、絞り優先にしたり、マニュアルにしてみたりだったが、撮った写真をパソコンで見るとやはりマニュアルで露出を決めたほうが遥かに安定していた。
35mmの単焦点レンズ、とても使いやすい画角だが、パンチに欠ける写真になりやすい。
広角レンズのデフォルメ的面白さもなく、望遠レンズの切り取る迫力もない、この微妙な距離感、まるで大人の男女関係、大人の間合いだ。
大人だから、引くのか、寄るのか、ファインダーを覗く前に明確にしておく必要がある。
このレンズの距離感、自分の目が35mmの画角になるまで徹底的に体を使って覚える必要がある。
コニカヘキサーRFやベッサTを使っていたあの感覚が久しぶりに舞い戻ってきた。
そういえば、タスマニアで初めてやった写真展はコニカヘキサーRFやベッサTで撮ったストリートフォトだった。
X100、まだ身体の一部になっていないし、Eosのようにサクサク撮れないが、使っていてたまらなく楽しいカメラだ。
FUJIFILMさん、次は50mm単レンズがついたX200をだしてください。
天国のブレッソンさんも大賛成だと思います。

X100の話はまた今度。













f0137354_225440.jpg













f0137354_2253840.jpg













f0137354_2255111.jpg













f0137354_226797.jpg













f0137354_2262611.jpg













f0137354_2263865.jpg













f0137354_226488.jpg













f0137354_22712.jpg













f0137354_2272277.jpg













f0137354_2273769.jpg













f0137354_22802.jpg













f0137354_2281850.jpg













f0137354_2283180.jpg

























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ



X Pro-1じゃないところがミソですねー、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-07-30 22:14 | デジタル

同じ角、それぞれの人生



よく使われる英語のフレーズで "You never know what's around the next corner." というのがある。
「人生、次の角に何が待ち受けているかはわからない」というような意味だ。

この日の朝、ホバートの街角を歩く人たちを待ち受けていたのは、カメラを構えた僕だった。笑
ほんの数分、同じ角でそれぞれの人生。
これから比較的ハッピーな日を過ごす人もいれば、最悪な一日になるだろう人もいる。
まだ誰にも分からない。

知らない人たちの顔や仕草に宿る物ほど想像力をかきたてるものはない。
シャッターを切った一瞬に見えているものは、画面の中のたぶんほんの30%くらいだろう。
ストリートフォトの魅力は予測できないこと。
家に帰り、撮った写真をじっくり見ると、そこから偶然が運ぶ不思議さと面白さが浮かび上がってくる。
この間(ま)、この雰囲気は計算して撮れるものではない。
これは写真だけが表現できる特殊な世界だ。
ストリートフォトは賛成派と反対派の意見が強く分かれる分野だろう。
肖像権、プライバシー、著作権、表現の自由、発表の自由、様々な議論がされるが、最近はもっぱら撮られた人たちの肖像権の方が表現の自由よりも強く、このことについて深く考えたことのない人たちでさえ、「勝手に写真を撮るな!」と声を荒らげる。
写真という表現の世界からストリートフォトが消えてしまったら、僕たちは生きた街の自然体な様子を二度と見れなくなる。
僕の写真の原点はストリートフォトだ。
微妙な問題が多く絡むストリートフォトをメディアなどが扱いたがらないのは分かるが、それにしても、もう少しこの分野に対する理解がもっと深まる機会やイベントがあってもいいのではないかと思う今日この頃だ。












f0137354_1111612.jpg













f0137354_11111679.jpg













f0137354_11113576.jpg













f0137354_11114531.jpg













f0137354_11115651.jpg













f0137354_1112669.jpg













f0137354_11121788.jpg













f0137354_11122838.jpg













f0137354_11124135.jpg













f0137354_11125380.jpg













f0137354_1113266.jpg













f0137354_11131462.jpg













f0137354_11133018.jpg













f0137354_11133985.jpg


























余談だが、FujifilmさんのX100とX10のめちゃカッコイイCMを見つけてしまった。
これ、日本でも流しているのかなぁ?
こんなに写真マニアの心をくすぐるCM、今まで見たことがありません。




























人気ブログランキング」参戦中。
本気でポチッとしてねー!
↓ ↓ ↓
人気ブログランキングへ


よっしゃ、俺もカメラを持ってストリートへ繰り出そう、と思った人はポチッとよろしく!









このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!












by somashiona | 2012-07-29 11:32 | デジタル

<< previous page | next page >>