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朝で決まる




夜遅くまで起きて、だらだらと寝坊してしまった日は最悪だ。
一日の始まりからすでに気だるさと、スッキリしない頭と、自己嫌悪に支配されている。
自分の状態を知るバロメーターは早起きできているかどうかでわかる。

例えば、注文したカメラが届く日の朝。
3日間のキャンプに出かける日の朝。
美女とデートの約束がある日の朝。
大きな仕事が入っている日の朝。

そんな朝は、目が覚めた瞬間からワクワクドキドキで頭が冴える。
窓から差し込む朝日も、ひんやりした空気も、淹れたてのコーヒーも全てが新鮮に感じる。
どうせ一度の人生を生きるなら、毎朝そんな気持ちで目覚めたい。
今日一日がどんな日なのか、すべての人にとって朝の時点ではわからない。
小さな事でもいいから、朝から「よっしゃ、今日も一日がんばるぞー!」という気持ちになれることを自分で仕掛けていきたい。
夜、早く寝て、朝、まだ空が暗いうちに起きて、一日をたっぷりと使いたい。













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by somashiona | 2012-10-08 17:58 | デジタル

写真とは摩訶不思議



夕暮れ時の海岸沿いに立ち、いつもとあまり変わらない海を眺める。
すると、右の方から若いカップルが、左からは熟年の二人が歩いてきた。
二組の男女の歩調はほぼ同じ。
まるでビーチの真ん中に流れこむ潮水の辺りに大きな鏡があって、その中に、男女の過去と未来が映りこんでいるようだった。
この二組の男女が交差したとき、彼らはお互いの存在など気がつかなかったかもしれない。
たまたまそこを通りかかった、何の接点もない他人同士。
そして、この二組の男女と何の接点もない東洋人の男がその様子を眺め、写真に収める。
2012年秋の週末、タスマニアのビーチ沿いを歩いたことなど、彼ら自身でさえ2、3週間もすれば忘れてしまうかもしれないが、その瞬間は彼らの意思とは関係なく、永遠に残され、ひょっとするとこの写真を見たまったく知らない誰かの心にも残るかもしれない。
写真とは摩訶不思議なものだ。












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by somashiona | 2012-10-03 23:14 |

遠くへ行きたい




ものごとが落ち着くべき場所に落ち着き、慌ただしい毎日の強風がふと止み、まるで台風の目の中に立っているかのように心が穏やかになると、僕は無性にどこか遠くへ行きたくなる。
どこでもいい、ただ知らない街へ行きたい。
学生の頃なら、そんな発作に襲われると、躊躇なくオートバイのシートにダッフルバッグをくくりつけ、当てもなく走り続けた。
どういう訳か、たいてい出発は夜中で、交通量が少なく暗い国道を照らすヘッドライトの光を見つめながらひたすらスロットルを開けた。
聞こえるのは単気筒の乾いたエンジン音とヘルメットに当たっては砕け散り後方へと吹き飛ばされる風の音だけ。
何時間も走り続けると、やがて空がだんだんと青くなり、雲の隙間からピカァーと朝日がさすあの瞬間がたまらなく好きだった。




オートバイを持っていない今ならどんな方法で遠くへ行くだろう。
お手軽なのはもちろん車だが、これだとあまりにも日常を引きずる。
船や飛行機も利用したくない。
そんな大げさでなくていいのだ。
夜行列車かグレイハウンドのような長距離バスがいい。
暖かいウールのハーフコートとニット帽にキャンバス地で出来た小型のバックパック一つ肩にかけて、バスに乗り込むのだ。
やはり、出発は夜だろう。












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バスが動き出して一時間もしないうちに、周囲の乗客たちは座席から崩れ落ちそうな体勢で居眠りをはじめる。
たぶん僕は気持ちが高揚して眠りに落ちるどころか、本も読めず、iPhoneにヘッドフォンを差し込んで音楽を聞く気にもなれないはずだ。
外気と車内の温度差で曇った窓を手のひらで擦りながら、真っ暗な窓の外にじっと目を凝らし続けるだろう。
遠くに見えるほんの僅かな光の塊がいったいどんな街なのか想像し、人々が眠り静まりかえった小さな街をものの数分で通り過ぎてしまうと、また窓に顔を近づけて真っ暗な、何も見えない外の景色に目を凝らすのだ。
自分の吐く息で曇るガラス窓を手のひらで擦りながら。
朝の4時くらいまでそうしていると、たぶん頭も身体もどんよりと重くなってくるはずだ。
外の新鮮な冷たい空気に飢えるだろう。
窓の外に目を凝らすとまた小さな灯りの塊が遠い暗闇の中に浮かび上がって見える。
そこがどんな街であろうとその街でバスを降りよう、と小さな決意をする。
太ったバスの運転手が「本当にここでいいのか?」と怪訝そうな顔で尋ねるが、彼だって眠たい頭でそれ以上質問すべきことが浮かばず、すぐにハンドルに顔を戻し、プシューと音を立てドアを閉める。
どこかわからない小さな街の真っ暗なバス停に降り立った僕を冷たい空気と興奮が包みこむ。
朝の空気は予想以上に冷たい。
黙ってそこに立っていても仕方がない。
とにかく灯りのある方へと歩き出す。
こういう時、蛾と僕はベストフレンドだ。












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歩き出しているうちに空がだんだんと明るくなる。
どうやら今日は曇り空らしいと思いながら、オレンジ色の朝日に染まった雲の動きをじっと眺める。
木々の隙間から見える空がみるみるうちに明るくなる。












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気がつくと、街を見下ろす丘の上の広場に出る。
歩みを止め、パックパックからパーコレーターを取り出し、公園のベンチに座りテーブルの上で朝のコーヒーを作る。
ゆっくりと深呼吸しながら湯気の上がるマグカップを両手で包み込む。
この時点で僕の遠くへ行きたい発作は引き潮のように静かに沖へ向かって流れ、僕は満足感で満たされているだろう。












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歩いてきた道をなんとか記憶をたどりながら戻り、1,2時間ほど前に降り立ったバス停で今度は来たときと逆方向へ向かうバスを待つ。
ほどなくやって来たバスに乗り込む。
これからどこか遠くへ行く人々で座席の8割は埋まっている。
座席のあちらこちらでキャーキャーと声を立てる子供たち。
iPhoneの上に人差し指を走らせ周囲や窓の外の景色などにはまったく興味を示さない若者。
ひそひそ話に花を咲かせるお母さんグループ。
休日に無理やり引っ張り出されたせいか、むっつりした顔で半分に折った朝刊に目を凝らしているお父さん。
長距離バスはまるで銀河鉄道の夜の世界を走る列車のように朝の重たい霧の中に向かって進む。
僕は自分の座席側にあるカーテンを閉め、バックパックを枕にして寝る体制を整える。












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写真とテキストは無関係です


















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by somashiona | 2012-10-02 16:44 | デジタル

自分の顔




最近、友人のピーターの家に行くと、彼は必ず僕のX100を奪ってパチパチ写真を撮りはじめる。
彼もこのカメラを購入予定なのだが、とにかく少しでも多く触りたくて仕方が無いのだ。
家に帰ってX100の中の写真をパソコンに移動すると、ピーターが撮った僕の姿と出会うことになる。
そしてMacの27インチモニターに映し出される自分の顔を見るたび、正直、僕は心から驚き、ガッカリしてしまう。
昔からハンサムだった記憶がないので自分の顔にまったく期待はしていないのだが、それにしても最近の僕の顔はひどすぎる。
人はどんな人生を送ったのか顔を見れば分かると言うが、そういう観点で僕の顔、いや、人生を評価するなら、写真から見える僕のそれはまったく疲れきって、明日の望みなど無さそうに見える。
レーシックの手術を受ける前、母や妹はお「兄ちゃんお願いだからヤメてちょうだい」と僕に懇願した。
眼鏡なしのお前の顔は見られたものじゃないと、冗談抜きに僕に言った。
レーシックの術後も、母や妹はスカイプで僕の顔を見るたび、伊達メガネでもいいからかけてくれと僕にいう。かなり本気で。
僕は普段あまり自分の顔を鏡などで見るタイプの人間じゃない。
だからなのかどうか分からないが僕がシャワーを浴びた後チラリと見る自分の顔の印象と写真としてモニターに映しだされる自分の顔はぜんぜん違う。(ような気がする)
顔全体に覇気がなく、とても疲れて見えるのだが、一番ひどいのは、母のセリフじゃないが、やはり目元だ。
もともと一重まぶたのタレ目ちゃんだが、今の僕は前の晩にたっぷりと泣き明かした人の寝起きのように腫れぼったく、しかも瞼の皮膚がどっさりと眼にかぶさり、瞳がよく見えない。
さらにショッキングなのは目の下だ。
まるで目の下にもう一つ目があるようにボッコリと腫れ、しかもゴルゴ13に出てくる殺し屋のようにくっきりと紫色のクマができている。
この目の下のクマの部分の皮膚も池に石を投げ込んだような波紋状のシワが広がり、遠くからみると眼が四つある昆虫のようだ。
ああ、自分の顔をこんなふうに文章で説明していると、悲しくなる。
たぶんメガネをしている時もこんなふうに瞼や目の下の状態が進んでいたのだろうが、僕は正直言ってまったく気がつかなかった。
妹や母親、いや、僕の周りにいるとたちはきっと皆とっくの前から知っていたのだろう。


思うに、自分の一日の行動を動画でチェック出来るととてもいいと思う。
あらゆる角度から見る自分の表情だけでなく、頭髪の薄さ具合、歩く姿勢の悪さ、品のない身振り手振り、人と話しているときの話し方やピッチなどを客観的に観察すれば、同じ年を取るにしてももう少しいい感じのジェントルマンになれたかもしれないし、コミュニケーションの能力ももっと上がっていたかもしれない。
芸能界にデビューしたばかりの垢抜けない女の人が、テレビの露出頻度が上がるに従って洗練されていくことに頷ける。

まあ、今さらこんなことを言っても手遅れというものだ。
僕は自分を放っておき過ぎた。
もし整形手術をしたら、皆さんに報告します。
















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特に狙ったわけではないのだが、斜めから射しこむ良い光の時に写真を撮っていると、どうしても自分の影が入ってしまう時がある。
写真はどうこう考える前にいいと思った瞬間にまずは打つ(撮る)ことが大切だ。
あとで撮ったファイルを整理していると自分の影入りの写真が時々出てくる。
思うに、これはこれとして自分の記録写真としてはいいのではないかと思う。
えっ、ゴルゴ13の殺し屋の顔写真?
そんなの出すわけないじゃない!




























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by somashiona | 2012-09-10 17:56 | デジタル

ひとりごと







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僕がまだ18歳くらいだったっときに友人から聞いた話がなぜか忘れられない。
僕も彼も当時札幌で暮らしていたが、その友人は難しい国家試験の合格を目指し、単身東京に出て一人暮らしをはじめた。
憧れの東京。
裕福だった彼の家庭は都心にある豪華なマンションの一室を彼に用意した。
最初の数カ月は夢のような暮らしだったらしい。
勉強もはかどった。
東京に知人、友人は一人もいず、朝から昼までマンションにこもり猛勉強をし、外に出て少し散歩をしてからレストランで食事を済ませ、またマンションで夜中まで勉強をする生活が続いた。
もともと独りの時間が好きだった彼だが、毎日誰とも話さない生活が何ヶ月か続くうちに、何かが彼の中で変化していった。
試験の日は刻一刻と近づき、プレッシャーも大きくなる。
真夏の真昼間、いつものように午前中の勉強を終え、公園の道を彼は歩いていた。
頭をじりじりと焼く太陽の強い光が、真っ黒な影を彼の足元に投影し、そのとき彼は自分の歩調と合わせて動くその影の動きを、まるであかの他人を見るように眺め続けていた。
しばらくしてから、彼はふと気がついた、影を見つめながらずっとひとりごとを言っていることに。
最初は誰かがすぐそばで話をしているのだろうと思ったのだが、そのハッキリとしたかなり大きな話し声が自分のものだと知ったとき、彼はかなりショックを受けた。
すぐに札幌の実家に戻ることに決めた。













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話はまったく変わるのだが、僕がしばらく通っていたホバートの大きな病院で毎回顔を合わすスタッフがいる。
彼女はドクターでも看護婦でもなく、患者の介護やその他の雑務のようなことをその病院でやっていた。
ものすごく細身で顔や、たぶん体中にもソバカスのある50代前半と思われる白人女性だ。
彼女は僕を見るとマシンガンのように話しかけてくる。
しかも、僕が彼女の話に答えようと頭を動かしている間も続けざまに彼女は話し続け、僕が答えようとする内容はすでに今彼女が話していることとは合わなくなってしまっているので、結果的に僕は黙って頷く役に徹することになる。
話しかけられることが少しうざったい気分の時は雑誌を読んだり、本を読んだりする振りをしてみるのだが、それでも彼女はお構い無く話し続ける。
しばらくして、それが彼女のひとりごとだということに、やっと僕は気がついた。
その後からは僕も気楽に、話したくないときは無視、話したいときは彼女の話に耳を傾けるという態度に変えた。












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ある日、子供はいるのか?と聞かれ、二人いると答えた。
この国でよく知らない相手となにか話をするとき、天気の話やフットボールの話題をふるように「子供はいるのか?」というのはメジャーな切り口だ。
自分の子どもについて話すことが皆大好きだし、子供がいる人にとっては共通のテーマがたくさんある。
彼女にも同じ質問をした「で、あなたも子供はいるの?」と。
「息子が二人いたわ」と彼女は早口で言った。
息子がいた、、、いるではなく、いたという間違いなく過去形だった。
僕はしてはいけない質問を彼女にしてしまったと気がつき、何かフォローしなくてはと考えていると、彼女はいつものように早口でその話題についての話しをはじめた。












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最初の息子さんは幼い時まで他の子供達とまったく同じように明るく元気ハツラツで成長した。
ただ少し他の子どもと違ったのは、よく転ぶことだった。
まったくおっちょこちょいなんだから、と最初は笑っていたが、転ぶ頻度があまりにも多く、膝や手のひらに傷が絶えなかったので病院で検査してもらうと、筋ジストロフィー病のデュシェンヌ型だと診断された。
筋萎縮と筋力低下が徐々に進み、次第に車椅子生活を余儀なくされ、20歳前後に心不全や呼吸不全のために死んでしまう病気だ。












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彼女の息子さんも同じ道をたどった。
息子さんの闘病生活の最中、彼女は新たに生命を得た。
二人目の息子さんは彼女や病気の長男にとって希望の星だったが、この子も、成長するに従って転ぶ回数が増え、彼らの前にまた黒く分厚い雲が浮かびはじめた。
一番考えたくない事態が彼らを待ち受けていた。
長男、次男ともにまったく同じ病気だった。
長男は19歳で、そして次男は1年記録を更新し、20歳まで生きたわ、と彼女は笑った。
彼女があまりにも悲壮感なく、あっけらかんとまるで何か楽しい出来事でも教えてくれるように話すので、僕は彼女がなにか冗談を言おうとしているのか、それとも、僕の英語力のせいで、話の筋を間違って解釈しているのではないかと自分を疑っても見たが、僕の理解はやはり正しかった。
僕はすっかり彼女の話の世界に入り込んでしまい、失礼を承知で「もし僕が二人の子供たちを失ったら、その後生きていく自信がない」というと、「大丈夫、私だってそう思っていたけど、ホラ見て、こんなに楽しそうにピンピンと生きてるわ」と僕にウィンクまでしてみせた。
「でも、じわじわと自分の子どもが病気に冒されるのを見て、青春まっただ中の20歳前にその一生を終えるなんて、まるで拷問のようだよ」と僕は目の前にいる実際にそんなふうに息子たちを失った女性に、それこそ拷問のようなセリフを吐いていた。
自分が同じ状況に置かれてしまっている想像の世界に短い時間でどっぷりと漬かってしまい、相手の気持ちなど考える余裕がなかったのだ。
「でもね、私にとっては交通事故や殺人なんかである日突然息子たちを奪われるより、こっちのほうがよっぽど良かったと思っているのよ」と彼女は早口で言う。
「彼らは彼らなりに青春を謳歌したわ。わたし驚いちゃったのよ、葬式の時に。車椅子の息子がいったい何処で作ったのか、私のまったく知らない400人以上の人たちが息子のために葬儀に参列してくれたのよ。こんな歳まで生きた私が死んだって、たぶん20〜30人くらいしか集まってくれないわよ」と言って彼女は大声で笑ったが、僕は全く笑えなかった。
「でも、息子さんたちが亡くなった後、どうやってその悲しみを乗り越えたの、、、っていうか、乗り越えられないよね、そんなこと。今みたいに笑って話ができるようになるまで時間がかかったでしょう。どうすれば、そういう苦しみから這い上がることが出来るの?」と僕は相変わらずぶしつけな質問をする。
「あの頃の私はね、あんた、冗談抜きに、真っ暗闇の洞窟で膝を抱えて、ろくすっぽ食べもせず、息をするのも苦しい状態だったわ。一口でいえば、私はズタズタに破れたボロ雑巾みたいだった」
「でも今はボロ雑巾にはみえないよ」と僕。
「やっぱりね、家族よ。父や母、兄や妹、彼らがいつも私のそばにいてくれたわ。本当にいつも、いつも。そういうときって、それしかないよ」と言って僕がそういう状態を想像している間に、彼女はまたひとりごとモードに入り、違う話題へと移っていた。
看護婦さんからお呼びがかかり、僕も診察室へ移動した。












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人はどうしょうもなく辛く悲しい問題ぶち当たったとき、二つの選択肢から自分の取るべき態度を選ぶと思う。
一つはどっぷりとその悲しみに漬かってしまうこと。
もう一つは、できるだけそのことは考えないように努力すること。
いや、その二つの間を行ったり来たりするのかもしれない。
息子さんを失った後、彼女の頭の中にどれほどの言葉が流れ続けただろう?
どれほどこの出来事に飲み込まれないよう、戦ってきたのだろうか?
ああ、神様、どうしてこんな仕打ちを、こんな試練を私に与えるのですか?
私はあの子たちのために、最後まで精一杯尽くせただろうか?
ああ、もう一度会いたい、一目でいいから息子たちにあって、その体を抱きしめたい。
だめ、私はもうダメ、生きていけない、、、だいじょうぶ、私はきっと大丈夫、今は辛いけどきっといつか光が射す。
こんな言葉たちが四六時中彼女を襲ううちに、きっと頭の中でその言葉が収まりきれず、知らず知らずのうちに彼女の口から溢れ出ていたのだろう。
彼女にとってひとりごとは、自分を守る最大の防衛手段だったに違いない。












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by somashiona | 2012-09-08 14:34 | 人・ストーリー

漆黒の犬







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晴天のある日、海の見える坂道をふうふうと息を切らせながら歩いていると、バッタリと馬のように大きな真っ黒の犬と出会した。
地面を見ながら歩いていたので、犬の存在にはまったく気がつかず、僕が顔を上げたとき、ほんの2メートルほど先に彼は(彼女は)キリッと立っていた。
僕は凍りついたが、犬の目には僕の存在などまったく入っていない様子。
太陽が真上から照りつける誰もいない通りに僕と犬しかいないのに、彼は(彼女は)僕とまったく目をあわせようとしない。
もしこの犬が唸り声をあげたら、覚悟をキメようと思ったが、その前に一枚撮っておくことにした。
フォトグラファーだからファインダーから現実の世界を覗いているときに限っては比較的強気な人でいられる。
犬も動かず、僕も一歩も動けずにいると、飼い主らしき真っ白なラルフローレンのポロシャツをきた太ったおじさんが真っ赤な犬のリードを手のひらにくるくると巻いて豪華な家の門から出てきた。
太ったおじさんの目にも僕の姿は見えないらしく、凍り付いている僕を完全に無視して、ピィーと犬に向かって口笛を鳴らし、通りを歩いて行った。
ビールっ腹のおじさんと美しき肉体を持った漆黒の犬。

この日、僕は透明人間だったのかもしれない。





















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by somashiona | 2012-09-04 21:25 |

愛は永遠な老夫婦






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天気はいいが少し肌寒いある日の浜辺、老夫婦がベンチに腰をおろし、波打ち際で戯れる海鳥たちを見つめていた。
二人の間に会話はなく、つかず離れずの微妙な距離を保っている。
70代、80代の老夫婦は18歳から20歳前後に結婚した人が多い。
男も女も、というか、人間10代から20代、30代から40代、50代から60、70、80代と歳を重ねるごとに心も身体も考え方も感じ方も経済力も価値観も、ものすごい変化を遂げることだろう。
そういう一人の人間の歴史を最も近いところから見守り続けてきた老夫婦の絆を前に、会話や距離など、たいした意味などないのかもしれない。
10代の頃から付き合い続け、死ぬまで一緒という夫婦に対する一種の憧れみたいなものを僕は持っている。
僕の両親もそのタイプなのだが、それって僕に言わせると奇跡のようなものだ。
生まれも育った環境も考え方も違う男女が60年とか70年一緒にいるなんて、それはもう魂の片割れ、ツインソウルとしかいいようがないだろう。
しかも、そういう夫婦はお墓の中でも一緒がいいと言い、生まれ変わったらまた同じ相手と巡り会いたいなどと言う。
こんなうらやましい話、あるだろうか?
しかし、それは僕の人生の中ではもうとっくの昔に終わってしまった夢だ。
仮に今、魂の片割れと言えるような女性に出会い、死ぬまで一緒にいたとしても、僕は病弱だから60歳で人生を終えるとして、たった13年くらいしか人生を共に出来ないのだ。
どう逆立ちしても老夫婦たちの絆には近づけない、、、ああ、くやしい!
10代や20代の頃に付きあっていた女性(この愛は永遠だ、と信じていた女性たち)とそのまま結婚し、この年齢まで一緒にいたら僕の人生はどうなっていただろう、と時々考えてみる。
残念ながら、どうしてもエキサイティングな人生を思い描くことが出来ない。


たぶん、僕がこの老人たちの年齢になったとき、やっぱりいつものように一人でベンチに腰をかけ、波打ち際で戯れるビキニ姿のセクシーガールたちを眺めているような気がする。
もちろん、膝の上にはカメラが置いてあるだろう。




















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by somashiona | 2012-09-03 16:57 |

巨大なネズミ







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ふとパソコンのモニターから目を離し部屋の壁を見ると、鮮やかな紫色の光に染まっていた。
椅子から立ち上がり、窓の外を見ると巨大なネズミがポッカリと浮かんでいる。
どちらかと言えばネコより犬的な人間の僕でさえ、このネズミちゃんには興奮した。


心理テストなどで一枚の絵が渡され、その中に何が見えるか問われるタイプのものがあるが、僕には山にしか見えない絵が、ある人には顔に見えたりすることがある。
確かに、そう言われると顔にも見える。
この雲を見て僕はなんの迷いも疑いもなくネズミが浮かんでいると思ったが、このブログを見てくれている人の中には、えっ、いったい何処にネズミがいるの?と思う人もきっといるのだろう。


先入観という言葉は英語で「Prejudice」という。
Pre (前もって) Judge(判断する)するということだ。
この年齢になると、それなりの数の人に会い、それなりの経験をするので、しっかりと話をする前や、きちんとした説明を受ける前に自分なりの判断をくだすことが多くなる。
しかし、一見賢い大人の行為だと勝手に思っているこの手の判断が、人間関係でも、仕事でも、写真でも、自分の可能性に大きな制限を自らかけてしまっているということに気がつかなければならない。
できれば「Without Prejudice」虚心平気(何のわだかまりもない素直な心で物事にのぞむこと。また、そのさま)で世の中を渡って行きたいものだ。
法律の世界で「Without Prejudice」という言い回しは(法律の権利を毀損せずに、実体的効果をもつことなく)という大変便利なフレーズでもあるらしい。
何かのアドバイスや話し合い、提案を記した文章のはじめや最後に小さくこのフレーズを入れておくと、後で責められることがない。
女性の相談相手になるときは「Without Prejudice」とプリントされたTシャツを着てでかけよう。


あ、雲の写真から、なんでこんな話になっちゃうの、、、?





















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本ブログの内容については全て「Without Prejudice」です。笑



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by somashiona | 2012-09-02 21:10

タスマニアに春が来た?



朝起きると気持ちのいい日差しが窓から差し込んでいた。
ほのかにシンナーらしき臭がする。
リビングルームへ行き窓の外を見ると、向の家の壁をペンキ屋さんが塗っている最中だった。
青い空に青いオーストラリアの国旗がいつものように旗めく。
白い雲、白い壁、そして白いペンキ屋さんの作業着、なんだか嬉しくなる。
仕事までまだ時間がある。
よし、歩こう。


寒がりの僕が珍しく、ジャケット無しで歩いた。
空気を腹一杯に吸い込む。(腹式呼吸)
外に散らばる青、緑、黄色、赤、ピンク、それぞれの色たちが気持ちの良い光を受けて生命感に満ち溢れている。
ああ、やっとタスマニアにも春が来たかな。


翌日、寒さで目が覚めると、ホバートを見下ろす山、マウントウェリントンが真っ白な雪で覆われていた。
またタスマニアの気候に騙されてしまった。笑












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by somashiona | 2012-08-27 21:25 | デジタル

日曜の午後一時




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日曜日、子どもたちと一緒に友人宅を訪れた。
母親の血をひいたのか時間に厳しい子供たちはもたもたする僕を朝から急かし続ける。
約束通り午後1時ピッタリに友人宅に到着すると、パジャマ姿で窓拭きをする友人の次女とその友達の姿が目に飛び込んできた。
う〜ん、朝から感心な子供たちだ、、、え、朝じゃない? なんでまだパジャマ?
1時に皆でビーチへと出発する予定なのだが、、、嫌な予感、、、。
家にお邪魔したが友人はいない。
「ダディは何処にいるの?」と同じくパジャマ姿で冷蔵庫の中を覗いていた長女ちゃんに聞くと「今スーパーに買い物に行っているよ」と明るく答える。
「あれ、でも1時に出発の予定だったよね?」と僕が言うと「マナブは遅れるからまだ買い物にいく時間があるんだよ、って言ってさっきダディは家を出ていったよ」と娘さん。
僕の子供たちは何か言いたげな表情で僕の顔を見つめてから、兄妹揃ってこれみよがしに深い溜息をつく。
普段の行いが悪いと人から信用されなくなる、という貴重なレッスンを子供たちに教えることが出来て、本当に良い日曜の午後だった、、、涙。






















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by somashiona | 2012-08-22 22:10 | デジタル

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