ディプレッションと闘う




オーストラリアに住みはじめてからよく耳にする言葉の一つに「ディプレッション」(Depression)がある。
僕が今日話したいのはメディアに煽られ最近毎日のようにのテレビや新聞でお目にかかる「不景気」という意味のディプレッションではなく、「鬱(うつ)」という意味のディプレッションだ。

人は誰でも落ち込むことがある。
仕事、愛、家庭、死、健康、お金、信頼、友人、夢、全て尊いものだがこれらを無くすと誰だって強烈に落ち込む。
しかし落ち込んでいる原因が分からず、苦しみ、それがその人をよりいっそう鬱状態にさせることもある。
まったく関係のない病気のために飲んでいた薬の副作用で鬱状態になっていることだってあり得る。

日本にいたとき、悲しみや精神的、肉体的苦しみが長く続づくと親しい人たちが相談に乗ってくれ、僕を勇気づけてくれた。
若かりし頃、大好きな女性と別れた後はもう絶対立ち直れないとその時は真剣に思うのだが、いつも知らない間に立ち直っている。
精神的に苦しんでいるとき医者に見てもらった方がいい、とアドバイスをくれた人は今まで一人もいなかった。

今僕の周りでアンチ・ディプレッションと総称される、いわゆる抗うつ剤を服用している人がかなりいる。
もちろんこれはドラッグストアーで買えるものではなく、精神科のドクターに会って処方してもらう薬だ。
精神的苦しみや落ち込みが数週間以上続けばそれはれっきとした病気であり、水疱瘡やガンに犯されたら医者にあるのとまったく同じくドクターに会い、積極的に直さないと生活に支障をきたすのだ。

そういう話をすると、「そんなことで医者に会うなんて恥ずかしい」「俺はそんな弱い人間は嫌いだ」「精神科に診てもらうだなんて抵抗がある」と思う人もたくさんいるだろう。
僕もそう思っていた人間の一人だ。
父親を亡くすまでは。


僕の父は2年間原因不明の肩の激痛に悩まされた。
この病気になるまで病気知らずだった父は心身共に打ちのめされた。
それでも20以上の病院に行き、数々の検査をし、手術をし、今度こそは直るだろうという期待を父は捨ててはいなかった。
電話で父と話すたびに父が失望していく様子と、苦しみで気が変になりそうな気持ちが痛いほどわかった。
いや、分かったつもりでいた。
それでも僕が繰り返し父に言った言葉は、「くよくよしてちゃダメだよ」「何か気晴らしになることをしたようがいいよ」「大丈夫だって、絶対よくなるよ」そんなありきたりなものばかりだった。
今思えば無責任で愛のない言葉だったと思う。。
父は結局自分で命を絶ってしまった。
父の葬式の後、どんな気持ちで父が死を決意したのか、その証拠を必死に探した。
父の気持ちを受け入れたかったからだ。
でも、何をどう探そうと遺書らしいものの欠片どころか、前向きに病気を直そうという努力の跡しか見つけ出せなかった。
葬式の数日後、最後に検査に行った病院から検査結果を知らせる電話があった。
「異常ありませんでした」と電話の女性は言った。
父は発作的に命を絶ったと思う。
たぶん、自分がどうやって死んだのか、一番分かっていなかったのは父本人に違いない。


タスマニアでファミリーポートレイトの仕事をするため、ある家族と数日過ごした。
精神科のドクターだった。
鬱病の専門で田舎で暮らす農家の人たちのカウンセリングもしている。
興味深い話を色々教えてもらった。
オーストラリアは自殺者が多い。
ほとんどが男性だ。
そして自殺の多くは田舎で起こる。
閉鎖的環境で鬱に対する人びとの認識が低く、そのうえオーストラリアの田舎では男が自分の悩みを人に打ち明けるだなんて男らしくない、という風潮があるのだ。
テレビのコマーシャルでも落ち込んでいるのなら勇気を持って医者に診てもらいなさい、と繰り返し訴える。
遅すぎることなど決してないスペシャリストに相談しなさい、と繰り返し訴える。

父の経験を経ても、鬱で悩む友人たちに何もしてあげられない自分がもどかしい。
何を言っても自分の言葉が無力だとわかっている。
でも、彼らには本当に戦って欲しい。
彼らがどんな惨めな状態であろうとも、苦しみの中で希望もなく生きるくらいなら死んだ方がよっぽどましだと思っても、彼ら一人一人が生きて、この世に存在しているというたった一つの理由だけで幸せをつなぎ止めている人が彼らの周りに何人もいるということをどうか忘れないで欲しい。








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注)写真とテキストは無関係です。










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by somashiona | 2009-02-08 19:51 | デジタル

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