ストリートフォトとストリートアート

以前紹介したFujifilm FinePic X100のコマーシャルじゃないが、X100を持って街を歩くと本当に野良犬になったような気分になる。
長い時間をかけて鼻をクンクンさせながら街中を歩き回り、電柱の下に小便をひっかけマーキングするようにシャッターを切る。
どういう訳か、鼻をクンクンさせるときは、街の表通りよりも路地やビルの隙間、更地の駐車場へと引っ張られるように入っていく。
そして、そんな場所は必ずといっていいほど落書きで溢れている。


「落書き」これをストリートアートと呼ぶのか、グラフィティというのか、それともただ単に記号や訳のわからない文字をスプレーで噴きつけたタギングなのか、その辺の境界線は僕には判断しかねる。
ただ、一つだけ僕にもはっきりと分かるのは、それらのストリートアート(落書き)のエネルギーの源が、僕が愛するストリートフォトのスピリットと何故かびったり重なることだ。
僕は前にも何度かブログで書いているが、公共の場所、個人の所有するものに勝手に落書きする人間たちが許せない。
ホバートのように美しい砂岩で作られた古いビルの壁に派手な色のスプレーで落書きされているのを見ると、本気で胸が痛み、思わず顔に出てしまうほどの嫌悪感を抱く。
それなのに、僕がストリートフォトを撮っているときに出くわすストリートアート(落書き)には同志と呼べるような気持ちさえ抱くのだ。
それはたぶん、ストリートアートを街中に残す奴らは、何かにとり憑かれたように、誰からも知られない自分たちの存在の記録を街に残そうと危険を犯し、ストリートフォトを街中で撮る奴らは、何かにとり憑かれたように、誰にも気づかれず注意も向けられないその時その街で生きていた人や物の記録を危険を犯しても残さずにいられないという、極々近い共通の目的意識があるからだろう。
そういう見地に立てば、僕が落書きする奴らを芯から嫌うように、勝手に人々にレンズを向け、シャッターを切り続けるストリートフォトグラファーを芯から嫌う人が多いのも、深く頷けてしまう。












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by somashiona | 2012-08-10 20:39 | デジタル

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